19.デビュタント(後編)
デビュタントの式典最後のイベント、舞踏会が始まった。
謁見の間の時と同じように、貴族たちに出迎えられてデビュタントを迎えた娘とエスコート役の子息が入場して、ファーストダンスを踊る。
今年のデビュタントは異例続きであったが、舞踏会も同様であった。
まず、デビュタントを迎え、ダンスを披露するはずの娘たちが体調不良を理由に退席が続いた。退席者の中には、「華の乙女」を奪われたナタリアもいた。彼女は泣きじゃくり、両親と婚約者に支えられて馬車に乗り込んだ。視界の端にその様子を捉えたラティエースは、胸が締め付けられる思いであった。
次に、儀式の参列者たちも舞踏会を欠席する者が続々と出てきた。謁見の儀式から舞踏会に移る間の時間に、「華の乙女」の交代劇が瞬く間に伝わり、不快感をあらわにした貴族たちが退出し始めたのだ。その筆頭が、バルフォン大公である。大公に続いて続々と高位貴族が退出した。本来、皇帝主催の式典の欠席、途中退席など不敬であるが、皇帝としても咎めることは出来なかった。皇帝の耳にも交代劇は入っており、その首謀者がよりにもよって我が子であったのだから。
よって、舞踏会は、ごくわずかの高位貴族とようやく出席を許された低位貴族が残るだけの式典に成り代わってしまった。高位貴族とお近づきになりたかった低位貴族にとっては計算外も良いところで、何があったかも分からず戸惑うばかり。
そんなことも分からず、マクシミリアン皇子とバーネットは、ホールの中央で楽しげにダンスを踊っていた。玉座の皇帝も皇妃も渋面を作ったまま、自室に飛び込みたいところを何とかこらえている様相である。
そんな中、ラティエースたちも辞去することにした。が、車止めは、今、渋滞しているため少し落ち着いてから帰ることにした。その間は、テラスで待つことにする。エレノアは両親と共に他の貴族との挨拶回り、アマリアも両親と一緒に帰ると言って別れた。
酒席でもあったため、夜風がアルコールの匂いを消してくれるようで心地よい。
「帰るのか?」
耳慣れた声に、ラティエースはゆっくりと振り返った。正装したアレックスが立っていた。
「ええ。そっちは?」
欄干に背を預け、ラティエースは言った。
「帰るわけにはいかないな」
アレックスは肩をすくめた。確かに、皇子の側近が途中退席を許されるわけがない。
「そう」とラティエースは視線をさまよわせ、「これってあなたも知ってたの?」
「ドレスのこと?華の乙女のこと?」
「両方」
いや、とアレックスは首を振った。
「ドレスはブルーノが付き添って注文を入れたはずだ。まさか赤のドレスを仕立てるとは思わなかったけど。華の乙女は、皇子のスタンドプレイだな。こっちも驚いている」
「そう・・・・・・。ナタリア嬢、泣いていたわ」
そうか、とアレックスは視線を落とした。あれは、アレックスの目から見てもひどい行いだ。前もって知っていれば止められたのだが。
ふわりと風が舞い、ラティエースの髪も風にたなびく。
「せっかくだし、一曲踊るか?」
ラティエースは奇妙な存在を見る顔でアレックスを見やり、「はっ?」と言った。
「そこまで拒絶しなくてもいいだろ」
「いや・・・・・・。まあ、遠慮しとく」
「そうか」
そうがっかりもせずアレックスは言った。
「今年も夏季休暇は大公領で過ごすのか?」
「ああ、そのつもり」
「そっか。じゃ、一つ伝言を頼んで良いか?」言って、アレックスは欄干にもたれるラティエースを自身の腕で囲う。アレックスの両腕の間に、ラティエースが収まっている状態だ。
「・・・・・・。殿下はバーネットを伴って外遊する」
ラティエースはアレックスの蒼い瞳を見据える。アレックスも又ラティエースの黒曜石の瞳を見つめた。
しばらく無言で見つめ合い、自然とアレックスが顔を寄せる。唇が触れあいそうになる瞬間、スッとラティエースの手のひらが差し入れられた。
「分かった伝えておく」
沈黙が続く。フッとアレックスは息を吐き、ラティエースの手のひらにそのまま口づけた。
「ぎゃっ!」
「ぎゃって。傷つくなぁ」
「こういうことやめてくれない?」
手のひらをハンカチでゴシゴシこする様子に、アレックスは内心傷ついている。そこまで嫌がることはないだろう。
「何で?婚約者なんだからいいだろう」
「よくない。どうせ・・・・・・」
言いかけて、ラティエースは口をつぐむ。
「何?」
「いや、なんでもない」
ラティエースは視線をそらし、アレックスの腕の囲いも払いのける。
いつもそうだ。捕まえようとするとスルリとすり抜けていく。無理に捕まえれば、粉々に砕けて消えてしまいそうで。何かあらがえない運命に対してもがき足掻き続ける彼女をアレックスは遠目で見守ることしか出来ない。いつだって、いざとなれば、ラティエースだけでも助ける覚悟があるが、それを彼女は決して喜ばない。アレックスはラティエースだけを守れれば良いが、ラティエースはそうではない。彼女には守りたいものがたくさんある。
「そろそろ皇子の処に戻ったら?」
まだこすり続けるラティエースに、アレックスの自尊心がほんの少し傷つく。
「そうだな。じゃ、君も気をつけて帰るんだぞ」
「うん、ありがとう」
ラティエースは微笑して、ドレスを翻してテラスを後にする。
アレックスは、ラティエースがしたように欄干にもたれ、頸を外に向けて夜空を見上げる。
「早く結婚したい・・・・・・」




