カリバーン突破戦 3
前々から核の扱いが適当でしたが、今回は特に出鱈目です。演出として深く考えないで頂ければ幸いです。
俺こと真山零夏は、ただいま城の地下にて女の子をナンパの真っ最中だった。
目の前にはぼう、っと俺を焦点の合わない瞳で見つめる薄紫の髪の少女。ギイハルトの妹であり、当作戦のターゲットであるイリアだ。
くぁあ、とイリアが小さく欠伸をする。視線が虚ろなのも意識がはっきりしていないのも、ただ寝起きだからというだけのようだ。
どうにかして、イリアをここから連れ出さなければならない。牢屋に閉じ込められている、とかならば容易く脱出に同意してもらえそうなものだが、生憎彼女は苦痛を伴った監禁をされていたわけではないようだ。
いや、いいことだけどさ。
出来れば紳士的に同行して頂きたい。前提として、誘拐紛いは避けるべきだろう。
「えっと、俺のこと覚えてないんだよな?5年前に大陸横断レースで会ったきりだけど」
ふるふる、と頭を横に振るイリア。
「知らない」
「覚えていない」ではなく「知らない」、どちらにしたって同じリアクションだからそれは問題ではないのだが。
「しかも自分のことも、覚えてないと?」
こくん、とイリアは首肯する。
幾らか問答を繰り返して判ったことは、どうやら今のイリアはまっさらな状態だということだ。生まれたばかりの赤ん坊とは言わずとも、記憶喪失に近い状態らしい。
こうなっては説得しようがない。正攻法、すなわち率直に誘おう。
「ズバリ、俺と一緒に来てくれないか?」
「わかった」
「そうだよな、見ず知らずの男に着いてこいとか言われても……いいの?」
首肯するイリア。
「でもほら、ギイハルトとかはいいのか?イリアはそれなりに兄さんのことが大好きっぽい感じだったじゃないか」
「誰、それ」
……ああ、そういえば記憶喪失だった。
「むしろインプリンティングみたいなものなのか?とりあえず初めて会った人に着いていくとか、お兄さん心配です」
そういえば、イリアは当時と背格好が変わらない。
体を機械化した天師とて肉体の成長や変化はある。俺もかつての戦いで四肢の一部を機械化しているからこそ、時々調節が必要なのはよく知っている。
それが見られないことこそ、彼女が普通ではない証明なのかもしれない。
「プリン?」
「そこに反応しなくても」
しかし気になることはある。監禁されていたとしても、本当に人と一切合わないなど有り得るのだろうか。
「ここではガイルと会わなかったのか?」
「ずっと寝てたから」
寝てた?
言われ、鉄箱の周囲を見渡す。
ここは密封だ。家具やトイレがあるわけでもなく、それどころか密室だというのに換気扇や酸素を発生させる装置すらない。
あるいは、冬眠……いや、仮死に近い状態だったのか?いや、そんな人間の理屈が通じるのだろうか?
「と、とにかく。一緒に来てくれるというなら話は早い、来てくれ!」
「あっ」
イリアの手を握り、城の階段を駆け上がる。
そして、俺達は焼け滅んだ地上を見た。
時はしばし流れ、彼等とソフィーが合流しファルネと対峙した後まで経過する。
白鋼と堕天使の戦闘。それは、意外にも一方的なものであった。
「っこ、のぉ、ちまちまと削ってきやがって」
「ごめんなさい、私が上手く動かせないから」
「キモチワルイ」
各部が損傷し、満身創痍の白鋼。
ただ静かに浮遊する堕天使は、未だ傷一つない。
(弱いなんて思ってはいなかったが……ここまで強いとは)
彼女がどのような経緯を経てガイルの仲間となったのか、零夏は詳しく知らない。
しかし一騎当千の戦闘集団として戦える以上は、弱者であるはずがなかった。
よく船に遊びに来ていたファルネを、零夏とソフィーは鮮明に思い出せる。
身近な少女が目の前の重厚な黒い翼を持つ人型機に乗って自分達を追い詰めていることに、非現実感を覚えるほどであった。
『もうオワリ?まだ動けるハズよ、お兄ちゃん』
その通り、白鋼は未だ健在だ。消耗しているのは主に操縦者なのだから。
『最初の威勢の良さはどこに行ったのカシラ?』
「っるっせぇーよ、ふんじばってお尻ナデナデペンペンしたる」
「レーカ、それセクハラよ」
戦闘が始まる前、零夏はここまで苦戦するなど予測していなかった。それは慢心ではなく当然と言える。
ファルネの技能の問題ではない。そもそも、堕天使の浮遊砲台には20ミリ機関砲しか装備されていないのだ。
彼女がアナスタシア号に遊びに来ていた時に、零夏は堕天使のことをおおよそ調査している。その結果は『用途不明な機械があるも、武装は20ミリ機関砲のみ』というものだ。
20ミリ機関砲ではどうやっても、白鋼の障壁を貫通出来ない。故に堕天使は白鋼には勝てない、そのはずだった。
しかし、結果は現状の通り。ファルネは常に浮遊砲台を死角に滑り込ませ、極めて分厚い防衛布陣を空中に描き白鋼を翻弄し続ける。
確かに堕天使の攻撃が一切通らないのならば、敵の牽制など無視してしまえばいい。
だが、極一部とはいえ、機関砲が通用する場所が白鋼にはあったのだ。
(空気の出入りがあるエンジン吸気口と排気口、ここには障壁がない!)
