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トリップ  作者: ミナセ。
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トリップ ~兆し~

『トリップ~秘密~』

~序章~

あの時の事は忘れたい。そう決めたんだ。

だから、もう思い出さずにいたい。いや、いつかあの時の罪を、償わなければならないのかも、しれない。どこかでそれはわかっていた。ただ、目をそむけていただけなんだ。


~兆し~


くたくたに疲れて仕事が終わっての帰宅。時刻は夜11時。だいたい平日の帰宅時間なんてこんなもの。こき使われるだけ働かされて、給料は低い。そんなものだ。毎日のただ、単調な繰り返しに飽きていたのかもしれない。いや、何かを隠すためにただ、単調な日々に埋もれたかっただけなのかも知れない。


「お前はいつかまた荒波の中に飛び出すよ」


学生時代の友達がよく言ってくれるセリフ。買いかぶりだ。そういつも言っていた。言い聞かせていたのかも知れない。だが、確かに刺激はない日々だ。でも、もう二度とあんなスリルなんて味わいたくない。だから、そこそこの会社で馬車馬のように働かされて、それで納得していた。それにこの不景気だ。どこかにいい会社があるなんて思えもしない。そこそこの会社が一番安全なのかも知れない。不満なんていったら解雇されてしまうかも知れない。いや、先に給与カットかもしれない。そうやってじわじわ自己都合退職に持っていく。そういう時代なんだ。暗くなる思考のループ。いや、そう思うことで何かを閉じ込めているだけなのかも知れない。

ふと部屋を見る。最低限何もないただの1K。狭くて何が作れるのかよくわからないミニキッチンに、なかなかあったまらない電気コンロ。下には小さすぎるミニ冷蔵庫。

居住スペースと名づけているエリアには引きっぱなしの布団に、テーブル。そして、テレビ。唯一あって助かっているのがパソコンだ。もう型も古い。電源を入れると中に小動物でもいるのかカリカリと鳴り続けてくれる。いつかは音も立てずに壊れ行くだけなのかも知れない。ま、使っている人間が壊れかけているんだ。不思議なことは何もないだろう。私は少し自傷気味に笑った。ミニキッチンの近くにおいてある、居酒屋の飲み放題のときにくすねた焼酎のボトルをあける。酒代もバカにならない。生ぬるい水道水で割って、生ぬるく出来上がった水割りを飲んでいた。

そして、パソコンに電源を入れる。カリカリと変な音とともに時間がかかってからパソコンが立ち上がる。そう唯一の日課になっているブログをするためだ。

こんな時間まで働いているが、自分の時間も必要だ。自分の時間。もしなくなったら、私はただ会社に働かされているだけのロボットなのかも知れない。黒い画面だけを延々と写すかのようなモニターにようやくデスクトップの画面が写ってくる。壁紙は水の中から見た星空のようなもの。どうしてかこの画像を選んでしまった。多分まだ『アレ』を忘れられないのかも知れない。忘れるなんてできっこないんだから。私はクスリと笑ってみた。モニターを眺めてみる。

砂時計がずっと出ている。私はもう一杯どろりと生ぬるい水割りを作るため、ミニキッチンへ向かった。

その時携帯が鳴った。普段はマナーモードにしているが、家にいる時は解除している。特段メールや電話が来ることなどもうない。そう、あの時とは違うからだ。

何の曲かわからない。携帯に入っていた曲を選んだ。なんだか心臓に悪いくらいテンポの速い曲だ。

携帯を見る。メールが届いていた。差出人は伊藤 中。物心ついたときから一緒にいた。小学校も、中学校も高校も、そして大学も。一緒だ。大学ではサークル、いや、『アレ』をサークルと呼んでいいものかわからないが、サークルも一緒だった。大学時代。もうすでに卒業して3年になる。大学を卒業してからも『あたる』だけは何回か会ったり、メールもしている。言うならば親友だ。一体何の用だろう。私は携帯に来たメールを見た。

メールにはこう書かれていた。

「今日、手紙が来た。サークルの同窓会をしようって。差出人は『綾瀬 ひかる』なにかの間違いかな?陸のところには手紙来ている?」

メールの内容を見て心臓が止まりそうになった。

『綾瀬 ひかる』

私たち、いや、私の中では彼女は特別な存在だ。忘れることなんて出来るはずがない。どこで何をしているのかすらわからなかったからだ。それに私には気がついたときにはもう『別れ』しかなかったのだから。何も伝えられなかった。何も出来なかった。会って、話したい。いや、今更何を話すというのだ。私は呆けている自分。固まっている自分がよく解った。

