十四 衝撃がでけぇ!
ちと長くなりました……。
//ほんの少しだけ性的な描写があります
//苦手な方はご注意下さい
──ッ!?いやいや、いやいやいや!!ちょっと待て!?
俺はがばっ、と顔を起こした。
意識が飛んだのは、そこまで長い時間じゃなかったようだ。空の体勢は、さっきと変わっていなかった。
つまり、ええと、俺が空に抱き付いてたのは……夢でもなんでもなかったのか。てか、現在進行形や。
「どうした。大丈夫か?」
なんて、空は笑いながら普通に声を掛けてきた。
身体は少しだけ起こしたけど、離れたわけじゃないから、顔が近い。驚いて心臓がちょっと跳ねたぞ。
って、ん?んん?あれ、抱き付いてたけど、歯を立てて血を啜る、なんてとこは、夢だったのか。
そりゃそうか。まさか、アニメに出てくる吸血鬼さながらに、空の首筋に牙を立てるだなんてな──。
ふい、と空の顔から肩へ視線を逸らすと、赤い跡が付いていて。
震える指先で口元に触れると、ぬるりとした、やはり赤い、ナニカ、が、付いていて。
全身から血の気が引いて、かたかた、と震え出した。まるで、自分の身体が、自分の物じゃなくなったかのような感覚。
夢、じゃないのか?目覚めない、のか?
だって、こんなの、おかしいじゃないか。
「海」
優しげな声に、視界が元に戻った。
それで、目の前の光景が目に入っているのに、全く見えていなかったことに、気が付いた。
軋む、古く錆び付いた蝶番のように、空の顔へとゆっくりと視線を戻す。
さっきと違って、真剣な表情だ。
「大丈夫だ」
また引っ張られて、今度は、空の胸の中へ。
首元に顔が行ってたら、自分への嫌悪感で、突き飛ばして逃げていただろうな……。
「全部、話すから」
──お前は、お前は何か知っていたのか?
空は俺がこんなんになってるって、知っていたのかよ。
なんで、平静で居られるんだよ。おかしいだろ。
まさか原因って──
『何があっても、君が一番信頼している人を、信じていたら、大丈夫』
頭の中に、自称占い師の少女の言葉が蘇った。
……ま、ちょっとは信じてやってもいいか。
全身が冷えていたせいか、空の体温が暖かくて。
なんか、抱き締められたまま、落ち着いてしまった。
「全部話せ。もう、秘密はなしだぞ」
「ああ」
---
信じらんねー。
いや、信じるって決めたけど、信じらんねー。
だってさ、空の家って退魔師とか、陰陽師とか、そう言う家柄だとか。
俺の父さんも実はそういう家系だとか。
あの、よく分からん妖怪アプリは、一定の手順で操作すると、妖怪レーダー的な役割を果たすとか。
空が取り逃がした、妖怪、とやらに俺は性別を変えられたらしい、とかさ。
そうそう、信じられるわけないだろ?中二病は随分前に卒業にしたんだ。俺は。高二だからな。
でも空ってたまに冗談は言うけど
たまに考えてる事がよく分かんないけど
今回は重要な事を隠してたけど!
タチの悪い嘘は付かない。
だから、真剣な表情で話す、この事は、本当なんだろう。
「え、と、じゃあ、その妖怪?を倒すと、俺って元に戻ったりするわけ?」
「ん……ああ、その……どう、だろう……。
いや、秘密はなしだったな。可能性はほぼ、ない」
「そっか」
そっかー。戻らんのか。
「と言うのも、お前の母方の祖先に吸血鬼が居るみたいでな」
「お、おう?」
超展開。
マジか。俺の先祖様は吸血鬼だったのか。マジか。
「で、俺が追っていた、お前を女に変えたやつも、強力な力を持つ吸血鬼だった」
「はぁ」
生返事をしてしまう俺を許してくれ。
「先祖返り寸前で生まれてきたお前を、仲間に引き込む為──だと思う。相手の目的は想像でしかないが。
そいつが海の吸血鬼としての因子を無理矢理引き摺り出した。
お前のご先祖さんの吸血鬼は女性だったから、お前も女になった、と」
「えー、と、結構荒唐無稽な話だな……」
「まあ、そう思うよな。分かる」
そう言って苦笑する。
「つまり、完全に作り変えられているから、復元は難しい、と専門家が言っていた。
……悪い。俺が遅くなったばかりに、お前に迷惑を掛けた」
「いや、ちょっと待て」
俺が女に変えられた事と、空が吸血鬼を退治出来なかった事って、あまり関係はない。
そりゃ、そう言う目に遭う前に退治出来てりゃ良かったって理屈は分かるけどさ。
そもそも空に俺を守る義務なんて、ない。寧ろ、話を聞いている限り、空が駆け付けてくんなきゃ、そのまま連れ去られていたんじゃないか?
それは多分──恐ろしい未来だ。
だから、俺が言うべき言葉は
「ありがとう、空。守ってくれて」
だよな?
