41.祭りの前③
コテージを出る頃には、夕日が一帯を染めていた。ずいぶん長い間、話し込んだらしい。アマリアがジャングルジムで子どもたちと一緒に遊んでいる。もう少し待ってから声を掛けることにして、エレノアはコテージの入り口前の階段に腰掛けた。
「ああ。話、終わったんすかー?」
間延びした口調で言ったのは、アリッサであった。
「ええ、まあ・・・・・・」
「お菓子、ありがとうございましたー。チビたちも喜んでましたよ。ルーデンスの限定ボックスなんて滅多にお目にかかれませんから-」
「そう。ねえ、此処は部活、なのよね?」
「ああ。結局、テラン先輩から聞かなかったんすね?」
「ええ。ちょっと聞ける雰囲気でもなくて・・・・・・」
「ああっと。じゃあ、あたしが話しますね。うまく説明できるか分からないっすけど」
言って、アリッサはエレノアの隣に腰掛けた。
「ロザ学園の生徒って、基本的に金持ち、貴族が多いじゃないですか。平民っていう人たちもいるけど、その人たちは基本的に賢い子たちが多いので、結構、うまくやっていくんですよね。金持ちの坊ちゃん、お嬢ちゃんたちも、自分の手を汚してまで派手にいじめたりしないし。過激なやつもますが、それはごく少数です。標的も目立ちまくりの平民です。例外は、バーネット・カンゲル男爵令嬢くらいっすかね。ま、とにかく、あいつら、選民意識が山より高いので。で、他の人は、基本、無視が多いっす」
「そう、かもしれないわね・・・・・・」
「貴族だろうと何だろうと馴染めない生徒って、クラスに一人や二人、いるもんじゃないですか。そもそも人付き合いが苦手とか、話が合わないとか。あたしも伯爵令嬢ですけど、価値観が合わないって言うか、貴族同士の付き合いが苦手で。結構、ズバッと物を言っちゃう性格なのもあって、気づけば独りになってました」
そのうち、教室に入ることすら億劫になってきた。ある日、教室に入った途端、息が出来なくなった。空気を求めるように呼吸が荒くなって、そのまま倒れ込んで、保健室に運び込まれる回数が増えていった。次の日、教室に入ると、周囲がアリッサのことを見て、笑っているように感じる。髪型を見て笑ったのか、制服にゴミ付いていただろうか、スカートがめくれていただろうか。そんなことを気にしだしたらキリがなく、始終、落ち着きがなくなった。教師がアリッサの様子がおかしいことに気づき、両親と面談したが、両親からは、ロザ学園卒業のブランドを得るために、這ってでも登校しろと言いつけられた。
「それで、ラティ先輩に、此処を教えてもらったんです」
ロザ学園に通わせたがいいが、両親が働きづめで、子守を雇う余裕がない家の初等部生徒。愛人の子ということで、本妻や義理の兄弟から虐められるため家に帰りたがらない中等部の女子生徒。アリッサのようにクラスに馴染めない子は、初等部、中等部、高等部にも一定数いた。
「部長は、ディーン先輩になってるんですけど。ディーン先輩、皇子のせいで生徒会に入れなかったらしくって。ずっと生徒会入りに憧れていたのに、皇子と皇子の取り巻きが生徒会になっちゃったじゃないですか。相当荒れたらしいんですけど、そんなときに、ラティ先輩が、ディーン先輩にこの部活を作ることを提案したそうです。ラティ先輩とポーカーで勝負して、どちらか勝った方が相手の言うことを聞くって。それまで全戦全勝だったディーン先輩が、ラティ先輩に負けて、部長就任とあいなりました」
(絶対、いかさましたわね・・・・・・)
「よく、マクシミリアン皇子殿下がこの部活を認めたわね」
