40.祭りの前②
この日、エレノア・ダルウィン、アマリア・アリーも学園に登校していた。
とある生徒たちに協力を求めるためである。
「全く、何でわたしが・・・・・・」
「だって、ラティ。あんな怪我をしてるんだもん。あれじゃ、皆怖がって話も聞いてくれないよ」
アマリアの言うことは分かる。けれど、文句の一つや二つこぼしても罰は当たらないはずだ。
ラティエースの遣いだというブルックスが、エレノアのもとを訪れたのは数日前。「内密でお話ししたいとのことです」と言われて、ミルドゥナ侯爵別邸に来てみれば、包帯でグルグルにされたラティエースがベッドに横たわっていた。
「まあ、こういうことだから、後、お願い」
問いただしても、姉弟げんかと言い張るばかり。
「力加減を知らない弟の本気を舐めてた・・・・・・」
どこにこんな激しい姉弟喧嘩があるというのか。仮にも貴族なんだから、もっとスマートに、権謀術数なんかでやりあってくれればいいのに。傷の程度は見た目よりひどくはないが、やはり貴族令嬢としては、堂々と歩ける状態でもない。ラティエースは、ほとぼりが冷めるまでミルドゥナ侯爵別邸にて療養することにした。卒業式までいよいよ大詰めという中での、ラティエースのリタイアは、正直、痛い。これからもっとラティエースには動き回ってもらわなければならなかったのに。
けがの原因に、予想は付いている。おそらく、ゼロエリアでの抗争関連だ。それにラティエースが関わっているのだろう。カスバートの行方も、ひょっとするとラティエースは知っているのかもしれない。知っていて、エレノアたちには言わない。ダルウィン公爵の力を使って調べたら分かることだが、エレノアはラティエースの口から事実を聞きたいのだ。
「ほら、ラティもこうして資料も用意したんだし。ねっ?」
「分かったわよ。交渉事はラティエースが一番だけど、やれる限りやってみるわ」
「うん、うん。わたしも応援してるからね」
アマリアの両手には、大きな紙袋が下げられている。紙袋は、リー男爵が経営する菓子店のものがほとんどだ。交渉を有利に進めるための賄賂である。
エレノアたちが目指したのは、校舎のはずれ、人気もない森の中にある四阿であった。ラティエースの調べでは、日中はこのあたりにいるらしい。
晴天であるというのに、森の中にあるためか心なしか辺りは薄暗い。
「ここってさぁ、初等部の子が肝試しして、毎年、一人か二人帰ってこないって言われてる場所だよねぇ」
森に入った途端、アマリアはエレノアに腕にしがみついて、力を入れる。そのしがみつく腕が小刻みに震えているので、エレノアは無下に振り払えないでいる。ついでに、紙袋の中身、缶の角が当たって、ちょっと痛い。
「帰ってきてるから問題にならないのよ、アマリア。でも、確かに薄気味悪いわね」
風が吹くと、木々が揺らぎ、葉のこすれる音がなんとも不気味な音を奏でる。「ひいっ!」とアマリアが縮み上がる。
「誰だっ!」
ざわめく森の中から、少年の声が耳を打った。きょろきょろと首を巡らせるが、姿はない。
「ここは選ばれし者しか立ち入りを許されない場所だ!」
声は幼い少年のもの。視線を上げ、木の上、頑丈な枝の上に人影を見つけた。声の主は初等部の制服を着ていた。ご丁寧に仮面もつけている。
「わたしは、ダルウィン公爵が一女、エレノアです。隣は、アマリア・リー男爵令嬢。そちらの頭領にお取次ぎください」
「公爵令嬢が何の用だ!」
エレノアの怒気は、静かに増していた。木の上にさえいなければ、とっ捕まえて、両の拳で少年のこめかみを圧迫していただろう。大の大人、ラティエースでも「痛い、痛い、痛い!!ごめんなさい!もうしません!」と言わしめたエレノアの必殺技だ。
「ラティエース・ミルドゥナ侯爵令嬢の紹介で参りました。お取次ぎを」
「なんだと!ナンバー5の紹介だと?」
(ラティ!あんた、何やってんのよ!!)
いつの間にか、組織のナンバー5にまで上り詰めているではないか。中途半端なのか、すごいのか判別しがたいが。一方、アマリアには心当たりがあった。
――――――卒業までには、ナンバー3になれると思ってたのに。この怪我さえなければ。くうっ!!
