世界の秘密と繰り返す結末
注意 二話同時更新です。まずは「決別と離別」から読んで下さい。
病室には重い沈黙が降りていた。
いや、重い雰囲気を撒き散らしているのは俺だけだ。ガーデルマンは俺の検査を済ませると、早々に出ていった。
暇ではないらしい。医者が忙しいのは、つまりそういうことだ。
「……あとで他の病室も、見に行かないと」
俺はリーダーなのだ。船員の前では、誰よりも毅然としていなければならない。
けれど、すぐは無理だろう。心が乱れて苦しい。
「ソフィー」
呟く。
ソフィーはいない。どこにいるのか、ガーデルマンに訊いても「判りません」とだけ言われた。
俺を刺して、ヨーゼフの操る機体に飛び移った。それだけ。
「裏切った?」
言葉にして、後悔した。なにを馬鹿なことを。
思い出せ、今まで共に過ごした年月を。この世界に来てほとんどを共に生活したんだ、信頼してやらなくてどうする。
「そうだ、統一国家に潜り込む為に演技をしたんだ。上手く連絡を取れば応じてくれるはずだ」
「何を言っておるんじゃ、お主は」
リデアがノックもなく入室してきた。
適当に手を伸ばした先にあった物を着た、といった感じのチグハグな服だ。しかも裾がインクで汚れている。
リデアはそんな不手際はしないはずだ。顔を見れば、目の下のくまを化粧で誤魔化している。
どうやら、のんびりと寝ているのは俺だけらしい。
「刺されたのじゃぞ。それでもまだ信じるのか」
「それくらいの演技がなければ、ヨーゼフも信じないだろう!」
怒鳴ったことに、自分自身が驚いた。
リデアは子供に諭すように告げる。
「決別じゃよ、どう考えても。わしの注意も甘かった、あやつが腹に鬱憤を抱えていたとは」
「何を、ソフィーは何か不満だったっていうのか!」
再び叫び、腹の痛みに悶える。
「わしだけではなく、お主もソフィーを見ておらんかったようじゃな」
「そんなこと―――」
「現に、ソフィーは統一国家に渡ったのじゃ」
リデアは切り捨てる。
「渡ったんじゃよ」
……何度も言うな、解ってるんだよ。
「無理、させてたのかな」
「さてのう。女は嘘を吐くからのう」
「男だって嘘は吐くが」
「女の嘘は自分すら騙すんじゃよ」
それはまあ、看破の難しいことだ。
「ソフィーは今、どこにいるんだ?」
「統一国家じゃ」
リデアは断言した。
「確定か?」
「もう限界だの、むしろさっさと話せば良かったのじゃ」
問いには返答せず、リデアは疲れた表情で顔を横に振る。
「他の主要メンバーにはもう話したのじゃが、この場で明かそう」
「何を」
「世界の秘密……わしの知る全てをじゃ」
「それは……マジなのか?」
俺はまず疑った。
リデアが妄想を披露しているだけなのではないか、そう考える方がよほど自然だったから。
「真実じゃ。ガイルもヨーゼフも、これを前提に行動している」
リデアの瞳には一切の欺瞞の色はない。
「世界は繰り返している。5年前の夏の日より、およそ5年間。一定の時を繰り返し、ループしている」
「5年間って。それじゃあ、もう」
彼女は首肯する。
「おちおちしていると全てが無に帰し、次のループが始まる。もうその時期が迫っておるのじゃ」
「……なんで、もっと早く言わなかったんだ」
そんな重要な問題、少しでも早く明かして欲しかったが。
「次のループとやらが始まるのは何時、何日後なんだ」
「それはセルファークが決定する。世界が限界だと判断すれば、彼女がイリアを制御しアナスタシア様の時間制御魔法陣を使用して時間を擬似的に巻き戻す。逆に言えば、断りもなくいきなりループが始まることはないという意味じゃ」
色々気になることがあったが。
「イリアを制御、ってのは?」
「……まずはこの世界の歴史について、最初から詳しく説明すべきじゃな」
彼女はベッド横の椅子に座り直す。
