表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
動き出す世界編
63/85

白い塔と赤い塔 1

 なぜか自身の頭を撫で付けつつ、俺の召喚より帰還したリデア。


「そうだ、忘れていた。これを渡しておくぞ」


 そう言って、リデアが懐から取り出し投げた封筒をキャッチする。


「これは?」


「巨塔の月面探索参加許可書じゃ」


 ああ、そんな予定もあったな。

 4年前、俺は巨塔司書のお姉さん……じゃなかった、お兄さんと出会った。

 世界の秘密を全て教えてほしい、と要求した俺に、彼は4年後の月面探索に参加するように促したのだ。


「そろそろ時は満ちた。世界の真実を見に行くぞ」


「あいよ、了解だお姫様」








 セルファークは地上と月、上下逆さまとなった二つの世界が向かい合って成り立っている。

 地上から月面までの距離は6000メートル。その丁度中間層には重力境界が存在し、風に流された岩石や朽ちた飛行機(ソードシップ)が無数に漂っている。

 空は僅か6000メートルしかないのに、この世界は端から端まで最も長い場所で3000キロメートルもある。直径3000キロメートルの円盤が二枚重なったような、とても薄っぺらい世界だ。

 3000キロメートルといわれてもピンとこないのが普通だろうが、アメリカ大陸より小さいくらい、ヨーロッパ諸国がだいたい収まるくらいの大きさといえば判るかもしれない。

 そんな地上と月面が向かい合うこの世界、だが月面は法律によって侵入を厳しく禁じられている。

 その理由は色々だ。浮遊装置が作動しない月面では遭難の危険性が高い、そもそも障害物が多い重力境界を飛行機で飛ぶこと自体が自殺行為、などなど。

 しかし、最大の理由は月面人……月の先住民だ。

 世界中で使用されている人型機(ストライカー)には無機収縮帯が使用されている。そして、無機収縮帯は月面人から採取されるのだ。なかなかにショッキングな話である。

 この事実は世間には公表されていない。人々が知れば、欲望のままに刈り取った挙げ句、いつか枯渇してしまう。無機収縮帯とは限りある資源なのだから。

 月面人の刈り取りが許されるのは5年に一度だけ。この原則は統一国家すら崩してはいない。

 そして、今年こそその5年ぶりのチャンス。月面に合法的に昇れる機会なのだ。


「てーかさ、5年に一度しか取らないのになんで無機収縮帯が足りなくならないの?あれって結構取り替えたりするだろさ」


 帝国の城中を駆けつつ会話する。上記の疑問を発したのはマイケルだ。


「無機収縮帯には治癒能力があるだろ、魔力を与えておけば勝手に直っていくんだよ。だからいよいよ焼き切れて破棄するってことはほとんどないんだ」


 へー、へー、と感嘆の声をあげる冒険者三人組。お前等人型機天士なのにそんなことも知らなかったのかよ。


「レーカ、その割には、購入予算が大きいのだけれど……!」


 走って息も絶え絶えだというのに、ソフィーがそれでも訊ねてくる。経理のことに関しては実に厳しい女だ。


白鋼(しろがね)は少量の無機収縮帯を高い魔力圧で強引に高出力化しているからな、よく焼き切れるのは知っているだろ?」


「改良の努力を、要求、するわ!」


「してるぞ、間接強化アタッチメントやら効率のいい収縮帯の配置を模索したりだとか。白鋼を出す必要のない時は散赤花(さんけつか)に乗って、飛行時間の節約に努めているじゃないか」


