煩悩と葛藤と螺旋
「いやいや、若者は体をもて余すものじゃ。恥ずかしいことではないぞ」
「本当にやってない」
「……そうなのか?とかく、これでお主は姫君を辱しめた大悪党じゃな」
「あんにゃろーめ」
なんたって、ソフィーは俺達を狙うんだ。理解出来ない。
悪い冗談としか思えない。ソフィーは、俺達を主敵に定めたのだ。
「ずっと一緒だったのに、あんなに楽しい思い出を積み重ねてきたのに」
ほら、目を閉じれば今でも景色が鮮やかに蘇る。
「お、おはよう……」
朝、俺の部屋に訪れたソフィー。赤面しつつ挨拶する彼女はミニスカートから白い足を覗かせ、もじもじと股を擦り合わせている。
俺は知っていた。今、彼女はパンツを履いていない。
「タンスのズボンと、その、下着が……全部無くなってたの。どうしようレーカ、泥棒かしら……?」
俺は今朝入手したパンツを被り、爽やかに返事をする。
「おはよう!いい朝だな!」
『マリア、また大きくなったわ』
『ソフィーは……ふふっ、まだ成長期よ』
『むーっ』
浴室の扉から聞こえるソフィーとマリアの声。俺は脱衣所のカゴからブラを探しだし、メジャーを当てる。
「ソフィーは成長なしか。なに!?マリアのやつ、バスト85に上がってやがる!成長したな……」
折れ線グラフを書き足し、見事な斜め線に頷く。
「マリア、恐ろしい子っ」
ソフィー折れ線はほぼ横一直線である。
食事後、何気なくソフィーに提案する。
「ソフィー、大きくなる方法探してたよな?」
「え、ええ。『身長』を伸ばせたら、って思っているの」
「解ってる解ってる、色々大きくなりたいんだろ?これを食べるといい」
ソフィーにヨーグルトが入った器を差し出す。
「乳製品を食べると成長に、おおっと手が滑ったぁー」
「ひゃあ、冷たいっ」
豪快にソフィーにヨーグルトをぶっかける。
白くてドロッとした液体にまみれたソフィー。
ちょっと怒った顔の彼女だが、俺はおおよそ満足だった。
いかん、けっこう辱しめているかもしれん。
「なんで裏切ったか、解った気がするぞ」
リデアが冷たい視線を俺に向ける。
「そ、ソフィーはMっ気があるから喜んでたし!」
「まあのう」
まさかの同意だった。
「というより受け身体質か。だからこそ、裏切りが予想出来んかった」
リデアはそれでもいいかもしれない。
けど、俺が気付けなかったのがショックだった。
「まあ考えても堂々巡りじゃ。今は今後を考えるぞ」
「今後、か。そうだな、セルフも……あれ」
セルフがいない。言いたいことを言って姿を眩ますのはいつものことだが、気紛れな奴だ。
「ともかく、ソフィーの放送についてだ」
まずは気になる部分を話し合うことにする。
「ヨーゼフは死んだのか?」
「放送越しではなんともな。そも、ソフィーを統一国家へと連れ去った張本人がソフィーに粛清されるとは思えぬ」
「だよな」
ヨーゼフといえば、あの巨大人型機だ。
「ラーテ、だったか。あのデカブツについてどう思う?」
「さっぱりじゃ。わしは技術屋ではないのでな。ただ、マキ殿が色々調べておったから何か解ったかもしれん」
後で訪ねてみよう。
「しかし理解し難いな。ガイルとナスチヤの娘ってだけで、そこまで熱狂するのか」
「それが二人の名の重さじゃよ。権力者なら誰もが怖れた、愛らしい歩く不発弾じゃ」
先の大戦より燻り続けた、特大の火種ってわけか。
「つーか、あの作戦からどれくらいの時間が経っているんだ?」
「あの作戦より3日経っておるが、放送があったのはつい数時間前じゃ」
数日以上も眠り続けたことに驚くべきか、数日で事態がここまで動いたことに驚くべきか。
「たった数日で3つの国を纏めるなんて、出来るのか?」
「わしには不可能じゃ。じゃが、ソフィーにはアナスタシア様から引き継いだ人脈があるからの。それに、これは調査中じゃが……痕跡があった」
痕跡?
