28.ラドナ王国③
ラティエースたちは、毎年、夏になると合宿と称して、座学から実践まで幅広い教育を受けた。訓練場所も様々で、ミルドゥナ大公領のときもあれば、共和国の軍事演習場、どこかの孤島だったこともある。それも2年前、師の一人であったサシャ・ミースが死去したことで終わった。
合宿が終わってから、ラティエースたちは毎年合宿のあった時期に会おうと約束して別れた。今日は、2回目の同窓会である。2年目にして、早速、ウィズが欠席というのが残念であると同時に、先行きにやや不安が残る。
「わざわざ城下で集まるなんて」
「その方が気兼ねしないだろ」
夕刻。ラティエースとレイナードは、二人揃って目的地へ向った。補佐官兼護衛は、いつもより離れた場所から追随している。ラティエースはよくとも、レイナードは一国の王子だ。護衛抜きの外出は決して許されない。
沈みかけた夕日を背に、二人は並んで歩く。ロザの帝都のように、きとんと舗装されていない小道の両脇に、立ち並ぶ屋台や商店。夕飯の支度のために、材料を買い求める女たちや、家路に急ぐ子どもたち。飲食店では、外にも席を用意し、小道にはみ出して男たちが酒杯をあけている。どこか牧歌的な雰囲気に、ラティエースは微笑を浮かべる。帝都にはない緩さが、心を和ませる。
ラティエースもレイナードもいつもよりラフな格好をしていた。ラティエースは、ワンピース。レイナードは、白のシャツと黒のスラックス。街中でもありふれた格好と言える。
「ウィズは来れないんだろう?」
「仕事が忙しいらしくてね。手紙を預かってるから、タイミングを見て渡すよ」
「酔っ払ってそのまま忘れて置いていきそうだな」
「皆、今日は羽目を外して飲みまくるだろうね」
ラティエースが苦笑交じりに言った。
「いいんじゃねーか。元々は、サシャ先生の追悼でもあるんだし。カノトの性格じゃ、素直に故人を送るって芸当出来るわけないし」
葬儀の時すらカノトは任務を優先した。その後、軍を辞めた。死因を追求するためか、『砂漠の花』というギルドに所属した。このギルドは、諜報を得意とする傭兵団で、顧客も幅広い。軍属では手が出せない場所にも、あるいはこの傭兵団なら、という思いがあったのだろう。
もちろんラドナ女王も、ミルドゥナ大公も、サシャの死について不審に思っていたはずだ。それでも簡単に動けない立場にある。ブリッテェン共和国は、ロザ帝国、ラドナ王国にとって、軽々しく手を出せる国ではないからだ。
――――――サシャが敵国に情報を売ろうとして?それをもとに亡命だと?バカな!!
祖父は激高し、その場で報告書を握りつぶした。唇を噛み、怒りを荒い息で逃がし、当たり散らしたい衝動を必死に押さえ込んでいた。
敵国同士の軍人でありながら、レオナルドとサシャは同類であった。戦争を忌避し、どうしたら子どもたちに戦争の影に怯えない生活を与えられるか。その思いは、男女の情ではなく、友としての絆に発展した。
――――――わしは、そうなることを望んでおったんだがな。あいつが望めば、帝位でも何でもくれてやったわ。
酒に酔った勢いで、祖父はそう漏らしたことがある。そのとき、ラティエースは、「ああ良かった。この人にも愛する人がいたんだ」と素直に喜んだ。そして、涙ではなく怒りでしか彼女の死を悼めない祖父の代わりに泣きたくなった。
声を上げ、子どものように泣きじゃくりたかった。
大通りから裏道に入り、奥へ進んでいく。ラティエースも何度も来た道なので確かな足取りでレイナードの隣を歩く。やがて、見覚えのある看板が下げられた店に行き着いた。店内は狭く、テーブルは4卓、外に2卓だが、そのテーブルは酒樽を代わりにしている。店の奥に、急ごしらえの個室があるが、これを利用するのは、限られた客、レイナードとその仲間たちくらいだ。