恐るべきはファルネの観察眼か。見えもしない無装甲部分を、ファルネは見逃すことなく撃ち抜こうとする。
初撃でファルネの意図に気付いた零夏は辛うじて回避したものの、それに専念せざるを得なくなってしまった。
「動きを理解しているのはお互い様ってことか、探るつもりが逆に探られていたかな」
戦術を最大の武器とするファルネだからこそ、観察力を過小評価すべきではなかったのだ。
「飛行機になって振り切るのはどう?」
浮遊砲台の速度は遅い、亜音速での飛行しか出来ないことからソフィーは一応提案する。
「戦闘機形態では障壁が失せる、低速でモタモタしている時に飽和攻撃されたら避けきれないだろう」
「うん」
あっさり肯定することから解る通り、ソフィーもさしていい作戦だとは思っていなかった。
イリアを殺害してはならない、という制約もファルネにはあまり関係がない。20ミリ弾ではコックピットに直撃しない限り搭乗者にダメージが到達しないからだ。
「どーしよ、強いよあの子」
「私がいく」
「お願いだから貴女は大人しくしてて……」
なぜか乗り気で出撃しようとするイリアを制止し、零夏破れかぶれに叫んでみた。
「来いよファルネ!堕天使から降りてかかってこい!」
『ヤダ』
「ですよね」
零夏は自身の読みの甘さを痛感する。堕天使とは相性がいいので苦戦はしない、そう楽観視していたことを認めざるをえなかった。
「こうなったらアレをやるぞ」
覚悟を決める零夏。強い意思を秘めた瞳に、ソフィーは婚約者の決心を感じる。
「ほ、本当にやるの?」
ソフィーの頬がひきつる。事前に打ち合わせで聞いてはいたが、どうしても抵抗がある作戦だった。
「何する気?」
イリアが問う。零夏は彼女をしっかりと見据え、頼んだ。
「君の力を借りたい。俺達に協力してくれ」
「わかった」
あまりに容易く得られた了承。少し拍子抜けしつつも、零夏は作戦をイリアに伝える。
「行くぞファルネ!俺達の連携、とくと見るがいい!」
『……お兄ちゃん、それマジ?』
「いたって真剣だが」
白鋼の中央垂直尾翼を掴み、エンジンノズルの真上に引っ付くイリア。
単に掴まっているのではなく翼を使用しての追従飛行だが、それはこの際どうでもいい。
『お、女の子を盾にするのは、チョッとどーかと思うワー……』
イリアを撃てないファルネは、これで攻撃が不可能となったのだ。
女性を盾にするという外道な作戦に、盛大にドン引きするファルネとソフィー。
対し、零夏は平然とした面持ちだ。
「ファルネ、俺の世界には『勝てばいいのだ』という諺があってだな」
『天駆ける騎士としてのホコリはないノ?』
「知らん」
『なんとかしなさいファルネ!その為の堕天使でしょ!』
傍観していたフィオがヒステリックに命令するも、ファルネは冷静に断る。
『ムリ。現状、手を出すのは危険ヨ、オカーサン』
「つーかオバサンは黙ってろ、お呼びじゃねーよ」
『あ?なんつったクソガキ』
膠着状態に陥ったところで、零夏は提案する。
「ファルネ。サシで俺と話をしないか?」
カリバーンの残骸に降り立ち、非武装で対面する零夏とファルネ。
見慣れた互いの顔、慣れた身長差。
巨大なカリバーンの残骸は下手な高層建築物より高い位置にあり、ごうごうとビル風が吹く。
「……寒くね?」
「……寒いワ」
空の低いセルファークでは、飛行中もさほど寒く感じることはない。
天士が防寒着を着込むこともなく、零夏も普通に上着を羽織っているだけだった。
「こ、これを貸そう」
「お兄ちゃんが寒いんジャナイ?」
「男の子だから平気サ」
騎士ではなくとも紳士な零夏であった。
「震えてるワよ」
「知ってるか、物体がもっとも表面積を減らす形状は球体なんだ」
「ソレデ?」
