白い塔と赤い塔 3
時は遡り、零夏が月面人と邂逅した直後の東京上空。
三角形を描く3機の戦闘機、それが6編成。幾何学的に整列して飛行する18機の戦闘機は、空にV字を描き巡行していた。
帝国最新鋭機、
斬焉。異例の大型兵器はその質量とは裏腹に、低速域でも安定して飛行を行える。巨大な後退翼は亜音速でも充分に揚力を生み出し機体を支えられるのだ。
それを見上げ、感嘆の声を上げるニール。
『綺麗だ、さすが精鋭部隊ね』
『当たり前だけど追い付けねー!』
『マイケルはマシでしょ、僕なんて重装甲だからもう限界だよ!』
えっちらおっちらと月面を駆ける3機の人型機。これらはEシリーズと呼ばれる機体であり、天士も当然いつもの冒険者三人組である。
帝国首都近郊の巨塔、その月面における麓。ベースキャンプにて零夏の救援要請を受けていた月面探索部隊の隊長は、リデアと相談した結果総員にて合流地点を目指すことにした。
零夏は白鋼を曳航してもらいたかっただけなので二、三機で充分だったのだが、元々半人型戦闘機を作戦導入した時点で遠隔地での無機収縮帯の収穫は計画されていたのだ。
数百年の間、何度も月面に赴き無機収縮帯を回収してきたのだ。巨塔周辺の狩り場は既に枯れているのである。
敵と遭遇したわけでもないのに何をやっているのか、と零夏のトラブルに頭を抱える隊長とリデアだったが、どうせ未開の領域であり資源貯蔵量は未知数。せっかくならと合流地点付近を目的地としたのだ。
『なあエドウィンー!』
『なーにー、マイケル!』
『なんで飛行機ってあんな風に並んで飛ぶんだ?カッコいいからか?』
『説明してもいいけど、長いし難しいよ!』
『ならいい!』
編隊飛行。写真などではよく見る光景だが、これらは意外と高等技術だ。
渡り鳥はV字に編隊飛行することがある。雁行と呼ばれるそれは、気流の渦を発生させることで後に続く鳥達の翼の揚力を稼ぐことが出来、結果体力の消耗を抑えられるのだ。
二重三角形の翼を持つ戦闘機ドラケンにも似た理屈が採用されている。主翼の鋭角な部分、ストレーキが気流の渦を発生させることで主翼の揚力を稼ぐように計算されている。
飛行機が発達していなかったプロペラ時代には鳥のみならず飛行機にも雁行の恩恵は適応された。三角形を描いて飛行することで燃費を抑えられたのである。
更に周囲を監視する目が増えることや、迷子となって離れ離れになりにくいなど、編隊飛行にはメリットが多々あった。そんな飛行技術だが、ジェット機時代となると密集することのデメリットが目立つようになる。
性能の均等化により誰がどう操縦しても燃費が一定となり、レーダーや航行装置の発達により遭難することも敵機を目視で発見する機会も激減したからである。
むしろ、飛行機が高速化したことにより接触事故の危険性が一気に増した。僅かな操縦幹の動きで機体は遥か彼方に飛んでいってしまうのだから。
故に、現代においては編隊飛行はパフォーマンスの意味合いも強い。それか或いは……
『この程度のテク、暇潰しにもならん。それでこそトップウイングスなのじゃからな』
巨大な担架の上に乗ったリデアが会話に割り込んだ。
20機のうち18機での編隊飛行をしているのなら、残り2機は何をしているのかというと……人型形態にて担架の前後を保持しつつ匍匐飛行をしているのだ。
人型形態でも斬焉は空を飛べる。燃費は悪いものの、搭載された強力な新型エンジンは亜音速で飛行して編隊飛行に追従することが可能なのだ。
リデアや地上作業員は2機が運搬する担架型の板の上。これは人員輸送の他にも、回収した無機収縮帯の運搬にも使用される。
よって、地面を走るのは冒険者三人組のみ。当然距離は開いてゆき、やがて完全に見失った。
『ちくしょー、止めだ止めだ!どうやって飛行機に追い付けっていうんだよ!』
いよいよ追走を諦めて停止する三人。
『別に追い付けとは言っておらん。のんびり走ってこい、先に行っとるぞ』