「彼女がかつて地球に飛来した『隕石』であることは説明しておったじゃろう」
「ああ」
なぜ隕石が少女なのかは聞いていないが。
「周囲の環境を飲み込み侵食する性質を持った、物理法則すらねじ曲げる飛来体。宇宙コロニーであるセルフ・アークに住まう人類は辛うじてその影響より逃れ、小さな世界にてほそぼそと暮らしておった」
それはラブリーに聞いた通りだ。
「しかしセルフ・アークはある時、地球への降下を行った。詳細は不明じゃが―――」
「―――そのことについては、私自信が話そっかな」
リデアとは反対のベッド側、下より半分だけ顔を出すセルフ。
「いたのか」
「本人がいないところで噂話されたくないもん」
あれ、なんだか殊勝だ。いつもはもっと小馬鹿にした……とまではいかないけど。
「それは解るが―――まあ、久しぶり。食うか?」
ベッドの横にあった籠から、お見舞いらしきミカンを渡す。季節外れにもほどがある。
「ありがと、貰うね」
皮を剥きながら、セルフはリデアの説明を引き継いだ。
「私がコロニーを降下させたのは、地球をテラフォーミングする為なの」
「汚染された、みたいな言い方だな」
「似たようなものだよ。物理法則すら捻れた地球は、人の住める場所ではなかった。生き延びた人間も巨大な姿に変質し、他のある程度高度な知性を持つ生物も同じく異形と化した」
ある程度高度な知性を持つ生物?
「鯨や象、あと大木かな」
木?
「一部よく判らんのもあったが、つまり変質したのは人間だけじゃなかったんだな」
「うん。絶対数が少ないから、もう残ってないかもしれないけれど。それはまあいいの」
いいのか?
「いいの。私の目的は人類の保護と繁栄だから。他の動物なんて絶滅したって問題じゃない」
「多少は気にかけてやれよ神様、アーク(方舟)の名が泣くぞ」
日本より大きなセルファーク、全ての動物を雌雄一匹くらい保護する余裕はありそうだけど。
「でも、そこまで無茶苦茶になった地球をどうやって元に戻すんだ?地道に復興するわけにもいかないだろ」
こういう話はいいな、余計なことを考えずに済む。
いやソフィーのことは余計でもなんでもないが。
「勿論そうだよ。私はまず、無人機で隕石を回収して解析した。あ、その頃はまだ隕石もただの石だったから」
物理法則を曲げる力を制御しようとしたのか。
「ん?意図的に物理法則を制御する?」
俺は、そんな光景をこの世界に来て何度も見てきたはずだ。
「お兄ちゃんの想像は正しい。この世界で『魔法』と呼ばれる技術こそ、隕石の世界改編作用を利用した『便利ツール』なのよ」
「……日常的に、隕石と関わってたんだな」
セルファーク内で日頃使用される多くの魔法、その力の源がたった一つの隕石によるものだとすれば、やはり凄まじいエネルギーだ。
「私は隕石の力で重力を逆方向へと制御しつつ、地球に軟着陸した。同時に人々に便利ツールというサービスを提供したの。有料で」
「金取ったのかよ!というか、最初の人々は魔法がお前の始めたサービスだって知ってたんだな」
「汎用性を高める為に術式の書き換えを自由にして、後は当人達に自由にやらせた。攻撃魔法として殺し合いに使うのは予想外だったねぇ」
しみじみ言うな、予想しておけそれくらい。
オープンソース、みたいなことだろうか。
「でも、現代の人間は金なんて払ってないぞ」
「祖先が払ったんだよ。最初に払った分の権利は次の世代でも喪失しない」
魔法の天才であるナスチヤ、その娘であるソフィーが魔力からっきしなあたり、その辺はいい加減な気がする。
「俺が金を払えば魔力が増えたりするのか?」
「サービスは終了しました」
あるある。
「そもそも、レーカはエターナルクリスタルじゃん」
この言葉は覚えがある。リデアが俺をセルファークに召喚した際、エターナルクリスタルとやらに改造したんだ。だからこそ俺は魔力を無限に放出可能、らしい。