「俺と密着して球体に近付こう」
「イヤ」
ジャブ程度にくだらない会話を交わしつつ、本題に移ろうとしたところで話の腰を折られる。
「レーカ!通信が聞こえる!」
ソフィーの声に、軽くずっこける零夏。
「ああもうなんだよ、これから女の子口説こうってのに。スピーカーで出力してくれ!」
「え?ワタシ、お兄ちゃんのハーレムに入れられるノ?」
「ハーレムなんて作ってないだろ」
「え?」
ソフィーが四苦八苦しつつ操作し、共振通信の音声が出力される。
『あっはぁああんっ!』
いきなり叫びであった。
しかもそれは叫び声のような嬌声であった。
『ええい、いい加減にしないか!』
「今の声……ギイ?」
二機の戦闘機がジグザグと互いの後ろを取る為に交差を繰り返す。
所謂機動シザー運動をしつつ、ノイン上空に現れたのは夜鷹と雀蜂の2機。ゼェーレストより急行してきた彼等は、このタイミングで零夏達の舞台に上がる。
「雀蜂の方はエカテリーナだな、何しに来たんだ」
『こ、これは……!どうしてノインが更地になって、イリア!』
夜鷹がイリアの姿を確認し、半人型に変形した上で降下してくる。レーカは即座に後ろに跳び、イリアの側に着地した。
「久々だな、ギイハルト。もう5年ぶりか」
『レーカ、君がこの国を滅ぼしたのか?』
冗談じゃない、と手を振る零夏。
「核を落としたのはヴァルキリーだ。こちらに一般人を巻き込むつもりなんて―――まあ、カリバーンに関しては弁明するつもりはないが」
『ヴァルキリー……フィオさんが、か……そうか、解った。疑ってすまない』
素直な謝意の言葉に、思わず変な顔になる零夏。
「謝罪などいらん。これをどう思う?さぞいい景色だろ」
『なんだと?』
「目的の為の尊い犠牲だ、城の人々だって本望だろうさ」
ギイハルトの考えを図ろうと、あえて挑発的に訊いてみる。その程度の考えは読み取れるギイハルトも、冷静に返した。
『言いたいことは解る、だが僕は軍人だ』
「模範解答なんだろうが、嫌な答えだ。そも、お前は脱走兵じゃないか」
沈黙してしまったギイハルト。これ以上の問答は迷いを生じさせるだけと判断し、彼は私情を封じ込む。
つい先程リデアにも似たことで責められ、自分はそんなに解りやすいのだろうかと軽く消沈するギイハルトであった。
『イリアを離せ。その子は、気軽に手を出していい存在ではない』
「お前等だって確保してたじゃねーか」
『保護と言って欲しいがな』
ゼェーレストへの攻撃を切り上げてでも急行してきた夜鷹だが、彼は僅かに間に合わなかった。イリアを人質にされている以上は身動きが取れない。
仕方がなく、零夏を刺激しないように上空旋回へと移行する。
『愛の編隊飛行よー』
『呑気だな、君は』
勝手に夜鷹に追従し編隊を組む雀蜂。意味など欠片もない。
「さて話を戻すぞ」
ギイハルトからの介入はないと判断した零夏はファルネに向き直る。
「俺達に寝返れ、ファルネ。俺達はお前を本格的に仲間として迎えたい」
「ドウセ堕天使目当てデショ」
「解ってて言うな。友達だからだ」
交際を申し込む男子の心境で、零夏は片手を差し出した。
「裏切るつもりはないワ。ここまで来たんだもの」
「ほー?ここまで、か。スタート地点から1ミリも動いてない気がするがな?」
言葉に詰まり、零夏を睨むファルネ。
「口説くつもりなら甘い言葉のヒトツも囁けナイの?」
「何かを成そうと思うなら、何かを捨てるしかない。お前はそう言っていたけどさ」
それは物事の基本であり、しかし守られる保証もない約束事。
だが零夏からすれば、この言葉をファルネが発するのは釈然としない感覚であった。
「それで。この惨劇を許容してでも、得たいお前の望みってなんだ?」
