絵本と和解と調達と
レプターとウェバリエがほぼ同時に意識を手放してすぐ、カナタはあたふたとしながらも得意の治療術でレプターたちを癒したはいいものの、二人は中々目を覚まさず気づけば朝になっていた。
火の番も一人でしなければならなかった為、眠い目をこすり頑張って起きていると、最初にウェバリエが目を覚まし、カナタは内心ビクビクしつつも、最早隠し切れないだろうと判断し、自分の正体とあの黒髪の少女との関係性について詳細に語ったのだった。
「──それじゃあ、あの子は召喚勇者で……貴女があの子をこの世界に喚び出した張本人って事ね?」
自らを聖女と名乗る目の前の神官からの情報を頭の中で整理し終えたウェバリエは、軽く息をつき片手を頬に当てながら、小さく縮こまる彼女へ確認する。
「え、えぇ。 そうなるわ……でも、どうして貴女は、その……勇者召喚の事を知っていたの……?」
カナタは言葉に詰まりつつも頷いて肯定し、先程までの話の中で、何故かウェバリエが勇者召喚を知っていた事を疑問に思い、控えめに問いかけた。
「え? あぁそれは……っと」
「……!? ほ、本が飛んで来た!?」
するとウェバリエがカナタの問いに反応したかと思うと、頬に当てていた手を森の奥へ伸ばし、掌を上に向けた状態で指……もとい、爪をクイッと動かした途端、森の奥から何かが細い糸を伝ってくる。
その正体は一冊の本であり、目を見開いて驚くカナタをよそにその本はウェバリエの手に収まった。
「さっき細糸集合で森中に張り巡らせた糸を集めたって言ったけれど……私の住処の方には念の為に糸を残していたのよ。 この本は、この森を訪れたとある旅人が持っていた物なの。 これを読んでみれば分かるわ、私が勇者召喚を知っていた理由が」
「は、はぁ……それじゃあ、失礼して……」
ウェバリエがそう言いつつ、古ぼけている割には埃も付いておらず一目で丁重に扱っているのだと分かる絵本を、巻き付けていた蜘蛛糸を解いて差し出すと、カナタはその絵本を受け取り、一言断ってからゆっくりと頁を捲って読み始める。
──それは、どこにでもありそうな英雄譚。
困っている人を見過ごせないお人好しの勇者が万物に命を与えるその力で、時に仲間たちを巻き込み、されど力を合わせて次々と困難を乗り越える。
いずれ悪の権化である魔王を倒す為に──そんな物語が、随分と可愛らしい絵柄で描かれていた。
──本当に、どこにでもありそうな英雄譚。
ただ一点、主人公の勇者が勇者召喚により異世界から召喚された──黒髪黒瞳の青年である事以外は。
絵本を読み終えたカナタは、パタンとゆっくり本を閉じた瞬間、バッと裏返して表紙を凝視して──。
(これ……! まるっきり勇者召喚の話じゃないの……! しかもこの勇者の髪と瞳の色、そして何より……あの子と同じ、物に命を与える力……!)
表紙に描かれた、仲間たちと共に如何にも勇者然とした勇ましいポーズをとった黒髪黒瞳の青年と、記憶にある愛らしい少女の共通点がいくつも散見された事に驚き困惑し、グルグルと目を回してしまう。
「……分かったでしょ? 私が勇者召喚を知っていた理由……そして、貴女の話を聞く前から、私があの子を勇者じゃないかって思ってた理由も」
「っ、そ、そうね、ありありとね……」
そんな中、ウェバリエが爪をクイッと動かし、いつの間にか絵本にくっついていた糸を手繰り寄せて絵本を自分の手の中に戻しつつそう言うと、悩んでいた最中に本を取り上げられた事に驚きはしたものの、カナタは若干の苦笑いを浮かべながらそう口にした。
……その時突然、ウェバリエの切れ長の目からスゥッと光が消えたかと思うと──。
「……貴女、多少なり罪の意識はある様だけれど……だからって許される事じゃ無いわよ? 絵本にある様な男の人ならともかく、たった八歳の女の子を強制的に親元から離して……挙句始末しようとするなんて」
「わ、私は始末しようとしては……寧ろ止めようとして……でも……」
小さな六つの目も合わせ八つの目でカナタを睨みつけつつウェバリエが真面目な声音で説教する一方、保身とは言わないまでもカナタはか細い声で主張する。
──あの愚かな王とは違う、と。
「カナタだったわね? はっきり言っておくけれど、そっちの龍人はともかく私は貴女を信用出来ないし、あの子にも近づけたくないわ。 そんな事があったのなら尚更ね。 私はあの子の……おねえさんなのだし」