「エターナルクリスタルって技術は私に対する不正ハッキングだし。本来個人それぞれに割り振られた残高ポイントをズルして無制限にしているの」
「取り締まれよ、運営」
「メンドクサイ」
……あるある。
「覚えておいてほしいのは、私がセルファークの全てを管轄しているわけじゃないってことね」
「唯一神なのに?」
「魔法についても人間についても自然についても、更にいえば自分というシステムについても管轄外の内容はある。だからこそ人間に協力を求めることもあるし、こんな状況に陥っているともいえる」
唯一神とて万能神ではない、か。
「話を戻すけれど、外の世界……所謂『神の領域』はほぼ安定化している。何もかもボロボロで復興はしなければならないけれど、肉体を侵される心配はない」
神の領域とはセルファークの外、魔法が使えない場所だ。世界で唯一出入り出来るのは教国のヘヴンズドアって場所だと聞いている。
「外で魔法が使えないのはサービスエリア外ってのもあるけど、なにより隕石の力が収まって消失しているから。これが、ちょっと問題なんだ」
「魔法が使えないことが問題、ってなんでだ?」
地球では魔法なんてなくてもやっていけたぞ。
「せっかく汚染を浄化したんだから、さっさと解放すればいいじゃないか」
「それは、お主が魔法なしで生きていけると知っているからじゃよ」
リデアは気難しそうに眉を寄せる。
「この世界はずっと、ずっと魔法と共にあった。日常の様々な場面に、ありとあらゆる技能に魔法が活用されておる。そんなセルファーク人が突然魔法が使えなくなれば、どれだけの混乱が生じる?」
「それは……そうだな。一度手に入れた利便性は失えないだろう、きっと酷いことになる」
相応の原始的で質素な生活を送ればいい、そんな風に割り切れるものではないのだ、人間ってのは。
「なら外への道だけ開けて、出たい奴は自己責任で開拓させればどうだ?ゆっくりだが人間の生存権は広がって、いつか地上に帰化出来る時が来るだろうさ」
「それじゃ間に合わないの。隕石は、もう寿命を迎えているから」
……なんだって?
「どういうことだセルフ、隕石に寿命があるのか?」
「うん。概念も感覚も人類とは共有出来ないけれど、あれだって生物だもん。いつかは朽ちるよ。だから、私は急いで地球に降りてテラフォーミングを行ったんだし」
でも、テラフォーミングは完了したと言っていた。間に合ったのだ、セルフは。
「けど寿命はあと本当に僅か。次の瞬間、隕石の力で支えられたセルファークという超巨大ドームは自重で潰れてしまうかもしれない。だから、なんとかしなくちゃいけなかった」
「なんとか出来たんだな?」
「出来てたらこんなことになってないよ」
ごもっとも。
「テラフォーミング完了から寿命まで、およそ5年。戦争があって攻撃魔法が乱発されれば寿命は縮まるし、平穏であれば多少伸びる。けど、結末は変わらない」
俺がこの世界で過ごした日々に、そんな意味があったなんて。
「そんな時、私は不思議な魔法を見付けた。全ての時間軸に干渉し、制御すらしてみせる奇跡の魔法」
「アナスタシア様が作った、時間制御魔法陣じゃ」
神ですら製作不可能だったんだっけ、ナスチヤがいなければ歴史が変わっていたのだろうか。
「あれか……あれを使えば時間を越えられるのは知っているが、そんな便利なものなのか?」
「あくまで時間を越えられる、ってのは主観的な話。あの魔法をもってしても、越えられるのは情報だけ。でも、それでいいの。あの魔法陣があるのは今私達がいる『この』歴史だけだけど、使用だけなら他の時間軸でも出来た。だから、私はなすすべもなく寿命を迎え世界が崩壊する直前、世界を改編した」
セルファークという世界全ての、書き換えだと?
