馬車で目指すは盗賊の巣
「──意外と距離があるな」
「向こう側の……君たちが通ってきたサーカ大森林との距離は近いだけに尚更そう感じてしまうのかもね」
カナタとキューの免許を発行し、盗賊団の討伐依頼を受注したその日はそれぞれが準備に時間を費やし、翌日、街で借りた馬車の御者台に座り手綱を握ったレプターが、二頭の馬を走らせながらそう言うと、乗員部に張られた幌にもたれかかり、水筒に入った温めの水で口を湿らせていたアドライトは、ふふっと微笑んでから簡潔に答えてみせる。
「成る、程──カナタ、大丈夫か? 無理そうなら」
それを聞いたレプターが頷きながら振り返ると、彼女の視界に俯いたままの聖女が映り、一度止めるか? と言って明らかに乗り物酔いになってしまっているカナタへ心配そうに声をかけた。
「い、いいえ、そのまま進んでて……う」
『きゅ〜……』
しかし当のカナタは、これ以上迷惑はかけられないとばかりに苦笑してそう言おうとしたものの、路面の影響で馬車が突然ガタンと揺れた事で思わずえづいてしまい、珍しく彼女の膝の上に座っていたキューは心配そうに声を上げてカナタの顔を覗き込む。
「だ、大丈夫よキュー……『感覚治癒』」
翻ってカナタは、そんなキューにも力無い笑みを返した後で何かを覚悟した様に、ふーっと長い息を吐き、自分の胸に手を当てながら小さく呟くやいなや、淡い緑色の光が彼女の身体を包み込み──。
「ふぅ……これでよしっと」
その光が弱まる頃にはすっかり顔色も良くなり、もう大丈夫よとばかりにニコッと笑ってキューを両手の上に乗せ、自らの健常をアピールしていた。
感覚治癒は文字通り、外傷ではなく内面……主に精神的なダメージを治療する術であり、乗り物酔いも含まれるという事はカナタ自身も把握している。
「……便利ですね、治療術」
「そ、そう? とはいえあんまり自分に使うのは良くないのだけどね。 アスカラ様の意に反するから」
その時、体育座りで乗員部に乗っていたピアンが、最初からそうすれば良かったのではと暗に言うと、カナタはキューを膝の上に戻しつつ、あははと苦笑して、されど真剣な声音でそう告げた。
──医神アスカラ、聖女である前に一人の神官である彼女が信仰する、救い、癒し、助ける事を理念とした、治癒の神の名である。
カナタが心の中で医神に感謝と祈りを捧げていたそんな折、彼女はふと……とある事に気づいた。
「……?」
先程からやたらと静かだと思ってはいたが、それは何も彼女の祈りが深く敬虔で、周りの音が聞こえない程だった……という訳ではなく──。
「「「……」」」
ただただ単純に、カナタ自身とキューを除いた三人の亜人族たちが口を閉じ、馬車の速度を落としながら辺りを警戒し始めていたからだった。
「ど、どうしたの……?」
盗賊団のアジトがあるのだろう山の麓へ近づいているのだから、警戒する事自体はおかしくないが、早過ぎない? と思ったカナタは控えめに声を上げる。
「……お二人も、気がつきましたか?」
「あぁ、いるな。 一人……いや二人か?」
一方、カナタの問いかけに返事をする事なく、ピアンが背負っていた杖を手に持ってそう口にすると、手綱に手を掛けながらも意識を目と耳に集中させたレプターは、馬車の向かう先にある雑木林に潜んでいるであろう何かに悟られぬ様に、先程までと同じ姿勢のまま鋭い眼光をそちらへと向けていた。
「斥候かな……とにかく逃すと面倒だ、ここで仕留めて……いや捕らえておくべきだと思う」
するとアドライトは腰を上げて片膝をつき、ガチャンと音を立て弩弓を展開しながらそう提案する。
レプターは彼女の提案を聞き、心底面倒臭そうな表情を浮かべていたのだが──。
「──やるぞ」
「そうだね、ピアンは支援をよろしく」
「了解です!」
深い深い溜息をついてからアドライトに視線を向けつつ呟くと、心得たとばかりに彼女は頷いて、忙しなく耳をピコピコと動かしているピアンに援護を頼む。
「カナタは捕らえた者たちが気絶した場合に備えて、例の目覚めさせる治療術の用意をしておいてくれ」
「わ、分かったわ」
レプターも振り返らぬままカナタに声をかけ、先日ワイアットたちを目覚めさせた術の準備をと伝え、非戦闘要員であるカナタは二人の指示を受けて役割を理解し、おずおずと返事をしてみせた。
その後、馬車の速度はゆっくりのまま雑木林にもう少しだけ近づき、まだ何某かは逃げていないと確認するやいなや三人の亜人族は顔を見合わせ──。
「いきます! 軽量化!」
ピアンが杖をレプターたちへ向けて支援魔術を行使した途端、彼女たちは馬車を飛び出した。
「私は右を」
「私が左だね、了解」
等級に差異こそあれど、共に歴戦の猛者である二人は瞬時にどちらを狙うかを決める為に言葉を交わす。
その頃、いつも通り略奪へ向かった二代目が帰って来ず、初代の命で周辺を見張っていた盗賊たちは。
「──チッ、あの馬車速度落としやがったな。 気づかれたか? 面倒臭ぇな全くよぉ」
「さぁな……ん? おいあいつら……減って」
