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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
動き出す世界編
71/85

ゼェーレスト攻防戦 4

『ようこそ「温情で生かされている町」へ。ツェーン帝国軍基地は皆さんを歓迎します』


「感謝します、ご主人様」


『はい?』


 真顔で応答する操縦士メイドと、困惑する管制官。

 帝国軍基地にゆっくりとアプローチする4隻の小型船(エアシップ)。等間隔に並び垂直降下していくそのコックピットにて、俺こと零夏は眼下の町を見渡した。

 国境の山間。流通の便がいいわけでもなさそうだし、この土地である理由は軍事的な意味合いが強いのだろう。


「順番が逆なパターンか」


「どういう意味?」


「基地が出来たことで、その周囲に人が集まったということだよ」


 ソフィーの疑問符にキザ男が答える。

 まあ、珍しいことでもない。生活圏に作るなと非難された末に片田舎に軍事基地を建設したというのに、人々はその需要にあやかろうと基地周辺に集まってくるのだ。そして軍事基地の存在を非難するのである。じゃあ最初から移住してくるな。


「ねぇ、あの傷跡って……」


「管制官は生かされている、って言ってたな」


 町の周囲には何本も地面が大きく抉れた傷跡が刻まれている。

 渓谷ではない。その溝はハーフチューブかつ直線であり、内部に草木が芽生え始めている溝もあれば生々しい土を日下に晒している場所もある。

 つい最近、ゼェーレスト村で同じ物を見た。超大型レールガン『カリバーン』の弾痕だ。


「向こうからすれば何時でも消せる軍事基地ってわけだな」


 ガイル達が本拠地としている小国ノインより150キロメートル。俺達は、最も巨大レールガンから近い帝国軍基地であるツェーンに降り立とうとしていた。






「飛行機のこと、任せたぞ」


「承知しました、旦那様」


 基地の敷地内に着地した飛宙船から降り立ち、白鋼(しろが)赤矢(レッドアロウ)のことを連れてきたメイドに任せる。

 というか俺の扱いが旦那様になった。プロポーズしたからなのか。


「ようこそ、レーカ殿」


「ひっ」


 基地から現れた小柄な男性軍人に、ソフィーが小さく悲鳴を上げて俺の後ろに隠れる。


「こら失礼だろ。すいません、お久しぶりです」


 俺はにこやかに笑顔で挨拶する。外見は恐ろしいが、中身は結構いい人なのだ。


「ご、ごめんなさい……」


 おずおずと頭を下げるソフィー。しかし彼の顔は見ようとしない。


「……お気になさらず。女子供に泣かれるのはしょっちゅうです」


 そういう彼の顔は、その半分をグロテスクなケロイド、つまり火傷の治った痕で覆われていた。


「この作戦は、私が主導させて頂きます。愛機が中破したままで、どの道ここから動けないので」


「了解です、ヘイヘさん」


 シモ・ヘイヘ。世界最強の狙撃手とされる、帝国の切り札。

 この世で唯一、超兵器カリバーンと真っ向から砲撃戦を行える個人である。


「にしても、参加機体は2機だったはずでは?」


 俺達が乗っていた貨客用の小型級船以外に、基地に降り立ったのは積み荷を荷台に載せた3隻の船。3機持ってきたと勘違いされても仕方がない。


「1つは白鋼の追加兵装です。参加するのは俺とソフィー、そして……あれ、どこいった」


 キザ男がいない。


「ひぃぃ、火傷がぁ、うぅ……」


 キザ男までびびって俺の後ろにいた。






 基地の応接間に通された俺達は、シモ・ヘイヘと対面のソファーに座る。


「今日は手土産があるんですよ」


 コトリ、と『それ』をテーブルの上に転がす。


「これは?」


「なんだと思います?」


「ただの、何の変哲もない石にか見えないが……」


 歪な形状の、砂が集まったような黒い石。


「ご名答―――」


 俺は口角を吊り上げる。


「―――さっき、建物の前で拾ったただの石ころです」


「…………。」


 沈黙が室内に満ちた。

 いかん、寡黙な軍人にツッコミを求めるのは間違いだった。


「今回のオペレーションプランを打ち合わせしましょう」


「はい」


 ヘイヘは大きな地図をテーブルに広げる。


「このツェーン軍事基地とカリバーンの距離は150キロメートル。カリバーンは半径100キロメートル内、即ち国境を超えない限りは撃ってきません。スペック上は世界ほぼ全てを射程に納めているようですが、それが彼等のルールなのでしょう」


