英雄達の願いと零夏の決意
後書きに大事なお知らせがあります。
どんな状況であっても、けじめは付けなければならない。
アジト格納庫とアナスタシア号に積んであった小型級飛宙船を10隻ほどかき集め、連結させてアジト近くの海上空中に足場を作る。
船の荷台に整列した船員達。俺とリデアは彼等の前に立ち、並んだ棺と向かい合う。
「―――その魂は気高く戦い抜き、我等に道を示した。新たな天使達に感謝を捧ぐ」
小難しい儀式の段取りはリデア任せだ。俺はこの世界の葬式についての知識はない。
「これより、彼等の肉体を清め、大地の娘であるセルファークの元へと送り届ける」
朗々と典礼を述べるリデア。本来は俺の役割だそうだが、ミスがあってはならないので補佐に徹することになった。
死者への弔いに非礼は許されない、というのもあるが、この儀式をしっかりと行わなければ遺体が魔物化してしまうらしい。だからこその、リデアの喪主と神官の兼任である。
「棺を前へ」
俺は遺体の収まった棺を押し、船の縁へと進める。
足元にはリデアの描いた魔法陣。教国で指導を受けた神官しか使えない魔法だそうだが、彼女の器用さにはいつも驚かされる。
「バトルオ・ブーリテン」
光を帯びた魔法の上を滑り、棺は海へと落ちていく。
相応の大きな水飛沫が上がるが、浮遊している船までは届かない。
この世界では土葬と水葬が主流だが、この島は地下施設のせいで表層の土に深い穴を掘れない。故の水葬であった。
魔物化を防ぐ為には儀式を施した状態ですぐに埋めるか沈めるかしなければならない。手持ちの大型船が動かせない今、複数の小型船を連結させ面積を確保するのは苦肉の策だ。
「ノル・マンディ」
名前が呼ばれる度、俺は棺を押す。
彼等の遺体は故郷に戻ることはない。遺品と遺髪すら、ツヴェー渓谷に戻る保証はない。
「イオン・ジーマ」
不思議と俺の心は平静だった。
悲しくないはずがない。なのに、俺は作業のように棺を運んでいる。
葬式が惜別の別れだとしても、魔法学が魂の存在を立証していたとしても。
目の前の木箱に、彼等は本当に眠っているのだろうか。
「ミッド・ウェイ」
なるほど、棺とは偉大な大発明だ。遺体は存在するのに現実感はない、まるで夢の中。
このまま、彼等の顔を見ずに海に投げ捨ててしまえばいい。正者に死者は生々しすぎる。
「ハル・ノメザメ」
……実をいえば、彼等の遺体とは対面している。それが俺の義務だと思ったから。
自分でも戸惑うほど取り乱してしまった。そして、なぜかナスチヤの最期を思い出した。
「バルジーノ・タカイ」
これでは、駄目だ。
もう知っているはずだ、死者の弔い方を。死者の想い方を。
俺は霊安室に酒を持ち込み、一人で散々騒いだ。沢山笑ってやった。
前向きに生きる―――それが死者への礼儀、そんな陳腐な言葉にすがるしか生者には出来ないのだから。
「マーケット・ガーデン」
ふとローター音に気付き見上げれば、セルフがFw 61の機体に横乗りして空の上から見つめている。
その神妙な面持ちが、なんとなく悲しそうにも、寂しそうにも見えたのが印象的だった。
昨日、自室で泣きべそかいていたセルフ。
彼女は神の宝杖、その使用コマンドが送信されたと俺に告げた。
「ソフィーが、神の宝杖を使用したっていうのか」
いや、彼女の指示と判断するのは早計か。正直俺はヨーゼフが死んだなどとは思っていない。
「使用されるのはこれから!これから動きだすの!」
神の宝杖は照準を定めるのに数日から一ヶ月近い時間を必要とする。オペレーターが指令コマンドを発信してから、実際に撃たれるまでに時間差があるのだ。
「電波は解析されているのか?」
神の杖はアメリカの兵器、その発展型である神の宝杖だってやはりそのはずだ。
電波は高度な暗号化が成されており、簡単に解析出来ようはずもない。
しかし、その辺はやはりセルフ。
「あんなのパズルでしょ。とっくの昔に解読してるよ!」
「世界中の数学者が泣くぞ」
コンピューターの演算能力と人間の柔軟な発想を併せ持つ彼女は、最高の数学者なのかもしれない。
「神の宝杖の攻撃目標は、帝国の首都フュンフ。世界でも有数の人口密集地」
首都、か。
かつて共和国の首都ドリットに神の宝杖が撃ち込まれたことがあった。正しくは海上とはいえ、相応の死傷者は出たのだ。
「人里に撃たれるのは初めてではない、どうして今回は慌ててるんだ」
セルフは結構人を見殺しにしているのだ。今更慌てふためいているのは違和感がある。
「昔、大陸横断レースで撃たれた時とは違う。そりゃあ、ちょっとくらい人が死んでも見逃してきたよ?それも人の営みの一部だし。でも、今回は『最大出力』で撃たれるように指令が飛んだ」
「……それって、やばいのか?」
そういえば、今まで見てきた神の宝杖による攻撃は威力がまちまちだった。ピンポイントで施設を破壊することもあれば、町一つを吹き飛ばしかねない威力の時もあった。