だが、手紙がきているとしたらどこへだ。私は大学時代のときは実家だったが、今は一人暮らしをしている。その方が、気が楽だからだ。いや、あそこには私の居場所なんてはじめからなかったのかも知れない。それに、実家だと、こんなに遅くまで安月給で働かされている事に対して何かを言ってくるに違いない。いや、無関心だから何も言ってこないかも知れない。私なんていてもいなくても関係ないのかも知れないから。いや、むしろ居ない方が家族にとってはいいはずだ。他人の家よりも居心地が悪いだけの空間なのだから。私にとっては。どうでもいい話しだ。それに、私は給料なんかで仕事は選んでいない。仕事の内容も別にこだわりもない。いや、この不景気だ。選ぶなんていっているのもおかしいのかも知れない。ただ、平和に日々をすごしたい。そう、もう今の状態を、無気力で、普通でいいんだ。惰性でこの世界を眺めるように、ひっそりと傍観者でただいたい。それが一番幸せなんだ。そう、思うことに決めたんだ。いや、心の中では違うことを思っているのかも知れない。だが、そんな深層心理など私にとってはある意味どうでもいいことなのかも知れない。普通が一番いいことだ。あたるに言わせれば、波乱に向けての準備だろうって言ってくるに違いない。しがない会社のサラリーマン。それ以上も、それ以下もない。それが実態だ。

思考がいつも定まらない。私はいつの間にか飲み干していたどろりと生ぬるい水割りではなく、水道水だけをコップにいれて飲み干した。綾瀬から手紙が来ているのならば、もし本当に綾瀬から手紙が来ているのなら気になる。いや、今すぐにでも見たい。久しぶりに実家に連絡をしてみるか。私は母親にメールをした。

「俺宛に手紙届いていないか?届いていたら送って欲しい。 陸」

夜の11時だが、母親はおきているだろう。そういう家だ。別に不思議は無い。すぐに返事が来た。誰の曲かよく解らないいきなり大きな音が鳴る。すぐに開封した。

「綾瀬って人から手紙が来てたよ。 今日送ったから、明日には届くと思う。 連絡遅れてゴメン 母」

確かに手紙は来ていたらしい。だが、どうして綾瀬から。どうして今なんだ。どうして『アノ』時じゃなくて。疑問だけが頭に残る。私は心のどこかで嬉しかった。だが、どこかで知りたくない恐怖を感じていた。生ぬるい水道水を一気に流し込む。とりあえず、あたるに返事を書いておこう。

「今、実家じゃないんだ。明日手紙が届くらしい。それで、いつ同窓会をするって書いてあるんだ?」

携帯に返事を打ちながら、私はネットにつないで、自分のブログの管理画面を開いた。思考が定まらない時は日常に決めたレールを走るのが一番だ。私はそう思っている。

私の書いているブログ。私には訪問数なんて関係ない。そういうところに興味はもてない。

このブログは取り留めの無い事を書いているものではない。このブログは学生時代のサークルの事をただ書いているだけ。

そう、あたかも実際今起きているかのように書いている。

まだ、事実のままだ。そう、あの時私が選んだ選択は正しかったのかどうか。それが知りたい。それも、何の背景も知らない、他人だからこそ言えることもあるだろうから。ほら、あんまり関係のない人だからあえて本音が言えるという感覚みたいなものだ。私はひょっとしら誰かに裁いて欲しいのかも知れない。いや、ただ単に誰かに許して欲しいだけなのかも知れない。私は何かを求めている。ただ、自分の中にもその答えは見つけ出せていないだけ。誰かに導いて欲しいのかも知れない。それは逃げているだけなのかも知れない。誰かに現実を目の前に突きつけてもらわないと現実が見られなくなっている。そうのなのかも知れない。目的があやふやな状態。

だからこそ、訪問数より、掲示板やコメントだけが気になる。今のところ書き込みをしてくれている人もまだいる。

どうやら見捨てられたわけじゃない。それだけは解る。

だが、よくもこんなサイトに毎日書き込みをしてくれるものだ。我ながら不思議に思う。

それとも、いまだにこんな事に興味を持つ人が多いというのだろうか?いや、こんな今だから興味を持つ人が多いのだろうか?こんな希望も持ちにくい世の中だから。掲示板を読んでいると携帯が震えた。

あたるからだ。次はメールではなく、電話がかかってきた。そういえば、あの時も電話がかかってきたな。気がついたら私の思考はどこかにトリップしていた。あの時に。



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