本領発揮と小さな決意
ゆっくりと開けたカーテンの向こうに横たわっていた男女──とギリギリ判別出来るかどうかという程に深く傷ついた二人の冒険者を見たその瞬間。
「……ぅ、ぇ……」
『きゅ〜……?』
喉奥から込み上げてくる吐き気を抑える為に口を片手で覆いつつ、カナタが思わず目を逸らして小さく呻いてしまう一方で、キューはそんな彼女を肩の上から心配する様にか細い声を上げていた。
(王都の怪我人よりよっぽど重傷じゃない……こっちの女の人……よね? 肌が炭化しちゃってる……これで本当に治療されてるっていうの……?)
逸らした目を何とか二人の方へ向け、脳内で状態を分析した彼女の視界には、まるで呪いか何かの如く青い炎がメラメラと身体を這う様に燻り続けている男と、カナタが触れるまでも無くボロッと身体が炭の様に崩れていく黒焦げの女が映っている。
(──いや、とにかく今は治す事だけ考えないと)
カナタは二人の状態に怖気づくと共に、この二人を治療していたという神官や救護班たちの技量を疑ったが、気を取り直して首を横に振り手をかざし──。
「──『覚醒治癒』」
術名と共にかざした彼女の手から淡い光が放たれたかと思うと、その光は二人の身体を優しく包み込む。
「それって……私の時とは違う術ですよね?」
後ろからそれを見ていたピアンが、自分の足を治した部分治癒とは異なる術に興味を持って尋ねた。
「えぇ、覚醒治癒は対象が怪我や病気で昏睡状態にある時、その原因となる部分を探知して治療し、覚醒を促してくれる術なの。 便利でしょ?」
「は、はぁ……そうですね」
顔だけをピアンの方へ向けて説明するカナタの手の先にいる二人の身体は、そうこうしている間にも、かたや男の身体からは青く燻る炎が完全に消え……るとまではいかずとも誰の目から見ても明らかに収まってきており、かたや女の炭化していた身体は殆ど元の綺麗な肌に戻っている様に見える。
……ピアンには最早、彼女が聖女なのだろう事を疑う余地も無くなってしまった。
魔具士見習いである前に一人の冒険者でもある彼女は、幾人もの神官の治療術をその目で見てきたが、カナタの治療術は──効果、範囲、そして速度──あらゆる面において一線を画していたのだから。
「──カナタ? 食事と水を貰ってきたぞ。 偶然下で会ったバーナードも一緒だが」
「おぉ、もう立ち上がる事も出来ておるのじゃな。 ならば心配は──お主たち、何をしておる?」
そんな折、扉が数度ノックされ、しかし反応が無かった事に違和感を覚えたレプターが器用に尻尾で扉を開けて部屋に入りつつそう口にする一方で、彼女の後ろに立っていたバーナードが笑みを浮かべながら同じく部屋に入ってきたが、開かずのカーテンが開いているのを視認した瞬間、彼の顔から笑みが消える。
「あぁ、バーナードさん。 カナタさんが例の二人を治療してるんです。 目、覚めるみたいですよ?」
「な……何じゃと? 複数の神官や救護班が集まって漸く命を繋いでおったのじゃぞ? あ、いやしかし、聖女だというならそれくらいは可能なのかの……?」
そんな彼に言い聞かせる様にピアンが至って冷静にそう告げると、バーナードはくわっと目を見開き、慌てた様子でほぼ治りかけている二人へ駆け寄って、冷や汗を流しつつ顎に手を当て思案を始めてしまう。
「とにかく事が事じゃ、すぐに警備隊を召集せんといかんな。 それから滞っていた刑罰の執行もせねばならんし……ピアン、悪いが一走りして警備隊にこの事を伝えてきてくれぃ。 無論、聖女の事は伏せての」
「お安い御用です。 軽量化」
しばらく思案していた彼が白髪をガシガシと掻いた後、深く息を吐き眉間にシワを寄せながらもそう言って、この中で最も身軽なピアンに頼み込むと、彼女は頷き窓を開けて、杖の先を自分の頭に当てて呟くと同時に窓から飛び出し、屋根の上を駆けていった。
