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ソーシャルな神様、始めました  作者: 九重市 九十九
第一部:世界の管理、始めました。
9/59

英雄サイド ー クロード:私はまだ。だけど、一足先に。


 休日に、街中を私服で歩いていく。

 大柄な身体に見合うだけの大きな服。それは、神であられるファントム様が特注で作って下さったものだ。

 この世界に創造されて来た時には、常に軍服で過ごすことも覚悟していたのだが、ファントム様が話の分かる神様で本当に助かる。


 街ゆく人々が俺に挨拶をしてくれる。

 私服であったとしてもこの大きな身体は非常に目立つ。

 ひと目で英雄だと気づき、巡回している時と同じように挨拶をしてくれるのだ。

 俺もそれに応じて挨拶を返しながらも、歩くのは止めない。

 相手も私服の俺を見て、軍務中ではないと分かっているのか、俺を呼び止めることもない。理解があって助かる。


 目的地である建物に辿り着いた。

 俺は自宅へ入るような気軽さで、門を開けて敷地内へと入っていく。

 門から入ってすぐの前庭では、子どもたちがボール遊びをしていた。

 俺がやって来たことに気がつくと、子どもたちがボールを放り出しながら一斉に駆け寄ってきた。



「クロードのおじちゃんだ!」


「おじちゃん、あそぼー。」


「ははは。分かった分かった。まずは院長に挨拶してからな。」


「はーい。」


「ぜったいこいよー。」



 俺に群がる子どもたちを優しく押しのけながら、建物の中へと入っていった。

 孤児院の中は薄暗く、子ども達がイタズラをしたのか、壁には所々落書きがしてあった。



「失礼します。クロード=G・ジョンソンです。」


「あら、いらっしゃいませクロード=G様。」



 大声で挨拶すると、建物の奥からやってきた老婆が挨拶を返してくれた。



「これ、子どもたちへの土産です。皆に分けてやって下さい。」


「すみませんね、いつもいつも。」


「いえ、俺がやりたくてやってることですから。」



 ここは、都市に点在する孤児院の一つだ。

 俺は休日に必ず孤児院を訪れて、子どもたちと遊んでいるのだ。



「それと設備修繕の件ですが。なんとか予算が下りたので、来週には工事の方がやってくるかと。」


「本当ですか?有難うございますクロード様。」


「いえ、当然の事ですから。」



 そう言って、笑顔を返す。


 そう。これは、当然のことなのだ。

 誰かに評価してされたい偽善でも、やらなければならないという義務でもない。

 俺が俺である限り、当然のことなのだ。


 此処に居る孤児たちは、殆どは親が軍人だった子供達だ。

 神様が降臨なさると決まり、結界が張られるまで。それまでは、人間の軍人たちが邪神と戦っていた。

 そして親が死んだ子は、孤児院へと送られることになる。



「それに、俺も孤児でしたからね。まぁ、当時は孤児院に入れませんでしたが。」



 そう。俺も同じなのだ。

 俺も彼らと同じように、戦争で生まれた孤児だったのだ。




 ―・―・―・―




 昔は、孤児院から溢れるぐらいの孤児が居た。


 孤児院の予算にも収容人数にも、限りがある。

 邪神の手勢が攻めて来ているので、成人と見なされた子どもたちを早期に徴兵されていったが、それでも溢れるぐらいに孤児が居たのだ。


 なにせ、今のように全戦力をもって最後の人類圏を守り抜く戦いではなく、広い土地を分散された戦力で防衛していた時代だったのだから。

 全ての土地を守りきれる訳がなく、多くの国や都市が陥落して蹂躙されていった。

 そんな時代に、故郷を失くした孤児なんぞ、珍しい物でも何でもなかったのだ。




 俺はいわゆるストリートチルドレンだった。

 生きるために食い物を奪い、金を盗み、それを妨げる者を暴力で退ける生活をしていた。