 まるで老朽化したF4ファントムを必死に維持しつつ運用する某国のようだ。……頑張れファントムじいちゃん。もうちょっとで若い子が入るから。


「お主等、お喋りはそろそろ終わりじゃ!そろそろ着くぞ、総員準備せよ!」


 リデアの掛け声に、共に走っていた俺とソフィー、ニールマイケルエドウィンの三人組の計6人は食パンを口にくわえた。

 先程帝国城の厨房からくすねた食パンは芳醇な香りにいっそ食べてしまいたい欲求に駈られるが、それは駄目なのだ。くわえていることに意味があるのだから。


「ふぁふぁうあふぁうあ、ふぁうぞ!」


 何言っているのか解らないリデアの声と同時に、俺達はその部屋へと飛び込む。

 騎士達が作戦前に使用する、ブリーフィングルームに。


『いっけなーい、遅刻しちゃったぁ!』


 精一杯可愛い声を出してテヘペロとウインクする一同。呆然とする室内にいた騎士達。


「でもチャイムが鳴り終わっていない、セーフなのじゃ!」


 よく解らない理屈を持ち出し遅刻ではないと主張するリデア。

 遅刻が確定している場合、間に合わなくとも最後の100メートルは全力疾走しろ。ぜぇぜぇいってる姿を見れば、教師や上司も怒りにくいから。俺もよく使っている手である。

 そう、食パンもまた「とても急いで来ました」アピール。作戦の些細な演出にも手を抜かない、リデアはそんな敏腕美女なのだ。

 そんな彼女を黒板の前にいた隊長らしき男は宣告する。


「遅刻です」


 無情であった。


「セーフじゃ!」


「遅刻です」


「……セーフじゃもん」


「遅刻です」


「…………。」


「遅刻です」






「まったく、何をしているのだお前達は。せっかく特例で月面探索部隊に加えてやったというのに」


「そういうアンタはこんなところで何やってんだ、ハダカーノ王」


 月面探索任務の打ち合わせを行うブリーフィングルーム、長椅子とテーブルの並ぶ教室のような部屋の最後列に座ると、そこにいた先客は帝国国王だった。


「久しぶりじゃ、お父様」


「ん?おお、元気そうだな娘よ。やっほい」


 ドレス姿のリデアとジャージ姿のハダカーノ王は気軽に挨拶する。

 この二人、世間的には親子ながらも正義の為に道を違えた敵対関係なのだが……ハダカーノ王は、相も変わらずマイペース人間のようだ。


「けど極秘帰省なんだから、少しは忍べよ」


「解っとる、わしのことはリゼットと呼んどくれ、父よ」


 呼び間違えに備え、リデアの偽名は本名と似たものにした。髪の色も魔法で変えて、どこから見てもリデア姫である。

 だめじゃん。2Pカラーってだけで、ドレス着てるし本人だってばればれだぞこれ。


「しかし、想像以上にしっかりと打ち合わせるんだな」


 騎士達は誰もが真剣な顔で作戦概要を確認している。まるで最前線に赴く兵士のようだ。

 しかも面子に見覚えがある。この部隊って、まさか。


「月面ってそんなに危ない場所なのか?」


「地上と違い、人間が積極的に魔物を駆除しているわけではないからの」


 魔物の無法地帯ということか。それは物騒だ。


「雑魚はかえって淘汰されてしまうのだが、最大の天敵である人間がいないからか月面は大型の魔物が住み着きやすいのだ」


 大半が小さく力もない個体である人間という種族が、叡知によって巨大魔物最大の天敵と成り得たというのは不思議な話である。


「月面人達とは話が付いておるから襲われる心配はないが、のんびりする余裕はないぞ」


「えっ!?」


 声を上げてしまい、ぎろりと騎士達に睨まれた。

 頭を下げ、リデアに耳打ちして会話を続行する。


(月面人って会話出来るのか?)


 あれって理性とか知性がある存在なのか?

 俺が見た月面人は既に死亡している個体だった。生きている月面人は見たことがない。


(なに言っとるんじゃ、月には月面人の集落もある。そもそも彼等は人型機と同等のパワーを持つのだ、そんなのと敵対したまま無機収縮帯を回収するなど出来ようはずがあるまい)


(だって、刈るんだろ?略奪しといてなんで敵対していないんだ?)


(月面人の肉体は死亡しても腐ることがない、なので彼等は死後も永遠に残骸が残る。刈り取りとはそこら辺に転がっている死体を回収する作業なのだ、生きた個体を殺すわけではない)


 なるほど、刈りという響きからつい物騒な作業を想像していた。

 必要なものとはいえ利益の為に人型の生物を傷付けるのはかなり気が引けていたのだが、死体相手ならまだ納得出来る。

 それでもちょっと嫌だけど。科学的に無機物と判断さえていようと、生物の一部を兵器に組み込むのは奇妙な感覚だ。


(あ、そうか)


 ふと気付いた。


(情報漏洩をさせない為に、こんなピリピリした空気で動いているのか)


(一応戦略物資だからの、この部隊はエリート揃いじゃ)


 エリート揃い、その言葉は真実なのだろう。かつて彼等と模擬戦闘を行ったが、全員がエース級の実力者であり多少苦戦させられたものだ。


(でも、なんで半人型戦闘機(ソードストライカー)なんて虎の子を持ち出すんだ?あれは精密な機体だ、こういう作業には従来の人型機の方がいいだろうに)


(お主は月面に行ったことはあったか?)


 ナンノコトヤラ。


(月面はひどく入り込んだ場所での、時々隊員が行方不明になるんじゃよ。落下して死亡したり、似た光景の連続に現在位置を見失ったり)


 未帰還者が発生するのかよ、月面こえぇ。まさに魔境だな。


(そこで飛行可能なソードストライカーの出番じゃ。人型形態で探索し、現在地が判らなくなれば最悪飛行して地上側まで戻ればいい。それに巨塔周辺は狩り尽くしている。探索範囲が広がれば、新たな狩り場を開拓出来るやもしれん)


 それならガチターン機みたいな浮遊装置を下半身に装備した機体を用意すれば……って、浮遊装置は月面では起動しないんだったな。


「教導官殿、私語は慎んで頂きたい!」


 隊長に怒られた。


「すいません」


 なぜ俺が教導官殿と呼ばれているかというと、それは彼等がSS部隊だからだ。

 武装親衛隊ではない。新設された、ソードストライカー(SS)部隊である。

 帝国製の新型|半人型戦闘機《ソードストライカー》が完成し、慣熟訓練もある程度終わった段階で俺達は帝国に招待された。まったく新しい兵器であるソードストライカー、その運用ノウハウや操縦技術について指導するように依頼されたのだ。

 帝国製新型半人型戦闘機は白鋼の多くの技術をフィードバックした、量産型白鋼ともいえる機体。よって、重力を無視した動きや人型状態での重心移動飛行など同等のテクニックや技術が使用出来る。

 そこで一月ほど彼等を撃墜しまくった結果、いつしか教導官殿と呼ばれるようになったのだ。

 本来の教導隊とは訓練において敵機役を演じる、最強クラスの天士集団のことだ。上から教えられた戦術をそのまま教えるのではなく、自分達で模索し作る側の超エリート。

 到底俺のようないい加減な奴がなれるポジションではないのだが、まああだ名である。


「なにか質問があるのですか?ならば今のうちに訊いておいて下さい!」


「あ、それじゃあ一つ」


 せっかくなので、気になったことを訊ねておこう。


「なんで月面『探索』部隊なんですか、目的は収縮帯の入手なのに」


「理由は二つ!まず、探索も任務の一つだからです!月面は未調査な場所が大半なので!」


 安全に行き来可能なのが巨塔だけなのだ、探索など遅々として進まないだろう。

 そもそも探索する価値があるかは疑問だが。


「そして二つ目!『月面無機収縮帯回収部隊』では、国家機密もへったくれもありません!」


 確かに!


「―――さて、作戦概要はこの通りだ!集合はヒトニイマルマル時、以上解散!」


 以上もなにもほとんど聞いていなかったが、まあいいか。


「さて、昼までどうする?俺は格納庫を見てくるが」


 ぞろぞろと退室していく騎士達を尻目に、仲間達にどうしたいかを問う。


「わしは父上と話してくる、ソフィーも細々した話があるからちょっと来てくれ」


「ええ、解ったわ」


 リデアとソフィーは難しい話をしに行くらしい。


「私も格納庫にいくわっ、帝国城の格納庫なら最新鋭が沢山よ!」


 ニールは格納庫を眺めるのが好きらしい。地球にも工場マニアとかいたな。


「僕は資料室にいるよ、外部の人間が閲覧可能な範囲でもかなりの蔵書があるだろうし」


 エドウィンは相も変わらず勤勉だ。実に結構。


「寝る」


 無気力だな、マイケル。








 戦闘機とは大型化していく傾向にある。帝国の機体は特にそれが顕著だ。

 格納庫に収まった20機の戦闘機。それらを見上げ、俺とニールは思わず唸った。


「何度か見ているけど、一個飛行隊となると壮観だな」


「迫力が違うよ、これが最新鋭ってやつなのね」


 それらの戦闘機は、全て人型機に変形する能力を持つ―――半人型戦闘機だ。

 飛行機形態の全長は25メートルほど。機首部分は腕に変形するので、人型機となれば体長20メートルほどの巨大な人型機となる。

 主翼は独特の鋭角な三角形を描く後退翼。二枚の垂直尾翼と水平尾翼は荒鷹(あらだか)舞鶴(まいづる)などとも共通する無難なデザインだが、コックピット横にも小さな水平翼―――カナード翼があるのが特徴だ。

