白い塔と赤い塔 2
『同志クズネツォフ、探索隊のベースキャンプを確認した』
月面を這って数百キロを遙々飛行した彼等は、旅路の末に巨塔付近まで接近していた。
『帝国製のソードストライカーもいる。かなりでかい、格闘戦はやはり避けるべきだろう』
『了解だ同志ジューコフ。まだ手は出すな、巨塔から充分離れたタイミングを狙うぞ』
『承知している』
森に潜む大量の人型機。細い手足に両肩のジェットエンジン、脇下のロケットモーター。
その飾り気のない武骨なデザインは、既に多くの人々が知るところである。
散赤花。統一国家唯一のSSだ。
緻密に連携を取りつつ移動する彼等は、間違いなく精鋭。存在が露見しないようにと通信出力は抑えているが、高度な訓練を受けた彼等は最低限のハンドサインで意思疏通しての軍行が行える。決してそれは素人の動きではなかった。
『上空制圧は任せるぞ、新型』
はるか上空を飛行する飛行機を見上げる、散赤花の天士。
通信出力を抑えているが故に声は届かないが、友軍機の一体が空を見上げていることには気付いた。
戦闘機天士は翼を翻し急降下。フライバイの刹那に通信を繋ぎ、返答した。
『フ、こいつは帝国の半端者とは違う―――空の王者たる故を教えてやろう』
月面に東京、否―――日本が存在する。
その意味が判らず、俺は混乱するばかりだった。
「だって、おかしいだろ。この世界に来て5年だぞ、ずっと、ずっとか?」
―――ずっと、俺の故郷は頭上にあり続けたというのか?
首都圏とおぼしきコンクリートのジャングルは、どこを見ても過ぎた年月によって風化しきっている。建物や高架線も各所で倒壊しており、どれだけ放置されていたのか到底想像出来なかった。
そして、町のどこに目を向けても転がっている体長10メートルほどの死体。
月面人。つるつるとした金属なのかゴムなのかも判らない皮膚を持ち、のっぺりした顔に眼球と鼻だけを備える巨人。
道路で死んでいる個体もあれば、建物に半分埋もれている月面人もいる。
なんとなく、どの顔も苦悶を浮かべているように思えた。
「これが、世界の真実だっていうのかよ」
リデアは知っていたのだろう、月面に俺の故郷があることを。
「ギャオ、ギャギャガァ」
「……ん?」
ロリゴンが俺の肩を鼻先でつつく。
「なんだ触れるなロリコンが感染る」
気が立っているので、返事に棘が混ざるのは勘弁してほしい。
大きな翼をばっさばっさと羽ばたき、飛翔するロリゴン。
「着いてこいって言っているけど、どうする?」
「……行こう、これがどういうことかは後で知ってそうな奴を問い質せばいい」
リデアの他にも、セルフ、キョウコ、ファルネあたりが知ってそうだ。
皆、秘密が多過ぎだろう。この世界の謎に対し、俺は未だに部外者な気分だ。
リデア曰く俺はセルファークに来る運命であったらしい。むしろ、運命はいつだって蔑ろにされるものなのかもしれない。
「レーカ、どうしたの?」
ホバリングして垂直上昇していくロリゴンを追う為、白鋼に急いで乗り込む。
「差し支えなければ、教えてほしいのだけれど。ここに来て、レーカは何に驚いているの?」
「あ、ああ。ここは、俺の世界……俺の国の首都なんだ」
「……どういう意味?」
眉を潜めるソフィー。実に正しい反応だと思う。
「そのままの意味。俺だって混乱している。なんで俺の故郷が空の上に、しかも朽ち果てた状態であるんだか」
魔法でコンプレッサーを再現し、エンジン始動を試みる。
ガラガラと音が背後から聞こえて、エンジン点火は失敗した。
「……さっきの転倒で、壊れた?」
解析してみれば、白鋼のエンジンは外部からの衝撃で中破していた。
「飛べないの?」
「これは……ちょっと応急処置でどうこうなるトラブルじゃないな。船に戻って修理しないと」
人型機形態であれば歩けるだろうが、それだけだ。エンジンによる高機動が出来ないならば戦闘は勿論、長距離移動なども到底無理。
ずどーん、とロリゴンが地上に戻ってくる。やれやれと肩を竦めつつ、彼は短く鳴いた。
「飛べないなら背中に乘れ、って」
なんだか癪だったが、勧められた通りに彼の背中に飛び移る。
垂直上昇して移動した先は東京タワー大展望台、その屋根の上だった。丁度タワーの中ほど、高さは150メートル程度だったと記憶している。
展望台の上には、色々とガラクタが転がっていた。更には丸太が何十本も絡まっており、それは皿に似た形を形成している。
「巣?鳥の巣か?」
「彼の家だって」
ロリゴンは東京タワーに住んでいたのか。あるいは、この町に気付くのに5年もかからない可能性もあったのかもしれない。
この世界に訪れて半年ほどでロリゴンと邂逅した。その時、こいつが巣まで逃げ込み白鋼がここまで追っていたら?
そんなもしもの歴史を想像しつつ、背中から展望台に降り立った俺は彼の指し示す筒を調べる。
「なんだこれ、大砲?」
一本二本ではない。東京タワーのいたる鉄骨に筒は固定されている。
「彼は以前、それが暴発して頭に直撃したせいで痛い思いをしたそうよ。だからレーカに撤去を依頼したいみたい」
「ああ、これ花火の筒か」
東京タワーでイベントを行う準備が行われていたらしい。
内部を解析すれば、火薬は湿気り金属も酸化している。むしろよく暴発したものだ、火薬としての性能を完全に喪失している。
「これらを撤去、か。だが見た限り数百本以上ある、今は無理だ」
安全に外すなら職人達を呼びたいところだ。危険で構わないなら一人でやる方法もあるけれど。
「それに、タダでやってもいい仕事ってレベルでもない。危険物を扱うんだ、それなりの料金になるぞ?」
魔物に金を支払う手段などないと理解しつつも訊ねる。依頼を断るにも筋を通したい。
「フガガ」
「支払いは出来る、って」
「マジか」
しかし意外にも、ロリゴンは金を払う算段があるらしい。
巣の一部をくわえ上げ、上下に揺する。
カラカラと軽い金属音を鳴らし落ちてくる、手の平ほどの薄い板。
「お前の鱗か、なるほどな」
冒険者が魔物を狩るのは素材を得る為だ。その素材から様々な道具や薬を人は作る。別に無機収縮帯だけが魔物由来な部品なわけではない。
聞き覚えがある。速度に優れたソニックワイバーンの鱗は、特殊な軽い金属で出来ていると。
解析してみれば、やはりミスリルほどではないにしても高値で取引きされる金属だ。巣の中にはまだまだ剥がれた鱗があるのだろう、報酬としては充分釣り合う。
「解った、この依頼は引き受ける。だがまた今度にしてくれ、今はそんな気分じゃない」
月面に職人達を連れてくることは難しい。それどころか、再びこの地にやってくるとすればほぼ確実に不法侵入となるだろう。
俺一人で行うとすれば危険な方法でやるっきゃない。今度だ今度、そのうちな。