 ゼェーレスト村を直接砲撃したことからも、半径100キロという安全圏指数がどれだけ当てにならないか判る。


「そして、国境侵入より砲撃までの時間は1分間」


 ツェーンからノインへ、地図に真っ直ぐと引かれた150キロメートル分の直線。図面上で見ても尚、この距離はあまりに長い。


「しかしカリバーン撃破には接近は不可欠。だからこそ、貴殿方の提示した作戦は有効であると我々も判断します」


 ヘイヘさんの指先が直線の上を滑り、帝国基地から国境までを進む。


「当基地から国境までの50キロを加速に費やし、一気に加速」


 指は更に前進し、カリバーンまで到達する。


「補助ロケットブースターにて更に超加速し、100キロメートル先の目標を60秒以内に強襲する。貴殿も、大胆な作戦を立てるものです」


「それほどでも」


「あまり誉めてませんが」


 レールガンの回避も防御も難しいのなら、撃たせる間もなく懐に入ればいい。それが難攻不落の小国ノインに強行入国する、俺の秘策だった。








 所は変わって、ゼェーレスト近隣の森にて。


人型機(ストライカー)部隊、前進開始だ。注意を怠るな』


 上空から見れば一面緑色の森林。しかしそれも、一歩足を踏み入れてみると色々な顔を持っているものだ。

 隆起した場所や、苔の生えた岩場。草木で気付きにくく、子供がよく落ちる小川など。

 常人が森を抜けて目的地を目指すとすれば、ルートは無数に存在するだろう。

 ある者は愚直に前進。ある者は簡易測量を駆使して最短距離で。またある者は進みやすい獣道を。

 岩場に登って周囲を確認したり、小川に沿って歩く者もいるだろう。しかし、訓練された軍人であれば地形によってルートは極めて限定される。

 敵の視線から逃れ、常に友軍と隙をカバーしあい、油断の欠片もなく前進する。穴を埋め合うことで不利な状況を作らず、常に優位な状況に自らを置く。

 揚陸艦より這い出た人型機部隊は、そうやってゼェーレスト村周辺の森を侵攻していた。

 彼等は皆優秀な軍人であり、隙もない。そもそもが気軽に神術級兵器(核爆弾)を乱発してくるような敵に対し、油断などしようもなかった。

 ハンドサインで意思疎通し、戦線を進む英無頼(えいぶらい)。若干旧式ながらも共和国主力人型機として高い性能を誇る、現役機である。


『待ち伏せはいないのか?』


 英無頼は訝しげに鋭角的な機体を超接地旋回させ、周囲を確認する。

 クリスタル共振通信に傍受を不可能とする技術などない。故に彼等は機械の出力を最小にまで下げ、近距離にしか通話が届かないように調節した上で会話をしている。


『不気味だな、こうもゲリラ戦に適した密林だというのに』


 大型兵器は持ち込めない鬱蒼とした森林。航空支援も期待出来ない現状は、守りの兵にとっては好都合。

 だというのに、彼等が森に侵入してから一切の攻撃は受けていなかった。


『物資も兵も足りてないのかもな』


『油断はするなよ。ファイア・アンド・ムーブメントを心がけろ』


 移動班と機動班に別れ、片方が移動している間に片方は援護射撃を行う。それがファイア・アンド・ムーブメントだ。


『俺、帰ったら結婚するんだ』


『お前彼女いないだろ』


『私語は慎め……ん?』


 一機の英無頼が立ち止まり、足元を見つめる。


『どうした?』


『柔らかな物を踏みつけた』


『森の中では柔らかい足場なんて珍しくもないだろ』


 この森は草木がクッションとなっており、50トン級の重い人型機である英無頼にとっては動きにくい土地だった。


『軽量機寄越せっての』


『それはそれで装甲がアルミだしゴメンだぜ』


 軽口を交えつつ前進すると、やがて景色が変化した。


『これは……』


『露骨だな』


 左右を岩に挟まれた切り通し。人型機が一機ギリギリ通れる程度の幅のそれは、彼等の目からすればあまりに胡散臭い。


『罠か』


『素人の仕事だ』


 こういった細かな対処にこそ、正規軍人と自由天士の差が現れる。

 生まれ持った才能やセンスで名を馳せた自由天士は多く存在する。しかし、そういう者達ほどトラップや単純な戦術にかかりやすい。

 実戦に勝る訓練はない、という言葉の通り実地訓練で得られるものは多い。

 だが、専門家の元での座学でこそ習得出来る知識も確かにあるのだ。

 切り通しを注視すれば、視認するのが困難なほど細いワイヤーが張られている。


『迂回するか?』


『いや、どこを通ろうとリスクは残る。トラップを解除するぞ』


 ワイヤーに紐を結び、近くの大岩の裏に人型機達は待避する。


『いち、にぃ、さんっ』


 先頭の一機が紐を引く。

 ワイヤーが伸び、直結した爆薬の信管が作動した。―――彼等が隠れていた岩に埋め込まれていた信管が。


『なっ!?うわああぁぁ!』


 岩が崩れ、数機が押し潰され大破する。断末魔を残し、以降通信は入らなかった。


『おい!応答しろっ!くっ、ダメか!』


『トラップ解除を読まれていた!』


『やってくれる!他にもトラップがあるかもしれない、確認しろ!』