 エンジンは双発。機体規模が白鋼より大きいことから、必然的にエンジンも一回り大きなものとなり、かなりの高出力化を実現した。それを二発、重量を度外視すれば白鋼以上のパワーといってよい。


「綺麗な飛行機だ、帝国らしい」


 この曲線美は、共和国や俺にはそうそう作れない。

 様々な技術提供を行ったが、それらを纏め上げたのは間違いなく帝国の設計者達だ。ここは素直に彼等の努力を称賛したい。


「なんて飛行機、これ?」


斬焉(ざんえん)だ」


 答えたのは、俺ではなくドワーフの男性だった。


「バルティーニさん。お久し振り」


「おう、久し振りだなレーカ」


 帝国御抱えの技師、バルティーニさん。以前白鋼を強化する際にお世話になり、その後帝国製ソードストライカーの開発主任となったことから度々再会していた。


「ペットネーム決まったんだ」


 ペットネームとは、型番ではない戦闘機の名称のこと。正式に軍が決めることもあれば使っているパイロットや敵国が決めることもある。

 例えばロシアの戦闘機、フランカーが有名だろう。この名前は西側、つまり敵対諸国がつけた名称だが、ロシア国内でもちゃんと通じる。


「おうよ、俺が一晩で考えたぜ」


 って、あんたが考えたんかい。一晩かい。


「で、そっちの嬢ちゃんは誰だ?こいつらは国家機密だぜ、自由天士連れてくるんじゃねぇよ」


「あれの持ち主だよ。月面探索に同行するんだ」


 持ち込まれたEシリーズを指すと、バルティーニさんは露骨に眉を潜めた。


「あー、あれか……おい嬢ちゃん、格納庫から出てった方がいいぜ」


「どうしてよ。いいじゃない、もうちょっと見ても」


「そうじゃねぇ、あの人型機がだいっきらいな奴がここに……」


 その時だった、皺がれた老人の声が格納庫に轟いたのは。


「誰じゃあああ!?このクッソつまらん人型機を持ち込んだのはああああぁぁぁ!?」


 あちゃー、と顔を手の平で覆うバルティーニさん。

 格納庫の奥からやってきたのは、スーツ姿とちょび髭が特徴の老紳士であった。


「Eシリーズ!Eシリーズではないか!無難な設計、堅実な思想、つまらん理由で作られたつまらん人型機!」


 三人組が持ち込んだE-10、E-25、E-50の三機を睨み付ける老人。


「近代兵器とは量より質!100の凡兵より10の英雄を必要とするのだ!物量で戦いに勝てる時代など終わったのだ!」


 微妙に、先見の明があったような正論を口にしているから質が悪い。


「ども、ポルシェ博士」


「む?レーカか、まさか貴様がこれを持ち込んだのか!?」


 この老人とは顔見知りである。


「そうともいえますが……そう睨まんで下さい。俺の愛機は今も白鋼です」


 白鋼も当然持ち込まれ、格納庫に鎮座している。飛行機形態なので一番ちっこくて可愛い。


「おお白鋼か、あれはいい!最強の名を具現した一つの答えといえるだろう!」


 白鋼に駆け寄りはしゃぐこの老紳士はポルシェ博士。人型機開発にて名声を得た技術者だ。

 先進的な技術を多く開発し、大戦中の発明は今も様々な機体に使用されている。人型機の発展に最も貢献した技術者の一人、とも称される男だ。

 しかし大戦後期となれば、高性能機の開発に傾倒してしまったが為に現場から離され、マッドサイエンティスト呼ばわりされるようになった。というか事実マッドである。

 だがしかし、大戦後の兵器は高性能高価格化の一途を辿るというポルシェ博士の読み通りとなったのだ。

 ……もっとも、彼はそこまで本気で考えていたとは考えにくい。あくまでこれは結果論であり、実際はただ最強の機体を作りたいだけのマッドと呼んで差し支えないだろう。


「だが白鋼は小さい!それが珠に傷だな!やはり最強の兵器は巨大でなくては!」


 なるほど、大柄な人型機である斬焉はポルシェ博士の理想に近い兵器なのか。

 こんこんと斬焉の外装を叩いてみれば、重厚な金属の響きがする。

 この機体は人型機でもある為に、それなりの重装甲を備えている。人型機としては軽装の部類だが、飛行機としては馬鹿げたレベルの厚さだ。

 そんな重い機体を浮かべる為に、この機体の双発エンジンの設計図は俺が引いた。整備性を良くして規模を大きくしただけで、白鋼のエンジンとほぼ同じシロモノといっていい。

 見ていて気になったのは、以前よりシャープになった機体のラインだった。


「なんかすっきりしたよな、先行量産型ではウエスト……エリアルールを絞れないって嘆いていたのに」


 中身を色々と詰め込んだ結果、先行量産型のソードストライカーはずんぐりとした残念メタボな外見だったはず。しかし量産型は基本構成こそ変わらないものの、以前よりずっとすっきりとした外見になっている。