 元々才能があったこともあり、俺の腕っ節はどんどん上がっていった。

 そんな俺が軍人の目に止まり、衣食住の保証を条件に軍へ加入したのは、当然だったとも幸運だったとも言えるだろう。

 当時は徴兵と言えば地獄への片道切符に等しかったが、実力がある俺にとっては理想郷への入国ビザに等しかった。


 そして、軍で俺はメキメキと頭角を現し、士官学校に推薦されて士官となる。

 卒業後は特殊部隊の所属となり、都市内部に潜伏する邪神の手先どもを排除する生活を送ることになった。

 死と隣り合わせの日常ではあったが、不思議と充実した生活でもあった。




 余裕が出来たからだろうか。当時の俺は、偽善を施すようになっていた。

 孤児院へと寄付して回り、ストリートチルドレンにも休日を利用して生きる術を教えて回った。


 最初は偽善だった。

 元孤児であった自分が孤児に施すことに、なんの衒いがあろうか。

 そう考え、自己満足であることを綺麗な言葉で覆い隠しながらも、正しいことをしているのに酔っていた。




 だから。

 後にあの少年との出会いは、俺は大きな衝撃を与えることになる。




 ―・―・―・―




 その後、俺は子どもたちとの約束を果たす為に広場へ向かった。


 暫く一緒に遊んでいたが、孤児院で働く世話役の女性がおやつの時間を告げたことで、楽しい時間は終わりを告げる。

 名残惜しくはあるが、俺もこの後に他の孤児院に行く予定がある。

 なのでお土産におやつを持ってきて、切りが良い所でお開きに出来るようにしてあったのだ。



「あのっ……クロード=Gさんも、一緒に食べて行かれませんか?」



 子ども達の世話役である、若い女性がそう言った。

 いつも俺は、このタイミングで別れを告げて出ていくのだが……。



「えっと、おやつを作ってあったので、ちょっとおやつの量が多くなってしまってて……。」



 どうやら彼女は、別のおやつを用意していたらしい。

 それが、俺がおやつを持ってきたせいで余ってしまったそうなのだ。

 俺はこういう所で気が回らない。

 生前も同僚や部下から、それを何度も弄られてきた。



「それなら、お言葉に甘えるとしようか。」


「あっ……有難うございます!」



 あまり時間に余裕があるわけじゃないのだが、申し訳なさから、つい話を受けてしまった。

 すると女性は礼を言い、すぐに建物へと戻っていく。

 きっと、おやつの準備中に来たのだろう。

 態々私を呼び止めるために準備を中断させてしまったのであれば、申し訳ない。




 建物内の食堂へと子どもたちを連れていく。

 どうしてもとせがむので、子どもの一人を肩車しながらだ。

 肩車にも慣れたもので、子どもが頭をぶつけないように注意しながら廊下を進んでいく。

 私は背も高いので、肩車をするとかなり高い視点が見れて楽しいらしい。

 頭の後ろで感嘆の声を上げる子どもをみて、他の子達も次は自分もと主張してくる。


 食堂に着くと、既におやつの準備が整っていた。

 年長の子どもたちが準備を手伝っていたらしく、外では見かけなかった年長の子達が既に集まっていた。

 俺が子供だった頃は喧嘩と盗みばかりしていたというのに、全く感心なことだ。


 それぞれの席には、俺が渡したおやつと一緒に、女性が作ったらしいクッキーが添えられている。

 俺の席だろう大人用の椅子の前には、女性が作っただろうクッキーだけが大量に置かれていた。



「ははは、流石にこの量は俺でも辛いな。」


「で、でも。あんまりおやつの量が多いと、子どもたちの躾けにも良くないので。」


「クッキーなら明日食べても大丈夫だろう?人数分だけ減らして、残りを頂く

よ。」



 そう言って別の皿を用意してもらい、残す分だけクッキーを移していく。


 その姿を見て年長組が溜息を吐いているが、どうかしたのだろうか?

