90.助力
――――薙尊国・遠続京内常盤御所
園延は、御所の一角の大部屋をこっそりと覗き込んだ。館を支える大柱はまだ幼年の園延の身体を丸ごと隠してくれる。その柱からちょっとだけ顔を出して客人を観察するのが、密かな楽しみであった。
薙尊国の中心、ましてや王族が住まう御所に外からの客人を招くことは、本来、忌避されることだ。しかし、常盤御所の主、園延にとっては母にあたる常盤の巫女は違った。外のことを聞きたがり、外の物に興味を示した。常盤が取り入れた物は、この国の生活を変え、常盤自身も財を成した。
原則、外の客は出島までの立ち入りまでで、本当にごく一部の者のみ、本島の入国を許可されているが、元斎宮を務めた帝の妹という特権でわがままを許されているのだった。
常盤の巫女は、客人を篩にかける。その方法は大部屋に招き、畳の上で正座をさせるというものだ。外の者たちは、この正座がたいそう苦手で、痺れに耐え切れずに転げる様子は、廊下を行き交う侍女たちを楽しませていた。無論、その無作法な所作をした者は、お帰りいただくことになっている。
赤毛や金髪、瞳も緑や青など、この国にはない色を持った外の者たち。怖い怖い、と侍女や官吏たちは扇で顔を隠しつつ、化け物見たさに大部屋を必要もないのに行き来する。こうしてさらし者になる屈辱に飛び出す者も多い。
そんな中、数年前に少し変わった客が現れた。名は、アマネ・リア。商人だという。
見てくれもどちらかというと薙尊国の民寄りの顔立ちであった。色白の顔に、肩にかかるかかからないかの長さの黒髪、そして黒の瞳。服装は質素な綿のシャツと黒のズボン。革のベルトには元々、ナイフを下げていたという。巫女の屋敷に武器の携帯などもってのほかだから、没収されたのだろう。
彼女は侍女から正座の説明を受けることなく、畳の上に座した。背筋を伸ばし、前を見据える。その美しい姿勢に、熟練の侍女も思わず感嘆の声を漏らしたほどだ。外の者でこれほど正座が様になる者がいただろうか。
アマネ・リアは、時折痺れに苦戦しながらも、静かに待機していた。足と尻の間に布を当てて負担を軽減する裏技もしていたから、彼女は正座を身近にする者だったのだろう。
これが、園延がアマネ・リアを最初に見たときの印象であった。
そして現在。
「ほんに、しばらく見ぬうちに、そなたがお尋ね者になっていたとは。相変わらず飽きさせぬおなごよの」
そう言って、常盤の巫女は鈴を転がしたように笑った。
薙尊国は、5つのエリアからなっており、中央に首都、遠続京を置いている。各地には、穢れを祓う巫女が配置され、怪異から国を守る。その大元、筆頭の巫女が常盤の巫女であった。
常盤の巫女は年の頃40代。流れるような夜の川とでも形容できる美しい髪と、卵型の顔。柳眉に添えられた瞳は少しこげ茶色がかり、巫女特有の金色の虹彩が瞳の中央に入っていた。小さな鼻梁とふっくらした唇の持ち主は、その人生の大半を斎宮院という場所で過ごした。そこは、各地の巫女に自身の力を分け与え、国全体の穢れを祓うための場所だ。当代一の神通力を持つと言われた常盤はその勤めを幼いころからずっと続けてきた。ようやく勤めから解放されたのは20代後半。勤めを終えた巫女は、ひっそりと余生を過ごすのが定番であるが、常盤は違った。
7歳の時に一目ぼれした公卿(=貴族)に会いに行き、「わたしと婚姻しないと、なんか、こう、とりあえずあなたの家が廃れる」と半ば脅迫して結婚、2年後に園延が生まれた。その公卿も色々あって、未婚であったからよかったものの、これが略奪やら何やらであったら大変であっただろう。
(本気で信じた父上も父上だけど・・・・・・)
かの公卿は、常盤と同じように外の世界に興味を持った変人でもあった。その変人が連れてきたのが、アマネ・リアであったのだった。
「ったく。ひどい目にあいましたよ」
そう口をとがらせて返したのは、対面に座るアマネ・リアであった。至上の存在である巫女に対してぞんざいな態度であるがアマネ・リアはそれが許されている希有な存在であった。もし、かしこまった態度で臨めば、常磐の巫女の方がふてくされてしまう。
「しかし、そなたであっても止めることは無理だったか‥‥‥」
常盤は少しだけ声を落として言った。
「転移魔法で何とか現場には割り込めましたが、間に合いませんでした。というよりも、誘い込まれた気もします。わたしを陥れるための罠だったのかな、と」
「して、ケイオス一世の命を狙った輩は?」