「ソフィーが独自に人を動かし、各勢力に諜報員や密偵を仕向けた痕跡じゃ」
「ソフィーが?いつの間に!」
同じ船で生活していたからとはいえ、ずっと一緒にいたわけではない。
しかし、彼女が外と連絡をとっている様子も素振りもなかった。
「言ったじゃろう、女は嘘吐きじゃと。あやつは常に考慮してあったんじゃ、裏切るという未来をな」
目眩がした。
「その結果が現状ってわけか、上手くやったな」
二つの超大国の統一、それは紅蓮の騎士団の至上目標。
数十年前から掲げられた思想は理想論としても破綻した妄想に近い目標であり、誰も達成など考慮していなかった。
それを僅か数日で完了させる。ソフィーという少女の正体を明かすのは、それだけの『力』なのか。
「人々はもうソフィーの存在を忘れん。あの娘に、シャバへ戻るという退路はなくなったわけじゃ。アナスタシア様のように誰も知人のいないド田舎に隠れる以外にはな」
「ソフィーは何をしようとしているか、それについては?」
「さぁて。『前回』までは囚われた結果の傀儡じゃったからな、推測も難しい」
前回、つまり前のループか。
「今までのループでもソフィーは女王になったのか?」
「うむ。ソフィーは凛々しき騎士姫と呼ばれ、冠を被っておったな」
騎士、か。
放送のソフィーは俺達が知る彼女とは様子が違った。男のような厳しい口調で、汚い言葉も平気で口にして。
演技であろうが、それでも意外だった。
「……いやいや、豚とか言ってたぞ。騎士って感じじゃないだろアレは」
「多くのループではソフィーは一人旅をしておった。精神的な負担は今回とは比較にならんじゃろうな」
「それが、どう騎士に繋がるってんだ」
しかしあの気弱で人見知りな少女が一人旅、か。
「よく生き残れたもんだ。この世界はあんなかわいこちゃんが一人旅出来るほど治安もよくないのに」
「それこそ、ソフィーも英雄の資質を持つ者だということじゃ。あれは見た目以上にタフじゃよ」
タフ、ねぇ。
「騎士姫とやらもソフィーの一面だと?」
「現に豹変したソフィーの音声を聞いたではないか。うぬ、しかしあれは確かに騎士ではないの。むしろ暴君、暴君ソフィーじゃ」
辛そう名前だな。
「なまじ、誰かに守られていた反発かの?じゃが、ソフィーの目標について判ることもあるぞ」
「お聞かせ願おう」
「あやつの国は世界の解放後も算段に入れておる。世界解放の否定派ではないのじゃ」
「なぜ判るんだ?」
「解放領域共栄圏連合王国、じゃぞ?」
ああ、なるほど確かに。ソフィーも世界の秘密を知ったんだな。
「ところで、途中から気になっていたんだけれど」
「何か?」
「なんで『3つ』の国なんだ?どこかもついでに合併されるのか?」
「ああ、それは教国じゃ。どうやら統一国家はあの同時作戦の前に、教国を攻め落としたらしい」
さらりと報告しやがる。あそこだって、二大大国に劣るとはいえ大きな国なのに。
「それ以上に、教国は不可侵であるという不文律があるからの。今までどんな国も攻めなかったし、攻めるメリットよりデメリットの方が大きい。セルファークの信仰の総本山、他の国全てを敵に回すことになるのじゃ」
「統一国家の場合は?」
「帝国をも飲み込んだ統一国家を軍事的に止められる国はない。それに、ソフィーならば法王としても立ち回れる」
ソフィアージュ様万能説だな。
「現行の法王はどうなるんだよ」
「幸いというべきか、今は空席じゃ。常にいるわけじゃないんじゃよ」
それでも、わざわざ攻め込むメリットがはっきりとしないな。タイミングからして占領を決めたのはヨーゼフだ、何か狙いがあるはずだが。
「よし、これでもういいぞ」