その返答に一応の理解を示すロリゴン。直撃したところで命に別状ないのだ、さほど差し迫った案件でもないのだろう。
帰りまでこいつの世話になる気にもなれなかったので、ソフィーを抱き上げて展望台から飛び降りる。
近くで見ると意外とオレンジ色っぽい鉄骨を靴の踵を削りつつ滑り降りる。身体強化をしていればこの程度は容易い。
地面まで降りて、白鋼に乗り込む。探索隊本隊と合流しなければ。
「あ、どうやって帰ろう……エンジンなしじゃ飛べない」
「飛べなくもないけれど、時間がかかるから現実的じゃないわ」
そうだった、ソフィーはエンジンカット状態でも風に乘って滑空するという意味不明な特技があるんだった。
「まったく変態女め」
「ふぇえ」
変な声を漏らすな。
「救援を呼んで斬焉に来てもらおう、曳航してもらえば巨塔まで飛べる」
飛行機同士の曳航、あまり聞かないが不可能ではない。ようはグライダーだ、ドイツは第二次世界大戦の頃から大型機でやってた。
飛行機の普及したセルファークでは、地球よりずっと頻繁に見かける光景だ。
『おや、珍しいですね』
唐突に、共振通信に声が入った。
『上の人がここまで来るなんて。もう収穫の時期ですか?』
「誰だ、ここは一般人立ち入り禁止だぞ」
背後に気配を感じ、相手を刺激しないようにゆっくり振り返る。
この気配は人型機だ、おおかた不法侵入したのだろう。話しかけてくるということは敵意はない―――そう予想しつつ、通信の相手を視界に納める。
そして絶句した。
「月、面人?」
のっぺりした顔が俺を見つめる。それは、人型機と同じサイズの巨人であった。
『貴方達はそう呼んでいますね。初めまして、佐藤といいます』
その日本人以外にありえない名前に、俺は白鋼の操縦が困難なほど動揺した。
「佐藤って、なんだよそれ」
崩れ落ちた白鋼が、膝を着いて踏み留まる。ソフィーが咄嗟に操縦したのだ。
『大丈夫ですか?』
「大丈夫じゃない、たぶん」
目眩がして視界が暗くなる。気が動転してしまっている、だがそれを落ち着ける余裕すらない。
「佐藤ってなんだよ、じゃあ鈴木とか高橋とか田中とかもいるのかよ」
『え―――えと、たぶん集落を探せばいるかもしれませんが。我々に詳しいですね?』
詳しくなんかない。なにも、全然解らない。
「お前は、月面人は……日本人なのか?」
『はい、そうですけれど何か?』
あまりに簡単に、あっさりと肯定された。
「何があったんだ。教えてくれ、日本がなんでセルファークにあるんだ」
『君は―――何者です?』
何者か、などと問われてもこう答えるしかない。
「真山零夏だ、日本に住んでいた日本人だ。魔法で召喚されて、セルファークに来た。教えてくれ、この世界はどうなってるんだ」
初対面の相手に失礼な物言いだが、気遣う余裕はない。ただ乱暴に佐藤と名乗る巨人に問いかける。
『うーん……君は、西暦何年に生きていたんだい?』
「2013年、西暦2013年」
『なるほど。僕等より過去の住人だね』
過去という単語に頭を過るのは、ナスチアが製作した時間制御魔法。
『結論からいえばね。この世界は、君の時代から1100年後の地球だよ』
一番聞きたくなかった答えは、だが呆気なく肯定されてしまった。
『君にとってそうであるように、僕にとっても100年前の生活なんてピンと来ないけれど。男女の在り方はどんな時代でも変わらないだろうね』
佐藤さんの案内に従い、荒廃した東京を歩く。
多少は植物に侵食されているが、コンクリートは未だに灰色を晒している。植生から隔絶されたこの町には、彼らとはいえ簡単に入り込めないようだ。
『僕はその瞬間、東京タワーを見上げていたんだ。恋人の女性と一緒に』
佐藤さんの背中は、ただ黙々と当時を語る。
『何年だったかな。2130年頃だったはずだ、世界が滅んだのは』
「世界……滅亡ですか」
あまりに陳腐で、バカらしい響きの言葉。多くの予言に存在するにも関わらず、人類数千年の歴史においてそれを直視した者はいなかった。
少なくとも、俺の時代には。
『うん。たった数時間で、何もかもが終わった』
佐藤さんは足を止め、空を見上げる。
『あの日はクリスマスでね。東京タワーでは花火ショーが行われる予定だった』
「……え、スカイツリーは?100年後なら、あの二つのタワー以上に凄い建築物とかありそうですが」
いつまでランドマークであり続けるんだ、あのエッフェル塔モドキは。
『勿論あっちでも催し物はあった。むしろ世間の流行りは宇宙コロニーだったね、東京タワーとスカイツリーは穴場扱いだよ』
「宇宙コロニー!?」
現在の技術力からして、たった100年で宇宙に人間が定住出来るとは思えない。ましてやクリスマスデートにちょろっと宇宙に昇るなんて。
『沢山あったよ、宇宙施設は。最初は研究コロニーや高級ホテルとかが多かったらしいけれど、僕等の生きた時代ではちょっとお金を出せば宇宙に行けるようになっていた。クリスマスを恋人と宇宙で、って広告は珍しくなかった』
ガンガン開拓してたんだな、たった100年で宇宙世紀がこようとは。
「ロケット以外に手軽に大気圏を脱出する技術が開発されたとか?」
『さあ、僕は詳しくないからね。どうせそういうのも縁がない貧乏人だし』
スカイツリーと東京タワーは庶民向けデートスポットか。
『なんでもとびっきりの天才が宇宙船を作ったらしい。彼が技術力を大きく発展させたんだ。覚えているのはこれくらいだけれどね』
むしろ1000年前の出来事、よく覚えている方なのだろうか。
『だから多くの人が空を見ていたし、それを目撃した人も多かった』
「それ?」
『隕石、だよ』
夜空を走る小さな光。
流れ星というには長く輝き、彗星と呼ぶにはあまりに近く。
それは、東京タワーの向こうに音もなく落下したそうだ。
『最初は珍しい光景を見た、と思っただけだった。けれどすぐに他人事ではないと悟った。隕石とそれにどのような因果関係があるかは判らなかったけれど、厄災が降りてきたことだけは誰もが理解した』
佐藤さんは青い蔦を指差す。
『あの蔦が世界を包んだんだ。宇宙から飛来した隕石はただの石などではなかった。あの隕石は、種だったんだ』
「種子、宇宙植物?」
SFではよくある単語だ。宇宙からやってくるのは人型の宇宙生物ばかりではない。
そもそも植物と動物の違いなど、知れば知るほど曖昧なものだが。
『地球の生物分類に当て嵌めるのは難しいよ。僕等もこの体になった後で調査した限りであって、アレがなんなのかよく判っていないしね。けれど、ただアレが周囲の物理法則をねじ曲げて変質させる能力があることは判明した』
「あの蔦が、その結果?」
『あれは隕石の触手でしかない。変質したのは、蔦の付近にいた動物達だ』
付近っつったって……空を蔦が覆い被さって、細かく枝分かれした細い蔦は地面にも這っているんだ。安全地帯なんてあったのか?
