カリバーン突破戦 2
超大型レールガン・カリバーンの破懐に成功した白鋼だが、そこに僚機の姿はない。
それも覚悟していたこと、元より無謀な突破作戦。
彼は撃墜されても死にはしない 、そんな楽観の末の喪失だった。
「……ここは敵の本拠地だ、さっさとイリアを確保するぞ」
零夏は感情を抑え込み、目的へと移行する。
イリアは世界の鍵であり、『ほぼ』純粋な保護目的によって隔離されている。よって物理的に安全であることと露見されないことを最優先とした場所に隠されいる、と零達は推測した。
「頼りになるのはリデア謹製のコンパスだけ、か」
零夏の手の平には、針ではなく光を伸ばすコンパス。動作原理など解らないものの、手渡された時点からずっと同じ地点を指し示している。
「魔法の道具で探せる人間、って何なのかしら」
「解らん」
リデアから軽い説明は受けているものの、人間と隕石がイコールで結ばれることに首を傾げる二人。
「詳しくは作戦後に聞く約束だ、操縦任せるぞ」
「うん」
カリバーン周辺の大地が開き、多数の垂直発射ミサイルサイロが露出する。
すかさず解析魔法を使用、地球における最も近い兵器を判断。
「SAM!」
「さむ?」
「地対空誘導ロケットだ、だけど!」
崩壊したカリバーンの残骸上に立つ白鋼に、数十本のミサイルが迫る。だが零夏は人型形態のまま空中に身を踊らせ、同じ場所に浮遊したまま無視しきった。
次々と着弾し爆発するミサイル、爆炎に飲まれる白鋼。
風で煙が流れた時、そこにいたのは無傷の機体であった。
「防げるのは確信していたが、怖いな!」
ソフィーは人型形態のままホバリングを続け、カリバーン周辺をぐるりと周回する。人の形をしていようと宙にいる間は白鋼の設計思想は飛行機であり、ソフィーの能力の範疇だ。
零夏は現在位置とコンパスを照らし合わせ、測量を行って尋ね人を探す。その間にもミサイルが絶え間なく突き刺さるが、彼等は気になどしない。
「あっち、か」
そして位置を確信した零夏。視線の先には、簡素な城があるだけ。
「……女の子を城に幽閉するとは、お約束だな」
ミサイルの隙を突いて戦闘機に変形し、一息に城上空へと接近。
「本当にここでいいの?」
「構わない、降ろしてくれ!」
白鋼のキャノピーが開き、ガンブレードを握った零夏が飛び降りる。
離脱する白鋼を見送り、零夏は侵入可能な入り口を探す。
たった一人の城攻めが始まった。
尖塔の窓を破壊し城に飛び込んだ零夏は、割れたガラスを服から払いコンパスを確認する。
「コンパスが指してるのは城の標高より更に下の方、人間が頑張って掘った穴にしちゃあ深すぎる。こりゃダンジョンを利用しているな」
世界中に蟻の巣のように広がる地下構造、通称ダンジョン。古代文明の遺跡などと呼ばれているが、ようは宇宙コロニーであるセルフ・アークの外壁内施設である。
地上と月面が向かい合わせとなったセルファークという世界、人類が大地だと思い込んでいるのは宇宙コロニーの外壁内側の成れの果て。一見木々や山々が広がる地球と同じ大地だが、少し掘れば金属の内壁に達する。それが偶発的に地上に露出したり人間の開発によって発見された場合、内部侵入する為の出入り口を人々が『ダンジョン』と称するのである。
建築物は木造や石積みも多いセルファーク、そのほとんどは中世時代程度の建築技術だ。
近代に造られたそれらと比べて、高度な素材技術で建築された宇宙コロニーは並の城壁より遥かに強固であり堅牢といえる。
「ダンジョン内の魔物をある程度一掃して、城の一部として使っているんだろうな。あ、メイドさん」
「ひぃぃっ!」
突如窓より侵入してきた不信人物、つまり零夏に怯えるメイド。とりあえず手を振って無害をアピールする。
駆け付けた騎士達が腰を抜かし壁に背を預けるメイドと、彼女に手を向ける零夏を見て眉を吊り上げる。
「侵入者だ!」
「侍女に手を出そうとしているぞ!」
「不埒な奴め!」
(してねぇよ……)
零夏は泣きたくなった。
「おのれ不届き者め、ノイン一番の剣士である我ガッ!?」
「はいはいちょっと急いでるんでな!」
騎士達をガンブレードの側面で凪ぎ払いつつ、零夏は道を急ぐ。
「我こそノイン最高の槍使い、その名もギャッ!」
「ガハハ、俺はノイン最強の武道家でノブハッ!」
「他とは一味違うぞ、ノイン屈指の魔法使ハレアッ!」
次々と敵を吹き飛ばす零夏。彼とて剣技においても世界屈指の使い手だが、そもそも基礎魔力量の桁が違う。強行突破するだけならば、身体強化魔法による力業が一番楽だった。
「加減は出来んぞ、というか騎士多すぎだろ!」
ノイン王国の王城なのだから、別に不自然なことではない。もっとも、敵が長らくいなかったことから実力は大きく低下しているが。
騎士を一通り蹴散らし、零夏は先を急ぐ。