両手を広げノインの大地を示す。だが、ファルネは地上を直視出来なかった。
否、だからこそ、説得は意味があると零夏は密かに確信する。
「お前はそうだろうな、沢山のものを捨ててきたんだろう。けど、それで何を得た?」
零夏は理解していた。ファルネは何も手に入れられていない、空虚ばかりが増えていったのだと。
「俺がお前の望みを叶えてやる」
傲慢な物言いに、ファルネは気色ばんだ。
「アナタに私の望みが解るっていうの?」
「……言っちゃなんだけど、割と解りやすいぞ」
零夏やソフィーを『お兄ちゃん』や『お姉ちゃん』と呼ぶことや、情報漏洩の危険を顧みず何度もアナスタシア号に遊びに来ることからもファルネの望みは推測出来る。
「あの人と、もっと話したいんだろ?」
「違うシ」
『あの人』が誰かと問い返さない時点で、肯定と同意義であった。
『あの人って誰よファルネ。貴女、外で誰かと会ってるの?最近のデータ改竄はそのせい?』
フィオが厳しい口調で詰問する。
(お前だお前、馬鹿親が)
ファルネはフィオを愚かだの人格破綻者だの称しているが、それでも彼女の元を離れようとしない。
なんてことはない、ファルネは母親に着いて歩いているだけなのだ。
しかし娘の願いに母が気付くことはない。ファルネの苦悩は、そんなことが起因であった。
「私達はもう仲良くできないヨ。私が魔法陣を確認したンだから。私はレーカとガイル達を天秤に掛けて、レーカを捨てたノ」
戦いの直前、ファルネも葛藤していた。ガイルや母親を裏切るか、零夏を裏切るかを。
そして、彼女はもう既に選んだのだ。
「ギイハルト、今回の作戦でアナスタシア号に被害を与エタ?」
『……心神のレールガンが直撃した、負傷者がいないということはないだろうな』
「デショ?モウ敵なんだよ、アナスタシア号の人達もきっとワタシを許さない。敵なんだから 」
「知るか、それは俺が決めることだ。お前が嫌がったって友達だってことは変わらねぇよ」
零夏の強引な性格は、時に誰かの救いになる。
他者の機微に疎いわけではないが、それ否定することを躊躇わないのだ。
それが軋轢を生むこともある。だが、ファルネにとってはそうではなかった。
「……裏切ったとして、私が何を得るノ?」
「これからだ」
「ハ?」
「『これから』を得るんだ。それじゃ、不満か」
ファルネは僅かにポカンと目を丸くし、やがて波顔した。
「ハ、ハハハ、何ソレ、そんなコト?」
ツボに嵌まったらしく、ファイトは涙を浮かべるほど腹を抱えて笑う。
「泣き虫だなファルネは」
「アハ、ハハハ、酷いよ、女の子の涙を笑うナンテ……アハハ、アアッ、あああ……」
次第にそれは嗚咽へと変化した。
「ナンデ、ナンデ私泣いてるノ?悲しいコトなんてないハズなのに、ナンデ?」
「深い意味なんてないさ。心がびっくりするのはよくあることだろ」
「ウン、ウン」
何度も頷くファルネ。
「いや、ま、女心なんて解らんし。そういうことにしとけ」
「え、なんでソレ言っちゃうの?」
台無しであった。
「根が正直者でな。解らないことを適当に誤魔化すのは苦手だ」
深呼吸を繰り返し、自身を落ち着かせるファルネ。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
改めて彼等は向かい合う。
「私、お兄ちゃんに協力する」
ファルネはガイル一行、そして母親との決別を決意した。
元より心は決まっていた。彼女が欲していたのは、ただ心の壁を壊す程度の助力だけ。
零夏は安堵に胸を撫で下ろし、ファルネの手を取る。
『所詮はファルネの『レプリカ』ってことね。死ねば、裏切り者』
「―――エ?」
フィオの言葉に、ヴァルキリーがいるであろう上空を呆然と見上げるファルネ。
