免許の発行と突然の森人
特段、怪我などはしていなかったものの、倒れてしまったという事実に変わりは無い為、カナタは一応もう一日だけしっかり休息をとっていた。
そして翌日、カナタたちは先に話を受けていた盗賊団の討伐依頼を受注する為、冒険者ギルドを訪れる。
「これが私の免許……等級は鋼鉄、一応初心者の中では最上位なのよね……? いいのかしら」
「えぇ、勿論ですよ! このご時世、神官の需要は尽きませんし……何より誰もが匙を投げたあの二人をたった一度で治療してみせたカナタさんの腕前を疑う人なんていませんから! ですよね、ギルドマスター!」
神官である為か本来行われる模擬戦を免除され、速やかに発行して貰えた冒険者の免許をカナタがまじまじと見つめて呟いていると、満面の笑みを浮かべつつ胸の前で両手をグッと握ったエイミーは、全く問題ありませんとばかりにカウンターの向こう側、カナタの近くに立つバーナードに話を振った。
「うむ、そうじゃのぅ。 色々と思う所もあるじゃろうが、何も飛び級という訳でも無い。 お主の実力が評価された証じゃと考えてみれば良いのではないかの?」
「……そう、ですね。 そうします。 後、キューのは」
バーナードは目を細めて髭を扱き、何も知らないエイミーもいるからかカナタが聖女だという事は口にせぬまま言い聞かせる様に語り、特別扱いではないのだと言われた事が逆に嬉しく感じた彼女が頷いてから、肩の上に乗る樹人の免許はと問いかける。
「こちらです! はいキューちゃん、持てる?」
『きゅー? きゅー!』
するとエイミーがカウンターの下から普通の大きさの免許を取り出し、キューは一瞬首をかしげてカナタをチラッと見たが、彼女が許可を出す為に頷くと、両手を根っこの様に伸ばして免許を受け取った。
「等級は……原石か」
「本当は用意した試験官との模擬戦形式で決めるのですが……流石にそれは酷ですし。 かといってカナタさんの様に目に見える実績がある訳でもないので……」
その時、それまで空気を読んで黙っていたレプターがカナタの背中側から免許を覗き込んで、キューに与えられた等級を免許にはめ込まれた研磨された石で判断してそう口にすると、前例もあるにはあるのですがとエイミーは申し訳無さそうに苦笑する。
「あの亜人族たちが力を振るった森で生まれたというのが本当なのだとすれば……まず間違いなく何らかの影響も受けておるじゃろうし、文字通り『原石』という事にさせてもらったのじゃが、どうじゃろうか?」
「妥当な落とし所だな」
そんな彼女の言葉に付け加える様にしてバーナードが、彼女たちから聞いたキューの生い立ちを口にしつつ顎に手を当てそう告げると、レプターは特に不思議に感じた事もなかったのか、うんうんと頷いていた。
「それにしても……レプター、お主はまだ翡翠じゃったのじゃな。 それ程の強さがあるのなら最低でも紅玉……いや銅くらいはあるかと思うておったが」
「……私が冒険者登録をしたのはもう五年以上も前なのだが、あまり昇級に……特に、半分より上の等級に上がる事への魅力を感じなかったものでな」
そんな折、話題を切り替える様にバーナードがレプターを見遣ると、彼女は息を吐いてから王都の兵だという情報は隠した上で自分の等級について語る。
……ちなみに、彼女の腕甲にはルニア王国の紋章が刻まれているのだが、戦闘時以外はそれを外している為、エイミーにバレてしまう事は無かった。
「……もしかしてレプターさんは一つの場所に……今回なら王都に留まるタイプの冒険者だったんですか? それなら確かに昇級のメリットは少ないですよね」
「等級が上がれば上がる程受注可能な依頼も増え、それに比例して遠方からの指名依頼も増えていく……が、面倒だからとそれを断れば冒険者としての箔に傷がついてしまうからのう。 この辺りは冒険者ギルド全体での改善の余地有りと見るべきじゃな」
それでも王都から来たという事は伝えてある為、エイミーはそんな風に推測して勝手に納得し、彼女とは違いレプターが王都の兵だったと知っているバーナードは、それを表に出さぬ様にさもエイミーの推測が正しいと言わんばかりに補足してみせる。
「……さて、これで二人も正式に冒険者となった訳だし、このまま盗賊退治に向かえば良いのか?」
「すぐにでも向かってほしいのは確かじゃの。 あの二代目……ルーベンは今も尚、初代が自分を助けに来てくれると信じて疑っておらぬらしいし……万一部下を率いてこの町に攻め込んで来ないとも限らん」
一方、そういったギルドの仕組みには然程興味も無いレプターが急かす様に尋ねると、うぅむとバーナードは唸ってからレプターたちが捕まえた死毒旋風の二代目であるルーベンの名を挙げて少し難しげな表情を浮かべており、ならば今すぐにでもとレプターが口にしようとしたその時──。