 食べれる量が増えるのは喜ぶべきじゃないのだろうか。

 それとも、小さい子の躾けに悪いと呆れているのだろうか。


 だが、流石にこの量はちょっと、多すぎると思うんだが。




 おやつの時間も終わり、皆が揃って外へと遊びにいく。

 俺も用事があるからとお暇しようとしたが、また女性に呼び止められた。


「あ、あのっ。クッキー……どうでしたか?」

「ん?ああ、美味しかったとも。明日またあれを食べれる子どもたちは幸せだろうと思うぐらいにはな。」


 少し粉っぽくは感じたが、そんなことは口に出さない。

 軍に入った頃にその辺りは散々叱られ、身体に叩き込まれてきた。

 人から貰った物にケチを付けるなというのは当然のことだ。

 当時は嘘を吐くのは嫌だと駄々を捏ねていたが、今では嘘と配慮の違いくらい理解出来る。



「そうですかっ!それじゃあ、明日もまた来てくれたら……。」


「すまないが、明日は仕事があるんだ。軍務だから、途中で食べに来るわけにはいかないかな。」


「そうですか……。」



 喜んだと思ったら急に沈み込む女性。

 感情の起伏が激しい人だ。

 遠くからこちらを見ている年長組の何人かは、俺の様子を見て溜息を吐いている。

 一体なんなのだか。



「まぁ、また来週には来るから、その時にでも。」


「あっ……はいっ!また焼いて、用意してますね!」


「え?あ、ああ、そうか。わざわざ有難う。」


「いえ、クロード=Gさんにはいつもお世話になっていますから!」



 そう言って、女性は片付けがあるからと奥の部屋へと去っていった。

 残された俺の方に、遠目にこちらを観察していた年長組が寄ってきて、すれ違いざまに「ガッカリだよ。」などと呟かれた。

 何か納得がいかん。




 まぁ、実は分かってはいるのだ。

 彼女がきっと、私に好意を抱いているのだろうことは。


 だが、今はまだその想いに応える訳にはいかない。

 でもいつか、彼女が待っていてくれるのならば。

 その想いに応えられる日が来るかもしれない。




 ―・―・―・―




 あれは、二十五歳の頃だったか。

 当時の俺は増長していた。

 今思い返せばそうとしか言えない。




 ある休日。

 俺はいつものように、孤児院やストリートチルドレンの元へと足を運んでいた。

 己が偽善を成す為に。

 そしてその日は、新しい区画のストリートチルドレンも救おうと、いつもは行かない区画へと訪れたのだ。


 子供たちの視線は冷たい。

 身なりが整っている大人が、自分の縄張りに何の用なのだと、目で訴えかけている。

 ストリートチルドレン達は、例えそれが何かを与えてくれる者であろうとも、外部の人間は信用しない。


 しかし、俺は元孤児である。

 孤児同士の繋がりは強い。

 そして人生の成功を成した俺が彼らに得た物を分け与えるのであれば、信用して貰えるのだ。

 その区画でも、いつもと同じように纏め役の子に話を通せば、きっと皆に受け入れて貰える。

 そう思っていた。




 初めてそいつを見た時、心の奥で疑問がうまれた。

 その区画のストリートチルドレンを纏める、年長の子供。

 そいつは、強い目で俺を見るのだ。

 睨むでもなく。媚びるでもなく。

 何故、孤児であるコイツがそんな目を出来るのかが、不思議で仕方なかった。


 俺が元孤児だと伝えると、他の区画の子供たちから話を聞いていたので俺の施しを受け入れると言ってくれた。


 だが、まとめ役の彼だけは、何かを与えようとしても頑なに受け取らなかった。

 食べ物や衣服も受け取らない。何か将来役立つことを教えようとしても、他の子に話してくれと逃げられてしまう。


 きっと、俺が来たせいでトップの座から降ろされた感じがして拗ねたのだろう。

 最初はそう思い、別の区画のまとめ役の子供がそうだったのもあって、余り疑問に思わなかった。




 だが彼は、別の区画で拗ねていた子供とは違った。

 拗ねた奴らは大抵、あいつを頼ればいいだろうと責任を放り出すか、自分に関心を引こうといつも以上に周囲に構ったりと、何らかのアクションを起こすのだ。

 しかし他の孤児から聞く限り、彼は俺が居ても居なくても、今までと変わらない生活をしていた。


 俺から何も受け取らず、教えも受けない。

 それでも一切ブレずに、仲間達の世話をしている。

 仲間たちが俺へと好意を向ける分だけ、彼への尊敬の念が薄れているだろうにも関わらず。

 彼は不満に思った様子も見せずに、いつも通り仲間の世話を焼き続ける。


 どうしても疑問が晴れなかった俺は、遂には直接彼に聞いていた。

 何故、俺と関わろうとしないのか、を。




 彼の話を聞いた時、俺は衝撃を受けた。


 彼は言った。



「俺が世話役になってるのは、俺がただ一番歳上だからだ。俺はバカだから、あんたの話を聞いても多分うまく生きてけない。だから、その分みんなに教えてやってほしいんだ。そうすれば、誰かがあんたみたいになって、ほかの皆を助けてくれると思う。俺は多分このスラムから出れないけど、そうした方が多分たくさん仲間が助かると思うから、そうしてほしい。」