合宿中、ラティエースはつらい現実から逃れるために、時折、脱走していた。その際に、飛び込んだのがこの店で、どの料理もおいしく、どこか前世の味にも似ていた。涙を拭いながら、肉にかぶりついていると、元々、気の優しい国民性なのか、店の客はそんなラティエースを見て、自分の肉や小鉢をそっとラティエースのテーブルに置いてやった。当時、疲労がピークだったためか、皿が中々空かないな、と思いつつ食べ進めた。おかげで鶏ガラと言われていた身体も、少しだけふっくらしたのだった。
「ちょっとおいちゃんが文句を言ってやろうか」と、筋肉自慢の客が腕まくりをするようになり、ようやく事態が自分の知らぬところで大きくなっていることに気づいた。ラドナ女王と、ミルドゥナ大公以下4名です、と言うわけにもいかず、何とか誤魔化した。以来、店の味が気に入り、通うようになっていた。時間が経つにつれ、一人が二人に、そして6人全員になった時、店のおかみさんが気を遣って個室のようなものを作ってくれたのだ。
「こんばんは」
ドアを押し開き、店内をのぞき込むようにして顔を出す。
「いらっしゃい」
カウンターから顔をのぞかせるのは、四十代くらいの中年女性だ。
「タニヤくんと、レンちゃんは、もう来てるよ」
「ありがとうございます」
店の奥へ進むと、客は一組のみだった。顔なじみではないので、軽く会釈するだけにとどめる。
「料理は、皆が揃ってからでいいんだね」
「はい。あとカノトだけです」
「分かったわ」
部屋に入ると、レンとタニヤがテーブルを挟んで対面に座り、チェスに興じていた。
「久しぶりだね、二人とも」
チェス盤から目を離し、レンが破顔する。
レン・ユーカスは、柳のような儚げな顔立ちの青年だった。細面で、眠たげな琥珀色の瞳は、理知的な顔立ちをつくる。白銀に近い金色の髪は、緩くカールされている。
対し、チェス盤をにらみ据える男は大柄な体躯だ。褐色の肌に、健康そうな太い眉と大きな黒瑪瑙の瞳、引き結んだぶ厚い唇。タニヤは、袖のない黒いシャツを身にまとっている。その両腕は立派な筋肉がついており、トライバルタトゥーが入っていた。これは、タニヤ・パーチェが海軍所属であることを示す腕章のようなものだ。
「あと、十三手で終わりだってば」
「うーん・・・・・・」
タニヤが腕組みして唸る。投了したくないのだろう。
ラティエースはレンの隣に、さらにレイナードは、ラティエースの隣に座る。タニヤの隣は、カノトのために空けている。その方がタニヤが喜ぶからだ。
「それでも、ここまで粘るのはすごいじゃないか」
レイナードが素直に褒める。
「そうなんだよ。タニヤ、腕上げたね」
「最近、ステシル元帥閣下のお相手をするようになってな。俺を気に入ってくれたようで、面倒を見てくれる」
「軍師ステシルか。そりゃ、良い師匠だな」
「レン。カノトと一緒じゃなかったの?」
カノトはレンと一緒にラドナ王国に入国することが多い。レンの身分が入国を容易くするからだ。今回もそうだと思っていたのだが。
「そうだったんだけど、ラドナに入った途端、ギルドに立ち寄るって別れたんだ。もう来ると思うよ」
言うと同時に、噂の人物が登場した。
「おっ待たせー!!」
満面の笑みで登場したのは、カノト。
豊満なバストを強調するシャツに、ミニスカート姿のカノトであった。抜群のプロポーションと脚線美を惜しげもなく晒し、またそれに合わせたかのような濃い化粧は、下手をするとケバケバしく、下品になるものだが、カノトにはそれがない。あくまで華やかな顔立ちをさらに強調し、実年齢を分かりにくくしている。腰まで流れるダークブラウンの髪は、艶やかな輝きを放つ。
「何?チェス?あら、もう無理じゃない」
盤面を一瞬見ただけで判じる。
「まだだ」
「ほら、もう諦めなさい」