『私達、なんの為に月面まで駆り出されたのよ』
『人数合わせかの?』
ぷんすかと怒るニールとマイケルだったが、非情にも通信は圏外となり途絶し、彼等は孤立することとなった。
「これが合流ポイントの赤い鉄塔じゃな、時計台と同じ役割を果たすらしい」
東京タワーに到着した探索隊だが、巨塔に見慣れている彼等にとって鉄塔そのものは驚嘆に値するほどのものではない。彼等はむしろ、周辺に広がる光景に圧倒されていた。
『凄いな、月面人が一面に広がってるぞ』
『古代文明の町か、技術が発達した人々だったんだな』
『最近じゃ死体探しも難航してたってのに、まだまだあるんじゃねえか』
探索隊といえど、これほど深部にまで進行したことない。現在の人類にとっても、日本の町は未知のものだった。
『安全を確認した後、班に別れ作業開始!』
『了解!』
隊長の号令の元、斬焉達は月面人の回収を始める。
『うへぇ、気持ちわりー』
『何言ってんだ。こいつらは無機物だ、人間とは違う』
『けどよぉ、やっぱ人型の物をばらすのは気色悪いわー』
無駄口を叩きつつも作業に迷いはなく、月面人の四肢は解体され無機収縮帯が担架に納められてゆく。
その光景を見つめ、リデアは溜め息を吐いた。
(言えぬよな、これが人間だったなど。人類には人型機が必要じゃ、それが人間を材料にしているなど口が避けても言えぬ)
例えそれが亡骸であったとしても、兵器に人間の一部を組み込むなど正気の沙汰ではない。
「割り切るしかないのじゃ、レーカ。我々はこの戦略物資を捨てるわけにはいかぬのだ」
彼に責められるかもしれない、と想像すれば胸が妙に痛んだが、納得してもらうしかなかった。
「……で、そのレーカはどこにいるんじゃまったく」
憮然と頬を膨らませるリデア。
「救援要請に応えて来たというのに、本人はおらんしドラゴンはおるし!なんじゃあのトカゲは!」
ソニックワイバーンの存在は無線で聞いていたものの、ドラゴンに自ら近付くなど誰でも恐ろしい。
用心して慎重に東京タワーへと接近したところ、ロリゴンはリデアを凝視。そして、溜め息を吐いて飛び去っていった。
リデアは直感的に理解していた。奴は胸を見て嘆息した、と。
「わしだってそれなりに大きいぞ、マリアほどではないが」
僅差でマリアの勝利である。
「ドラゴンのくせに大きいのが好きとか、どういうことじゃ」
逆である。
着々と回収作業を進める隊員達をぼんやり見つめるリデア。
「ふぁあああぁっ」
大きな欠伸を隠しもせず、のどちんこを晒す。そんな元姫君に呆れつつ、通信兵は声をかけた。
「リデア様、増援部隊より通信です」
「ん?三人組か?」
差し出された受話器を手に取り、頭を振って髪を浮かせ受話器を耳に当てる。
ちらりと見えた白いうなじにドキドキしてしまう通信兵。リデアは半ば本能的に、男の気を引く方法を心得ているタイプの女性だった。
「どうしたのじゃ?そろそろこっちに追い付くか?」
『おっ、お姫様か?ちょっとまずったわ』
無線に出たのはマイケルだった。普段は軽々しくいい加減な男だが、リデアはその声色にいつもとは違う響きを感じとり目を細める。
「人違いじゃ。それで、マイク殿は如何様なご用件じゃ?」
『あー。わりぃ、暗号の使い方覚えてねーわ』
月面での通信は距離的に地上からでも傍受出来る。だからこそ作戦前に偽名と暗号を入念に準備しておいたのだが、マイケルはそんなものを覚えてなどいなかった。
「通信はエドガーが受け持つ予定じゃったはずじゃなかったか?」
エドガーはエドウィンに割り振られた偽名である。
『やられたよ、ニールもエドウィンも。実をいうと俺もピンチでさ』
「なに?おい、どうした―――」
そこで通信が途絶した。
リデアの頬に冷たい汗が流れる。気を奮い立たせ、立ち上がり隊長機を見上げた。
『リゼット様、今の通信はっ』
「総員、戦闘準備じゃ!敵が月面にいるぞっ!」
