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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
動き出す世界編
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70/85

ゼェーレスト攻防戦 3

 目的地を目指す飛宙船(エアシップ)にて、ソフィーにプロポーズした俺。

 多少の迷いはあったものの、ソフィーは俺のプロポーズを受け入れ指輪を受け取った。

 頬を朱に染め婚約指輪を眺めるソフィーに、俺は一つのお願いする。


「あなた、って呼んで」


「え?」


「さあカモン」


 真摯に彼女を見据え、たった三文字の単語を頼み込む。


「どんな意味があるの?」


「人生なんて意味のないことばかりだよ。必要性ばかりを求めたら人はきっと全裸で生活するだろうさ」


 さすがにそれは極端だ。


「りぴーと、あふたー、みー。A、NA、TA」


「よく解らないわ……呼べばいいのね」


 呆れつつも了解するソフィー。


「あ、あ、あな……」


 しかしこの三文字の破壊力を次第に理解したのか、顔はますます紅潮し、視線は泳ぎ。

 そして、ぎゅーっと目を閉じて叫ぶように言った。


「あなたっ」


「がはっ」


 吐血した。

 吐いてないが、悶えた。

 しばし水を浴びたハリガネムシのように床でのたうち回り、息を切らせて立ち上がる。


「くっ、ここまでダメージが大きいとはな」


「これからは、ずっとあ……あなた、って呼べばいいの?」


 なんて恐ろしい提案をするのだ、この子は。


「いや、俺が死んでしまう。やめておこう」


「でもお母さんはお父さんのことをあなたって呼んでいたわ」


 一般的な新婚夫婦はいつ名前呼びからあなたに切り替わるのだろう。


「あっ、そうだわ。あなた以外の呼び方ならどうかしら?」


 それなら聞きなれない単語だから恥ずかしくない、と提案するソフィー。


「妻が夫に対して使う、あなた以外の呼び方って?」


 ピンと来なかったので、率直に訊いてみる。

 ソフィーは頬に手を当て、小首を傾げて呼んだ。


「お父さん?」


 それは子供が出来てからだろ。


「こ、子供は籍を入れてからにしたまえっ!」


 叫ぶキザ男。いたのか。

 3人揃って赤面した。






『ガッ、あばっ』


『無理だ!無理に決』


『助け、ギャッ』


 宙を舞う人型機(ストライカー)と、スピーカーから絶え間無く響く悲鳴。

 目の前に転がり跳ね回る敵機体に、キョウコは眉をひそめざるをえなかった。


「上司に恵まれませんでしたね。この状況で出撃命令など」


 がらがらと転がり迫る人型機を飛び越え、蛇剣姫はラウンドベース内を疾走する。

 ラウンドベース内部で暴れに暴れるキョウコを止める為に出撃した人型機部隊だが、現状その役割は全く果たされていなかった。

 激しく揺れる船内では人型機の操縦などままならない。故に彼らはキョウコのことなど目もくれず、ほうほうのていで地面や壁にしがみつき、安全な場所へ退避しようとする。

 蛇剣姫(じゃけんひめ)は攻撃する必要すらなかった。避けるだけで自滅してゆくのだから。

 唯一、重力を無視した機動で走り抜ける蛇剣姫だけが自在に動き目的地を目指す。

 元よりキョウコは、特殊な装置や魔法もなしに平気で壁や水面を走るような天士だ。その操縦精度とセンスは零夏(れいか)を越え、対等な条件で接近戦に限定すれば今尚世界最強と呼んでいい。

 世界がバラバラになりそうな揺れの最中にあっても、行動には一切の支障はなかった。


「しかし広いですね、これが船の中だとは」


 既に彼女の乗り込んだ最初の区画のクリスタルルームは破壊済みであり、キョウコが向かうは隣の区画である。


「おや、弾薬庫ですか」


 砲台の剣山である以上、ラウンドベース級の弾薬庫はバイタルパート外に分散している。

 弾薬庫といえば説明の必要もないほどの戦艦の弱点だが、キョウコにはそれを爆破処理する時間の余裕などない。


「先を急ぎましょう、ラウンドベース自体を落としてしまえば同じことです。っと」


 通路の進行方向より転がってきた敵人型機から37,5口径75ミリ拳銃を奪い、後ろも見ぬまま射撃。

 タイムロスにならない範囲で行った適当な攻撃だが、砲弾は壁を破り弾薬を誘爆した。


「や、やってみるものです」


 意外な結果に驚くキョウコ。

 背後で弾薬庫が爆発する熱と轟音を感じつつ、蛇剣姫は銃を捨てて更に走る。

 そして到着したのは、人型機からしても大きな隔壁扉であった。

 銀行の金庫扉を彷彿させる、分厚い鋼鉄の扉。

 隣の区画とを繋ぐ厳重な接続部分、普段は開放されているここも高速強襲中の今は固く閉ざされている。


「とはいえ区画間の通路はここだけ、となれば」


 こんな場合、キョウコが試す方法など一つしかない。

 直剣の柄に付いたトリガーを引くと、刀身が変形する。ワイヤーチェーンソーの内部機構が刀身内に格納され、ミスリルの切っ先がマウントされる。これで直剣には完全にただの剣としての機能しかなくなったわけだ。