 再確認の結果、切り通しの足元付近、暗く草に紛れ見えにくい場所に数本のワイヤーが設置されていた。


『二重トラップだ。一発目でドカン、それで安心して通ろうとしたところでもう一度爆発するようになっている』


 ワイヤーを辿れば切り通しの崖の上に木箱が置かれている。引っ掛かれば爆発したのだろうと想像する統一国家の天士達。


『よし、行くぞ』


『待てよ、まだトラップがあるかも』


『この通路を爆破する罠が仕掛けられていたんだ、3つ目のトラップは無駄になる。大丈夫さ』


 あまり慎重になり過ぎても翻弄されるだけだと、英無頼は足を進める。

 人型機が慎重に切り通しを通過し、向こうに到着。仲間達に手を振った。


『ほら、な。トラップはない』


 言いつつも安堵する天士。彼とて、本気で安心していたわけではないのだ。


『こっちにこい』


 ぞろぞろと切り通しを歩く人型機達。

 その先頭機が谷を抜けようとした時、再度罠は発動した。

 1機目では反応せず、2機目で始めて爆発するように爆薬は設置されていたのだ。

 先程以上の規模で崩壊する切り通し。左右から落ちてくる岩石に人型機達は対処する暇もなく圧壊する。

 後続の英無頼は全て巻き込まれ、最初の1機以外は全滅した。


『な、嘘だろ、3重のトラップだったのか……?』


 呆然と呟く、先陣を切った英無頼の天士。

 彼の目の前に転がる木箱。落下してきた衝撃か、蓋が開いている。

 崖の上に設置されていたそれは、中に何も入っていない空箱だった。


『……くそっ!元々2重トラップだったんだ、まんまと嵌められた!早く他の部隊と合流を―――』


 生き延びた最後の機体、その頭部側面に120ミリ砲弾が直撃する。

 正面ならいざ知らず、側面の薄い装甲では防ぎきれずはずもなく。頭部モジュールは爆散し、天士は即死した。


『上手くかかったね。分隊を実質120ミリ一発で全滅させられたのは幸先がいいや』


 森のどこかでエドウィンがほくそ笑んだ。






「杓子定規な動きね。だからこそ、罠を張りやすいけど」


 匍匐姿勢に駐機したEシリーズ中最小のE10の傍ら、双眼鏡を覗くニール。


 E10は武器を装備しておらず、その代わり大きな箱を背負っていた。


「数千の敵をトラップだけで全部排除するのは無理。深追いせず、数を減らすことに集中しなきゃ」


 冒険者三人組の役割はあくまで、アナスタシア号やキョウコ・ルーデルが体勢を立て直す為の時間稼ぎ。

 その作戦における統一国家の軍人は、ニール達にとって最も与し易い標的だった。

 最善の道を選び、危険を察知出来るが故に読みやすい。むしろ彼等にとっては予想外の動きをする自由天士の方が難敵だった。

 森の各所から響く爆発音。それらから木々に隠れた戦況を脳裏に描き、一つ一つ吟味していく。

 機体に入り、電波式の通信機を起動。


「敵の通信は筒抜けなのに私達は傍受されないなんて、もう反則ね」


 零夏(れいか)が苦心して開発した電波通信。まだまだ大きく送信機は人型機で背負わねばならないほど嵩張るが、それでも戦術的には大きなアドバンテージだった。


「こちらニール、マイケル聞こえる?一部罠を突破されたわ、2-19に移動して作戦通りに待ち伏せよ」


 マイケル機は送信出来ないので応答はない。しかし、彼女は森の中で動き出す友軍機を確認し頷いた。






 ある部隊が見付けたのは壊れた人型機であった。

 上下に胴体から分解した見慣れない人型機。統一国家天士達は警戒する。


『真新しいな』


『触るなよ、ブービートラップかもしれん』


 戦場に妙な物を見掛けても触れてはならない。兵士が戦利品として万年筆などを拾ったら爆発した、なんて話は枚挙にいとまはないのだ。


『なるべく避けて歩くぞ』


『ああ』


 人型機達は木々を迂回する。その足元が連鎖的に爆発した。

 対人地雷。ほぼ全ての英無頼が脚部を中破し、バランスを崩し転倒する。


『っ……あの残骸はフェイクか』


『さっきからなんなんだよ!この森、トラップだらけじゃねぇか!』


『落ち着け、足をやられただけだ。迅速に安全圏まで引くぞ』


 地雷は広範囲に埋没していたが、どれも威力は弱い対人用であった。


『人型機用の地雷を数を揃えられなかったのかもな』


『足が不調なまま戦闘なんてごめんだ、さっさと行こう―――ぜ?』


 ずるりと傾く視界に、天士は疑問符を浮かべる。


『そういうなよ、遊んでけって』


『なっ!?』


 英無頼を切り捨てたのは、気付かぬ間に英無頼達の懐に入っていた軽量人型機であった。

 謎の人型機―――E25にて剣を振るうマイケルは、英無頼が体勢を建て直すより早く次々と敵を切り捨てていく。


『いつの間に―――』


 重装甲であるが故に森の中では運動能力を発揮出来ない英無頼に対し、軽量機のE25は軽快な挙動で剣を振るう。


『―――遅いっ!』


 瞬く間に、一方的に英無頼を戦闘不能に追い込む。零夏の魔改造を受けたEシリーズ、その上軽量機に有利な森の中、更に不意打ちという好条件。とはいえ、正規兵相手に一方的に立ち振る舞えるのはマイケルの技量あってこそだろう。