東京を走るエアバイク。
月面人の死体を飛び越え、路地裏を走り、壁を登り。
レーカの駆るバイクは場所を選ばず疾走する。
(ノイズが酷すぎる、まだ透視しきれない―――)
一見万能の解析魔法だが、制約は多い。遠距離の解析は難しく、東京タワーで何が起きているかは窺いようがなかった。
だが次第に変化は始まる。ジェットエンジンの轟音、鋼の巨人の地鳴り。肌を震わせる気配はまさしく戦場のそれ。
「っ、っと!」
急旋回して裏路地に入る。
上空を横切る巨大なデルタ翼機。荒鷹だ。
敵機の通過を確認し、再度発進。
「かつての試作機も今や最新鋭か、早いな」
戦争は技術発展を加速させる。それが戦火を交えない冷戦であっても、法則は揺るぎない。
通常10年20年という開発時間が珍しくない戦闘機が、僅か数年でロールアウトする。民衆が忘れていようと、国を動かす者達は牙を研ぐことをやめていないのだ。
バイクがウイリーしつつ壁に激突。風魔法を使用し風圧で車体を壁に押し付け、壁を駆け登る。
ビル頂上まで到着した零夏は、戦場の全景をようやく把握した。
「防衛戦?いや、籠城戦か」
東京タワーに固まり陣営を構える探索部隊の斬焉。タワーを掠めるようにヒット&アウェーを繰り返す
散赤花と荒鷹。
これら三機種は全て速度に秀でた機体だ。だが速度を活かす散赤花や荒鷹に対し、斬焉は不向きな防衛戦に徹している。
なぜ斬焉が得意な空で戦わないのか、零夏はそれをすぐに看破する。
「離陸が封じられている、半人型戦闘機であろうと離着陸は弱点ってことか」
古来より、飛行機の離着陸は無防備だ。速度が遅い離着陸中は揚力に余裕がなく、姿勢を下手に崩せないので真っ直ぐにしか飛べない。
低速かつ直進にしか飛行出来ない標的ほど狙いやすいものはない。
「リデアは無事か?見たところやられた味方はいないようだが」
通信を試みようとして、零夏はそれを止めた。作戦中は、混戦や対魔物戦でもない限りは通信出力を抑え敵に傍受されないよう注意を払いつつ交信するのが鉄則。それを思い出したのだ。
「直接乗り込んで話すしかない、か!」
散赤花や荒鷹を撃墜する術がない以上、とにもかくにも乗り込むしかない。零夏は覚悟を決め、スロットルを捻った。
嵐の如く吹き荒れる弾丸。航空機と比べあまりに乏しいエアバイクの運動性をフルに活用し、機銃の射線を回避する。
一つ向こうの通り、ビルの合間を亜音速で飛び抜ける散赤花。極めて軽量の人型機である散赤花は地上を高速で飛行出来るのだ。
(遭遇すれば、向こうがこっちを発見していなくたって衝撃波で吹き飛ばされるぞ!)
生身で機動兵器の戦場へと乗り込もうというのだ、どうしてもどこかで運頼りとなる。「こっちに来ませんように、絶対来んなよチクショー」とぶつぶつ呟きつつ零夏は東京タワーを目指す。
だがしかし、そう簡単にいくはずがない。
零夏はなるべく入り組んだ、開けていない場所を選んで走っていた。だがそういう場所は敵部隊にとっても遮蔽物が多い為に突入ルートとして通過したいポイントだったのだ。
東京タワーまで目と鼻の先。零夏は右の多目的運動場と左の中学校のグラウンドに挟まれた道路を通過しなくてはならなかった。
遭遇する散赤花と零夏のエアバイク。月面にいるはずのない小さな乗り物に、散赤花に搭乗する天士の思考は一瞬だが停止する。
「ははは、ハロー。さいならっ」
その隙に距離を稼ぐ零夏。
『ま、待て!月面にエアバイクが走っているぞ!』
『バカなことを言うな同志よ!シベリア送りにされたいか!』
『本当だ!奴等の連絡員かもしれん!』
『いいから任務に集中しろ!木を数える仕事に送られるぞ!?』
報告する天士だが、応答した者は相手にもせず目の前の任務に集中するように指摘する。
もっとも、応答したのは適当なことを口走る零夏であった。敵味方に入り乱れる通信を咄嗟に逆手に取ったのだ。