 肩に背負うように構え、気付けぬほど自然に一歩踏み出す。

 上から下に、斜めに振るう。

 力など不要。剣の自重と慣性に任せて、軽く握って落とすだけ。

 分子レベルまで研がれたミスリルブレードは鋼鉄を豆腐の如く切り裂き、深く扉を裂く。

 しかしそれだけ。切り目を覗き込んでも向こうの光は見えない。


「刃は確かに斬り込んでいる……やはり単純に、肉厚過ぎますか」


 蛇剣姫標準装備の直剣は長さおおよそ10メートル。それ以上の厚さを持つ隔壁は、キョウコをもってしても切り捨てられない。

 ここまで来ると迂回路を探すか、別の方法を探すのが模範解答であろう。しかし―――


「生憎、切り進むしか能がないので」


 先程の精度を維持したまま、今度は剣に機体重量を乗せて振るう。

 更に一閃。それを終える前にもう一閃。

 次々と放たれる連撃は鋼鉄を抉り、擂り鉢状に掘削してゆく。

 宙を舞う破片と火花、それはさながら花火が地上で炸裂しているかのような光景。

 だが、それでも。何メートルも掘削されつつも、隔壁は彼女に道を譲る様子はない。

 やがて、痺れを切らしたキョウコは『技』を使用することを決めた。


「ふっ」


 息を吐き、身を捩りその場で一回転。

 全身の無機収縮帯が生み出した運動エネルギーを、ただ切っ先に集中する。

 放つ全ての斬撃を必殺とするキョウコの操縦技術、しかしその一閃は機体の限界すら越えた一撃へと昇華する。


「―――秘剣、斬月」


 世界が切れた。

 隔壁は元より、その左右の装甲も何もかもが断絶する。

 接続ボルトやジョイントすら切られた結果、ラウンドベース区画同士の結合が千切れる。隙間からごうごうと風が吹き込み、斜めに分断された隔壁扉が区画の合間に落下する。

 巨大円盤であるラウンドベースのピザの一片、キョウコのいる区画が重力に引かれるままにずれて落ちていく。浮遊装置への魔力供給途絶と接続部の破壊は区画を繋ぎ止めておく設備の限界を越えていた。