「おい、待て!」
「待たん!」
階段を駆け降りる零夏を呼び止める声、彼はにべもなく無視する。
「いや待て、待って下さい!」
「なんだよもう、手早く頼む!」
零夏が目を向ければ、王冠を被った男性が彼を睨んでいた。
「何のつもりだ、誰だお前は!カリバーンがなければこの国の防衛は……!」
「ごめん急いでるからもう行くわ!」
あまり興味をそそる内容ではなかったので、零夏はスルーすることにした。
「お、お前はどこの者だ!せめてそれだけ教えろ!」
「通りすがりのイケメンだ!イケメンキック!」
「ガバッ!?」
零夏はアラサアを蹴り飛ばし、更に地下へと進む。
顔を蹴られ悶絶するアラサアは鼻血もそのままに騎士に叫んだ。
「スクランブルだ、戦闘機を出せ!」
「もう上がっております!」
「全てだ、動かせる機体を全て発進させろ!」
「す、全てですか!?」
アラート・ハンガーに詰めた戦闘機は4機のみ。国土の中心に位置するここには、戦力こそあれど緊急時への備えは戦略上薄い。
「そうだ!戦闘機も人型機も、空を撃てる奴は全て動かせ!」
「はっ!」
正規の手順を踏まずにエンジンを回せば、飛行中に問題が発生する可能性すらある。しかしアラサアは、敵の排除を優先した。
「あの前後逆の飛行機を生きて帰すな!」
外界から隔離された彼は、今や世界的に有名な白鋼の名も知らない。統一国家を散々虚仮にしてきた英雄も、彼にはただの外敵と大差なかった。
「スクランブルだ!まわせーっ!」
「誰の機体でもいい、乗り込め!エンジンが動いた奴から離陸しろ!」
「コンタクト、コンプレッサー早く!」
カリバーンに依存し軍事規模を縮小していたとはいえ、国内に一切の機動兵器が存在しないわけではない。
城の格納庫より人型機が屋外に牽引してきたのは、帝国のベストセラー戦闘機である初音21式。葉巻型の胴体に綺麗な三角形の主翼と単発エンジンを備えた、良好な運動性と最高速度、そしてなにより極めて優れた整備性を備えた戦闘機だ。
もっとも、あくまで開発当時の基準からしての『良好』。現在使用されている機体と比べればあらゆるスペックが劣っており、まして白鋼と敵対出来る戦闘機ではない。
浮遊装置にて垂直離陸していく初音21式の傍ら、人型機部隊が動き出し対空砲を構える。
大戦の傑作人型機・戦巫女を独自改修した蛍巫女。火力拡張と火器管制を重点的に強化されており、整備性の良さから配備から外れない歴戦の機体である。
軍事力の何割かを割いての一斉出撃。カリバーンがありながらもそれだけの練度を維持していた天士に関しては、一応優秀と称してもいいのかもしれない。
城を降りていく零夏。やがて壁は石造りから、滑らかな金属へと変化した。
「ダンジョンの階層に突入したか」
ひんやりとした空気に気を引き締める零夏。ダンジョンは|古代のトラップ《宇宙コロニーの警備装置》が生きていることもあり、危険が多いのだ。
幾らかの鉄壁を魔法で吹き飛ばし、その最奥に到達する。
「ここが最下層?いや、コンパスは更に下を示しているな」
床に手の平を突き、解析魔法を発動。
「岩盤、いや金属板か。厚さは3メートルってところだな」
板と呼んでいるものの、それはほとんど鉄塊だ。完全密封された鋼の箱は単純だが故に強固であり、零夏はこの中に彼女がいると確信する。
地面にガンブレードを向け、トリガーを引く。
機械的なデザインの銃剣が変形を開始した。
銃身が銃底より後ろまで後退。ブレードが上下に割れ、ドリルが飛び出す。
カードリッジを銃身に押し込む。かつては費用的な問題から水素ロケットだったが、今では瞬間的な推力がより強力な固形燃料に改良されている。
魔刃の魔法を刻まれたドリルがガス圧によって高速回転。甲高い回転音が鳴り響き、狭い地下空間の壁や地面に深い裂傷を刻みつつ唸りを上げる。
「久々の出番だ、派手に決めろーーーストーカチューシャ」
化学物質が炎柱を吹き燃え上がり、ドリルが金属板へと食い込んだ。
火花を散らし掘削するドリル、地下空間を狭しと暴れまわる炎。
「熱いいぃぃぃ!?」
『100管のオルガン』の名は、10メートルもの炎柱を10秒間吹き続けることに由来する。
それほどの熱量を室内で解放すれば、こうなるのは必然であった。
げほげほと咳き込みつつ、魔法で火を消し飛ばす。
「えらい目に遭った……」
目の前にはドリルで穿った大穴。奥は暗くて見えない。
解析魔法にて罠がないことを確認し、下に降りる。
穴の底は完全な闇だった。魔法の明かりを灯し、周囲を照らす。
「埃が舞っててほとんど見えないな」
地下空間はガンブレードで破砕した瓦礫が多く積もっており、他は棺が一つあるだけだ。
「……間違えて霊安室の壁をぶち抜いたか?」
棺がガタガタと音を立てる。
続いてガン、と一度だけ大きな衝突音。