「ん?」
「痛みはないじゃろ。むず痒いかもしれんが、じきに馴染む」
いつの間にか腹の痛みが治まっていた。
病衣をはだけると、刺された傷が塞がってる。
「治癒魔法じゃ」
「なぜ最初から使わなかった」
「意識のない患者に使うのは危ないんじゃよ」
何かの拍子に変な繋がりかたをしてしまうことがあるらしい。こえー。
残った傷口を指でなぞり、リデアに訊ねる。
「……なぁ、ソフィーに殺意はあったと思うか?」
「さて、の。ソフィーが人体の急所に詳しいとも思えぬが、むしろ自分の迷いを振り切る為の決意だったようにも見えた。とはいえ、今やソフィーにお主を生かしておく理由もないしの」
どっちだよ、結局。
「本人とて、よく解っておらんかったのではないかの。理屈だけで恋人は刺せまい」
実際問題、ガーデルマン曰く俺は生死の境をさ迷った。だが、放送を聞く限りソフィーは俺が生きている前提で語っていた。
「でも落ち込むわ。まじ落ち込むわ」
「落ち込みついでに、快気祝いじゃ」
書類を渡される。
ざっと読めば、十数名の名前が羅列されていた。
アナスタシア号の船員の名前だ。百人程度のクルー、名前から顔は全員思い出せる。
「これは?」
「戦没者名簿じゃ」
どうやら俺が一番重体だったらしい。意外と元気な怪我人を見て回り、毅然とした表情を取り繕って激励していく。
その他にも管制室や食堂、小部屋の並んだ居住エリアなどを一通り歩き、最後に格納庫へと訪れた。
「竜骨との接続を外せ!別に修理すっぞ!」
「エンジンは試験室に持ってくぞ!台座に載せろ!」
「無機収縮帯は全部交換だ!捨てんじゃねーぞ、いつ補給出来るか判らないんだからな!」
馴れない現場だというのに、いつもと変わらぬ様子で働く職人達。
だが見慣れた顔が幾つか足りない。
(俺、ここにいない方がいいのかな)
格納庫は一番落ち着く場所だが、彼等は今俺の顔なんて見たくないかもしれない。
木箱の上に座り、損傷した機体を一つ一つ観察する。
どれも大きなダメージを受けているが、形はおおよそ残っている。
けれど、白鋼と赤矢、雷神は存在すらない。
「……どうするか、早めに決めないと」
悠長にしている余裕などない。頭では理解しているも、心は着いて来なかった。
リデアからは、今日休んでいるように命じられている。明日からはこき使うつもりらしい。
「レーカ!」
こんな状況でも溌剌とした女声が、俺の名を呼んだ。
目を向ければ駆け足と同調して揺れるロングスカート。メイド服姿のマリアだ。
随分と久々な気分だが、彼女の怒り心頭といった表情からすれば感動の再会なんて場面ではないことくらい察する。
「あー、マリア。何をそんなに眉を吊り上げているか解らないが、あんまり怒っていると綺麗な顔がムッ!?」
強引に唇を重ねられた。
最近、唇を奪われてばっかりだ。
しばし両者共に硬直。俺は驚いて動けなかったし、マリアも呼吸すら止めてじっとしている。
「……ぷはっ」
「な、何をするんだ、唐突に」
「うるさい!」
ぺしっと頭を叩かれた。
「起きたなら一番に顔を見せなさいよ!恋人でしょ!」
「……すまん」
リーダーとしての責務があるので一番かは保証しかねるが、ともかく、会いに行くくらいは出来たはずだ。これは俺が悪い。
俺の隣に腰かけるマリア。俺の片腕を取り、胸に抱くように両腕を回す。
こんな体勢では俺とマリアの体はほとんど密着している。
腕に当たる柔らかさと体温、そして髪の毛の香りが鼻孔を擽り少し赤面してしまう。
「珍しいな、マリアからなんて」
人前ではメイドとして節度を守らんとするマリアは、俺と物理的に触れ合う機会が少ない。