『ど、どうして。どこから現れた、お前……?』


『お前等の目の前に―――なんでもねぇや。じゃあな』


 パーツを分解しスクラップに擬態していた人型機こそ、マイケルのE25であった。

 古典的な死んだフリである。






 森の各所で上がる炎と煙、そして悲鳴。

 一機また一機とやられる友軍機に、遂に誰かが無線出力を最大にし提案した。


『森を焼き払うぞ!手当たり次第に全部焼いちまえ!』


 森がなくなってしまえば罠も意味を成さない。生命維持装置の搭載されている英無頼は、火災に巻かれようと天士は影響が及ばない。

 対ゲリラ戦において森自体を焼き払うことは珍しくない。補給を潤滑に行える状況ではない為に躊躇っていたが、そんな悠長な場合ではないと彼等も理解していた。

 乱暴だが、選択肢の一つとして合理的な判断。英無頼の右腕の装甲が一部開き、内部より標準装備されている魔導術式が展開する。

 クリスタルより魔力が供給され、火炎魔法が発動する。魔力にて編まれた燃焼に特化した架空物質を噴射する軍用火炎放射器は、その射程も100メートルにも達する。

 利便性は高いが、魔力の消費も激しく機動兵器には火力不足。むしろ最前線での工作用を前提とした装置だった。

 英無頼の火炎放射器は形式が新しいだけあって優秀だが、生木とはとても燃えにくい。


『ちっ、煙ばっかり上がるぜ』


『燃料が付着したらすぐ別の場所を燃やすぞ。架空物質はしばらく燃えるからな』


 森は広い。一時間はかかると見込まれた作業は、だが10分程度で終了した。

 木々の合間を走る炎。燃えにくいものばかりの森において、意図的に可燃性の物が存在していた。


『あいつら、森に油を撒いてやがった!』


『おうおう、ガンガン燃えてやがるぜ。英無頼には効かねぇがな』


 人型機が炎程度で止まっては、兵器として落第である。敵はそんなことも知らないのかと首を傾げる天士達。


『でもなんで自分で火を着けなかったんだ?』


『森をなくした村が生活していけるかよ。できれば燃やしたくなかったんだろ、それかタイミングを計っていたかだな』


 油は森の外側へと伸びており、導火線となったそれは遂に最後の大仕掛けに達した。

 燃え落ちる森。森を囲むように、人型機用の堀が現れる。

 人型機が侵入する際には気付かぬように、丸太の橋を拵えた手の込んだ罠だった。


『ま、まさか閉じ込められたのか!?』


『あっちの方はまだ橋が残って、うわぁ!』


 全焼していなくとも丸太には火が回っており、脆くなった橋は崩れ英無頼は落ちていった。


『そうか、あの時の足元が軋んだ感じは……!』


 天士は森に入った時の違和感を思い出す。

 50トン以上ある人型機が渡る橋は鉄製であることが求められる。しかし、数台が一時的に渡る程度であれば丸太とて辛うじて耐えきれるのだ。

 燃え尽きた森で呆然と立ち尽くす約千機の人型機。

 この森の罠自体が、森へと誘い込み大仕掛けへの注意を逸らす罠だったのだ。


『くそっ!こうなったら、勝つまで前進するしかねぇ!』


 魔法陣へと走り出す英無頼。彼等の前に一体の人型機が空より降り立つ。


『だ、誰だ!』


『最強最古の可愛いお嫁さんです』


 アナスタシア号での整備を終え、戦場に舞い戻った蛇剣姫(じゃけんひめ)だった。


『殺生は控えるように指示されているので』


 蛇剣姫は直剣を横凪ぎに振るう。

 剣先より伸びたワイヤーカッターが、数十機の英無頼の足を切断した。

 支えを失い地に落下する英無頼。味方の一画が一撃で削られたことに動揺する敵天士。


『び、びびんなよ、お前等!こっちはまだ数百機はいるんだ、纏めてかかれば……』


『宜しい。天士たるもの、それくらい吠えられなければなりません』


 蛇剣姫は剣を肩に担ぎ、ゆっくりと歩いていく。


『一騎当千、なんて銀翼の天使にとっては陳腐な言葉ですが。完遂すればナデナデしてもらえるかもしれませんし、頑張るとしましょう』


 そこから先は記すべきこともない。統一国家はキョウコが戦線復帰する前に、迅速に決着を付けなければいけなかったのだ。






『やれやれ、さすが最強最古だ。これじゃあ俺達の出番はねぇな』


 アナスタシア号より地上に降下し、魔法陣の前にて敵を待ち構えていたガチターンは拍子抜けした声を漏らした。

 屋敷跡地のここは小高い丘となっており、戦場の焼け野原を一望出来る。それは同時に敵から狙撃されやすい場所ともいえるが、英無頼は暴れ回るキョウコから逃げ惑うばかりでガチターン他三名を狙う余裕などない。

 そんな理由で手持ち無沙汰になっていたガチターンだが、他の面子は違う意見であった。


『何言ってんだよオッサン』


『仕上げで手を抜いたらろくなことにならないわ』


『彼等が柵に閉じ込められた憐れな羊なら、僕等は牧羊犬ですよ』


 上からマイケル、ニール、エドウィン。3人は事前に隠しておいたボルトアクション式105ミリライフルを構え、英無頼の群れからはぐれた機体を作業的に狙撃していく。


『きっちり殲滅しておかないと、ね』


『ほら、ガチターンのオッサンも手伝ってくれよー』


『お、おう。……最近のガキは物騒だなオイ』


 冷や汗を流すガチターンであった。






「さ、最近の自由天士は物騒じゃな」


 アナスタシア号のブリッジにて、リデアも冷や汗を流していた。


「すごいですね」


「うむ。なまじ、ガイルやレーカ、ソフィーといった天才が身近にいたからじゃろうな」


 冒険者三人組の泥臭い戦い方は、エースが身近にいたリデアにとっては馴染みのないもの。特別な才能などなくとも結果を出せる、しかし万人に扱える技ではない。そんな技術はリデアにとって初めてだった。


「あやつらには満身がなく、勝つ為には全てを考慮出来る。単純な戦闘能力は精々メタルウイングス(ベテラン)級じゃからな、三人組の戦歴を調査して驚いたぞ」


 彼等は今まで、三人では明らかに持て余すような困難な状況を打破した経歴があるのだ。


「凸凹な奴等じゃ、それが上手くカバーしてあっているのじゃろう」


「これもまた、エースの形ということでしょうか」


「とかく、統一国家の攻撃は凌げたと考えていいじゃろうな」


 船から見下ろす限り、地上はラウンドベースの瓦礫で相応の被害を受けている。これら文字通り山のような瓦礫を完全に撤去するのは現実的ではないものの、伝染病の危険性から敵兵士死体を後片付けしたりなどはしなけれならない。

 その手間を想像し、リデアはげんなりとした。……彼女が行うのは主に書類仕事であろうが。


「表向き敵対している以上、本国の支援を望むのも難しいが……ん、あれは?」


 瓦礫の中に筒状の物体を見付け、リデアは身を乗り出した。


「カムイロケットか。使い捨てとされる工芸品じゃが、レーカなら使い道を見付けるかもしれん」


 カムイロケットに使用されている謎の金属粒子……未だ解析されていないこれは学術的希少価値は高い。


「オリハルコンと呼ばれておったな、確か」


 オリハルコン。錬金術によって万物に姿を変える、世界で最も強固な金属。

 その発祥は伝説上の架空の存在であったが、異文化の工芸品であるカムイロケットの残骸より採取されたサンプルは特定条件によって性質を変化させるという奇妙な特性を持っていた。

 水のように流れ、ダイヤモンドのように傷付かない。学者達が金属粒子をオリハルコンと名付けたのも当然だろう。


「伝説上の金属と超科学の産物がイコールで結ばれるとは、奇妙なものじゃ」


 異文化の工芸品がれっきとした科学技術である、という知識のない者にとっては両者は同じような物。理解を越えた科学など魔法と大差ないのだ。


「地球の技術には違いないのじゃ、レーカに見せれば何か判るかもしれんな」


 カムイロケットを回収しておこうと考えるリデア。その瞬間、アナスタシア号の後部が吹き飛んだ。


「―――は、なんと?」


 船後部の巨大なプロペラが消し飛び、行き場を失った魔力が暴発し小爆発を繰り返す。重量バランスを喪失したことで大きく傾く船体。


「し、姿勢制御じゃ!」


『5番浮遊装置停止!前部バラスト緊急解放!船がひっくり返るぞ!』


 後部構造体、特に重いタービンエンジンを失ったことで船の後部が浮き上がり、アナスタシア号は逆立ちしそうになっている。

 整備用や生活水として使用されるタンクが放水し、船の後部浮力を停止することで船のバランスを保とうと試みる技師達。更に報告は続く。


『浮力重量比計0,8、落下が加速しています!』


「2番から4番浮遊装置をオーバーロードさせよ!焼き切れても構わん!」


「了っ解!」


 担当者が操作卓に並んだレバーを、纏めて力一杯押し上げる。

 安全装置のストッパーを破壊しての入力により、過剰魔力を注がれた浮遊装置。魔導術式を刻んだ薄い金属板を重ねたそれは、キャパシティ以上の魔力を流せるほど融通のきく装置などではない。