「切り過ぎましたか」


 落下する区画から跳躍、隔壁扉だった場所に飛び移る。

 背後で大地に沈んでいく巨大な施設。それにも目もくれず、キョウコは再び走り出す。


「若い頃の技を使うことになるとは、私もまだまだです」


 キョウコにとって必殺技など自分の限界を一時的に得る術でしかない。

 彼女が追い求めたのは、全ての太刀を限界以上で放つ剣技。それを目指す上では、付け焼き刃の力は邪魔でしかなかった。

 今後の課題であると自戒しつつ、キョウコは操縦幹を握り直す。


「時間を浪費してしまいました、急がねば」








 チタンのバスタブ内に反響する警報。

 雷神(らいしん)のコックピットはほとんどのランプが赤く染まり、それはルーデルとガーデルマンが差し当たって危機的な状況であることを示していた。


「やがましいっ!」


 ついにキレたルーデルは計器板を殴り、スピーカーを黙らせる。


「ロケットブースターの燃料が尽きるより先に、機体強度に限界が来そうですね」


 別段慌ててもいない様子で呟くのは、後部座席に座るガーデルマン。職業は心臓外科医である。


「なに、空中分解したら飛び降りればいい!」


 ロケットブースターによって限界以上の亜音速飛行、その上多くの対空砲火に晒され三百発の弾丸を受けた雷神は既に中破の域を越えていた。

 機体全体に銃創を穿たれ、無事な部位など存在しない。エンジンは片方が脱落し、垂直尾翼も一枚欠落し、操縦系もメインの油圧系統と機械式系統が停止している。

 それでも飛行し続けられるのが、この破壊神が破壊神である所以である。


「ですがそろそろ限界でしょうね。せめて速度を落とせれば」


 時速900キロで飛行するラウンドベースと並走する為、雷神はかなり不自由な制御を求められている。追うのに精一杯で、充分な回避運動を行えないのだ。


「爆弾はあと三発もあるのだ、泣き言は言ってられん」


「解ってます」


「ガーデルマン、ところでふと思ったんだが」


「なんです?」


 こういう場合、ルーデルは間違いなくろくでもない提案をする。ガーデルマンは経験則からそう推測した。


「中に入れば、風ないんじゃないか」


 やはりろくでもなかった。


「ラウンドベースの中に入ろうと?どうやって」


 雷神は大型機だ。この巨体が入る場所など飛宙船や航空機が離着艦するカタパルトデッキくらいだろう。

 しかし現在のカタパルトは分厚い扉を閉められ、通常兵器ではこじ開けられそうもない。

 30ミリガトリングは勿論、105ミリライフリング砲であっても、だ。

 しかしルーデルには考えがあるらしい。頬杖をついて半目でルーデルの背中を見るガーデルマン。


「こうやって、だ!」


 手元のダイヤルを最小に合わせ、ルーデルは引き金を引いた。

 射出される大型ロケット・グランドスラム。

 狙い違わずカタパルトデッキに着弾したロケット弾は、少しだけ内部にめり込んだ後に起爆した。

 粉々に粉砕する扉。


「こいつ、グランドスラムを一発無駄にしやがった!」


 ガーデルマンは頭を抱えた。

 雷神受け持ちの破壊対象であるクリスタルルームは四ヶ所、大型ロケット地中貫通弾グランドスラムも四本。

 余分な予備などないというのに、ルーデルは思い付きで切り札の一つを浪費したのだ。頭も抱えるというものである。


「では、いくぞっ」


 思いきりよくデッキに飛び込む雷神。

 決して広いとはいえないトンネルを抜け、格納庫に侵入する。


「ははは、やはり風はないな!」


 予想通りだと笑うルーデル。

 グランドスラムが二発のみとなったことで身軽になった雷神は、ラムジェットロケットブースターを投棄し浮遊装置を起動して半ホバリング飛行に移行、艦内を進む。

 重い爆弾を抱え動きが鈍っているものの、それを気にせずトンネルを爆走する。ある程度速度がないと揚力が足りない為に浮遊装置の出力を上げねばならず、燃費が悪くなるからだ。


「内部に入ってしまえば、ガトリングでも充分であろう」


「はぁ、まったく。そこを右に曲がって下さい」


「さすがだガーデルマン、ラウンドベースの構造図を暗記しておったか」


「帝国製ですが、まあ構造はほぼ同じです。つーかアンタ、どうやってクリスタルルームまで行くつもりだったんだ」


 リデアが入手しておいたラウンドベースの構造図、本来はキョウコの為の資料であったがガーデルマンに抜かりはない。

 この作戦は元より、零夏等の作戦に関する資料まで全て目を通しているのがガーデルマンという男だ。むしろこれくらいでなければ、破天荒なルーデルの女房役は勤まらなかった。


『ら、雷神が船内を飛んでいるぞ!?』


「ばれたか」


「ばれましたね」


『正気じゃねぇ、馬鹿だ!変態だ!』


「ははは、変態呼ばわりされているぞガーデルマン」


「お前だよ」


 雷神は広い空間に出る。大型級飛宙船を納める巨大ドックだ。

 鈍い灰色の壁にキャットウォーク、フックを垂らした天井クレーンなど船の整備に必要な設備が揃った空間。

 次はどこへ向かおうかとホバリングに移り、ルーデルは違和感に気が付いた。


「……おかしい、なぜ船を詰めていない?」


「どういうことですか?」


「地上目標であるゼェーレストを攻め落とすのだ、強襲揚陸艦を用意するのが当然だろうに」


「ケチッたのかもしれませんよ。独裁国家は貧乏なものですし」


 ラウンドベース級の大型ドックは一つや二つではない。ここ以外のドックには揚陸艦が収まっている可能性とて充分ある。

 しかしルーデルはその説には否定的であった。


「魔法陣は最重要捕獲対象なのだ、統一国家とて手を抜くまい。となれば、これは陽動か」


 ルーデルのそれは、戦術眼というよりただの勘。しかし勘の良さで生き延びた彼にとって、それはただの確定事項。


「ですが、この船を放置して帰投するわけにはいかないですよ」


「無論だ。間に合うか微妙だが、やれるだけやっておくぞ」


 前進する雷神は広大なドックの中心に到達する。

 その時、クリスタル共振通信装置に音声が入った。


『殊勝な奴だ。自ら口内に飛び込むとは』


 ドックの出入り口や遮蔽物の影から現れる、丸みを帯びた太く力強いシルエットの人型機。

 星鈴参式(ほしずずさんしき)。大戦末期に帝国で開発された、当時最強の人型機の一つだ。

 122ミリ砲という当時としては規格外な、現代でもかなり大口径といえる大砲を腕にマウントした重人型機。避弾経始を意識した流麗なデザインと大口径砲に、かつて共和国天士を恐怖に陥れた機体である。