「セルファークにシベリアがあるかよバーカバーカ!」
釈然としないままにヒット&アウェーに戻る敵天士、その散赤花を尻目にエアバイクは加速する。
稼いだ時間は僅か、だがそれで充分だった。東京タワーに到達した零夏は急造の防壁を飛び越え、タワーの真下へ侵入。そのまま下部の建物に突っ込んだ。
年月経過により半ば失せていたガラスを吹き飛ばし、ドリフトしつつ停止。ぽかーんと自身を見やるリデアに零夏は片手を挙げる。
「よっ」
「お、おう」
無茶な零夏の参戦に物申したいリデアであったが、そんなことをしている場合ではないことは彼女も承知している。情報の共有は迅速に行われた。
「三人組がやられた」
リデアの言葉は、戦闘の爆音の最中にあってもよく聞き取れた。
昔馴染みの敗北に動揺するも、零夏はそれを飲み込みリデアに問いかける。
「順番に、説明してくれ」
「うむ。―――お主の救援要請は数機の斬焉を寄越せというものだったが、どうせ探索するならとほぼ全機を引き連れて大移動をしてのう。敵強襲部隊にとっては好都合な展開じゃったのだろうな」
「使用機体からして、どう見ても敵は統一国家の特殊部隊だな。停戦協定を破って月面をヒソヒソ飛んできたんだ、そこまでする目的は……」
零夏とリデアが頷き合う。冷戦下において国家が重視することの一つ、それはスパイ活動。
「最新鋭の半人型戦闘機、斬焉の情報収集か」
「我等が都合よく本拠地から離脱したから、欲を出してあわよくばサンプルを手に入れようという算段を踏んだんじゃな」
敵の戦闘機サンプルを入手する為だけに、大部隊を編成しての作戦を行うほど価値があるのか。そう疑問に思う者もいるかもしれない。
だがしかし、敵の新型機は国家にとって最重要案件だ。機械技術の参考にするのは勿論、敵機体の限界と弱点を把握すれば有効な戦術を編み出し有利に戦闘を行える。
ゼロ戦とは一対一でドッグファイトを行うな。一撃離脱に徹しろ―――大平洋戦争初期は最強とされたゼロ戦が、たったこれだけの戦術により無効下されたことはあまりに有名だろう。敵機体の詳細な情報とは、戦略すら覆しかねない重要情報なのだ。
「この鉄塔への移動中、どうしてもEシリーズの三機は速度が遅く孤立するのでな。そこを狙われた」
「そうか」
冒険者三人組を作戦に加えたのは間違いだった。そんな後悔が首をもたげるが、零夏はそれを振り払う。
「マイケルが通信途絶の寸前に伝えてきた情報で、我々は辛うじてこの鉄塔の下に逃げ込むことが出来た。それしか出来なかった、とも言えるがな」
「荒鷹に上を取られたからか」
上空制圧された場所から飛行機を飛ばすのは極めて困難だ。ましてや統一国家の有する最強の戦闘機である荒鷹となれば、尚更。
優美な外見から舞鶴の方が先進的で高性能な機体だと勘違いされがちだが、荒鷹はフィオ・マグダネル技師の設計。飾り気こそないものの、性能は舞鶴より上なのだ。
「厄介だな」
「お主はなぜ飛び込んで来たのじゃ、作戦の一つでもないのか」
「ないわけじゃ、ないがな」
何にせよ厄介な敵だった。離陸中の斬焉など荒鷹どころか散赤花ですら容易に撃破出来る。
「一か八か、20機が一斉に飛び出すというのはどうじゃ?」
「離陸中に一気に数を減らされた後に、生き延びた奴も各個撃破されるのがオチだ。そもそもこっちは一機でもやられたら戦略的には負けなんだ、残骸から情報を奪われる」
逆に言えば、一度空へと昇ることが出来れば斬焉の性能は侮れないものだと敵も理解していると考えられる。
「優秀な敵は無能な味方の次に嫌いだぜ」
「お主はエアバイクで地面を走ってきた、地上経由で逃げ出すことは?」
「障害物の多いビル群の合間だ、散赤花の方が有利だよ」
これが開けた土地ならば可能性もあったかもしれない。だが、狭く動きの制限される戦場では斬焉の巨体は不利にしかならなかった。
(白鋼さえ無事なら状況打開も充分出来たっていうのに、くそっ!)