『何度も言わせないで、あの子が死んだから作ってみたけれど……所詮は作り物よね、親を裏切る子供なんてとんだ欠陥品だわ』
「作り、物?どういうコト、お母さん?」
それは袂を分かつ決意をしていようと、無視出来る言葉ではなかった。
『何時だったかしら、死んだのよファルネは。目を離した隙にくたばってたわ』
ふと見ればガムが靴の裏に張り付いてた、程度の調子で告げるフィオ。
困惑する一同、そこに役者が一人増える。
『ソフィー、お前は気付いていたのではないか?』
続いて受信したのは、低い男性の声。
ギイハルトではない。何より、零夏とソフィーにとってひどく聞き覚えのある声色だ。
「―――ガイルか、歓迎は受け取ってもらえたようだな」
雑音混じりの音声から、心神は通信圏内ギリギリに入ったばかりだと推測する。
速度に勝る心神が夜鷹よりかなり遅れていることから、ゼェーレストに備えた防衛体制が無意味ではなかったことを零夏は悟っていた。
「お父さん……」
表面上は飄々とした零夏とは対照的に、ソフィーは苦虫を噛み潰したような渋い表情であった。
「言いたいことは色々あるけれど、今はいいわ。ファルネが……死んだ、ってどういうこと?」
本人を前に躊躇うも、訊かぬわけにはいかない。ソフィーは意を決して訊ねた。
『ファルネが俺の子なのは知っているな?』
あっけからんと言われ、たじろぐソフィー。
「不誠実を認めるの?」
『俺はいつだって誠実だ。昔も、今もな』
「……ソフィー、そこは認めていいと思う。ガイルは魔法で化けたフィオをナスチヤだと勘違いして抱いたんだ、ガイルはナスチヤを愛している」
『なぜあの日のことを知ってる……』
零夏はアナスタシア張本人に聞いていた。彼女が亡くなる前日であり、その時の彼女は母親ではなく女性としての顔を見せていたことから鮮明に覚えているのだ。
『まあいい。とにかくファルネが俺の血脈に連なる者ならば、風読みの力があるはずだ。お前がそうであるように』
「……本人は昔、瀕死の重症を負って以来使えなくなったと言っていたけれど」
言いつつ、ソフィーもあまりこの説明を信用していなかった。加護の類が怪我で失われるなど、聞いたことがなかったのだ。
『だから、死んだのよ。その時私の娘は』
ガイルにとってファルネは貴重な人員、『長年』訓練した蓄積が失われることを危惧したガイルとフィオは娘の甦生を試みる。
『脳をバラバラして、解析して、エミュレータで再現して。使えるレベルまで上出来な道具として生まれ変わったけれど、結局風を読む能力は失われたわ』
当然だわ、とフィオは卑しく笑う。
『だってただの作り物だもの』
前後不覚となり、足を縺れさせたファルネを零夏は咄嗟に支える。
「ファルネ、しっかりしろ。あんなオバサンの言うことなんて真に受けるな」
「あ、うん、ゴメンナサ、い」
ファルネの瞳の焦点は合っておらず、手を目の前で振っても反応しない。ショックのあまり目眩をおこしたのだ。
「お兄ちゃん、ワタシ、ワタシ」
「ファルネ!そんな男のいうこと信じちゃダメ!ずっと接してきた私にはわかる、貴女は私の妹よ!」
思わず白鋼のコックピットから身を乗り出したソフィーも訴える。
「お姉、ちゃん」
涙ぐむファルネ。ソフィーに妹とはっきり言われたのは初めてだった。
「大丈夫だ、今は何も考えるな。おいフィオ!立ち眩みする人工知能がいるかよ、適当なこと言ってんじゃねぇぞ!」
『認めたくないなら好きにすればいいわ。なんならダッチワイフとして持って帰ってもいいわよ。人工知能はアンインストールさせてもらうけど』
零夏は小さく息を吸った。鼓動も、呼吸も止まるような感覚にとらわれる。
(今、こいつ……アンインストール、と言ったか?)
