102.アマネの準備
カーノス・ジェルマンは、魔法国における七家の一つ、ジェルマン家の当主であった。魔法国の南、ジェルマン州を治める領主でもある。
戦場は北方から広がりを見せ、北方のイグニー州、フォン州は、すでに人の住む土地ではなくなっている。今は北西に戦局が移り、ミズ州が侵されようとしていた。住民の退避はもちろん進んでいるが、自国軍が持ちこたえていることもあり、進捗状況は芳しくない。そこで遣わされたのが歴戦の将、ジア・ブラウン准将であり、三公の一つであるブラウン家の当主の弟であった。その魔力は強大で、ミズ州を押し戻すだけでなく、イグニー州の一部も取り返せるのでは、と上層部は色めき立った。しかし、そう都合よくはいかない。敵は日ごと強大になり、一方、自軍は削り取られていく。やがて、ジア率いる軍隊は孤立してしまったという連絡が入る。ジアは千里眼と呼ばれる未来視によって敵を察知し、近隣住民と共に撤退、ミズ州で最も強固な要塞に逃げ込んだというが、そこからは連絡は途絶えている状態であった。
そのような中、ジアを含めた彼らの救出作戦が立案され、その編成が決定したのは、つい先日のことであった。
――――聖ケイドン魔法国正都ケイドン内ジェルマン邸
普段は、ダンスの練習などに使用する広めのホールには、綿シャツとスリムなパンツを着用したアマネ・リアと、Yシャツに紺色のベスト、同色のスラックス姿のカスバート・ケトルがいた。
横長の簡易机の上には、サーベルや盾、短剣に斧、槍といった武器が所狭しと並べられている。それらを一つ一つ見分して、柄の握り具合や刃先を検分していく。
「一つ一つは何の変哲もない武器だな」
アマネが率直な意見を述べる。
「ああ、確かに」カスバートは同意し、「だが、敵さんに通用するまともな武器だ。今までのように爪楊枝が折れるような脆さじゃねーよ」
「・・・・・・。量産体制はどれくらいで確立できそう?」
「そうだな・・・・・・。共和国の工場はいくつか抑えたが。剣を鍛える熟練工の数が極端に少ない。何せ、鉄に訳の分からない成分を混ぜてそれを形にする。分量を守ればいいってもんじゃない。その日の湿度や天気で製鉄の配分を変えられるくらいのベテランじゃないとな」
「とりあえず、わたしらメンバー分は確保できているってことでまずは満足するとするか」
「そうしてくれ。ところでお前の分は本当に用意しなくてよかったのか?」
「わたしは、こっちが扱いやすい。こいつはドワーフが鍛え、エルフが加護を与えた特別製だ」
言って、アマネは腰に下げた二対の短剣に視線をやった。元々は祖父のものだった。いつかの合宿時に借りて、そのままずっと返していない。
「とんでもないお宝だな、それ」
元々、ドワーフとエルフは相いれない。その両種族を説得し作らせた短剣ともなれば、いかほどの値段が付けられるか。国宝として博物館に飾られてもおかしくない。
「〇鉄剣に匹敵する代物だ」アマネは得意げに言った。一拍置いて、「それにしても・・・・・・・」
「バズーカとかライフルとかいうものがあったらよかったなぁ。せいぜい弓矢が精一杯か」
「悪いが、その構造を知る奴はいなかったよ。俺を含めて」
「どっかに知ってる転生者いないかなぁ。飛び道具があれば戦術も飛躍的に広がるし、生存率ももちろん上がるんだけどなぁ」
「引き続き探してみるよ」
頼む、とアマリアは短く言った。
「願わくは、禍神が2,3年以内に堕ちてこないことを祈るばかりだ」
「あれから予言はないんだろう?」
カスバートの問いに、アマネは頷く。ガシガシと頭を掻き、嘆息した。
「預言者は死んじゃったし、後継者は、「そんな予言は出ていない」の一点張り。戦場は激化、堕神の数も急増、周辺諸国でも最弱とはいえ堕神が漏れ出しているのに、そ知らぬ顔。こりゃ、最悪、禍神を魔法国から出さないことだけに注力して、希望者だけ外に逃げる。このプランで進めるしかないかもな」
「預言は外れることもあるし、ましてや土地や財産を捨てろなんて言われたところで、はいそうですか、とはいかないと思うぞ」
「やっぱ、長期戦だよな」
「そっちはカーノス様に任せておけ。お前はとりあえず救出作戦を無事やり遂げ、帰ってきてくれたらそれでいい。その間に、やれることはやっておく」
「頼りにしてる」
アマネはそう言って、くしゃりと笑った。
「あと、聖女だか女神の情報もよろしく」
「ああ、そっちも一応、動いてはいるが。やっぱり、魔法国最大の禁忌だ。俺ごときが容易に近づける領域じゃない。だが、やらないわけにはいかないからな。お前が戻ってくるまでに、有益な情報を得るように頑張るよ」
今回、カスバートはGBワクチンを受けたにも関わらず、戦場行きはキャンセルした。代わりに今まで以上に世界を飛び回らなければならない。もちろんゲンも一緒である。アマネの部隊はお目付け役の正規軍人以外は気心の知れた、死線を共に潜り抜けた仲間たちだから、それほど心配はしていない。
「やばいと思ったら引き返せよ。今回の救出作戦は、それでなくてもきな臭いんだからな」
「分かってるって」
「それと、その飴、しっかり舐めとけよ」
「分かってるって」
アマネは笑顔で言って、飴を口に放り込んだ。