月面に日本があることに動揺してしまい、愛機を破壊してしまったことを悔やむ零夏。だがこれは零夏一人のミスではない。
この戦闘は双方にとって不完全な遭遇戦であった。強襲した者達はまさか白鋼とその天士である零夏がいるとは予想だにしていなかったし、零夏も白鋼の中破がそこまで深刻な事態に繋がるとは考えていなかった。
ようは、互いに迂闊だったのである。
「とにかく、戦場を変えなければ。空に上がらなくてはじり貧だ」
その頃、敵も焦れていた。
『くそっ、なぜ攻めきれない!?』
『あれは本当に半人型戦闘機なのか、重装甲過ぎる!』
繰り返し行われる強襲と離脱。だが、円陣を組み東京タワーに構える斬焉は一機たりとも撃破されていなかった。
地形を利用した防衛陣営を構えているとはいえ、これだけ長時間砲火に晒されても尚一機も撃墜されていないのは敵部隊にとって計算外だった。
(違う、重装甲というほど分厚い装甲ではない。我々の機銃が弱過ぎるのだ!)
散赤花の天士は、これまでの戦闘によって斬焉の装甲厚をほぼ把握していた。
人型機としては軽装の部類である斬焉の装甲。しかし、散赤花の機銃や荒鷹のガトリング砲は対航空機用の小口径のものだ。
強力なエンジンを装備し、それに見合う装甲を得た斬焉に対してはあまりに火力不足だった。
『このっ、調子に乗るな!』
『おい、やめろ!』
焦れた一機の散赤花が、剣による接近戦を斬焉に仕掛ける。既存の人型機とは次元の違う、ビルの合間を時速1000キロで飛翔しての踏み込みだ。
小型軽量の散赤花だが、充分な速度に乗って振るわれた剣撃は人型機であろうと容易く引き裂ける。
それが、旧型の機体でれば。
斬焉は三日月の刃を持つ槍、バルディッシュを振るう。巨体に似合わぬ俊敏な動きは散赤花の胸部を捉え、ただ一撃で上半身と下半身は泣き別れることとなった。
胸部にコックピットを持つ散赤花、天士は間違いなく即死だった。
機体は勢いのまま数十メートル転がり、鉄屑となって沈黙する。撃破された友軍機にショックを受ける襲撃部隊の面々。
それを敏感に察知し、探索部隊員は通信機の出力を上げた。
『ほら、どうした。このままじゃ弾が切れるぜ?イチかバチかやってみたらどうだ?』
『―――ッ!』
歯軋りをする散赤花天士。斬焉の天士は接近戦ならば散赤花に勝てると確信し、あえて挑発したのだ。
『さっきからチマチマと、数で勝る連中なのにタマ無しかよ。ああ、そろそろ機銃もタマ無しになるだろうからな。いいんじゃねぇか?愛機とお揃いのオンナノコ同士でな!』
『言わせておけば、貴様!』
憤る友軍を、荒鷹の天士が制止する。
『よせ、同志よ!挑発に乗るな!』
『判っているさ!』
被弾どころか、操縦ミスの転倒ですら致命傷となりかねない散赤花の搭乗員としては斬焉の重装甲は羨望の対象だった。平均的に見れば頼りないそれも、無装甲と比べれば天と地の差だ。
『羨ましいことだ!その新型、必ず貰い受ける!』
脳裏で作戦をシミュレートしていた零夏は、ある魔法を思い出した。
「そうだ、リデア。あの魔法はこの場で使えるか?」
「『あの』じゃ判らん。どの魔法じゃ」
幾らかの打ち合わせの後、零夏は作戦が実行可能と確信する。
「……正気か?博打に思えるがのう」
「敵は危険な任務を託されるような精鋭、ブラフに引っ掛かるような連中じゃない」
だが同時に、零夏は敵を評価する。
「事実を目の当たりにすれば、すぐに判断が出来る連中だ。だからこそ、賭けられる」
東京タワーに水蒸気が纏う。
不自然に生じたそれは、徐々に拡大し周囲の視界を奪っていった。
『なんだこれは、目眩ましか?』
『まさか今のうちに離陸しようと?』
『いや、この広さであれば―――むしろ奴等こそ離陸は困難なはずだ』
突如現れた霧は東京タワーを中心に、半径数キロメートルを覆っている。ほぼ視界ゼロの中を離陸するなど正気の沙汰ではない。
