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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第二編
66/152

66.希(ねがう)

 その日は、いつもと違った。

 孤児院の年長、カナン・ルヴィルは食堂に足を踏み入れた瞬間に感じ取った。

 カナンを連れ帰ったラティエース、孤児院を取り仕切り、孤児たちに外国語や礼節、他の科目も教えてくれるエレノアも、美味しいご飯を作り、実は孤児たちの心の変化にいち早く気づいてくれるアマリアも、今日はどこか落ち着かない様子だった。カナンを取り戻すために暗殺集団が送り込まれたときも、三人は落ち着いていたし、精鋭の殺し屋たちをあっさり返り討ちにしたというのに。

(あのとき、レイナード王子っぽい人もいたような・・・・・・)

 この間やって来た司祭レンと他にも三人が館に罠を張り、刺客たちを生け捕りにしてそのままレイナード王子が連行していった。その後、カナンの母国と取引をして、この件には蹴りがついた。なぜ知っているのかと言うとカナンもその交渉の場に立ち会ったからだ。カナンはそこで母国と決別を宣言し、王位継承権も放棄した。これで第一王妃の息子が晴れて後継者となったのだが、その翌年に彼は不慮の事故でなくなったという。かの国は傍系の王族しかいなくなったが、カナンにはもう関係のないことだ。

 ところでカナンを狙う刺客たちを倒すために罠を張り、戦う過程で館をめちゃくちゃにしたラティエースたちは、エレノアに一列に並ばされ正座という姿勢で2時間お説教を受け、片付けを命じられた。

 ラティエースはエレノアの気に入りの茶器セットを割ったということで、とある鉱山に短期労働に出されていた。カナンが受ける罰だと申し出ると「大丈夫、もう三回目だからね!」と明るい声で返された。2週間後、ラティエースはお土産いっぱい抱えて帰ってきた。土産は鉱山で手に入らないものばかりだった。本当にどこに行っていたのだろうか。今も謎のままである。

 カナンのときですら三人は落ち着き払っていたのに、今日は違う。ラティエースはいつもより口数が少ないし、エレノアも子どもたちに細かいマナーまで指摘しない。アマリアのオムレツはやたら甘かった。

 他の子供達もやがて三人の異変に気づき始めた。

「カナ兄、ママたち、今日変だね」

 皿を片付けながら言ったのはハンナである。

「そう?」

 カナンはとぼけて言った。同意すれば、他の子どもたちに伝播する。ここでカナンガ否定すれば、安心する子どもたちもいる。

「気のせいかな……」

 ハンナは、カナンの言葉に不安げに呟く。自分の考えに疑いを持ったが、その考えを振り切れず混乱している様子であった。

「どうせ、また3人で酒盛りでもしたんじゃない?二日酔いだよ、たぶん」


 朝食後、子どもたちは食堂から追い出され、立入禁止と言い渡された。扉にはロフルト語、ロザ帝国語、共和国語でご丁寧に「立入禁止」と紙が張り出されていた。通いのお手伝いさんはいつもどおりいたため、庭で遊んだり、図書館で本を読んだりと子どもたちは各々の時間を過ごした。が、カナンを含めた年長組は、どの遊びにも興味を示さず、食堂の中で繰り広げられる3人の会話にだけ興味があった。そして、そんな年長組の行動などラティエースたちにはお見通しであった。

「ええ、では家族会議を始めまーす」

「はーい」

 アマリアが手を上げて応じる。

「久しぶりね、家族会議」

 言って、エレノアはテーブルの帳面に書きつける。「子どもたちは、盗み聞きしてる?」と。ラティエースにそのメモを回す。「扉の前に二人、窓に一人。天井にも一人」と返す。

「じゃ、今からは日本語ね」

 エレノアが言ってパンッと手を打ち鳴らす。アマリア、ラティエースは頷いた。

 さて、とラティエースはテーブルに両肘をついて手の指を交互に交差させた。

「聖女、悪役令嬢、自分をまだヒロインと思っている子持ち人妻。この3つの特異点から分かることは何でしょう?」

 はいっ、とアマリアがビシッと手を挙げる。

「はい、アマリアさん」

 ラティエースが、発言を許可する教師のように指を指した。

「食べ合わせが悪い」

「正解」

 ラティエースが人差し指をアマリアに向けて、無駄にキリッと決めた顔で重々しく言う。

「設定盛り過ぎ」とエレノア。

「それな」

 ラティエースとアマリアが同時にエレノアを指差す。

「ってか、バーネットちゃん、まだ王子様狙ってるんだ。この場合の王子様って、アレックス公爵令息なの?」

「たぶんね」

「おそらく、次の皇帝は、リート・ロザ・クラーク・アークロッド王弟殿下でしょうね。そして、アレックスが皇太子となる。そういう筋書きらしいわ」

 僅か2年の在位で終わったヴィルヘルム・ロザ・クラーク・アークロッドの唯一の子。ヴィルヘルムの薨去後、本来ならば彼が即位するところであった。年齢的にも当時、19か20といったところで問題があったわけでもなかった。しかし、リートは即位せず、先々代のゲーゲンが再度即位し、その後、ケイオス一世に玉座は引き渡された。

 彼の存在は知っていたが、特に気にすることもなかった。そういう皇族がいる程度の認識だ。公式、非公式問わず、式典という式典に出たためしはなく、何かの必要があるときに、名が連ねられているだけ。表に一切出てこない、謎のベールに包まれた皇族であった。