『なかったよ。地球表面は元より、宇宙コロニーにまで延びた蔦は人間という人間を全て変質させてしまった。体長10メートルほどの異形の巨人へと、ね』
宇宙コロニーまでもが無事では済まなかったのか。まさに人類滅亡じゃないか。
「その、変質した人間が……月面人ですか」
『そういうこと。もっとも、全ての人間が変質に耐えきれたわけじゃない。数時間に渡って変質し続けた肉体に、巨人となる途中で息絶えた人も多い。むしろ大半がそうだったはずだ』
一面に広がる月面人の死体、全てが変質に耐えきれなかった日本人だというのか。
無造作に転がっている無機質な残骸が、一瞬生身の人間の亡骸に見えて寒気を覚える。
『僕の恋人も、耐えきれなかった。苦痛と恐怖に満ちた様子で息絶えたよ、同じく苦しむ僕もそれだけは鮮明に覚えている』
恋人―――ソフィーが人間ではない姿となり息絶えたとしたら。俺はそんな光景、とても直視出来ない。
『けれどそれは幸せだったかもしれない』
心無しか、駆け足となる佐藤さん。
丘を越えると、そこからは真新しい建物が遥か果てまで一望出来た。
『生き延びた僕等は寿命で死ぬことも望めない体となり、永遠の時間を生き続けなければならなかった』
「不老不死、ですか」
古代の王達は、その多くが不老長寿の方法を探し求めたと聞く。
俺はその感情がとても理解出来ない。死にたいなどと思ったことはないが、永遠の寿命など死より恐ろしい。
そんな呪いを、1000年前に多くの人々が背負ったのだ。
「あれが、月面人の集落?」
『うん』
集落と聞いて村のようなこじんまりとしたものを想像していたが、どうやら間違いだったようだ。
大都市だ。どこまでもひしめき合う巨人達の町が、目の前には広がっていた。
佐藤さんは大きく両手を広げる。
『ようこそ。ここが、生き延びた者達の集落―――アハテンスだ』
『おっ、地上の人間かい?ここまで来るなんて珍しいな』
『帝国軍?もう5年経ったか、時間が流れるのは早いもんだ』
『上の奴らのロボットだ。やっぱあれだな、モビル……ガンダ……なんだっけ?』
月面人達は気さくに声をかけてくる。実声ではなく、共振通信の無線だが。
彼等は声帯がなく、その代わりに装置なしでのクリスタル共振通信を行えるそうだ。
というか魔力を持つ生物は基本的に共振通信を使える。それは人類だって例外ではない、人間の場合は声帯をしっかり備えているので横着して退化気味なだけだ。
「……普通の町、よね」
「サイズが人間の町の5、6倍ってこと以外はな」
行き交う月面人達には皆、その瞳に理性を感じる。
むしろ、ゆるい。人間の町にはきびきびとした活気があるが、こいつら動きがまったりとゆるい。
『時間に追われてないからかな。各々が好き勝手に目的を見付けて、それを求めている』
絵を描いている月面人もいれば、躍りを踊る月面人もいる。地面に必死になにかを描いている月面人は何をしているのだろうか。
とかく、彼等の日常は創作活動に多くが割かれるようだ。それが長年積み重なった末に、町はカオスな景観となっていた。
目に飛び込んでくる情報量が凄いのだ。壁には彫刻が彫られ、地面にはどこまでもモザイクが敷かれる。どれだけ根気があれば成し遂げられる芸術だろうか。
「時間感覚がないんだな、この町は」
『皆無ではないよ。ほら、スポーツとかは時間を計らないといけないし』
彼が指先で示す場所では、月面人達がサッカーをしていた。
ドシンドシンと付近では地震が絶えない。よく見れば、ボールは人型機の頭部だった。どっから手に入れたそれ。
「なんか、俺の知っているサッカーじゃない」
『時が経てばルールも変わるよ』
町中を利用して、フィールドに限定されずボールは飛び交う。
むしろ退化して、フットボールと化していないか?
更に歩くと、町の広場に入る。回りを囲むのは立派な美しい花壇だ。もっとも季節柄か、花は無く瑞々しい緑が生い茂るだけである。
と、思いきや木だった。木の花壇って。
「なんですか、この碑石?」
広場の中心にはモノリスが幾つも聳えていた。その表面には『正』の字で埋め尽くされている。
『カレンダーだよ。毎日ずっと、世界滅亡から何日後かを数えていた人がいるんだ。これがなければ、僕等はあの日から1000年経っていることにも気付けなかった』
「毎日、1000年間ですか」
単純計算で365000日。35万日、ずっと続けていたのか。
「死なない、ってどんな気分なんですか?」
つい口から漏れて、失敗したと自覚した。もうちょっと慎重には発言しろ、俺。
しかし佐藤さんや周囲の月面人達は気にした様子もない。
『いやぁ、その問いはこの体になって100年間くらいは禁句だったね。それ以降はみんな受け入れたよ、きっと何度も自問自答した。その答えとして個人の考えを言わせてもらえば―――死ぬのはやめておこう、と決めている』
実にあっさりした様子だった。
「死ぬのは、とは?そもそも死ねないのでしょう?」
『死ねるよ。寿命はないし病気にもならないけれど、肉体が復元する限界以上に損傷すれば機能を停止する。それで死んだ人は沢山いる』
無機収縮帯。あれも確かに、限界以上に損傷すれば焼き切れる。
月面人の肉体は全身がその特性を持っているのだろう。
『自殺は、人間である権利を捨てる行為だ。唯一自殺という選択肢を持つ人間がそれを否定するのはおかしな話かもしれない。けれど、僕は心まで無機物にはなりたくはない』
佐藤さんは遠方を見つめる。
小さな丘。不自然に盛られたそれは、人工的に積み上げられたのは明らかだった。
『だから、足掻くんだ。この体が崩壊するほどの外的要因が現れるその瞬間まで、僕は僕であり続ける。そうして初めて、僕は彼女の元へと逝ける』
彼女、それが共に東京タワーを見上げた恋人であることくらいは察せた。
「あの山は―――」
『お墓だよ。月面人の肉体は腐らないからね、弔うには埋めるしかないんだ』
あの丘の下には沢山の月面人が犇めいているのか。地上の人間からすれば宝山だな。
『墓に眠っているのはこの町で機能停止した月面人と、あとはここの住人の家族や知り合いだね。外見が変わり果ててしまったけれど、死んだ居場所で誰なのか特定出来た人もいるから』
地球の医学では、魂などというものは存在しないものとされる。脳など所詮は神経細胞とグリア細胞からなる三次元集積回路に過ぎない、俺もそう考えていた。
けれど、セルファークの住人は魂を存在するものとして扱っている。宗教的な迷信ではなく、魔導技術の一環として実際に干渉すら行える。
魂があるなら。そんなものが実在してしまうなら、実に不都合だ。
「人が死ねば、その魂は生まれ変わって別の人間になれるのか?」
「それこそ迷信よ」
ソフィーは端的に切り捨てる。
「世界人口は長い目で見れば増え続けているもの。輪廻転生は世界人口が一定で推移してこそ成り立つ仮説よ」
意外と論理的な反論だった。
『では、我々月面人はどうお考えですか?』
好奇心がくすぐられたのか、会話に加わる佐藤さん。
『我々の脳は有機細胞で動いていません。死体を解剖したところ外見は人間の脳と相違なかったそうですが、サイズは5倍、神経細胞ではなく電気信号による演算を行う半導体の塊です』
厳密にいえば、それはもう―――
『我々は、本当に日本人なのでしょうか?』
……医学の発展は、言葉の定義をあやふやにしてしまった。
かつては心臓が止まれば必然的に脳も死亡した。故に、心停止は死と扱われた。
しかし人工心肺や心臓移植の発達により、心臓が止まろうと死亡とは考えられなくなった。現在の死の定義は脳の活動停止だ。
だが更に一歩踏み出して、活動停止した脳を再起動する医術が開発されたら?
