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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
集まる仲間たち編
54/85

レジスタンスとメイドさん 1

『もっとも、貴方達に恨みはないわけですが』


 高さ一〇メートルの鋼の巨人。セルファークにおいての地上戦の主役、人型機(ストライカー)である。

 波打った刃の巨剣をゆらりと翳して、女性型のロボット蛇剣姫(じゃけんひめ)は魔物達の前に立ち塞がる。


『殲滅させて頂きます、仕事なので』


 視界を埋め尽くす襟巻きトカゲに似た、体長三メートルほどの魔物達。

 ダンスリザード。威嚇の際に体を揺らす様からそう名付けられたモンスターだ。

 中型サイズの魔物である彼らは個体ではさほど脅威ではない。しかしその数の暴力は多くの犠牲を生み出してきた、厄介な敵である。

 数こそが武器である以上、この場にいるダンスリザードも途方もない数だ。ざっと四桁に達するだろう。

 地面が見えないほどの群れに、蛇剣姫は一切臆さず跳躍した。

 ダンスリザードの平原、その一画にて血飛沫が舞い上がる。

 甲高い断末魔。交戦当初こそ自分達の有利を確信して襟を広げ威嚇していた彼らも、その絶対的な剣の暴虐に恐れおののき逃走を開始する。

 蛇剣姫の剣技は、効率良く命を刈り取る作業でしかない。瞬き一つの間に一〇を越えるトカゲが両断され地肉を撒き散らしていた。

 常軌を逸した達人にとって、敵の軍勢など一〇も一〇〇も変わらない。弱者が群がろうと蛇剣姫に傷が刻まれることは有り得ず、その装甲はただ敵の鮮血に染まっていった。

 しかしそれでも、数千体のダンスリザードは圧倒的な物量差であった。

 殿(しんがり)という名の時間稼ぎとなった後方集団。その間に二本足で走るダンスリザードの軍勢は逃走を図り大きく広がる。

 次第にばらけていく群れ。突如現れた災厄(蛇剣姫)に逃げ惑う彼らに、第二の脅威が現れる。

 白い閃光。地上ギリギリを高速飛行するそれは、群れの側面へと回り込み変形した。

 鋭角的なシルエットの半人型戦闘機(ソードストライカー)白鋼(しろがね)である。

 ブレードが左右に分離し、二刀流となって魔物を斬殺していく白き機体。蛇剣姫ほど洗練された剣術ではないが、暴風の如く血肉を撒き散らすそれはダンスリザードにとって死神と同意義であった。