うん、ちょっと恥ずかしいけど、しっかりと笑顔で言えた筈だ。
でも、あれ。空が退治しようとしていたのは、吸血鬼。んで、俺も今は吸血鬼。
「なぁ、ところでさ、俺も退治されちゃうやつ?」
なわけもないか?
それだったらとっくに退治されてるよな?
「──あ、いや」
おや、空のやつ、少し呆けてたらしい。
話の最中に余所事を考えるとか、珍しいな。
何を考えてたんだろうか。
「海は大丈夫そうだから、退治とかはない」
「大丈夫じゃない事ってあんのか?」
「ああ……ええと、それは俺が今回、お前を挑発した事にも関係するんだが」
挑発されてたんか。
まぁ……うん、あれは確かに挑発だった。
「吸血鬼って、生きて行くのに人間の体液が必要になるんだが」
「体液?血液じゃなくて?」
「あー……ああー、まあ、血液だ」
……?なんだろう。引っかかる言い方だな。
「最初にその、溺れてしまうと、大体対象になった人間を──殺してしまう。
そうなると、もう戻ってこれない。人間を食料、としか見なくなるからな」
「え、と、そうすると、退治されるわけだ」
「そうなる。俺が側にいれば血に溺れさせる事はない、と思ってたんだが、限界が近そうだったからな。
衝動に任せて他人を襲うより、俺が引き受けた方が良いと判断した」
あー、確かに……他の人じゃなくて良かったかもしれない。だって、他人を襲って血を啜ったら、なぁ。
その辺も含めて空の機転に感謝だな……。
「退魔師協会にも色々あって、過去には怪異を根絶しようとしていた時代もあったみたいだけどな。
今は相互理解も進んでいて、犯罪……ってのもおかしいが、そういう輩以外は共存共栄すべし、ってな」
はー。なるほどなぁ。
「だから、ってわけじゃないが、俺の母さんも人間じゃない」
「はー、ぁええっ!?陽子さん!マジで!?」
ちょ、いや、ちょ。自分が吸血鬼とかってより、衝撃的かも。
えー。お前、サラッて出す情報じゃねーだろ。
「おお。狐の妖怪」
「狐の妖怪、狐、妖狐……陽子、って、安直過ぎねー?」
「あ、名前を揶揄われると母さんマジギレするから止めろよ。親父につけて貰って気に入ってるから」
お、おお。陽子さんが怒るところなんて見た事がないけど、なんかゾワっとした。
生存本能的なものが警鐘を鳴らしている気がする。絶対に、止めよう。
「で、言うかどうか迷っているんだが……」
「まだあるのかよ……」
正直もう頭が働かねーよ。
一生分、驚いた気がするわ。
「でも、今更隠し事はなしだぞ」
「だよな……。さっきの、吸血鬼が生きて行くのに体液が必要、って下りな」
あん?あれって言い間違えただけじゃないのか。
確かになんか、言い淀んでたが、体液……体液、ねぇ……って。まさか。
「察したか……?別に血液だけ、じゃないんだよ。魔力を多分に含む液体なら、全て。
唾液だけじゃ、まぁ、無理なんだが。具体的に言えば、血液と、精液に……愛液、だな」
お、おう。
確かに、そりゃ、言うかどうか悩むよな。
あ。普段は鉄面皮な空の頰が少し赤い。流石に恥ずかしかったか。俺も多分……や、間違いなく赤いが。
顔あちー。
しかし、体──いや、血液が、これからはずっと必要になんのか?
そんなん、どうすりゃいいんだよ。空ばっかに頼ったら、ダメ、だよな?
親に相談して、貰う?それはなんか嫌だし、引っ越すのも、やだな。
あ……これも嫌ではあるけど、輸血パック、とか?
「なぁ空、血って輸血パックでもいいのか?」
「輸血……いや、無理だな。魔力はすぐ霧散するから」
ちっ。……血液だけに。あ、今のなしな。
「魔力は俺が渡すから、海は心配するな」
「え、でも」
「自分じゃ分からないだろうが、お前が必要とする魔力量は多いんだ」
「そう……なのか」
「ああ、一般人からじゃ、複数人から血を貰わないといけないくらいにはな。
俺は普通の人より血液に含まれる魔力量が多いから、少量で済む」
うーん、難儀だな、吸血鬼……。
世の善良な吸血鬼さん達はどうしてんだろうか。
「ただ、海が嫌じゃなければ、な。嫌なら……協会に相談すれば、なんとかなるとは思うが」
「へ、あ、嫌じゃなくて」
と言うか、正直、さっきのが衝撃的過ぎて、あの、まぁ、うん。嬉しいんだが。
……てか、後でシャワー浴びてこなきゃな……。
「じゃあ、その、空が嫌じゃなければ、お願いしていいか?」
「勿論だ。寧ろ、他人を頼られる方が嫌だな」
それは──えーと、吸血鬼がいるなんて露見したら、騒ぎになるから、だよな?




