21.カップをくれたのは・・・
フローリングと陶器のぶつかる鈍い音と共に、やや重みのあったマグカップは砕けた。
飛び散る欠片のいくつかが足にあたったのを感じた。今日は本当に厄日だ。
足元には陶器の欠片が広がっている、片付けなければと座り込んだものの、一つも拾い上げられないまま、飛び散ったカップの残骸をただながめた。
体がひどく重い。クロは飛び散ったカップのそばで下を向いて、時折顔を上げては慌てて下を向き直していた。とりあえずケガはなさそうだった。
大切な物を壊した張本人だが、猫が相手では怒る気にもなれない。唯々頭の中で何度もなんで今日なのかと繰り返していた。
―――「いいな、逸加ちゃんは悩みなさそう。」
それはいつものように小さなことに考え込む美冬の姿を眺めていた時に、何気なくかけられた言葉。
確かに私は、そんなに悩みを持っているような人間じゃない、その言葉は間違ってはいないけど・・・、けれど私だって私なりに日々を生きているわけで、いちいちムキになって反論するようなことじゃないと思うししないけど、なんだか喉に刺さった小骨のように引っかかってじくじくと痛んでいた。
これも・・・厄日だから?
自分の腕が重く、どこか遠く感じる、ひどく緩慢な動作で、その腕が欠片の中から、取っ手の部分を拾い上げた。青々とした大きな葉が弧を描いたような形の取っ手は、支える相手をなくして欠けた白い陶器の断面をさらしている。
まだマグカップの形をしていた時のように取っ手を握り込んでみる。マグカップは誕生日プレゼントだった。いつも私がもらう物と言えば、シンプルな筆記具や食べ物、色はグリーン、ブルーやブラックと決まっていた。しかし出てきた美冬からのプレゼントが可愛らしいマグカップで面食らったのを覚えている。
「私には可愛すぎない?」
ピンクの似合う美冬が持っていた方がカップも喜びそうだと普通に思った。
「だって可愛いもの好きでしょ?」
そう答える美冬の顔には嘘も嫌味も無く、むしろなぜそんな事を聞くのかと、不思議そうですらあった。
似合うかどうかやその人らしさの前に、何が好きかを考えてくれた美冬。お礼を言った私に、良かったと言ってふわりと笑った顔を見て、憧れた、自分もこんな風になりたいと。
気が付くと頬にひとしずくの涙が伝っていた。鼻の奥がつんとして浮くような違和感が広がる。大切とはいえ、たかがカップ一つに泣く自分に驚き、ぬぐおうと頬に手をあてたが、最初のひとしずくで蓋が外れたように止まらなくなってしまった。