「5年前のある夏の日の、その世界を構築する情報データを現在に上書きした。隕石の寿命ごと、住んでいる人間ごと」
「つまり、失敗した5年間を無かったことにした……というわけか」
「そ」
ループといいつつ、実際は直線的に時間は未来へと進んでいるらしい。しかしそれを誰も知覚は出来ない。
窓がなく時計だけが設置された部屋に閉じ込められたようなものだ。いつの間にか時計が巻き戻っていれば、それが過去に戻ったのか時計の故障かが判別出来ないのと同じ。時間は進んでいるものの、全ての物質が巻き戻っているのだ。
「そして、自分の力ではどうしようもないと考えて人間達に助力を頼んだの。いいアイディアはありませんか、って」
「あったか?」
セルフは自嘲するように笑う。
「かれこれ、数百回以上5年間を繰り返しておりますなー」
目眩がした。
「す、数回?」
「数百回」
数百回も、滅亡を繰り返したというのか?
「バカだろ」
もうそれしか、言葉がなかった。
ループについては理解した。で、繰り返す時代の中で人々は何をやっているんだ。
「私は最良の結果を出さなくてはならないの。最高の形で『世界の解放』を迎えなければならないの」
「多少なり結果は出たのか」
「…………。」
「散々じゃな」
口渋ったセルフに代わり、リデアが結果発表した。
「時に有志を集め、時には世界規模で情報公開し対策を講じたそうじゃ。しかし結末は変わらず、世界は崩壊し繰り返した。……わしやセルファークがお主にループを教えることを躊躇っていたのは、この辺が理由なのじゃ」
「どして?知ったところでこれ以上事態が悪化するなんてことは……」
「悪化したんじゃよ。終末に突き進む世界に恐慌状態となり、無法の世となったり大量虐殺が横行するようになった。それ以降、セルフは一般人に対する情報開示に慎重になるようになったそうじゃ」
……そら慎重にもなるな。
「特にお主はそうじゃった。ループする世界じゃが、お主という人間がこの世に現れたのは今回だけじゃ。数百回の内ただ一度、それが救世主であれば良い。しかしループも果たせぬ最悪の結末のきっかけとなったら?そう思うと、教えることが出来なかったのじゃ」
だが、リデアもセルフもこうして教えてくれた。
「なんで信じてくれたんだ?俺が救世主なんてガラじゃないだろう」
「お主がイレギュラーではないと確信したからじゃよ」
俺をイレギュラー呼ばわりする奴は、ガイル陣営とリデアくらいか。
今なら『異分子』と称された理由も、少し解る気がする。
「お主が時間移動をしたことがきっかけで、アナスタシア様は時間制御魔法陣を製作した。つまり、お主は偶発的に割り込んだイレギュラーではなく、正史ということじゃ」
なんともややこしい話だ。
「あとは個人的な情あ、信頼じゃな」
「……ん?なんで、リデアは前回の記憶があるんだ?というか、ガイルもそうなのか?」
今の話の通りなら、セルフは簡単に世界の秘密を明かすことはしないのだろう。
しかしリデアは初対面の時からそれを知っていた素振りだった。魔導姫だから対策を講じるに相応しい人材とと判断されセルフに教えられたのか?
いや、それにしては詳細を知りすぎている、まるで見てきたかのように。
「わしやガイルは、初期のループで世界の秘密に気付いた人間じゃ。そして事態打開に失敗した時点で、過去の自分に後を託した」
「手紙でも送ったのか」
「わしの場合はそうじゃ。無限を生きるなど耐えられそうにないのでな、ありったけの情報を記した紙を自分の部屋に送り込んでおる。ほら、いつぞや帝国城のわしの私室にお主が入ったことがあったじゃろう。あの時の散乱した紙が未来からの手紙じゃ」
覚えてねぇよ。
「そういえばお主、あの時わしのパンツ盗みおったよな」
「おおお、おぼ、覚えてねぇよ」
声が震えた。
「下着を欲しがる心境など解らんのう。汚い布じゃろ、こんなの」
「汚いの?」
「汚くないわい!」
俺は彼女のスカートを摘まんでをちょっとだけ持ち上げる。リデアは顔を赤く染め俺の手を払った。
「みみみ、見るなアホウ!変態!」
「冗談だ」
そこまで反応しなくても。ロングスカートだから脚なんてまったく見えなかった。
「ははは……それで。それで、ガイルも、未来の自分と手紙のやり取りをしておるのか?」
「いや、ガイルはのう。というよりガイル陣営の3人は、直接過去の自分に魂を乗り移らせておる」
「それは当人がループを生き続けているということ、か?」
「うむ」
ならば、今のガイルの精神年齢は―――
「少なく見積もっても1000歳以上、じゃな」
大陸横断レースの後、ガイルは孤島のアジトで豹変した。
俺やソフィー裏切り、記憶を一部失い、何かに囚われるように姿を消したんだ。
あの時。未来のガイルが乗り移ったのならば、辻褄は合う。
「元が同一人物であろうと、1000年も経てば別人になるよな……」
「あの頃、数秒間だけ重力が消えてみんなみんなフワフワ浮かんじゃう事故があったでしょ?」
帝国に逃げている途中、この孤島を探索している時に確かに重力が消え失せたことがあった。
「あれが、世界が未来から統合された瞬間なの。瞬間的に魔力不足になって、重力発生術式への供給が絶たれちゃうんだ」
正直、理解を超えている。
俺はループの期間に入る一年前からこの世界にいた。この時間軸が上書きされた結果なら、この俺は統合の瞬間に時間を飛んだのだろうか?それとも、オリジナルの俺のコピー?