 行き場を失った魔力は熱となり、金属板表面を歪ませギシギシと嫌な音を響かせる。

 だがその甲斐あって、船の落下速度が遅くなる。元よりそれほど高く飛んでいたわけでもなく、およそ軟着陸といっていいほどには穏やかに草原に接地した。


「―――状況報告!」


 すかさずリデアは叫ぶ。事態は何も解決していない。


『機関室の辺りをごっそり抉られたよ!魔法じゃない、たぶん運動エネルギー弾!』


 マキの報告は憶測混じりであったが、長年の経験から導かれた勘は情報として扱って構わない精度ともいえる。


「運動エネルギーじゃと、カリバーンで狙撃されたのか……?」


『違う、もっと小さい感じ!角度も下から撃ってた!』


 低空から放たれた運動エネルギー弾。リデアは敵の正体に思い至り、思わず唸った。

 あまりの急展開。空の果てより貫くプレッシャーが、全ての船員を震え上がらせる。


「―――来たのか、このタイミングで」


 マイクを取り、共振通信に声を乗せる。


『いるのじゃろう、ガイル。姿を現さんか』


 体感的には、僅かな間の後。

 空が滲み、空虚より戦闘機が現れる。

 炎のように真っ赤な戦闘機―――第八世代機・心神(しんしん)。ガイルの愛機が船とさほど離れていない場所に現れた。

 菱形の主翼と2枚の斜め尾翼というシンプルな形状から、機体全長より長い直線的な主翼と左右にそれぞれ2発のエンジンを内蔵したカナード翼を備えた形状、ファイターモードへと変形する。

 主翼半ばから後方に伸びたレーザー砲身。機体の上部に固定されるのは、アナスタシア号を貫いたのであろう小型レールガン。

 まさに異形。ステルス性と速度を犠牲にすることでドッグファイト性能だけを追求した姿に変貌した心神は、正しく敵を駆逐するだけに特化した化身であった。


「完全なレベルに達した光学迷彩か……こうもぬるりと懐に入るとは、恐ろしい戦闘機じゃ」


『……そうでもない。俺はただ、電磁パルスに隠れて接近したに過ぎん』


 勘違いされることも多いが、ステルス機とはレーダーにまったく映らない飛行機を指す言葉ではない。あくまで『映りにくい』だけだ。

 機体表面や内部構造を一定の角度で設計することで、特定の方向にのみレーダー波を反射するのがステルス技術。しかし機体表面はともかく、内部機械を全てステルスとして設計することなど不可能なのだ。

 それは心神とて例外ではない。だからこそ、レーダーによる早期警戒が有効だと判断されていたのだ。

 それも、核爆発の影響で使い物にならないとなっては無意味であったわけだが。


『あれが……あれがあいつの残した魔法陣か』


 心神は更に変形し、不格好な人型形態となってホバリングする。

 腕が奇妙に長く、足が異常に太い。既存の戦闘機を強引に人型機に回収した弊害であるが、地球製戦闘機であり浮遊装置を搭載していない心神はこの改修によってヘリコプターのように空中静止した状態での戦闘が可能となった。

 レールガンを船に向かって構えるガイル。その砲口をリデアは睨む。


(せめて時間を稼がねば。だが、この船にはもう戦闘能力は―――)


『くかか、久しいな紅翼(せきよく)!』


 リデアにとって身近な声が、スピーカー越しに聞こえた。


「はて誰だったか」と刹那思案し、すぐに思い至る。


「ルーデルか!?無事じゃったんだな!いきなりじゃがガイルを足止めせよ!」


『承知しましたぞ』


 あまりに唐突な命令。しかしルーデルは快諾する。


『足止めなど器用な結果が出せるかは判りませんが、まあ墜としても結果は同じでしょう?』






 ラウンドベースの崩壊の最中、ルーデルとガーデルマンを乗せた雷神(らいしん)が脱出を果たしたのは奇跡に近かった。

 キョウコの蛇剣姫は壁を切り進んで脱出したが、雷神にそのような芸当は不可能。

 ならばどうしたか。無論、どうもしない。

 ひしゃげ崩壊する船内から、空間という空間を潜り抜けて亀裂より外に出たのだ。

 それはおおよそ容易なことではなかった。巨大な雷神の機体が通過可能な隙間などそうそう発生するはずもなく、時には翼端を千切り、時には炎にまかれながらの飛行。

 その結果が、現在の雷神である。

 主翼は片方が根元から脱落し、もう片方も原型などほとんど残っていない。外装のアルミ合金は至るところが火を上げ焼失しており、機体後部は骨組みすら大きく抉れている。

 尾翼など垂直尾翼2枚は完全に落ち、水平尾翼の面影があるだけ。例え地上で目撃しようと修復を諦めるレベルの大破だが、尚も雷神は空に浮かんでいた。


『さすがは雷神だな!』


『いやこれ、飛行とは言いませんから』


 というより、飛ぶように落ちていた。

 むしろ、ただ単に落下していた。

 主翼も浮遊装置もないのだ、浮かびようがない。


『いきなりじゃがガイルを足止めせよ!』


「承知しましたぞ」


 リデアの命令は雷神の現状を知らぬが故だが、ルーデルとしては断る理由などない。彼にとっては家に着くまでが遠足、墜落するまでが戦闘、心臓が止まるまでが戦線復帰可能なのだから。