 白鋼は拡散しようとする群れを左右に高速移動することで抑え込み、蛇剣姫は歴戦の天士が持つ威圧感を存分に発散して群れを目的地まで追いやっていく。

 やがて開けた土地へと至った時、白鋼と蛇剣姫は突如退却を開始した。


「いいぞ、キザ男! 焼き払え!」


『キザ男ではないっ、マンフレート・リヒ「早よしろ!」くっ、ターゲットインサイド! かかれぇ!』


 上空より急降下する赤い飛行機(ソードシップ)。キザ男の赤矢(レッドアロウ)である。

 高度二〇〇〇メートルより地面へと加速していく機体。降下角は六〇度にも達する。

 角度としては傾斜だが、感覚的には垂直に等しい。

 四〇〇メートルで投弾し、すぐさま操縦桿を引く。

 落下していく爆弾は赤矢の機体とほぼ変わらぬ大きさの円筒であった。

 これほど大きなペイロードを運搬するのは普通は困難だ。しかし赤矢は特殊であった。

 機体前後の三枚のブレード、大気清流装置を稼働させ主翼上下の気流速度に差を付けることで揚力を増幅しているのだ。

 強力な双発エンジンもまた、巨大な貨物の運搬を容易にしている。

 魔物の群れの中心に叩き込まれる爆弾。

 地面へと着弾直前に筒は分裂。お椀状に燃料を噴射し、一帯に気化させる。

 次の瞬間、爆炎が広がった。

 大仰な装置の割に炎は小さい。しかしその神髄は熱ではなく衝撃波にあった。

 半球となって膨張する衝撃波。肉眼で視認出来るほどのそれは、ダンスリザードの肉体を尽く破壊する。


『あががっ、機体が揺れるっ!』


「別に急降下する必要なかっただろ、無駄に機体を壊すな! っていうかキョウコ、逃げ遅れるぞ!」


 衝撃波は人型機コックピットをも貫く。半径五〇〇メートル内に逃げ場のない、そういう爆弾であった。


『問題ありません』


 飛行形態となり急速離脱する白鋼に対し、蛇剣姫は魔物から距離を取ると衝撃波と向き合った。

 剣を正眼に構え、縦に一閃。

 衝撃波を切り裂き、蛇剣姫は悠々と撤退を再開する。


「……やると思った」


『恐縮です』


『凄い威力だね、君の作った新型爆弾は』


 ダンスリザードはその一撃でほぼ全滅。

 原型を保ったまま死滅したその光景は、極めて異常と言えた。


「さすが燃料気化爆弾……対人戦じゃ使いたくないわこれ」


 平らで風の少ない場所で殲滅するためにこの地まで誘導したのだが、計算通りの威力に零夏(れいか)も顔をひきつらせた。


「生き残りがいないか探しましょう。依頼は殲滅です」


 少しでも残っていれば一気に増殖する。故に依頼主、近くの町からの要求は一匹残らず殺し尽くすことであった。


「あ、ああ。白鋼と蛇剣姫は巣に戻って探すから、赤矢は空から探してくれ」


「うむ、任せたまえ」








『かんぱーい!』


 ガチン、とジョッキがぶつかり合う。


「くーっ、仕事の後の一杯は最高だぜー!」


「君、この国では未成年の飲酒は禁止されているのだよ?」


 大口依頼の達成後は打ち上げを開催するのが天士の嗜みである。ソフィーと二人旅の頃は虚しいのでやらなかったが、今やパーティは四人。弱小航空事務所級の人員には達した。

 というわけで、今俺達は酒場へ繰り出して酒と料理を楽しんでいるのだ。


「そういうお前だってワイン飲んでるじゃないか」


「貴族にとってワインは水なのサ」


 ワインは誰が飲んだってワインだろ。とはいえキザ男の言が屁理屈というわけではない。

 日本は水資源に恵まれた国だとよく評されるが、国内で住んでいれば実感しにくい話だろう。

 蛇口を捻れば飲める水が出る。これって結構変態なことなのである。

 セルファークの飲料に適した水が少ない地方では、代わりに長期保存に優れるワインを飲料水として使用する。子供でも、だ。

 なのでキザ男の「ワインは水」発言は別段おかしなことではない。法律上も飲料水としての軽いアルコールは許可されている。


「っつーわけで、エールも水なのサ」


「いや水じゃないから。というか真似しないでくれたまえ」


 男友達っていいわホント、こういうダベるのは女の子相手じゃ出来ない。

 しかし、友達認定はちょっと気持ち悪いな。


「キザ男。お前を『男知り合い』と認定する!」


「いきなり酔っているな」


 酔ってないよー、楽勝だよー。

 男二人が初っぱなから騒いでいるのに対し、女二人は静かに食事を進める。

 ふと、キョウコはソフィーに問い掛けた。


「ソフィー、元気がないように見えますが」


『なぬっ!?』


 俺とキザ男が同時に反応した。


「調子が悪いのかソフィー?」


 額に手を当てようとして、ひょいと横に避けられた。


「平気よ、ちょっと考え事をしていただけだから」


「魔物の血で気分が悪くなりましたか?」


「いえ、大丈夫」