「ぅぅぅぅぅっーーー」
木枠の中から聞こえる呻き声。
「頭、打った。それに暗い」
少女の声であった。
零夏が慌てて付近に落ちていたバールのような物で棺をこじ開けると、小さく華奢な人影が土煙の中より現れる。
眠たそうに半目のまま零夏を見詰めるアメジストの瞳。
絹のように滑らかに光沢を湛える薄紫の髪の毛。
同系色のワンピースドレスに身を包み、ゆっくりと立ち上がる美少女に零夏は思わず息を飲む。
「……えっと、ああ、久しぶりだ」
小首を傾げるイリア。
「だ、れ?」
彼女の背中には白い翼。人工の天使……否、天師の証である飛行装置。
「覚えてないか。俺はレーカ、突然だけれどイリアには俺と一緒に来てほしいんだ」
「イリ……ア?」
何度か瞬きするイリア。
「それは、私の名前?」
「なに?」
埃のせいか、くちゅんとクシャミをする少女。
イリアーーーギイハルト・ハーツの妹とされる少女と、零夏はこうして再会した。
城の上空を大きく旋回する白鋼。緊急離陸してきた初音21式が白鋼を必死に追い、通話もなしに30ミリ機関砲を発射する。
「これだけ乱暴に国境を越えれば、無警戒も当然ね」
キャノピー横を追い抜いていく曳光弾を、ちらりと横目で確認しただけで無視するソフィー。
白鋼に殺到する多くの戦闘機だが、彼女の巧みな操縦は射撃を紙一重で回避していた。
「意外と多いわね。避けるのも面倒だけれど、下手に反撃すると落としちゃうかも……」
剣の扱いはどうやっても零夏が上、ソフィーが初音21式を攻撃すれば機体を両断し天士を殺してしまう。彼女としてはそれは避けたかった。
「うーん、どうしようかしら」
人型機形態となり、障壁を展開した状態で膝を抱えてホバリングする白鋼。
それはあたかも胎児が母体の中で眠るようであり、兵器が行っていることを鑑みればかなり奇妙であった。
しかしノインの天士達にとっては奇妙、で済ませられる話ではない。
『ソ、半人型戦闘機だと!?』
『外の世界では実用化していたのか!』
『光の膜が張られてる!攻撃が通らないぞ!』
実現不可能とされた架空の兵器が目の前に存在し、その上攻撃が一切通用しない。なぜか敵意がないことに困惑しつつも、戸惑うばかりの天士達であった。
最初は驚きつつも果敢に攻撃を試みたが、30ミリ機関砲や40ミリ対空砲では白鋼の障壁は貫けない。かつて150ミリ鉄鋼弾すら防いだ光の壁は、レーザーやレールガンといったSFに片足を突っ込んだ兵器で初めて突破出来るのだ。
やがて諦め、白鋼の回りを周回することに終始する初音21式。通用しなかろうと、監視は行わなければならない。
そうしているうちに国王の命に従い、国中から戦闘機が集まり増えていく。小国といえど一国家軍隊、やがて敵機の総数は100は越えていた。
『女の子じゃないか、この天士』
『あれ、なんか可愛くね?』
『美少女だ!アンノウンは美少女、繰り返す美少女!』
何度もフライパスすれば、パイロットの顔まで見えてしまう。
かぁ、と顔が赤くなるソフィー。
根が引っ込み思案なソフィーは思わず頭を引っ込める。
『あっ、美少女が隠れちまったぞ!』
『お前が近付き過ぎるからだ!』
『うっせぇ、お前が息くさだからだろ!』
リデアならば開き直って、キャノピーを開けて歌って踊るくらいはするだろう。しかし彼のアイドル姫ほど図太くないソフィーは、到底そんなことは出来ない。
命のやりとりさえなければ空に国境は見えないのか、カリバーンの是非はともかくとしてどこか緩んだ空気の流れる戦場。
風の変化を真っ先に察知したのは、当然ソフィーであった。
「…………?」
ソフィーは天空を見上げる。
無数の岩が浮かぶ重力境界、その先の蒼い月面世界。
どこかに何かいた、気がした。
「……来る」
それは天士生活で鍛えられた第六感か、あるいは王国の血に宿る能力の一端か。
ずっと封鎖していた無線をオープンチャンネルにし、ソフィーは叫んだ。
「皆、高度を下げて!」
白鋼は飛行機に戻り、一直線に急降下する。
敵からの指示に対する反応は様々だった。
突然の行動に呆気にとられ、旋回を続行してしまった者。
ソフィーの言葉に鬼気迫るものを感じ、白鋼と共に急降下した者。
命運は、高度約千メートルから分かたれた。
真上より迫る不可視の攻撃。世界が震え、逃げ遅れた数十機の戦闘機が崩壊する。
『なんだ、被弾したのか!?』
『食らった、見えない何かがぶつかった!』
『耳が痛い、誰か応答してくれ!』
突如飛行していた戦闘機の半数が撃墜され、混乱状態に陥るノインの騎士達。
「うっく、うぅぅ」
なまじ目がいいソフィーには、コックピット内で喀血した天士や空中に投げ出された天士が見えていた。嘔吐きつつもソフィーは冷静に謎の攻撃を分析する。
(飛行機を壊すほどの衝撃波ーーーまさか、核?)