とある目的から零夏が依頼しリデアが創作した、大規模霧魔法。本来の目的は別だが、ある程度の目眩ましとしても使用可能な汎用性を持っている。
電子デバイスによる補助技術のないセルファークにおいて、コックっピットからの視界は地球の航空機より遥かに重要だ。襲撃部隊とて、並の天士集団であったなら霧の範囲内から離脱しているところだろう。
だが彼等は並ではない。
『計器飛行には違いない、やってみせるさ』
視界に頼らない、計算のみでの飛行。荒鷹の天士は技量と度胸を以て霧の内部に留まってみせた。
『大方、この霧で我々が離脱するだろうと画策していたのだろうが……無駄な足掻きを』
散赤花もまた、一時着地してしまえば事故の可能性はない。月面探索部隊の魔法使いは無駄な魔力を消費しただけで終わった、そう彼等は考えた。
次のクリスタル共振通信を耳にするまでは。
『帝国月面基地、支援砲火を開始する!ド派手に祭りを始めるぞぉ!』
瞬間―――タワーの方向より、火の玉が飛来した。
一つ二つではない。明らかに大規模な設備を用いた、圧倒的な弾幕。霧の内部は明るく照らされ、轟音が戦場を揺さぶった。
『な、なんだこれは!?』
荒鷹の近くを砲弾が通過し、それが空中にて炸裂する。
空中にて爆発したそれは子爆弾をばらまき、空に巨大な球を描いた。
『どうだ襲撃者ども、地対空クラスター弾だ!制御管制システムを起動するのに手間取ったが―――もうお前達に逃げ場はない!』
零夏の熱演は、むしろ胡散臭いほどであったともいえる。しかし、現実に目の前には圧倒的な火力の弾幕。
片方なら疑っただろう。だがこれら二つの要素から、襲撃部隊は『帝国月面基地』の存在をつい信じ認めてしまった。
『月面に軍事基地だと、条約違反ではないか!総員、霧から脱出しろ!敵の火力は大き過ぎる!』
『了解!』
『くっ、南無三!』
東京タワーから距離を取ることは敵の思惑通り。そう理解しつつも、隊長は躊躇わず指示した。彼等に軍事基地を攻め落とすほどの装備はなく、大火力に晒され続けることは自殺行為だったのだ。
ほうほうのていで霧より離脱する荒鷹と散赤花、そして―――斬焉。
『な―――に?』
飛行機形態となった斬焉は、霧の内部にて充分な加速を行い急上昇する。それも20機全てだ。
それを呆然と見上げるしかない強襲部隊。
『馬鹿な、味方の支援砲火の中を飛んだというのか?無謀だ、ありえない!』
『ふふふ、ははは!まんまと引っ掛かったな!』
零夏の笑い声が通信に響く。
リデアが魔法を解除し、霧が風で消し飛ぶ。
そして露となったのは、火の玉をひたすら放ち続ける東京タワーに設置された筒だった。
火の玉は一定の時間で炸裂し、空に色鮮やかな火の花を描く。
『花火、だと!?そんな子供騙しにっ!?』
歯軋りする荒鷹の天士。聡明な彼は理解した、霧が発生した目的は直接の目眩ましではない。花火が対空砲火に見えるようにする為の、ちょっとした小細工であると。
零夏は打ち合わせの後、エアバイクで東京タワーの大展望に駆け登り花火の修復を行ったのだ。
花火に使用される黒色火薬は水分によって簡単に湿気ってしまう。逆に言えば、水分を抜けば長期保存も可能な科学的に安定した火薬なのだ。
錬金魔法にて成分を調節し、着火用の配線を修理した零夏はそれを霧の中へ放った。クリスマスを祝うはずだった数千発の花火は、1000年の時を越えて遂に使用されたのだ。
花火には当然攻撃としての能力はない。装甲を持つ斬焉ならば花火の吹き荒れる中であろうと飛行に支障はなく、全機無事に離陸した。
『くだらん真似を―――!』
『参る!』
急降下し荒鷹に襲いかかる斬焉。
軍人同士にそれ以上の言葉は必要ない。本来の戦場を取り戻した斬焉は最新鋭の名に恥じぬ猛攻を振るい、敵機を蹂躙した。
『速い!ヒット&アウェーが成立しないぞ!?』