 旅立った当初は魔物を殺す度に顔を青くしていたが、最近では随分耐性がついた。

 とはいえ今日の戦果は数千体。外傷がない燃料気化爆弾による殺害だったのがかえってショッキングだったかもしれない。

 俺はショックだった。貧乏人の核兵器、って意味が解った気がする。


「本当に平気なの。ただ……」


「ただ?」


「あの日から、そろそろ一年だな、って」


 重い沈黙が降りた。


「ご、ごめんなさい。今話すことじゃなかったわ」


 慌てふためくソフィーの頭をぽんとキョウコが押さえる。


「ふぇっ」


「一年ですか。なんだか長いようで短い期間でしたね」


 ナイス空気読みだ、俺も便乗しよう。


「そりゃ四〇〇歳からすればな」


「レーカさん!」


 むーっ、と膨れるキョウコ。なんとかしんみりしそうな流れを回避出来た。

 だが確かに、あれから……共和国の陥落から一年経ったんだな。

 多くの死傷者を出した大規模テロ行為。どれだけの人間の明日が狂ったか、考えただけで腸が煮えくり返る思いだ。


「マリアは元気かな」


「誰だいそれは?」


 テーブルの上に身を乗り出すキザ男。女の名前に反応するな軟派野郎。


「俺のメイドだ」


「……私のメイドよ」


「ばれた」


 さり気なく言えばスルーされるかと思ったのに。


「マリアは単に見習いメイドなのではないのですか?」


 面識のあるキョウコは俺達の言葉に首を傾げる。

 期間は一番短いものの、仕事の物覚えの悪さからマリアとそれなりの時間を共有してきた。故にマリアとキョウコが意外と気が置けない仲だった。


「ナスチヤにはキャサリンさんがいたように、将来的にはソフィーの世話係をマリアが勤めるはずだったはず」


「なるほど、そうでしたか。ただ私は物覚えは悪くありません。貴方がなんでもすぐに習得するタイプなだけです」


「それよりなんだ、美人かねそのマリぐぎゃあ!?」


 どうした、急に飛び跳ねて。


「どうしたではない、足を踏みおって!」


「踏んでねーよ」


 ソフィーがそっと視線を逸らした。お前か。

 マリアに色目を使われて、イラッときたのだろう。

 キョウコもそっと視線を逸らした。お前もか。

 「それより」扱いされたのが不服だったのだろう。


「マリアはしっかり者だし心配ないさ。それより、明日の予定はどうする?」


「次の行き先ですね? この辺の町は一通り回ってしまいましたが、どこか別の地方に飛びますか?」


 キョウコが料理を避けて世界地図を広げる。


「『奴ら』は今、この辺に集まっているわ。だから反対のこの辺がいいんじゃないかしら」


「ふむ、教国と帝国の国境付近か。あの辺は白ワインの名産地だな」


 酒ばっかだなキザ男。


「もし、よろしいですか?」


 背後からかけられた声に振り返れば、ローブで顔を隠した少女がいた。


「どうやらめでたい席のご様子。一曲如何です?」


 手に持ったクラシックギターを示す少女。小柄な彼女には不釣り合いに大きいが、扱い慣れているのか不安定さはない。

 咄嗟に解析、ギター内部に怪しい物がないことを確認。


「おや可愛らしい吟遊詩人だ! うむ一曲頼もうか」


 キザ男は顔を下げてローブの中を覗き込もうとするが、少女はさっと手を翳して隠してしまった。

 だが目元が見えなくとも、その整った顔立ちと麗しい波打った金髪から容易に美少女と見て取れる。俺だって顔見たい。

 解析魔法を使えばいい? あれは物質の配列を認識するだけで光学的イメージを読み取るわけではないので、覗き行為には不向きなのだ。


「では失礼して」


 近くの椅子に腰掛け、静かで、どこか躍動的な曲が始まる。

 それは旅の歌であった。






 女は旅の商人と出会う。

 孤独に耐える夜も、貴方の手に引かれた時に終わりを告げた。

 初めて聞く異郷の歌も、君と聞けばどこか懐かしい。

 探し求めた答えがあるなら、風と共に探しに行こう。

 露に濡れた朝日。

 赤く燃える夕日。

 爛々と照らす月。

 旅の様々な景色を、貴方と見ていたい。






「ブラボーッ! 素晴らしい、なんて綺麗な歌声だ!」


 大騒ぎするキザ男だが、概ね俺も同じ意見だった。

 先程までの喧噪を忘れ聞き入っていたのは俺達だけではなく、酒場の全員だ。

 誰しもが食事の手を止め、ウェイターすら仕事を忘れて彼女の語り引きに聞き入った。

 そして、曲が終わるやいなや大喝采。口々に彼女を褒め称え、少女の目の前には硬貨が積み上がった。


「凄いな、天才って奴なのか」


 年若いであろう彼女がこの域に達するには、天賦の才が不可欠だろう。きっとソフィーが空に愛されているように、この少女は歌に愛されているのだ。


「もう一曲頼めますか?」


 キョウコの提案に、少女は肯定する。


「はい、喜んで。ただ―――」


 ただ?


