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転生令嬢の生存戦略のすゝめ  作者: 草野宝湖
第一編
22/152

22.独白

 ふと気が付くと、饗庭颯汰(あいばそうた)は、カスバート・ケトルという少年に生まれ変わっていた。鏡の前に立つ自分は、21歳の大学生ではなく、6歳の少年だった。

 着ている服、周りの風景や人々。どれも自分の知る世界の存在(もの)ではなかった。

(ああ、異世界転生ってやつね)

 カスバートは、自分の状況をあっさり受け入れた。

 カスバート・ケトルは、ケトル商会の商会長、バルムス・ケトルの一人息子であった。それなりに裕福な家柄で、バルムスは自分が無学だったこともあり、カスバートに学をつけさせようと、幼少期から家庭教師を雇って、息子を教育していた。

 カスバートが一番うれしかったことは、この世界には、魔法や龍といった想像上の生き物が生息している国が存在していることだった。残念なことに、ロザ帝国は、魔法に適さない国で、国民は魔法を使えないということが分かった。転生先をなぜ、魔法の国にしてくれなかったのか、とまだ見ぬ神を恨んだが、自分の足で見て回ることはできる。カスバートは、父親についていろいろな国を回ってみたいと思っていたが、父親はそれを許さなかった。

 カスバートは、ロザ学園中等部に編入するまでは、厳格な規律で有名な寄宿学校に通っていた。寄宿学校は退屈の一言であった。規律もそうだが、生徒は真面目ちゃんばかり。カスバートは表向きは、優等生然として、学校生活を送っていたが、その反動で長期休暇になるとゼロエリアに出入りするようになっていた。ゼロエリアの同世代の仲間と集まって、マフィア相手にちょっとした仕事を請け負ったり、同じようなグループと対立しては、壊滅させたり、仲間に引き込んだりしていた。やっていることは、転生前とそう変わりはなかったが、寄宿生活よりよほど楽しめた。

 寄宿学校を卒業すると、父の命によりロザ学園中等部に入学した。

(寄付金、いったいいくら積んだのやら)

 呆れつつも、逆らうことなくロザ学園での学校生活を開始した。カスバートは学園では異端だった。成金息子だと馬鹿にされたことも多々あった。カスバートは、それらをすべて学校の外で報復していった。それこそ死にたくなるような壮絶な仕返しをしてやった。カスバートにちょっかいをかけた生徒の何人かは心を病んで退学していった。無論、カスバートが報復したことなど学園には一切悟らせなかった。

 そんな中、バーネット・カンゲル男爵令嬢が中等部に入学してきた。しばらくすると、彼女の周りで妙なことが起こり始めた。

 まずは、バーネットを取り巻く周囲の面子だ。バーネットもどちらかというとカスバート側、つまり元は平民の男爵の養女ということで、周囲からバカにされたりする対象になるはずだった。平民や男爵や士爵の子息子女は、成績優秀、または一芸に秀でていないと、馬鹿にされやすかった。バーネットの入学試験の成績は断トツの最下位。不合格でもおかしくなったときく。なのに、そうはならなかった。

 まず、マクシミリアン皇子が彼女に興味を持った。続いて、フリッツ、ブルーノも彼女を信奉するようになり、学年成績優秀者として何度も表彰されているリース公爵令息アレックスまでも彼女をサポートするようになった。アレックス、フリッツ、ブルーノも学園では女子生徒に人気があったから、バーネット・カンゲル男爵令嬢は、女子生徒を中心に嫌がらせを受けるようになった。

(こりゃ、カンゲル男爵令嬢も早々に脱落かな)

 高位貴族の嫌がらせに耐えかねて、平民や大商人の子息子女が退学することも多い。エレノア・ダルウィン公爵令嬢たちが、高位貴族の子息令嬢に注意したりして一定の効果は上げているが、なくなることはなかった。

 バーネットは、嫌がらせを受けつつも、取り巻きを増やしていった。彼女が声をかけると男たちは不思議と彼女の信奉者になるのだ。バーネットは男子生徒を盾に、女子生徒の嫌がらせをガードしていた。