空いたもう片方の手で彼女の茶色い髪を撫でると、猫のように気持ち良さそうに目を細めた。
「ほらゴロゴロ鳴いてごらん」
「またひっぱたくわよ」
マリアの体温を感じていると、なぜか不思議と落ち着いてくる。
そっと顔を寄せ、もう一度キス。
「……ソフィーのことは聞いたよな」
「ええ、聞いたわ」
「なんで裏切ったんだろ」
僅かにマリアは目を見開いた。
その意味も理解せず、俺は続ける。
「リデアも言ってたけれど、受け身体質のソフィーが裏切るとは思っていなかった」
両手で俺を押し退け、立ち上がるマリア。
次の瞬間、鞭のようにしなった腕が俺の頬をひっぱたいた。
乾いた音が格納庫に響く。俺を見下ろし、睨む彼女を俺は呆然と見上げる。
「マリア?」
なぜ殴られたか解らず、名を呼ぶことしか出来ない。
「ったえてたわよ……!」
マリアは少し涙を湛えた目で俺を見据える。
「あの子は、ずっと訴えてたわよ!」
「ど、どこがだ?」
間抜けに訊き返したのが良くなかった、マリアの眼光が鋭くなる。
「そんな素振り、微塵もなかっただろ!」
たじろぎつつも声を荒げてしまったのはきっと、俺がマリアに甘えたいからなのだろう。他の人には怒鳴ったりなんてしない。
マリアは負けじと張り合うように怒鳴り返す。
「考えれば解るでしょ!あんな弱い娘が旅をするのが、戦闘に出るのがどれだけ怖かったか、どうして解らないのよ!」
「そ、れは」
確かに旅を始めた頃は、色々と負担を抱えている様子が見受けられた。
しかしそれも徐々に消え、いつしか冒険者としても一人前になった―――そう、考えていた。
「どうしてソフィーが旅に耐えられたか解る!?貴方がいたからよ!私じゃなくて、貴方が!でもっ!」
ずい、とマリアは俺に迫る。思わず俺は仰け反る。
「貴方は、ソフィーを支えなかった!もう大丈夫だって安心して、他の女の子ばっかり見てた!」
「それは違う!俺はソフィーだって愛してる!本気だ!」
こればかりは即答出来た。嘘偽りない、本心だ。
「二股が問題じゃないの!ソフィーの不安を、ちゃんと気付いてあげなかったことが問題なのよ!」
「なんで今更そんなことを言うんだよ、もっと早く忠告すれば良かったじゃないか!」
俺も理屈より感情が前に出ている。いけないと思いつつ、でも言葉は溢れ出す。
しかしそれも、すぐ閉口した。
「だって、あの娘を見なければ、私を見てくれるじゃない……」
泣き顔のマリア相手に、何を言えようか。
「あの娘が一番なら、さっさと次の段階に進むべきだったのよ。不安がらせないように、行動を起こすべきだったのよ。臆病者、破廉恥男……」
マリアを思わず抱き締める。
「あの娘はきっと思ったわ、信頼を裏切られたって」
「……なかなか一方的な理屈だな、俺が一概に悪いとも言えないだろそれ」
「だから、擦り合わせなきゃいけなかった。ちゃんと、お互いの関係を話し合わなきゃいけなかった。だから、ソフィーはいなくなったのよ」
それを機に会話は途絶える。
俺達は、互いに落ち着くまで抱擁し続けた。
しばし時間が経過し、落ち着いてくると視線に気付いた。
「うわっ」
回りを見れば職人達がガン見している。
「お、別に気にせず続けろや」
「俺達は仕事してるからよ」
「そこで押し倒さなくてどーすんだ坊主」
「メイド萌えの俺としては許すまじ」
見せもんじゃねーぞ。
小さな人影が職人の合間から現れる。整備士達のまとめ役、マキさんだ。
マキさんは猫耳をぴょこぴょこと動かしつつ、俺の前に立った。
「レーカ君。ソフィーちゃんの放送、聞いたよ」
「……はい」
真剣な瞳に、思わず身構える。