制限なしの最大出力、どれほどだというのか。
「文字通り、フュンフが消し飛ぶ。こんなに死んだらいけない!」
帝都の人口は確か500万人以上。多すぎてピンと来ないも、一大事であることは理解した。
「今まではどうしてたんだ。ずっと制御モジュールは人の手にあったんだ、今回が初めての凶行じゃないだろ」
1000年も歴史があれば、良からぬことを考える奴がいないはずがない。
「勿論直接出向いてモジュールを没収、停止コマンドを送信してた。でも今回は先手を打たれたみたい」
「どういうことだ」
神相手にどう先手を打つというのか。
「制御モジュール、ヘヴンズドアから神の領域に持ち出されちゃった」
「―――統一国家が教国を落としたのは、これが理由だったのか!?」
セルファークから唯一神の領域、外の世界に出入り出来る扉。それがヘヴンズドアだ。
神の領域はその呼び名とは裏腹に、セルフの力が及ばない地域。魔法とは無関係に独立して稼働する制御モジュールは持ち出しさえすれば、何者にも手を出せなくなる。
「だから、レーカにお願いがあるの」
「セルファークの外まで出向いて、制御モジュールを奪取しろっていうのか」
テラフォーミングが完了しているとはいえ、あちらは未知の領域。簡単に行ける場所ではない。
なにより、神の領域へと繰り出すには統一国家……解放領域共栄圏連合王国に占拠されたエリアを通過して、ヘヴンズドアを強行突破せねばならないのだ。着の身着のままならばともかく、探索用の装備を整えた上で。
あまりに無謀。しかし、セルフの要求はまた違うらしい。
「うんん、制御モジュールはいいよ。具体的な場所も判らないし」
「じゃあどうしろと、あ、そうだ」
かつて地球では無人機に偽装電波を受信させ、別の国に着陸させてしまう事件があった。敵国に最新技術の塊が無傷で拿捕されるという、地味だが軍事的にはかなりの大不祥事だ。
それと同じことが出来ないだろうか。
「電波を偽装して、偽の指令を出せば?」
暗号は解析済みなんだし、不可能ではないはず。
「モジュールを確保されている以上、停止コマンドをキャンセルされて終わりだよ」
「じゃあどうしろって言うんだ」
もう手出ししようがない。
「フュンフから人を避難させるのは?」
「砲撃誤差修正まで二週間だって。交通の整備された日本ならともかく、魔物のいるこの世界では500万人の避難は到底間に合わないよ」
更にいえばリデアのツテが今、帝国にどの程度通用するか。情報を支配しているのは間違いなくあちらなのだ。
「……本当に、統一国家はなにをしたいんだか」
二週間か。14日間で、どうしろっていうんだ。
「もうこうなったら、止める方法は一つしかない」
「何か案があるのか?」
良かった、セルフも無策で相談してきたわけではないのだ。
「レーカ。宇宙まで行って、神の宝杖本体を破壊してきて」
……無茶を仰る。
時間軸は現在へと戻る。
合同葬儀が終わり、俺は一人になれる場所を求めアジト内を歩いた。
セルフに「宇宙行け」なんて無茶ぶりをされたものの、その手段など欠片も思い付かない。頭を冷静にしたかったのだ。
そして辿り着いたのはスポーツ用コートの並ぶレクリエーションルーム。この島を用意したナスチヤは大人数が住まうことも想定していたのか、沢山の個室のみならず運動場なども完備していたのだ。
ただし、カバティのコートだけは自作。頑張って白線を引いた。
いつもは歓声や掛け声が鳴ることもないカバティのコートも、今は物悲しく沈黙している 。
観客席の長椅子に腰を下ろし、改めて今回の戦いを思い返す。
ゼェーレスト村の建物はほぼ倒壊し、そうでないものもいずれ朽ちるであろう。
村はもう駄目だ。再建するにも、何かしらの補助が必要。
そも、今現在の村は統一国家……解放領域共栄圏連合王国に確保されている。復興など望めようがない。
住人達は緊急避難した人々も含め、全て帝国首都近くの開拓地に移住することとなるはずだ。元よりその前提だったし、一般人である彼等を解放領域共栄圏連合王国も邪険には扱わないであろう。
雑貨屋のおじさんも、時計台のレオさんももういない。お別れの挨拶も、巻き込んでしまったことの謝罪も出来なかった。
子供達の声は、もう聞けない。
船も死者が出た。たった百人しか乗ってない船だ、当然顔見知りだった。
皆覚悟はしていたはずだ。それでも、どこか動揺しているように思える。
ガイルと統一国家を纏めて相手にしたのだ。被害は驚くほど軽微、そのはずなのだが。
イリアは確保したものの、ゼェーレスト村は壊滅。魔法陣も統一国家に奪取され。
手持ちの機体もほぼ全て修理中。大破認定を受け修理不可な機体も多い。
そして、なにより―――死者、多数。
……ファルネの妙な言葉遣いも、もう聞けない。
「勝ったのかな、俺達って」
否、作戦成功の是非は損害数ではなく目標達成の有無で判断される。どれだけ味方が死のうと、目標さえ達成すれば勝利なのだ。