「カスバート君!わたし、バーネット。仲良くしてね!」

 もちろん、カスバートにもお声がかかった。仮にも先輩に対し、君付けとは。カスバートのバーネットに対する第一印象は「なれなれしい」であった。適当に相手をして、決して深入りしないように気を付けていた。ただ観察対象として彼女ほど興味深い存在はなかった。

 バーネットは理由のない嫌がらせを受けている一方で、理由のある嫌がらせも多かった。一番多いのは、婚約者のいる男子生徒をたぶらかし、婚約破棄にまで発展させるというものであった。不思議なのは、これほど大それたことをして両家を巻き込む問題であるのに、なぜかバーネットにお咎めがないことだった。貴族社会でもつまはじきにされてもおかしくないはずなのに、カンゲル男爵が不利益を被ることもなかった。大体が、男子生徒が停学か厳重注意。婚約者が退学となるのだった。明らかにバーネットが悪いことでもこの結末は変わらなかった。

(何でだ?)

 同じことが5度続き、5度とも同じ結末を迎えたとき、カスバートは白旗を振った。いくら考えても、なぜそういう結末になるのか分からないのだ。伝手を使って理事会の議事録を取り寄せてもみたが、疑念が解決することはなった。むしろ深まった。読み込んでいくと、理事会は当初、バーネットを退学にするつもりであった。それだけの悪行が並べられ、理事たちから反対は出ない。全会一致で可決となると思いきや、なぜか彼女だけが悪いのだろうか。こうなったのは、教員、生徒、そして理事たちも悪かったのではないか、と意見が変わるのだ。やがて、バーネットは被害者なのではないか、と変質していく。

 この不思議な引力の正体は何だ。エレノア公爵令嬢を中心とした提出された嘆願書も手に入れたが、事実に基づいたもっともなことが書かれている。にも関わらず、結果はこうなのだ。この嘆願書の方がよほど客観的に事の顛末をとらえていた。一方的に婚約破棄を宣言された女子生徒が退学になる必要はない。という末文は、誰もが納得のできる答えだったはずだ。

(気色悪ぃ)

 バーネットを観察していて気づいたのは、バーネットは自身が退学になることはない。そのことを知った上で行動していることだった。成績も低空飛行を維持したままで、留年になっても不思議ではないのに、易々と進級している。生徒の幾人もがバーネットの不正追及を求めたが却下されていた。

 気味の悪さを感じ、カスバートは関わらないようにしていたが、とある事件をきっかけにバーネット一味の仲間入りをすることになった。いつものように、学園を出てゼロエリアで時間をつぶそうと向かっていると、悲鳴が上がった。

「マックス。大丈夫?誰か助けて!」

 裏通りの更に奥まった場所だ。この辺は、日常的に殺人が起こるくらいの危険エリアだ。助けを求めても、犯人の仲間を呼ぶことになるだけだ。カスバートは素通りしようと角を曲がろうとした。そこで、不思議なことが起こった。

 足が動かないのだ。もっと言えば、自身の考えとは別の向きに足が向かおうとしている。誰かに操られているかのように。

「おい、女!お前はこっちだ」

「いや、やめて!マックス、助けて!」

「おい、バーネットを離せ!」

 そんなやり取りが、耳に入ってくる。カスバートの足は今や全速力で駆けていた。

 そして、腕をつかまれているバーネットの前に躍り出た。

「やめろ!」

 気づけば、カスバートはそう声を上げていた。悪人面のチンピラ三人組は、「なんだお前!」と因縁をつけてくる。

(そりゃそうだよな。オレでもそうする)

 と思いつつも、カスバートはバーネットに「けがはないかい?」などと声をかけている。

(なんなんだよ、これ)

 助けるつもりもないのに、勝手に体が動く。あっという間に、チンピラ三人を伸してしまった。

「助かったぞ……。お前、学園生か」

 マクシミリアンは、バーネットに助け起こされながら言った。カスバートがロザ学園の制服を着ていたのに、驚いたようだった。

「高等部1年、カスバート・ケトルです」

「ああ。ケトル商会の……」

「ありがとう、カスバート君!助けてくれるって分かってたよ!」

(……はっ?)