それは死者の蘇生なのか?それともただの治療なのか?あるいは、オリジナルとは別の人格なのか?
人類は、それを真剣に考えなくてはいけない段階まで達しているのだ。
考えようによっては佐藤さんはもう死亡している。目の前にいるのは、佐藤さんの記憶と感情をコピーした機械。そう考えるのも、また間違えではない。
けれど、だけど。
「―――これは昔聞いた雑学ですが」
だけど、ただの機械がそんなことで悩んだりするものか。
「人体というのは新陳代謝によって6年も経てば全て入れ替わってしまうそうですよ」
ほへ?と間抜け顔で俺の顔を見るソフィー。
「それって、レーカと会ったばかりの頃の私と、今の私はほとんど別人っていうこと?」
「ソフィーはそうでなくても引っ込み思案が治って別人っぽくなったけどな。つまりはそういうことだ」
これは脳も例外ではない。脳細胞は変化しないが、それを構成する分子は入れ替わる。
「俺達だって、6年前と比べりゃデータを移し替えたハードディスクと変わりませんって」
『はは、その発想はなかったよ』
楽しげに笑う佐藤さん見る限り、彼にとっていい回答だったようだ。
『ありがとう、僕が日本人だって胸を張れそうな気がしてきた』
「なによりです」
―――だが、その理屈でいえば。
リデアの弟の肉体にとりついている俺は、果たしてここに本当にいるんだろうか?
町を進んでいる内に、人間の町との差異に気付く。
「大通りなのに、店がない」
ある程度の規模の町を歩けば、屋台や市場が所狭しと見かけるものだ。
しかし、この町には生活感がない。それどころか、経済活動すら行われていない。
それは住宅地とも違う、奇妙な空気感だった。
空虚だ、と思ってしまった。
「あの、佐藤さ―――うわ、びっくりした」
いつの間にか、月面人が後ろにぞろぞろと着いて来ていた。
『ん?』
『何事?』
『迷子?』
『散歩?』
『略奪者?』
『宇宙人?』
『お客さん?』
『なんでやねん?』
う、うるせぇ……
クリスタル共振通信の特性上、圏内であれば距離の有無に関わらずスピーカーに音声は出力される。数十人に疑問符を投げ掛けられていれば、それが普通の声量であったとしてもやがましい。
『誰もが暇だからね。変化が大好きなんだ』
佐藤さんを先頭に、大名行列の如く続く一行。なんだこれ。
『いいではないかいいではないかー!』
『そっち持てー!』
『持ち上げるぞよいしょー!』
「うわぁ!?」
白鋼が胴上げされた。そのまま月面人の手から手にリレーで運ばれる。
「ど、どうする気だっ!?どこ行くんだ!?」
ひょっとしてこちらに危害を加えるのではないかと疑うも、彼等に敵意は感じられない。
『あははははっ、ごめんねー』
「図ったな、佐藤さん!」
胴上げ移動する白鋼の横を佐藤さんが並走する。
『この町の住人は創作活動で時間を紛らわせ生きている。けれど住人はほとんどが顔見知り、作品を見せ付けても芳しい反応は得られないんだ。故に 外部の人間は貴重ってわけだね』
大きな空き地に運ばれた白鋼。佐藤さんは両手を広げ、大仰にアピールして叫んだ。
『皆、彼は久々の客人である真山君だ!僕等の晴れ舞台を鑑賞する為に来てくれた!』
『おおーっ!』
『きたーっ!』
『もえーっ!』
歓声をあげる月面人達。鑑賞しに来たわけじゃねぇよ。
つーか、名字で呼ばれるってなんだか新鮮だ。
「……佐藤さん、それが目的でしたね?」
親切に集落に案内してくれたと思ったら。
『さあ一人目は大道芸の達人、高橋さんっ!さあどうぞっ!』
聞いちゃいねぇ。
文句を言おうと振り返ると、佐藤さんが腰ノミを装着していた。ブルータス、あんたもか。
ソフィーがポツリと呟く。
「前門の大道芸、後門の腰ノミね」
どうやら逃げ場はないらしい。
30分後、ようやく見世物ショーは終了した。
どれも無駄にクオリティーが高く素晴らしかったが、まったくもって誉め讃える気分ではない。疲れた。
『また来いよ真山ァ!』
『お、も、て、な、し、するぜ!』
『ズッ友だょ!』
なぜか友情を感じているっぽい月面人達に後ろ手に手を振り、佐藤さんの本来の目的地を目指す。
『今向かっているのは資料館だ。写真や映像もあるから、過去を知りたいなら丁度いいと思って』
なるほど、それは興味深い。
『ほら、あれだね』
その指先には、巨大な建築物が鎮座していた。
「闘技場?」
ソフィーが呟く。人型機同士の賭け試合を開催する闘技場は世界各地にあり、目の前の資料館はまさに闘技場といった風情の平たい円柱形建築物だった。
『あの中が資料館になっているんだ。世界滅亡の前からある建物で、えー、なんて名前だっけ』
「たぶん……東京ドーム、かと」
1000年の間に改修を繰り返したのだろう、だいぶ外見が変わっているが面影が残っている。
屋根に関しては萎み、中から支え棒で空間を維持しているようだ。東京ドームって風船のように膨らませて形を維持しているんだよな。
『そうそう、東京ドームだよ。地下にも何か施設があるらしいけど、この体では入れないから主にドーム内の空間を利用しているね』
「ねえ、レーカ。『東京ドーム』って、単位よね?」
何を言い出すんだソフィー。
「いや建物の名称だけど」
そんな単位は、今も昔も存在しない。
そういえば、孤島のアジトに初めて迷い混んだ時、ソフィーに東京ドームという単位が通用して驚いたことがあったっけ。
『お気付きですか?空の大地に住まう人々が使う日本語は、日本人が使うものであると』
変な言い回しだが、まあ解る。
航空機が発達している世界なのに、フィートやインチ、ノットなどの単位が一切使用されていない。採用されているのはメートルやセンチ、Km/hだ。
それに対し、東京ドーム何個分、なんて絶対に日本人しか使わないような日本語はちゃんと通じる。
つまり、それは。
佐藤さんは頷き、俺の推測を肯定する。
『上の大地に生きる住人、彼等は日本人の生き残りの末裔です』
東京ドーム、ないし資料館の入り口を潜る。
人間用の出入り口を強引に広げたのだろう、無駄に凝ったギミックで開く扉は、有り余った時間にかまけて製作されたものと推測される。
『皆さんはここで待っていて下さいね』
佐藤さんはさっさと扉を閉めて、未だに着いてきていた月面人を締め出す。
『ずりーぞ佐藤ー』
『詳細報告よろー』
『まあ声は共振して外まで聞こえるんだがなー』
「……ジャミングしていいですか?」
『あれ、うるさいからやめてほしいなぁ』
共振波を大声でかき消すようなもんだからな。
ごく短い通路を抜けると、そこは豪華絢爛でありながら実に悪趣味な部屋だった。
「なに、これ」
僅かな間の後、短く呆れてみせるソフィー。
腕が沢山ある銅像、象と人間の中間的な生き物の絵、マヤ文明っぽい祭壇。
ここに来るまで以上に見事な意匠の数々。しかしながら、そのカオスっぷりは加速していた。
『ここは神の住まう場所だよ。レプリカだけどね』
東京ドームの中心には天蓋付きのベッドが備えられ、そこには少女が眠っていた。
『うぅーん、騒がしいぃー』
のそりと起き上がり、腕を上げて伸びをする少女。
はだけた浴衣から白い素肌が覗いており、ソフィーに肘鉄砲を食らう。
見たところ10歳程度、あんな子供に欲情するか―――と言い返した場合、それはそれで怒りそうなので黙っておく。
「……なんで、お前がここにいるんだ?」
『ふぇ?だーれ、このイケメン君?』
浴衣を整えつつ、寝ぼけた瞳で俺を見やる黒髪少女。
まごうことなきセルファークであった。
「セルフ、だよな」
『違うよー。私はトライアル・ライブラリー。皆は略してラブリーって呼んでる。まさに名は体を表す、だよね』
トライアル……和訳は裁判図書館、だろうか。
『いえ、トライアルは試作品の意です』
佐藤さんが補足する。
試作品の図書館、何にせよ奇妙な名前だ。
「てっきり資料館と聞いて、本が沢山ある場所を想像していたんですが」
現実は宗教的なインチキグッズがひしめく神殿……神殿かこれ?