「何だか良く分からないが……この者たちは一体?」
「……実はのぅ」
そんな中、空気を読んで黙っていたレプターが、説明を希望するとばかりに二人を指差し尋ねると、漸く平静を取り戻してきたバーナードが白く長い髭を扱きながら彼女に事の顛末を語り始めた。
酒場で望子たちに因縁をつけてきた事、返り討ちに遭い逆上して決闘を申し込んできた事、ウルが望んだとはいえ二対一で挑み、挙句敗北した事。
……そして何より、自分たちが勝利した暁には、望子を奴隷身分に堕としてしまおうとしていた事を。
バーナードが詳細に語れば語る程、レプターの纏う敵意……いや、殺意が眠る二人に向けられる。
「──ミコ様を、奴隷に? カナタ、バーナード、折角のところ悪いが……私はこいつらを殺そうと思う」
ウルが敗北した際の罰を聞かされた瞬間、彼女は腰の細剣を抜き放ち二人を串刺しに──。
「待て待て! 待ってくれぃ!」
「落ち着いてレプター! 未遂だから! ね!?」
『きゅ、きゅ〜!?』
──しようとしたのを感じたカナタたちは、そうなる前にとバーナードが彼女の腕を倍以上に太い腕で何とか止めて、カナタは抱きつく様にしてそう叫ぶ一方で、カナタの肩の上に乗ったままのキューは、グラグラと揺れる自分の定位置にしがみついていた。
「えぇい止めるな! こんな奴らを生かしておいて、一体誰が得をするというんだ!!」
レプターが自分を止めようとする二人に叫び放ち、私は何も間違ってないと主張していたそんな時──。
「──よっと、バーナードさん。 警備隊の方々、間も無く到着しますよ……って、どうしました?」
「あ、あぁいや気にするでない。 すまんかったの、ピアン……さて、そろそろ目覚める頃合いかの?」
飛び立った窓から帰ってきたピアンが目の前で起きている騒動にも似た何かに首をかしげると、流石に警備隊の前で殺しはしないだろうと判断したバーナードはレプターの腕を掴んでいた手を緩め、誤魔化す様に既にほぼ完治している二人に目を向けると、丁度そのタイミングで二人の冒険者が目を覚ました。
「──ぅ、眩し……あ? 傷が……?」
「っ、ここ、は……ひっ、あの人狼は……!?」
かつてこの地で黒髪黒瞳の少女に因縁をつけ、仲間の人狼に返り討ちにあった挙句、納得がいかないと決闘を挑んだ男女の冒険者……ワイアットとメリッサはおよそ一月ぶりに意識を取り戻し、それぞれが飛び込んでくる光に目を眩ませつつ、ワイアットは自分の身体から傷が消えている事に気がつき、メリッサは自分を一瞬で炭へと変えた人狼の鋭い眼光が脳裏に蘇ったのかビクビクとしている。
「遅くなりました──っと、丁度目覚めた様ですね」
その時、事情を詳細に理解しているアルロを先頭に警備隊が入室し、バーナードへ声をかけた。
「うむ、意識もハッキリしておる様じゃ……ワイアット、メリッサ。 起き抜けで悪いがお主たちは立派な犯罪者じゃ。 このまま詰所まで連行、罪状の確認、そして速やかに刑罰を執行させて貰う──頼むぞ」
「「「はっ!」」」
それを受けたバーナードは目覚めた二人を高い位置から睨みつけつつそう告げて、その後視線を警備隊にスライドさせると、彼らは一斉に敬礼し二人を連行する為、強制的に立ち上がらせ始める。
「な、何だと……!? 離せよ、くそ……っ!」
「ちょっ、どこ触って……! 私が何を……」
当然、二人は抵抗を試みるが仮にもつい先程まで死にかけていた上に、いくら聖女の治療術とはいえ精神の摩耗まではどうにもならず、それでもなお逃げようとする往生際の悪い二人に対して──。
「──黙れ」
「「!?」」