「足止めなど器用な結果が出せるかは判りませんが、まあ墜としても結果は同じでしょう?」


 かつてライバルとして幾度となく接戦を繰り広げた両名だが、ルーデルとガイルの機体性能は歴然としている。殺す気で挑むくらいで丁度いい、ルーデルはそう考えた。

 操縦幹を翻し、首を傾げる。機体が操縦に反応しなかったのだ。


「ルーデル、いい知らせと悪い知らせかあります」


 後部座席より報告するガーデルマン。


「悪い方からだ!」


「油圧が死にました。操縦系、全てロストです」


「最悪だな!それで良い知らせは!」


「機械式操縦系を直しました」


「最高だな!さすがはターミネーターだ!」


「人間です」


 操縦システムを油圧から非常時用の機械式に切り替える。完全人力で舵を動かす機械式は使い勝手が悪く、戦闘などまともに行えなどしない。

 しかしルーデルにとってそんなことは些事。むしろ、彼はまともな状態な飛行機を扱う機会の方が少ないのだ。


「心臓の血管を縫い合わせるのと比べれば、機内のワイヤーを結び直すなど簡単です」


「おお、バリスタというやつだな!」


「それは攻城孥砲です」


 あるいはコーヒーの専門家。


「ただし動くのは片方のエルロンとエレベーターだけなので、あしからず」


 それ以外は翼自体を喪失しているので、さすがのガーデルマンとて直しようがないのだ。


「上等!さあ紅翼よ、久々に殺し合おうではないか!」


 高度3000メートル、重力境界よりダイブする雷神。ほぼ地上スレスレに浮遊する心神めがけて、エアブレーキなしで急降下する。

 無言で腕に接続されたレールガンを上空へと構えるガイル。風の影響を考慮しての狙撃は、ガイルが得意とするところ。

 雷神の機内は重力が相殺され、ミキサーの内部のように撹乱される。

 常人には耐え難いG。しかしルーデルにとっては揺りかごより生温い。

 激戦の中で奇跡的に生き延びていたエンジンがアフターバーナーを全開に吹かし、雷神は地上へ向かって更に加速する。


「どうするつもりです?聞いた限り、心神の運動性能は規格外です。まともに突っ込んでも回避されますよ」


「残弾は幾つだ、ガーデルマン!」


「105ミリ1発、30ミリ20発です」


「充分!」


 ガイルは無言でレールガンの引き金を引いた。

 少量の爆薬にてレールに送られた弾頭は、左右より流される電流にローレンツ力を発生させる。

 甲高いホイッスルのような音を響かせ、レールガンは発射された。

 衝撃波が世界を揺さぶり、反動が機体を一気に後退させる。「雷神のガトリングは強力過ぎるが故に機体が減速する」などという逸話があるが、心神のレールガンは誇張なしに機体を押し戻してしまうのだ。

 極超音速、即ちマッハ5以上に加速した小さな鉄片。この速度こそ、アナスタシア号を一撃で墜とした攻撃の正体。

 イージスシステムに対抗する為に設計されたこの兵器は、単純に速すぎるが故に回避が不可能。

 ルーデルの目を以てしても見えない。否、例え見えていたとしても結果は変わらない。

 故にルーデルは予め引き金を引いておく。一瞬だけ響く重低音。

 30ミリガトリングがなけなしの20発を放つ。銃身の束が回転するガトリング砲は射線が安定せず、適度にばらけてレールガン弾とすれ違う。

 1発の鉄鋼弾が、レールガンの弾と接触した。

 レールガンの弾頭はマッハ5という超高速で弾道飛行する為に、極めて繊細な設計が成されている。溢れんばかりの運動エネルギーは僅かな障害物との接触により暴発、破壊力が霧散し砕け散った。


『―――ふん』


 ふてぶてしくガイルは鼻を鳴らす。つまるところ負け惜しみだった。

 心神のレールガンは蓄電の為のインターバルがあり、連射は出来ない。彼等の攻防に、レールガンは使用不能となったのだ。


「そう拗ねるな、紅翼」


『黙れ帝国の悪魔め、貴様には安物の骨董品がお似合いだ』


「お前のそれこそ古代兵器ではないか。オーバーテクノロジーがそんなに偉いか」


 口論しつつも急接近する2機。悠然とホバリングする心神と、崩壊寸前の雷神。

 手負いの地上を粉砕する老いた猪は、天すら貫く若き鳳凰に挑みかかる。

 バンと破裂音が空に轟く。雷神が重力に引かれるままに、遂に音速突破したのだ。

 自身の発生させる衝撃波により、雷神の崩壊が更に加速する。次の瞬間に空中分解したところで不思議と思う者などいまい。


「今だガーデルマン!奴の『ケツ』に鉄鋼弾を撃ち込んでやれ!」


「了解です」


 僅かにずれた雷神と心神の射線、そして心神の背後に見える魔法陣。それだけでガーデルマンはルーデルの意図を理解した。

 撃たれる105ミリ鉄鋼弾。


『遅いぞ、ガーデルマン』


 心神は重量を無視しているかのように横に瞬間移動する。水素ロケットバーニア加速は、発射後に動き出したにも関わらず完全に砲弾を完全に避けきってみせる。

 脇を抜けて地面に着弾する鉄鋼弾。ほぼ垂直に突き刺さったそれは、魔法陣の障壁に弾かれ跳ね上がった。


『―――跳弾、だと?』


 鉄に食い込んで抉ることを目的とした砲弾は、装甲に弾かれ跳ね返るということはない。しかし魔法障壁ならば別だ。

 運動エネルギーを受け止めるのではなく受け流すことに主観を置いたアナスタシアの障壁魔法、それは見事完全に105ミリ砲弾を弾いてみせた。

 ガーデルマンの砲撃技術は正確だった。違わず心神へと向かって上昇する砲弾。


『狙ったか、ルーデル』


 さすがに一筋縄ではいかないとガイルも笑う。


(避けられない、俺では―――)


 ガイルとて人間。操縦にはタイムロスが発生し、知覚出来ていようと物理的に反応しきれない状況は起こり得る。

 今がその時。ルーデルとガーデルマンの奇策は、ガイルの隙を付いてみせたのだ。


『俺だけ、ではな!』


 しかしガイルの愛機、地球の技術は異世界の英雄に比類する怪物であった。

 全周囲オフボアサイト攻撃能力の発展型ともいえる、心神のイージスシステム。

 オフボアサイト攻撃とは戦闘機の真正面以外への攻撃、即ちレーダーやカメラを通してのパイロットの死角に対しての攻撃能力だ。

 地球の最新鋭機であるF-35にも全周囲オフボアサイト攻撃能力が備えられている。機体の後ろや裏側といった見えない場所もロック可能となり、パイロットに求められるのはミサイルの発射を決定するボタンを押す動作だけ、というわけだ。

 心神のイージスシステムはその発展型だけあって、更なる改良が加えられている。敵機だけではなくミサイルや砲弾といった高速飛翔体のロックオンを可能とし、危険性が高いとコンピューターが判断した場合にはパイロットの指示を待たず迎撃する。

