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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
神の領域に挑もう編
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79/85

世界最高権力のお姫様

 ゼェーレスト攻防戦より僅か3日。

 統一国家首都・ドリットの中央広場には多くの人々が集まっていた。


「ヨーゼフは無意味な作戦で多くの兵を見殺しにした!」


「戦争反対!武力など必要ない!」


「総帥は愚者だ!」


 彼等はプラカードを掲げ、ヨーゼフへの不平不満を叫ぶ。

 先のゼェーレスト村に対する過剰攻撃は、特に報道規制が行われなかったこともあり多くの人々の知るところであった。

 ラウンドベース級飛宙船3隻の轟沈。犠牲となった兵は30万に達する、一度の作戦としては前代未聞の悲劇。

 かつて巨大戦艦が核兵器のような切り札として扱われたのと同じく、ラウンドベース級飛宙船は国家をも滅ぼす戦略兵器だ。

 小国すら超越する軍事力を動員しての、大規模侵攻。時間制御魔法陣を知らぬ民衆からすればそれはただの凶行であり、ヨーゼフが築き上げてきた信用を破壊するのに充分だった。

 家族を失った子が、友に死なれた青年が、夫を亡くした妻がヨーゼフへの反感を感情のままに口にする。

 誰も理解していない。ヨーゼフにとって、支持率など羽虫ほどの価値もないということを。


『国を知らない王に、国が納められようものか』


 ドリットの城前広場へと集まった民衆は、城のテラスに声を聞いた。

 歴代の王達が国民に姿を晒す為に用いられてきた、高さ10メートルほどのテラス。集まった人々は美しい彫刻の成された手すり越しに、誰かが現れたことに気付く。

 テラスの眼下には人の海。数万人が集う広場、彼等が纏うのは敵意と反感。

 しかしそんなものなど存在しないかのように、彼女は世界を冷たく睥睨する。


『私は見てきた。国を、世界を』


 人々はどよめく。スピーカーより響くのは、未だ年若い女の声だった。

 毅然とテラスの壇上へ登ったのは、あまりに華奢で小柄な少女。

 血が通いながらも透き通るように白い肌、それよりもっと白亜の髪。

 人間離れした美貌の少女は、やはり異彩な服に身を包む。

 何重にも折り重なったドレスの意匠は上質な生地と職人によって拵えられ、金の刺繍はけっして下品さを感じさせない。それどころか、高価な費用を要した飾り付けすら彼女の美貌の前には見劣りする引き立て役でしかないであろう。