かつて零夏が実用化した衝撃波特化核弾頭。その性質に近い攻撃が無差別に行われたのだと、そこまではソフィーもすぐに推測出来た。
天士達の受難は終わらない。空より小さく細い筒が、無数に落下してくる。
赤外線探知式ミサイルのロケットモーターが点火。加速したミサイルは、ふらふらと蛇のように戦闘機を追い、自爆していった。
「脱出しなさい!初音21式では的になるだけよ!」
フレアを撒きつつヨーイングを行い、ミサイルを回避する白鋼。周辺では次々と初音21式が撃墜されていく。
僅か数十秒で、空に無事残っているのは白鋼のみとなった。
「……誰」
キッ、とソフィーは空を睨む。
「そこにいるのは、誰」
誰何の返答ではなかろうが、姿なき敵より通信が入った。
『ちょっと、アンタ等まさかアレを奪う気なの?頭おかしいんじゃない?』
突然の罵倒は、当然フィオである。
城に侵入した零夏をカメラ越しに目撃し、フィオは焦りを隠くこともなく抗議した。
『その声は、フィオ様ですか!?どうして我々まで、敵は一機のみ……』
初音21式より脱出に成功した天士が、落下傘にて降下しつつ問う。
『うるさい雑魚がっ、少し黙ってろ!』
『フィ、フィオ様……!?』
困惑する天士達。彼等にとってガイルを初めとする一行は救国の英雄であり、一種尊敬の対象。国に居座る為に普段は猫を被っていたこともあり、本性を表したフィオそれなりの衝撃であった。
『あんた等なんてどうでもいいのよ、量産品どもが!どうせ死んでも生き返るんでしょうが!』
生き返る、という言葉に疑問符を浮かべ眉をひそめるソフィー。
死者の蘇生は魔法理論的には可能だが、それは時間移動の応用によって成し遂げる高度かつ複雑な作業だ。教会に棺桶を引き摺っていけば誰でも募金次第で生き返らせてくれる、というわけではない。
『そ、そんな、なにを!?フィオ様、ご乱心御乱心なさったのですか!?』
『アレが死んだら世界が終わるのよ!?勝ちも負けもなく、全てぺっちゃんこなのよ!』
「知らないわ、なら私達に危害を加えず素直に返してくれない?」
図々しく返信するソフィー。零夏がいないので、素の性格の意外と図太い部分が顔を出している。
「そもそも貴女は、なぜ私達が遥々ノインまで乗り込んできたと思ったの?」
『なぜ、ですって?私はあの人の弱点よ、普通は私を狙うわ!』
「ぷっ。……いえ、すいません」
すぐ取り繕ったものの、ソフィーの吹き出した声は通信機越しにフィオにも聞こえていた。
フィオの額に青筋が浮かぶ。
『……何よ、異論があるかしら?あの人が戦うのには私が必要なのよ、私がいないと心神は性能を維持出来ない。つまり私とガイルは支え合っているの』
母艦ヴァルキリーと専属メカニックであるフィオ、この双方が失われた場合ガイルは大きく戦闘能力を喪失する。それは事実であり、カリバーン突破の目的がフィオの命だとしても不自然ではない。
「前から思ってたけれど、貴女ってほんと惨めよね」
ぽろりと溢れた毒舌は、挑発ではなくソフィーの本音だ。
両親の深い愛情を知る彼女は、フィオの言葉が妄言でしかないことなどあまりに容易く看破している。ガイルが豹変してしまった今とて、他の女性に目移りなどしていないと確信していた。
『ああっ!ああああっ!これだから、ガキは嫌いなのよ!いいわ、合流する前に落としてしまえばご破算よ!』
白鋼が落ちてしまえば零夏はノインより脱出する術を失う。ガイルの目がないことをいいことに、フィオは外敵を力付くで排除することに決めた。
もっとも、前提としてフィオは技術者である。戦士でも軍師でもない彼女は、戦いなど知らない。
駆け引きも出来ず戦術も知らず、ただ引き金を引くことしか出来ない女。
だが、それは戦場における弱者であることを示しているわけではない。
『もういいわ、問答なんて不要だわ。死になさい、雌犬』
天空より、超高速の飛翔体が幾本も白鋼に猛進する。
高度3000メートル以上、重力境界の浮遊岩石の隙間より落ちてきたミサイルは空中にて点火。白鋼を包囲すべく、全方位より襲い掛かった。
「これは……確か、フェニックス?」
先程の簡素で小さなミサイルとは違う、ソフィーは炎を噴射し空を駆ける大型ミサイルに見覚えがあった。かつてガイルと戦闘した際に大型航空機より発射された、『速くてしつこいみさいる』だ。
避けても避けても再度アプローチしてくる、高度な誘導装置を備えたフェニックスミサイル改。回避は不可能ではないが根本的解決とはならず、最速でマッハ4を越える速度は白鋼の障壁といえど防げる保証はない。
かつては零夏がミスリルブレードにて切り捨てることで対処したが、ソフィーにそれほどの人型機操縦技量はない。
「でも、それは対策済みっ」
加速の為にか大きく旋回しながら白鋼を目指すフェニックスミサイル。
(マッハ4とはいわずとも、あれだけスピードが乗っていれば小回りは効かないはず!)
白鋼に接触するまでは多少の猶予があるものと判断し、おまじない程度にミサイルを騙す為のフレアとチャフを放出しつつ機体を垂直上昇させる。
ミサイルは撒き餌に食いつくこともなく、愚直に白鋼を追い上昇する。ソフィーもさほど期待はしていなかった。
背後より迫り来る無機質な殺意に、内心生きた心地のしないソフィー。いつの間にか呼吸を止めているが、彼女自身気付いてもいない。
白鋼がどれだけ高性能なエンジンを積んでいようと、無人かつ短時間燃焼すればいいミサイルの加速には敵うはずもなく。
(まだ、もうちょっと……)
後ろを振り返る余裕もなく、バックミラー越しに彼我の距離を測る。
「ーーー今!」
ラダー横のペダルを蹴っ飛ばす。
白鋼内部でカードリッジがチャンパー内に装填され、固形燃料が爆発。横軸に瞬間的な加速をする。