「言いたいことは色々あるけれど、私が代表するね」
「はい」
俺は個々の意思を尊重したいと思っている。俺が罵倒されようと、責められようと受け入れなければならない。
マキさんは僅かに躊躇い、そして口にした。
「ソフィーちゃんと、ヤったの?」
「やってません」
「なんだヤってねぇってよ」「ヘタレー」「賭けにならないぜ」などと好き勝手言いつつ仕事に戻る職人達。
誰だ賭けの対象にしたのは。
「やれやれだぜー」
「だぜー」
マキさんと、その娘の社長ちゃんが俺の横に腰掛ける。
社長ちゃんももう4歳、幸い父親に似ず愛らしくすくすくと成長していた。
「……逃げていいんですよ、やっぱりこの船は危険です」
「あはは、逃げないよー」
「よ!」
簡潔に拒否するマキさん。
「マキさんはいいかもしれませんけど。子供まで道連れにする気ですか?」
「んー、姫ちゃんから話は聞いたけどさ」
マキさんは作業にはあまり関わらないものの、実質的に職人達のまとめ役。立派な主要メンバーだ。
「この子、何回死んだのかな?」
マキさんは愛おしそうに我が子を撫でる。
「例え苦痛がなかろうが、この子は大人にすらなれなかったんだよね。姫ちゃんのいう『ループした世界』の中では」
「……娘の未来の為に、戦いますか。でも、俺が未来を作れるかなんて自信はないですよ」
「どんな形であろうと未来はある、それが普通なんだよ。未来がないなんておかし過ぎる」
自身より小柄なのに、今のマキさんは誰よりも逞しく見えて。
そんな人妻に、俺はちょっと見惚れた。
「私はね、この子が大人になるのをちゃんと見たいの!」
「……解りました、もう何も言いません。でも、せめて社長ちゃんは降ろした方が良くないですか?」
「どこにいたって同じでしょ。簡単に町一つがポンポン壊滅するような戦争だもの、逃げ場はないよ」
これは何を言っても無駄だ。目が決意してしまっている。
やれやれとこっそり嘆息し、俺は話題を変えることにする。
「あー、あれです。そういえば、マキさんがラーテについて調べているって聞きましたけど」
「あのデッカイ人型機?すごいよねー」
「よねー」
今更だが、先程から語尾を真似しているのは社長ちゃんである。
「人型機は一機につき一つのクリスタルで動いているよね」
「基本ですね」
複数のクリスタルから一つの人型機に魔力を流した場合、様々な不具合が生じる。
異なる質の魔力同士が反発しあうし、全身が同調せずチグハグな挙動となる。操縦を補佐するイメージリンク魔法も使用不可能だ。
繊細な制御を求められる人型兵器、そんな有り様では戦場に出ることすら出来ない。よって人型機のクリスタルは本体に一つが基本だ。
だからこそ人型機の大きさはある程度決まってしまっている。量産兵器としても、それは必要なことだった。
しかしラーテは大きすぎる。あんな巨体を支えられるクリスタルなどないし、複数のクリスタルを大量に積み込めば前記の通り立ち上がることも出来ない。
「最初は新技術でも使っているのかと思ったけれど、よーく考えたらあるんだよね。あのデッカイのを動かせそうなクリスタルが」
「バカな、白鋼のクリスタルだって高純度ですが、それでも魔力出力は普通の数倍ですよ?あんな何千倍の規模を稼働させられるクリスタルなんて」
「天使の涙」
……ああ、なるほど。あれがあったか。
教国の国宝として祭られる、世界最大にして最強のクリスタル。統一国家が教国を制圧したのであれば、当然ヨーゼフに確保されているだろう。
「ざっと見た感じ、使われている技術に目立ったものはないね。ただ大きければ大きいほど体積に対して表面積は小さくなる、つまり……」