現にこうしてここにいる以上は、考えても仕方がないのかもしれない。
「俺がゼェーレストで一緒に暮らしたガイルは?あの頃のガイルは、どこにいったんだ?」
「上書きされた、と考えるのが妥当じゃろうな」
「……ああ」
そこまでは、覚悟していた。
問題はその先だ。
「ループしているガイルを追い出して、本来のガイルに復帰させることは出来るのか?」
俺とソフィーの旅の目的はガイルを追い掛けることだ。統一国家との戦いはついででしかない。
ガイルが元も戻れば、これ以上とない頼もしい味方となるだろう。そして、ソフィーも喜ぶ。
しかしリデアは聞き分けにない子供を諭すように繰り返す。
「だから、上書きされて消えたんじゃ。お主が親しくしたガイルという人間は、もうどこにもおらん。死んだものと思え」
三度も念押ししやがった。
「だけど、時間制御魔法を使えば」
「いつか教えたのう、確かに時間制御魔法陣を利用すれば可能かもしれん。しかしそれは死者の蘇生と大差ない」
「なんだよ、倫理的に問題とでも言う気か?失敗したからやり直し、なんて子供っぽい真似を何百年も続けている癖に」
「うぐっ、痛いところを突くね」
苦笑いするセルフ。
「でもね、レーカ」
「でもな、レーカ」
二人の女性は姿勢を正し、もう一度俺に真っ直ぐと問う。
その真摯さに気圧される俺は、次の質問に長く沈黙せざるをえなかった。
『そこまでして、本当の本当にガイルを甦らせたい?』
「……俺にとって一番大事なのはソフィーだ。ガイルじゃ、ない」
俺は、ガイルのことを諦めた。
元より選択肢などない。ナスチヤを助ける為に歴史を変えないと誓った時と、なんら変わりない。
「でもやっぱぶん殴る」
「好きにせい」
「やっちゃえやっちゃえ」
今のガイルがどのような形であれ俺の知るガイルと地続きなら、また頑張れたのかもしれない。
けど、あのガイルは俺のことを本当に知らないのだ。忘れているわけですらない、そもそもが他人でしかない。
「4,5発殴っとくか」
俺はともかく、ソフィーを裏切ったのは事実なんだし。
「しかし、ガイルとリデアとヨーゼフが敵対しているのは何故なんだ?」
同じ目的で繰り返しているなら、協力すればいいのに。
「世界の解放、その定義があやふやなのが問題なのじゃ」
「魔法技術を失わないままの地球への帰化、だろ?」
「別に魔法にこだわる必要はないよ。最悪、地球に帰化する必要もない。人命の保護と文明の発展、それさえ果たせればどんな形でもいいの」
確かに曖昧だな。
「わしは正直、さっさと地球に帰化すべきじゃと思っておる。こんな歪な世界が永遠に続くわけがない、犠牲と不便を覚悟しても世界解放をすべきだとな」
「でもガイルは繰り返しの中で生きて、一人でも多くを救うことに固執してる。それこそがアナスタシアの騎士として成すべきことだと、救いもなく執念の塊と化してるわ」
あれって、ガイルにとっての理想の騎士像だったのか?