そういう意味ではイリアを確保している以上、半分は勝ったのかもしれない。しかし、それを誇る気には到底なれなかった。
「ここにいたのかね?皆忙しそうに働いているというのに、呑気なことだ」
「ん、キザ男か」
「マンフレートだ。いや、君に名前を呼ばれても嬉しくないな。閣下と呼びたまえ」
「アホか」
なぜか俺の隣に座るキザ男。
「……なんだ」
「別に。僕もここに来たかっただけだ」
「じゃあ横来るなよ。どっか行け、俺は忙しいんだ」
しっし、と手で払う動作をするも、キザ男は動かない。
「一つ訊かせたまえ」
「ソフィーとはヤってないぞ」
「そうなのか!」
あからさまに安堵するキザ男。
「俺とソフィーがどんな関係でも、お前には関係ないだろ」
「君も最早無関係だな、捨てられ男」
こいつは喧嘩を売りに来たのか。
「お前はお姫様を追いかけなくていいのか?捨てられ騎士」
「ぐっ」
ソフィーの騎士を自認する(そして他認はされていない)キザ男にはキツかろう、けっけっけ。
「ふん、僕の任務は終わったのさ」
「……どうした、妙に物分かりじゃないか」
いつもなら「違う!これはきっと、彼女が僕に与えた試練なのだよ!」とか騒いで自己完結するのに。気色が悪い。
「元より僕は彼女が女王になるまで、彼の御身を守れと父上に命じられたのだ。予想外の形だがソフィアージュ様は両親の望み通り然るべき地位に収まった、それだけのことなのだよ」
「……待て、それはどういう意味だ」
こいつ、なんと言った?
「両親の望み通り、って……まるでガイルとナスチヤが、ソフィーの戴冠を望んでいたような言い方だ」
キザ男は数瞬息を止め、俺を見つめた。
「もしかして―――何も聞いていないのかね」
「……なにがだよ」
感情が乗りそうになる声を意図的に抑え、あくまで冷静に訊ねる。
「大戦終結時より水面下で進んでいた計画を。二分した世界を掌握し、統一国家を樹立するというアナスタシア様のプランだよ」
頭を殴られたような気がした。
「な、ナスチヤの計画とやらに、なんで統一国家が噛んでるんだよ。おかしいだろ、ナスチヤは統一国家に殺されたんだぞ」
「僕も詳しくは知らないさ。そも、父上曰く統一国家―――紅蓮の騎士団を創立したのは、アナスタシア様だったと聞いている」
言葉がなかった。脳が理解を拒んだ。
ナスチヤが紅蓮の騎士団を創設した?あのイカれたテロリスト達を?
「ちょっと、っ待て、落ち着け」
「落ち着く必要があるのは君だろう」
「そうだったとして、どこまでだ?どこまでナスチヤがやったんだ?いや、そうじゃなくて」
なんでナスチヤが紅蓮の騎士団を用意したって前提なんだ、俺の馬鹿。
「信憑性は。お前の親父の言葉にどれだけ信憑性が、ああ、あの人か……?」
リヒトホーフェン家は歴代、帝国王家を様々な方面から支えてきた貴族だそうだ。
俺自身、ソフィーとリヒトフォーフェン伯爵の奇妙な関係を目の当たりにしている。一笑に付すことは出来なかった。
「お前の親父に訊いてくる!」
「平時ならともかく今はやめたまえ。皆が迷惑する」
キザ男に常識的に窘められると、自身が道化になったみたいでかえって冷静になる。
「考えを纏める為に一人になったのに、頭痛の種が増えたぞ」
しかし俺の妙にいい記憶力は、ソフィーと伯爵の会話をしっかりと覚えている。
『お姫様は、いつまでもお姫様ではいられないのです』
リヒトフォーフェン伯爵は、かつて帝国城でそうソフィーに諭した。
思えば、『そういうこと』だったのだ。
「信じ、られるかっ!」
「な、おい、待ちたまえ!」
スポーツコートの観客席から駆け出し、俺は彼女を探しにいった。
ソフィーと最も近しい同性、それは当然マリアだ。
メイド長を勤めるマリアは仕事場が安定せず、常に様々な場所を移動している。それでも大抵はソフィーの近くに控えていたが、今はどこにいるのか。
食堂に駆け込み、名を呼ぶ。
「マリア!どこにいる!」
「どうしたの?」
「うおっ、びっくりした」
背後にいた。
あっさり見付かったな、もう少し難儀すると予想していたのに。
「話があるんだ、ちょっと時間をくれ」
「う、うん。わかった。……お前達、後は任せるわ」
『了解致しましたメイド長!』
厨房に詰めていたメイド達が元気よく返事をする。
俺はマリアの手を引き、食堂端の席へと腰を下ろした。
「どうしたの?」
どこか心配そうに問うてくるマリア。
「実は、さっきキザ男と話したんだが―――」
「―――そう、やっぱりそうだったのね」
どこか得心した様子のマリアに、俺の心境は複雑であった。
「マリアは知ってたのか、ナスチヤの計画とやらを」
「ええ。お母さんからは、それを込みで指導されたわ」
キャサリンさんも、この件に噛んでいたか。
「おかしいと疑問に思わなかったの?」
「というと?」
「娘に平穏に生きてほしいのなら、なぜソフィーは帝王学や経済学をあそこまで叩き込まれてたのかって」