搭乗者の負担すら度外視した攻撃回避用の高出力バーニア。統一国家の半人型戦闘機・散赤花よりフィードバックしたこの技術は、幾度もの実戦において零夏も有用性を認めるところであり、機体は一瞬で50メートルほど横に吹き飛んだ。
一瞬前に白鋼がいた、空いた空間をミサイルが追い抜いていく。
最も接近した時点で近接信管が作動、ミサイルの第一波は全て爆発した。
対空ミサイルのフェニックスは航空機に接近し、ある程度の距離まで近付いた時点で爆発し破片を撒き散らす。航空機の外装は極めて薄い為に、離れた場所から突き刺さる金属片でも損傷し墜落してしまうのだ。
ソフィーが狙ったのは信管が作動し、爆発するまでの僅かなタイミング。早すぎては爆発せず、遅ければ白鋼が損傷する。絶妙な瞬間を彼女は見事射抜いていた。
ミサイルの爆発にも怯まず、高度3000メートルに広がる重力境界に突入する白鋼。直前に暗記した障害物の位置関係を脳裏で確認し、操縦幹を素早くかつ正確に操作する。
大小様々な岩が浮かぶ重力境界は、通常は飛行機で飛ぶこと自体が無謀とされる場所だ。躊躇いなく突入出来るのは銀翼レベルの天士だけであり、ソフィーはその一人であった。
第二波のミサイルが白鋼を追い、重力境界に侵入する。しかしどれだけ高度な誘導装置を備えていようと障害物を避けるだけの機能はなく、無数の浮遊岩石に衝突し全て爆発。
彼女の超人的な視力と反射神経は機体を最小限だけ揺らし、速度を保ったまま岩を回避してみせる。重力境界はソフィーとて心の休まることがない空だが、ミサイルをやり過ごすのにはこれ以上となく適していた。
「っ、あれは!」
無数の浮遊岩石に紛れ、白亜の巨大デルタ翼機を発見する。
すれ違いざまに一瞬見えただけですぐ見失ったものの、ソフィーは見間違いではないと確信する。
「ヴァルキリー、発射機だけではなく、本体が重力境界に潜んでいたの?」
意外そうに目をぱちくりと瞬くソフィー。地上に設置されていたことからも判る通り、ミサイルの隠し場所はフィオを探す指針にはならない。てっきりフィオは地上のどこかに隠れていると思い込んでいたのだ。
ヴァルキリーが重力境界にいたのには幾つか理由がある。無重力という特性が機体の保管に適していたというのもあるが、それ以上にレーダーで地上側の空と月面側の空を同時に監視するにはここがもっとも効率的だったのだ。
とはいえ全長56メートルもあるヴァルキリーにとって、岩の浮かぶ重力境界は動きやすい場所とは言い難い。ここは独特な気流が存在し、油断していると巨大な岩に押し潰されてしまうのだ。
あんな巨体をどうやって潜めているのかとソフィーは疑問を抱き、すぐに不自然な風に気付く。
「風魔法を機体に刻んで、岩や石を弾き跳ばしているのね」
地上で岩を跳ばすにはとんでもない強風が必要となるが、無重力のここでは指先一つでも巨大な岩を動かせる。……加速に時間はかかるし、空気抵抗でやがて停止するが。
これはソフィーにとって有利な事情であった。風の流れが読める彼女ならば、不自然な風を辿っていけばヴァルキリーの位置が判るのだから。
「1キロくらい向こうにいる……ここなら攻撃はしてこない、のかしら?」
エンジンを停止させ静止する白鋼。念の為、大きな岩の影に隠れている。
無数の浮遊岩石で互いの姿は見えず、レーダーも使えない環境なのでフィオは白鋼を完全に見失っていた。
ソフィーは零夏の合図が来るまでここで留まっていようか、と考える。割り切ることは覚えたものの、彼女は今だ人を傷付けることに慣れてはいないし、慣れる予定もない。
そこに、轟音が聞こえた。
低く重く、同時に馬の嘶きのように甲高い。なぜか聞き覚えのある独特な音は、だが絶え間なく鳴り続ける。
小さな石がどこからともなく飛んでくる。その量は増えていき、『音』が撒き散らす破壊の凄まじさを表している。
ソフィーはやっと、音の正体を思い出した。
「心神のレールガン?でも、まさかっ」
慌てて岩から距離を取る白鋼。
先程まで隠れていた大岩が爆散した。
『みぃーつけた!』
「冗談、でしょ……」
ヴァルキリーの機首下から現れた兵器。それはやはり、レールガンだった。
ただし、6門の銃身が束となって回転、連射するーーーガトリング型のレールガンであったが。
『冗談?現実よ、サイコーだわ原子の力は!魔力みたいに使用制限されないし、火薬のように質量に依存しない!ジェネレーターさえ回っていれば撃ち放題よ!』
手動操作なのであろう、出鱈目に暴れる射線は進路上のあらゆる岩石を粉砕し、塵と化してゆく。
ガトリング周囲には陽炎が揺れ、発熱の凄まじさが判る。銃身表面のペルチェ素子が強制的にレールガンの熱を放出し、高速での発射を可能としているのだ。
たった一つの兵器としては尋常ではない消費電力量だが、核エンジンに交換し電力に余裕のあるヴァルキリーにとっては負担ではない。
『さあどこかしらどこかしら!隠れる場所なんて全部壊しちゃうわよ!』
「くっ」
白鋼は死角を潜り抜けガトリングレールガンから逃れる、しかしいつまでも逃げ続けられる状況でもなかった。
「……そっか、外側に撃てるってことは、あの大砲には風の守りがないはず」
白鋼が機首より腕だけを展開し、手頃な岩を抱える。
一旦離脱、ヴァルキリーに向かって加速し手を放す。
重力境界では一度加速した物体は空気抵抗で減速こそすれ、なかなか停止しない。
ヴァルキリーに向かっていった岩は、ガトリングレールガンの砲塔側面に激突。それを使用不可能に追い込む。
「……当たったわ」
こんな単純な手が通用したことに驚愕するソフィー。
『やってくれたわね雌犬!でもまだまだよ!』
ヴァルキリーの胴体上面が開き、多数の砲塔がせり上がる。極端に砲身が短く砲口直径が巨大な、所謂臼砲だ。
