96.邪悪な三人組と子ども
鴨改め園延は数日悩んだ末、一つの答えを携えてアマネ・リアの元に向かった。
今日は残念ながら快晴とはいかず、小雨がぱらつくどんよりとした天気だった。地面に水たまりやぬかるみはないが、それでも輿を担ぐ従者たちは普段より難儀しているようだった。後で、父に頼んで何か褒美をくれてやれないか相談しよう、と心にとどめる。
園延はアマネが逗留している宿を目指した。遠続京の西側は宿屋が密集し、派手な色と装飾の柱が乱立する建物が所狭しと並んでいた。立派な門構えと「宿屋」を示す看板が、目の着くところに上げられている。この場所は出島と都の境にあり、一応、出島の一部と言うことで結界が弱められたいわば緩衝地帯であった。
つくづく自分の母、常盤の巫女は器用な人だ。場所によって結界の強弱まで調節できるのだから。こんな芸当ができる巫女は今までも、そしてこれからも出てこないだろう。
常盤の巫女は、女児を生むことを期待されている。が、すでに母は2度、流産を経験している。この間は軽口で、「あと2,3人……」などと言っていたが、それが悪質な軽口であることを知る者は、父と自分だけだ。ひょっとするとアマネ・リアも知っているかもしれない。流産の後、熱心に常盤の巫女を世話したのは、アマネ・リアだというのだ。今、母が明るく振舞えるのは、彼女のおかげだという。
(ホント、アマネ・リアは不思議な異人だ)
物見と呼ばれる小窓から「宿屋」の看板を見やり、園延はぼんやりとそんなことを考えていた。輿が通る大通りの両脇には、野菜や小物、土産を売る市が立っている。鮮やかな色で染め上げた反物を広げて、熱心に説いている店主やその客。安いよ、安いよ、と甲高い女の呼び込みの声が響き渡る。
もし、アマネ・リアの言うとおり、この世界に何かとてつもない異変が起こっているとしたら、今、園延が見ている景色も消えてしまうかもしれない。
(だったら、僕は僕のできることをやる)
そう意気込んで、園延は輿を降り、アマネたちがいるという宿屋の門を見上げた。
園延が足を踏み入れた宿屋は一階は食堂、二階が宿屋という作りになっているようで、食堂は混雑していた。肩を寄せ合うようにして卓を囲み、昼間から酒を片手に、豪快な笑い声で男たちが酒杯を重ねている。給仕がわずかな隙間を縫うようにして料理や酒を運んでいる様子は慣れたもので、園延は「すごいな」と思わず零してしまった。
(えっと、受付か給仕に尋ねるか)
「若。わたしが訊ねて参りましょうか?」
背後に影のように立つ従者が言う。枇杷という青年で、園延の乳兄弟でもある。
「いいよ。僕の用事だもの。僕がする。でも、どうしてもだめだったら、その時は頼むね」
「若、可愛い……。じゃなくて、かしこまりました」
恭しく頭を下げても言葉は下げられない。枇杷は父と行動が似ているから、扱いには慣れている。いつものことなので、園延はスルーして食堂内を見渡す。
「あの・・・・・・」園延は側を通りかかった給仕の娘に声を掛けた。他の娘たちは盆の上に料理を載せているから声を掛けるのを遠慮していた。彼女は給仕を終えたようだったので、呼び止めたのだ。また見てくれも年が近そうで声を掛けやすそうと思ったのもある。
「はい?」
愛想の良い返答だ。溌剌とした発声と、明るい笑顔。子ウサギを思わせる華奢な体付きで、頭には鉢巻きを付けていた。他の給仕たちも同じ格好して、時折、鉢巻きで汗を拭っていた。
「ここにアマネ・リアという女性がいると聞いたのだが」
「あら、アマネさんの知り合い?」
うん、と園延は肯首し、「会えるだろか?」と続ける。
「ちょっと待っててくださいね。座敷にいると思うから」
「ちょっと待って、美真。アマネさんの座敷、さっき龍人様が出て行ったわよ。椿の間だよ」
口を挟んだのは、娘の後ろを通りかかった同じ給仕の女性だった。園延たちよりも頭一つ分背の高い娘であった。
「そうなの?」
(龍人様。あの人たち、本当に龍の国に行くつもりなんだ)
「振られちゃったみたいよ」
「振られた?」
園延と娘の声が重なる。
「さっき龍神様が出て行った後、お酒を大量に注文されたわ。通夜みたいに三人うなだれていたわ。きっと話がまとまらなかったのね」
「何があったのだ?」
さあ、と背の高い娘は肩を竦める。
「先触れをした方が良いのでは?」
それまで黙っていた枇杷が口を開いた。
「そうだな。頼めるか?」
美真にそう言うと、彼女は微笑んで差し出された印籠を受け取った。
(声、かけにくーい!!)