……確かにそうかもしれない。
ソフィーの知識は人の上に立つ為のものだった。シルバースティールの活動でも大いに役立ったが、単に事務系の仕事に就職しやすいから、なんて理由では説明しにくい。
礼儀作法に関しても、村娘として一生を過ごすはずなら必要最低限心得ていさえすれば良かった。あそこまで徹底する必要はない。
「私はソフィーに普通の女の子でいてほしかった。本人の為でもあるけれど、ソフィーが戴冠すれば私は女王付きのメイドとしてソフィアージュ様と会話も録に出来ない立場になる。目の前に妹みたいな子がいるのに、笑いかけることも出来なくなるなんて嫌だった」
私情を捨て、ただの道具としてのメイドに徹せねばならない、か。
キャサリンさんも娘に酷な立場を与えたものだ。
「もし女王としてのソフィアージュ様が命じれば、私はきっとそれに従う。感情より先に動いてしまう、お母さんから教えられたのはそういう在り方だったから」
悲しげに断言するマリア。
それでもソフィーと共に居続けたことこそ、マリアが彼女を思っている証拠なのだろう。
ソフィーと友達であり続けたいのなら、俺達とは別の生き方をすれば良かったのだから。
不意に―――キャサリンさんの、とある言葉を思い出す。
ガンブレードを製作していた頃、キャサリンさんはマリアを抱き締めてこう諭した。
『あのお方が進む道によっては、今のような関係ではいられなくなる。それでも尚ソフィー様と共にあり支え続ける為には、完全な給仕である必要があるんだよ』
『ごめんね、こんなこと。でもきっとソフィー様はこのままじゃいられない。田舎に住む世間知らずなお嬢様でいられなくなる時が、必ずくる。ソフィー様を大事だと思うなら、どうか側に居てやってくれないかい?』
俺はここにきてやっと、ソフィーが女王となったのが身近な大人達の計画であると認めた。
キザ男の言葉は受け入れ難いが、キャサリンさんやマリアの言葉までは疑えなかった。
「だから、私はソフィーに捨てられてちょっとほっとしているの。私の方からソフィーを捨てることは、絶対に出来なかったから。これって所謂、不可抗力でしょ?」
自嘲気味に苦笑するマリア。
「ソフィーの側にいる方が辛い、か」
どうしてこんなことをしたのか、ナスチヤ本人に問いただしたい。
おかげで、皆悲しんでるんです。困ってるんです。
ナスチヤといえど、文句の一つくらい言わせてほしい。
「時間制御魔法陣があれば、直接訊きに行けたんだけどな」
……ああ、そういうことか。
かつて過去の世界から戻ってきた時。ナスチヤは最後の瞬間、俺に声をかけた。
彼女は娘を俺に託す言葉に、「こんなことを頼めた義理じゃない」と付け加えたのだ。
文字通り義理の息子になるのだ、この言い方はおかしいだろう。
ナスチヤの後ろめたさは先に自分だけ死ぬこととは、また別件だったのだ。
―――そういうことかよ、ナスチヤ。
「ソフィーがずっとなりたかった自分って、どんなのだったんだろうな」
フュンフからの旅立ち前、ソフィーと気持ちを確かめ合った劇場にて。
『どうすればいいかなんて解らない。だから、これから考えるの。私はレーカの妻でも復讐鬼でもない、私自身になる』。ソフィーはそう誓った。
ソフィーがなりたかった未来って、こんなのなのか?
「―――み、見付けたぞレーカ!」
「うるさい」
キザ男が息を切らせて現れた。なぜ俺とマリアを見て苛立ちと怒りを露にする。
「君はまた!すぐに女性に甘えて、恥ずかしくないのかね!僕と来たまえ、矯正してやるっ!」
「見当違いだアホ、事実関係を確認しただけだ。マリア、話を聞かせてくれてありがとな」
「ええ。私も話せて、肩の荷が少し軽くなった気がするわ。ありがとね」
晴れ晴れとした俺とマリアの様子に困惑するキザ男。彼の肩を軽く叩く。
「お前も、心配してくれてありがとう」
「べ、別に君のことなんて心配などしていない!自惚れないでくれたまえ!」
そういうの需要ないから。
「さて、後回しにしてたことを消化しないとな」
色々と府に落ちたことで、ようやく仕事に目を向ける気になる。
機体の製作、エンジンの調査、13日間で宇宙に行く方法。
それと、急務を片付け次第、彼等に会いに行こう。
島の開けた場所に移動し、実働実験の準備を進める。
空いた人型機に乗って屋外へと運び出すのは、白く巨大な円柱状のエンジン……神威ロケットだ。
なんとかしてこのエンジンを使い物にしなければならない。その為には、理論や計算だけではなく実際に稼働させたデータがどうしても必要となる。
室内のエンジン整備室で稼働させられるほど、ヘリカルエンジンは生易しい物ではない。敵に動きを察知されるのを承知の上で、多数の数値を得る必要があった。
通常、エンジンの屋外試験ではエンジンノズルを飛行中と同じく横に向ける。しかしヘリカルエンジンはそうもいかない。