唇を噛み、ずいぶんと悔しそうにしていたが、一体、この組織の幹部に上り詰めて、何になろうというのか。そもそも、此処には何の組織があるというのか。
と、エレノアとアマリアの脇の茂みが揺れる。ひょっこりと、眠たげな顔をした少女が顔を出した。ワカメのような青黒い髪に、色白の肌をした少女が茂みをかき分けて姿を現す。
「ああ、すいませーん。あの子のことは気にしないで下さい。あたしは、中等部2年のアリッサ・デュフォンです。どうぞ、こっちですよー」
「あっ、こら、アリッサ!勝手に案内するな!」
「あれは、「どんぐりのジョー」です。お気になさらず」
(いや、気になるって・・・・・・)
エレノアとアマリアは、同時に同じことを思ったが、アリッサは気にせず、小道を歩き出す。少年はまだ文句を言い続けているが、その声もだんだんと小さくなっていく。
「あの、此処に何があるのかしら?」
「あれ?ラティ先輩の紹介っすよね。知らないで、此処まで来たんすか?」
「えっ、ええ・・・・・・」
「この先にあるのは、「総合社会研究部」の部室っすよ」
「総合社会研究部?そんな部、あったの?」
アマリアがエレノアに耳打ちすれば、エレノアは首を振って知らぬと示す。
「まあ、聞くより見た方が早いと思いますよ。あと、あたしより遙かに説明上手な人が部室にいるんで、その人から話を聞いて下さい」
アリッサが言ってしばらくすると、道の終わり、森が開けてくる。そこには、コテージのような小屋が建っていた。
「うわっ」
アマリアはその光景に思わず声を上げた。
年季の入った古い木を使ったコテージの横には、ジャングルジム、砂場、ブランコもある。中等部、初等部の生徒たちが泥だらけになって遊んでいる。高等部の制服もちらほらと見える。
「何よ、此処・・・・・・」
エレノアも譫言のように呟く。
「ああ、せんぱーい!連れてきたっすよー」
アリッサが、コテージに向って手を振る。
コテージから出てきたのは、車椅子の女子生徒と、私服姿の青年であった。彼には見覚えがあった。
「テラン先輩?」
元生徒会長のテラン・ウィルターであった。
中肉中背中の優男。文官タイプの青年だ。優しげな顔立ちだが、それにだまされてはいけない。元生徒会長だけあって、かなり優秀な男だ。艶やかな黒髪を耳のあたりで整え、やや色白の肌に、漆黒の瞳、鼻筋が通り、口元には優しげな微笑。女子生徒からの人気も高く、それは専科に進んでからも変わらないと聞く。
「お久しぶりですね、エレノア公爵令嬢、アマリア男爵令嬢」
「こんなところで、何を?」
コテージの階段を駆け上がり、エレノアが尋ねる。
「まあ、監督者ってところですかね」
「社会研究部のですか?」
アマリアの言葉に、微笑を落とし、「まあ、それも含めてご説明しますね」言って、車椅子の少女に手話で何かを伝えた。少女は微笑して頷き、アリッサが車椅子を押して、下に向う。子どもたちがワッと駆け寄ってくる。
「あの子って・・・・・・」
「一応、高等部2年の生徒ですよ。カルス公爵の遠縁の娘さんです」
テランに「どうぞ」と中に招かれる。室内は、食器棚や饗応用の縦長のテーブルが据えられ、その奥にはソファーやロッキングチェアも見える。
「大したものは出せませんが、その辺に座って下さい」
「はい。ありがとうございます」
「あの、これ、よかったら・・・・・・」
言って、アマリアは紙袋の一つを差し出す。ルーデンスの菓子の詰め合わせだ。
「ありがとうございます。後で、チビたちのおやつにしますね。わたしたちもちょっと食べましょうか」
しばらくして、テランはルーデンスの菓子を並べた皿と、コーヒーカップを運んできた。それぞれのテーブルに置き、まずは珈琲を嚥下する。
「ラティさんからは、卒業式に向けて協力して欲しいことがある、とは聞いていたんですが。詳しい内容は、今日、聞く予定だったんです」
「ええ。所用で来れないので、わたしが代理です。まずは、こちらを」
言って、エレノアはラティエース作成の資料をテーブルに滑らせた。
「拝見します」
律儀に言って、テランは資料に目を通し始める。10分後、一通り目を通したテランが資料をテーブルに置く。
「にわかに信じがたいですが、卒業式後のプロムでこんなことが本当に起ると?」
はい、とエレノアは重々しく、肯首した。
「わたしたちは、このプロムによって、皇子殿下より死刑宣告を下されることとなっています」
「理由は?」
「バーネット・カンゲル男爵令嬢をいじめたという理由が主なものです」
テランは鼻筋を指でつまみ、「うーん」と唸る。
「マクシミリアン皇子なら、やりかねないですね」
「それで、コレですか」言って、資料を指さす。「相変わらずの企画力ですね、ラティさんは」
「お力添えいただけないでしょうか?」