 もっとも、その時代の帝国製品は品質が悪く、星鈴参式も例外ではない。更に高性能を伺わせる外見は無茶な内部構造の上に成り立っており、実情は大戦末期にありがちな性能を求め実用性を犠牲にした機体であった。

 それでも、動けば間違いなく大きな驚異。それが10機、最新鋭の機体であろうと充分過ぎるほどの脅威である。

 雷神を中心に円に取り囲む星鈴参式、その半径はおよそ100メートル。

 それら全てが同時に122ミリ砲を構える。


『後は、噛み砕くだけだ』


 5,5メートルの砲身が一斉に咆哮を上げる。

 ひょい、と雷神は機体をよじり、鉄鋼弾を回避した。


『……ば、馬鹿な!?』


 非常識な挙動に驚愕する敵天士。

 砲撃されたにも関わらず容易に避けてみせるルーデルに人型機部隊の面々は戦慄する。


「なぜ近付いてこないのだ?囲んでしまえば包囲を狭めればいいものを」


 航空機である雷神に白兵戦の手段などない。接近してしまえば楽に倒せるはずなのに、といぶかしむルーデル。

 とりあえず高度を落とし地面スレスレに飛行する。星鈴参式は雷神を見上げるように攻撃していた、同じ高さに降りてしまえば味方の流れ弾を恐れて撃てないと考えたのだ。

 しかし、雷神は床に弾かれ跳ね上がる。


「ぬおっ!?ここまで揺れているとはっ」


「なるほど、彼らは動けないんですね、きっと。雷神はホバリングしているので揺れが伝わりませんが、ラウンドベースはかなり振動しているようですし」


 ガーデルマンの推理は正しい。雷神の侵入を聞き罠を用意した彼らだが、待ち伏せの為にドックの壁に掴まって移動したはいいものの、そこから離れることは叶わなかった。

 いくら重量機であろうと、戦闘態勢を維持したまま揺れる地面を歩くことはかなわない。


『撃て!撃ちまくれ!』


『毎分4発、きっちりありったけくれてやる!』


 幾度となく放たれるカノン砲、しかし砲弾は決して雷神に着弾することはない。

 最小限の動きで雷神は攻撃を避け続ける。その光景はもはや冗談染みていた。


「ルーデル、さっさと片付けてしまいましょう」


「だな、後ろを頼むぞ」


 機首の30ミリガトリングと機体上部の105ミリライフリング砲が火を吹く。


『ぎゃあっ!』


『あばっ!』


 正面では壁ごと無数の穴が穿たれ蜂の巣となり、後方では胸部に砲弾が着弾し機体が爆散する。

 前後で同時に撃破される星鈴参式。隊長は攻撃手段の切り替えを指示する。


『カノン砲は当たらん、機関砲だ!弾幕で空間を埋め尽くすんだ!』


 確かに機関砲はルーデルであろうと避けきれない、しかし。


「星鈴参式標準装備の機関銃は12,7ミリ、雷神の装甲には力不足のはずですが」


「いや、あれは……対空砲だな」


 右マニュピュレータに固定された、妙に大きな二連砲にルーデルは目を細める。

 改修された星鈴参式は23ミリ対空砲を装備していた。


『雷神といえどコックピット以外に23ミリ鉄鋼弾を防ぐ防弾能力はない!』


 十字砲火―――否、米字砲火とでも呼ぶべきか。全方向より交差する弾丸が雷神を襲う。

 毎分400発、それが十ヶ所より降り注ぐのだ。一兵卒ならば祈ることすら無意味な窮地。


「甘い、甘いぞこわっぱども!」