「魔法国の過激派、とひとくくりに言えればいいんですが・・・・・・」
「随分と昔から暗躍しておったようだしの。そなたの言う通り、この国でも妙な穢れが蔓延るようになったわ。今のところは各地の巫女と祓い衆で対処できているようだがの」
「連邦、共和国も、武装蜂起には違いないが、相手は堕神と呼ばれる化け物に対処しただけなんですけどね」
「それが、ぜーんぶ、そなたの仕業か」
「ええ」
アマネが肩を落して言った。
「で、そなたを魔法国に招いた張本人はどうしている?」
「出島で待機していますよ。正座できませんから」
「ふむ・・・・・・。そなたにまとわりついておった穢れもか?」
アマネは一瞬だけ瞠目した。アモンの存在にきづかれていたとは。さすがは、神通力を有する巫女である。
「あなた様の結界を、たいそう嫌っておりましたよ。無理をすれば押し入ることができたようですが、割に合わないと、クロム同様出島にいます」
「妾の結界を破るほどの穢れか。少し、興味はあるがの・・・・・・」
アマネはその言葉を微苦笑するだけで誤魔化した。
「クロムの奴が、そなたを魔法国に連れて来たのだったな?」
「連れてというか、転移装置で無理矢理転移させられたんですよ。それまで動物実験でも成功しなかったって言うのに。初の被験者になるとは思いませんでしたよ。クロムの奴も、転移の成功は五分五分だったといか言うし」
「クロムの奴、少し懲らしめておこうかの」
と、常磐の巫女はひとりごちた。幸い、アマネにはその言葉は耳に届かなかった。
「聞けば、魔法国の危機に助力して欲しいとのことでした」
「素直に信じたのか?」
まさか、とアマネは吐き捨てた。
「一通り事情は聞きました。でも、わたしには手に負えないと思ったので、「お話は理解しました。いったん持ち帰り、多角的に、前向きに検討したいと思います」って言って家に帰ろうとしたんです」
「・・・・・・。つまり、色々言い訳を並べて、バックレようとしたのだな」
「巫女、よくバックレルなんて言葉をご存じでしたね」
「うむ。この間やってきた学者に教わった。気に入ったので使いたいと思っていたのだが、中々、使う機会がなくてな。まさかここで使うとは思わなんだ」
常磐の巫女は少し嬉しそうに胸を張る。アマネは嘆息し、話を続けた。
「ですが、気づけば、ロザ皇帝の暗殺、共和国、連邦の武装蜂起の立役者に祭り上げられておりまして。その前にもロフルトで色々やらかしていまして。逃げる場所もいくつか検討しましたが、あまり良い結果は想像できませんでした。で、今に至ります」
「・・・・・・ラドナであれば、そなたを守るであろう」
アマネは少しの間黙し、苦笑した。
「ええ。きっと国を挙げて守ってくれたでしょう。ですが、そんなこと、させられません・・・・・・」
レイナードは、きっと守ってくれる。けれど、アマネが耐えられそうにない。
「フレイア女王も、レイナード王子も、たいそうなくせ者、大国に挟まれた小国でありながら、大国を翻弄する胆力があると評判であろう」
「小国であるからこそ、大国が大きく舵を切ったとき、もろく滅亡する国でもあります」
「まあ、確かに・・・・・・」
大国に挟まれた小国が生き残る術は、大国が自国の体面を気にしているところを的確に突き、擽ることにある。しかし、大国がそれをかなぐり捨てたとき、小国には追従か滅亡しか道はない。
「それなら、求められた役割を果たして家に帰る方が得策かな、と」
「で、今、世界中を回っているというわけか」
「ええ。巫女にも助力願いたい」
「何が必要だ?」
「その前に、魔法国の現状をお伝えします。魔法国は魔法障壁で国を囲い、外と断絶しているわけですが、魔法国内部では何が起こっているか、ご存じですか?」
「定期的に何やら、上から穢れが堕ちているようだな。その討伐に苦労しているようじゃの。先ほど、そなたは堕神と呼んでおったな」
「ええ。諸説あるようですが、魔法障壁も元である女神を取りかえしにきた神様が堕ちてきたとか、何とかあるようですが。とにかく、内部ではその堕神との戦いに明け暮れています。今のところ、何とか対処できていますがね」
「今のところ、ということは?」
「ええ、そこです。今のところ。先頃、魔法国の魔法使いが、預言を残して死去しました。魔法国を統括する幹部、七人の魔女の一人なのですが。彼は、今までとは比較にならない堕神がやってくる、と。この国が滅びるほどの堕神だ、と。彼の預言は絶対だそうで、その堕神を、魔法国では『禍神』と呼称しています」