強力過ぎる出力はどれほど強固に固定しようと不安が残るし、拡散した金属粒子が周囲を傷付ける恐れもある。故に、ヘリカルエンジンはノズルを上に向けて設置した。
エンジン周囲には地面に直接溶接された幾本もの鉄骨。少し掘ればすぐ鉄板が顔を出すので、正直地下施設の天井が抜けて地面が崩壊しないか不安だ。
鉄骨とエンジンは鎖でがんじがらめに固定され、過剰なまでに封じられた円柱。
まるで、鎖で捕縛された神話の怪物のよう。
「あながち間違いでもないか」
大破したヘリカルエンジンを解体したところ、カムイロケットは俺の設計ともまた違う構造であることが判明した。
磁界で金属粒子を滞空・制御するという基本は同じだが、俺のアイディアでは粒子展開空間の全体を燃焼室とした、つまりはピュアジェットエンジンのような構造だった。
しかし神威ロケットは中心付近をコアエンジンとして燃焼させ、電力の確保に専念させる。そして外周の粒子をタービンとして大気を圧縮し後方に噴射する。つまりターボファンエンジンに近い発想なのだ。
「いや、むしろアンダクテッドエンジンかも」
まあ、別物を無理に分類しても仕方がない。ようは神威ロケットは俺の新型エンジンより高性能ってことだ。
なぜこのエンジンがセルファークにてロケット扱いされているかも、おおよそ判明した。
ロケットエンジンとは吸気を必要としない、全て自前の燃料で稼働するエンジンだ。空気中の酸素を利用しないので燃焼時間は短いが、燃焼が最適化されている為に出力が大きく、空気のない宇宙空間でも稼働する。
そう、宇宙用に推進剤が積まれていたようなのである。ジェットエンジンに推進剤タンクを付けてロケットとして運用するのはかなりの無駄だが、それを差し引いても神威ロケットの空前絶後な大出力は宇宙往復機関として充分だったと思われる。
神威ロケットがセルファークで使い捨てロケット扱いされているのは、単に同時に発掘された推進剤のタンクが切れただけ。それで破棄されたのだとしたら、実に勿体無い。
「レーカくーん、準備オッケーだよ!」
「了解です。試験、開始します!」
手伝ってくれていたマキさんと頷き合い、離れた地点に掘った塹壕のような穴に飛び降りてゴーグルを装着する。
適当に拵えたレバーを下ろす。核融合炉が発電を開始し、ヘリカルエンジンが始動する。
そう、こいつの動力は超小型の核融合炉だった。ガイルの心神にも核は搭載されているはずだが、実物を目にして改めてその完成度に舌を巻いた。
核融合反応をスタートさせる為の常温超伝導バッテリーも驚愕に値するし、核融合の炉心を人が台車で運べるサイズまで小さく設計・製造したことも尋常ではない。
まさにオーバーテクノロジー。宇宙人が地球に訪問した際に、技術提供していったと説明されても信じてしまうかもしれない。
「まさか、未来の地球では自動車や冷蔵庫まで核動力じゃねーだろうな」
1950年代の未来予想図じゃないのだ、さすがにそれはないと願いたい。
放出されたN粒子が拡散し、竜巻のように回転しつつ空に昇る。
拡散しているわけではない。舞い上がった粒子は全て、コンピュータの制御下にある。
じわり、と風が頬を撫でる。
刹那―――世界が凶悪に歪んだ。
爆音。アンダクテッドエンジンの特性故か大気はかき乱され轟音となり、貪欲に吸い込む吸気口は正しく怪物のアギト。
ジェット気流の噴火が天に昇り、じりじりと周囲の空気を焼く。
「っ、やっべぇ、これは」
それはもう地震だった。立っていられないほどの振動が島を揺さぶり、炎柱が空に突き刺さる。
これが、ラウンドベースをも動かす最強のエンジン。
誤吸引防止の網に意味などなかった。ボルトが弾け飛び、金属製の網がエンジンに吸い込まれる。
「っ、まずっ!」
網だけではない。岩が、植物がエンジンに吸い込まれ粉砕されていく。その光景を唖然と見つめる俺達。
「エンストしないの!?」
ジェットエンジンの吸気口に異物が飛び込んだ場合、入った物にもよるがエンジンが火を吹いて停止することがある。対策としてファンブレードを強化されているので鳥や小石程度なら粉砕してしまうが、金属や岩などは当然許容範囲を越えている。
しかしヘリカルエンジンに常識など通用しなかった。何もかもを食らい、そして噛み砕き粉に変えるその様はまさしくモンスターだ。
妙に間延びした、あまり聞き覚えのない類の軋み音が微かに聞こえる。
「これは、どこから?」
「下だよ!」
マキさんの猫耳がピーンと立ち、音源を特定した。
地面が軋んでいる、やばい。島の地下施設が崩壊する。
「緊急停止!」
レバー横の赤いボタンを叩き押す。ヘリカルエンジンのコントロールシステムは俺の焦りとは裏腹に順序よく出力を下げ、やがてヘリカルエンジンは停止した。
「……止まった?」
「みたいです」
「ず、随分あっさり止まったね、ジェットエンジンのレスポンスじゃない」
「稼働パーツがほとんどありませんからね、1000年放置されてても動いた代物ですよ」