 時に翼端でガリガリと床を削り、時に着弾の反動すら利用し雷神はガトリングによる致命傷を回避する。

 被弾は免れない。一秒間で60発以上突き刺さる弾丸は、雷神の主翼を、機体を貫通しスクラップへと変えていく。

 あっという間に見るも無惨な姿へと変貌していく雷神。しかし、それでも機体が墜落することはない。


『なぜだ、なぜ墜ちない!』


『悪魔が味方しているんだ!』


『違う!アイツ自身が悪魔なんだ!』


 どれだけ被弾しても墜ちない敵。あまりのおぞましい光景に、発狂しそうになる敵性天士。今のルーデルは敵にとって正しく悪魔に見えた。

 前後左右に挟まれているにも関わらず、雷神は欠片も怯んでなどいない。そこにいたのはまさしく強者。

 雷神は時計回りにゆっくりと回転。低重音のガトリングと間欠的な砲音が鳴り続け、1機また1機撃破されていく星鈴参式。

 互いに撃ち合っているというのに、撃破されるのは片方のみ。

 理屈など無視した不条理な現実が、そこに横たわっていた。


『化け物、悪魔、が……』


 そして訪れたのは静寂。どちらが勝者かなど言うまでもあるまい。

 撃つまで撃たれ、撃った後は撃たれない。

 戦場において彼と敵対し無事でいられるはずがそもそもなかったのだ。








「3隻目のラウンドベース―――そこまでするか、ヨーゼフ!」


 双眼鏡を手に取るのももどかしく、視力強化魔法を行使しリデアは三度出現した超大型級飛宙母艦を注視する。

 先の2隻以上に、積載限界を越えた兵器を満載したラウンドベース。その固有名詞は『四番艦リサ』。

 奇しくもそれは共和国首都ドリットを襲撃した、因縁の船であった。


「国が傾こうとお構い無しか!」


 リデアはラウンドベースの投入も2隻までと予想していた。直径10キロという巨大兵器、同時に動かせる数は経済的な体力で左右される。

 かつての共和国が帝国以上の経済力を有していたとはいえ、ラウンドベースを同時に3隻動かすのは無茶を通り越して不可能である。そう考えていたリデアであり、それは間違いない。

 軍艦とは国家の有するうちの三分の一しか動かせないのが原則だ。これは作戦任務、整備補給、そして整備中に休暇をとっていた乗員達の再訓練……この3つを繰返しローテーションするからであり、大抵の兵器に適応される法則である。

 統一国家が5つ有するうちの半数以上を動かすなど、無茶に無茶を重ねて、その上で幾つもの大きな賭けを犯さねば達成出来ない。


「奴も不退転の覚悟というわけか、少しは驕ってくれればいいものを」


 鬼気迫るほどのヨーゼフの覚悟を感じるも、リデアは怯むことはない。退かぬ覚悟は彼女とて同じだった。


「浮遊装置緊急停止!墜ちて回避するのじゃ!」


 それは古来より存在する飛宙船の特殊マニューバ、鈍重な空飛ぶ船が唯一高速移動する手段。

 しかし移動方向が下に限定される上、重要な運動エネルギーである『高度』を失う諸刃の剣。

 だからこそ、緊急事態にしか使用されない非常操作であった。

 高度2500メートルから真っ逆さまに落下を開始するアナスタシア号。ふわりと浮かび上がる感覚を覚えるクルー達。

 船が落下したことで、船内が擬似的な無重力となる。ブリッジクルーはシートベルトをしているからいいものの、格納庫など人や道具が固定されていない場所では大惨事請け合いだ。

