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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第一編
39/152

39.祭りの前①

 ――――――帝国暦414年紫の月十九日。

 ラキシスの惨劇に対するアインス・ファミリアの報復は、ジャンス・ファミリーのボス、ジャンスを討ち取ったことで事実上の終了となった。ボスを失ったジャンス・ファミリーのメンバーは散り散りになるほかなく、また最近のゼロエリアの治安悪化はジャンス・ファミリーのせいであると恨みを持った住人は、私刑等で追い打ちをかけた。

 翌日には、ジャンス・ファミリーと関係があったとされるケトル商会の商会長が逮捕され、ケトル商会は即日解散命令が下された。商会長の部屋からは、違法薬物の取引や、武器の横流しといった書類が次々と発見され、リストには、大物貴族の名も多くあったらしい。帝都の治安維持を担当する治安維持警吏総長は、この件を徹底的に追及し、忖度は一切しないと声明を発表し、心当たりのある貴族を震え上がらせた。商会長の一人息子、カスバート・ケトルも一連の事件に関係があるとされ、秘密裏に指名手配扱いとなったが、その消息はようとして知れなかった。

 治安悪化を問題視した国側が、アインスに働きかけ、アインス・ファミリアとセキリエの間で協定が結ばれた。アインスが、ゼロエリアの3分の2を、残りをセキリエが治めることで一連の騒動に終止符が打たれたのであった。

 そのような中でも、ブルーノ・ミルドゥナは、学生であるが故に、そして生徒会役員であるが故に、学園に登校しなければならなかった。

 馬車を降り立った瞬間、同じく登校中の生徒たちがギョッと、ブルーノの痛々しい姿を見て絶句する。マクシミリアン、アレックスに続いて、美形として名高いブルーノが、その陰もなく、無残な姿をしているのだ。驚かない方が難しい。

 ブルーノの両頬には、白い湿布が貼り付けられ、左目には眼帯。右目は殴られた痕がくっきりと青くなって残っていた。左手はギブスで固定され上肢固定帯を使って、腕を吊っている。脚も怪我をしているのか、少しだけ引きずるようにして歩いている。制服で隠されている部分にも、青あざ、打撲痕がそこら中にあった。

 手当をしてくれるブルックス曰く「傷のわりにダメージはありません。痕に残ることもありませんね。さすがお嬢様。殴り方をよく知ってらっしゃる」である。

「おい、ブルーノ!」

 アレックスが、悲壮な表情で駆け寄ってくる。

「ああ、おはよう。アレックス」

「おはようじゃないだろ。どうしたんだ、それ・・・・・・」

「ちょっと姉弟喧嘩を・・・・・・」

「姉弟喧嘩?そんな大けがしてか?じゃあ、ラティも?」

「ああ、たぶん・・・・・・」

 言われてみれば、しこたま殴る蹴るされたのは、何もブルーノだけではない。ブルーノも同じだけラティエースに攻撃したのだ。

「一体、何が・・・・・・」

「ああ、まあ、もう解決したし・・・・・・」

 そう言いかけて、急に腹立たしくなってきた。今朝のことだ。珍しく、ラティエースがミルドゥナ侯爵の別邸にいると聞いて、カスバートの行方を尋ねようとしたのだ。あの5人組は「大丈夫、大丈夫」と言っていたが、ラティエースからも聞かないと気が済まない。そう思い、別邸に足を踏み入れた。

「カスバート?ああ、あいつね」

 ブルーノと同じように顔が腫れ上がり、青あざや打撲痕を付けたラティエースが言った。いや、ひょっとするとブルーノよりひどいのではないか。

(僕、そんなに殴ったっけ?)

 無我夢中だったとはいえ、一応、手加減したつもりだ。最初の一発目で起き上がれないと思ったが、そうはならなかった。ダメージは受けても、まだ戦える状態ではあった。おそらく、ブルックスとの鍛錬のたまものだったのだろう。

「教えてくれ、カスバートはどうなるの?」

 フッ、とラティエースは苦笑した。そして、次の瞬間。ラティエースは左手を広げた。それをそのまま顔の横に近づけ、親指に至っては鼻の穴近くまで寄せる。そして、親指以外の手をヒラヒラさせた。ついでに、舌をベッと出して。

 そのふざけた動作に、ブルーノはカッとなる。そのまま詰め寄ったが、結局、ラティエースは教えてくれなかった。

「きゃあああ!ブルーノ君、それどうしたの?」

 場違いとも言える愛らしい声に、ブルーノは現実に引き戻される。バーネットが駆け寄り、ブルーノの頬に触れようとする。咄嗟に、一歩下がった。

「大けがじゃない!どうしたの?誰かにやられたの?」

 その誰かを言うだけで、トラブルになると分かっている。ブルーノは、「ちょっとね」とだけ言って、アレックスと連れだって校舎を目指す。当然、バーネットも校舎に行かねばならないのだから、一緒に行くことになる。