60センチ臼砲。加速に必要な砲身が短いことで初速が遅く、弾頭が極めて重いので威力も高い。命中精度が低いものの威力が大きいことから優秀な『攻城兵器』として知られる大砲だ。
砲口から炎を吹き上げ、2,5メートルのコンクリートをも貫通する重べトン弾が白鋼の横を素通りする。
間違っても、飛行機に当てられるような兵器ではなかった。
「火薬は嫌いなのではなかったの?」
『まだ、まだ!』
ヴァルキリーの様々な場所の蓋が次々と開き、鉄パイプを束にして纏めたような鉄箱が迫り上がり展開する。100を越えるほどあるそれは、全てロケット発射台だ。
ミサイルのように誘導能力はないが、面制圧には未だに有効なロケット兵器。原始的であるが故に安く、正しく数の暴力を体現する。
『まだまだまだまだ!!』
主翼先端の三角形部分、可変翼が複雑に分解し変形する。内部に格納されていたパラボラアンテナのような装置は外側に向けて固定されているものの、アンテナとは違い湾曲の中心には受信機ではなく穴が開いていた。
サーモバリック爆薬が穴より放出され、瞬間的に気化する。コンマ数秒で起爆した気体燃料は衝撃波としてヴァルキリーを360度包み込み、付近の脆い岩石を粉砕した。
「さっきの、見えない攻撃はこれ?」
それは砲口であった。放つのが空砲であり、極めて広範囲を攻撃対象とする対空砲だ。
衝撃波砲と名付けられた文字通り大規模な衝撃波にて敵の接近を寄せ付けない、機体表面で爆発を起こし航空戦力を無効化する狂気の兵器。
効果範囲は狭いものの、ソードストライカーを取り付かせないという目的は充分果たせる。接近戦に特化した白鋼にとっては厄介な装備だった。
「あんなに凸凹になって、空を飛べるの……?」
既にヴァルキリーは本来の姿を失っていた。全身に高度かつ有用性に疑問符の残る兵器を満載した姿は、まさに技術者の道楽に等しい。
重べトン弾とロケットが白鋼に殺到する。どちらも本来は地上攻撃用の装備であり、ソフィーは危なげなく回避していく。
ヴァルキリーより一際大きなロケットが出現する。白鋼の機体より大きなそれは、折り畳まれた主翼と安定翼を展開すると緩慢な初動で離艦した。
「まだあるの?」
『ははん、これは避けきれないわよぉ!』
(言わなきゃいいのに……)
巨大ロケットは空中にて爆発、散弾が四方に飛び散る。
航空機には致命的な威力の金属ボール。しかしソフィーは事前に人型機へと変形し障壁を展開することで、なんなくやり過ごした。
『死ねよ盛り犬がっ!』
「貴女よりは綺麗な体よ」
『しつこいのよ、落ちろやクソガキィィ!』
繰り返し絶え間なく白鋼を狙い撃ち続けるフィオ。彼女の基本戦術は『数打てば当たる』であり、雑兵相手には強くともエース相手は不得手だった。
それでも、フィオは諦めない。衝撃波砲がある限り接近はされず、火器が尽きるまで撃ち続ければいいのだから。
『ヴァルキリーを、フィオを狙え!あれは敵だ!』
高射砲の光が、ヴァルキリーに突き刺さる。
装甲を備えたヴァルキリーには30ミリや40ミリ程度の砲弾は通じない。しかし煩わしそうにフィオは問う。
『何のつもりかしら、ノインの皆さん?侵入者は小さい方よ?』
『いけしゃあしゃあと、貴様の撃った弾がこちらに落ちてくるのだ!先の問答からも貴様が味方ではないのは明らか、敵だ!』
言われソフィーも気付く。地上の人型機や施設は、流れ弾を受けて大きく被害を受けていた。
『うーん。不可抗力、っていうのはどう?』
フィオは「あら」と声を漏らした後に、そう提案した。
国に大きな被害が出ている状況での、呑気な言葉に天士達は憤る。
『状況が判らなくとも、貴様が信用ならない女豹であることくらい解るわっ!』
『やはり外部の人間に国防を任せるべきではなかった!』
『化粧濃すぎるんだよ、若作り女!』
『同僚がさっき死んだ!お前の撃った弾でな!』
溜め息を吐くフィオ。
『最低限の義理は果たしたわ、カリバーンがあることで軍事費がどれだけ浮いたかご存じ?』
『それも破壊されたではないか!』
『新兵器はいつか破られる宿命よ、その後をどう繋ぐかは当人の責任じゃないかしら?』
尚も感情的に通信を繋ぎ続ける天士達に、冷めた目で告げる。
『そもそも、国なんて自分で守ってこそ意味があるのよ』
この言葉に限定すれば、ソフィーも同意であった。
『私は貴方達のママじゃないの。いつまでも甘えないで独り立ちなさい』
フィオの見立てでは、ノインはどこまでも二流国家であった。仮に鎖国状態を解除し国際社会に羽ばたいたとしても、大国や企業の利益に食い散らかされるだけだ、と。
『年増!』
『眼鏡!』
『水虫!』
端で聞いているソフィーまで眉をひそめるほどの罵倒に紛れ、聞き慣れた声が割り込む。
『ソフ、じゃなくてマイハニー、聞こえるか!』
零夏である。ソフィーの名前を出すのを咄嗟に避けたものの、色々手遅れなのであまり意味はない。
『イリアを説得したぞ、1分後くらいに地上に出るから拾ってくれ!』
『チッ、部屋に侵入出来たか……ん?あ、そっか。つまりはそうよね』
フィオはた、と気付いてしまう。手を出してはならない対象は未だ地下の最奥部であり、地上を焼き払うのに躊躇う理由などないのだと。
口角を吊り上げ、ソフィーに問う。
『ところでねえ、どうしてこの飛行機がこんなにも真っ白なのか判る?』
「えっ……?」
『ヴァルキリーの本来の任務、見せてあげる』
ヴァルキリー胴体格納庫のウエポンベイが開き、一発の大型爆弾が投下される。
最初こそゆっくりと進んでいた爆弾も地上の重力に絡め取られ、一気に加速し落ちていく。
『これが世界の果てまで単独飛行する、女神の雷よ』
(ヴァルキリー本来の任務、って確か……いけない!)