「これは、無機収縮帯を減らしたのか?」


 どのように軽量化したのかを解析魔法で調べる。


「20メートルもの巨体を満足に動かすには、かなりの量の収縮帯が必要だって結論だったんじゃ?」


 人型機は意味もなく平均10メートルサイズに落ち着いているわけではない。使い勝手からしても技術的にも、それ前後の大きさが最もバランスに優れているのだ。

 20メートルの巨体は、油圧アシストをしていても動かすだけで困難なのだ。


「性能のいいパワーアシスト技術が開発されてな。油圧より出力があるし反応も早い。問題は値段が高いのと必要電力が大きい、ってことくらいか」


「ほう、新しい技術とな」


 ぅおっほん、とわざとらしい咳払いをするポルシェ博士。


「その通り、私が開発したリニアモーターを採用したのだ!ジェットエンジンは常に回っているのだからな、発電くらいせねばもったいない!」


 技巧を凝らしたハイブリットに執着した博士らしい発想である。

 この場合のハイブリットとはエコカーに使用されている技術ではない。大きなパワーを発揮するものの扱いにくい一次機関を、扱いやすい電気駆動の二次機関に変換する技術だ。


「しかし、リニアモーターか。その発想はなかった」


 回転ばかりがモーターではない。リニアモーターとは直線的な動きをするモーターだ。

 一般にリニアモーターカーと呼ばれる浮遊する列車も、同様の技術が使用されている。車輪を回して進むのではなく、車両そのものをモーターで押し出してしまうのだ。


「人型機はパワー不足を油圧アシストで補っているが、それをリニアモーターで代用したんだな」


「油圧は機械構造で壊れやすい上、どこかが壊れれば全体に影響を及ぼす。その点電気は制御しやすく一部が壊れてもダメージをその部位だけで止められる、おまけに出力も大きい!まさに次世代のシステムだ!」


 なんて、それっぽい長所ばかりを挙げているが、正直短所も多いと思う。

 バルティーニさんもいっていたが、リニアモーターは電力を半端じゃないほど食う。ジェットエンジンという優れた発電機を搭載しているからこそ採用出来たのだろう、とても通常の機体は適しているとは思えない。


「いつかは無機収縮帯を使わない人型機を作るのだ!」


「おー」


 とりあえず拍手しておく。

 複雑な機械というのは、むしろ故障が多発したり維持費がかかったりで採算が合わないことも多い。

 機械は基本、シンプルなのが正解なのだ。

 無機収縮帯はその点、実に優れた素材だ。魔力を与えれば自己治癒する収縮帯はメンテナンスの手間すら不要なのだから。

 何が言いたいかといえば、リニアモーターの人型機を作ったところで故障が頻発する欠陥機になるのではないか、と危惧するところなのである。


(まあ、成功しないだろうな)


 意義のある技術だ。だがそれを上手く使いこなせていないあたり、やっぱりポルシェ博士である。

 ……なんて予想していた俺だったが。

 博士が非魔力依存式人型機を開発し世界から称賛されるのは、随分と後となってからであった。






 リニアモーターの技術を解析魔法でこっそり盗みつつ、俺とバルティーニさん、ポルシェ博士は人型機談義に盛り上がる。


「だからさ、Eシリーズにはまだまだ可能性が眠っていると思うんだよ。たとえば下半身をムカデ型に連結して進軍速度を上げるとか」


「やったら殴るよ」


 ムカデ型人型機、ニールはお気に召さないらしい。獣型機(ビースター)の一種だろうに。


「おや、こちらにいましたか」


 やんややんやと騒いでいると、燕尾服の男性が話しかけてきた。


「レーカ様、ニール様。昼食のお時間です」


 おや、もうそんな時間か。


「陛下がご一緒に、とのことなのでご案内します」


「え、めんど……光栄でございまする」


 ぎろりと睨まれた。この執事さん怖い。


「では、また」


 昼飯が終わればすぐに出撃準備だ、次に会えるのは何時か判らないのでしっかりと挨拶しておく。


「うむ!達者でな!」


「月では気を付けろよ」


 二人にも見送られ、俺達は執事さんの後を追い廊下を進む。

 後ろ姿を眺めていて気付いたが、この執事さん軍人だ。筋肉があるし歩幅が一定間隔。訓練を受けた者の特徴である。

 一応警戒の為に彼が身に付けている物を解析しておくと、毒の仕込まれたナイフを隠していた。

 何気ない動作で抜かれたナイフ。振り返り、ムチの如くしなやかに回る腕。

 袈裟斬りに下ろされた切っ先を、俺は義手の右手で掴んで止める。


「紅蓮の刺客か?唐突だな」


「ぐはっ!?」


 身体強化魔法の上で執事を蹴り飛ばし、ナイフはしっかり奪っておく。

 事態が判らないままに無言で構えるニール。困惑する前に警戒するのはさすがに冒険者だ。

 宙を舞い壁に衝突、ずるりと床に落ちる執事。もっとも、暗殺者なら執事でもなんでもないが。


「……ふん、まあいい」


「負け惜しみも堂々とやればかっこいいな……」


 執事は憮然と立ち上がり、俺を睨む。


「凡俗な餓鬼だ。貴様は姫の相手として相応しくない」


 ひやりと汗が流れた。思い出すはナスチアの書斎、紅く燃える夕日の中でのリデアとの出来事。


「あ、いやその、どっちの姫?」


「アァ!?なんつったクソ餓鬼!?」


 いかん、凄い剣幕で怒り出した。

 つい先日、リデアが突然奇行に走った。それ以来、彼女は妙に俺に反応するのだ。

 具体的に言葉にすることはない。表面上は今まで通り、ただの友人だ。

 だが、ふと目が合えばウインクするし、一緒に歩いていれば指を絡めてくるし、俺が本を読んでいれば「何の本じゃ?」と澄ました顔で後ろから覗き込んで、豊かに成長した山々を押し付けてくる。

 相手は身分を返上したとはいえ姫。バレたらきっと、ハダカーノ王に殴られる。

 そんな心配があったからこそ、つい「どっちの姫か」なんて訊き返してしまったのだ。


「餓鬼、やはり貴様などに姫を任せてはおけん……!ここで死―――」


「―――何をしているの、伯爵?」


 冷ややかな声に、一同が振り返る。

 どこからが現れたソフィーが、偽執事を見据えていた。


「ソ、ソフィアー……ソフィー様」


「一介の自由天士に様を付けるものではありませんわ、リヒトフォーフェン伯爵」


ソフィーの顔見知りらしい。っていうか、ソフィーの本名を知ってやがる。


「お言葉ですが。こやつはリデ―――」


「わー!わー!わ―――っ!」


 慌てて大声で誤魔化す。


「なんなん!お前なんなん!?ソフィーさん、こいつ俺を毒ナイフで殺そうとしました!」


「貴様、告げ口など男らしくないぞ!」


 うるさい、誇りじゃ勝利は掴めないんだ。


「伯爵、『告げ口』ということは、彼の言は事実なのですか?」


 さすがに男を睨むソフィー。言ったれ言ったれ!