「で、でも私は──え、おねえさん?」
「あ、あぁいや何でもないのよ、気にしないで」
「……?」
カナタの主張など聞く耳持たずに捲し立て、存在すら否定しかねないレベルの視線を向けるも、カナタはウェバリエの睨みにも負けずに言い返そうとしたのだが、彼女が最後にボソッと口にした言葉が気になりきょとんとした表情で聞き返すと、失言だったとばかりに口を押さえたウェバリエがそう告げる一方、カナタは一体何なのと首をかしげてしまっていた。
「……ぅ……? っ!! ……っ!?」
そんな折、二人の後ろ……正確にはカナタの視界には映らない位置で横になっていたレプターがゆっくりと目を覚ました途端、彼女は即座に臨戦態勢を取り腰の細剣に手をかけんとしたが、腰にも手元にも細剣が無い事に気がついたレプターはあわあわとし始める。
「レプター? 大丈夫……? 細剣なら後ろにあるわ」
「っ、聖女、カナタ……ここは……? 私はあれからどうなって……そうだ、あの蜘蛛人は──」
そんな彼女の様子をしばらく困惑しながら眺めていたカナタが意を決して声をかけると、それに気づいたレプターがバッと背後に手を伸ばして細剣を掴み、地面にしゃがみ込んだまま、寝ぼけ眼で辺りを見回し──。
「さっきの勝負は貴女の勝ちよ、龍人」
「なっ……! だが、私は結局……!」
そんな彼女にウェバリエが長い脚でカツッと地面を鳴らし、一歩前へ出てレプターの勝利を告げたはいいものの、漸くウェバリエの存在に気がついたレプターは、あんな幕切れでは納得がいかないと口にした。
「さっきも言ったけれど、貴女は私の一撃を防いだのだし……それどころか蜘蛛人の毒を吸収し、適応した……貴女の勝利と言っていいんじゃないかしら?」
だがウェバリエは至って冷静に、言い聞かせる様な口調と声音で暗に自分の敗北だと訴える。
「そ、そうなのか……? では、ミコ様の事を……」
「えぇ、私の知る限りの事は話してあげるわ」
するとレプターが、ふいっと顔を高い位置にあるウェバリエの方へ向けてそう口にしようとした時、皆まで言うなとばかりに彼女の言葉を遮ってウェバリエがこくんと頷き、微笑みを浮かべながら告げた。
「……ありがとう! そ、そうだ、自己紹介がまだだったな! もう聞いたかもしれないが、私はレプター! レプター=カンタレス! 見ての通り龍人だ!」
「私はウェバリエよ、よろしくね」
そして龍人と蜘蛛人……二人の亜人族はここに来て漸く自己紹介を済ませ、固い握手を交わす。
(よ、良かった……また戦いが始まる可能性もあったけど……とにかく良かった……)
人知れずホッと息をつき、もう戦闘になる事は無いだろうと安堵しつつカナタが脳内で呟いた時。
「それじゃあまずは……朝御飯にしましょう。 この森は果物も茸類も潤沢なのよ。 私が調達してくるわ」
カィン、と硬い甲殻に覆われた手を叩き、話題を切り替える様にウェバリエが提案し、森の奥へ進んでいく為に踵を返さんとしたのだが──。
「それなら私も行こう。 貴女との親睦も深めたいからな。 聖女カナタ、貴女はどうする?」
レプターはそう言って服に付着した土埃を払いながら自前の革袋を手に持って彼女の後を追い、ふと振り返ってカナタに、一緒にどうだ? と問いかける。
「え? あ、あぁ……私は、ここで火の番をしてるわ。 誰かは残ってた方がいいでしょ?」
「……ん、確かにそうだな。 では頼む」
しかしカナタがウェバリエの方へチラッと視線を向けた後、お願い出来る? とそう口にすると、一瞬彼女の様子に違和感を覚えたものの、まぁいいだろうと考えウェバリエと共に森の奥へと歩き出し──。
「じゃあ、行きましょうか……ふふ、ミコちゃんたちと味覚狩りしたのを思い出すわね」
一方のウェバリエは、この森で望子たち四人と果物や茸を採取して歩いた思い出を振り返りつつ、小さく小さく嬉しそうにそんな事を呟いていた。
「いってらっしゃーい……はぁ」
翻ってカナタは、あははと苦笑して手を振りつつ、これから自分はどうなるのだろうと先行きに不安しか無い事に、思わず深い溜息をついたのだった。
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