零夏から同機の由来について聞いていたソフィーは、顔をさっと青くした。
ボリュームを最大に上げ、全てのラジオに叫ぶ。同時に白鋼を操り、岩影に機体を避難させる。
『皆っ、軍人も一般人も!今すぐ物陰に隠れなさい、空の見えない場所にーーー』
瞬間、世界を核の光が焼いた。
「……ひどい」
ソフィーは蒼白な顔で地上を見下ろした。
木々や城、あらゆる物が焼け落ち、名残は地形しか残っていない。
アラサアを始めとした爆心地にいたはずの多くの人々は、数万度に達する熱量に文字通り『蒸発』した。
熱しられた空気と燃えカスの塵が重力境界まで上昇し、白鋼とヴァルキリーを揺らす。大きな気流の乱れは白鋼を岩に叩き付けようと流れ、ソフィーは慌ててコントロールを取り戻した。
『ひどい?まだまだ温いわ、核爆弾のおぞましさはこの程度じゃない』
フィオはソフィーの言葉を否定する。
『核ってのはね、あのガキが調節したような破壊に特化した、使い勝手のいい爆弾じゃないの。全てを吹き飛ばし、全てを燃やし、全てを汚染する業の塊みたいな兵器よ』
半径500メートルにいるほぼ全ての生物が即死し、人的被害は数万に達する。今後更に増えることは確実だ。
零夏が実行を決めたこのゼェーレスト防衛・カリバーン突破同時作戦とて、ラウンドベースに乗り込む数十万人を殺している。しかしフィオの爆撃による犠牲者の大半は非戦闘員だ。
それは、戦闘行為などではなく正しく虐殺。どちらがより悪に近しいのかなど、ソフィーには判らない。
『あはは、静かになったわ』
「汚染、ですって?どういう意味かしら」
返答次第ではソフィーはフィオを許さないであろう。とはいえ、彼女も勝算はあった。
『無学な貴女に解るようにいえば、核爆弾ってのは毒の光と灰を撒き散らすのよ。でも神様が色々とうるさくてね、そういうのをしっかりシールドした純粋水爆しか積み込んでいないわ』
敵でも味方でもないセルフだが、人類の疲弊は嫌う傾向にある。
故に、事前にガイル陣営には汚染対策を指示しているのだ。
『さあ、これで邪魔者はいなくなったわ』
じゅるり、と舌舐めずりをするフィオ。
『虐めてあげる』
彼女の瞳は、憎悪とそれを晴らす機会に恵まれた歓喜にうち震えていた。
『あんたの顔が、存在が気に食わないのよ!』
フィオの形相は、整った顔立ちが台無しなほど歪んでいた。
憤怒の瞳に映るのは底知れぬ女の嫉妬。恋い焦がれた男が唯一愛した女、その面影を色濃く継ぐソフィーは憎悪の対象でしかない。
ヴァルキリーに搭載された兵器という兵器が火を吹き、敵を落とすべく飛翔する。
その悉くを避ける白鋼。
『死ね!死ね!死ね!あの雌豚と同じ顔しやがって、娼婦がぁああ!』
「ねえ、貴女。ちょっと惨め過ぎない?」
ソフィーとて聖人ではなく、嫌味の一つも言いたくなる。
しかしフィオはソフィーの言など聞いてすらいない。続けざまに罵倒を浴びせ、本来隠すべき情報に片足を入れる。
『あんたなんて誰も愛しちゃいなかったのよ!まさか、自分が意味もなく産まれたとでもーーー』
禁句であった。
幼馴染みのメイドにも婚約者の少年にも明かさぬ、彼女の小さな不満とすれ違い。
そして今は亡き者達のことすら疑心暗鬼に囚われる、答えのない命題。フィオの激昂は、意図せずソフィーの逆鱗に触れた。
急加速する白鋼。雨の如く降り注ぐロケットや砲弾が自ずと避け、白鋼は一直線にヴァルキリーへと向かっていく。
『なっ、くそ落ちなさい!』
ソフィーの選んだ進路は完璧であった。空間に存在した全ての飛翔体を認識し、軌道予測し最適解を見付け、操縦幹を1ミリも動かすこともなく加速し続ける。
フィオは衝撃波砲のトリガーを引く。爆発した燃料がヴァルキリー全体を包む衝撃波を生み、白鋼をも襲った。
ソフィーは無言で大気整流装置を最大出力で起動。レールガンの衝撃波を防いだ経験から同装置が衝撃波に有効であることを理解していた彼女は、術式が燃え尽きることを理解した上で空気の膜張った。
刹那の激震、しかし白鋼は無傷。大気整流装置が焼き切れたものの本体にダメージはない。
目を剥くフィオが対処するより早く、白鋼の主翼は左右の衝撃波砲と機体後部に並んだ6発のエンジンを横に一閃し、全てを破壊した。
白鋼の主翼前縁はミスリルであり、切っ先はカミソリより薄い。整備の際は保護カバーを取り付けるほどの刃なのだ。
「ジェネレーターさえ回っていれば撃ち放題、だったかしら?」
『な、んですってええぇぇ!!??』
鉄壁であるはずの防空を容易く突破されたことに絶叫するフィオ。
核エンジンが破壊されたことで電力供給が停止し、ヴァルキリーの攻撃が停止する。バッテリーの電力を回せばもう少しは攻撃し続けられるものの、自動車と同じだ、バッテリーが上がれば身動きすら取れなくなる。
フィオとてそれくらいは避けたかった。
言い知れぬしこりが残ったものの、一応は落ち着いてみせるソフィー。
「私がもっと早く、あのヴァルキリーに挑んでいれば……」