 真上を見上げれば急接近していたラウンドベース、キャサリンとアイリーンが衝突する。


「―――。」


 リデアを始めとしたクルー達は、声も出なかった。

 空を隠すほどの鉄塊が、頭上で衝突する様。それは世界の崩壊を連想させる絵面であった。

 強固な装甲と鋼鉄の塊であるはずのラウンドベースが、紙模型のようにぐしゃりと潰れ千切れていく。


「―――っ、いかん、浮遊装置再起動!」


「ハ、ハイッ!」


 我に返ったリデアが指示し、船は再び浮上しようと力が発生する。

 しかし指示が遅れたことで、重い船の落下速度が相殺されきらず地面が迫る。

 船内でも平時以上の重力が発生し、リデアも艦長席から飛び降りつつマイクに向かって叫んだ。


「そ、総員対ショック体勢!地面に叩きつけられるぞ、床に転がれぇ!」


 次の瞬間、アナスタシア号は屋敷跡地に墜ちた。

 幸いというべきか。屋敷地下の巨大魔法陣を守る障壁は船の落下衝撃でも砕けることなく、何層か破られただけで船の慣性は相殺される。

 それどころか、跳ね返って船は僅かに高度を上げた。トランポリンのように弾む巨大な船は客観的に見ればかなりシュールであろう。


「……生きておるか、皆の者」


「死にそうです」


「死にます」


「死んだ」


 ぐたりと床に転がるメイドクルー達だが、すぐに気を持ち直し各々の役割に戻る。

 そして空を見上げ、唖然と口を開いた。


「空が……落ちてくる」


 誰かが呟く。

 頭上で衝突したラウンドベースは3時方向と6時方向、即ち90度の角度で激突した。故に船体の重心は互いに跳ね返り、それぞれ別の方向へと逸れて落下してゆく。

 最も大きな残骸が自ずと逸れていったとはいえ、大小様々な瓦礫は降り注ぐ。否、降り注ぐのは瓦礫だけではなかった。

 空を埋め尽くすほどの機動兵器。それが、パラシュートや急降下にて降りてきたのだ。


『目標、巨大魔法陣を視認!』


『母なる蒼月の祈りよ。娘たるセルファークの意志よ。せめて俺だけはお守り下さい』


『へへっ、降下さえしちまえば楽な仕事だ!』


 負けじと叫ぶアナスタシア号の銃座手達。


『獲物だぜテメェ等ー!』


『七面鳥撃ちだゴラァ!』


『鶏肉多過ぎて野菜が欠乏しちまうぞハッハー!』


 アナスタシア号の対空砲が天の敵機に襲い掛かる。


「うちの砲手達は怯まんのう、しかしなんて数じゃ」


 船の各所に設置された銃座、そこに配置されたヒャッハー達の威勢に呆れ関心しつつもリデアは空を睨む。


「観測員、敵の数はいかほどじゃ」


『大型級揚陸艦500、中型級揚陸艦200!戦闘機及び人型機の合計積載数、推定30000機以上!』


 おおよその数を目分量にて判断する観測メイド。


「対するは大型級戦艦1隻、か。なんじゃこのイジメは」


 とんでもない戦力差であった。

 迫る敵機と瓦礫、それらを目指し空に昇っていく高射砲の曳光弾の軌跡を見つめリデアは目を細める。


「嫌でも共和国陥落の時を思い出すな。いや、状況はより酷い」


 以前と違い敵は寄せ集めではない正規軍人、それなりに数を削いでいるとはいえラウンドベース3隻分の機体と軍艦。

 対して、アナスタシア号の戦力は100人程度のスタッフと10にも満たない機動兵器―――無茶苦茶であった。


「じゃが、負けぬ」


『ヒャッハー!最高にハイってやつだぜー!』


『バカヤロー、それを言うならハッピーだろ!』


『トリガーがハッピーなのヨォ!』


『グッドラックとダンスっちまいそうだー!』


「……お主ら少し静かに撃てんのか」


 そもそもなぜ銃座手が皆通信装置をオープンにしているのか。理由などない。あるわけがない。

 使い手に少々問題があれど、対空砲火は間違いなく凶悪な兵器。自身に迫る火の玉に、パラシュート降下する人型機や自力飛行する敵戦闘機の天士達も怯む。


『対空砲、なんて数だっ』


『慌てるな、あんなものそうそう当たりは』


『真っ直ぐに落ちるな、機体を左右に揺さ』


『お、おい!応答し』


 次々と途切れる通信。煙にまかれた羽虫のように、強襲部隊は次々と空から脱落していく。


『なんだあの命中精度は!』


『揚陸艦に着艦しろ、盾にするんだ!』


『俺はどうすれば、うわあぁ!』


 戦闘機は直接降下を諦め、降下する船の上に移動し高射砲から難を逃れる。自然、飛行出来ず落下するしかない落下傘部隊の人型機に攻撃は集中した。

 熟練砲手でも成し得ぬほどの、見事な偏差射撃。アナスタシア号の数十の銃座はそれぞれが別のターゲットを狙い、極限的に効率良く上空の敵を撃ち抜いていく。


「わしとレーカの共同作品じゃ!データリンクした人工精霊にサポートされた対空砲、鈍重な空中目標はまず外さんぞ!」


 敵味方の識別を行えないことから有人方式であったり、弾薬数や製造整備の問題からガトリングではなく機関砲であったりなど、近接防御火気システムとしては地球製のものより性能が低いものの―――大量に群がる敵機を駆逐するには充分な性能であった。

 リデアの創造した人工精霊が敵の動きを予測し、発射した弾丸の弾道から更に補整を続けて敵を確実に貫く。

 重機関砲を振り回しているのは零夏が設計した砲台。人工精霊の信号を受け取りモーターにて機敏に稼働することで敵を睨み続ける。このレスポンスは魔法技術だけでは実現しなかったものだ。