『我々世界滅亡後、それまで培われた技術や知識を保管しようとしました。いつか必要となった時、100億の人類が築き上げた叡知を甦らせる為に』
いつか古代文明のオーバーテクノロジーとして発掘されそうで怖いな。
『しかし莫大な情報を紙書類で残すことは不可能。故に記憶媒体による保管を考えたのですが、この手足では既存のコンピューターは使えません。そこで日本の研究所で開発されていた人工知能の試作品を持ち出し、彼女に情報の管理をしてもらうことにしたのです』
「それが……ラブリーさん?」
『そゆこと。もーびっくりしたよー、いきなり司書をやってくれなんて。本来のミッションがあるのに、困っちゃうよねぇー』
ひらひらと手を振るラブリーさん。
「だがその姿は、セルファークの唯一神セルフと瓜二つに見えるのですが」
『それより少年に言いたいことと、訊きたいことがあるんだけど』
ベッドから降り立ち、人目を気にせず着替え出すラブリー。
『話をするなら下に降りてきてよ。それと貴方はだぁれ?』
自己紹介もしてなかったか、そりゃ失礼。
「私はセルフ・アークの試作品よん」
「君は人工知能なんでしょう?神の試作品っていうのは、どういうことですか?」
「セルファークは人工知能、ってこと」
割と衝撃の事実は、軽く明かされた。
白い丸テーブルを囲む俺とソフィー、そしてラブリー。
後ろには佐藤さん。でかい。
突如始まったお茶会。しかし、知らぬ間に喉が渇いていたのかありがたく既に飲み干してしまった。
ラブリーさんは俺の話を聞きつつ、俺にお茶のお代わりを用意してくれる。セルフの姿で親切なことをされると違和感が炸裂している。
「地球の時代から時間移動ねぇ、魔法ってそんなことも出来るんだ」
「知らなかったのですか?」
訊ねるソフィー。セルフに近い存在なのに、魔法に詳しくないのは確かに意外だ。
「まず断っておくけど、私は魔法のことなんてさっぱりなの。いわばセルファークはインターネットに繋がったスーパーコンピューター、私はオフライン限定のパソコン。スペックも権限も小さくて、知る情報もこの町の住人が持ち込んだものだけ。1000年も経っていれば相応の情報が揃っているけれど、未確認の事柄や間違いもあるはずだから、それは了承してね」
「解りました」
っていうか協力的だな、セルフは全然教えてくれないのに。
「情報検索が私の存在意義だし。人類種の保護が目的なセルファークとは対応が違うのはとーぜんだし」
この場もセルフは覗いているのだろうか。だとしたら、ラブリーが知る以上の情報は俺には知る必要がないと判断しているのかもしれない。
「で、どこまで知っているの?」
「隕石が落ちてきて、人間が巨人になったってとこ」
「なるほど、なら生き延びた宇宙コロニーの話をするね」
生き延びた宇宙コロニー?
「青い蔦は宇宙空間まで伸びて、宇宙に定住する人間も飲み込んだのでは?」
「ラグランジュポイント、って知ってる?」
「ラング・ド・シャポイント?」
ラング・ド・シャはクッキーの種類だろ、ソフィーや。
「地球と月の付近で重力が釣り合う座標のこと、だろ?」
某ロボットアニメで見た。っていうかあれって、アニメ内のみで使用されている造語じゃないんだな。
「正確には天体とその衛星での間で、ね」
「あの、いいですか?」
小さく遠慮がちに挙手するソフィー。
「専門用語が多くて理解が追い付かないのですが……ウチュウ、って何ですか?」
「あ、そっか」
ソフィーを始め、この世界の人間は天文学の初歩すら理解していないんだ。
「アホの子ソフィー、新鮮だ」
「あ、あほじゃないもん。普通知らないもん」
涙目で拗ねるな、かわいいなぁもう。
「映像で説明するよ、プロジェクター起動」
ラブリーが指をぱちんと鳴らす。
ドーム内に乱雑に散った数々のガラクタ、インテリアが沈下するように消滅した。
「な、なに!?」
「おーすげー」
慌てるソフィーと感動する俺。
薄暗くなった室内に無数の光点が浮かび、俺達を覆い包んだのだ。
「プラネタリウムか、しかも立体映像?百年後となればやっぱ違うな」
「幻覚っ!?幻覚魔法!きゃっ、飛んできた!」
狼狽して彗星を避けるソフィー。
「落ち着け。こっち来いこっち、うげっ」
呼び寄せたら即座に飛び込んできた。体当たりである。
太陽系がテーブルの上に浮かび、更に外周には多くの光星が満ちている。
眩しいほどの星の海。ドーム内に浮かぶ星は数千はくだらない。
この星一つ一つが世界。だというのに、人間が住まう星はただ一つだけ。
「こんな点に等しい星で、何千年も殺し合ってきたんだ。ばからしいな」
「世界、この粒が?」
「太陽系を拡大するね」
東京ドーム全体に太陽系が広がる。8つの色とりどりの惑星が、俺達の回りを結構な速さで巡る。
「あれ、なんか少なくないっすか」
「冥王星とかは惑星と認められないよ。そもそも太陽を囲む天体なんて、大から小までピンキリ過ぎて区切ることなんて出来ないんだから」
「ってか、それぞれ近いですね。惑星がでかいというか」
太陽は直径3メートル、地球などでも1メートルほどで再現されている。模擬的な映像だ。
「緊密配置ってゆーんだよ。さっきの宇宙だって光星間の距離はかなり短縮されていたし。ドーム中心に置いた米粒が太陽だとしても、ドーム芝生内に他の天体はないよ」
すっからかんだな、宇宙。
「ソフィー、あの青い星が地球だ。真ん中で燃えているでかいこれが太陽。この炎の回りを多くの巨大な球体が回っていて、そのうち一つに俺達人類は住んでいる」
更に拡大、中心に浮かぶ5メートルの地球と周囲を周回する1メートルほどの月。
「……この玉に、どうやって人が住んでいるの?」
万有引力から説明しなきゃダメなんだろうか。
四苦八苦しつつ、ソフィーにこの球体の上に人間が立って生活していると理解させる。
「変わった世界なのね、チキュウって……」
