101.惑乱の魔女
―――聖ケイドン魔法国正都ケイドン内中央政庁北別館
カスバートは、前からやってくる一団の正体に気づいて、内心で舌打ちした。今更引き返すわけにもいかない。あからさまな態度になるし、自分がしっぽ撒いて逃げたと思われるのも不快だった。
先頭は一団を率いるように歩いている。歩くたびに、カツン、カツンとヒールの音が無機質な廊下に響き渡る。
北別館は軍参謀部として機能しており、一団が出る幕はないはずである。すれ違う軍人たちも異質な集団に目を見張るものの、その一団が何者か分かった瞬間、廊下の隅に移動し、深々と頭を下げる。中には敬礼する者もいた。カスバートは頭を下げることを選んだ。
先頭を歩く女性は、夜会に出席するような派手な衣装を身にまとっていた。艶やかな深紅のドレスには深いスリットが入っており、色白の肌がチラリチラリと見える。流れるような腰つき、揺れる胸元。敬礼する若い青年は正面を向いている一方で、顔を真っ赤にしている。ドローレスはそんな青年にふふっ、とほほ笑む。カスバートは「頼むから、粉を掛けられてもフラフラついていくなよ」と祈るような気持であった。
(惑乱の魔女・・・・・・)
彼女はそう呼ばれている。
ロザの貴族に該当する七家。その上には三公家といって貴族の中でも最も由緒ある家がある。この七家と三公家が、聖ケイドン魔法国の実質の支配者であった。外からは七人の魔女と呼ばれているが、実際は特権階級の家柄であった。ただし、ここは魔法の国。なぜ彼らが特権階級にいられるかは、この「魔法」がカギだ。
七家と三公家は、それぞれが一族一丸となって魔法の研鑽に勤しんだ。そして、血族のみが使用できる独自の魔法を生み出し、それをもってこの国に君臨していた。そのほとんどが戦場に赴き、迫りくる敵を魔法で撃退している。彼らは現在進行形で戦場における英雄だ。毎日流れる国営放送ではその撃破数が流れ、国民たちは自然と彼らに尊敬の念をもって接していた。
惑乱の魔女と呼ばれるこの女もその七家の出身だ。変わり者が多いといわれるスレイドン家の出。当主ではないが、その魔力は当主以上だと言われている。ただ、彼女は当主の座といったそんなものにまるで興味がない。ただ、ふらりと外に出かけては、国を混乱に巻き込む。そして滅亡させる。そうして滅んだ国は手足の指ではきかないと言われている。スレイドン家は長命であることもあり、彼女は二百年以上経過した今も若々しいままだ。
この女の正体を知ったとき、カスバートは自身がよく卒倒しなかったなと思う。同様にアマネも驚愕していたが、カスバートよりは立ち直りが早かったと思う。その後、「なるほどね」と妙に納得していた。
「あら、珍しいところで会うのね、カスバート君」
むせかえる薔薇のような香りに辟易しながら、カスバートはゆっくり顔を上げた。
「ご無沙汰しております、ドローレス・スレイドン様」
ふふっ、とドローレスは目を細めた。扇で隠した鼻から下はきっとにんまりとした孤を描いていることだろう。
ドローレスとカスバートはロザ帝国でも直接の面識はなかった。彼女が、カスバートが元武器商人の息子と知っているかも怪しい。夫の仕事や娘の交友関係に興味があればすぐにカスバートが、「あの指名手配犯のカスバート」と反応しただろう。しかし、彼女は初対面で「初めまして。よろしくね」と言ったのだ。演技をしているようにも見えなかった。アマネは未だドローレスとは対面を果たしていないし、今後も極力関わらない方がいい。ましてや、アマネの正体を知ったドローレスが何をするか分からないときている。
カスバートはドローレスを見やる。
毒花と形容していいだろう。美しいが、一度その花を手折ってしまえば地獄を見る。その前に天国を見せてくれるだろうが。その美貌に妖艶と色香がまじりあい、清廉とは真逆の美をたたえている。男はフラフラとその香りに惹かれ、やがて自滅する。その様を見届けることをドローレスは至福としていたし、そのためには何でもやる女だった。
そのドローレスがロザ帝国に目をつけたのは、カスバートが生まれるよりずっと前のことだ。ヴィルヘルム・ロザ・クラーク・アークロッドに目を付けたドローレスは、彼を篭絡するためにあらゆる手管を使ったという。しかし、彼は決してなびかず身分違いの娘への愛を貫き通した。憤慨したドローレスはヴィルヘルムに呪いをかけ、子を身ごもっていた娘を出産後に〇し、姿を消した。
魔素のない場所での呪詛。己の命を魔素に変換して、とびきりの呪いをかけたドローレスは、うら若き美女から死にかけの老婆に変じたという。数十年かけてドローレスは回復に努めた。その間、自分の色香に惑わなかった男への呪詛の言葉を唱え続けたという。
回復後、いざロザに舞い戻ってみると目当ての男は死去。その子どもは皇后の庇護の元、養育されているという。元々、皇后のセスティアからは不審がられていたドローレスは、以前のように薬師に扮して皇城に立ち入ることはできなかった。