耐久性も並ではない。一通り得られた情報をメモし、片付けを指示する。
一つのエンジンで島が砕けかねないなんて、ホントばかげてる。
島の測量を行った結果、この島自体が動いていたことが判明した。
「数センチですが、やはり動いています。海上構造物だけではなく、海底も沈下が見られました」
測量を担当したメイドが報告する。
「島自体が人工島だったとは、いや、それ以上に」
頭痛すら覚える心境で、倉庫に鎮座する神威ロケットを見やる。
「大地を歪めるほどの出力か……宇宙に人工の大地を作ろうってシロモノだ、当然なのかもな」
「これで宇宙行くの?」
セルフが「大丈夫なのか」と言いたげな目で訊ねてくる。俺は首を横に振った。
「こんなデリケートなエンジン、調節が間に合わない。もっと堅実な技術を選ぶぞ」
「というと?」
使いなれた、データが揃っていて即興で設計し作れるエンジン。それは―――
「水素ロケットだ」
「……それも、割とデリケートな部類だったはずだけれど」
だって、神の領域でも使える科学燃料の調達を考慮すればそれしか選択肢がないし。
ペイロードの重量と静止軌道への投入ということを考慮すれば、ロケットの大きさは50メートル以上、重量は300トンにも達する。
そんな物を二週間で作ろうというのだ。魔法を駆使して本体を作り、術式とクリスタルを直結して海水から水素と酸素を分解し、とにかく大急ぎで作業をスタートさせる。
「設計の細かな修正は後でいいな、とりあえず一段落はついたか」
仕事が纏まったところで、俺はやっと会いたかった人達の元へと向かうことが出来た。
「ども、久しぶり」
覗き窓から尋ね人―――ギイハルト・ハーツの顔を確認する。
このアジトには牢屋などない。なので、ギイハルトが閉じ込められているのは後付けの南京錠で封じられた通常の個室であった。
俯いて瞼を閉じていたギイハルトだが、寝ていたわけではないらしい。すぐさま顔を上げ、俺を見据える。
「……もう少ししっかりとした牢屋を備えたらどうだ?軍人ならばこの程度、簡単に抜け出せるぞ」
「生憎そんな余裕はねーよ」
ギイハルトとの再会。扉に開けられた覗き穴のスリッド越しだが、こうして直接顔を合わせるのは大陸横断レース以来か。
「あー、元気か?」
「快適な部屋だ。これで静かなら最高だな」
「……それは俺に苦情を出されても困る」
俺は騒音の元凶に目を向ける。
部屋前の廊下、そこにはシーツにくるまった何者かがいた。
シーツは小刻みに動き、内部の人物が声を漏らしている。
「あっ、ああっ、んんあ……」
女性の喘ぎ声であった。
「……エカテリーナ、廊下になにやってんだ」
「らめぇ、子供が隣にいるのにらめぇ……!」
聞いちゃいねぇ。
むしろ俺の存在を燃料にしてやがる。
「…………。」
「……ふぅ」
シーツ球より金髪の美女が頭を飛び出す。
「落ち着いたか、妖怪雪だるま女」
汗が滲んで金砂の髪が白い肌に張り付いているのが、無駄にエロイ。
「あのデカブツに腰を振って時間稼ぎをしたのは私なのよぉ、感謝してよねぇ」
「それは感謝しているけど。どうもありがとう」
ラーテ相手に時間稼ぎしてほぼ無傷で帰ってくるのだ、やはり彼女も銀翼の一人ということか。
「雀蜂のパイルバンカーを2、3発打ち込んだのに、全く効かなかったわぁ」
「嘘だろ、雀蜂のパイルでも貫通しないのかよ」
エカテリーナの雀蜂に搭載された釘打ち機は、魔力を流し込んで敵を内部から吹き飛ばすえげつない兵器だ。とにかく重い、短い、回数制限がある、と三拍子揃った欠陥兵器だが、直撃すれば大型級飛宙船すら一撃で落とせるのに。
「それより、愛し合う二人を引き裂くなんて無粋じゃないかしらぁ?」
「南京錠を開けろ、ってことか?」
「リデア姫に頼んでも開けてくれないのよ」
鍵は持ってきているのだが、鍵を開けた結果目の前で盛られても話が出来なくなる。
「レーカ君、判っているな?」
開けてくれるなよ、と目で訴えるギイハルト。
俺は小さく頷き、鍵を通気菅へと放り込んだ。
カランカランと金属の筒内部を転がり、下層へと落ちていく鍵。
「何するのよ!」
「このダクトは3フロア下に異物侵入を防ぐ為のシャッターがある。簡単に開けられるから、取ってこい」
「さあ行くわよ!無限の彼方へ!」
ドタバタと廊下を爆走するエカテリーナを見送る。
「これで邪魔者なしで話せるな」
改めてギイハルトに向き直す。
「待て、エカテリーナが鍵を入手した後はどうするんだ」
「頑張れ」
ジト目で俺を睨むギイハルト。そんなに見つめちゃイヤン。
「さて、事情聴取といきたいところだが……大方の情報はリデアが引き出したそうだしな」
「……ああ、そうだな。俺から絞れる情報はもうない」
面倒事全てリデアに押し付けているんだよな、何か彼女に報いが出来ればいいんだけど。
「だから、俺は個人的なことを訊きたいと思う」
「なんだい?」
「ギイハルト、お前、ファルネのことが好きだったのか?」
ギイハルトはむせた。