核を落とす前に無力化してさえいれば、ノインの人々はこんな凄惨な姿とはならなかった。ソフィーの脳裏にそんなイフが首をもたげる。
「この場でヴァルキリーを修復不可能なほど破壊してしまった方がいい、わよね。……レーカ?」
ふと眼下を見れば地上に戻った零夏と、銀紫の髪の女性が周囲の惨劇に呆然としていた。
白鋼は地上へと急降下、コブラ機動を行い減速しつつ城跡地に降り立つ。
キャノピーを開けると、すかさず零夏はソフィーに詰め寄る。
「ソフィー、何があった?」
「あのおばさんが核を使ったわ。純粋水爆とか言ってたけれど」
「……まあフィオが作れないはずもないよな。純粋なら被爆は大丈夫、たぶん」
話しつつも二人は乗り込む。
「イリア、手を」
「ん」
元より二人乗りとしても矮小な白鋼のコックピット。3人乗れば、身動きも取れなくなる。
「ソフィーそっちにイリア詰めて!」
「おじゃま、します?」
「うぷ、これじゃあ操縦出来ないわ!」
「イリアがいる以上は下手に攻撃されないさ、おおう絶景なり」
「足をこっちに向けて下さい!レーカにそういうの見せちゃダメ!」
どたばたとコックピットで暴れていた3人だが、どうにか落ち着きノロノロと離陸する。
その鈍重さといえばそれこそ初音21式ですら落とせそうな現状だが、予想通りフィオの攻撃はなかった。
『何が、『ここで破壊してしまった方がいい』、よ。そんな度胸もない癖に』
代わりに突き刺さるのは言葉の棘。
『いっつも男に頼りっきり。自分は手を汚さず、仲間を犠牲にした作戦でも尚躊躇った』
フィオは憎々しげに白鋼を、ソフィーを睨む。
ソフィーからはフィオの姿は見えようがない。
だが彼女は感じていた。皮膚を焼くような、猛烈な敵意を。
『そういうところが、あの女を思い出してムカツクのよっ!』
「ソフィー、聞く必要はないぞ」
零夏が安心しろとばかりにはっきりと告げるも、それはソフィーの望む内容ではなく。
『無理よ』
フィオはただ、ソフィーの心を切り刻む。
『何も選らばないアンタには、何も守れないわ』
「遺言は簡潔に纏めとけ、そんで弁護士に預けとけ。ソフィー、れっつらごーだ」
零夏はヴァルキリーの撃墜を即決する。無力化ではなく、撃墜を。
白鋼は再び上昇する。死の天使を討ち取らんと、天に駆け昇る。
ソフィーは零夏の言葉で切り替わることが出来た。迷いを捨てられた。
「今は貴女を討つ、それでいいーーー!」
『デモね、お姉ちゃん』
白鋼に20ミリ機関砲弾が、四方八方より何閃も襲う。
(高射砲!?いいえ、違う!)
咄嗟に回避するソフィーだが、避けた先にも射線が待ち受けている。
(囲まれてる、機関砲で包囲網を!?)
白鋼を囲い込む弾幕に、ソフィーは上昇を断念して離脱する。
しかしそれは判断ミスであった。速度を緩めた瞬間に白鋼が小さな飛行物体に包囲され、銃口を向けられる。
粒子テレポーテーション通信によって遠隔操縦された、数十機の黒い羽。
宙を舞う鴉の羽は、しかしロケット噴射にて浮遊し、機関砲を内蔵した機械だ。
「これはっ……!」
人型に変形し、ホバリングへと移行す白鋼。
空中に縦横無尽に布陣する空中砲台を、零夏とソフィーは見たことがあった。
『何かを成そうと思うのなら、ネ』
白鋼の目の前に、ゆっくりと降下する黒い人型機。
重厚な装甲を纏った、空中砲台の母機。
『何かを、捨てるしかないノヨ』
「ファルネ……」
人型機・堕天使。多数の超技術を投入した機体は、遂に彼等の前に降り立った。
新作書きたい衝動が最近強いです。同時執筆なんて器用な真似はできないので、今は我慢です。
俺、銀翼が終わったら新作小説を書くんだ…
〉発射時の反作用と衝撃波で国家は壊滅します
〉砲台の旋回速度に依っては砲身先端が、超音速になり、砲台周辺を同じく衝撃波で吹き飛ばす
確かに城からカリバーンが見える距離、と設定したのは不自然でしたね、無意味に近すぎます。
全長7キロの物体が高速で振り返れば先端が音速を越える、というのも確かです。超巨大兵器の設定練り込みが甘かったと言わざるを得ません。
そもそもレールガンを80ミリ砲弾で迎撃する、というのも書いてておかしいとは思っていました。カリバーンの威力なら飲み込まれるはずですし。
この小説は高度3000メートル以下で音速飛行しているような世界観です。本来低空では気圧が高すぎることや衝撃波の周囲への被害を無視出来ないなど不自然な点が多々ありますが、作者もファンタジーとして割りきってます。
砲塔の回転に関しては砲身の長さを変更した上で事前に接近を関知していた、ということにします。若干零夏の戦術も変えました。
白鋼が衝撃波に晒されても無事だったのは……都合のいい設定ですが大気整流装置が衝撃波を防いだ、ということで。く、苦しい……
自分では考察しきれなかったカリバーンについての現実的解釈、参考になりました。ありがとうございます。




