劇毒を食らわば
「──劇毒射法」
かつてこの大森林に出現した、粘液生物に放とうとしていた猛毒の一撃がレプターを襲う。
「『三刃烈爪』!!」
それを迎撃しようとレプターは高速で横回転しながら突撃し、二本の細剣と尻尾に魔力を纏わせ、全てを薙ぎ払わんとする巨大な三本の爪へと変化させた。
そして劇毒の矢と龍の爪が激突した瞬間、森全体を揺らさんばかりの衝撃が発生し、それまで戦いを見ていた魔蟲や魔獣たちは一斉に四方へ散っていく。
「っぐ!? お、おぉ……っ!」
──実を言えば、放たれた矢の威力自体はレプターにとってそこまでのものでは無かった。
……それより問題なのは、こうしている間にもじわじわと細剣や尻尾から侵食してくる劇毒の方であり、それは痛みと共に彼女の身体を蝕み抵抗する力を奪い去る。
「レプ、ター……っ!」
彼女の苦しみが傍から見ても明らかであるのは、カナタの反応を見れば言うまでも無いだろう。
(互角に見える、けど……! 傷を負ってる分、レプターの方が……! 私の、私のせいで……また……!)
簀巻き状態から解放されていたカナタは、ぺたんと地面に座り込みながら戦況を俯瞰的に見ていたが、少しずつレプターが押されている現状を視認しつつ自責の念を込めてそう考えた後、徐に手を伸ばし──。
「『持続治癒──」
彼女が修めている治療術の一つ、一定時間継続的に回復し続ける持続治癒を行使しようとした。
「手を出すなっ! これは……私と彼女との戦いだ!」
「……!!」
しかし、正々堂々を是とするレプターは彼女の助力を良しとせずそう叫び放ち、カナタは思わずビクッとしつつも魔術を行使する手を止める。
(……思ってたより、耐えるわね)
そんな中、レプターと対峙しているウェバリエはというと、蜘蛛糸の弓を隙無く構え魔力を込めつつ、このままではと危機感を感じていた二人とは対照的に、レプターの耐久性をこっそりと評価していた。
(さっきの攻撃の時もそうだったけれど……龍人にしては随分と速度が物足りなく感じた……蜘蛛人程度が余裕を持って躱せるレベルだったものね)
しかし、その一方で龍人という亜人族の中でも頭一つ抜けて精強な種である筈の彼女の身体能力について疑問を持ち、思案し始める。
(先鋭分矢だって、私は一切手心は加えて無かった……にも関わらず、あのお荷物どころか彼女自身も言う程ダメージを負っている様には見えない)
脳内でそんな風に呟く彼女の言葉通り、ウェバリエの放った無数の蜘蛛糸の矢は、かつて森人の冒険者、アドライトが行使した魔力の矢の雨を降らす魔術、急襲雷雨と相違ない威力を誇っていた。
だがレプターは、口元に血こそ滲んでいるものの翼に傷はついておらず、現に今も劇毒射法による圧倒的なまでの猛毒に耐えてみせている。
(……無意識の内に防御に特化してるみたい……騎士って言うより聖騎士ね)
ウェバリエは守る事に特化した上級職の名を挙げながら、抵抗する龍人を見遣ってそんな事を考えていた。
「……そろそろ、終わらせるわよ。 細糸集合」
無論、ここまで思考を巡らせる余裕はあっても手を抜ける様な状況には無い彼女は決意を固め、空いた方の手をクイッと動かしそう呟くと、森の奥、四方八方からギリギリ肉眼で確認出来るかどうかという細い蜘蛛糸がその手に集まった瞬間──。
「な、っぐぅ!? が、あぁ……っ!!」
ウェバリエがその糸を今も尚レプターを襲う劇毒の矢に向けて飛ばした瞬間、劇毒射法は色をそのままに更に大きく強くなって、それまで何とか均衡を保っていた龍人をみるみる後退させる。
「ちょ、ちょっと!! 『私の一撃』をって言ったじゃない! 今のは二撃目じゃ……!!」
ルール違反よとばかりにカナタが苦言を呈すると、ウェバリエは何の事やらと首をかしげており──。
「細糸集合は森中に常に張り巡らせてる私の糸を、手元に手繰り寄せるだけの技。 今回はその糸を劇毒射法に追加しただけ……後述詠唱と同じ様なものよ?」
「っ、そんな、そんなのって……!」
爪の先からツーっと伸びている一本の蜘蛛糸を弄りながらそう解説し、カナタも魔術を扱う者として後述詠唱だと言われてしまえば納得するしかない。