座敷の襖と襖の間、その隙間から覗いた光景に、園延は口元をキュッと引き結んだ。やさぐれた大人が三人、座敷で各々、沈んでいた。
園延のちょうど正面に突っ伏して、おーいおいおい、泣く女の声。
たて膝をついて酒瓶を片手に、もう一方の手に盃を持って酒をあおっている青年。
そして、床の間の柱にもたれて、生肉をつつく陰気な男。
(通夜だ。確かに通夜だ・・・・・・)
一方、座敷の二人はアマネの振る舞いに絶句ししていた。
(何、あれ・・・・・・・)
クロムは盃に口を付けながら、アマネを睥睨する。
(こいつは、本当に・・・・・・)
頭痛に苦しむかのように、片手で額をもむアモン。
「おーい、おいおいおい・・・・・・」
(こんんの大大大根女優がっ!!どの世界に自分で「おいおい」効果音付ける馬鹿がいるのか。いや、此処にいる)
(魔法国で、居並ぶ七人の魔女に啖呵切って、はったりかまして、脅迫されているところを逆に脅迫し返すくせに、なんでこんな簡単な演技が、超絶下手なんだ・・・・・・)
二人は、アマネ・リアの演技に、落胆を通り越して失望をしていた。
「しっ、失礼します」美真が勇気を振り絞って、襖の向こうの座敷に向けて声を上げる。「お連れ様です」言って、襖をスッと引く。
「ああ、よく来たね、園延」
弱弱しく手を伸ばすアマネに、枇杷が反射的に前に出る。
「枇杷、大丈夫だから」
園延が柔らかい口調で窘める。
「最後の晩餐へようこそ」
弱弱しく笑って、アマネは園延と枇杷を招き入れる。
美真は「失礼します」と一言言って、座敷を後にした。
間もなく園延と枇杷の膳も運ばれ、生肉は下げられる。アマネも元の席におさまり、一同は食事を再開した。
「あの、蒼様に龍の国への入国を断られたと聞きましたが」
ええ、とアマネは苦笑を落とす。
「何やら色々、事情があるようで」
どこの世界に、正直に「君たち邪悪だから、来ないで」と言われたと告白する者がいるか。アマネももちろん大部分を端折って、オブラートに何重にも包んで言った。
「そうですか。そもそも、アマネ様はどうして龍の国に?」
羹に手を付けながら、園延が問う。もちろん、枇杷が毒見した後のものだ。
「龍脈について確認したいことがあるんです」
「確認、ですか・・・・・・」
「龍脈はこの世界の至る所に走っている。なのに、何故、魔法を使える国と使えない国があるのか?」
「それは、龍脈に気が通っていないからです」
園延は即答する。
「そう。稀に気が流れて魔法を使えるなんてこともあるそうだけどね。龍脈を血管に見立てると、気は血液だ。人間に例えると血液は循環しなければならない。世界中に網羅された龍脈は全てに気を通さなくても循環する。その調節をしているのは誰だ?」
「龍の国、とお考えですか?」
「そう。これは勝手な想像だが、わたしは、龍の国はそうやって各国のパワーバランスを調整しているのではないかと思っているんだ」
(確かに。ロザ帝国に魔法という技術があれば、大きな技術革新が起こる。軍事転用した場合には、その軍事力は跳ね上がる。ロザ帝国が魔法国に手を出せないのは、ロザが持ちうる武器は、魔法の前では玩具のようなものだからだ。ただし、魔法国も魔素が漂う場所じゃないと魔法を使えないから、他所に侵攻できない)
「かっ、仮にそうだったとして、龍の国にロザの龍脈に気を流せとでも言いに行くのですか?」
「うんにゃ。そうじゃない。他の龍脈を止めて、魔法国に一点集中させて欲しいと願い出るのさ。もちろん、期限付きで。龍脈に流れる気と堕神は必ず因果関係があるはずだ」
「堕神の存在を龍の国は知っている、と」
譫言のように園延が呟く。
「そう。魔法国と龍の国はなにがしかの情報共有はしているし、接触している節もあるんだけど。さすがに魔法国の人間に頼んで龍の国の人間と接触したいってお願いできる伝はなくてね」
「むしろ、敵だらけですもんね」
と、クロムが合いの手をいれるように口を挟む。
「・・・・・・。しかし、蒼様が清浄門を使わせないと言った以上、あとは九龍山からのルートしかないですよね」
「登山はご遠慮願いたい」
アマネが顔を顰めて言った。
「そんな軽いものじゃありませんが。龍の加護を受けたいと願い修練者が登る霊峰ですよ。とても険しく、生半可な精神では決して到達できないと言われています」