『うわあああぁぁ!!』
『纏めて襲いかかれ!小細工など通じない、物量で潰せ!』
『だ、駄目だ!攻撃が通じない!』
『敵は20機だぞ!?こっちは100機以上いるのに、どうして止められないんだ!?』
徐々に数を減らす散赤花と荒鷹。明らかな性能差は、明確に結果として現れていた。
異国の月面における空は、彼等の死地であった。
『……っ、同志アールトネン!貴様は離脱しろ!』
隊長は遂に、荒鷹の天士に撤退を指示する。
『我々はここで散る!貴様はこの新型の性能を祖国へ伝えるのだ!』
『し、しかし!ここは隊長が生き延びるべきです!』
『五月蝿い黙れ!お前は結婚したばかりだろう、軍人にこれ以上を言わせるなッ!』
『っ―――了解!』
アフターバーナー全開で戦線離脱する荒鷹。統一国家最強のエンジンを二基搭載した荒鷹は、過去の戦闘機とは一線を画す加速性能を披露する。
やがて音速を越え、マッハ2、6へと達する荒鷹。
『どうだ、この速度に追い付けは―――なんだと!?』
若いその天士は後ろに振り返り、荒鷹にしっかりと追走する斬焉に驚愕する。
直線に近い主翼を持ち、重装甲と可変機構を持つことで見るからに重い機体を持つ戦闘機、斬焉。
その外見は亜音速の運動性に優れていようと、超音速飛行は不得手だと予想してしまっても仕方がない。
しかしそれはまやかしだ。
『なんだその翼は、狂ってる!なんでそれで飛べるんだよ!?』
斜めに傾いた主翼―――斜め翼。翼面積を減らし空気抵抗や無駄な衝撃波の発生を軽減することで、高速飛行時の無駄なエネルギー損失を減らす技術。
前例のない可変翼の姿に、荒鷹の天士は困惑するしかない。
『やめてくれ、俺には―――』
その声は斬焉の天士にも確かに届いていた。彼は無言で職務を全うし、引き金を引く。
テニスコートに例えられた荒鷹の巨大な主翼を、30ミリ機関砲が貫いていく。
重要な部分を破壊しなかったのか数秒は飛行し続けた荒鷹だが、すぐに超音速特有の機体表面熱が銃痕から内部に侵入。内部から機体を破壊する。
超音速で分解する機体。連鎖的に崩壊していく荒鷹に、斬焉の天士は敬礼でだけ弔い機体を反転させた。
敵襲撃部隊全滅。月面探索部隊の損失ゼロ。圧倒的な勝利は、だがどこか後味の悪いものだった。
「ナイス判断じゃったな、正規戦闘であったなら勲章くらい貰えるぞ、レーカ」
「イラネ」
戦闘終了後、後始末をする部隊員達を尻目に俺はソフィーと白鋼を回収してきた。
なんとか丸く収まったものの、久々の際どい戦いだった。小さな戦闘ということなかれ、大国同士のパワーバランスを左右しかねない重要な戦いだったのだ。気疲れもするというものである。
「レーカ、無茶しなかった?」
「ウン、モチロン」
ソフィーの心配そうな視線から逃げつつ返事をする。
バシバシと俺の背中を叩くリデア。痛い。
「うむ、それでこそレーカだ!わしが見込んだだけはあるの!」
なぜか嬉しそうなリデア、そんな様子を見て訝しげに目を細めるソフィー。
「絆が深まったみたいね」
「ウン」
「いいことだわ」
「ソウダネ」
ソフィーの声が、心なしか普段より1オクターブ低い。
「だが、喜んでばかりじゃいられない。冒険者三人組の安否を確認しないと―――」
『―――おーい!』
通信が入った。
『増援を呼んできたぞ、もう安心だ!』
『暗号を使わなきゃ駄目だよマイク!えっと、ちょっと待って』
『めんどくさいなもう、こちらニールよ!もう少し耐えなさい!』
冒険者三人組の声だった。
ソフィーやリデアと顔を見合わせ、展望台に登って遠方を見る。
小さな砂塵、その戦闘に立つのはE-100か。三人組が乗っているのだろう。
そしてその背後には人型機の大部隊。旧式だが、かなり大きな戦力だ。
「……どういうことだ?」
あいつらは機体をやられたはずだ、生き延びたとしてもどうやって救援を呼んだ?