 ブルーノたちと違って、アレックスは自由登校だから、そのまま生徒会室へ向う。ブルーノが生徒会長を引き継ぐため、その引き継ぎをマクシミリアンの代わりに、アレックスが行っているのだ。

「ねえ、ブルーノ君。あの話、どうなった?」

 言って、バーネットはそっと、ブルーノの右手に触れる。何気なさを装って、その手を払い、「ああ、あれね」とブルーノは返した。

「今、関係書類を用意してるって、父さんが言ってたよ。もうすぐそっちに連絡が行くんじゃないのかな」

「本当?」バーネットは花のような笑顔を浮かべた。「じゃあ、じゃあ!わたしたち、家族になるのね?」

「書類上はね」

 ブルーノは言った。ふと、意地の悪いことを思いついた。

「でも、いいの?カンゲル男爵は寂しがるんじゃない?」

「ええ?まあ、パパはいい人だけど、しょせん男爵だからね」

(ああ、その程度なのね)

 ブルーノの胸の内に、バーネットに対する熱はなかった。冷静になればなるほど、バーネットと皇子の所業、そして自分もそれに加担していたことを恥じてしまう。バーネットが自分に触れようとするだけで、悪寒が走る。そもそもよく簡単に男に触れようとし、逆に触れられても平気なのか不思議でならない。

「もうすぐ卒業式だもん。急がないと」

「それでかな。工事業者が出入りしているよね」

 ブルーノは養子縁組の話を、校舎の工事にすり替えて話をそらした。最近、工事業者が出入りし、講堂の補修工事を行っているという。ちょうど、教室にたどり着き、二人は教室に入る。

 ブルーノは同級生から、からかわれつつも怪我を心配される。マクシミリアンが学校に来なくなって早数ヶ月。その間、生徒会はアレックスが運営していた。横暴な行動はなりを潜め、生徒からの苦情にも、誠実に応対することで、徐々にだが生徒会は信頼を取り戻しつつあった。それと比例して、ブルーノもクラスメイトと気軽に交流するようになり、あっという間に友達に囲まれるようになったのだ。

 ブルーノは友人の冗談に笑顔で応じつつ、始業までの僅かな時間を過ごす。一方、バーネットは相変わらず独りで席に座り、講義までの時間をひたすら耐える。ブルーノが気に掛けることはない。

(もうすぐ。もうすぐ、エンディングだわ)

 バーネットは、毎日、自分にそう言い聞かせて日々を過ごしていた。

 マクシミリアンとは、何度も手紙のやり取りをしているが、最近は、バーネットを責める文句が書き綴られていることが多い。特に、あのルビーの宝石については、怒り心頭のようだ。しかし、バーネットにも言い分がある。あれは、母親が勝手にやったことなのだ。自室のドレッサーの引き出しから、宝石箱が消えていて、バーネットは驚愕した。こんなことをする人は、母しかいない。問いただせば、ドローレスは耳を疑うようなことを言った。

「だって、パパの商売がうまくいってなくて、ドレスを仕立てる余裕すらないのよ?これって、バーネットちゃんのせいよね?」

「わっ、わたしのせいだと言うの?だから、国宝を売ったの?あれは、売っちゃいけないものなのよ!!」

「そうは言っても、他に金目のものはなかったし。あれって皇子様がくれたんでしょう?いいじゃない、帝室はお金持ちなんだから、ルビーの一つや二つ、売ったって気にしやしないわ」

「今、大問題になってるのよ!早く取り戻して!!」

「ええ?でも、返すお金がないわ」

「このままじゃ、わたしはお姫様になれないのよっ!!」

 泣き叫ぶように言えば、ようやくドローレスも事の次第が分かったのだろう。重々しい足取りで、家を出て行った。しかし、すでに質に流れたそれは、誰かが買い取ったらしく、行方知れずとなった。

「バーネットちゃん、頑張ったけど取り戻せなかったわ。皇子様には謝っておいて。あなたが、甘えた声で一言謝れば、許してくれるわ」

 そう言って、ドローレスは自室に入り、その日の夜会の準備にいそしんでいた。

 もうどうすることもできないバーネットは、とりあえず卒業式とその後のプロムを無事に終えることに意識を集中することにした。幸い、皇子からは、バーネット以外のパートナーとプロムに出るとは書いてきていない。エンディングさえ迎えれば、あとはどうとでもなる。

 エンディングの後は、すぐに結婚式だ。そうなれば、宝石の話も消えているだろう。

(そうよ。最後は最高のハッピーエンドで終えるのよ)


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