「なしで!!」
ラティエースは顔の傍で両腕を交差させ、「×」を作り、言った。
「いや、しかし、邪悪と呼ばれた以上、聖浄門からは入れないわけだし」
「クロム。登山とは何だ?」
クロムの言を遮るようにして、アマネが問う。
「登山とは?山に登りますね」
「それで?」
「頂上にたどり着いて、景色を眺め、お弁当を広げる?」
(霊峰を行楽気分で登られても・・・・・・)
「その後は?」
「下山します」
「そう、そうなのよ!!」
ラティエースは人差し指をクロムに突き付けた。
「なーんで、どうせ元来た場所に戻るのに、登らなきゃいけないのよっ!!家を出て、山に登って、家に帰る。それなら、最初から家にいた方がよくない?」
身振り手振りで演説する様は、人々を魅了するが、内容はとてもくだらない。とても、陳腐で子どもの駄々と同等だ。それをまるで立派な弁論に見せてしまうのが、アマネ・リアなのである。
「・・・・・・邪悪ですね、やっぱり」とアモン。
ただただアマネは激しい運動が好きではないということだ。
「その理屈で言うなら、どうせ滅びるのが分かっているなら何もしないというのと同じでは?」
ぐっ、とアマネは呻き声を小さく、そして短く上げた。
「おおっ!正論の一撃ですね」
クロムが感心したように園延を褒めたたえた。
「あの、九龍山は、確かに険しく、山賊も住み着いているといいますが、そんなのはどこも一緒です。穢れも頻発していますが、傭兵たちは退治の方法を知っています。彼らは元祓い衆だった者たちが多いので。だから、他の土地に行く方法と同じです。傭兵を雇って、修練者は頂きを目指します。清浄門を通ったらすぐのところ、わざわざ昇山を選ぶ人も多いですよ?」
「・・・・・・どうも、登山に嫌な思い出があるようですね」
「勝手に人の頭ン中を覗くな。それは、贄じゃないぞ」
アマネに視線が集中する。しばらくその双眸を見つめ返していたが、観念したようにアマネは息を吐いた。
「昔、小さい頃。兄貴と兄貴の友達について遊んでいたんだ。ただ、兄貴にとっては足手まといの妹がついてくるなんて面白くないだろう?でも、親は妹の面倒を見ろと押し付ける。そこで兄貴たちは邪魔な妹を裏山の中腹で撒いたんだ。兄貴が言うには後で迎えに行くつもりだったとか言っていたけどな。結局、町内会の人たちが捜してくれて事なきを得た。ちなみにわたしは大木の傍で寝こけてたそうだ。兄貴は、両親、町内会長、生徒指導の先生と部活の先生に干からびるまで怒られた。その後、わたしが撒かれることはなく、ただ普通に家に置き去りにされた」
ぶっ、とクロムは噴き出す。確かに兄妹であれば、多かれ少なかれあったはずだ。実際、クロムも弟を連れて遊ぶときはつまらなかった。だから、絵本数冊を弟に渡して、野原でじっとしているように言い聞かせ、自分は友人と遊びまわっていた。ある日、弟が消えたときは体の芯から冷えた。弟は少し離れた場所で犬をなでていただけであった。
「それ以来、山が苦手とか?」
小山と霊峰を同レベルで語るのはどうかと思うが、トラウマは人それぞれだ。
「うん、まあ、あの夜の山の不気味さは苦手だな。で、その話を女友達二人にしたんだ。それは夏季休暇で別荘に招待された時に起こった。そこにも簡単なハイキングができる山があったんだ。で、あいつらはわたしを置き去りにした。嬉々として」
ぶふっ、とクロムが再び噴き出す。隣では園延が肩を震わせて笑いをこらえていた。
「で、どうしたんですか?」
「あの時は、こんな山で死ぬはずがないって分かっていたから(=断罪・処刑される前に死ぬことはないと分かっていた)、普通に下山した。一日がかりで夜通し歩いて、明朝到着。で、その子の父親にちくって、叱ってもらった」
エレノアが珍しく両親に叱られていた。エレノアもさすがに悪乗りしすぎたと反省し、説教をおとなしく聞いていた。アマリアも同様で、説教後、二人は詫びの意味も込めてどんな我儘も聞いてくれた。旅行が終わった瞬間、塩対応になったけれど。
「そういうことで、園延親王様」
アマネは園延に膝を向けて、見据える。
「何でしょうか?」
「わたしたちの代わりに龍の国に行ってはいただけないでしょうか」