「わたしより、適任者がいますよ。もう少ししたら来ると思うんですが・・・・・・」
そこに、不規則な足音が近づいてくる。バンッ、と荒々しい音を立てて、ドアが開け放たれる。
「だぁぁぁ!ジョーも、ミーカも、レーナも、そんなにくっつかなくても逃げねーってば!」
「本当に?ディーン、ミーカと一緒にピカピカの泥団子作ってくれる?」
「俺とどんぐり拾ってくれる?」とジョー。
「縄跳び・・・・・・」とレーナとおぼしき少年がのんびりした口調で言う。
初等部の子ども三人が、一人の男子生徒にぶらさがり、しがみつき、蝉のように背中に張り付いている。
「大人気ですねー、ディーンくん」
テランが愉快そうに声を掛ける。
高等部3年、ディーン・ヴァルリアは、ロザ学園でも指折りの素行不良者であった。ディーンはヴァルリア伯爵家の庶子として生まれ、本妻に子が生まれなかっため、引き取られたということでも有名であった。
学園内でポーカーなどの博打を取り仕切り停学。運動部の大会での賭博で停学。初等部のコンクールで何回戦まで勝ち進むか賭けをして停学。基本的に何でも賭博にして、貴族から金を巻き上げている。喧嘩も強く、近隣の学生や街の男たちともよくやりあっているらしい。退学にならないのは、その都度、親が寄付金を積み上げているからだという。
その悪評まみれの彼が、子どもたちにしがみつかれ、しかも、振りほどくこともなく、子どもたちにタジタジなりながらも、邪険ににすることもなく相手をしている。
「俺らもいますよー」
そう言って、背中に子どもを負い、両脇にも子どもを抱えたザックが顔を出す。ロイは両手に手をつないで、子どもたちと一緒に中に入ってくる。
ふとザックが来客、エレノアに気づく。目が合い、エレノアは礼儀としてにこりと微笑む。
「えっ?スキ」
彼女を目に留めた瞬間、ザックは呟いた。
部屋から出たがらず、エレノアの横に座ろうとするザックを何とか追い出し、ディーン・ヴァルリアを交えて、話し合いは再開した。テランがディーンに資料の内容を説明する。難しいことは分からない、とアマリアも出て行き、子どもたちと一緒に砂場で遊んでいる。
「どうです?やれそうですか?」
ディーンは、長めの髪をかき上げて、「まあ、できなくもないけどよ・・・・・・」となんとも煮え切らない返事をする。
「マジで、こんなことする気なの?」
「ええ。わたしたちは、これを茶番にしなければならないんです」
「茶番ねぇ・・・・・・」
ディーンが揶揄ともとれなくもない失笑を落とす。
「これは仕込みに時間がかかりますねぇ。面白そうですけど」とテラン。
「仮に皇子が死刑宣告しても、その通りになるわけないでしょ」
言って、テランはクッキーを口に放り込んだ。チラリと窓を見れば、血の涙を流さんばかりの憤怒の表情で、ザックが窓に張り付いている。思わず、椅子から転げ落ちそうになる。そこにロイが通りかかって、窓から引き剥がしてくれた。
「確かに、そうかもしれません。ですが・・・・・・」
ゲームの情景がエレノアの脳裏で再生される。プロムで断罪され、豪奢なドレス姿のエレノアたちが引っ立てられていくシーン。地下牢に入れられ、処刑を待つシーン。ギロチンの刃が落ちる瞬間を描いたシーンもあった。
「ディーン。これを茶番にしてしまえば、帝室からも感謝されるかもしれませんよ?」
エレノアの思い詰めた顔を一瞥して、テランが明るい声で言った。
「皇子のバカイベントを、冗談でしたって誤魔化すために?別に、帝室に感謝されても嬉しくないけど」
「たまには親孝行してやったらどうですかー?学園からも感謝されて、専科でも過ごしやすくなるんじゃないんですかー?」
「えっ?ディーン様は、専科に進学するんですか?」
「悪いかよ」
ディーンが口を尖らせる。
「いえ、そんなつもりは・・・・・・」
といいつつ、意外だったからこそ零してしまった失言だ。
「ディーンはこう見えて成績優秀者です。常にトップ10には入っていますよ」
「そうだったのですね・・・・・・」
エレノアは辛うじて20位以内をキープしている。ラティエースとアマリアは平均を漂っているが、科目別では一位に輝くことも少なくない。エレノアは科目別でも一位を取ったことはない。
「まあ、ディーンの進路はこの際いいとして。胴元としてもいい商売になるんじゃないですか?」
「そりゃ、そうだけど・・・・・・。このラティのオッズ表もウケそうだけどよ・・・・・・」
「じゃあ、やりましょうよ。わたしも及ばずながら力になりますよ?」
「ああ、数日待ってくれるか?仲間に、実現できそうか聞いてみるよ。もちろん、詳細な計画までは言わない。皇子がプロムで何をやらかすか賭けてみないか、で言ってみる」
「お願いします」
エレノアは深々と頭を下げた。