「ガイル陣営は、割と好き勝手やっているように思えるんだが」
「あれでもループの知識を利用して、世界のバランスを逐一修正しているのじゃよ。勿論、わしもな」
「ノインの首都に核を落としておいてか?」
あれで人命救助が目的とは笑わせる。
「やったのはフィオじゃろ。彼女はちょっとアレじゃからな」
ファルネからのタレコミがあったよな、そういえば。フィオはガイルから隠れて統一国家と接触している、とかなんとか。
「ただ、具体的にガイルの理想があるかといえばわからない。いや、きっとない」
寂しそうに断言するセルフ。リデアも同調する。
「理想を追い求めること自体が目的となってしまっとる、らしい。過去のわしの私見じゃがな」
「ある意味、ガイルは今やループ肯定派なんだよ」
「今や?」
「そ。昔は違った、ちゃんと世界を解放することを考えてくれていた。だから私もループの中で、記憶の引き継ぎなんて例外を認めていたのに」
千年も理想を揺るがせないことなど出来ない、か。
いや違う、揺るがなかったからこその狂気。そしてそれは、彼等に共通する異常だ。
彼等にも色々あるのかもしれない。ファルネなんて全くもって可愛い方だ。
「……ファルネ」
俺達を逃がす為に残り、帰ってこなかった少女。
つかず離れずの曖昧な関係だったが、それでも。
悲しくはなかった。むしろ喪失感、というべきか。
陳腐な言葉だが、胸に穴が開いたようだ。
「ソフィーもファルネも、俺を置いていかなくてもいいだろうに」
「女々しいことをいうな、まだソフィーは死んでおらん」
目を吊り上げるのは当然リデアだ。
「追いかけろっていうのか、決別だって言ったのはリデアだろ」
「そうじゃが、追うのも反対じゃが、気に食わん」
お転婆姫は憮然と言い放つ。
まあ同意見だ、こんなことをいう自分は嫌いだ。
「ファルネもループしてたんだよな、だからこそのあの老成っぷりか」
フィーネの町で初めて会った時は、ファルネも年相応の女の子だった。
ループ初期はそのままだったのだろう。しかし、1000年以上の年月で精神だけが成長したのだ。
その割に情緒不安定な部分があったのは、長く生き過ぎて心が壊れかけていたのか、あるいは心と体のアンバランスさがもたらしたものなのか。今更、確認する術などない。
「ギイハルトは?」
「急造の牢屋で大人しくしておる」
このアジトに牢屋も独房もない。
そもそも少人数だけが利用する前提の施設だ、船員全員が住まうとなればきっと大半が大部屋を強いられるだろう。
「本気で、ガイルを裏切ったのか」
「初めての事例じゃ。彼は優秀な軍人であり、ガイルの腹心なはずなのに……どうして今回に限って?」
彼の行動に戸惑っているのは俺だけではないらしい。
「ファルネが……死んだから?」
「いや、だってのう。うぅむ」
「身柄を確保しているんだから本人に訊きなよ」
訊きにくいだろ。
「互いに外見なんてどうでもいいってレベルなんじゃないか、なんせ1000歳だぞ1000歳」
5歳と15歳が相思相愛なら危険なカホリだが、60歳と70歳では許容範囲的な理論。
「ギイハルトはループしとらんぞ」
「は?そうなの?」
「理由までは知らぬがな。手紙にはそう書かれておる」
ということは……真性?