 雷神の跳弾攻撃はまさにこのパターンであった。ガイルの反応が間に合わない後方からの攻撃、しかしコンピューターは独自の判断によってそれを迎撃する。

 レーザー砲身が精密に動き、光線を投射。鉄鋼弾は一瞬で溶解し、塵となった。


『心神の力を見誤ったな、ルーデル―――!?』


「そのようだ、だがッ!」


 迫る雷神に刮目するガイル。


「私の方が、一つ上だァァ!」


 音速で心神へと突撃する雷神。


『体当たり、死ぬ気か!?』


「いやいやこの人が激突くらいじゃ死にませんって」


 全力での回避を試みる心神。しかし、あまりに離脱開始が遅過ぎた。


『く、ううぉぉぉっ!』


 心神は近代の戦闘機の例に漏れず、薄い外装しか持っていない。崩壊した雷神の破片などが心神を切り裂き、全身に大きなダメージを与える。

 地上に突き刺さり、爆散する雷神。


『この俺が被弾した……この俺がか』


 ガイルは愕然と呟く。


『さすがは悪魔、といったところか。だがルーデルとガーデルマンも、……』


 死んだ、と続けようとして、眉を潜める。


『ルーデル生きておるか!』


『無論です!ガーデルマン共々ピンピンしております』


 リデアとルーデルの間の抜けたやり取り。激突直前にコックピットより飛び降りていたルーデルとガーデルマンは、パラシュートもなしに地面に激突していた。


『受け身を取ったので無傷ですぞ!』


『いや受け身って』


 頭痛のする彼等の会話を尻目にガイルは自機をチェックする。


『申し訳ございません、姫様。足止めの任、達成出来ませんでした』


『よい。超音速飛行能力は奪ったじゃろうからな』


 ガイルは舌打ちした。リデアの読み通り、今の心神は超音速飛行が不可能となっていたからだ。

 エンジンを始めとする内部機構にほとんど損傷はない。ダメージは外装のみだ。

 しかしそれこそ、超音速飛行において致命的な問題であった。高速飛行する物体の表面は空気が圧縮され、音速越えともなれば温度が数百度から千度以上に達する。その熱が機内に入れば、機体が内側から破壊されてしまうのだ。

 大気整流装置を起動すればそれも防げるが、そもそも表面の魔導術式が破壊されている為に起動不可。


(超音速どころか亜音速程度でもかなり危うい。ルーデルめ、やってくれる)


 ガイルは白鋼を高く評価している。速度制限された心神では苦戦するかもしれないと身構えて、そして疑問を抱いた。


(あの餓鬼と我が愛娘は、なぜ出てこない?)








『―――イレギュラーはどこだ』


 アナスタシア号のブリッジに受信した、ガイルの問い。

 作戦の為の時間を得たリデアは、若干の精神的余裕を取り戻していた。

 零夏を未だにイレギュラー呼ばわりするガイルに反感を覚え、ふてぶてしく返答する。


「はて、そんなのいたかのぅ」


 愛らしく小首を傾げるリデア。ガイルの視力ならばブリッジにいる彼女の睫毛まで数えられるので、挑発として充分機能する。


「あれはレギュラー(予定調和)じゃよ、お主に言ってもせんなきことじゃが」


『馬鹿な、なにを……』


 前触れもなく、ミサイルがアナスタシア号横っ腹に突き刺さった。

 大きく傾く戦艦。轟音と振動が船員を襲う。攻撃は分厚い装甲板を突き破ることこそ叶わなかったものの、船内で人が吹き飛び怪我人が多数出ていた。


「な、なんじゃ!?」


 マッハ1,5で衝突した4本のミサイル。ガイルの攻撃かと疑うが、方向が明らかに違う。


『頑丈な船だ、対艦ミサイルが貫通しないなんて』


(敵―――新手、どこじゃ?)


 気配は空に存在するも、その姿はどこにもない。

 エンジン音だけが響く戦場。間違いなく、この戦場にガイル以外の敵性航空戦力がいる。


「エカテリーナ、そちらからは見えるか?」


 上空からは何か判るかもしれないと、エカテリーナに尋ねる。


『見えないわよ、でも感じるわ』


「感じる?何をじゃ?」


『愛よ!』


「愛?」


『そうよ!この無言の攻撃は私へのルゥァアブッ、クゥォォルッ!ギイハルト、会いに来てくれたのね!』


『……別に君に会いに来たわけではない』


 はたとリデアも気付く。そうだ、この声。


「ギイハルト・ハーツか、来るとは思っていたが、遅かったではないか」


『ミサイルを運んでいたからね。本来のスペックでは2本までなのに、4本も抱えるなんて無茶をさせる』


 荒鷹は本来、対艦ミサイルを2本までしか積載出来ない。4本載せられたのはフィオの改修の結果だ。


『それも無駄な努力となったわけだが。これなら通常兵装をもっと積んでおけば良かったよ』


『ギイ、会いたかったわ!あ、今ドレスを脱ぐわねっ』


 全体がバイタルパートの如き重装甲のアナスタシア号だからこそ、4本のミサイルが直撃しても尚ダメージらしいダメージはなかった。これは驚異的なことである。


「―――そうか、お主の機体は確か」


 リデアは手紙から知ったガイル陣営の機体情報を思い出す。


夜鷹(よだか)、不可視のまま戦闘可能な戦闘機だったな」


 基礎設計の優れた荒鷹(あらだか)という戦闘機は、共和国でプロトタイプ製造された段階から多くの改修案が存在した。

 カナードとエンジンの追加による高機動型(アクティブイーグル)

 機体規模の拡張によって積載量を増加させた地上攻撃型(ストライクイーグル)

 そして魔術的光学迷彩を付加した隠密行動型(サイレントイーグル)

 ギイハルトの搭乗機は、それらの性能を全て兼ね備えた超高性能機である。

 機体の改修とは本来、どこかが伸びればどこかに皺寄せが来るものだ。兵器の積載量を増やせば運動性が落ちるし、隠密性を重視すれば積載量が少なくなる。

 それを全てにおいて性能向上させているのは、一重にフィオの技術力の代物。まさしく『魔改造』なのである。


(もっとも、あれを魔術的な光学迷彩だとはどうも信じられんがな)


 リデアの知識は、それが魔法ではなく科学であるとなんとなく見抜いていた。そもそもが隠密行動型の荒鷹は、モックアップ(模型)が完成しただけで結局具体的な見通しが立たなかった機体なのだ。


(おそらくは、心神の光学迷彩技術を流用したのじゃろう)


 地上攻撃型のペイロードと隠密行動型の不可視性は、攻撃される側としては厄介極まりない。重装甲が幸いし致命傷を受けることはないものの、一方的に攻撃されるアナスタシア号。