もしファルネが本当に作り物であったとしたら。そして、そのデータが消されたとしたら。
『ほら、削除開始っと』
「っ!」
心理的抵抗から普段は行わない人体の解析、ファルネの頭部を透視する。
体を機械化した天師といえど、脳は生身のはず。
しかし、彼女の頭に納められているのは記憶装置と演算装置だけ。
零夏は理解する。ファルネが人間ではないことを。
「―――関係、あるかよっ!」
それでも、ファルネが友人であることに変わりない。零夏は思い切り渾身の声量で叫んだ。
「削除を止めろ!殺すぞクソババア!」
『止めて下さい、でしょクソガキ。それが人にものを頼む態度?』
「―――っ、お願い、します!」
零夏は素早く正座し、額を地面に擦り付けた。
恥も外聞もない。ファルネの為なら、土下座の一つ何の抵抗もない。
現在進行形で消えていくファルネの記憶、力付くで止める時間などない。
彼にはフィオの気紛れに賭けるしかなかった。
『きゃは、土下座!土下座してるわコイツ!』
「いいから停止させ―――して下さい!」
『解ったわよ、ほら……』
零夏は喜色を浮かべ頭を上げ、
『……さくじょ、かんりょー。あははははっ』
憤怒に声にならない絶叫をあげた。
「ソフィィィィッ!!」
跳躍、白鋼のコックピットに一歩で乗り込む。
「あのババア、殺す!ぶっ殺す!」
背後で怒気を吹き上げる零夏に気圧され涙目となるソフィーだが、相棒の決断に如何はない。
「ソフィー!」
「はい!」
「全速で空域を離脱しろ!」
「了か―――えええっ?」
数秒前とうって変わり、撤退を指示する零夏。
「敵は心神と夜鷹、そしてヴァルキリーの三機。分が悪りぃ!イリアの確保が最優先だ!」
心神とヴァルキリーが手負いで、かつ夜鷹も武装と魔力をほぼ使い果たしている。しかし、それでも三対一の戦いはリスクが大き過ぎると零夏は冷静な部分が判断した。
『賢明だな、降って湧いたチャンスにすがる天士など長生きできるものじゃない』
そんな零夏を高評価するガイル。彼は零夏に対し、少なくとも天士としては敬意を払っていた。
素早く変形し、戦闘機形態となって離脱を試みる白鋼。
遠方、辛うじて点として見える距離まで接近した心神が、彼等をレールガンが狙う。
『ギイ、追え』
『……了解』
ガイルとしてもレールガンは使用したくはなかった。強力過ぎて手加減出来ず、ソフィーを傷付けかねない。
ギイハルトの夜鷹は容易く白鋼に追い付いた。推力重量比では白鋼が勝るも、肝心のエンジンが黒煙を吹いているのだ。
「堕天使にチマチマやられて、タービンに破片でも飛んだか!?エンジン出力を30パーセントに抑えろ、火が出るぞ!」
「でも、追い付かれ―――」
「イリアがいる限りはそうそう落とされんさ、こうなったら船にいるアイツ等頼りだ!逃げ切るぞ!」
しかしながら非情にも、白鋼のエンジンが小爆発。様々な場所から火を漏らし、異物音と共に完全に停止した。
辛うじて人型に変形し、滑空して軟着陸する。
エンジンの復旧は不可能と判断し、零夏はすぐさまエンジンユニットを爆破パージする。ダメージが機体まで伝播すれば更に状況が悪くなるのだ、仕方がない決断だった。
遂に到着する心神。歪な人型に変形したガイル機は、威圧的に白鋼を見下ろす。
「どうしよう、レーカ……」
不安げなソフィーの頭をポンポンと叩き、コックピット後ろエアバイクを取り出す為にレバーに手をかける。
「ソフィー、エアバイクは乗れたな?イリアを連れて逃げろ。俺は時間を稼ぐ」
イリアがソフィーを抱き抱えて飛んだ方が速いが、空を飛べば確実に追い付かれる。地上から脱出した方がまだ可能性が高かった。
「だ、駄目よ!お父さんからすれば、レーカを生かしておく理由はたぶんないわ!それに生身で機動兵器に立ち向かってどうするのよ!」
ソフィーの言葉は正論だった。反論しようにも説得する自信もなく、しかし零夏は譲るつもりもない。
その時であった、白鋼の上空に影が差したのは。
『な、んだと!?』
『まさか、ありえない』
驚愕するガイルやフィオの声。空を見上げれば、白鋼と心神に割って入る形で人型機が浮遊していた。
黒い装甲、浮遊砲台が織り重なった背中の翼。
「……ファルネ?」
逆光を背負い機械の翼はためかす巨人の姿は、まさに天使。零夏はその姿に、なぜか神々しいものすら感じる。
「……ファルネ!?ファルネなのか!?」
目の前の現実を理解し、喜びの声を上げる零夏。
「生きていたんだな、良かった―――」
言い切るより早く、浮遊砲台の機銃が心神へと放たれる。
容易に避ける心神。その反応速度は最強の天士に相応しい。
『逃げて下さい』
口調に違和感があるも、それは間違いなくファルネの声。
「生憎逃げようにも、エンジンが死んでてな。付き合おう!」
2対3ならばまだ勝算はある、足の遅いファルネだけを置いていく選択肢などない。零夏は戦闘を決意する。