「な、なんでそうなる!」
「図星、か……」
「違う!彼女は同僚だ、異性として見てなどいない!」
「でも、裏切ったのだってファルネの言葉に従ってのことだろ?」
ファルネの言葉には嫌に素直に従い、俺とソフィーを戦線離脱させたのだ。これはもう、そういうことだろう。
「解ってるって。俺もソフィーを愛する身だ、貧乳の良さは理解している」
「違うと言っている!俺は巨乳派だ!」
さて、場も暖まったことだし本題に入ろう。
「ギイハルトとガイルが戦争孤児を殺した、ってのはどういうことだ?」
急な話題変更にギイハルトは言葉に詰まる。
俺は忘れちゃいない。彼が謀反する時、彼等はこう話した。
『かつて俺と一緒に戦争孤児を殺したお前が、今更人間になろうというのか』
『……それは忘れていないのですね、安心しました』
会話からして、事は大戦中かその直後。彼等の伝説の最中だ。
あの戦争は謎が多い。解き明かすべきものではなく、当事者達の胸にだけ刻まれた物語が。
「……ノーコメントだ」
「まあ、いいさ。一応訊いてみただけだからな」
戦争だ、そういうこともあるんだろう。
「別のことを訊こうか。なんでギイハルトはループしなかったんだ?」
ほぼ無限に続く輪廻、しかしガイルの仲間内でギイハルトだけはループに参加しなかった。
リデアも完全なループは拒否したそうだが、ギイハルトのそれとは違う気がする。
「前回の俺に訊くべきことだろう、それは」
確かに。目の前にいるギイハルトに訊いたところで栓無いことだ。
「……君は、ペンが折れたらどうする?」
「くっつける」
即答した。
「普通は買い直すだろう。つまりばそういうことだ、道具に名札など必要ない」
「えーと。自分は軍人だから替えの効く存在で構わない、ってことか?」
「そういうことだ」
「ふーん」
嘘くさい。
ループしたところで、テクニックや技能の継承は可能なのだ。ファルネはそうやって堕天使の操縦技術を得たはずだし、フィオがセルファーク出身にも関わらず地球のオーバーテクノロジーを扱えるのだって何度も繰り返す中で学んだと解釈出来る。
繰り返しには基本、利点しかない。精神的な負担を除けば。
「なあ、俺から質問してもいいか?」
「ん?ああ、どうぞ」
逆質問は軍隊などの尋問では考えにくいが、俺達の場合その辺は緩い。
「イリアは元気にしているか?」
「……元気ダヨ」
「どうして目を逸らした。……まあ、想像はつくが」
つくのか?
「俺の時もそうだったからな。なつくのは仕方がないが、妙なことをしたらただでは済まさんぞ」
「捕虜の言い分じゃねぇ……しないけどさ」
ギロリと睨まれたので付け加える。
なんとなく気まずい空気となり、咳払いを一つ。
「あー、じゃあ次の質問は―――」
「ギイー!今、愛に逝くわぁぁぁぁあああぁぁぁ!!」
エカテリーナの誤字混じりの叫びが轟いた。
俺は即座に踵を返し、撤退を開始する。
「尋問終了。健闘を期待する」
「ま、待て!」
焦ったギイハルトが呼び止めるも、俺にはなにも聞こえない。
狂乱気味のエカテリーナとすれ違う。目はそっと逸らした。
「女体盛りでご飯にする?お風呂プレイにする?そ、れ、と、も……」
「ええい、全部同じだろ!」
「全部盛りだろ、ですって?イヤン、貴方も好きねぇ」
頑張れギイハルト。負けるなギイハルト。俺は被害の届かない距離から心の目でそっと見守り続けるぞ。
イリア・ハーツ。現在はギイハルトとの義兄妹としての関係は消失している為、イリアとだけ呼ぶのが適切か。
魔法に利用される物理法則を越えた現象、その発生源である『隕石』。無機物が生物に擬態しただけの物体であり、魂すら存在しない人間「らしきもの」。
イリアが死ねば、魔法に依存したセルファークは文字通り崩壊する。故に誰もイリアに危害を加えられない。
不可侵の存在といえば聞こえはいいが、つまりは人質で肉の壁だ。
「不自由はないか?」
生死すら利用しているという罪悪感からか、どうも俺は彼女を気遣ってしまう。
「ない」
「そ、そうか」
全勢力が彼女を傷付けられないが、手出し出来ないのは俺達だって同じこと。なんとも扱いにくい切り札である。
いや、扱いにくいのはなにも彼女の性質のせいじゃない。
「あの、イリア。俺、忙しいっていうかさ、ちょっと退いてもらえないかなーって」
「…………。」
シカトされた。
先の作戦で確保して以来、彼女は基本的に本ばかり読んでいる。
これはギイハルト曰く封印される以前からだそうで、ギイハルトの妹を名乗っていた頃も一日中図書館に籠っていたらしい。
アジトの図書室を訪ねた俺は、イリアと少し会話でもしようと思い立ち彼女の対面へと座った。喫茶店の窓際席のような、長椅子の片方からしか出入り出来ない席だ。
すると彼女は無言で立ち上がる。逃げられるのかと思いきや、俺の隣に移動した。
しまった。閉じ込められた。
背もたれを飛び越えれば脱出出来るが、それでは俺がイリアを嫌っているみたいだ。
