決着と離別
「痛っ……」
最初の知覚は鈍痛だった。
真っ白な景色が次第に鮮明さを増す。それは飾り気のない天井であり、魔法の灯りが変に目に痛い。
「おや、目を醒ましましたか」
聞き覚えのある声。誰だったかと思い出す努力はするものの、すぐ億劫になり誰何に頼る。
「誰、だ」
「おや、顔を忘れられましたか?私です、ガーデルマンですよ」
ルーデルの相棒か、と至ったところで消毒薬の臭いに気付く。
「ここ……は?」
「孤島のアジトです」
なぜ自分が病室で寝ているのかを訊ねたつもりだったが、返答は施設そのものの通称だった。
孤島のアジト。旅を行えない冬季にスピリット・オブ・アナスタシア号を隠す、ナスチアが有事に備え拵えた秘密基地。
どうしてここにいるのか訊こうとして、腹部の痛みに唸る羽目になった。
「本来限られたメンバー以外は出入り禁止ですが、非常時なので全員ここにいます」
機密保持の観点から、船員のほとんどは冬の間は帰郷している。ここの位置を知るのは限られたメンバーだけだ。
そのルールを破ってでも逃げ込まなければならない、何かがあったのだ。
「何があった、なんで腹が痛いんだ」
病室にいるからには怪我をしたのだろうが、記憶が曖昧だ。
ゼェーレスト防衛とカリバーン突破の二重作戦を実施したことは覚えている。その結末は―――
「覚えていないのですか?いや、そんなことはないと思いますが」
―――ゼェーレスト村は、統一国家に占拠されていたのだ。
「あ、アナスタシア号は!?皆は無事か、あ、痛たたた……」
叫んだ拍子に悶える。
「動かないで下さい。縄でベッドに固定しますよ」
「それは、勘弁してくれ」
実験体にされる気分だ。
「レーカさんはお腹を刺されたのです。重体ですよ」
「だ、誰に?刺された?」
戦闘で破片がぶっ刺さった、とかなら「刺された」とは表現しないだろう。
「上手い感じに刺さってましたよ、まったく」
「臓器を避けてた、とか?」
「いえ、ズタズタになっていました。肝臓なんてざっくりですよ、生きしぶといですねぇ」
しみじみ言わないで欲しい。
「アナスタシア号は無事です。敵を遠方から視認した時点で、敵わないと即断したリデア様が神威ロケットを回収し強行離脱したんです。いやあ、さすがに凄まじいですね。ラウンドベースをも加速させるロケットです、ほとんど使用限界に達していたはずなのにアナスタシア号がバラバラになるかと思いました」
「随分とゆっくり来たんだな、見てから修理と脱出が間に合うなんて」
しかし無茶をする、話に聞いた神威のスペック通りなら本当に自壊しかねない暴挙だぞ。
「統一国家の増援か、来ないと踏んでいたんだが」
ラウンドベースの運用には莫大な費用と準備が必要となる。詳しい情報さえあれば、どの程度動かせるかは検討が付くのだ。
「ゼェーレストに来たのは一人、いえ一体だけですけどね」
ようやく、記憶が甦ってくる。
天を突き抜けるような、超巨大な人型兵器。
そうだ、あれは人型機だ。あまりに巨大な、身長が1キロに達するような城の如き人型機。
ゼェーレストに帰還した俺達を出迎えたのは、ナンセンスなほどの超重兵器だった。
「なんだ、あれは」
くすんだ鋼色の四肢。分厚く長大な、高層建築物と呼んだ方が適切な大剣。
物量だけの不格好な兵器。だというのに、俺は戦慄を禁じ得なかった。
否、あれは違う。技術を積み重ねただけではない、完成された凶器。
「統一国家の広報によれば、総帥ヨーゼフの専用機・ラーテだそうです」
「ラーテ……」
それって確かドブネズミって意味だろ。
なんで全長1000メートルを越える勢いの巨大人型機に、あえてネズミと名付けるんだ?
