トリップ ~エンジェルミスト~
~回想 エンジェルミスト~
「陸.一体何が起こったの?」
学生時代、私が立ち上げたサークルはトリップサークル。別に旅行に行くわけじゃない。
とある映画で見た
『薬品を血液中に注入後、心停止させてその間にしか見られない連続した夢』
を実現する事をサークルとした。
実際0.001mgの精錬した薬品の注入で約1分の心停止を起こす。その間いわば、生と死の『ハザマ』にいるわけだ。ある意味死後の世界を垣間見ているのかもしれない。生きることはつらいけれど、けれど、死ぬ勇気も生き続ける勇気も持てない。それが学生時代の私だったのかもしれない。だからこそ、何かに逃げたかった。そんな時に一つの映画に出会った。そして、この薬品が実際、大学の研究室においてある薬品で精錬出来る事を知った。そのために、薬学部にまで進学したのだ。
精錬されたものは、誰にも作られたくなかった。だから、サークル内でも私しか作成をしないし、出来ないように、名称も考えた。
名前は「エンジェルミスト」天使に会えるんだ。私はそう思って自分にまずは注入した。ただ、一人では怖かった。そのため、子供の時から知っている『伊藤 中』に見守って貰った。注射器を煮沸して、生理食塩水とともに左手に自分で注射した。世界が少し遠のいていき、耳に聞こえる音もどんどん遠くから聞こえるような音に変わっていった。そして、目の前の世界がぐにゃりと曲がった。
1分間で私が見たもの。
それは黄金色の世界に草原。どこかで見たことがあり、でも、どこでもない存在。そして、暖かな光。誰かが私を呼んでいる。そして、存在すらわからないけれど、確かに解ることがある。『ここにいてもいいんだ』って事が。優しく、暖かく、幸せな瞬間。激しいわけじゃない。穏やかで、涙しそうな気分。いつまでもこの場所にいたい。ああ、もう少しであの光に近づける。あの光の中心に私が求めているものがあるんだ。本能でそれだけは解る。もう少し、光に近く、もう少し、もう少し、手を伸ばしているはずなのに、どうしてか動いてくれない。いや、どんどん強制的に強制的に光から離れていっているのが解る。水面のように膜が張った世界に何かが見える。知っている世界だ。そう気がついたら私は現実に戻されていた。
戻された時、過呼吸みたく息が荒くなっていた。まるで、プールで潜水をギリギリまでして、息をしたみたいになっていた。
「ぜはぁ、ぜはぁ」
だが、その苦しみよりも、1分間だけの世界に安らぎを感じていた。こんな居心地の悪い世界とは違って、騒がしくなく、空気も優しい。否定もされない。無条件に『ここ』にいていいという証だけは感じられた。そう、それだけ。
私はあたるに話した。あたるも同じように、今を生きたがっていない。いや、私なんかよりもっと辛い環境で「今」を生き抜いている。過去を知った時、私はあたるになんていっていいか解らなかった。そして、あたるは私とは違う世界を見た。
1分後。あたるはこういった。
「ねえ、陸。一体何だったの。あの世界は」
そう、この瞬間がサークル「エンジェルミスト」の立上げだった。この頃から私の携帯番号は広く知れ渡った。人づてに、人づてに。私もまたそれを受け入れていた。電話が鳴る。次は誰の紹介だ?
私は見慣れた携帯番号と名前を見ていた。ああ、ここは私がいてはいけない場所なんだ。私を連れ戻しにきている現実の足音だけが聞こえてきた。ひたひたと、ひたひたと。
~現実 電話~
鳴り続いている携帯の音で現実に呼び戻される。集中力が低下しているのか、一度スイッチが入るとどうしても瞑想を、いや、過去の自分にどこかに連れて行かれそうになる。あの時が波乱過ぎたから。いや、あの時がおかしすぎたんだ。私は今だからこそそう思える。変化もなにもないループする毎日。その繰り返しこそが幸せなのだと。だが、過去を忘れたくはない。誰かが私に言っていた記憶がある。思い出せないが、確かに言っていた。過去のトラウマと戦うには、辛かったことを、繰り返し思い出す。気が狂いそうになるけれど、その繰り返しを続けることで、慣れて来るそうだ。いまいち私には解らない。
ただ、この過去だけは何があっても忘れない。いや、色褪せることなく覚えていたい。
だからこそブログという形で記録として残したかったのかも知れない。
色んな理由をつけてみる。ただ、逃げているだけの自分をどこかに隠しているだけなのかもしれない。自分のブログを見ていればこそどんどん過去に連れ去られそうだ。だが、悲しいけれど醒めない夢は見続けられない。いつかは現実に連れ戻されるのだから。『エンジェルミスト』でさえ永遠に私を連れ去ってくれなかったんだから。あの、強制的に現実に連れ戻される感覚。呼吸が苦しくて辛くてどうしようもない感覚。でも、逃げるということにはひょっとしたら代償がつき物なのかもしれない。私は瞑想を繰り返していた。
ただ、手に持っている携帯だけがかろうじて現実という世界に私を繋ぎとめていた。携帯の画面を見た。着信回数が三回になっていた。全てあたるからだった。私は四回目の着信で電話に出た。
「もしもし、陸です」
あたるは酔っていた。話がまとまらなかったので明日、手紙が届いたら連絡する事を伝えた。でも、今更になってどうして『綾瀬』から手紙が来るんだ。
私はパソコンの掲示板に書かれている内容を見ていた。
「こわくなかったの?」
「ドラッグとどう違うの?」
「これってホントの話し」
「簡単に作れる薬なの。作り方が知りたいよ~」
他愛もない事ばかり書かれている。他人事だから気楽なのだ。当事者ならこうは行かない。対岸の火事は見ていられるけれど、燃え上がっている当事者は大変なだけだ。燃えるような恋がしたいという少女がいるけれど、本当に燃え上がっている人はどうにかして消したくて、消せなくて大変なのだから。私は、掲示板の書き込みに返信をしながら綾瀬が「エンジェルミスト」に来た時を思い出した。