咳払いをして仕切り直す。ギイハルトの性癖などどうでもいい。
「ガイルの手下は、今やフィオだけか」
ギイハルトも裏切り、ファルネもいなくなり、フィオの心も離れている。
今、ガイルは一人ぼっちなのかもしれない。
「ところで、ヨーゼフの目的というか、世界解放の指針はどんなものなんだ」
リデアはさっさと解放をすることを望み、ガイルは完全な救済を求めすぎるが故に本質を見失っている。
ならばヨーゼフはと訊ねるも、リデアは言葉を詰まらせた。
「……解らぬ」
「え、なんで?」
何度も経験しているなら判明していそうなものだけど。
「ヨーゼフという人間が台頭したのは、この世界だけなのじゃよ。他のループではラスプーチンが生存し統一国家を統べておった」
「この世界だけ、ってつまりは……」
「うむ。お主が存在した影響じゃ」
考えてみれば、その通りだ。
俺がシールドナイトを倒したからヨーゼフはゼェーレスト村に辿り着き、ナスチヤを発見した。これをきっかけに出世したと、奴自身が言っていたではないか。
俺がラスプーチンを殺したから、ヨーゼフが総統となった。ラスプーチンはかなりの化け物だ、本来の歴史ではそうそう死ななかったであろう。
「個人的には、ラスプーチンよりヨーゼフの方が厄介な印象がある」
曰く、ラスプーチンは世界の終末に微塵も気付かず、統一国家の樹立にご執心であったらしい。
セルフに軽んじられるわけである。
対してヨーゼフのやり方は実に厭らしい。単純な力業が多いラスプーチンの方が、ずっと与し易い相手だった。
「同意じゃ。お主は結果的に、より強い敵を生み出してしまった。これもお主が誠に救世主であるかを疑わせた要因の一つでもあるな」
少なくとも、そんな大層なものではないぞ。
「ヨーゼフはね、私が教えたわけでもなく自分でループに気付いたの。そして動揺もせず、対策を講じている。人間としては最強の部類じゃないかな、手段を選ばなければ、ね」
ヨーゼフの目的か。魔法陣の確保は知っていればどんな勢力だって最優先事項にするだろうし、あまり参考になりそうもない。
「目的が解らないからこそ、魔法陣を奪われながらもイリアを確保出来たのは不幸中の幸いだね」
「セルフからすれば、どいつが世界の解放条件を満たそうと同じなんじゃないか?」
「私だって選り好みはする。それに、条件なんてそもそもない。私が一番『惹かれた』夢が、未来への希望なの」
しかし魔法陣は奪われた。
セルフといえどループは行えず、現状この世界は次の段落へ進む算段が高い。
つまり、人類滅亡なんて最悪の結末もありえるということだ。
「絶体絶命だな」
「絶体絶命なんじゃよ」
これって俺のせい?
「イリア、そういえば何故彼女が隕石なんだって話だったよな」
俺の知るイリアはギイハルトの妹であり、かつて如何なる事情か天師……機械の体となった少女だ。
しかし多くの者がイリアを特別視する。エカテリーナが持ち込んだ絵画には、教国初代法王として彼女らしき姿が描かれていた。
天師とて肉体的成長は存在する。成人の天師ならばともかく、資料の上では20歳前後である彼女はどうしても肉体の調節が必要なはずだった。
「脳以外の全てを機械化しているならあるいは、とも思うが……そうではないんだろう?」
「イリアが生を受けたのは、およそ700年前―――コロニーを地上に降下させたのと同時だよ」
セルフは5個目のミカンに手を伸ばす。
「この世界は多くを魔法に依存している、世界そのものの維持すらね。だから全ての源である隕石は厳重に保護する必要があった。さて、お兄ちゃんなら隕石を守るのにどうしたらいいと思う?」
「うーん、鉄の箱に入れて地下深くに埋める?」
いかん、ガイルと同レベルの発想だ。
「さてここで質問です。戦車と人間、どっちが頑丈?」
「なんだそれ、謎かけか?当然戦車だろう」
センシャって何じゃ?チャリオット?と首を傾げるリデアを尻目に即答する。
「ブー、ハズレ。案外人間の方が壊れないものなんだ。ちょっとくらい怪我しても治るし、自分で考えて危険から逃げられるしね」
屁理屈だ。と言いたいが、一概に否定も出来ない。