「順番に、ゆっくり思い出して下さい。時間はあります」
「そうだ、ヨーゼフと幾らか話したんだ。ぶっちゃけ大して聞いてなかったけど」
確か「詰めが甘い」だの「諦めろ」だの言われた気がする。
ヨーゼフとの会話など逃げ出すチャンスを伺う為の時間稼ぎでしかなかった。問題は―――
「あ、ああっ。あああ痛い、腹痛いっ……!」
記憶が蘇るのと同時に、腹の痛みをリアルに思い出してしまった。
互いの出方を窺っている時、ソフィーがぽつりと呟いたのだ。
「そうよね、選ばない人間にはなにも守れない」
彼女は後部座席の俺に振り返り、綺麗に笑顔を浮かべた。
見惚れるほどの美しい微笑。戦場に似つかわしくない女神の微笑みに、俺は戸惑うしかない。
「ソフィー、どうした?」
正気か?と訊ねてしまいそうなほどの違和感。その意図を訊こうとして、唇を強引に奪われる。
「んむっ!?」
「ん、あっ」
舌を押し込むディープなキス。ソフィーらしからぬ強引な接吻に驚いた瞬間、腹部に熱さを覚えた。
そう、初めは熱だと思った。しかし、熱した鉄を突っ込まれたかのような感覚が痛覚だと気付くのにそう時間は必要ない。
自身の腹からは鮮血が溢れ、ソフィーの白いドレスを独創的な意匠に染め上げる。
こんなに勢いよく吹き出すんだな、とどこかずれた思考。
そうだ。俺は。
ソフィーに刺されたんだ。
「そ、ふぃー?」
がぽっ、と血を吐く。
ソフィーはナイフを俺から引き抜き、そっと唇を放す。
唾液の糸が嫌に扇情的で、幼い印象を与えやすいソフィーの美貌とはチグハグな印象を受ける。
「これ、返すわ」
そう言って、俺に押し付けたのは金属の輪。
俺が作戦前に渡した、婚約指輪だった。
声を出そうとするも、刺された場所が悪かったのか、全身に力が入らない。
ソフィーは夜鷹より白鋼を切り離す。
『レーカ君?おい、どうした!』
滑空し巨大人型機へと近付いていく白鋼。異変に気付いたギイハルトが呼び止めるも、遅いとしか言いようがない。
キャノピーを開け、巨大人型機を見据えたソフィー。
『これはこれは』
ヨーゼフは学校のグラウンドほど広い巨大人型機の手の平の上に、白鋼をそっと乗せる。
ソフィーは機体から飛び降り、ヨーゼフに血染めのナイフを掲げ示した。
「―――これでいいのだろう、なあヨーゼフ?」
今まで誰も聞いたことのない、ソフィーの粗雑な口調。
蝶よ花よと育てられ、旅生活でもいよいよ抜けることのなかった育ちの良さは、この時の彼女からは欠片も見出だせない。
『……くく、はい、お見事です。それでこそ、それでこそソフィアージュ様です』
恭しく頭を垂れる巨大人型機。
『降りたまえレーカ君、君は姫の騎士になれなかったのだ』
白鋼は巨大人型機のもう片方の手で振り払われ、俺を乗せたまま地面へと落下する。
このままでは地面に叩き付けられ死ぬ。そうと判っていながら、血が足りていないのか頭も働かず脱出出来ない。
その時不思議なことが起こる。白鋼が一切操縦していないにも関わらず、人型機へと変形したのだ。
巨大人型機の脚部装甲を滑走し、地面に転がって着地する白鋼。
上手く動かない指で体を固定するベルトを外せば、何らかの衝撃で無様に機外へと放り出された。
『やれやれ、往生際が悪い。私が介錯しなければ駄目か?』
巨大人型機が、俺達に向けて足を踏み込む。
俺には迫る足裏を漠然と見詰めることしか出来ない。
ダメだ、もう間に合わない。
衝撃が、一帯を揺さぶった。
「…………?」
数瞬、時が流れる。
死んでいない。体は痛いし、心は滅茶苦茶だし。天国はもう少し静かなところだと確信している身としては、これが死後とは認めがたい。
視線を上げる。
「……しろがね?」
白鋼が人型となって立ち上がり、両腕で巨大人型機の脚を受け止めていた。
魔力障壁を一瞬で貫かれ、しかし白鋼は装甲化されてもいない両腕で巨大な脚の落下を阻む。
たった10メートルの機体が、1000メートルの機体の足蹴を防ぐ。そのような無茶が通るわけはなく、無機収縮帯は飽和した魔力を吹き出し、肉が焼け落ち破断する。
フレームに刻まれた強化術式が火を吹き、陽炎を上げる。
元より重圧に強い機体ではない、それを魔力で強引に強化して支えているのだ。
いや、それ以上に。それ以上に、なんで―――
「―――なんで、誰も乗っていないのに動いているんだ……?」
自壊しながら、スペック上の限界など知ったことかと言わんばかりに馬鹿げた贅力を披露する白鋼。
急降下してきたイリアが俺を抱え、一気に離脱した。
「おい、戻れ、白鋼が……!」
「ダメ」
間接が火花を飛ばし、マニュピュレーターの指がへし折れ。
僅かに頭部が動き、俺を見た、気がした。
「白鋼―――!」
そして、俺達の愛機は消滅する。
違う。消滅なんて綺麗なもんじゃない。踏み潰されたんだ。
木っ端微塵に、原型も残さず、数多の部品をばらまきながら。
俺の最高傑作は、世界より強制退場させられた。
銀翼の天使達 七章 完