 さながら雪の精霊、そんな存在が彼等を見下ろしていた。

 先刻まで喧騒に包まれていた広場は、ただ一人の少女が現れたことで呼吸すら聞こえぬほどの静寂へと変貌している。

 誰もが直感的に理解する。目の前の少女は、自分達常人とは違う。生まれながらにして上に立つ存在なのだと。

 ただ存在するだけで、理解させられたのだ。

 もし彼女の纏う物が折り重なった着物のような豪華な衣服ではなく、ぼろ布一枚だったとしても印象は変わらなかったであろう。今の少女からは、それほどの覇気が満ちている。

 博識な者は知っていた。それは、教国の法王のみが身に付けることを許される旧き巫の衣装。

 絢爛ながらも神聖な、世界を統べる者の衣服だ。

 蒼い瞳だけが色彩を忘れず、人々一人一人の目を見据える。

 否、数万人もいるというのに全員を顔を確認出来るはずはない、だが、誰もが『見られた』、そう感じたのだ。

 少女はそっと麗しい唇を開き、言葉を発する。


『―――黙れ、豚共』


 可憐な少女には似つかわしくない、汚ならしい言葉使いであった。

 呆気に取られる人々を、少女は更に叱責する。


『諸君等は認めていたのだろう?ヨーゼフを支配者と』


 沈黙は更に深まる。


『調子に乗るな。奴は独裁者だぞ』


 一部の反骨精神溢れる者が少女を睨む。彼女はそれを嘲笑した。


『ほう、睨むか?国を奪われたことすら忘れ、独裁者であろうと有能であればいい。貴様等はプライドなど存在せず利己のみを求めた、豚に等しい家畜だと理解していたが』


 多少ざわめき出す民衆、しかし少女が片足を強く踏み鳴らすとそれも止む。


『―――ここは、統一国家などという名ではない。共和国だ。それすら忘れたか?』


 幾らかが少女から目を逸らした。

 彼等とて気付いていた、知っていた。自分達を統べるのが正統性のない無法の政府であることを。

 しかし、それでもヨーゼフの政は『上手かった』のだ。共和国時代に多く見られた民主主義特有の議論による遅々を考慮すれば、むしろより住みやすくなったと言えるほどに。

 だからこその反発。なぜ裏切ったのか、そう考えてしまったのだ。


『ヨーゼフが貴様等の生活を改善したのは、国力を充実させ軍事力を動かしやすくする為。ただ、それだけだ。貴様等など世界を巡る戦いの為の養分に過ぎん』


 少女は「やれやれ」と言わんばかりに肩を竦める。


『裏切られた?だから貴様等は愚鈍なのだ。ヨーゼフの行動に何も矛盾などない。貴様等は必要の為に肥やされ、そして消費された。それだけだ』


 人民を畑に育つ野菜のように捉える口調に、多くの者が反感を覚える。しかしそれすらも少女は嘲笑った。


『奴隷、家畜、豚、なんでもいい。貴様等は放棄したのだ、考えることをな!30万の犠牲は当然の報いだ、お前達の囀りはずっと戦ってきた者達への侮辱だ!』


 近衛兵が男を両脇から担ぎ、少女の横へと引き摺ってくる。

 人々は息を飲んだ。


『これが誰か判るな?ヨーゼフ・プリラー……貴様等の生殺与奪を握る男だ』


 統一国家総統・ヨーゼフ。その姿は血にまみれ、酷い暴行を受けたのが見てとれたのだ。


『この男は大量殺人鬼だ。さあ、罵ってみろ。先程のようにな!』


 困惑する民衆。だがソフィーは許さない。


『罵れ!臆病者!その為に集まったのだろう!』


「……お姉ちゃん、誰?」


 誰しもか疑問に思っていたことを口にしたのは、まだ少女よりも更に幼い子供だった。

 風の音以外には聞こえない広場において、子供の声はやたらと響く。当然、少女にも届いた。

 親が慌てて口を塞ぎ必死に頭を下げるも、少女は感心したように頷く。


『幼子ですら意思を表せるというのに、情けのないことだ。恥ずかしくはないのか?』


 このような集会に子を呼ぶ理由など一つしかなく、少女もそれを理解している。子供の主義主張など関係なく、「こんな子供すらお前を否定している」と親が訴える為だ。

 その子供だけが率直な疑問を、誰何をした。それがひどく滑稽で、少女はクスクスと笑い声を漏らす。

 ヨーゼフを半殺しにしたであろう少女の笑みに、民衆はチグハグな印象を受けた。


『―――失礼。名乗りが遅れた』


 少女はスカートの端を摘まみ、愛らしく頭を下げる。


『始めまして、親愛なる豚共。私の名はソフィアージュ・フィアット・マリンドルフ。これから私が、統一国家の王だ』


 民衆は絶句し、そして困惑した。

 雑踏に広がる動揺。隣の者と確認しあい、少女の言葉が聞き間違えではないことを確かめる。

 少女―――ソフィアージュはうっすらを笑みを浮かべる。説明など不要であった。

 共和国の正統なる血族であることを示すドレットノートの名。

 帝国の二代前にあたる祖母、女王マリンドルフの名。

 そして、人知れず姿を消した伝説の勇者と姫の物語。

 知る者ならば例外なく夢想した、伝説の続き。それが目の前にいるのだ。


『疑うか?私の言葉を。ならば証明しよう』


 ソフィーは前に人差し指を向ける。


『来るぞ』


 刹那、突風が広場を駆け抜けた。

 王家にのみ伝わる加護、風読み。少なくとも、ガイルの娘であることはそれだけで証明された。

 誰からとなく跪き、深く頭を下げる。中には涙を流す者さえいた。


「ソフィアージュ様、ソフィアージュ様……!」


「よくぞ、よくぞお戻りに!」


「ソフィアージュ様万歳!統一国家万歳!」


 それは洗脳に等しいカリスマだった。

 あまりにも絶大。あまりにも強大。あまりにも絶後。

 ガイルとアナスタシアの伝説は幼子の子守唄であり、セルファークにおける常識。

 やがて万歳の唱和となり、喧騒は首都全体へと……そして広域通信を経て世界全土へと広がった。


『私は両親の意思を継ぎ、国を統べる覚悟がある』


 左腕を横に振るい、ソフィーは告げる。


『―――ここに、旧王国と帝国、そして教国の統一を宣言する』


 喝采は、爆発へと転じた。

 セルファークに存在する三大国家。それらを伝説の娘が納める。まるで、出来すぎたお伽噺のようだった。


『これは目標でも公約でもない。既に打ち合わせも終わった、決定事項だ。今後様々なすり合わせを要するが、法的には現時刻を以て完全なる国家としてこれらの国は一つとなるのだ』