「装甲の硬さは覚悟しておけ、ってことですね」
「おけ、レーカ君10点!」
「どうも」
常識的なサイズの兵器でさえ図体が大きなほど装甲が硬い、という法則は通用する。まして体長1000メートルとなればどれほどか。
「ラーテもそうだけれど、私としては君の機体の方が心配かな」
「……白鋼」
木っ端微塵となった愛機。細部まで自ら手掛け整備した機体だ、失われた今となっては片腕を喪失したような錯覚さえ覚える。
「マキさん、白鋼に搭載されていたほどの高出力クリスタルは在庫にありますか?」
なんだろ、この感覚。
女にフラれて自棄になり、次の女をがっついて探すような後ろめたさを感じる。
「ないよ。それにあったとしても、障壁魔法が付加されていないと運用ドクトリンに影響する。白鋼をそっくりそのまま作り直すのは、現実的じゃないかな」
やはりこの人も同じ結論に達しているか。
曲がりなりにも生まれた時から兵器を見ているのだ、整備や改造に関しては乗員のソフィーよりも白鋼を把握している。
そんなマキさんだが、続けて提案した仕様要求は意外なものだった。
「この世界は、魔法がなくなるんでしょ?なら、その備えをすべきだと思うの」
「というと?」
「非魔力依存推進機関」
「科学エンジン、ですか」
なるほど。あえて魔法を捨てるという発想はなかった。
科学エンジンとは文字通り、機械工学と冶金技術によって製作されたエンジン―――つまりは地球で使用されているエンジンのことだ。セルファークでは魔力で動くエンジンが主流の為、区別してそう呼ばれる。
「確かに……この先、魔力の消失といった事態やセルファークの外、神の領域まで戦線が広がりかねない状況を考えれば、魔力に頼らない新型を作るのもありなのかもしれません。ですが、技術的にはどうしても一歩劣りますよ?」
魔力エンジンは魔法と工学の融合。魔力がない前提でエンジンを作ろうとすれば、どうしても魔力エンジンより劣ってしまう。
「今のレーカ君なら、あのエンジンを作れるんじゃないかな」
「あれ、ですか?粒子の調合方法が未だ未完成です、到底今から考えて間に合うとも思えません」
今のペースではあれを完成させるのに、それこそ十年単位の年月が必要かもしれない。それほど複雑怪奇な仕事なのだ。
「実は、レーカ君に見てほしいものがあるんだ」
「はあ。解りました」
勿体ぶる態度に首を傾げるが、彼女のことだ、無為というわけではなかろう。
マキさんは数歩進み、おいでおいでと手を揺らす。
「私は仕事に戻るわね」
マリアが立ち上がり、俺も続いて腰を上げる。
「あ、うん。……愛してるよ」
「ん、私も」
背中を向けたまま表情も見せず、手の甲を振るマリア。
だが残念、俺は耳がちょっと赤くなっているのを見逃さないのである。
マキさんに案内されたのはジェットエンジンの試験設備であった。
航空機を扱う大規模な施設には大抵ある、ある意味定番の設備だ。壁の大きな丸穴がトレードマークといえよう。
精密なエンジンを整備するには屋外より室内の方が適している。しかしエンジンを室内で起動させては大惨事となる。そこで、壁に大きな穴を開けることでエンジン排気を室外へと放出する設備が存在するのだ。
「圧力全チャンネル計り終わったぜ!」
「全部正常値だ、次、温度試験行くぞ!」
「ちゃっちゃと検査用魔法おっ始めろ、まだまだ先は長いんだからな!」
魔力が燃え上がる余熱を肌に感じつつ、マキさんと俺は巨大な円柱型の物体の前に立った。
円柱は損傷が見て取れ、付近には破片が纏められている。
「なんですか、これ」
「カムイロケットだよ」
これが、神威ロケット?