それを挫いたのもまた、ファルネであった。
『ギイハルトさん、お願いできますか?』
『……頼まれた』
夜鷹がホバリングし、白鋼の腕部に機体後部のアレスティングフックを掛ける。
「な、なにをする気だ!?」
『飛行機同士の牽引など珍しくもないだろう』
強力な夜鷹のエンジンは、白鋼を無遠慮に牽引する。軽量な白鋼はそのまま浮き上がり、宙吊りとなった。
「そうじゃない!お前、なんで俺達を助けるんだよ!」
『……一応、ファルネは俺の上司扱いだ。上官命令は絶対だ』
『お前も裏切るのか、ギイハルト?』
『聞こえません、通信機の故障のようです隊長』
白々しくギイハルトは返答する。明確な、ガイルへの決別だった。
『自分は軍人です。人々の生活を守るという矜持があります。貴方のやり方は、それに反している』
『目的の為の小さな犠牲など、ありふれたことだろう。そも、軍人に矜持など必要ない』
『……やはり、隊長は変わってしまわれました』
『俺としてはお前の方が意外だがな、いつから命令違反なんて人間臭い真似が出来るようになった?』
もし互いの顔が見えたならば、ギイハルトは決意が揺らいでいたかもしれない。
言葉と裏腹に、ガイルは穏やかな目をしていたのだから。
『かつて俺と一緒に戦争孤児を殺したお前が、今更人間になろうというのか』
『……それは忘れていないのですね、安心しました』
戦線離脱する夜鷹と白鋼、彼等を見送る堕天使。
「ファルネ!」
『いい加減にしないかレーカ君!今君がここにいたところで、隊長達に勝ち目などない!』
「くっ」
白鋼が変形し、戦闘機形態へと戻る。機首の一部を展開しアレスティングフックに引っかけ、しかもエンジンを喪失した歪な形状とはいえ、劇的に空気抵抗は減少した。
戦線離脱する夜鷹と白鋼、彼等を見送る堕天使。
ファルネはそれを端目で確認し、心神と対峙する。
ふむ、とガイルは唸った。
『これはどういうことだ、フィオ?』
『申し訳御座いません、プログラムに不備があったようで―――』
ファルネの再起動に謝罪するフィオ。
しかしガイルの疑問符が向いているのは、そこではなかった。
『そうではない。なぜ、こいつは風を読んでいる?』
ガイルは堕天使の変化に気付いていた。
風を従え、風と共に飛ぶ。
同じ能力があるからこそ―――ファルネが『視ている』ことを感じ取ったのだ。
『風読み……使えないはずではなかったのか?』
『そ、そんな!有り得ません』
まさか、とフィオは首を横に振る。
『ファルネの脳を移植したならばともかく、あれはただのプログラムです!』
『だが間違いない。アイツは風が視えている』
堕天使が動き出す。ファルネが常とする、それぞれが隙を埋め合う基本戦術。
一人が制御することによる完全なる連携。それは派手さに欠けていながらも、ガイルにさえ通用する堅実さを備えている。
自在に絡み合う浮遊砲台の機動。その軌跡は更に正確に、射撃は更に精密に進化していた。
舌打ちし、回避と防御に努めるガイル。
『無駄だ』
彼は一言、そう否定する。
『風読みの力は軽い機体に乗ってこそ真価を発揮する。そのような、装甲の塊では宝の持ち腐れだ』
ガイルやソフィーは瞬間的な突風に乗って機体を翻したり、僅かな気流を感じ取って弾道計算を補正したりする。
しかしそれも軽量かつ翼面荷重が小さい機体だからこそ。堕天使は重い装甲に航空力学を無視した形状、風を読む能力を十全に発揮出来る機体ではない。
『お前は何者だ』
『バグじゃないかな』
ファルネの顔をした少女は、悲しげな声色で答える。
『っ、OSは完全にフリーズしてます!じゃあ、なんで動いてるの!?』
『お前がファルネではないのなら、なぜ奴に味方する?』
『一緒に旅をして、同じ空を飛び、様々な景色を共有してきたから』
彼女の回答は簡潔だった。
『……なるほど。逐次リンクしているはずの粒子テレポーテーションが時おり途絶えていたのは、お前の仕業だな?』
ファルネは監視されていた。全ての見聞きした情報は感情までもがモニタリングされ、ヴァルキリーに送信されていた。
近年見られた不自然な情報欠落、通信障害。そのその正体こそ、目の前の『何者か』だったのだ。
『誤作動、エラーの蓄積、なんでもいいわ。私は私のやりたいようにやる』
フィオは戦慄していた。技術者として、到底受け入れられない現象が発生しているのだ。
例えば、破損したデータが組み合わさって偶然別のプログラムとなることもあるかもしれない。極めて低い確率だが、有り得ないことではない。
だが今のファルネは違う。そもそも演算装置すら停止し、完全沈黙しているにも関わらず普通に動いているのだ。
(まさか、本当に何かが取り憑いているとでもいうの!?有り得ない、世界に1と0以外の記号があるはずがない!)