「姫、ご自覚なさって下さい」


 恭しく頭を下げる。


「お姫様は、いつまでもお姫様ではいられないのです」


「っ、……レーカ、行きましょう。お昼御飯で皆待っているわ」


「お、おう」


 なぜか、彼女は一瞬たじろいでいた。

 ソフィーは俺とニールの手を引き足早にその場から立ち去る。

 振り返れば、奴は最後まで頭を下げ続けていた。


「ところでレーカ、さっき言葉を遮ったのは何故?」


「気のせいだろ、ただ発声練習をしただけ」


「ニール、教えて頂戴」


「えっと。よく判らないけれど、どちらの姫……」


「わー!わー!わ―――っ!!」






 結局、ごたごたしたせいで少し遅刻してしまった。

 パンにスープ、王族という割に意外と普通な昼食。しかし昼ならこれくらいが丁度いい。


「うん、味も普通だな。家庭の味って意味で」


「いや、すごく美味しいと思うけど」


 ……とはニールの評価。そりゃ不味くはないが、そこまでか?


「あんた等は舌が肥えているのよ、マリアの飯を食ってるから」


「なるほど」


 確かにマリアの料理は美味しいが、王宮料理人クラスだったのか。さすが俺の嫁。

 ソフィーと目が合い、首をコテンと傾げる。


(それで、さっきの男は何なんだ?)


(私の協力者の一人。正しくはお母さんとのパイプだけれど)


(じゃあ先程の目的は?ナスチアの意思に反するだろ)


 ソフィーと俺を婚約者にしたのはナスチアなのだ、俺を殺す理由があるはずがない。


(彼の考えは、予想出来なくもないけれど……確証はない)


 考えの判らない味方ほど厄介なものもない。


(……情報は共有しておいた方がいいのは、確かね)


 ソフィーと手話モドキで相談した結果、皆にも先程の顛末を打ち明けてみることにした。


「リヒトフォーフェン伯爵か、無害な男、という評価をこちらではしているのだがな」


 ハダカーノ王は食後のお茶とプリンを神妙な瞳で睨みつつ、偽執事をそう評する。


「伯爵って、そんなに偉くない貴族なのか?」


「カラメルはたっぷりかけるべきか、それともプリンそのものの味を楽しむべきか……」


 プリンは一旦置いとけや、ハダカーノ王。


「普通に偉いわい。しかもリヒトフォーフェン伯爵は帝国軍の元帥じゃぞ」


「元帥!?ハダカーノ王、プリンにカラメル汁だくだくは邪道です!」


 目の前で行われる暴挙に苦言しつつ、リデアの言葉に驚く。

 元帥って、大将よりも上―――文字通り軍のトップじゃないか。

 それほどの地位なら、ソフィーの正体について知って当然だ。しかし……


「あれは、本当に味方か?」


 ナイフには明確な殺意を感じた。俺の実力を試すとか、そんな真っ当な理由じゃない。

 あの目は俺を敵として―――否、姫に寄る虫を見る悪い目だった。


「味方じゃろ?ソフィーに対してのみ、と但し書きが付くが」


「正確には正統な王家の血に忠実、そういう家系なのだ。王家が健在であった頃はそれで良かったのだがな」


 あくまでソフィーの血筋であって、リデアの血筋に関してはその限りではない、ということか。


「なんでそんなの飼っているんだよ。元帥に据えちゃダメだろ」


「いや、ただの軍人じゃし。別に国家転覆を狙う気があるわけではない、むしろ有能な男じゃ」


 忠誠を誓う相手の婚約者を殺そうとするのが、有能ねぇ。


「後で私からもう一度、言い聞かせておくわ。レーカに手を出すなって」


 ソフィーがたしなめることを請け負い、それで納得することにする。


「うむ、月面探索が終わった後にでも顔を合わせる機会を作るとしよう」


「いえ、大丈夫ですよ」


 ハダカーノの気遣いをソフィーはやんわりと拒否する。


「母の残したルートを使えば、彼とは直通連絡は取れるので」


 ソフィアージュ姫本来の権力の一端、ということか。

 帝国有数の権力者に直通指示が出来るのだ、しかもそれと同等のパイプが帝国共和国問わず世界中に張られているときた。

 まったく、途方もない影響力だ。統一国家だってそりゃ確保したいだろうさ。

 しかし、そのソフィーの指示で命令しておくのだから、これで安心していいのだろうか。

 ソフィーの指示を撤回出来るのはそれこそナスチヤだけ。彼女亡き今、ソフィアージュ姫の命令は絶対のはず。

 なのに、なんでこうも安心出来ないかねぇ。


「……ところで、リヒトフォーフェンってどこかで聞いたことはないか?」


「お主はなにを言っておるのだ?」


 リデア、ソフィー、果ては三人組までもが俺を残念なものを見る目を向ける。


「伯爵はマンフレートのお父さんよ」


 ソフィーが溜め息しつつも答える。


「誰?」


 マンフレート、そんな奴居たっけ?


「……キザ男」


「あ」


 本名忘れてた。








 ところで今更だが、月面探索部隊に同行するシルバースティールのメンバーは俺、ソフィー、リデア、そしてニールマイケルエドウィンの三人組である。

 俺は当然として、白鋼を動かすのでソフィーも必要。リデアは父と打ち合わせする為の里帰りだそうだ。

 そしてなぜ三人組かといえば、ぶっちゃけ人数合わせである。

 同行する以上は無機収縮帯の収穫を手伝わねばならないわけだが、俺達は忙しいことが予想される。

 だがしかし、キョウコなどの銀翼級メンバーをゼェーレストから連れ出すのは避けたかった。あまりに防衛戦力が乏しくなり過ぎる。

 そこで、雑用担当として雇った三人組の出番がいきなり出番なわけである。

 地上から月面までを貫く世界の柱、巨塔の麓に移動した白鋼とEシリーズ三機、そして20機の斬焉。


『すごいなぁ、あれってホントに人型機になるんだね』


『でけー!俺もあれ乗りたい!』


 人型機となった斬焉を見上げ、目を輝かせるエドウィンとマイケル。彼等も人型機の中なので、目の様子など伺えないわけだが。

 人型形態となった斬焉の風貌は半人型機の例に漏れず、かなり特殊だ。空力を考慮した飛行機の形状を基本にしているのだから、人型機時の外見は二の次なのだ。

 双発エンジンはそれぞれが両足となる。変形時に股関節から内股に回転し、垂直尾翼と水平尾翼が爪先に、ベントラル・フィンが踵となる。

 ベントラル・フィンとは飛行機の機体下にある、小さな補助翼だ。飛行機が思いっきり機首を上げた時、垂直尾翼に気流が当たらず制御が失われることがある。それを防ぐ為の小さな垂直尾翼が下にもあるのだ。