「煎餅が二枚重なった世界よりは普通だ」
なんだよ、上下で逆方向に重力が発生しているって。
「もっと拡大するよ、ぎゅぎゅぎゅーん」
妙な擬音を添付しつつ、更に映像は拡大する。
北半球の島国。列島国家があるはずの位置には、白い陶器の平皿が裏返ったような物体が覆い被さっていた。
「なんですか、これ」
「セルファークだよ?この世界は、平皿が裏返しに被さった日本列島なの」
イメージは出来る。理解しがたいが。
「正しくは、皿の部分だけがセルフ・アークという宇宙コロニーなわけ。セルフ・アークについてはどこまで?」
「神、でしょう?神よね?」
自らの常識が根本から覆るような事実に、すがる思いで問うソフィー。
「神ってのがどういう定義かは解らないけど。セルフ・アークは本来、日本初の民間用宇宙コロニーだったの」
「日本初?」
世界からは出遅れているのか、日本は今も昔も変わらないな。
「ワンテンポ遅れる変わりにクオリティは他国より上、日本製ってそんなのばっかりだよね」
前世代最強の称号は日本のものだぜ。
「日本製宇宙コロニーであるセルフ・アークも、その例に漏れず他にはない特徴があった。それが、自己管理型人工知能を装備していること」
「イプシロンみたいだな」
日本が最近成功させたイプシロンロケットもまた、自立点検機能を有している。完全な無人で発射出来るわけではないが、準備後は回線一本で打ち上げ可能だ。すげぇ。
日本列島に被さる皿が失せ、変わりに月と地球の間に円柱の建築物が浮かぶ。
「これがセルフ・アークの本来の姿」
いわゆるシリンダー型の宇宙コロニーだ。遠心力で重力を作り出す、古典的な設計だ。
「このコロニーは運用が無人で行われているの。アメリカやヨーロッパのコロニーは沢山の技術者が整備して管理しているけれど、セルフ・アークはロボットによって勝手に環境が維持される。酸素はしっかり供給されるし、太陽は再現されているし、宇宙ゴミが衝突しても自分で修理する。中の人間は地上と同じように生きていればいい」
人件費節約とヒューマンエラーの防止が目的か。ちょっとのミスで人工の大地が崩壊しては堪らないからな。
「そして、それを制御しているのがセルファーク。正しくは宇宙コロニーと同じ名前を付けられた、セルフ・アークという人工知能」
それが、セルフの正体。
人工知能がなんで神として崇められているんだ、ほとんど神に等しい権限と力を持っているのかもしれないにしても。
「世界滅亡の日、蔦は宇宙まで伸びて宇宙コロニーをも飲み込んだ。宇宙コロニーは移動なんてほとんど出来ないから、一部を除いて人々に逃げ場などなかった」
地球から青い糸が育ち、宙に浮かぶ円柱に絡み付く。
それは、さながらハエを捕らえる食虫植物のような不気味さだった。
「一部、って?」
「セルフ・アークは脱出したの。他にも小型の宇宙船で逃げた人もいるけれど、たぶんすぐに全滅した」
「脱出って、どうやって?」
日本製のコロニーは移動可能だったのだろうか。
「ほとんど移動出来ないのは同じ。ただ、単に地球圏からの離脱を決意するのが早かったんだと推測してる」
徐々に動き出す立体映像のセルフ・アークは、蔦に捕まるすんでのところで地球から離れて引き離す。
「人工知能のセルフ・アークは人間という生物の保護を優先し、即座に地球を見捨てた。その判断のおかげでこの宇宙コロニーの住人は、世界最後の人類となった」
なるほど、そしてその後セルフ・アークは……
「……その後、なんで宇宙コロニーが平皿になって日本に被さったんですか?」
「さー?」
両手の平を上に、こてんと首を傾けるラブリー。
か、肝心なところがすっぽ抜けてやがる!
「仕方がないじゃん!知らないこともあるって言ったじゃん!東京から見上げて収集したデータだけじゃ、宇宙での出来事なんて判らないって!」
「所詮はオフラインのサポート切れPCか……」
「さ、サポート切れ言うなー!」
大丈夫大丈夫、データ管理のような事務仕事には充分だから。
「急に落ちてきたのよ!裏返しの皿が!」
「そして調査してみれば、裏返しの皿の上では日本人の末裔が生活していた、と?」
「そのとーり!」
無茶苦茶である。
「なんで宇宙に出るほど発展した人類なのに、今じゃ中世のような生活レベルなんですか?」
「だってコロニーの中に技術者はほとんどいなかったもん!コロニーの整備に人の手は必要ないし!そりゃ衰退するよ!」
近代の職業って細分化、専門化しているからなぁ。町一つが突然孤立したりすれば、文明技術を維持出来なくなるのは当然だ。
製品を作るのに十の行程があるならば、十人の専門の技術者が必要なのだ。誰か一人でも欠ければ製品は完成しない。
「なんで現在の人間は、月面の蔦に接触しても月面人にならないんですか?」
「耐性でもあるんじゃない!?」
じゃない?といわれても。
「なぜ裏返しで落ちてこないんです?」
「科学だよ!磁石パワーだよ!」
コロニー内で科学は衰退したって、さっき推測してたやん。
少なくとも磁石ではない。地球技術の延長で重力制御なんて可能とも思えないけど。
「日本人の癖にたった千年程度で容姿が多種多様になっているのはなぜです?」
「それは調べた!ニュータ……宇宙に適応する為とかいって遺伝子操作したっぽい!」
ドワーフや獣人はいわば強化人間なのか。
いや、獣人はただの変態が遺伝子操作した結果だったっけ。
「そんなロースペックPCのラブリーさんなのに、なぜ立体映像なんて超技術プロジェクターが搭載されているの?」
「バカにしてる!この人バカにしてる!試作機とはいえ私だって京以上のスペックなのに!」
京、ってなんだっけ。数字の単位?
「この立体プロジェクターは世界中で使用されていた技術だし!22世紀舐めんなー!」
ほー、裸眼全方位3Dが普及してたのか。
「映画館用の設備とか?」
「家庭用!」
未来すげー!?