ドローレスは退屈しのぎと新たなターゲットを探すのを兼ねて酒場の給仕になりすまし、貴族の男たちを渡り歩いた。ついにはバーネットを出産する。そこでドローレスはバーネットを使ってロザ帝国を混乱に突き落とすことを思いついたのだ。男を意のままに操るのはお手の物。それと同じことを娘にし、バーネットは母親の期待通りに動いた。
しかし、計算外なことが次々と起こる。エレノアをはじめとした三人の貴族令嬢の存在だ。彼女らはことごとくバーネットの邪魔をし、やがて国をも救ってしまう。ドローレスは負けを認め、娘と夫を放り出して聖ケイドン魔法国に帰国した。
(そして、再び彼女は動き出したというわけか)
蠱惑的な瞳を平然と受け止め、カスバートも微笑みかける。
「・・・・・・。アークロッド領はどうでしたか?」
「別にただの田舎だったわ。お父様に言われた通りにしたけど。まさか、トゥランで〇されそうになるとは思わなかったわ」
「危ない目に合われたそうで。ご無事で何よりです」
同情するように目じりを下げてカスバートは言った。
「わたくしは魔女ですもの。首を落とさない限り死なないわ」
「ええ、そうですね・・・・・・」
「すぐにお父様に連絡して、代わりの死体を用意してもらって帰国したわ。お父様から向こう五十年は魔法国を出るなですって。せっかくバーネットちゃんを立ち直らせたのに」
ドローレスは気まぐれに子を産む。その殆どが国の滅亡に巻き込まれて死去したという。さらに、歴史上、「狂人」と類される有名人がいるが、その何名かはドローレスの血を引いているではないか、と魔法国では実しやかに噂されている。今のところ、ドローレスの血を引くのは、バーネットと、その孫のアーシアだけのようだが。
バーネットが魔女の血を引く女と知って、カスバートは過去の出来事のいくつかが消化できた思いだった。たかが男爵令嬢が、貴族の悪意を受けつつ無事だった理由。因果をもねじ曲げる魔女の血が関係していたのだろう。本人はもちろん無自覚だろうが。
ちなみにドローレスは子に頓着しない。利用できそうな時だけ思い出して、目的のために利用する。今回は、スレイドン家の縁続きにあたる三公家の一つギネージュ家の当主から指示されて動いたようだ。ドローレスはギネージュにとって庶子にあたる。
「あとは、ギネージュ様がよいようになさるでしょう」
「そうね。お父様のやることに間違いはないですもの」
「ところで、こんなむさ苦しいところに一体どんなご用件で?」
「うん?ちょっと頼まれごとがあってね。わたくしはお父様のお使いよ」
カスバートが不思議そうに首を傾げる。その仕草が可愛らしくて、ドローレスは思わず口を滑らせた。
「お父様が目を掛けているウェルチカ・ハモンっていう子がいるでしょう?一応、七人の魔女の一人」
「ええ。聖女を弑いた功績で列席された方ですよね」
しらじらしくカスバートは言った。実際は、聖女は生死不明だ。同じ頃に教皇も亡くなったから、それも含めてウェルチカの功績となった。彼女が自分の実績として報告し、それを誰も否定しなかったからだ。真実を知るアマネでさえも。
ウェルチカは、鳴り物入りで七人の魔女に加わったはいいが、その後はさっぱりである。元々、魔法も飛びぬけているわけでもないし、他に取柄もない。今や、ギネージュの愛人としての役割しかないときく。ドローレスの父であるギネージュは女好きだが、飽きっぽいところもある。捨てた女に手切れ金や手厚い保護を約束することもない。元々、諜報に長けたウェルチカはそのことを十分に理解している。だからこそ、寵愛を受けている今のうちにギネージュに強請ったのだろう。
「それ以降、ろくな功績もないでしょう?だから少し手助けしてやれって。それで懇意にしている将校さんにお願いして、今度の作戦にウェルチカちゃんを参加させてあげたの。とっておきの部隊を付けてくれるって約束してくれたわ」
「なるほど、そうですか・・・・・・」
(こりゃ、一波乱あるぞ)
ちょうど、カスバートはアマネと会う約束がある。さっそく耳に入れておこう。
「ほら、アマネ・リアとかいう子が率いる部隊、奴隷とかで構成されている魔力なしの部隊。あそこが最近目覚ましい功績を上げているでしょう?この間もミズチを倒したって。焦ってるのよ、魔法至上主義者の方々も」
(まあ、確かに。堕神は魔法でしか倒せない。その原則を覆したのはほかでもないアマネだ。奴隷を撒き餌ぐらいにしか思っていなかった連中は、天地がひっくり返ったくらいの大騒ぎ。堕神の骨を持ち帰り、それで作った武器は堕神に十分対抗しうる。それを持たせたアマネの部隊は、大躍進中だ)
ドローレスの背後に並ぶ部下が彼女に耳打ちする。
「あら、そう。もうそんな時間?」
「お引止めしてすいません」
カスバートは笑顔で言って、道を譲る。
「またね、カスバート君」
ドローレスはそう言って、再び靴音を鳴らし、歩き出した。
(できれば、ご遠慮願いたいがそうはいかないだろうな)
ドローレスの言う通り、またどこかで邂逅することになるだろう。
きっと、思いもよらない時、場所で。