仕方がないので、イリアの横顔でも見つめる。
外見はただの美しい少女。しかし、中身は天師、つまりは半分機械化されたサイボーグ。
だがそれすら擬態であり、本質は生物の特性をもった隕石でしかない。
けれど、こうして改めて見てもやはりそんなけったいな存在には思えない。
(なるほど、だから巫女か)
巫女と法王は違うが、異質な存在と近しい立場って点では共通だろう。
世界すら容易く左右する存在にも関わらず、その器はあまりに凡庸だ。
―――残酷なまでに。
「イリア」
「なに」
「知っての通り、お前は……死ぬ算段が高い」
本人には自身が何者であるか、世界の現状からこの後どうなるであろうかを既に話している。
余命を宣告された家族に、それを伝えるかどうかは人それぞれだろう。けれど、俺だったら絶対に黙っていてほしくなんかない。残された時間が少ないなら、尚の事有意義に使いたい。
だから、イリアには包み隠さず話した。蚊帳の外で全てが終わっているなど酷すぎるだろう。
「私は、死ぬことを望まれてる?」
「望んではいないさ。誰も」
「でも、貴方は世界の解放を望んでいる」
「まあ、な」
単にリデアに同調した、というわけではない。自分で考えて出した結論だ。
「魔法がなくたって、人は生きていける。皆それを知らないだけだ」
調停者たるセルフすら機能停止することは大きな不安要素だが、地球人だって神が死んだ世界で頑張ってたんだ。この世界の人々が出来ないはずがない。
もっとも、セルフがやったこと―――即ちループの開始が過ちである、とも言い切れない。事前準備なしの最初の世界の終焉にて世界を解き放ってしまっていた場合、多くの被害が予想された。それこそ、本当に人類滅亡しかねないほどに。
ループが開始されて以来、5年の歳月をかけ両大国及びセルフの生産プラントはそれなりの物資を備蓄したらしい。
俺のすべきこと、それは解放時の安全の確保。それさえ越えられれば、人類はきっと新天地でも繁栄する。
「でも、そこに、私の居場所はない」
―――どう足掻いても、隕石の寿命が尽きかけていることは事実。
「貴方が死ねというなら、私は逆らわない」
でも、とイリアは首を傾げる。
「自分はどうして生まれたの?」
「それは……」
イリアにはセルフから聞いた話をそのまま伝えている。即ち、なぜイリアが人を模しているかも知っている。
自己保身の為。だが、イリアが望んでいる答えはそんなことじゃない。
「生きることか目的?」
「ああ」
「なのに死ぬ、矛盾?」
誰だって死に立ち向かい、最期は敗北する。珍しい矛盾じゃない。
しかしそれがただの前提となれば、やはり問題だ。
「死が予定調和なら、やっぱり意味なんてない」
「…………ええい、弱気になってどうする!」
びくりと跳ねて俺を凝視するイリア。
「すまん、驚かせて。別にイリアに言ったわけじゃない、自分に苛立っただけだ」
いい加減、俺も決めなければならない。
今後の方針ではなく、俺がどうしたいか、を。
(ソフィー、お前が修羅の道を往くのなら、俺も我を貫く道を選ぶ)
立ち上がり、頬を叩いて気合いを入れ直す。
「イリア!絶対にお前を、この世界を全て救ってやる!」
その程度の啖呵を切れなくては、この世界に来た意味がない。
精々、好き勝手やらせてもらおう。
〉 ここまででこの作品を評価するならB級ホラーと同レベル。
「特に面白いとは思わないけれども、結末をみないとそわそわする」といった感じ。
もうちょっと書き足すなら、ぶっちゃけソードマスターヤマト(以下SMY)より短く今北産業で完結しても「あぁやっと終わったか」としか思わない。
仰る通りです。私自身、この作品は企画段階から破綻していると判断しています。むしろB級ホラーレベルにすら達していません。
それでも、更新する度に回るアクセス数を裏切りたくない、という想いから「意地でも完結させてやる」と自身を奮い立たせてきた次第です。
ですが、正直にいえば伸び代もなく迷走するこの作品を書き続けるのは辛いです。
Shion様の書き込みを読んで、決意しました。今後、銀翼の天使達はプロットに毛が生えた程度の台本形式に近いダイジェスト版として一気に書きます。
ここまできて作品を放棄するのは悔しいですが、しっかりと書いていては数年かかるでしょう。芽のない作品を書くのはしんどいのです。楽しみにして下さっていた読者の皆様、期待を裏切り申し訳ありません。
次回作は色々と反省し、作品全体の目的を明瞭にして、章ごとにしっかりと完結させる予定です。あまり遠くに伏線をはらず、厭らしい言い方をすれば「辞めようと思った時に何時でも打ち切れる」作品に出来たらと思います。
この書き方って漫画(代表的な例・ジャンフ○)などではよくありますが、読み手側としても書き手側としても必要なシステムなんですね。てっきり編集者側の営利上の非情な都合だと思ってました。