見張りの最中、こちらへ向かって来ていた馬車の動向を見ていたのだが、目を離した瞬間に馬車に乗っていた人数が変化している事に気がつき、その内の一人の盗賊が仲間に声をかけようとした時。
突如、ザッという音と共に彼らを挟みこむ様にして戦闘態勢を整えたレプターとアドライトが現れた。
「なっ!? いつの間に──」
「迎撃を──」
それに驚いた盗賊たちは銘々声を荒げながらも武器を取り、二人を返り討ちにしようとしたが。
「させるか! 『龍如握撃』!」
「麻痺雷針……大人しくしてて貰うよ」
かたやレプターはその叫びと同時に右手をバキバキと鳴らし、巨大な龍の爪に変化させつつ叩きつけ、かたやアドライトは左の弩弓を引き絞り、かつて百足型の魔蟲の心臓部を貫く為に行使した麻痺性の雷の矢を極限まで殺傷力を抑えて放つ。
「がはぁっ! ち、畜生! 離せぇ!」
「ぐ、ぎぃ……っ!?」
彼女たちの速攻を受けた彼らはあっという間に制圧されてしまい、かたや骨を数本折られながらも抗い、かたや身体を痺れさせつつも彼女たちを睨んでいた。
「やたら獣臭がすると思ったら……亜人族だったか」
そう呟いたレプターの視線の先、龍化した右手の下には悔しげにこちらを睨む純血の犬人の姿がある。
「血を問わずに亜人族を従えているとは……初代も、君たちが捕らえたっていう二代目とやらも、人族にしては中々の統率力を持ってるらしいね」
「!? てめぇらが二代目を……っ!」
同じくアドライトが麻痺させた混血の牛人を見下ろして、まだ見ぬ初代に心にも無い称賛を向けていると、それを聞いた犬人がクワッと目を剥いたかと思えば、突然レプターともアドライトとも倒れた仲間とも違う方向へ視線を走らせて──。
──ザザァッ!
「──ん!? しまった、もう一人いたのか!?」
「盗賊の武技でも使ってたかな……あぁ面倒だ」
レプターが合図だと気づき声を上げた時には、既に狭い雑木林をすり抜ける様に何かが走っていき、鬱陶しそうにぼやきながらも、アドライトが弩弓を逃げる何かがいそうな方へと向ける。
「へへっ、ざまぁみろ! これで初代に事が知れりゃあ、あの人は必ず町に攻め込み二代目を助──」
しかし、地面に伏したままの状態で尚、勝ち誇った様な声を上げた犬人にカチンと来たレプターが彼を黙らせようと右手に力を込めたその瞬間──。
『きゅー!』
……甲高い鳴き声と共に、レプターの背からキューが飛び出し地面に着地したではないか。
「……はっ!? キュー!? いつの間に!?」
「背中に張り付いてたのか……気づかなかったよ」
そんなキューに一番驚いたのは他でも無いレプターであり、目をグルグルさせながら困惑していると、アドライトも平静を装って呟いてはいたが、全く根拠の無い憶測を口にする事しか出来ないでいた。
『きゅ〜……きゅー!!』
そんな二人をよそに、キューがしゅるっと伸ばした腕を勢いよく地面に突き刺すと、その腕は地面から栄養……もとい魔素を吸収し、小さな身体はそのままに段々と大きく太い根っこになって、逃げる何かへ向けて地面をボコッと割りながら伸びていく。
『──ぅ!? うぎゃあっ!?』
「……何だ? キュー、一体何を」
数瞬の後、彼女たちからは見えない位置で盗賊の一人のものであろう男の悲鳴が響き渡り、気になって見に行こうにも右手を離す訳にもいかず、会話が成り立たない事は分かった上で尋ねると──。
『きゅ〜っ……きゅーっ!』
『うぐっ!? げぇ……っ」
キューは少しだけ独特の唸り声を出した後、勢いよく腕を引っ張り上げると、ボコボコッと鈍い音を立て地面が割れ全貌が露わになった根っこの先に、全身を根っこで縛りつけられ、体色が中途半端な迷彩状になっていた純血の守蜥蜴人が、潰れた蛙の様な声を上げて荒れた地面に叩きつけられていた。
「お、おいっ! ケイル!? 嘘だろ!?」
未だレプターの右手に押さえられたままの犬人が、おそらく守蜥蜴人のものなのだろう名を呼ぶも、一切反応は返ってこない。
(……近縁種か、全く情けない事だ。 いやそれよりも)
一方、同じ爬虫類種の亜人族であるレプターは、思う所があったのかそんな事を呟いていたものの、すぐに首を横に振って気を取り直す。
「凄いじゃないか、キュー! 大活躍だな!」
『きゅっ♪』
既に腕の根っこを切り離し、元の小さな木の腕に戻っていたキューを両手で高く掲げてそう褒めると、褒められているという事、そして役に立てたという事は理解出来たのか、心底嬉しそうに一鳴きした。
(……生まれて間も無い樹人が、雄の……しかも純血の亜人族を完全に拘束した……?)
そんな折、一部始終を見ていたアドライトは意識を手放した守蜥蜴人の近くにしゃがみ込んで脳内でそんな風に呟いてから──。
(……君たちの影響、強く受けてそうだよ)
自身の脳裏に、凶暴だが気の良い人狼を始めとした 黒髪黒瞳の少女の一党の姿を浮かべながら、木々に遮られた狭い空を見上げていたのだった。
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