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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第二編
65/161

65.識(ちしき②)

 バーネットとの面談後に多少のトラブルはあったものの、三人は無事にラドナ王国に帰還した。

 クレイは商談があるとメブロに残り、商会回りを終えてから帰国予定だ。海竜の卵は、そのまま孤児院の子どもたちの土産となった。それ以外にもたくさんの土産を馬車に乗せられるだけ乗せて帰ってきた。

 意外だったのは、王都に続く大門前でレイナードが出迎えてくれたことである。

「良かった・・・・・・」

 そう言って、レイナードは馬車から降り立ったラティエースを見るやいなやかき抱いたのだ。

「きゃあああ!」と歓喜の声を上げたのは、アマリア、エレノアだけではない。周囲の侍女や何なら秘書官たちもなぜか喜びの悲鳴を上げていた。

 城門前に店を開けていた店主や客も、あんぐりと口を開けている。

 往来のど真ん中で、自国の王子が女性を抱きしめているのだ。動揺しない方が難しい。王都で王子の顔を知らぬ者はいないし、ラティエースもそれなりに顔が知られている。つまり、二人は王都ではよく知られた存在なのだ。その二人が抱きしめ合っている。いや、一方が抱きついているのだが。そんな様子を知れば、王都に住まう国民がすることといえばただ一つ。言いふらすもとい広める、である。幾人かが見物客を増やすために、素早く走り去る。彼ら、彼女らは一人でも多くに今起っていることを伝えねば、と使命感に駆られていた。

(いや、ちょっと待って・・・・・・)

 周囲は盛り上がっているが、抱きしめられているラティエースだけが置いてけぼりだ。

「もう帰ってこないかと思った・・・・・・」

 言って、レイナードはラティエースの肩口に顔を埋め、腕に力を込めた。

(駄目だな、これは・・・・・・)

 無理に離れようとすれば、レイナードはさらに力を込めるだろう。そうなれば、どちらかというと骨張った体型のラティエースの脊椎、背骨、あばらのどれかが折れる。それに、こうなるまでレイナードを心配させた自分も悪いのだろう。きっと。

「ごめん、心配かけた」

 そう言って、ラティエースはレイナードを抱きしめ返し、ポンポンと背中を軽く叩いた。

 ラティエースは、子どもをあやすように、辛抱強くレイナードの背中をリズミカルに軽く叩き続けた。大丈夫、大丈夫だ、と。

 ようやく解放してくれたレイナードは周囲の様子を見て急に顔を紅くし、猛然と城に向ってダッシュしていったのであった。

(ええー・・・・・・。恥ずかしいなら、最初からするなよ)

 残されたラティエースが、この周囲に対して後始末を付けなければならないではないか。

 生暖かい目で見るエレノアとアマリア。

 頬を染めてその第一声を待つ侍女や秘書官。

 街の人々も、何かを期待する目をラティエースに向けている。

「・・・・・・。解散!!」

 ラティエースは声高に宣言したのだった。

 その後、事態を知ったミルカから、レイナードは軽蔑の一言を食らったのであった。

「世間ではそういうの、ヤリ逃げって言うんですのよ」

 

 深夜。

 ラティエースは、バーネットの情報を箇条書きのメモにして、それを壁の中心に張り付けた。

 メモから左側が聖ケイドン魔法国の情報。右側がロフルト教皇国の情報だ。中央はどちらにも共通するものや、逆に属さないが関連がありそうな単語を張り付けている。

 ラティエースは「聖」と一文字書いたメモを中央に置いた。それを指でなぞり、魔法国側にずらす。

(50年前、魔法国は何らかの方法で聖女をロフルトから奪った?だから、聖女のいる自分の国に「聖」をつけた?)

「奪う……。どうやって?」

 元々、使う魔法の種類を問うことなく共存していたのだ。魔法と聖法の両方を使う者もいたという。つまり、ロフルトの土地でも魔法は使えたのではないか。

 ウィズは言っていた。

 ―――魔素を含んだ風が、北から流れてくる。その風の通り道である場所は魔法が使いやすい。でも、その季節風の出現地が分からない。ある日突然、魔法が使えるようになった地域があるっていう報告もあるんだ。

「季節風。龍の通り道……」

 魔法国側が魔素の季節風の発生箇所を推測し、それにあわせてロフルトに強襲をかけ、聖女を奪取したのか。いや、予測できるなら他の作戦でもその予測を利用し、ロフルトと戦えばいいのだ。聖女奪取のためだけに、季節風の流れを予測し、行動したというのか。その価値が聖女にあったとしても、ラティエースは納得できなかった。

 ラティエースは、ロフルト教国側のメモ「聖女」に触れる。

(今、聖女はロフルトにいる。魔法国側にもいるとしたら、それぞれに聖女がいるということになる)

 お互いの国にとって、それぞれが保護している聖女は邪魔で仕方がないのではないか。そもそも、ロフルトは聖女召喚に心血を注いでいたが、それは何のためか。

 バーネットは言っていた。

 聖女が使う秘術がある、と。魔法国の魔法障壁もその秘術の一つと言うことか。

(秘術をぶっ壊すために、秘術を使わせる気か?)