 高度なシステムによって支えられた砲火は、野蛮で粗雑な愚連達が扱おうと無駄弾一つなく動く。それも当然、この防衛機構はイージス艦の設計思想を模倣したものなのだから。


『このままじゃ先行のパラシュート機は全滅だ!嫌だ、こんな死に方ゴメンだ!』


『地上まであと何秒だよ!?あとどれだけ的になってればいいんだ俺達は!』


『ブリーフィングで聞いたろ!降下時間は3分間だ、まだ1分も経ってねぇ!』


『こっ、降参だ!降伏するから撃たないでくれ!』


 1機が空中でジタバタと手足を振るい、それに続いて他の機体も我先にと降伏を申し込んでくる。

 軍人がこれほど簡単に降伏することなどほとんどない。消耗を前提に先陣を切る人員が必要なこともある、一兵卒とて「死ね」という命令を受け入れる覚悟はしているものだ。

 しかし統一国家、ひいてはヨーゼフに忠誠を誓う者は多くはない。体制が変わったことによる軍の陳腐化こそ彼等の裏切りの原因であった。


「撃ち方止め!降伏する者は撃つな!」


 叫ぶリデア。対空砲に座るモヒカンヘッドが進言する。


『ワナじゃねぇとは限らないぜ!近付く為の時間稼ぎかもしれねぇぞ!』


「国際法じゃ、捕虜は撃ってはいかん!相手が無法者であろうと、こちらが法を犯していい道理はない!」


『若いな、でもその若さ、嫌いじゃないぜ!』


 対空砲が停止する。安堵の息を吐く統一国家天士。

 彼らを上空の艦隊が備えた76ミリ速射砲が貫いた。


「なっ、味方を撃った、じゃと」


『敗北主義者など同志ではない。我々の銃は敵に向ける為のものではなく、恐怖に囚われた味方を鼓舞する為にあるのだ』


 繰り返される味方の粛清。流れ弾や破壊された人型機が船に落下してくるが、この程度でダメージが通る船ではない。


「ああ知っていたさ、紅蓮とはそういう組織だったのう!」


 激昂するリデア。


「悪い子にはお仕置きじゃ!『対艦みさいる』、32番まで発射!」


 アナスタシア号上部のミサイルセル、8ごとにセットとなったそれらが4セット起動し蓋が開いていく。

 次々と発射する対艦ミサイル。垂直に上昇した後、身震いするほうに微かに揺らぎロケットモーターを点火。敵揚陸艦を目指し急上昇していく。


「イメージリンク開始―――」


 リデアの足元に魔法陣が浮かび、余分な情報をカットし集中する為に目を閉じる。

 今彼女の脳裏に浮かぶのは32のイメージ。それらに別個の指示を与え、誘導し船へと向かわせる。

 それはさながら、両手両足の指で20の単語を同時に書くようなものだ。純粋な魔法のみで32の精霊を制御出来るのは、ラスプーチン亡き今となっては世界で彼女だけである。

 これでもまだ彼女の限界ではない。アナスタシアの名声と技量の影に隠れがちな彼女だが、ただの秀才では魔導姫を名乗れなどしないのだ。

 ミサイルが加速。ラムジェットエンジンに切り替わり、更に速度は上がる。


『速い!対空砲、早くあれを落―――』


 回り込んだミサイルは敵船の後部に刺さった。

 爆発。ミサイル32本全てが仕事を全うし、作戦行動能力を奪う。

 対艦ミサイルに船を沈める能力など必要ない。全体で機能するシステムである軍艦は、一部を破壊されてしまえば行動不能に陥るのだ。

 リデアの制御は完璧だった。クリスタルルームを破壊された敵揚陸艦は浮かぶこともできず、空から零れていく。


『船の真上も安全じゃないのかよ!?』


『ハリネズミめ!』


『隠れる場所がなくなる!どうすりゃ、どうすりゃいいんだ!?』


 圧倒的であった。ラウンドベース3隻を凌ぎ、瞬く間に32の軍艦を撃沈し、数百の機動兵器を撃墜する。到底1つの船が達成する戦果ではない。

 当然である。アナスタシア号は元より単独で一国と戦うことを目的に、採算度外視で設計製造された戦艦なのだから。


『村1つ占拠するだけの、楽な仕事だって聞いてたのに!』


『詐欺だ、家に返らせろやぁ!』


 敵は慄き嘆く。しかし、リデアもまた「まずい」小さく呟いた。


(やはり多過ぎる。ラウンドベースも機動兵器も、想定していた数を越えている―――このままでは、押し切られる!)


「核を使いましょう!上から投下すれば、こちらの被害も抑えられるはずです!」


 補佐官メイドが提案する。


『あそーれ!あそーれ!太くて熱いのぶちこむわよぉっ!』


『なんだコイツ、飛行機に釘打ち機だと!?』


『変態だ、恥女がいるぞ!』


 嬉々と揚陸艦をパイルバンカーで落とし続けるエカテリーナの雀蜂ならば、重い核爆弾を抱えたまま敵を掻い潜って上空に回り込むことも可能だろう。

 しかしリデアはその提案を却下した。


「あんなもの気軽に使えるか!重力境界より上で起爆させれば衝撃波は浮遊岩石で分散される!下で起爆させれば、完全にアナスタシア号は被害範囲の中じゃ!」


 核ですべて解決すれば元より苦労しない。光線の類をカットすることで衝撃波のみに限定し効果範囲を限定しているとはいえ、神術クラスの攻撃力は使い勝手が悪すぎた。

 その上戦略的にもリスクが高い。リデアは魔法陣を守るアナスタシア謹製の障壁の強度を確認している。しかしヨーゼフはそうではないのだ。

 無論、重要な戦局である為に出し惜しみは出来ない。出来ないが、あまりに村の近くで核を多用しては、アナスタシアの障壁がかなりの強度を持つと看破されアナスタシア号へ神の宝杖を使用されかねないのだ。