最早、我慢の限界だとばかりにレプターがありったけの殺気を込めて威圧すると、当の二人だけでなく警備隊やバーナード、果てはカナタやピアンといった部屋にいる全員が身を震わせ、縦長の瞳孔を有した瞳でギラリと睨む彼女へ視線が釘付けになってしまう。
「貴様らがやった……いや、やろうとした事は極刑も生温い程の大罪だ。 が、私に貴様らを裁く権利が無い以上、降格と追放で赦してやるが……覚えておくがいい、もし他の地で似た様な事をしでかせば、私は必ず貴様らを殺す。 何処に逃げてもだ──分かったな?」
「「……!!」」
底冷えする様な低い声音でそう告げて腰を抜かした二人を再び睨みつけると、彼らは壊れた玩具の様に首をブンブンと縦に振ってみせた。
「龍如威圧……確か、龍人の固有武技じゃったな」
その後、すっかり意気消沈した二人は警備隊に引きずられる様にして連行されていき、アルロが最後に敬礼をして部屋を出た途端、彼女が行使した武技を知っていたらしいバーナードが称賛するも──。
「──脅す訳じゃあ無いが……一歩間違えば貴方もあちら側だったという事を忘れるなよ、バーナード」
「分かっておるよ……すまんかったのぅ」
そんな言葉に反して彼を睨んで明らかに脅す勢いのレプターに、バーナードは反省しているとばかりに年の割には真っ直ぐな腰を曲げて謝罪する。
「それよりも……聖女カナタ、礼を言わせてくれぃ」
「え、私……?」
そして、顔を上げたバーナードは突然カナタへ向き直ったかと思うと彼女へ謝意を示しだし、仮にも犯罪者を治してしまったのに、と勢いでやった事を若干だが後悔していたカナタは思わず首をかしげてしまう。
「実を言うと、彼奴らが目覚めなければ文字通り処分しろとの意見が出ておったのじゃ。 儂は、犯した罪は生きて償うべきじゃと思うておる、お主はその機会を作ってくれたのじゃよ。 本当に……ありがとうの」
「……はいっ」
そんな彼女へ諭す様にそう言って踵を返し、今回の件で増えるだろう仕事を片付ける為に部屋を後にするバーナードに、カナタは少しだけ嬉しそうに頷いた。
「──ねぇレプター。 私、決めたわ」
「ん? 何をだ」
彼が部屋を出た事でピアンを含め四人となった救護室でカナタがレプターに声をかけ、ご飯冷めてないかなと確認していたレプターがその声に反応してそちらへ顔を向けると、彼女は凛とした表情を見せて──。
「やっぱり私……あの子の力になりたい。 今までずっと、勇者召喚だけが私の存在価値だって言われてきたけど……こんな私でも、誰かの役に立てるのよね」
これまでにない程の真剣な表情を湛えたカナタが神官服の胸の辺りをぎゅっと握りしめて、震える声と若干だが潤んだ瞳でそんな風に語り始める。
「だから……罪の意識からじゃなく、あの子を守れる様になりたい。 そして……出来る事なら私の手で、あの子を元の世界に帰してあげたいの」
カナタが自分なりの決意を語り、レプターの眼を真っ直ぐに見つめていると彼女はふっと微笑み──。
「……そうか。 まぁ、まずは飯にしよう。 キューも喉が渇いただろう? ほら、ピアンの分もあるからな」
「そう、ね。 いただきましょうか」
『きゅー!』
まるで分かっていたとばかりの反応を見せた後、ご飯が冷めてしまうぞと彼女たちへ声をかけ、そんな彼女の淡白な反応に一瞬呆気にとられたカナタだったがレプターなりの気遣いだろうかと考え、気を取り直してキューと共にベッドへ腰掛けたのだった。
──そんな中、ピアンは揺れていた。
(……悪い人では、無いんだろうけどなぁ)
たった今見た彼女の覚悟と、彼女がしでかした事、そしておそらく彼女とは相容れない店主との狭間で。
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