「それって、どのくらいのレベルの官吏に知られてるの?」

「根源貴族会議はすでに通過していると思うけど……。それでも上級官吏と諸侯の一部だけだと思うわ。まだ議員に知らせる段階じゃないと思うもの。ミルドゥナ大公からは知らされてないの?」

「うん。こっちからも特に連絡はしなかった。じゃあ、バーネットがアレックスを王子と目しているのは本能ってことか?」

「本能ってすごいね」とアマリア。

「ああ。彼女の逆転ストーリーは、これからはじまるんだ」

「あのさー。本当にアレックス君と結ばれちゃって、わたしらのいるラドナ王国を滅ぼすとかなったらどうなるの?いいの?」

「そんときは、シバく。全力でシバく。ミルドゥナ大公の力を借りてでも、全力でシバく」

 ラティエースは言って、指の関節をポキポキと音を鳴らして曲げる。

「安心なさい。ダルウィン公爵も、バルフォン大公もシバくから」

 エレノアも力強く拳を作り、振り上げては下ろす。

「うん、まあ、程々にね・・・・・・」

 アマリアは言った。遠くにいるバーネットにくれぐれも軽率な行動はしないよう念を送った。今度という今度はラティエースたちは容赦しない。プロムのようなふざけた茶番にはしない。本気の暴力というものを、ラティエースは躊躇いなく使う。

「……バーネットは何も変わっていなかった。本当に、何も。どうやったら、ああいう思考に至れるのか分からない。今や自分の(えき)にならない夫と子供を、彼女は認知しない」

「だからずっとヒロインでいられる、か・・・・・・・」

「もう、ゲームは終わったんでしょう?」

「バーネットの中では終わってないのさ」

 アマリアは余計わからないという顔をした。エレノアが補足するようにラティエースの言葉を引き継いだ。

「自分が思い描くエンディングを迎えるまで彼女はずっとあのままってことよ」

「そんなっ!だって、赤ちゃんも旦那さんだっているんだよ!?もう、新しい人生を考えるべきだよ。せっかく恩赦で自由になれるのに」

「普通はそうなんだけど、あの女はそうじゃないってこと」

 ラティエースがあっさり言い返す。

「そんなことって……」

 アマリアは納得しきれていない。それに対して、ラティエースとエレノアは、バーネットならばそうだろう、と諦観している。これはアマリアがいまだにバーネットに同情めいた何かを抱いているからかもしれない。

「結末が見えないって、案外、不安なんだな……」

 ラティエースがポツリと言った。

「普通、そうなんじゃないの?」

「そうなんだけどさ。ついこの間までは、用意されていた結末を避けるために動いてきただろう?逆に言えば、シナリオ通りにすれば結末はこうって決まってた。けれど、今は違う。自分の決断がどういう結末を迎えるか、どう影響を与えるか……。時々、怖くなるんだよ」

「本来、人生ってそういうものなんだけどね」

 エレノアも、ラティエースの言うことが少しは理解できた。良い意味でも悪い意味でも、エレノアたちはシナリオを基準に物事を考えていた。ある意味、レールが導く先を知った上で、行動できた。

「ラティ、聖女ちゃんのことどうするの?」とアマリア。

「……そうだなぁ。悪役令嬢と聖女は食べ合わせが悪いんだよなー」

「でも、気になるんでしょう?」

「そうなんだけど……」

 三人が、少し沈んだ空気の中で沈黙する。

 一方、カナンたちは先程から三人の会話に耳を傾けている、ボソボソという密やかな声と僅かな単語を拾うだけで内容はわからなかった。

(薙尊語に似てるけど、聞いたことのない鷹揚だ。ロザでもロフルトでも、共和国語でもない)

 窓の外にも一人見張りをつけて、手鏡を伸ばしてラティエースたちの口の動きを読ませ、発音をメモさせているがやはり知らない言葉だ。

(ママたち、時々ああやって秘密の言葉で会話するんだよな)

 カナンたちが聞き耳を立てていることも承知なのだ。それでも、あえて注意しない理由は、3人が話す独特の言語から秘密がばれないと分かってのことだ。

 また、ぼそぼそと会話が始まる。カナンは反射的に扉に耳をつけて、意識を集中する。だから、背後の陰に全く気が付かなかった。

「ただ、何がしてやれるかって問題があってさ」

「聖女が何に利用されるかずっと調べてるけど、まだ分からないの?」

「魔法国に対する生贄ってことは予測できるんだけど……」

「ラティはそれを阻止したいんだね」

「その子の意志なら止めやしないけど……。こういうのって、命がけだろう、普通。本人が承知してそのリスクを負うっていうなら何もしない。でも知らずに何かの儀式のお供え物になるなら、それはちょっと可哀そうだろ」

「そうね……」

「レンくんに聞くのが早いんじゃない?」

 アマリアの言葉に、「ええっ」とラティエースは顔を顰める。

「あいつが素直に教えるかよ」

「そうだよね」

「それに、いま、どこで何してるのかも分からないし……」

(で、漫画みたいなタイミングで・・・・・・)

 エレノアが視線をドアに向けたと同時に、バンッと勢いよくドアが開かれる。

「ラティ、何度目かの一生のお願ーい!!!」

 レンが笑顔で登場する。ドアを開け放った反対の腕には、ヘッドロックを決められ、白目をむいたレイナードが引きづられていた。

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