 分かっていた。こうなることを知っていた。なぜだ。彼女に対する薄気味悪さがますます膨らんでいく。

「わたし、鞄取ってくる」

 そう言って、バーネットは小道に放り出された学生カバンを回収しに向かう。見える距離に鞄は投げ出されていたから、多少離れても問題ないだろう。そう判断した上で、カスバートはマクシミリアンに問うた。

「皇子殿下。なんであなたさまのような方がこんなところに?ここはマジで危ないエリアですよ」

「そうなんだが。どうしてもバーネットが行きたいと言ってな。何でも、迷子の子猫がこの道に入ったとかで……」

「で、その猫は?」

「さあ、おい、バーネット。子猫はいたのか?」

 鞄を回収してきたバーネットはマクシミリアンの質問に、きょとんと首を傾げた。

「子猫?何のことです?」

「お前が言ったのではないか。子猫がいなくなったって」

「ああ、それは……」

 ―――ありがとう、カスバート君!助けてくれるって分かってたよ!

 バーネットが放った言葉の意味。子猫云々は、マクシミリアンをここまで誘導するための方便だったのだろう。

「まあ、いい。とにかく、早くここから立ち去ろう」

 マクシミリアンは答えられないバーネットに対し深く追及することはなかった。やがて、マクシミリアンを探していたブルーノやアレックスが息を切らしてやってきた。

「カスバート・ケトル。本当に今日は助かった。礼はいずれ」

 そう言って、マクシミリアンたちは立ち去った。

 翌日、カスバートは生徒会役員になる。以前であれば、お断りだったが、今は違う。バーネットがなぜ、未来を知っているのか。それを知りたかったのだ。

 着実にバーネットの信頼を勝ち取り、ついにバーネットが漏らした。

「この世界はね、乙女ゲームの世界なの。で、わたしはヒロインなのよ」


(気色悪ぃ……)

 ゆっくりと意識が浮上する。重い瞼をこじ開けると、キャロルの顎、さらに天井が視界に広がった。

「キャロル……。すまない、寝てしまってたか?」

「ちょっと、5分くらいですよ。もう少ししたら起こそうと思っていました」

 カスバートはゆっくりと身を起こす。

「怖い夢でも見たんですか?魘されていましたよ?」

「まあな。昔のことが夢に出てきた」

「大丈夫ですか?ちょっと顔色が悪いみたいですけど」

「大丈夫だ。それよりキャロル。そろそろ戻らないとマダムに叱られるぞ」

 キャロルを送りだし、部屋に戻ったカスバートは再びソファーに寝ころんだ。

 バーネットも転生者であることにも驚いたが、転生先が乙女ゲームの世界だったとは。RPGや格闘ゲームを主にやっていたため、そのジャンルは無知だった。カスバートは、自身が転生者であることをバーネットに告げてはいなかった。直感的な防衛本能が働いたからだ。

 バーネットたちの横暴の裏で、カスバートは自身だけの人脈を広げていった。ジャンスとの縁もその一つだ。カスバートは身の程を知っている。学園卒業後、専科に進学する気もない。ましてや皇城務めなんて無理だし、したくもない。帝室の伝手をうまく使いつつ、商売をした方が自分には合っている。だから、卒業後は、父親の仕事を手伝うとか言って、ゼロエリアに根を張るか、もしくは世界中を旅するか。そんなことを考えていた。

 ラティエースも転生者であることを知ったのは、とある事件がきっかけであった。それは、バーネットが転生者と知る前のことである。ラティエースとカスバートのお互いが12歳の頃だ。ラティエースは覚えていないかもしれないが、カスバートは忘れようがない。その事件で、カスバートは仲間のほとんどを失ったのだから。ゼロエリアにおける縄張り争いによって、カスバート一味は全滅したのだ。

「こんなのは、イベントになかったんだけどな」

 消えそうになる意識の中、その言葉を、カスバートは死ぬまで忘れまいと思った。

 仲間の敵を取るため、カスバートのチームを壊滅させた少女とその仲間たちを徹底的に調べた。いくら調べても見つからなかった少女は、一年後、ロザ学園で再会した。一方的に、カスバートがそう思っただけで、ラティエースの方は驚愕するカスバートに首を傾げるだけだったが。

 ――――――この世界はね、乙女ゲームの世界なの。で、わたしはヒロインなのよ。

 バーネットの言葉と、ラティエースの呟きが重なった。

 イベント。乙女ゲーム。ヒロイン。すべてが繋がった瞬間であった。

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