「──やぁ、何やら随分と楽しそうな話をしてるじゃないか。 私も混ぜてもらえると嬉しいな」
男とも女ともつかない端正な顔立ちで、羽根付きの青い帽子に緑色の短髪、帽子と同じ色合いの中世における狩人然とした装いの長身の森人が優しげな声音で話しかけてきた事に彼女たちは驚きを露わにする。
「アド、お主いつの間に……いや、良いタイミングで出て来たものじゃ。 紹介しよう、我がギルドが誇る最上位、銀等級の冒険者である森人のアドライトじゃ」
「はは、最上位か……間違ってないけどね」
当然その森人の事を知っているバーナードは、彼女の名前と等級を口にして簡単に紹介する一方、アドライトと呼ばれたその森人は恐縮だねと小さく呟き、緑色の髪をクシクシと照れ臭そうに掻いていた。
「銀……上位三等級か」
「そうだね。 改めて……アドライトだよ。 アドと呼んでくれると嬉しいな、麗しいお嬢さん方」
翻ってレプターがアドライトをまじまじと見つめて……いや、見上げているとアドライトはニコッと笑って手袋を外し、握手を求めて綺麗な手を差し出す。
「……私はレプター、レプター=カンタレスだ」
「えっ、と……カナタです。 この子はキュー」
『きゅー!』
当のレプターは先のリエナの事もあってか若干怪しみながらもその手を取って名乗り、次いでカナタが一歩前に出てアドライトと握手し、肩に乗るキューの紹介も済ませたのだが──。
「……あ、あの?」
何故か握手したまま手を離してくれないアドライトに、不思議に思ったカナタがおずおずと声をかける。
──その時だった。
「君があの子を……ミコちゃんを、この世界へ連れて来たんだって? 聖女様」
「「!?」」
突然、アドライトがカナタへ顔を近づけ囁き声でそう告げてきた事で、カナタは勿論の事、龍人の聴覚により聞こえていたレプターも目を剥いた。
「その反応……ピアンやリエナさんが嘘をついてるとは思ってなかったけれど、本当に聖女なんだね」
それを見たアドライトは、昨日リエナたちから話を聞いたのだと明らかにして軽く息を吐く。
──彼女もまた、黒髪黒瞳の少女の正体を知る者の一人である為、何らおかしくは無い事だった。
(……? 何の話かしら)
一方、この中でたった一人話を理解出来ていないエイミーがこてんと首をかしげる中で──。
「……お主も知っておったのか?」
「私はその場に居合わせただけなんだけど──ん?」
最初の囁き声はともかく二言目はしっかり聞こえていたバーナードが、何をとは言わずに尋ねると、アドライトは苦笑を湛えつつ、偶然ね、と付け加えたのだが、握っていたカナタの手が震えている事に気づく。
「……あぁ、どうか怯えないでほしいな。 私は別に怒ってはいないよ。 それに、君たちに助力するという事は間接的にでもあの子の力になれるって事だからね」
「ふぇ、え……? 助力って……?」
パッと手を離し目の前の少女を宥める様にそう言ったアドライトの言葉に、カナタは思わず間の抜けた声を出して聞き返してしまう。
「盗賊退治、結構な事じゃないか。 私も手を貸そう。 ちなみに、ピアンも参加したいと言っていたよ。 良く分からないけど、『店主の代わりに見極めさせてもらいます』って。 いつもより気合いが入っていたね」
すると彼女はカナタの問いにニコッと笑みを浮かべてそう答え、更にはピアンの参加とその理由まで口にして、それを聞いたレプターは少し思案を始め──。
「──そうか、まぁいいだろう。 バーナード、エイミー。 明日より私たち五人は盗賊団『死毒旋風』の討伐に向かう。 このアドを……銀等級を筆頭にな」
その後、バーナードと受付のエイミーに顔を向けてアドライトの細い肩に手を置きながら、正式に依頼を受注する事を彼らに伝えてみせた。
「そうじゃな、それが良い。 この依頼は全員が翡翠以上で無ければ臨めぬが、頭目を銀とするなら受注可能じゃからのぅ。 元より儂はそのつもりじゃったよ」
バーナードは真剣な表情で依頼の受注条件を告げた後、銀であるアドライトなら問題無いだろうと言わんばかりに、ニィッと笑みを浮かべる。
「では、その様に! 皆さん、無事の帰還を心待ちにしております! 頑張って下さいね!」
そんな彼に呼応する様にエイミーは手元にあらかじめ持っておいた依頼の詳細が記された書類をアドライトとレプターに手渡して、準備の為にとギルドを後にする彼女たちを見送ったのだった。
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