見た目は表面がつるつるした白い筒だ。長さは20メートル以上、太さは3メートルってところか。
ロケットといいつつ、不思議なことに噴射口がない。先は新幹線の先端っぽく尖っている。
ラウンドベースを超加速させる大出力ロケット、その正体は宇宙コロニーのモジュール打ち上げ装置。
この装置を開発したことで、人類は宇宙人へと進化したのだ。
「でも、これをどうしろと?」
確かに興味深いが、意図が解らない。
「これ、ここ、ここ。ここ見て」
マキさんが示す場所にはサラサラとした粉が付着している。ロケットの燃料か?
見れば、エンジンから漏れた粉もしっかり塵取りで集められているようだ。
粉を指先で掬い、解析魔法を発動させる。
俺は戦慄した。
「これ、って」
数瞬硬直し、慌ててエンジンの外装を引き剥がす。
中には予想通り、磁界を発生させる為のコイル。モーターの中にあるような単純なものではなく、脳の皺のように複雑に絡み合っている誰も見たことのないものだ。
少なくとも、俺だって『実物』は見たことがない。
「なんで、誰が。誰がこれを作ったんだ」
「君の故郷の人でしょ?先、越されちゃったねぇ」
マキさんはかつて俺が渡した新型エンジンの設計図と、目の前のカムイロケットとを見比べる。
「このカムイロケットとレーカ君が考案したヘリカルエンジンは、同じ物だよ」
俺が真っ先に考えたことは、求めた技術が手に入ったことへの喜びではなく……
「くそっ!」
……技術者としての、後手に回った悔しさだった。
ヘリカルエンジン。この世界においてはカムイロケットと呼んだ方が通じるのだろうが、そんなことは知ったことではない。俺は何がなんでもヘリカルで通す。
そんな決意はさておき、このエンジンについて説明しよう。
俺が新しいエンジンを求めたのは何時だったか。かなり以前から新型エンジンを搭載したいという意思はあったのだが、白鋼のエンジンはずっと同じ物を使用し続けている。帝国でエンジンを作り直して以来、細々とした改良はしてきたが基本的には変わらない物で運用してきたのだ。
エンジンの開発とは一大事業だ。大企業が莫大な資金と優秀な人材、そして長い時間をかけてやっと造り上げる最新工学の結晶と呼んでいい。
そう易々と開発出来ない装備だからこそ、エンジンは一つの種類で幾つかの機体に採用されることがほとんどだ。近代改修や派系型といった発展機の開発においても、エンジンだけはそのまま使用されることは珍しくない。
身近な例ではF15やF16が同じエンジンだ。そしてその発展型エンジンがF2にまで採用されている。性能の向上はあれど、70年代と90年代の戦闘機エンジンが共通のルーツを持っているのだ。
なぜ俺が新型エンジンを作れなかったのかといえば、純粋な理論的限界だったから。
エンジンの出力は吸気量で決まる。大量に空気を吸い込み、燃焼させた分だけ噴射する。ようは、エンジンを強力にするにはどうしても大型化しなければならないのだ。
これはジェットエンジンの大原則といえる。抗いようのない法則であり、白鋼のエンジンが限界に迫っていることの証明だった。
小型機の白鋼に搭載出来るサイズからすれば、最早新理論を持ち出す以外に改良点が存在しないのだ。
だから持ち出した、新理論を。
特殊な金属粒子を磁力で浮遊させ、機体周囲に取り巻くことでエンジン周辺の大気を連続的に圧縮・膨張させる。つまりはエンジン外部までをエンジンの一部として使用することで、エンジンの前方投射面積を実際の100倍以上として扱うことが可能となるのだ。
100倍。子供向け漫画のような冗談染みた数字だが、理屈としては間違っちゃいない。
しかし同時に、そう簡単に実現するわけがないのも事実だ。アイディアをいざ実際に図面にしてみれば、多くの問題が存在した。
まずは金属粒子。耐熱性を持ち、磁界で自在に制御可能な特性を持つ金属は求められる性能から逆算する形で化学式が決定した。