 聖女を奪われたロフルト教皇国は、天罰官という武力を創る。天鎖で女神に誓約させ、代わりに強力な聖法も行使することができる。

(聖女を取り返すために。そして、新たな聖女を守るために)

 聖女の奪取。取り戻す。魔法国から。そのためのレンや他の天罰官。

 では、三賢者と七人の魔女は、魔法国の聖女を守る役割も担っているのではないか。

(いや、奪取しなくてもいいだろ。そんなことをしなくても、新たな聖女を何人も召喚すればいいじゃないか。成功率が低いのは分かっているだろうが、魔法障壁を壊せないなら奪取より召喚に切り替えるだろ。それとも召喚できる数に制約があるのか?)

 なぜ、魔法国の聖女にこだわるのだ。

 ラティエースは教皇国の図書館から書き写した写しをあさる。エレノアやアマリアにも手伝わせた写しは膨大な量になっていた。禁書を片っ端から時間のある限り模写した。それは日本語で書いたため、何を映したかは転生者ぐらいしか分からないはずだ。確か、聖女召喚の時期とその時の状況を記した禁書を映しにして持ち出したのだ。

 ラティエースはようやく目当てのものを引っ張り出し、写しに目を通した。

 50年前とその前後の成功率はゼロだ。それどころか教皇が不在で、召喚の儀式自体がおこなれていない年もあった。しかし、ロフルトで聖女召喚が行われていないにもかかわらず、魔法国には確かに聖女がいたのだ。そして、そこで魔法障壁出現という秘術が使われた。聖女はどこから現れたのか。

「そうか……」

(魔法国でも、聖女召喚が行われていたんだ……)


 レンは、教皇に呼び出され、天命の塔に向かっていた。天命の塔とは、天宮を巡る星々を観察し、神の意図を、そして神託を受ける場である。歴代の教皇は、この塔で毎日天に祈りを捧げ、星を読み、それを元に人々に進むべき道を指し示す。

 先の地震でこの塔は被害がほとんどなかった。この塔には、貴重な書物が、蔵書室にすら置けない禁書が保管されていた。もし火事が起こって失われたとしたら、と学者たちは身を縮こまらせていた。

 天命の塔だけは他の建物と違って白石造りの建物であった。教皇の生活の場である「宮」と呼ばれる部屋とその中央にある天命の塔。この区画に立ち入りが許されるのはごく少数である。レンも呼び出しがない限りは近寄りたくもない場所だ。

 扉の前で名乗りを上げようとしたときであった。不意に扉が開かれた。レンも驚いたが、相手もビクッとした。それは、レンの師匠に当たるトリト枢機卿とも仲が良い神兵軍聖将軍バッカスであった。大柄で背の高い初老の男だ。

「姫君のご機嫌取りか?ご苦労だな」

 レンは苦笑で応じ、「ご機嫌斜めですか?」

「ああ。救助作業が一段落したことを報告したのだが上の空だったよ。聖女様が自分を警戒していることが理解できないらしい」

「そうですか・・・・・・」

 このままレンを呼びつけたことも忘れてくれないだろうか。そんなことを考えた直後、部屋の中から声が響いた。

「レン?いるの?いるなら、早く入って」

「はい。天罰官第四席レン・ユーカス。お呼びによりまかり越しました」

 天命の塔は、六角形の建物に、屋根代わりにお椀がかぶせられたような建物でもあった。そのお椀の内側は天命石という聖力が宿った稀少な石で作った塗料で真っ黒に塗られている。そこには、天命と呼ばれる星々が配置されている。小さな光から大きな光まで様々で、それらは不規則に漂っているものもあれば、きれいな円を描いて回っているものもある。これらは、天命図と呼ばれている。

 ロフルト教皇国第72代教皇聖ビジーノは、部屋の中央に仰向けになって、天命図を見つめていた。呼吸をする度に僅かな胸の膨らみが上下している。そう、当代教皇は女性であった。

 すでに祭服を脱ぎ捨て、麻の簡素な夜着を着用している。髪も下ろし、艶やかな緋色の髪が床に流れていた。

「見て、あの3つの天命。やっぱり面白い動きをするよね」

 ビジーノが指さした天命は、彼女曰くラティエースたちだという。彼女たちは3年前までとある巨星に何度もぶつかっていた。普通に考えれば、押しつぶされたり、それこそ天命が潰えるのだが、そうはならなかった。毎回、削れ、小さくなるのだが、巨星の方が大きく削られていた。何度も、何度も衝突し、あの日、巨星は粉々に砕け散ったのだ。

 レンはビジーノの側に寄り、膝をついた。

「レン。どうして、降臨祭にあの三人を招待したの?しかもわたしの名を使って」

「その方が余興としては面白いと考えたからです」

 レンは即答する。ここで言い淀んだり、答えられない方がかえって怪しまれる。そう、とビジーノは言ったきり、追加の問いはしてこなかった。

「あの子の様子は?」

「変わりありません。口も利きませんし、食事も、水すら手を付けようとしません。聖法で回復を行っていますが、体力は削られるばかりです。このままでは、聖法も効かなくなるでしょう」

「面倒だな」

 ビジーノは右手の親指の爪を噛んで、舌打ちする。

「ですが、秘術は、あの子と聖下の絆が必要となります」

「分かってるよ。まずは、あの子を幸せにしないとね。レン、何か手を打て」

「・・・・・・かしこまりました」

 ビジーノが教皇の地位について長いときが過ぎようとしていた。聖法使いとしても優秀で、彼女が聖女召喚を成功させてもおかしくないと言われていた。事実、彼女は聖女召喚に成功した。

 たった一つの願いを叶えるために。

「そして、わたしのために死んでもらわないとね」

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