「その頃、ラティ先輩もディーン先輩も、中等部2年だったそうです。で、テラン先輩が高等部の生徒会長だったんです。高等部の生徒会の方に申請を出して、承認を得たそうです。以降も、皇子はろくに部活申請書を確認することもないそうなので、ずっと存続できてます。高等部に上がってからもテラン先輩がアレックス副会長にお願いしてくれて。テラン先輩が生徒会長の時は、初等部から高等部までの校舎を見回っていたんです。で、あたしみたいな子を見つけては、此処に連れ来るんです。テラン先輩が卒業してからは、ラティ先輩がよく見回ってくれてました。あの人、意外に面倒見がいいっていうかなんていうか。まぁ、ここに居る子は、学園に馴染めなかったり、親から無理矢理通わされたり、学園に価値を見いだせない子たちなんですよねー。此処があるから、あたしも教室での講義に耐えられています」
「そう、だったの・・・・・・」
「あの車椅子の女の子は、エンリエッタ・カルスと言って、カルス公爵の遠縁、カルス伯爵のお嬢さんです。高等部2年に編入してきたのは、今年に入ってからですね。卒業後は、どこかの王族の後妻に嫁がされる予定だったんです。脚が悪かったのは元からですが、此処に編入してからは口もきけなくなりました。ついには耳も聴こえなくなって。精神的なものが原因らしいっすけど、いつ治るかわからないじゃないですか。最近はテラン先輩と手話を勉強中です。他の人達とは筆談でやり取りしてます。カルス公爵にも、ご両親にも失望されて、見捨てられた状態なんです。気の毒に思ったテラン先輩が、親御さんと理事会と話を付けて、此処で勉強し、テストで合格すれば、特例で卒業資格を与えるということになりました。ついでに、何人かの子たちも教室に行かなくても、此処にさえいれば、単位認定してもらえるようになったそうですよ。此処には、テラン先輩、ディーン先輩という優秀な先生がいますから、テストは心配ないでしょうし」
「さすが、テラン先輩ね」
うっす、とアネッサも頷いた。
「最初は空き教室、その次は旧校舎を使ってたんですが、ある日、ラティ先輩が此処を見つけてきたんです。何でも、マッツタッケとかいう珍しいキノコを探している途中で偶然見つけたって」
「マツタケね。そう、マツタケか・・・・・・」
(あいつ、独りで季節の珍味を楽しんでいたのね)
これは、アマリアと一緒に問い詰めなければならない。静かに怒りをためるエレノアに気づかず、アリッサは続けた。
「ラティ先輩、言ってましたよ。変な言い方してたけど、昔は、学校に馴染めなかった。でも、今はエレノアたちが居るから、毎日が楽しい。学校が楽しいって、エレノアたちが教えてくれたって。先輩、ロザ学園以外でも学校に行っていたんすかね?」
(そう・・・・・・。そうなのね。前世では楽しめなかったのね・・・・・・)
「先輩、放課後によく中等部の校舎をフラフラしては、ぼんやり窓の外を見たりしてましたよ。ほら3階の音楽室の前の大窓があるじゃないですか。あそこから見える景色が、昔の景色と似てるって」
「そう・・・・・・」
視線の先では、アマリアが中等部の女の子たちと楽しげに話している。アマリアがエレノアに気づき、手を振る。エレノアも手を振り返した。
「アリッサ。次の部長は誰なの?」
「ああ。一応、あたしっす。高等部の先輩も、中等部の3年も、何でかあたしを推すんですよ」
「そう。頑張ってね」
エレノアは心からそう言った。言ってからふと気になったことを思い出した。
「ねえ、「どんぐりのジョー」って何?」
ああっ、とアリッサが手をたたいた。
「それは、ラティ先輩がチビたちにつけたあだ名みたいなものですね。ジョーはどんぐり拾いで一番だから、「どんぐりのジョ-」っす。ぴっかぴっかのどんぐりを拾わせたら右に出る者はいないっす」
「ということは、あのミーカちゃんは、泥団子を作るのが得意だから「泥団子のミーカ」かしら」
「正解っす。「縄跳びのレーナ」は縄跳びが得意です。本当だったら今日、ナンバー3をかけて、ラティエ先輩とレーナの二重跳び対決をする予定だったんですが」
「ああ、しばらく来れなさそうよ、ラティは」
「そうっすか。残念です」
アリッサは寂しげに言った。