「ですがこのままでは……弾薬がそもそも足りません!」


 それもまた道理。リデアは、周辺環境への影響から出来れば使用したくはなかった兵器の使用を決断した。


「敵天士に告ぐ、降伏の意思が本物であるなら搭乗機を捨てて飛び降りるのじゃ!」


 人型機の武装解除だけでは不安が残る上、上空から砲撃される可能性が残る。


『裸で飛び降りろっていうのか!?』


『いや、服は着ろよ!』


『俺は行くぜ!男に後ろから貫かれるよりは、リデア姫に虐められてくたばった方がマシだ!』


 リデアはぽろぽろと落ちてくる敵パイロットを魔法で甲板に軟着艦させ、即座に電撃魔法で気絶させる。


「捕虜は独房にでも放り込んでおけ!」


「独房なんてありません、この船は軍艦ではないので!」


「ならばコンテナにでも放り込んでおけ!」


 依然として天士が乗り込んだまま降下してくる人型機は多い。降伏しないことを選んだ者達だ。

 捕虜としての扱いを危惧したというよりは、むしろ後ろから撃たれることを恐れた彼等。しかしそれを救うほどの余裕はリデアにもない。


「セーフティ解除!対空弾幕を更に厚くしろ!」


 今までは無駄弾を撃たせない為に人工精霊が射撃が不要なタイミングで給弾を停止させていたのだが、それの機能をカットしたことでタガが外れ手加減がなくなった。

 それは無駄な弾の消費を増やす愚策。しかし、彼女が狙ったのは心理的効果。


「上からの強襲は無意味だと思わせるのじゃ!側面に誘導しろ!」


『ヒャッハー!大盤振る舞いだぜー!』


 空へと昇る対空砲の射線が、数倍に増加する。

 それによって撃破効率が上がるわけではない。相も変わらず撃墜される数は一定のペースを崩さない。

 だが、敵の船は進路を露骨に改めアナスタシア号より離れていった。

 リデアは広域無線をオンにしたまま叫ぶ。


「撃ち方止め!逃げるものは追うな!」


 敵が逃げたと認識した、そう勘違いさせる為の小細工。

 揚陸艦はひたすら全速で村上空から離脱し―――3キロほど先に着地した。

 彼等が地上からの侵攻を試みようとしている、それは大地に揚陸艦を降ろしている時点で明白。

 リデアは残念そうな、悲しそうな表情で指示した。


「核地雷、起爆」


 ゼェーレスト村周囲の大地が抉れ、木々や岩々が吹き飛んだ。

 設置しておいた核は12。村を囲むようにドーナッツ型の雲が浮かび上がり、アナスタシア号をも衝撃波が襲う。


「―――っ、これで大型船はほぼ行動不能に陥ったはずじゃ」


 崩れ落ちる揚陸艦。その亀裂より、人型機が這い出てくる。

 機動兵器を全滅させられないことはリデアの予想通りだ。核での攻撃とはいえ直撃であればともかく、簡単な壁であろうと衝撃波を受け止める存在があれば小型兵器も損害を受けにくい。

 それでもかなり数を削ったのだろう、確認出来る限り村へと向かってくる人型機の数は数千機にまで減少し、空中の戦闘機に至ってはほぼ壊滅していた。


「むしろなんで向かってくるのじゃ、もう逃げる兵を撃つ上官など戦死した可能性も大きいじゃろうに」


 それぞれ天士が相互監視している環境下において、兵士を縛るのは上官の存在ではなく己の恐怖心であった。

 上官が見ているかもしれない。誰かが自分の逃亡を告げ口するかもしれない。そんな恐怖に駆られ、客観的な判断が出来なくなっているのだ。


「ここまでくればもうわしらの仕事はない、の」


 眉間を揉み、息を大きく吐くリデア。


「あとは任せたぞ、自称凡人よ」








「さーて、残飯処理の時間だぜ」


「そういう言い方は不謹慎だよ」


「お喋り禁止よ。配置に移って」


 密林を歩く3機の人型機。


「手負いの獣が数千匹。虎ばさみ、足りるのかしら」


 呟くニールの瞳に、気負いなど欠片もない。


エイプリルフールのネタを考えるのは何気に楽しみです。来年のエイプネタが銀翼の天使達であるかは未定ですが。

というか、来年までに完結するとは思えない、この作品…


〉読めない、フォントが実装されていない、エイプリルフールは終了しましたよ

感想ありがとうございます。

私の心の中は一年中エイプリルフールなのです。勿論私にはこのフォントは読めています(真顔)


〉久しぶりに零夏とソフィーの二人っきりのイチャイチャが見られてニヤニヤしました

感想ありがとうございます。

最新話ではちょっとだけイチャイチャしていますね。二人っきりではありませんが。

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