例えば、空爆とは地上の全てを焼き払う攻撃といったイメージがある。しかし、空からの攻撃だけで地上の敵を掃討することは不可能らしい。
何割かは削れるも、かならず生き延びる。脆弱な身一つであろうと、知恵さえあれば物量の暴力すら防げるのだ。
「その点、天師は……うんん、地球由来のサイボーグ技術は別格の頑丈さだった。戦車の装甲と人間の知恵を兼ね備えれば、大抵の状況で生き残れる」
「だから、隕石をイリアという人間の姿に作り変えた?」
「人格は私やラブリーと同じ人工知能プログラムの流用。これを命と呼ぶかは生身の貴方達に判断を委ねるよ」
「記憶を失っているのは何故だ?」
イリアは初対面の時、ギイハルトを本気で兄と呼んでいた。あの時点で数百年生きていたとは到底思えない。
「保全機能の一部だね。長期休眠でスリープ状態となり、バックアップから人工知能のエラーや肉体の損傷を復元する」
「つまり、初期化?」
「そういうこと」
本当に『擬態』なんだな、在り方が人間とは違う。
倫理的にどうなんだろう、これ。本人にしては堪ったものではないが。
「例え頭が潰され肉体を引き裂かれても、その本質は群体。指先一つ、血肉の一片、歯車一個が残っていれば自己修復される」
「そこまで強力な復元力なのか」
「そうじゃなきゃ、それこそ地下深くに埋めておいた方が安全だよ」
しかしそういうことなら、やはり今のイリアは生まれたばかりの状態なのだろう。
「世界が解放されたら、イリアはどうなるんだ?」
「死ぬ」
端的過ぎる結論は、故に真実だと証明していた。
「イリアだけじゃない。私だって機能不全に陥って死ぬし、機能の一部を創造主に依存した人工生命、つまりハイエルフのキョウコも死ぬ。世界を解放するというのは、魔法に関わる全てを失うということだから」
自分本意ながら、俺が真っ先に聞き返したことはキョウコについてだった。
「キョウコが死ぬ、って……あのことか!」
かつてキョウコは、自分は死ぬのだと漏らしていた。死に目を晒さないようにと去ろうとする彼女を、俺は死ぬまで一緒にいろと呼び止めたのだ。
キョウコを側に置いていることに後悔などない。エルフの習性故か暴走気味の彼女だが、それでもいとおしい恋人でありどこぞでのたれ死ぬなど許容出来ない。
「ふーん、だ。私が死ぬってのに、他の女の心配?」
「あ、その、すまん……愛してるよセルフ」
「愛を感じない!」
愛してないしな。
「助ける方法の有無はともかく、セルフはそれでいいのか?この世界と命運を共にして」
無神経ともいえる質問に、セルフは達観した様子で答える。
「この世界そのものだよ、私は。さっき言ったでしょ、命を差し出してもいいと思えるほどの未来を見せてくれる勇者を、私はずっとずっと待ってるの」
セルフは15個目のミカンを剥き、俺に一片差し出した。
「もうなりふり構っていられない。統一国家が魔法陣を確保した以上、『次』はない。だから―――勇者様、いいアイディアはありませんか?」
信託を授けるように、セルフは俺に訊ねた。
その瞳は真摯に世界を憂いるからこそに澄んで美しく、思わず期待に応えたいと感じるほどだった。
「まあ、アイディアなんてないけどさ」
「もうちょっと考えて勇者様!」
差し出されたミカンを咀嚼すると、コホン、とリデアが咳払いする。
「ここまでが、これまでの話。前提部分じゃ。次はこれからについての話をしよう」
長い前振りだことだ。
リデアは合計27個目のミカンを食べ終え、手の平を俺に向ける。
「指、黄色くなってるぞ」
「そうじゃないわい、これを聞け」
手の平の上に現れたのは、半透明の球体だった。
球体は魔力の風を取り巻きつつ封じ込め、静かに回転している。
宇宙から見下ろした地球上の雲の流れみたいだ、となんとなく思った。
「これは?」
「風魔法・メロディースフィアじゃ。声や音楽を記録する魔法じゃな」
「便利だな、携帯音楽プレイヤー魔法と命名しよう」
「いやじゃからメロディースフィアだと」
空気の玉は解れ、音の振動となって再生される。
「それに保管中は魔力を消費し続けるから、あまり便利ではないぞ」
そして音声が再現される。
『―――国を知らない王に、国が納められようものか』
聞き慣れた女声は、間違いなく彼女のものだった。