言って、カノトがチェスの駒を手で払う。不規則に倒れた駒に、「あああ!」とタニヤが声を上げる。この雑な所業をやってのけるのがカノトなのである。タニヤも分かっていたのだろう、声を上げただけでカノトに抗議することはなかった。
「そら、あんたたち!できたてだよ!」
女主人が、料理をテーブルに次々と並べていく。給仕の女性も、まずは発泡酒と、木製のビールジョッキを各人の前に置いていく。
「おおっ!」
5人の声が料理を前に重なる。
牛肉のあぶり焼きに、鶏肉の唐揚げに甘酢を絡めたもの。魚をすりつぶして揚げた団子に、山菜をふんだんに使った鍋が、中央にドンッと置かれる。
「まだまだあるからね!」
そう言って、女主人は部屋を後にする。
「それでは、さっそく!」
レイナードの言葉に、ラティエースたちはジョッキを掲げる。お互いを顔を確認し合い、杯を合わせた。
「乾杯!!」
しばらくは、無心に食事を頬張る。近況も話には出るのだが、目の前の食事が優先される。
「おいしい!この炙り焼き。なつかしぃぃぃ」
「山菜鍋もおいしい。スープが温まる」
「格式張った料理も悪くないが、ここの料理はひときわうまく感じるよ」
「うまっ!うまい!」
「この日のために、粗食に耐えているような気がしてきたよ」
皿を空けていくと同時に、次の料理が運ばれる。生魚をスパイスとレモンで和えたものや、生野菜のサラダ、熱々のグラタンも並べられる。
「あんたたちの食べっぷり見てると、懐かしいねぇ。もう一年も経ったとは思えないよ」
女主人は嬉しそうに言って、空いた皿を引いていく。
「そう?あたしはもう一年って感じだけど」
あぶり焼きの肉汁のついた指を舐めとりながら、カノトが言った。
「そういやぁ、ラティ。聞いたぜ?今年のデビュタント、大荒れだったって」
ようやくひと心地ついた一同の中で、タニヤがラティに尋ねた。
「ああ、そうねー」
思い出したくもないのか、目を細め、ラティエースは嘆息する。
「つくづく、今年が自分のデビュタントじゃなくてよかったと思ったよ」
「ちょっと、タニヤ?そんなことより、わたしの死にかけた話には興味ない?」
「ない。お前の話はグロくて飯が不味くなる」
バッサリ切り捨てられ、カノトが驚愕する。
(話すらさせてもらえないだと・・・・・・?)
落ち込むカノトを無視して、ラティエースはかいつまんで、デビュタントの出来事を話し始める。なるだけ客観的に話すことに努めた。
「そりゃやばい」とタニヤ。
タニヤの故郷、南方諸国連合には貴族制度がない。それでも皇子の所業は、タニヤもそう言わざるを得ない。南方諸国連合は、貴族の代わりに商人がその役目を担うことが多い。慣習よりも実益を優先する彼らであれば、皇子はもうこの世にいないかもしれない。
「コケにされた貴族が反乱をおこさなきゃいいが」
「何とか押さえ込んでいると思うよ?さすがの皇帝陛下も黙認はできないだろうし」
金銭による解決が主になるだろう。たださえ、帝室の財政は厳しいが、さらに厳しくなる。田舎の伯爵の方がよっぽど良い暮らしをしている、と揶揄されるやもしれない。しかも、今回の件で、エレノアの支度金に関する問題にもメスが入る。マクシミリアンが、バーネットにその金を使い込んでいるのははっきりしているし、そのために拠出している金ではない。当然、ダルウィン公爵は返金を求めるだろう。支度金の名目で帝室に一定の金を納め、その一部を帝室予算として使うのは、ダルウィン公爵と皇帝の暗黙の了解であった。あからさまに帝室に寄付というのは帝室の恥となるから、こうして面倒なことをしているのだ。その気遣いすら無視されたダルウィン公爵が、何もしないわけがない。また、その金がなくなれば、帝室はいっそう緊縮しなければならなくなり、それこそ茶会を開くことすら難しくなるかもしれない。みすぼらしい会など開けば、国の威信に関わる。今後、皇妃の実家が、ダルウィン公爵の支度金の肩代わりをすることになるだろうが、それだけの金額を用意できるとは思えない。