 故に、とソフィーは続ける。


『心得ておけ。私は解放領域共栄圏連合王国、初代国王ソフィアージュ。それ以上でもそれ以下でもない』


 優麗かつ大胆に両腕を広げると、風がドレスの長い丈を大きく靡かせる。

 まるで人の身にやつした鳳凰。ウェディングドレスのように長いトレーンも、彼女が身に付ければなんら過剰ではない。

 ウェディングドレスというのは、あながち間違いではない。

 彼女は添い遂げるのだ。冠を被った時から人ですらなくなり、国とともに生きるのだ。


『ところで、貴様等は知っているか?大衆には明かされることのない、神術級兵器を』


 ソフィアージュは地面を指差す。


『かつてドリット近郊の巨塔を消し飛ばし、帝国の砦を幾つも粉砕した正体不明の兵器。それこそ、神の宝杖だ』


 民衆に紛れ様子を伺っていたレジスタンスは驚愕した。

 統一国家の力の象徴。最悪の暴力。そして、最大の機密である謎の攻撃が意図も簡単に明かされたのだから。


『神の宝杖は世界の外にある。我々の決して至れぬ場所、神の領域に。そしてその制御を行っている者達がいる』


 彼女はここに来て、嘘を吐いた。


『航空事務所シルバースティール。奴等こそが、この世界に暴虐をもたらす元凶だ。我が身を確保することで国々に圧力をかけ、民衆を欺いた詐欺師なのだ』


 統一国家と敵対する象徴である白鋼は、民衆にとっての英雄だ。並んで、白鋼が所属する航空事務所のシルバースティールも大きな支持を集めている。

 そして、その拠点にして母艦のスピリット・オブ・アナスタシア号。異彩で特殊なシルエットを持つこの船もまた、反統一国家の象徴だった。

 なぜその英雄を否定するのか。困惑する者達に対しソフィアージュは嘘八百を続ける。


『私が白鋼だ』


 唐突な告白も、人々は妙に得心する心持ちだった。


『私こそが白鋼だ。あの機体だけは、私の友であり続けた』


 単機でラウンドベースを傾けた伝説の戦闘機と、世界を救った英雄の娘。これほど結び付けやすいものはない。

 使命を受け継ぎし者が、人知れず巨悪と戦う。いかにも民衆が好みそうな英雄談だった。


『私は幼い頃にシルバースティールの長であるレーカ・マヤマに捕らえられ、自身の妻となれと強要された』


 解りやすい被害者を、人はいつでも贔屓する。

 その真偽すらも確認せず、「被害者の言葉なら間違いない」と信じてしまう。


『苦痛の日々だった。広告塔として戦場で出ることを迫られ、時に体すら求められた。この体は最早、汚れていないなどとは言えぬ』


 自分の細い肩を抱き、震えて見せるソフィアージュ。

 人々の目に怒りが宿る。

 見た目まだ幼い少女が語る、凄惨な過去。それは無条件に彼等を義憤に誘う。


『だが私は戦い、奴から逃れた。豚などゴメンだ、私は人間だ』


 天上を見上げる彼女の瞳には、統一国家も敵の姿も映ってなどいない。

 孤独にして孤高。それは当然、彼女は唯一無二の存在なのだから。


『私は調和と平穏を重んじる。それを乱す者に容赦などしない』


 左右から兵士に持ち上げられたヨーゼフ、彼女は彼の後ろに回り背中を蹴り飛ばす。

 悲鳴も上げずにテラスから落下するヨーゼフ。丁度下にいた者が恐る恐る確認すれば、彼にもう息はない。


『この世界は気に食わん。見せてやる、本当の『国』というものを』


 時代によって遷移する政治形態、人の営みの在り方。ソフィアージュは常々疑問に思っていた。

 なぜもっと効率化しない。なぜもっと不正を正さない。なぜもっと上手くやれない。

 彼女にとって、多くの政治家は稚拙であった。


『だが私の国に豚は必要ない』


 ソフィアージュは一言、切り捨てる。


『私の作る国に住むことが許されるのは人間だけだ。豚に発行する身分証明書などない』


 見放すかのような物言いに、人々は恐怖する。被保護者という立場は何物にも変えがたい甘美な安楽だ。

 奴隷はいらぬと拒否しつつ、奴隷の幸福を仄めかす。その矛盾を知りつつ、ソフィアージュは甘言を止めない。


『愚鈍で愚図な貴様等に知恵を絞れというのも酷。せめて、口にしてみろ。自らが豚ではないと。家畜ではないと』


 そう、歳に見合わぬ不敵で妖艶な笑みを浮かべる。


