エピローグ
「お姉さんもシャワー浴びなヨ。レイトチェックアウトだから、まだまだ時間はあるヨ」
日曜日、記憶の整理も終わって落ち着いた私に、室内で先にシャワーを浴びた推しちゃんが言う。シャワールームはガラス張りになっていて、私がシャワーを浴びれば裸身を彼女に晒すこととなる。リクエストに応えて、にやにやしている推しちゃんの前で、時間を掛けて私はシャワーを浴びた。
浴び終えてバスローブへ着替えた私に、推しちゃんが駆け寄ってくる。そのまま相撲みたいに組み付いてきて、私は引っ張られてベッドへ押し倒された。小さな愛犬が、じゃれついてきたようなもので、こんなことをされたら抵抗できる訳がない。
「お姉さん、あたしは人の価値がお金じゃないと知っているヨ。でも、あたしはお姉さんの人生をお金で買いたいとも思ってるヨ。こんなあたしは嫌イ?」
私を組み伏せたまま推しちゃんが言って、胸元には十字架のアクセサリーが見える。イエス・キリストなら、毅然と誘惑を跳ねのけるのだろう。私は伝統的な価値観というものを考えて、そんなものは決して私を幸せにしないのだと悟った。
「好きよ、大好き」
そう伝える。私たちはチェックアウト時間ぎりぎりまで、ホテルで時を過ごした。
「いらっしゃーませー」
職場近くのコンビニで、今日も気の抜けた女子店員の声が出迎えてくれる。いつも通り私は昼食を買って、職場へ戻るのだ。今までと変わらない日常だった。
レジ前に並んで、推しちゃんが私の会計をしてくれる。いつも以上に緩んだ目元で、私に微笑んでくれた。
「お買い上げ、ありがとござましたー」
「いいえ。こちらこそ、ありがとうね」
微笑み合って私たちは離れる。お買い上げされたのは私の方だ。一緒に暮らすのは、そう遠い未来ではない。推しちゃんの客対応は、やや向上していて、彼女の社会勉強はもう少し続くのかもしれない。
日本がどうなるかは分からない。海外から買われる、弱い立場になっていくのかも。私は、こう思う。大丈夫だ。買われる側に回るのも、そう悪いことではない。