 垂直尾翼と水平尾翼が全動することで爪先の動きを再現し、ジェットエンジンにてそれを補佐する。複雑な制御を必要とする為、簡単なコンピューターによる補正が途中で噛んでいる。勿論俺が技術提供した。

 上半身は白鋼の技術が大きく流用され、両腕の格納法はまさにそのままだ。万歳のように腕を上げて折り畳むと、機体の機首、コックピットからノーズコーンまでに変形する。機首にレーダーは収まっていない。

 異彩を放つのははやりコックピット配置だろう。飛行機形態の上面が人型機形態における正面となるので、コックピットは内部で座席が180度回転するように出来ている。キャノピーの半球体面が後頭部となるわけだ。

 白鋼のコックピットは大人が入ることも困難な狭さに男女二人が押し込まれる関係上、座席が動く余裕など到底存在しない。斬焉は機体の大型化したことで、座席が稼働する上に居住性も大きく改善している。これも斬焉の大きな特徴といえよう。

 ちなみに頭部など最初から存在しない。天士は防弾ガラスのキャノピー越しに前方を肉眼で直視する。これは斬焉に限った特徴ではないが。

 さて、最後に武装だが。30ミリ機関砲に加え、斬焉は近接武器としてバルディッシュを持っている。半月型のポールウェポンの一種であり、三日月斧などとも。

 この機体全長にも匹敵する巨大な刃は、飛行機形態における主翼だ。

 フラップなどの稼働部が存在しない一枚板のミスリル製であり、普段はポール部分が機体の前後を貫いて十字に配置されている。これが機体強度を保つ役割を果たしているわけだ。

 近接武器としてこのバルディッシュは高い評価を得ており、既存の帝国軍人型機との模擬戦闘では負けなしだったとのこと。

 まあ、単純にサイズが二倍だ。そうそう負けるわけはないのだが。

 余談だが主翼が一枚形成となったことで低速時の揚力が足りず、それが理由でカナード翼を追加したという経緯がある。運動性を高める為だけではないのだ。


『それでは、開けますよ』


 そういって手を振ったのは、生身で巨塔の根本に立つハイエルフの司書さんだ。

 彼の前には巨大な観音開きの扉。巨塔への入り口であり、斬焉でも充分入れるほど大きい。

 巨塔を管理するハイエルフのお兄さんが大きな鍵を穴に差し込む。勿論数十センチほどの、あくまで人間からすれば大きな鍵、だ。

 自動ドアなのか、扉は左右にスライドしていく。


「観音開きじゃなかったか」


『外にしても中にしても、鍵を開けた者が弾き跳ばされるじゃろ』


 リデアにつっこまれた。わかっとるわい。

 彼女は地面で徒歩にて移動している。全員が全員、人型機に搭乗しているわけではない。それなりの人数が地上要員として用意されているのだ。


「人型機だけじゃ駄目だったのかしら?」


 ソフィーが呟く。


「うん、意外と無理。生身の人間は必要なもんだよ」


 それが面倒臭いが故にエアバイクを発明したのは、懐かしい思い出だ。

 月面が浮遊装置が起動しない領域でなければ、きっとこの探索任務にも導入されていた。


「巨大な兵器はどこまでいっても歩兵の代用にはならないんだ。建物に入れるほど小型のパワードスーツや無人兵器なら話は別だけどな」


 これらはアメリカの先行分野だ。もっとも、軍事においてアメリカが先行していない分野なんてないんだけどな!

 開いた扉。俺達は前進し、巨塔内部に入る。

 巨塔内部は白を基調とした広々とした空間だった。室内の中央には、直径数百メートルはあるであろう円が描かれている。

 円の中と外では段差もない、一見ただの模様だ。しかし事前説明ではこれがエレベーターらしい。

 全員が円に乗ったことを確認し、司書さんは何事かを呟いた。きっと制御用の呪文だろう。


「うおっ」


「きゃっ」


 僅かな振動も揺れもなく、エレベーターは上昇を開始する。足が細くバランスの悪い白鋼はちょっとよろめいてしまった。


「……上がっている、のよね?」


「外壁は下に流れているんだし、昇っているんだろ」


 定則で動く無振動のエレベーターは、Gも感じないので動いているのかちょっと心配になる。側面は壁どころか柵もない足場だけのエレベーターなので、周囲を見ればエレベーター内壁が動いているのは一目瞭然なのだが。


「……まだかな?」


「月面まで6000メートルだからな、数分はかかるだろう」


 微動だにしない騎士達はさすがに軍人だが、もう暇になり始めたニールとマイケルは円形足場の裏側を縁から覗き込んだりして遊んでいる。落ちたって空中で拾って救助するのが間に合うかは微妙だからヤメロ。