『それすら出来ない者は、死ね』


 ―――沈黙であった。

 誰も、言葉を発せない。声を上げた瞬間、足場が崩れるような不安に駆られていた。

 しかし同時に理解もしている。足場など、自分で踏み固めるものなのだと。

 やがて、一人が拳を握り締め叫んだ。


「……俺は、人間だ!」


 ただ一言。これを皮切りに、様々な場所から声が轟く。


「そうだ!俺達は豚じゃない!家畜じゃない!」


「死んでたまるか!俺達は生きてるんだ!」


「もう諦めたりなんかしない!俺達を導いて下さい、ソフィアージュ様!」


 声は重なり、やがて地響きとなる。

 扇動されたわけでも強いられたわけでもない。自らの意思だからこその、未だかつてない歓声だった。


『いいだろう。貴様等にはこの国に生きる権利がある』


 ソフィアージュはそっと瞼を伏せる。

 この日一番の美しく儚い彼女の姿は、男女問わず他者を魅了した。


『我が勇者達よ。仇を、私を縛る鎖を解き放ってくれ』


 頬には伝う涙。


『私はもう、あの男の影に怯えて生きたくはないのだ』


 真山零夏は、こうして世界の敵となった。








 メロディースフィアの音声が終了する。

 世界全土に放送されたという音声。それは間違いなくソフィーの声だった。

 リデアはじっと俺を見据え、一言訊ねた。


「ソフィーとヤったのか?」


「やってねぇよ」


 なぜ真っ先にそれを訊ねたんだ、リデア。


〉ラーテの命名はマウス準拠でしょうか。ヨーゼフはデカいのが好きなのかな。


ラーテはやっぱりマウスの次、という意味合いですね。漢字二文字なのが人型機の命名則ですが、こいつは別格と表現したかったのであえてカタガナ表記にしました。


〉繰り返す5年間に生きている人達は記憶は無いままずっと生存を続け、同じ歴史を繰り返しているということでしょうか?なら5年の間に新たに生まれた子は?


世界の限界が訪れた時点で住人は改編されます。5歳以下の子供は存在自体消滅します。つまり、セルファークの住民は実質的に全員死亡です。

あまりに倫理観に反するその場凌ぎですが、セルフにはそうするしか選択肢がありませんでした。だからこそセルフは世界の解放を待ち望んでいます。


ループは世界の上書きですが、完全な複製ではありません。

ループは厳密にいえば「同じ登場人物を同じ配置で再開しただけの世界」なので、たとえ外部からの干渉(つまりレーカというイレギュラーの割り込み)がなかったとしても毎度別の歴史を辿ります。そのランダム性がセルフ唯一の希望でした。

リデアが過去に手紙を送ったとありますが、厳密には巻き戻りを行わなかった、つまり時間制御魔法を無効化したわけです。そんなルール違反が曲がり通る、かなりいい加減なシステムなのです。そもそも時間制御魔法陣は世界をループさせる為の魔法ではないので、未知の部分があったり不具合があるのです。


そんな世界観ですが、レーカは存在そのものが特殊ですし(ネタバレにつき秘密)、魔法陣が自動でフォローしたものと解釈して下さい。「レーカが存在しない一年目」と「レーカが存在する一年目」が別に存在し、矛盾が生じないように魔法陣が辻褄合わせをしました。


ざっとこんな順番?


「セルファーク1000年の歴史(大戦はここ)」

「レーカが存在しない平和な一年間」

「最初の失敗した五年間」

巻き戻り

「救済の失敗した五年間」

巻き戻り

「救済の失敗した五年間」

巻き戻り

「救済の失敗した五年間」

巻き戻り

「救済の失敗した五年間」


……何度も巻き戻り……


「レーカが存在する平和な一年間」

「レーカが存在する五年間」(ここでリデアがレーカを召喚したので、魔法陣は事前に「レーカが存在する一年間」を用意した)


わ、わけわかんねぇ……(汗

あまり深くつっこまれると作者も困ります(滝汗

時間移動をネタにする以上、ある程度はご都合主義なのです(爆汗



ちなみにセルフがアナスタシアを殺されるように誘導したのは、アナスタシアが生きていればガイルがやる気をなくすからです。


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