蜘蛛人からの贈り物
朝日が僅かながらに差し込む森の中を、果物や茸を採集する為に練り歩いていた二人の亜人族。
「いやぁ、中々大量だな。 どちらかといえば肉や魚の方が好みだが……むぐ、たまには森の幸も悪くない」
三人分としては充分過ぎる程の収穫を革袋に詰め、そこへ徐に手を入れたかと思うと、レプターは果物の一つを心底美味しそうに頬張ってそう言った。
「もう、摘み食いは行儀が悪いわよ? 貴女、誇り高き騎士じゃなかったの?」
その一方、共に味覚狩りをする中で多少なり彼女と親しくなったウェバリエは、呆れた様子で元々切れ長の目を更に細めてジロっと睨む。
「ま、まぁ確かに食事作法は大事だが……騎士にも多少なり羽目を外す瞬間があっていい筈だ」
するとレプターは、一瞬果物を喉に詰まらせたかの様な仕草を見せたが、すぐにごくんと飲み込んでから自分を納得させる為の言い訳を披露した。
「……ふぅん、まぁ貴女が言うならそうなのかもね」
それが分かっていたからこそ、ウェバリエは何かを含ませた様な笑みと言葉で応えたのだろう。
(ミコ様の前では気をつけなければ……)
……レプター自身でさえも、そんな風に自分を戒めていたのだから。
ある程度収穫を終え、そろそろ戻ろうかとレプターが告げて歩を進めようとしたその時──。
「……ねぇ、一ついいかしら」
「ん……どうした?」
先程までと異なる真面目なトーンで声をかけてきたウェバリエに多少の違和感を抱きつつも、足を止めてクルッと振り返ったレプターの眼には、笑みなど欠片も浮かべていない真剣な表情のウェバリエが映る。
「貴女は、あの聖女……カナタを本当にミコちゃんの元に連れていくつもりなの?」
「……何が言いたい?」
彼女は柑橘系を中心に果物を抱えながらそう口にして、暗にやめておけと忠告すると、ウェバリエの主張自体は理解出来ても、そこに別の意図もあるかもしれないと感じたレプターは敢えて彼女に聞き返した。
「貴女も分かってるんでしょう? ミコちゃんは優しいから受け入れるかもしれないけれど……あの子の周りには、ウルたちがいるのよ? あの……異常なくらいにミコちゃんに執着してる三人の亜人族が」
ウェバリエは、かつてこの森において望子を守りたい一心で暴走し、それを止める為とはいえ森を無茶苦茶に荒らし、果ては口移し一つ程度でガヤガヤと騒ぎ出す亜人たちを思い返して粛々とそう告げる。
……彼女たちを悪くは思っている訳では無いが。
「それは……そうだがな。 彼女にも譲れない物があるのだろうし……ウェバリエ。 正直私は貴女程、彼女に敵意を抱いてはいないんだ。 何故なら──」
彼女の話にはレプターも共感出来る所もあり、かつて自分があの少女を勇者だと見抜いた瞬間、当時はあれでも未完成だった魔術を殺意を持って向けられた事を思い出し、されど覚悟はあるのだろうしと口にして彼女を庇い立てる理由を話そうとしたが──。
「聖女がミコちゃんを呼んだお陰で、あの子に出会えたから、だったかしらね。 まぁその気持ち自体は私も分からなくないのだけれど……」
戦いの最中、彼女がカナタに語っていた事を覚えていたウェバリエはそう呟いて、うぅんと唸りつつ思案する様に枝葉で覆われた空を見上げる。
「──そうだ! それ程に心配ならウェバリエ、貴女も私たちと共にミコ様の元へ行かないか?」
その時レプターが突然、妙案だとばかりに声を張り上げそう言ったがウェバリエは彼女の提案に対してあまり良い表情はしておらず──。
「……そう、ね。 確かにあの子たちと別れる時、いつか貴女たちの力になる、とは言ったのだけれど……やっぱり私はここの主だから、そう簡単に離れる訳にはいかないのよ。 後継の育成でもしておくんだったわ」
器用に片腕で果物を抱えつつもう片方の手を頬に当て、大した知能を持たない他の魔獣や魔蟲たちにこの森の管理を任せる訳にもいかないらしく、深い溜息をつきながら物憂げな表情を浮かべていた。
「その辺りは何処も同じなのだな。 私の場合は後を任せるに値する多くの部下たちが育ってくれていたお陰で、後顧の憂い無く旅立てたのだが……」
一方、それを聞いたレプターは、ふむと顎に手を当てながら、王都を発つ自分へ向けて最上位の敬礼で見送ってくれた部下たちを脳裏に映しており──。
「ふふ、羨ましいわね……あぁそうだわ。 その代わりといっては何だけど、後であれを渡そうかしら」
「あれ? あれとは?」
翻って漸く柔和な笑顔を取り戻したウェバリエが、突然何かを思いついたかの様に声を上げたものの、何の事やらとレプターは首をかしげていた。
「……まぁ、それは後のお楽しみって事で。 ほら、そろそろ戻らないと……聖女様がお腹空かせて待ってるんじゃないかしら?」
「むぅ、気になるが……そうだな。 戻るとしようか」
だがウェバリエは彼女の疑問にその場で答える事は無く、カツっと地面を鳴らして踵を返し、不満げにそう呟いたレプターの言葉を皮切りに、二人はカナタの待つ野営地へ帰還するのだった。
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三人での朝食を終え、レプターとウェバリエは望子について互いの知りたい情報を共有した後、後片付けと火の後始末を済ませた二人はなるべく早く追いつきたいというレプターの意思により、すぐにでもサーカ大森林を後にする事に決め、ウェバリエの案内の元で森の出口まで来ていた。