しかしこの金属、あまりに複雑過ぎることで調合方法がまったく検討も付かないのだ。現実には充分有り得るし材料も揃えられる、でも作り出せない。そんな状況に陥ったのである。
更に発電装置も未定だ。磁界を発生させる莫大な電力を供給する方法は結局見付かっていない。
だめ押しに更の更に、吸気を膨張させるには熱量を発生させなければならない。二乗三乗の法則に則れば燃焼室の体積に至っては白鋼の1000倍。それほどの規模を充分に燃焼させる方法など、到底思い付かない。
もっとも、これさえ解決出来ればエネルギーのおこぼれを拝借して、磁界を発生させるに足る電力を確保出来るだろう。発電機の重さはまた問題だけど。
難しいことを延々と話したが、結局のところは技術的ハードルが高すぎるのである。
「このカムイロケット、動かせたってことは壊れてはいないんですよね」
アナスタシア号にカムイロケットを強引に乗せて逃走した、と聞いている。何度考えても無茶をしたものだ。
「無事なのは一本だけだね。他の二つは中破と大破ってところかな」
「……大破の方を分解して、調査しますか」
「付き合うぜぃ」
「ぜぃー」
目下の問題を解決する糸口が掴めるかもしれない。今日は休んでいろとのお達しだが、リーダーは俺だ。好き勝手やらせてもらう。
世界の破綻だとか、ループだとかは関係なく。
俺達には残された時間なんて、きっと、ほとんどない。
「それじゃ、このプランで進めるね。エンジンが成功しようがどうしようが、新型機の製作は始めておくよ」
「はい、お願いします」
失敗した時は、既存のエンジンを搭載するしかない。だが新型エンジン用に設計された機体と、これまでのエンジンがマッチするかどうかは未知数だ。
「でもレーカ君。一つ、注意してほしいことがあるの」
マキさんは子供に言い聞かせるように人差し指を左右に揺らす。
「このアジトの物資は確認したけれど、長期戦となれば心許ない。そのうち、機体の修理すらままならないことになるかもしれないわ」
「そう、ですか」
帝国も乗っ取られた以上、俺達は孤立無援。物資の補給目処などない。
ここにある物資はナスチヤが事前に蓄えたものだ。旅の中で、アジトに蓄えられていた資材の補充はあまり積極的に行わなかった。
横着のツケが回ってきたな。
「いざとなれば、木材でなんとかしますか」
島はカモフラージュされ普通に森があるので、木材にはことかかない。
「今から伐採して乾燥させときます?」
「木製モノコックで飛行機作るなんて、いつの話?」
冗談めかして提案したが、場合によってはマジになるかもしれない。
金属が足りない時に木材で代用するのは、実はどこでもやってるアイディアだったりする。
中にはエンジン以外ほとんどが木製の高速爆撃機だって実在したのだ。
「でも、飛行機はともかくアナスタシア号の修理には木材を多用すべきかも……燃えるし重いしかさ張るけれど、贅沢はいえないかな」
ブツブツ悩むマキさんを見送り、エンジンについて考えを纏める為に自室へと向かう。
部屋に入り灯りを着けると、セルフが俺のベッドでうつ伏せになっていた。
「……なにやってんだコイツ」
「どうじよぉ、どおじよぉー」
枕に顔を押し付けて「どうしよう」を繰り返すセルフ。
「ほら、起きろ」
両脇に手を入れて持ち上げる。セルフは泣いていた。
「胸触られたぁー」
「大丈夫だ、肋骨の固さしか感じなかった。つーか汚いな、まったく」
涎と涙でべちょべちょになった枕。教国に寄贈すれば国宝として貯蔵されるかもしれない。
「で、なんで泣いてたんだ。聞くだけ聞いてやる」
今の俺に相談されても慰めたり問題を解決出来るとは思えないが、セルフがここまで動揺するなんて尋常ではない。
なにより、ここにいるということは俺に助けてほしいのだろう。
「電波、電波を受信したんだよ」
「いつだってお前は電波ゆんゆんだろ」
「神の宝杖の指令コマンドだよー!人間の手にある制御モジュールから、高度35700キロ以上の宇宙に向けての電波!」
―――どうやら、あまりふざけていい話ではなさそうだ。