『まさか折り畳まれた第5以降の次元に存在する固有数式!あはは、アンタに初めて価値を見出だしたわモルモットォオオ!』
『うるさい、黙っていろ』
彼女が何者であるかなど誰にも解らない。そして……
『……どうでもいいことだ。俺の道を阻むのだろう?ならば、どうするかは決まっている』
ひとしきりレーザーによる攻撃を試すも、重装甲の堕天使にはダメージが通らない。ならばと心神は戦闘機に戻り離脱、仕切り直しレールガンを起動させる。
堕天使にアプローチし、照準を定めるガイル。
『言い残すことはあるか』
『ないよ』
リンクしたステータスデータより、ファルネの意図に気付いたフィオが叫ぶ。
『っ、隊長、離れて下さい!』
ファルネは素早くパスワードを入力、堕天使のコックピットコンソール一番深くから出現したボタンを保護ガラスごと押す。
『私の勝ち』
彼女に与えられた一分間は、意味を得た。
背後での、再度の大爆発。
核エンジンの臨海暴走のよる爆発。堕天使の最後の攻撃は、しかしノイズが一つ失われるだけだった。
夜鷹に牽引される白鋼、零夏とソフィーは背中から突き抜ける轟音と衝撃波に身を竦める。
「クリスタル共振通信が、一つ途切れたっ」
「お父さん?ファルネ?」
途絶した通信は一つ。死んだのは、一人だけ。
『お前はどちらが良かった、ソフィー?』
ガイルが通信を繋げる。それは、ファルネが喪われたことを意味していた。
『まさか自爆とはな。心神も僅かだがダメージを負った、追撃は不可能だから安心するといい』
それは文字通りの『僅か』であった。危険を察したガイルは急上昇、ヴァルキリーの上面に隠れ込んだのだ。
音速とほぼ同速度の衝撃波からすら逃げおおす心神の加速は、閃光以外のダメージを阻止しきった。とはいえ元より破損していた外装は焼け、全面張り替えが必要なほどに痛んでいる。
『お父さん、私、さすがに怒ったよ……?』
ファルネに対する仕打ちに、ソフィーとて父への敵意を滲ませる。
ガイルはそんな愛娘に、冷徹に問うた。
『お前に人のことが言えるか、ソフィー?ナスチヤの計画を無視しているお前が』
「あっ、え、そんな……」
父の言葉に狼狽するソフィー。零夏は困惑するしかない。
(ナスチヤの計画、何のことだ……!?)
『判っているんだろう?お前の平穏が犠牲の上に成り立っていることを』
迫る通信圏外ライン。最後に、ガイルは一言断じる。
『お前が決断していれば、ファルネは死ななかった』
「…………。」
「…………。」
『…………。』
『…………。』
『空気が重いわぁ』
会話もなくゼェーレストまで飛行する夜鷹、白鋼、雀蜂の3機。白鋼が手狭なのでイリアが途中で夜鷹に乗り移った以外は、エカテリーナ以外は沈黙を保ったまま時を過ごす。
『……レーカ君、そろそろゼェーレスト村だ。僕のことを事前に説明しておかないと面倒になるぞ』
『あ、ああ。……ギイハルトはどうするつもりだ?』
『君達に協力しよう。作戦時以外は牢屋に放り込んでおいて構わない』
「……ウチに牢屋も独房もねーよ。とにかく、休みたい。なぁソフィー?」
返事はない。
ソフィーはあれ以来、一言も話さない。
イリアが前方に何かを発見する。
『前、見えてきた』
『シャワーが浴びたいわ、ギイハルト一緒に汗を流しましょ?』
『そのうちな』
戦いを終え、ゼェーレスト村に帰還した白鋼。
彼等を出迎えたのは、村を占領した統一国家であった。
レーカがファルネの為に土下座したのは二度目です。レーカにとって誇りとプライドは別物。
実は、もう次と更に次が書き終わってます。
やたら筆が乗るので、更新より執筆を優先している状況だったり。