「さて、生身組は、っと?」


 暇過ぎてきょろきょろしていると、リデアが司書さんと話していた。


「内緒話が多い女だなぁああ!?」


 最後が叫び声となる。急に重力が失われ、機体が宙に浮いたのだ。

 機体達はふわふわと浮かび上がり、懸命に姿勢を保とうとする。

 地上側と月面側の境界、重力境界に突入したのだ。

 上から迫る円形の地面。天井が落ちてくるような錯覚を覚えつつ、白鋼を上下逆さまにして天井に着地する。


「月面側に突入したんだな、びっくりした」


 結果的には、無重力で機体を転倒させてしまったのはエドウィンだけだった。


『あたた、はは、恥ずかしいなぁ。僕だけか、ころんじゃったのは』


 起き上がるエドウィン機。


「仕方がないさ。半人型機戦闘機の白鋼や斬焉は、人型形態でも機体を空中制御出来るように作られている。地上専用のEシリーズで空中制御するのはかなり困難だ」


 ニールとマイケルは単純に操縦センスによって機体を安定させたのだが、彼等もエースレベル。遠距離支援を得意とするエドウィンとは毛色が違う。

 やがて、今度は重力が増加したような感覚を覚える。エレベーターが減速を始めたのだ。

 しばし後、エレベーターは停止し月面側へと到着した。






『そりゃー!私が一番乗りよ!』


『あ、待てー!俺も俺もー!』


 なぜかはしゃいでいるニールとマイケルが最初に扉を抜け、月面へと足を踏み入れる。


『人類初の月面歩行の名誉は、今私のものとなったわ』


『いや全然初じゃないから』


 エドウィンにつっこまれる彼等に続き、騎士達も月面へと降り立つ。

 俺とソフィーが搭乗する白鋼も塔から出てみると、そこには意外な光景が広がっていた。


「森?」


 緑の木々が生い茂る密林。


「昔来た時は、蔦がいっぱい蔓延った世界だったわよね?」


「俺もそう記憶している」


 月面。入ったのは4年と半年ぶりか。

 白鋼のテスト飛行をした際に、ロリコンドラゴンに追われ月面世界へと逃げ込んだのだ。その時俺達が見た月面は、青い蔦が縦横無尽に成長した妙な世界であった。


「懐かしいわ。あのワイバーン、元気かしら?」


「そこらの少女を襲ってなければいいが」


「もうっ、彼はそんな人じゃないわよっ」


「人じゃないけどな」


『おーい、移動するぞー』


 通信の声に目を向ければ、徒歩組を乗せた巨大担架をEシリーズ二機が運んでいた。


「リ……リスニングテストさん、どこ行くんだ?」


 板の上に座るリデアに問う。


『お主、偽名忘れたろ……この先に広場がある。そこにキャンプを作るのじゃ』


 ああ、そんな予定だったっけ。

 ホバリングしつつ、白鋼は一同を追った。






 ベースキャンプを準備する騎士達を眺め、ふと疑問が浮かぶ。


「月面に拠点を作ったりはしないのか?エレベーターを使えばすぐとはいえ、遠征の度に前線基地を用意するんじゃ無駄手間だろうに」


 基本お客さんの俺達に専門的な仕事は任されない。故に、白鋼を降りて駄弁っているのであった。


「月面に施設を作るのは条約違反じゃ」


 そう教えてくれるリデア。非公開な任務に条約もなにもあるのか。


「月面に国境線はないからの。というか広過ぎて全景が把握出来ておらん。だからといって旗を立てて自国の領土を勝手に主張するわけにはいかんのじゃ」


 皆で頑張って旗を立てる光景を写真に撮られでもしたら、国債キャンペーンの広告に使われちゃうもんな。


「さて、ここからお主等は自由行動していいぞ。なんなら勝手に帰ってもいい」


「そりゃあ、空を飛んで地上には戻れるけどさ」


 空を見上げると、まさに俺とソフィーが月面だと思い込んでいた青い蔦の網。


「まさか蔦の下に、地面があるとは思わなかったわ」


 俺達がかつて月面に迷い混んだ際、不時着した直径数センチから数十メートルまで様々な青い蔦の蔓延った世界。あれは、月面における表層と呼ばれる部分だったのだ。

 蔦を潜っていけば、やがて空に抜ける。その更に下には地上と似た大地、最下層が存在するのだ。

 最下層にも青い蔦は這っているのだが、空よりはずっと少ない。どうやら青い蔦は主に月面側の高度1000メートルから2000メートルほどの領域に群生しているそうだ。


「そういえば、さっき司書に聞いたのだがな。権力者層ではわしに対する不満が日増しに増えているようじゃ」


「ふぅん。歌と美貌で騙されるのは民衆のみ、知識層はそうかいかない、ってわけか」


「民衆の嗅覚も馬鹿には出来んがな。きっと彼等は本能的にわしが善良で清廉な心の持ち主だと感じ取っているのじゃ」


 言ってろ。


「革命家を名乗りつつ、あの手この手で行動しなかったからのう」


 リデアが革命家となった理由は、帝国内部を見かけ上で二分することでありもしない対立を演出し、人々の不満を逸らすことだった。

 つまりは「ハダカーノ王は統一国家に弱腰で納得出来ないけど、俺達の代弁としてリデア姫が愚王と戦ってくれているから我慢するか」と思わせるのだ。


「むしろ3年時間稼ぎ出来ただけでも上出来じゃ」


「だが統一国家やガイルなんて厄介な敵が多い中で、内部分裂なんてやっている暇はないだろ」


「うむ。だからこその家出じゃったが、もうこの手は通じん。次の手を打つぞ」


 次の手?