「貴方達の宿部屋にて歌わせて頂けませんか?」








 ところで俺達は端から見ればどのように思われているだろうか。

 美少年と美少女と美女。

 +α。

 何にせよ、天士パーティには見えないはずだ。

 それは酒場でも同じであり、きっと周囲は一般人の客と認識したはず。


「なのに君は、俺達が宿住まいだと断言した。どういうことなんですかねぇ~?」


 部屋に招きもう一曲聴いた後、俺は少女に指摘した。


「そういえば……!」


「確かに……!」


「どういうことだ……!」


 今更警戒する三人。おせぇよ。


「おやおや、判っているのに歌わせるとはひどいお客様です」


「歌声で気付くべきだったな。何しに来たんだホント」


 少女がフードを取る。


「久しいな、諸君」


『リデア姫!?』


 中から現れたのは、現帝国王の姫君リデア・ハーティリー・マリンドルフの端正な美貌であった。


「ひひひ、姫様っ!? なぜこのようなところに!?」


 慌てて片膝を付くキザ男。ワンテンポ遅れ(というか正規の速度で)ソフィーも膝を付く。

 俺はリデアはむしろ友達と認識しているので、変わらずベッドの上で足をブラブラ。キョウコは素早くカーテンを閉めて着席した。


「ああ、よいよい。楽にするのじゃ。ベッドに横になるな話を聞かんかアホめ」


 楽にしろって言ったじゃん。


「久しいなソフィー。変わりないか?」


「はい、恐縮です。姫様もお元気そうで何よりですわ」


 ソフィーお嬢様モードである。


「うむ。して今日お忍びで来た理由じゃが、依頼したいことがあるのじゃ」


「手紙とかで届けてくれればいいのに」


 本人が来るなんて不用心だ。


「いいではないか。本人確認が面倒だし、どっちみち合流するのだから」


 意図を訝しむ俺達に、リデアは自身満々に口の端を吊り上げて依頼内容を発表した。


「これから、わしを連れて共和国に忍び込むのだからな!」


「お前馬鹿じゃね?」








 地面効果にて地上を滑走する巨大航空機。

 地球ではエクラノプランとも呼ばれるそれは、翼にて自重を軽減し半飛行する奇妙な船である。

 セルファークの主要都市を結ぶ巨大高速船。値段はそれなりに割高とはいえ、地上船の登場でこの世界はは随分と縮まったらしい。


「地上を走る車両の積載限界には設地圧が大きく関わる。『全重量÷地面と接している面積』で求められるその数値は、つまりは『一定の面積にどれだけの重量が掛かっているか』の目安であり、これが高過ぎると地面を掘るばかりで前に進めなくなるんだ。


 自動車のタイヤが泥や雪に埋もれて、脱出出来なくなったことはないか? つまりあんな状況だ。それを回避するには無限軌道(キャタピラ)にように重量を分散させるか、車両の重量を軽くするしかない。