ちょんちょんとソフィーに裾を引かれる。
「レーカの知りたいこと、判った?」
「まあ、おおよそ」
聞きたいことは聞けたはず。聞き忘れがあればまた来ればいい。
この期を逃せば合法的に月面に入るチャンスは5年後だが、そもそも4年間探索を待っていたのは月面に対しそれほど興味がなかったからだ。
今は違う。非合法であろうが入るつもりだ。
「じゃあラブリーさん、見せて欲しいものがあるのですが」
ソフィーがラブリーに閲覧を申し込む。
「んー、なになに?」
「レーカの世界の、日常の景色ってありますか?」
「塔がいっぱい、これがレーカの世界の町……!」
摩天楼を見上げ瞳を輝かせるソフィー。
宇宙のような非現実的な情景を投影されても「綺麗だ」としか感じないが、ビルなど身近な建物を映されてはそのリアリティに驚かされる。都会の真ん中に立っているとしか思えない。
「車輪の箱が沢山走っているのね。でも、飛宙船は?」
「うーん、それっぽいものがないわけでもないんだけれど。ラブリーさん、飛行船の映像か画像はあります?」
「あるけど、ちょっと古いよ」
町が消え、目の前に映像のウィンドウが開く。
「有名な飛行船、ヒルデンブルグ号だね」
なんでよりにもよってこれを再生した。
「これは……ひょっとして、風船?人が乗っているのは下の部分だけ?」
「ああ、地球での飛行船は積載量も小さくその癖デカイ。だから、空の主流は飛行機だな」
とはいえ、サイズの問題は空なので些細なことだ。問題は速度と地上での扱いにくさにある。
速度は言わずもかな。
地上での扱いにくさとは、どこでも降りられるのが利点なのに風の影響を受けてしまい制御が難しく、狙った場所に降りられないのだ。
更に降りた後も当然風に流される。ヘリウムガスを抜くにしても巨大な施設が必要となる。ヘリウムを抜かないで固定すれば紐付きの風船だ、数十メートルの風船など危なくて仕方がない。
「ひょっとして、異世界の航空機って遅れている?」
失礼な。
「浮遊装置なんてインチキなしで頑張っているんだこっちは。ラブリーさん、飛行機の映像見せて下さい。一番すっごいやつ」
「すごい飛行機?うーん、これかな?」
ラブリーが宙をフリックすれば、次に現れた立体映像は戦闘機の映像だった。
菱形の主翼と斜めに設置された二枚のみの尾翼。
思わず息を飲む。俺達は、これを知っている。
「これ、お父さんの飛行機―――!」
「第八世代戦闘機―――心神!」
青い海洋迷彩が施されているが、間違いない。こいつはガイルの操る超高性能戦闘機と同じものだ。
それが四機、編隊を組んで飛行している。
「ああ、そういえばコイツも量産機だったな」
ワンオフの戦闘機など試作機以外ではありえない。心神は間違いなく、日本の空を守った実機なのだ。
再生する映像の心神はやたら高い空―――成層圏を飛んでいる。
背景の地球が丸い、宇宙に片足突っ込んでいる高さだ。
「この戦闘機は宇宙国防部隊に配備されたものだね」
「宇宙戦闘機、か……大気圏内でも飛行可能なマルチロールってか?」
「レーカ、ウチュウってどんな場所なの?」
ソフィーに先程の説明は正しく伝わっていなかったようだ。
「えーと、なんと言えばいいのか―――空気のない空」
「え?それ、飛べないでしょ?」
空気がなければ主翼が揚力を発生させない。主翼が効かない飛行機は、当然飛べない。
「だからこそのロケットエンジンだな」
心神のエンジンはジェットエンジンではなくロケットエンジンだ。それも、水素を核機関で噴射するというトンデモエンジンである。
熱核エンジン―――空気を原子炉で加熱して噴出するエンジンは、冷戦時代から米露両国にて研究されていた。放射性物質を全力で撒き散らす欠陥品であったが、心神に搭載された原子炉は核融合炉なのでその問題をほぼ完全に解決している。
「吸気なしで運用上差し支えないほどの航続距離と出力を両立するとは。頑張り過ぎだろ、未来人」
いまいち理解していない様子のソフィー。元より彼女は純粋なパイロット、技術面はさっぱりだ。
「うーん、他に地球っぽい映像ないんですか?日本の名所とか」
気を取り直して俺はラブリーさんに訊ねてみる。
「勿論あるよ。札幌のがっかり時計台とか、長さより幅の方が大きいはりまや橋とか、全然銀色じゃない銀閣寺とか、三代目金閣寺とか」
「そうそう、そういうのをお願いします」
「なんで?地球出身なら、見慣れているんじゃない?」
なんで、ってそりゃあ……
「ソフィーに見ておいてほしいから、かな」
「私に?」
「ほら、相手に自分のことを知ってほしいというか、両親に紹介するわけにもいかないし」
なんだか言っていて気恥ずかしくなってきた。
「……うん、レーカのこと知りたい。見せて貰えますか?」
「よろこんでー!」
映像が切り替わる。黄金の寺と手前の水面、金閣寺だ。
三階建て全ての階層が金色であることに違和感を感じつつも、久々の京都の観光名所に懐かしく胸が熱くなる。
「セルファークとは随分違うのね、これがレーカの国の文化なんだね」
異国文化の立体映像を興味深げに見渡すソフィー。もし、いつか世界移動―――ではなく時間移動が実現したら、恋人達を連れて日本を案内したいものだ。
喜ぶソフィーを微笑ましく見守っていると、ふと気付いた。
「―――って、三代目?また燃えたのか?」
「記録映像もあるよっ」
金閣寺が炎上した。なんてこった。
「個人的に、これほど燃える光景が美しい寺もないな」
「一発屋な建築物なのね」
「次いくけどいい?いいよね?れっつごっ!」
着物、お城の天守閣、ゲイシャ、フジヤマなど次々と映像や写真が切り替わる。
なかでもソフィーが興味を示したのは、和食の映像だった。
「食文化はさほど変わらないのね。どれも知っているわ」
「日本人の食べ物に対する執念は異常だからね。1000年経とうが面影が残るってもんだよ」
「ほっとけ」
食べ物を見ていると、ぐぅとお腹が鳴った。
「腹減ったな」
「え、私は別に」
「ラブリーさん、そろそろお暇します」
「レーカそんなに空腹なの?」
ちげぇよ、腹ペコで帰るわけじゃねーよ。
「行っておきたい場所が出来たので」
「行きたいとこ?どこ?」
俺はその場所について話す。納得した様子のラブリーさん。
「……そっか、そりゃ気になるよね。人間には大切な人がいるんだもん」
「君には?」
「私の大切な人?お父様とお姉様、かな」
お姉様はセルフとして、お父様?誰のことだ?
「私達の開発者。でもお父様は長い眠りについてしまった」`
世界滅亡を乗り越えられなかったのか。大半の人類はそうだったんだよな。
「お姉様は―――セルファークは、私のことなんてどうでもいいんだよ。なんせ、1000年間ほったらかしだもん」
『またいつか遊びにきてくれると、皆喜ぶ』
ラブリーとは資料館でお別れだが、佐藤さんは見送りをしてくれるそうだ。
「ああ、いつかまた。これっきりってことはないでしょうし」
俺達は再会を約束する。とはいえ、この地に再び訪れる具体的な予定があるわけではない。
ただ、きっと俺はまたここに戻る。そんな確信があった。
この町は俺の故郷ではない。けれど、それでも日本人の暮らす場所だ。
あの世界との縁は、切れてはいない。
「落ち着いたみたいね、レーカ」
「ああ、カッコ悪いところ見せたな」
どんな内容であろうと、知らないよりは知ってしまった方が気が楽だ。俺は好奇心が強い男なのである。
「いいわ。レーカは最高にかっこいいけど、カッコ悪い部分も結構あるし」
どういう意味だコラ。
「とにかく出発しよう、ちょっとゆっくりし過ぎた」
東京ドーム球場内から外までの廊下。人型機サイズの巨人であっても通行可能なほどに拡張されたトンネルを歩きつつ、ふとした疑問を尋ねる。
「佐藤さん、月面って大型魔物の巣窟ですけど。この町って襲撃されることはないんですか?」
『ないよ』
ないのか。
え、なんで?