「帝国を革命する」


 ……そりゃまた、大仕事だな。








 ソフィーが拉致された。

 何を言っているのか解らないだろうが、犯行は一瞬だった。

 ふと顔を上げ、とてとてと岩に登ったソフィー。

 どうしたんだろうと首を傾げていると、急降下してくるドラゴン。

 ドラゴンはソフィーをくわえ、宙に放り投げ、背中に乗せると瞬く間に飛んで行った。


「…………。」


「…………。」


「…………。」


 あっという間の出来事に、ぽかーんと放心する一同。

 ドラゴンがちらりとこちらを振り返る。どこか見た覚えのある、変質者特有のイヤらしい目(偏見)。


「って、ロリゴンだー!?」


 白鋼に飛び乗り、急いでエンジンを起動する。

 解析魔法で各チェックを済ませ、即座に垂直離陸。職人達に怒鳴られかねない行為だが、ソフィーを追う為には致し方がない。


「くそっ、安定しない!」


 飛行機形態となった白鋼。主翼を限界まで後退させ矢のような形となる高速飛行形態に可変するものの、どうしても挙動が不安定になる。俺ではこのじゃじゃ馬は扱えない。

 しかし相手は最速の魔物、ソニックワイバーン。超音速飛行でなければ追い縋れる敵ではない。


「―――あれ、音速飛行していない?」


 意外にも、ワイバーンにすぐ追い付いた。時速200キロ程度しか出していないようだ。


「ああ、そうか。ソフィーは生身だからな、奴も音速は出せないんだ」


 巡航飛行形態、翼を斜め後ろに伸ばす空力的に安定した形態になる。この程度の速度であればむしろ高速飛行形態では失速しかねない。

 ロリゴンと平行飛行し、キャノピーを開けて怒鳴る。


「お姫様拐うとか古典的なことしてんじゃねーよ、このロリコンドラゴンが!」


「フガガッ」


 こいつ、鼻で笑いやがった。

 ロリゴンの翼が白鋼の翼端と接触する。バランスを崩す白鋼。


「にゃろ、イギリス軍みたいなことしやがって!」


 高度が低いが故に、僅かなミスが大事故に繋がる。素早く、かつ慎重に姿勢を戻してロリゴンを追う。


「どこに向かっているんだ……ソフィーは呑気に手なんて振ってるし!」


 30分は飛んでいただろうか。森の上を飛行していたはずの白鋼は、やがて妙に規則的な岩場の平地に出た。

 灰色の箱が並ぶ岩場。どこを見ても風化した様子であり、ところどころに高く聳える物体が存在する。

 それらは横一列に穴が開いており、しかしそこにあったであろうガラスはどれもが朽ち果てていた。


「…………なんだ、これ」


 そう、それは所謂ビルと呼ばれる物体。

 まさか、こんな近代的なビルティングはセルファークには存在しない。


「きっと自然の産物だ。いや、ダンジョンとか巨塔と同じ、超常の作り上げた建築物だ」


 地上には大量の月面人が転がっている。どれも寝そべって微動だにしないことから、きっと死んでいるのだろう。


「うお、おおおっ?」


 視界が急に覆われ、コックピットに影が射す。

 ロリゴンが白鋼の上方で背面飛行、つまりバックトゥバックを強行したのだ。

 キャノピーを開くと、落ちてきたソフィーをお姫様抱っこでキャッチ。


「どうしたんだ?」


「頼んだの、白鋼に移りたいって」


 頼んで頷くなら、なんで拉致したんだよ。

 するりとコックピットに潜り込むソフィー。


「ここ、なんだか怖いわ」


「コックピット?」


「月面」


 それは同意だ、ここはうすら寒い。


「遺跡、よね。古代文明の町なのかしら」


「悪い冗談だ」


 俺の硬い声色に、ソフィー戸惑った視線を向ける。


「気を悪くした?ごめんなさい」


「お前が謝ることじゃない」


 頭をぽんぽんと撫でる。


「彼、見せたいものがあるんだって」


 ワイバーンが大きく嘶く。

 彼の進路の先を見れば、何か細長い物が見えた。


「ソフィー、見えるか?」


「塔だわ。赤くて尖った塔と、白くて細い塔。白い塔は赤い塔の倍くらいの高さがある」


 やがて、俺の視力でもそれらが確認出来る距離となる。


「―――きゃあああっ!?」


 ソフィーの悲鳴は、俺が断りもなく操縦を奪ったが故。


「ちょっと、レーカッ!……レーカ?」


 珍しく怒気を浮かべるも、すぐに声は不思議そうなものに変化する。

 残念ながら俺にソフィーを気遣う余裕はなかった。人型機形態へと変形して急減速、ホバリングしつつ降下する。


「ばかな、ありえない。あの鉄塔が、ここにあるはずがない」


 ビル群の合間に降り、そこら中に転がっている箱を一つ持ち上げる。


「小型級飛宙船?」


 人が乗り込むという共通点を見いだし、ソフィーが自身の知識ともっとも近い物を連想する。


「いや、これは―――」


 裏返してみる。

 そこには、空気の抜けた4つのゴムタイヤがあった。


「―――自動車、だ」


 おそるおそる、来た進路を振り返る。

 空を覆う蔦によってほとんど見えないものの、その方向には円錐型の山がうっすらと窺えた。


「……さっきのは、樹海?」


 二本の塔を目指し飛行する。


「操縦代わる?」


「いい」


 多少の距離があるからかソフィーが飛行機で一息に飛ぶことを提案してきたが、俺は短く断った。

 心の準備の時間が欲しかったから―――否、この仮説が事実だと確定するのが恐ろしくて、あえて時間のかかる人型形態での飛行を選んだ。

 それでもこの速度ではすぐ到着してしまうだろう。白鋼のエンジン出力を恨みつつ、それぞれの塔を見上げた。

 白い塔は捻れのある円柱形、赤い塔は鉄骨を剥き出しに先端になるにつれ加速度的に鋭角になっていく四角すい。

 無意識に赤い塔に向かったのは、俺の中でこの土地といえば未だにこちらだというイメージがあるからだろう。


「……違う。馬鹿なことを考えるな、くだらないっ」


 『仮説』を振り払う為に頭を振る。


「レーカ、下!」


「え……うわっ!」


 いたるところに乱立している灰色の柱に張られたケーブルに、白鋼の足を引っ掛けてしまう。

 完全に注意散漫だった。

 機体が転倒し、勢いのまま部品を撒き散らしてがらがらと転がる。

 百メートルほど地面を滑り、白鋼はやっと停止する。

 うつ伏せで数秒動かなかったのは、中の俺達が一時的に気絶していたから。


「……レーカ!」


「ごめん」


 怒られてしまった。不注意で機体を壊したのだから、当然だ。

 両手を地面に着き、白鋼の上半身を持ち上げる。

 頭部のコックピットを上げ、目の前の壁を見て目を見開く。


「あ、ああっ、くそ!なんでだよ!」


 悲しくもないのに目尻に涙が浮かぶ。

 白鋼の前にあったのは、赤い塔の下にある建物。

 その外壁には、見たくなかった文字が大きく描かれていた。


「……ははは、そうだよな。そうだった」


「レーカ?」


「セルファークは円形の世界で、直径は3000キロメートル―――勘違いしていた」


 この世界の生活形式は基本的に西洋風。だからこそ、つい俺はセルファークをおおよそヨーロッパと同じ大きさだと認識していた。


「そうじゃない、直径3000キロメートルですっぽり収まる国があるじゃないか」


 白鋼から飛び降り、建物の文字を読む。


『TOKYO TOWER(東京タワー)』


 ここは―――セルファークは、異世界なんかじゃなかった。


「ここは……日本だ」



感想ありがとうございます。


〉紅蓮は植木鉢を確認しなかったのか

そんな入念な調査をする連中ではなかった、ということで。深く考えていません。


〉異世界転生ではなく異世界転移

そもそも異世界ですらありませんでした。

勿論リデアは地球=セルファークだと知っていました。キョウコも、セルフも。


〉完結が近いようですが

いえ、そんなに近くありません。まだまだです。

感覚的には3分の2、といったところでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