「その皇子は外遊と派閥へのお詫び行脚だろう?うまくいってるのかね」
レイナードがいつの間にか、ジョッキからワイングラスに持ち替えていた。先ほどから個室のドアから気配を感じる。うっすら開いているドアを見やれば、若い給仕の女性たちがのぞき込んでおり、レイナードがニコリと微笑めば、その場でふらつく者や、密やかな黄色い歓声を上げる。
(ああ、そういう・・・・・・)
いつものことだと、ラティエースは視線をテーブルに戻す。ラティエースもワインに切り替えることにした。レイナードに空のジョッキを向ければ、「はい、はい」とワイン瓶を傾ける。「せめて、ワイングラスにしない?」なんて野暮なことは言わない。
「でも、ギギス王国の交流会に、バーネットとかいう女を堂々と紹介してたわよ。あの、バカ」
「嘘でしょ?」ラティエースが目を剥く。「ってか、何でカノトが?」
(ついに、あのバカで通用するようになったか・・・・・・)
レイナードは微苦笑を浮かべるだけで、口にはしない。
「仕事。レンも一緒にいたわよ、その場に」とカノトは言って、「ねえ。レン」と話を向ける。
「好きで出たわけじゃないんだけどね」
そう前置きをした上で、レンは続けた。ラティエースは空いたジョッキを確認して、赤ワインの入ったグラスをレンの前に置いてやる。
「ただ大半の来賓は戸惑っているようだったよ?サルマン皇太子も動揺を隠すのに必死だったし。どうも、エレノア公爵令嬢を連れてくると思っていたみたいだから」
「ああああ・・・・・・」
ラティエースは天井を見上げ、呻いた。昨日、「頼むからこれ以上、問題を起こさないでくれ」と祈ったばかりであったが。マクシミリアンの婚約者というワードで、誰もがエレノアを思い浮かべる。それを逆手にとっての行動ということか。
ラティエースは、皇子とバーネットがどこかで逢瀬するのは予測していた。ただ、騒動の影響を受けて、あくまでこっそりと、と思っていたのだが。
(何で、馬鹿な方向に頭が回るかなぁ・・・・・・)
「で、バーネットの様子は?」
気を取り直して、ラティエースは問う。こうなれば、詳細を把握し、次の手を考える方がよかろう。
「あいつ、何なの?」
カノトが急に怒りを露わにする。レンをうかがい見れば、口パクで「同族嫌悪」と伝えた。なるほど、とタニヤ以外が納得する。
「馬鹿な話題しかできないのに、何でか男にもてるのよ。知性も何も感じられないし、ロザのことを聞かれても、「ええ?ちょっとバーネットわかんなーい」よ?媚薬でも振りまいてるのかと思ったわよ」
「それはないね。そうなら僕がすぐに気づく」
「あたしだって、訓練受けてるわよ」
「ありゃ、天性のものだよ。男を魅了する力に長けている」
「ということは、女からは嫌われる」
うん、とラティエースは力強く肯首する。
「サルマン皇太子が、ことあるごとに「この場は非公式」って繰り返してたけど。今考えれば、あれって、逃げられない来賓に言ってたのよね」
「少ない客も納得できたよ。事前に情報を掴んだ招待客は欠席を選んだ。あそこに集まったのは、気の毒な情報弱者たちだ」
レンが、状況分析した結果を口にする。さらに続ける。
「少なくとも、あの場にいた招待客はバーネットが新たな婚約者であると認めてしまった。本音は違っても、そう見なされる。今頃、ロザ帝国の報復に戦々恐々してるんじゃないかな。こうなったら、皇子につくしかないって腹をくくった人もいるだろうけど」
「バーネットを、側妃か愛人にする話は出てないのか?」とレイナード。
正妃は無理でも、愛人にならできなくもないだろう。バーネットが男爵令嬢であることからも、こちらの方が現実的だ。