 その言葉を聞いた時、俺は彼と初めて会った時の強い目が何なのかを理解した。


 彼は、覚悟したのだ。


 自分が得られる物を捨てて、仲間を救うことを選んだのだ。


 自分では役に立てないから。

 仲間が成功して、多くの仲間を救うために。

 自分が得られる物を全て譲る覚悟を決めていたのだ。




 そうだと悟った瞬間。俺は少年の前だと言うのに泣き崩れていた。

 俺はなんと愚かだったのかと。

 俺は今まで、何の覚悟もせずに生きていたのかと。


 自らの恵まれた才能で、人から物を奪って生きてきた。

 才能があったから生きてこれたことも忘れ、俺は自分が何かを失う覚悟もなく、人に与えることで悦に浸っていたのだと。


 何とも情けない話だ。

 この子が全てを投げ打って、仲間のために自分を犠牲にしているというのに。

 俺は一端の大人面をして、娯楽のように彼らに施しを与えていた。

 俺の浅ましさと彼の尊さ。

 それを理解した時、俺の中で何かが変わっていた。




 それから俺は変わった。

 やっていることに変わりはない。

 いつものように子ども達に物と知識を与え、彼らが少しでも生き延びられるようにと行動している。


 だが、向かうスラムの数が以前より格段に増えた。

 以前は時間を気にして、夕方には帰れるように行く場所を絞っていたが、今では休日の朝から夜遅くまで、子ども達の所へと出向いている。


 給料も自分のために使うことは殆どなくなった。

 俺も覚悟を決めたからだ。

 俺の全てを、仲間である孤児達のために尽くそうと。

 その決意を示すために、自分の財産は全て孤児のために使うと決めたのだ。


 俺と路上で寝ている子ども達の違いは、才能とチャンスという二つが有ったかどうかだけだった。

 彼らと俺は何も変わらない。

 俺はただ恵まれただけの孤児だったのだと、理解したのだ。


 だから俺は、元孤児ではなく今も孤児の一人として、仲間である彼らの支援を続ける。

 だって俺は、覚悟を決めたのだから。




 本当に立派な人間を見て、自身もそうで在りたいと望んだのだから。




 ―・―・―・―




 そう。俺は元孤児ではない。

 まだ、孤児の仲間なのだ。


 俺が幸せになる権利。孤児ではなくなる権利は、この世界から戦争で孤児になった子どもが居なくなった時に、初めて得ることが出来る。

 あの少年と出会った時に、そう決めたのだ。


 だから俺はその日まで、孤児の一人として仲間を支え続ける。

 偽善も善も関係ないのだ。

 俺はあの日、全てを仲間に捧げると決めたのだから。


 あの日見た、自らの破滅を覚悟して、仲間を助けると決めた少年。

 彼のようにあるために。

 二度と間違う事が無いように。

 俺は決めたのだから。




 だが、いつまでも彼女を待たせるのも、悪いとは思う。

 俺たち英雄は歳を取らないが、彼女はそうではないのだ。


 俺は仲間を支えるのを止めようとは思わない。

 だが今では、俺の仲間である別の俺が何人も居る。


 もし。

 もしも、全ての都市にある孤児院の数より、俺の人数が多くなったのなら。

 俺が一人ぐらい抜けても、問題が無くなったのなら。

 その時には、他の仲間と相談して、少しだけ先に幸せになろうかとも考えている。


 自分との約束を放棄するのは辛くはあるが、それは誰かの願いを犠牲にしてまで果たすべきものではないとも思うからだ。




 次の孤児院へと向かう途中で、行きつけの店に寄ってお菓子を買う。

 きっと次の孤児院でも、俺が来るのを今かと待ち構えている子ども達が居ることだろう。


 こうして仲間と楽しい一時を過ごし、いつか戦災孤児が居なくなる夢も果たせるかも知れない。

 更には、こんな俺でも将来の幸せについて考えられる。


 そんな暮らしをくれた神様には、本当に感謝の念が尽きない。



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