『前と同じだ、俺達の3機を組み合わせて修理したんだよ!それで増援を呼んできたんだ、マジ大活躍だな俺!』
俺は脱力した。
「つまり、こちらから仕掛けなくても増援が来てどうにかなった、って可能性もあるわけか……」
いや、帝国の人型機は旧式が多いから増援でもどうしようもなかったかもしれないが、戦術は間違いなく広がるわけで。
トリッキーで博打な作戦を実行したのは、ちょっと性急だったかもしれない。
巨塔のエレベーターを使用して帝国城に戻り、白鋼の修理をする。
「船に戻ってから直すのではなかったのか?」
首を傾げるリデア。
「ちょっと行きたいところがあってな。ソフィー、準備は出来たか?」
「うん」
ソフィーが白鋼に登るのを手助けし、俺もコックピットに入る。
「数時間後にはアナスタシア号に戻るのじゃ、すぐに戻ってくるのじゃぞ」
「オカンかお前は。離陸するぞ、コンプレッサーに吸い込まれるから離れろ」
「誰がオカンじゃ!」
リデアやドワーフ達が退避し、格納庫から出た白鋼は短距離離陸する。
そのまま垂直上昇、月面領域へと突っ込んだ。
「……いや、あやつ、どこ行ったのじゃ!?」
目の前で堂々と法律違反するなと、後でリデアに怒られた。
月面のとある場所、住宅地の上空を飛行する白鋼。
「ここら辺だ、ソフィー降りてくれ」
「うん」
人型形態に可変し、白鋼は静かに着地する。
「地形からしてこのあたりなんだよな……百年も経っていると建物も変わるもんだ」
ラブリーから話を聞き、俺はある場所を確認しておきたかった。
「レーカの実家、だよね」
「ああ。別に何が残っているってわけじゃないんだけどな……」
俺は自分の住んでいた家を見たかったのだ。
仮にその場に月面人の亡骸があったところで、それは100年後の住人のもの。血縁かもしれないが顔見知りではないのはほぼ確実だ。
しばし見覚えのある土地をさ迷っていた白鋼。
そして、遂に俺達は実家の場所を探し出した。
探し出した、のだが。
「……なんだこれ」
「箱?魔物の絵かしら?」
俺の家があったはずの場所には、謎の鉄箱が存在した。
「なんだこれ」
もう一度呟く。
あれか、核燃料処理施設では文明が滅んだ後も危険な場所だと判るように恐ろしいイラストで看板が設置されているらしいが、その類か。
「まあ、誰からか知らんが俺宛なのだろうな」
「どうしてそう思うの?」
「東京ドームと同じだよ、俺にしか判らない方法でメッセージを送ったんだ」
セルファークの人間にはこの顔文字は理解不能だろう。それを使うことで過去の地球からの届け物だと判るようにしたのだ。
解析魔法にて内部を調べるも、なぜか解析不能。もっとも屋敷の地下がそうであったように、そういう技術があることは知っているので慌てはしない。
白鋼のミスリルブレードで切ってみるか?だが内部に収納された物まで破壊してしまっては、二度と取り返しがつかない可能性だって充分にある。
「……今は保留にしておくか」
1000年間誰も手を出さなかったのだ、放置したところで破壊される恐れはあるまい。
必要になった時にまた来ればいい。それに―――
「ひょっとしたら、これから地球と連絡が取れる機会が訪れるのかもしれないな」
恋人達との日本デート、案外本当に実現するかもしれない。
私は誘導して騙すことはありますが、明確な嘘は書かないタイプです。
二人は冒険の果てに、超古代文明の遺跡に辿り着いたのです。
〉最初の頃はよくあるつまらない異世界チート転生の幼少期なノリ
初期はわざと小説家になろうではありふれた展開に見せかけました。物理的にありえない世界観も、すべて未来の地球だと見破られないようにする為です。
地球とは別の世界だと強調しつつ、実は未来世界だという伏線も平行してこっそりばらまいたつもりです。驚いてもらえたなら何より。