「皇子がそれを望んでいない」
「やっぱ、あのバカで正解だな」
レイナードは、同じ王子という立場として恥ずかしい思いすらしてくる。ああはなるまい、と心に誓う。
「あのさ、ギルドに寄ったのは、その件を報告してたからなんだけど。あの女、自分は近いうちに大貴族の養女になるって言ってたわよ。その隣では、マクシミリアンがサルマン皇太子にギギス王の養女にしてくれって言って、断られていたけど」
「男爵令嬢が、義理でも王女になれるわけないだろ」
タニヤが、呆れたように言った。さすがのタニヤでも、この話が無理筋であることは分かる。
「なりふり構っていない感じだなぁ」
「あの二人のバカッぷりを見るに、ロザ帝国は関知してないって感じね」
「そうだね・・・・・・」
(さて、どうしたものか・・・・・・)
祖父の呼びかけで、近々、根源貴族会議が開催される予定だと聞いているが、デビュタントの件ですら解決にはほど遠い状況だ。今回の件も併せて話し合うのであれば、結論は想像以上に苛烈なものになるだろう。少なくとも誰かがこの世から消される。
ガシガシ、と頭をかき、ラティエースは項垂れる。
「ほら、ラティ。飲め」
そう。今できることは、飲んで忘れることかもしれない。
「じゃあ、そろそろ、あたしの話を聞いてもらおうかしら。まずは・・・・・・」
ラティエースは酩酊する中、カノトの話に耳を傾ける。声が大きくなったり、小さくなったり。視界も一定ではなくなる。ゆらゆら、何かの上を漂っているかのよう。
(ああ、手紙・・・・・・)
そう思いつつも、意識が保てない。
やがて、暗闇がラティエースの視界を覆う。背後から抱えられた気配を感じながら、ラティエースは闇から抗うのをやめた。
レイナードは、寝息を立てるラティエースを背負い、元来た道をゆっくりと歩いた。灯籠を手に、レンが道を照らす。真夜中の小道に、行き交う人々はいない。申し訳程度の街灯があるが、やはり闇が深い。
「ラティが、こんなに酔うなんて珍しいわね」
「それだけ気苦労が多かったんでしょ。分かってて、飲ませたんでしょ?」
先を行くレンが振り返る。レイナードは明言をさけ、ただ微笑んだ。
「ロザ帝国、思った以上にきな臭くなってない?連邦、共和国軍が国境線に兵を配備したって話も聞くわ」
「連邦の方は、まもなく撤退するよ」
レンが断言する。ということは、教皇国の働きかけがあったということだ。ロザ帝国の重鎮が、ロフルト教皇国に、寄付金かなにがしかを盾に依頼したのだろう。
「共和国もはったりだと思うわ。あっちも、そう余力はないから」
「じゃあ、軍事衝突は避けられるか。ラティが起きたら聞かせてやれ。喜ぶよ」
「やめとく。レイナードが教えてやって」
「僕もやめとく」
「そうか?」
深く考えず、レイナードは頷く。
「こんな細っこい身体で、ラティは頑張ってるんだな」
言って、タニヤがポンポンと優しくラティエースの背中に手を置く。力加減をよく間違えて叱咤されることが多いタニヤにしては、優しげな手つきだった。
「昔っから、変な根性だけはあったもんね」
「そのくせ、諦めも早い。なんて言うのかな・・・・・・。撓る前に、ポキリと折れる。ウィズも昔、似たようなことを言っていたよ」
「潔いとは違うわね」
「違う。ラティの中では、自分の命の価値が零から百まで大きく振れる。その振り切れに躊躇がないから思い切ったことが出来る」
んん、とラティエースがむずかるように小さな声を上げる。まるで自分のことを好き放題に言う友人たちに抗議しているかのよう。
「まあ、いいさ。今はゆっくり休ませてやろう」
ロザに戻れば、またラティエースは動き回らなければならないだろう。ならば、せてもこの時間だけは穏やかなものにしてやりたかった。