「なるほど。それでは、そなたはその禍神とやらを倒すために世界を巡っているということか?」
「もちろん、それができれば良いのですが、わたしは、万が一、禍神に敗れた時のことを考えて行動しています。今回、魔法国の連中は、それが気に入らなくて、わたしを世界の敵にしたのでしょう。彼らは今まで通り、自分たちの力で堕神を退治できると信じていますので。クロムたちのように、今までとは何かが違うという危機感を持った一派もいますが」
「しかし、そなたの危機感の通り、敗れたらどうする?」
「世界に堕神が放たれます。それは一番、あってはならないこと。しかし、堕神は魔法国の何処に墜ちてくるか分からない。大きさも、何もかもが予測できないんです」
「なるほど。で、そなたは何を欲している」
「|薙尊国では各地に『穢れ』というものが発生し、それを各地の巫女と祓い衆と呼ばれる神職が対処していますよね。あれは、堕神と同じ類いのものなのかという確認が一つ。もう一つは、その穢れが発生する予兆を予測する者たちがいると聞きました」
「陰陽省のことか」
「おそらく」
常磐はしばらく黙考した。アマネはそれを黙って待つ。考えがまとまった合図として、常磐は扇をパチンと閉じた。
「妾たちが言う「穢れ」は魔法国の堕神とは異なると思う。穢れは、人々の妬みや恐れといった負の思念が具現化したもの。我が国は龍脈の上にあり、この国の土地神の影響もあって「穢れ」となって顕現したものだろう。最近、その穢れが活発化して、討伐に難儀しているという。そなたのいう通り、その禍神が堕ちてくる前触れを穢れが感じ取っているのやもしれん」
「陰陽省の人間は、堕神が堕ちてくる予測ができるでしょうか」
「なんとも言えんな。ただ異変に気づけるかもしれん」
「何人か、お貸しいただけないだろうか」
「・・・・・・。外に出たがる者がいるとは思えん。陰陽省の術師たちは気位が高いだけでなく、元々、巫女の素養を持つ男子ばかりよ。帝もお許しなるとは思えん」
「そうですか・・・・・・」
アマネはそう落胆はしていなかった。常磐の巫女の返答は大体、予想が出来ていたからだ。
「ただ・・・・・・」言って、常磐の巫女はアマネの背の向こうの襖に目をやる。「園延はどう思う?」
えっ、とアマネが振り返る。襖の向こうから衣擦れの音が聞こえた。そっと、襖を開けると気まずそうに上目遣いでこちらを見る常磐の巫女の一人息子、園延とその夫がいた。二人ともきちんと正座をしている。
「とっ、常磐さん!園延を外に出すというのかい?」
息子の肩に手を置き、震えながら訴えているのが、常磐の巫女の夫、菖蒲親王であった。端整な顔立ちをしているが、とにかく気弱そうな男だ。常磐の巫女曰く「そこがよい」とのこと。
「園延が望めばな」
常磐の巫女は目を細めて言った。
「知っての通り園延は妾と菖蒲の一粒種じゃ。当代一と言われた妾の神通力の一端を受け継いでいる。本人は陰陽省入りを嫌って、そのことをひた隠しにしている。あんな選民思想に凝り固まった集団の仲間入りをする気はない、だったな」
うっ、と園延は気恥ずかしそうに俯く。そんな息子を菖蒲親王は「かわいい!!」とかき抱く。二人の姿に「よいのぉ」と常磐の巫女も嬉しそうだ。
うーん、とアマネは唸る。能力については問題ないだろうが、気になるのは年齢だ。魔法国に連れて行っても、敵対する相手もいるのだ。少年に耐えられるだろうか。
「駄目だよ、常磐さん!園延は大事な跡取りだ。そうほいほい外には出せないよ」
「跡取りの問題は、妾がもう二、三、子を産めば解決するであろう。そうほいほい出来るものでもないが、お互い未だ若い。励んでみるかや?」
「えっ・・・・・・」
何を想像したのは、菖蒲親王は頬を赤らめる。「そこがよい」と常磐の巫女も恍惚とした表情で呟く。
「しかし、園延が嫌がるならもちろんこの話はなしじゃ。・・・・・・ただのう、外の世界を知る絶好の機会だとも言える」
「外の世界・・・・・・」
父の胸元で園延が呟く。
「どちらにせよ、陰陽省の人間を連れ出すにしても一人とはいなかないだろう」
「そうですね。せめて、三、いや五は欲しいところです。もちろん、全力でお守りします」
「やはり一度、帝に相談してみるか。魔法国が崩壊して困るのは、何も薙尊だけではない」
「・・・・・・では、わたしは他の道筋を付けて参ります。それらが片付いたら、また戻りますので、そのときのお返事を頂けたら幸いです」
「よかろう。次は何処へ?」
「龍の国です」
アマネは言った。




