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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第三編
97/152

97.邪悪な三人組と大人

 菖蒲親王、親しい者は紫菖(ししょう)と呼ぶ。今のところその名を呼んで良いのは彼の妻だけだ。親族や友人の何人かも呼ぶのだが許可した覚えはない。だが、その中に彼女を入れても良いかもしれない。そんなことを考えながら、彼は、軋む廊下の足音に耳を澄ませた。

 足音がピタリと止まる。障子に映る影は小柄な女性の形をしていた。

 スパン、と小気味の良い音を立てて、障子が開いた。

「こんな案配でいかがですかー?」

 アマネ・リアは開ききった襖の縁に頭を当てるようにして体を倒し、首を傾げて言った。

 上座に座っていた紫菖は、唇にあてていた杯を膳に戻し、見上げるようにしてアマネの視線を受け止める。

「君、お兄さんに撒かれたの?」

 言って、紫菖は吹き出す。

 聞いてたんかい、と口に出さなくても分かる表情をする。こういうときのアマネは実に分かりやすい。園延が訪れたときも「鴨がネギを背負ってやってきたー」と歓喜したに違いない。そう仕向けたのは紫菖だ。ちなみに蒼に根回ししたのも紫菖である。アマネたちの申し出を断ってほしいとお願いをしたのだが、まさか「邪悪だから」という理由で断るとは思わなかった。蒼は嘘をつかないから、きっと本当にそう感じたのだろう。

「ええ、そうですよ。八歳と十六歳のときに姥捨山に置き去りにされる婆の気持ちがわかりました」

 ズカズカと部屋に入り、アマネは紫菖の前にドカリと座った。正座ではなく、あぐらだ。

「でも、君にお兄さんっていたっけ?」

「・・・・・・親戚の、兄貴です」

 アマネが苦し紛れに応じる。

「そういうことにしておきましょ」

 紫菖は口元に意地の悪い微笑を称えて言った。

「それにしても、園延親王が引き受けてくれて助かりました」

「そうだね。それは僕も意外だったけど、彼なりにこの国の危機を察して、自分に出来ることを選んだようだね」

「あなたの思惑どうりですね」

 まあね、と紫菖は苦笑を落す。

「常磐の巫女はご存じで?」

「さあ。知ってて言わないか、何となく感づいているとは思うけどね」肩をすくめ「常盤さんも本音を言えば、自分の息子には安全地帯にいて欲しいって思ってるよ」

「聡い子だと思いますから、気づいたらきっと悲しみますよ」

「僕はね、たとえこの国が禍神の災厄にまみれても、園延さえ生き残れば国は復興できると本気で考えているからね。何せ、彼は龍の国から『日出処の神子』とお告げを受けたくらいだ。まあ、そのお陰で帝からも敵視されちゃっているわけだけど」

 帝位を守るために、帝は紫菖と常盤の巫女の子を二人、〇している。二人とも息絶えたまま生まれてきた。その後、常磐の巫女は二度と子供を身ごもることができなくなった。最後の子が死産だったとき、常磐はショックのあまり自◯しようとした。その際、巫女を思い止めさせたのがアマネであった。

「そりゃ、帝やその皇子を差し置いて、薙尊国建国の祖と同じ称号を与えられたら、帝としては立つ瀬ないでしょうしね」

「元々、今の帝は後ろ盾が弱くてね。だが、帝位に対する執着は人一倍凄かったから斎宮院で勤めを終えた異母妹の常盤さんと婚姻しようとしたくらいだ。僕の所に逃げ込んでなかったら、本当に兄妹で夫婦になっていただろうね」

「近親婚は、この国では珍しくはないのでしょう」

 決して肯定するつもりはないが、上流階級、特に血族を維持するために親族同士で結婚することはままあることだ。西方諸国の王族も近親婚を繰り返しているという。

「さすがに兄妹は白い目で見られるけどね。それでも巫女は特別な存在だし、兄妹での婚姻に注目されるのではなく、神通力を有する巫女を娶ったと帝は褒めそやされたかもね」

「園延親王を龍の国に行かせるのは、来る禍神の災厄から逃れるためだけでなく、宮中の権力争いからも遠ざけるためですか」

「ああ。危機に陥ったとき、あの帝はなりふり構わないからなぁ」

「何処の国でもあるんですね、跡目争い、権力闘争、エトセトラ、と」

「人間が二人以上いる場合、必ずと言っていいほど、それは起こるだろうね。僕と常盤さんの二人だったら起こらないだろうけど。僕は常盤さんのためなら犬にでも何でもなれるもの」

 うっとりとした表情で紫菖は言った。顔を歪ませて見つめるアマネを一瞥し、スッと表情を戻す。

「あ、そういえばさ。リートリッヒ一世とエレノア・ダルウィン公爵令嬢が婚約したそうじゃない」

「あっ、ああ・・・・・・」

 ばつの悪そうな顔でアマネは返事をする。

「予想は出来ていただろう。君の数々のえん罪に、エレノア嬢やアマリア嬢が巻き込まれることは」

「まあ、そうなんですけど。まさか、婚約って形で彼女が庇護されるとは思っていませんでした」

「見通しが甘いよ。わたしなら、これを機に結婚って言う首輪を付けてロザに引き戻すさ。そして、二度と出ていけないようにする。それに、その首輪を受け取ったのは誰でもない。彼女自身さ」

「まさに首輪、でしょうね。それも一度付けたら中々外れないやつ」

「その首輪は君が付けられたかもしれないものだ」

「・・・・・・ですね」

「とにかく、君が懸念していたアマリア嬢とエレノア嬢の安全はほぼ確保されたといって良い。龍の国の件も園延に任せておけばいい。常盤さんと僕からも書状を持たせておくよ。確認出来たら君に『式神』を飛ばして知らせよう」

「ありがとうございます」

「で、君はこれからどうするんだい?」

「うーん・・・・・・。龍の国に行くつもりが出禁くらっちゃったのでスケジュールにぽっかり穴ができちゃいました。此処でのんびりするのも悪くないですが、魔法国も気になるんですよね」

(ホント、いっそのこと一度、魔法国に戻るか?活発化した堕神に対する討伐参加要請もあることだし)

「そうか。戻るんだったらカーノス様によろしく伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

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