 爆弾の出現する位置からおおよその場所は判る。だがそれだけ。リデア達にはギイハルトの夜鷹を撃墜する手段は存在しなかった。


「ふん、毛ほども痛くないわ。ガイル、腹でも痛いのか?お主も攻撃すれば良かろうに」


 リデアとてガイルが白鋼を警戒して沈黙していることくらい理解している。一度レールガンがアナスタシア号に向けば、今度こそ再起不能となるのだ。

 リデアの頬には冷や汗が流れていた。命をチップにした時間稼ぎは、あまりに心を磨耗する。

 しかし、いい加減ガイルも察している。

 ソフィーは風が読める。零夏も解析魔法にて場所を察知出来る。白鋼にとって、陳腐な光学迷彩など丸裸同然なのだ。

 白鋼が荒鷹を放置する理由はない。ならば、この戦場にはそもそもいないと考えるのが自然。

 ガイルはリデアの様子を注意深く観察する。


『―――随分と時間を気にしているようだが』


 ちらちらと時計に目を向けるリデアは、露骨に視線を逸らした。

 ガイルはいよいよ確信する。彼等の狙いは―――


『っ、ギイハルト!カリバーンに戻るぞ!先行しろ!』


『了解』


 唐突なそれも、命令とあらば如何はない。ギイハルトは即座に武装投棄し旋回、カリバーンに急行する。


『やってくれたな、お転婆姫め』


 心神はレールガンを艦橋へと向ける。

 文字通りの意味で、リデアの生殺与奪の権利は今、ガイルが握っているのだ。

 負けじと睨み返すリデア。だが、脳裏にはどこか諦感があった。


(アナスタシア号を撃たぬ理由はない―――ガイルにとってもセルファークにとっても、この船一つの犠牲くらい許容範囲のはずじゃ)


 リデアが死亡すれば多くの努力が無駄となる。論理的には、リデアはすぐさまガイルに気付かれぬように船を脱出すべきだ。

 しかしリデアの矜持はそれを許さなかった。仲間を見捨てて自分だけ生き残る、リデアはそれができない王族なのだ。


「――――――。」


 視線を交差させるリデアとガイル。

 如何なる理由か。ガイルはレールガンを降ろし、機体をサイレントモードへと変形させ戦線離脱していった。


「……撃たぬのか」


『妻の名を貫く気にはなれん』


 確かにスピリットオブアナスタシア号の船体には、その名が大きく刻まれている。

 しかし、リデアはガイルがそのようなことを気にするほど女々しい男とも思えなかった。


「……非情になるなら徹すればいいものを。やりにくい」


『最初から、お前達の目的はイリアの確保だったのだな』


 ガイルはこの戦いを、魔法陣の争奪戦であると錯覚していた。

 しかし零夏達はガイルや統一国家との戦いに付き合う気など、元より無かったのだ。

 単純に実力からして、ガイルに勝てる見込みは薄い。

 統一国家すら、波状攻撃をかけられてはいつかは防衛戦も崩壊する。

 受け身では敗北は確定している。だからこそ、リデアは先手を打ちガイルにとって最大の弱点を狙うことにした。


「イリアという少女は存在しない。そうじゃろう?」


 ガイルの沈黙は、即ち肯定。


「少女の姿をしたあれは、かつてこの星に落ちてきた隕石『そのもの』。世界の要を人に擬態させるとは、『何百年も』騙され続けたわ」


『気付いていたとは、な』


 なぜガイルはカリバーンを完成させ、ノインという国を陸の孤島にしたか。

 本拠地が必要だから、というのも理由一つ。だが最大の理由はイリアの防衛だった。

 彼女の身に何かあれば、世界の命運すら左右する事態になりかねない。だからこそ、些細な危険にすら晒すわけにはいかなかったのだ。

 これはガイルとギイハルト、そしてアナスタシア―――大戦の頃に共に戦ったごく少数の部隊員の中で取り決められた、秘密中の秘密。イリアという少女を発見した彼等は、その身を守る為に彼女の身分を偽装した。それが、ギイハルトの妹というポジションだったのだ。

 イリアを確保したところで、リデア達には使い道などない。しかし彼女がガイルにとっての弁慶の泣き所であることは事実。

 そこで立案されたのがレールガン・カリバーン突破作戦。ノインの深くへと強襲をかけ、少女一人を拐うという大仰な計画。

 熾烈を極めたゼェーレスト防衛戦すら、その為にガイルを足止めするただの時間稼ぎだった。


『だが、ならばあれが世界の柱だと知らないわけではあるまい』


「ふん、こちとら元より目的は世界の柱を叩きおることじゃ」


『力を失った人類が、生きていけると思っているのか。大黒柱を失ったが最後、人は餓死するぞ』


「は、くだらん。餓死もへったくれもなく、何度も人間を消滅させるよりは人道的じゃろうて」


『おかしなことを、安楽死より拷問死の方が人道的というか。やはり君は痛みを知らない戦後生まれだよ』


 結局のところ、彼等は相成れない。リデアはガイルとの会話を切り上げ、ギイハルトに声をかけた。


「ギイハルト・ハーツ、聞こえておるな?まともに話すのは始めまして、でよろしいか?」


 リデアとギイハルトに面識はない。しかし、リデアはギイハルトを情報としては知っている。

 だからこそ、リデアは言っておきたかった。


「わしはお主が嫌いじゃ。未来くらい自分で決めんか」


 返答はない。


「お主の描きたい未来は何じゃ?ガイルのそれに、本気で共感したのか?」


『……俺に未来なんてない。全て、大戦で失った』


『なら私と作りましょう、未来を!そして子供を!』


 通信に雑音が増す。カイルより先を行く夜鷹は、アナスタシア号の通信圏外距離の限界に達しつつあった。


『エカテリーナ。君には敬意を抱くよ』


『本当!?結婚しましょう!』


「いや皮肉じゃろ」


『本心だ。君は美しい』


 そして途切れる通信。夜鷹は、完全に通信不能となった。


『ギイ、待って頂戴!』


 エカテリーナの雀蜂もなぜか追いかけていった。

 ゼェーレスト攻防戦はこれにて落着し、戦場はノインに移る。


「……遅くなったが、被害報告を。レーカ達が戻ってくるまでに、少しでも立て直しておくぞ」


 最も、彼等に休息が訪れるのはまだまだ先であったが。


次回からカリバーン突破戦です。戦闘パートが思いの外、長い。


〉この破壊神と常識人コンビの会話が楽しいです。

この二人の会話は書いている方も楽しいです。ガーデルマンは常識人の範疇に入るのでしょうか…?


〉ところであの狙撃手の再登場はないのでしょうか?

さっそく登場です。実は空白期間にレーカ達と会っていたので、レーカとは初対面ではありません。

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