『ここを襲って、魔物に旨味があるかい?ここには動物どころか食料すらないのに』
「食料が、ない?」
ソフィーが目を見開いて佐藤さんの顔を確認する。
そこには、目と鼻はあれど口の穴がない能面のような顔があった。
『僕等は、人間の根本的な欲求を失っているからね。睡眠欲と性欲、そして食欲も』
「……それって」
生きていると言えるのか、という言葉を飲み込む。
「それじゃあ、この町って犯罪とかはあるんですか?」
『聞いたことはない。犯罪は欲求を満たす為に行われるものだ、それがない僕等には他者を傷付ける理由がない』
人間から欲望を無くせば、世界は平和になるのか。そんな思考実験は誰もがしたことがあるが、この様子を見る限り、おおよそは達成されるらしい。
(でも、なんだか嫌だな、それ)
ユートピアとディストピアの違いなど俺には解らない。そもそもが、これらの言葉には明確な定義などない。
中世の時代、人類は完全管理社会を理想だと夢見ていた。王や貴族のお粗末な政治に反発し、神の如く平等で超越的な指導者を求めたのだ。
しかし、現在では社会主義・全体主義は廃れて自由主義こそが真の理想だとされている。
時代によって異なる価値観。まして、1000年も経てば尚更だ。
自分勝手なもんだ、人の価値観なんて。
偶発的に生まれた、欲望が存在しない町。そこで、かつて日本人と呼ばれた者達はそれでも生きている。
『僕等は愛という本能も、失ったんだよ』
佐藤さんの言葉は、妙に心に反響し続けた。
佐藤さんと共に白鋼はドーム球場を出る。暗いトンネルにいたせいで、外はやたら眩しく目が眩んだ。
『自分のことなんてどうでもいい、かぁ。そんなことないのだけれどねぇ』
不意に白鋼側面のマイクが少女の声を拾った。
「うわ、びっくりした」
見れば、着物の少女が資料館の外壁に背を預けている。
『ラブリー様?あれ、先回り?珍しいですね、外に出てくるなんて』
佐藤さんが屈んで尋ねるが、そうではない。この少女はラブリーと瓜二つだが別人だ。
「セルフ、だよな?どうしてここに」
『ええっ!か、神様ですか!?』
仰天する佐藤さん。1000年生きていても神と出くわすのは初めてのようだ。
手を合わせてナムナムする佐藤さん。それ、仏教どころか本物の神様でもないらしいですが。
『とりあえずレーカに報告があって。それはともかく世界のヒミツ、到達オメデトウ』
ありがとう。
『いやぁ、生き別れの姉妹とか会いにくいじゃん?会ったこともないのに遊びにいくってのもなんだし、解るかなーこの微妙な機微?』
「知らん。つーかお前、人工知能なんだって?」
『神様相手に凄いフランクに話すんだね……』
助けられたこともあるが、面倒事を持ち込まれたことはそれ以上に多い。敬う気にはなれん。
セルフは転移して白鋼のコックピットに入り込む。狭いからやめろ、馬乗りになるな。
「そだよ。とある天才科学者の最高傑作、『自立意思を持つ方舟』。私は世界を飲み込む大津波を乗り越えて、新たな世界に辿り着く為のノアの方舟。人類種を保護する為ならなんでもやるの。なんでも、ね」
「ラブリーの把握していない部分、どうやって重力を制御しているのか、だとかは教えてくれるのか?」
「どっしよっかなー」
焦らすな、そういうのが許されるのは大人の女性だけだ。
「世界の秘密に到達したといっても二つの秘密のうち片方、それも不完全だからなぁ」
この世界の秘密とやらは、なかなか奥深いらしい。
「しょうがない、奮発して合格としましょう!魔法がなんなのか教えたげる。ただし、後でね」
「今は駄目なのか?」
「報告しまーす。探索隊に敵対勢力が迫っているよ」
なん、だと?
「統一国家の散赤花100機と荒鷹20機。斬焉20機には荷が重くないかな?」
6倍の戦力差、斬焉が最新鋭といえど危険な状況だ。
「どうしよう、レーカ。今の白鋼は飛べない!」
エンジンが中破している以上は戦闘不可能。走って乗り込んだところでいい的だ。
「セルフ!」
「きゃっ」
「はわわっ」
白鋼を膝立ちさせキャノピーを開き、ソフィーとセルフを両脇に抱えて飛び降りる。
「ソフィーを預かってくれ、俺一人で行く!」
「え、私が守るの?」
「レーカ!生身で乗り込んでどうするのよ!機動兵器相手にレーカといえど多勢に無勢よ!」
『多勢に無勢って、少数だったら機動兵器にも勝てるのですか……』
ソフィーは統一国家の重要目標、危険に晒すわけにはいかない。そもそも飛べない以上は足手纏いだ。
「預かるのはやぶさかじゃないけれど、私を信用するの?散々貴方を利用している私を」
「ダチを裏切るような奴じゃないだろ!」
知っているぞ、悪者を買って出てでも、お前が何かを成し遂げようとしていることくらい!
面倒事を持ち込まれたことも多いが、助けられたことがないわけではないのだ。セルフは基本優しい奴である。
「ま、まあいいけど。頼まれるよ」
セルフは赤らんだ頬を指先で掻きつつ、ソフィーの手首をしっかりホールドした。腕力の差が歴然としている、ソフィーにセルフを振り払う術はない。
白鋼の脱出装置として格納されていたエアバイクをコックピットの後ろから引っ張り出す。5メートルほどの高さから発信したエアバイクはジェットエンジンにより空中で加速、東京ドーム外壁を走り地面に軟着陸する。
「ここでは浮遊装置が作動しないのは知っているでしょ?荒れ果てた月面ではバイクといえど満足に走れないよ」
「俺専用のエアバイク、ケッテンクラートを舐めるなよ」
後輪をキャタピラに改造した俺のエアバイクは、通常のエアバイクと比較にならないほどの走破性を発揮する。月面であろうとどこであろうと阻めるものはない。
「行ってきます!」
ハンドルから魔力を注ぐとターボジェットエンジンの出力が上昇し、その回転が減速機を経て無限軌道が駆動する。
金属の擦れ合う悲鳴のような騒音を撒き散らしつつ、エアバイクは猛然と加速する。
「新型はともかく、リデアが死ぬのはまずいから。あの子だけでも守ってねー」
「天罰でも受けてろ!アホ神!」
町中を走り抜けるエアバイク。月面人の間を抜け、股下をくぐり、一気に集落を出る。
荒廃した東京を疾走する。道なき道を踏破して、俺は東京タワーを目指す。
俺が到着したところでなにが出来るかなど解らない。それでも―――
「持ちこたえてくれ、皆―――!」
ジャンル・SF←伏線
この小説にマジカルな要素などこれっぽっちもないのです。