「それじゃあ、あの子に……私の妹によろしく言っておいてね? お二人さん」
朝食の時、自分がこの世界においての望子のおねえさんなのだと伝えていたウェバリエが、多少の優越感を表に出しつつそう告げる。
「……まさか、あのミコ様が姉と慕う程の包容力を持っていたとは……異なるいが、まぁ伝えておくとしよう。 それでウェバリエ、あれとやらはどうした?」
「……あれ? あれって何?」
むむむとレプターは若干悔しげな表情を浮かべていたが、すぐに味覚狩りの時の話を思い出して問いかけたものの、彼女の発言に全く心当たりの無いカナタはきょろきょろと二人に視線を向けてそう呟いた。
「あぁ、そうそう。 そうだったわね……っと」
するとウェバリエは、今朝に絵本を取り寄せた時と同じ要領で爪をクイッと動かし糸を手繰り寄せる。
しばらくの後、彼女の掌目掛けて何かが森の奥から飛んで来た事に目を剥きつつも、レプターとカナタが何だ何だと近寄って覗き込むと──。
「それは……苗木か? 何故それを私たちに──」
そこには、彼女の糸で固められた土の塊に植えられている小さな苗木が収まっており、カナタと一緒にそれを見ていたレプターが問おうとした。
──その、瞬間。
『きゅー!』
「「!?」」
二人が思わず驚いて後ずさったのも無理はないだろう、先程まで苗木だった筈のそれが甲高い鳴き声を発したかと思えば、少しずつその姿を変えていき、深緑の葉で象られた長髪と、つるんとした木の肌にちょこんと付いた瑪瑙の様な両目と口、そして両足が完全に根っことなった、ウェバリエの手に収まるサイズの小さな女の子になっていたのだから。
「ふふ、駄目よ? 驚かしたりしちゃ」
『きゅ?』
その女の子を除き、この場で唯一状況を理解しているウェバリエが優しい声音でそう言いつつ、葉で出来た髪を傷つけぬ様に気をつけながら爪で撫でると、その女の子はこてんと可愛らしく首をかしげ、短く鳴いてウェバリエを見つめていた。
「も、もしかして……樹人?」
そんな折、やはり知識だけは潤沢なカナタが、かつて亜人族を纏めた図鑑で見た種族の名を挙げて問う。
「単なる樹人じゃ無いわよ。 この子はね? さっき話した粘液生物討伐の時に、ハピやウルの魔術で薙ぎ倒された木々の一つから生まれた樹人族なの。 本来、死んだ筈の木からは絶対生まれない筈なのにね」
「……つまり、何かがあると?」
ウェバリエは彼女の問いに頷き肯定しつつも樹人が誕生した経緯を説明し、それを聞いて何かを察したレプターが尋ねるとウェバリエはしめやかに頷いた。
「……今はまだ幼いけれど、貴女たちやミコちゃんと旅をする中で成長して……きっとあの子の力になる筈よ。 欲しがった時だけ清潔な水をあげてくれればいいから……お願い、出来るかしら」
そして彼女はそう言って、樹人を乗せた方の手を二人の方へ伸ばし、軽く微笑んで頼み込む。
(立派に育ってくれれば、後継問題も解決出来るし)
──無論そこには、彼女の脳内を占めている様な考えもあっての事なのだが。
「……分かった。 他でも無い貴女からの願いだ、私に否やは無いさ。 カナタ、貴女もそれでいいか?」
レプターは腕組みをして少しの間思案していたものの、問題は無いと判断したのかこくんと頷き彼女の願いを受け入れて、もう一人の同行者に意見を求めた。
いつの間にか呼び名から『聖女』が取れていた事に気づいたカナタは、少し驚きつつもその樹人を見遣り、受け入れる為にゆっくりと手を伸ばす。
「え、えぇ。 大丈夫よ……ほら、おいで?」
『きゅ? きゅー!』
「わっ! ……ふふ、よろしくね?」
『きゅっ!』
するとその樹人は首をかしげてウェバリエの方を向き、彼女が許可を出す様に頷くと同時に、何の疑いもなくカナタの手へと移っていった。
「問題無さそうね……それじゃあ、道中気をつけて」
「あぁ、また会おう!」
それを見ていたウェバリエが少し寂しげな表情を浮かべつつ手に残っていた土を払い、用件は以上とばかりに一歩下がってそう言うと、レプターはニカッと笑って荷物を背負いながら片手を振り、意気揚々と森の外へしっかりとした足取りで踏み出していく。
カナタも樹人と共に彼女の後を追いかけようとしたのだが、その時後ろからウェバリエの声が届いた。
「──聖女カナタ。 分かってるとは思うけれど」
警告するかの様な冷たい声音が彼女の耳に届き、カナタはその身を震わせながらも前を向いたまま──。
「っ、え、えぇ。 承知、してるわ。 あの子に拒否されたら……同行は、しない。 それで、いいのよね?」
「……なら、いいわ。 貴女も、気をつけてね」
今朝、レプターが目覚める前に彼女に約束させられた事を思い返しつつそう口にしたカナタに、カツッと地面を鳴らす音が聞こえたかと思うと先程より少し柔和な声がかけられ、段々とその音が小さくなり、カナタには森の奥へと吸い込まれていく様に感じられた。
カナタが振り向いた時、もうそこにウェバリエの姿はなく、カナタは樹人を優しく手で包み込み──。
「……ありがとう、ウェバリエ。 私を……赦さないでいてくれて」
森林の奥……自分の住処へと帰っていったのだろう蜘蛛人に向けて、小さく小さく呟いた。
『きゅー?』
……勿論、生まれたばかりの樹人に、その言葉の意味が分かる筈も無く、こてんと首をかしげていた。
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