22.届かなくても
にじむ視界の中で、クロの視線を感じて弁解するようにつぶやいた。
「・・・今日は、厄日・・・だから。そのせいだよ」
その言葉は、どちらかと言えば自分に言い聞かせているような気がした。
家の中は静まり返り、鼻をすする自分の声が嫌になるほど良く聞こえる、外からは近くで遊んでいるらしい子どもの笑い声がかすかに聞こえた。
いつまでも視界の端に映るクロに、泣き顔をこれ以上見られるのが嫌で、遠ざけようと片腕を無造作に伸ばした。なでる振りでもすれば、クロは逃げていくだろうと思っていた、しかしクロは全く動こうとしなかった。
「・・・・?」
クロは逃げること無くじっとしている、指先はあと2.3cmのところに迫っているのに瞬きもしない。足をきちんとそろえて少しでも動くまいとじっとしている。
「・・・・クロ?」
不思議に思って腕を下ろすと、クロはむしろ自分から近づいてきた。座り込む私の目の前に座り、前足をこちらに伸ばす、顔に向かって前足を伸ばす姿はまるで私の涙を拭おうとでもしているみたいだ。しかし、座っているとはいえ、私とクロとでは座高が明らかに違う、膝の上ならまだしも床に座るクロに私の顔が届くはずもない、クロは前足を伸ばすことをやめ、届かなかった自らの前足を見つめて下を向いた。
一応クロなりに慰めにきたのだろうが、何かに傷ついたようなその姿に、なんだかこっちが慰めたくなってくる。
ふと手元に目をやると、もう片方の手には、カップの取っ手が握られたままだった。取っ手が、開いた手の上でころりと転がる。
そして私は、何を思ったのかもう一度腕を伸ばし、クロの頭の上に取っ手を乗せた。
葉の形をした陶器の欠片が、黒く小さな額にちょこんと乗っかる。頭に葉っぱをのっけたその姿はかなり可愛い。
「・・・・・。」
さすがにクロは欠片を振り落として逃げた。
逃げていく後ろ姿に、どこか安心し、頬に涙を伝わせたまま笑ってしまった。
手の届かないところまで逃げ、恨めしげに振り返ったクロは更に笑いを誘った。