(まぁ、屁理屈だけれど。 さっさと終わらせて、一方的に話を聞かせて貰うわよ……)
勿論、ウェバリエ自身も詭弁だとは思っていたが、これもひとえにあの子の為と考えての事であった。
「レ、レプター! もういいから! 降参しましょう! このまま続けたら、貴女はその毒で……!」
そう叫ぶカナタの視界は、毒々しく染め上げられた細剣と尻尾、そして今や腕と足……果ては顔までも侵食されかけているレプターの姿が映る。
「……私、は……! 誇り高き、騎士……! 敵を前にして、遁走など……あってはならない……!」
「え……?」
だが彼女は、カナタの声が聞こえているのかいないのか、劇毒の矢を押し留めながらそう呟き、最早自分の方へ意識すら向いていない事に気づいたカナタが思わず声を上げて困惑を露わにする。
──そして、次の瞬間。
「私は……! 勇者様の盾となる龍人だ! こんなところで毒などに……屈してなるものかぁああああっ!!」
「……!?」
縦長の瞳孔を有した眼を見開いてウェバリエを睨みつつ叫び放った途端、劇毒射法がその色を失い、一瞬の内に元の白い蜘蛛糸の矢となっていた。
(何、あれは……私の毒が、彼女に……!?)
彼女の言葉通り、まるでレプターを中心に渦を巻く様に劇毒が彼女の身体に取り込まれていく。
その間もレプターは咆哮を続けていたが……それは苦しみからでは無く、新たな力の芽生えから来る歓喜の雄叫びの様にも聞こえた。
しばらくすると、劇毒は完全にレプターに取り込まれ、元々威力自体は然程でも無かった蜘蛛糸の矢は彼女の三刃烈爪にかき消されてしまう。
「レプ、ター……? 一体何が……」
すっかり静けさを取り戻した森をきょろきょろと見回しつつも、カナタがレプターに目を向けた。
「私にも分からないが……おそらくこれも、ミコ様の思し召しなのだろう。 『龍如吸引』とでも呼ぼうか」
すると彼女は、今目覚めた筈の力すらも望子のお陰なのだと口にして、その力に名前を付けた彼女の身体を覆っていた緑色の鱗と翼、そして金色の髪に至るまで、全てが菫色に染め上げられてしまっていた。
(蜘蛛人の毒を吸い込んで適応した……? 龍人がそんな事出来るなんて見た事も聞いた事も……)
そんな彼女を信じられないといった表情で見つめていたウェバリエは、脳内で情報を整理しつつも──。
「……もう、毒は通用しないと見て良いのね?」
彼女自身詳しく分かっていないのだろう事は理解した上で、確認する様に爪の先から毒を一滴垂らす。
「さぁどうだろうな。 だが一つだけは言える……形勢は逆転したぞ。 まだ続けるか? 蜘蛛人よ」
ウェバリエの推測通りレプターはそう告げて、細剣に付着した毒を指で掬い取り、彼女の問いに対する答えを示す様にそれを軽く舐め取って挑発した。
「……やめておくわ。 それに、さっき言ったでしょ? 防ぎきってごらんなさいって」
傍から見れば奇行以外の何ものでも無い彼女の行動も、ウェバリエにはそれだけで充分に事態を理解でき、彼女は腕を下げ生成した蜘蛛糸の弓を解き、その糸を爪の中に戻しながらそう口にする。
「そう、か……」
一方、こちらは緊張の糸が切れたのか、片方の細剣をカシャンと音を立てて地面に落とし、もう片方の細剣を地面にドスッと突き立てかと思えば、そのまま膝をつき意識を手放してしまった。
「レプター……? レプター! しっかりして!」
それを見たカナタは、既に髪や鱗の色は元に戻っていたレプターを心配する様にそう声を上げたが──。
「勇者の盾、か……言うだけの事はある、わね……」
「え……!?」
その瞬間、ウェバリエも余裕ぶってはいたがギリギリだったのだろう、下半身の蜘蛛の長い脚は折り畳まれ、上半身の人の部分はガクッと項垂れてしまっており、こちらも気絶してしまったのだと分かった途端カナタは思わず驚いて声を出してしまう。
「ちょっ、ちょっと! 貴女も!? 私一人でどうしろって言うのよぉ!」
未だ夜の明けぬ暗い森の中、たった一人無傷で残されたカナタの声だけが響き渡っていた。
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