 地上船の場合は後者であり、地上を走る船にも関わらず主翼を持つことで自重を軽減して……」


「ええい、うるさい! 延々とつまらん話を聞かせるな!」


 怒られた。


「君が『なにか面白い話をしろ』って言ったんだろ」


「地上船の原理のどこが面白い話だ!?」


「地面効果翼機と聞いてウキウキしないなんて、タマキン付いてるのか?」


「付いとらんから! っていうか女の子じゃから!」


 なんだかお姫様に下ネタ振るってゾクゾクする。


「静かにした方がいい。機関部が近いから音漏れは気にしなくてもいいけど、一応隠密行動中なんだし」


「わかっておる!」


 怒りを体現するかのようにそっぽを向いてしまったリデア。

 ここは地上船の貨物室、そのコンテナの一つである。

 リデア姫の依頼は彼女を伴って共和国首都・ドリットにて人探しをすることであった。

 いわゆる密入国である。しかもただいま密航中である。

 共和国への入国手段として、俺達は地上船に積み込むコンテナに忍び込むことにした。窓がないのが難点だがそれなりに広いし快適だ。


「お主が護衛で、本当に大丈夫か不安になってきたぞ」


「指名してきたのはそっちだろ。お抱えの騎士にでも頼めば良かったんじゃないか?」


「今のドリットに乗り込むなど許可されるものか」


 違いない。


「女の子を守ってコソコソ動くのは慣れているよ、キョウコがいないから四六時中一緒にいることになるが」


 トイレにも着いていく所存である。


「頼りにさせてもらうぞ。本当に、頼むぞ」


 じっと見つめられた。

 その瞳に不安が滲んでいるのは見間違いではあるまい。怖くて当然だ、一つ年上ってだけの女の子が敵地に乗り込むのだから。


「お任せ下さい、姫君」


 彼女の手を取り、その甲に口付けをする。


「この命に代えても、貴女をお守りします」


「似合わんぞ」


「知っているが、本心だ。目の前で知っている人間に死なれるのはキツい」


 否が応でも思い出すのだ、一年前、あの広場での光景を。

 家族が肉塊に変わる瞬間。俺はこれから、それと向き合わなければならない。


「わしも死ぬわけにはいかないが、お主だって替えの効かない人材なのだぞ。それを忘れるな」


「それは、俺がエターナルクリスタルだからか?」


「イレギュラーだからじゃ」


 セルフやリデアが時折口にする、「イレギュラー」って単語。

 なにか意味があるのだろうか。異世界から来た、という以上の理由が。


「しかし、お主はパーティで一番白兵戦が強いと聞いたが……ソフィーらの安全は確保されておるのか?」


「ん、ああそれは問題ない」


 今更だがこの場には俺とリデアの二人だけだ。機体を持ち込めない今回の騒動では、彼らの力は発揮しにくい。安全なアジトで待ってもらった方が気楽である。


「そういえば……なあ、依頼内容は人探しだろ? ついでにもう一人探していいか?」


「なに? リスクを増やす真似は許可出来んぞ」


「ソフィーから、幼なじみのメイド宛に手紙を預かっているんだ」


 自分は行けないなら、せめて手紙で無事を伝えたい。そうソフィーが申し出てきたのだ。


「ソフィーの幼なじみ? ……ああ、そういうことか。だが彼女と親しかった人間には紅蓮の監視が常に張られているはずじゃ。許可出来ると思うか?」


「直接会いに行くわけじゃない。手紙を渡すくらいならやりようもあるさ」


 数百メートルの距離から矢文で射てばいい。怒られそうだけど。


「……良かろう。どの道同じことじゃ、ただしこちらの探し人を先に見つけるのが条件じゃぞ」


「ありがと、雇い主様」








 乗客はどこか固い面持ちで船のタラップから降りてゆく。

 久々の大都会。空は鬱陶しいほどに晴れ晴れと青く、町並みも記憶のままの美しさを保っている。

 だというのに、一年ぶりのドリットはどこか肌に纏わりつくような重い空気に包まれていた。


「表向き、変わったところはないな」


 手を繋いで何気ない顔で下船する。


「そうでもないようじゃぞ。あれを見ろ」


 駅のホームに兵士が目を光らせていた。


「どうも~」


「余計なことを言わずに黙って歩かんか……」


 兵士は駅を出て行く俺達に視線を向けるも、呼び止めることはしない。

 俺達は今、魔法で顔を変えている。手を繋いでいるのも魔法を維持する為だそうだ。


「他者に魔法をかけるのは面倒なのじゃよ。接触してたら幾分楽じゃ」


「そういえばナスチヤもソフィーの髪の色を変えていたが顔までは偽装していなかったな」


「いや、それは単に顔がばれていないから、というだけだと思うぞ? わしとあの方を同一視されても困る」


 リデアからしてもナスチヤの魔法使いとしての腕は段違いなのか。


「しかし……ずっと手を繋いで歩くのか?」


「ん? なんじゃ、照れておるのか?」


 にまにまと上目遣いで問われ、ついついチョップで誤魔化す。


「言ってろ。とにかく宿を探すぞ、拠点を確保してから人探しだ」






 狭いながらも意外と清潔な小部屋。いい宿に当たったな。


「なんじゃここ、クローゼットだってもうちょっと広いぞ」


「出たよお姫様……」


 彼女と再会した宿部屋は大部屋だったから、もっと広かった。

 この部屋は三~四畳ほど、ベッドが大半を占めている。確かに狭い。


「首都の安宿だしな。掃除は行き届いているし値段も良心的だ、貧乏人には丁度いい」


「ほぼダブルベッドではないか……はっ!?」


 愕然とした面持ちで自分の腕を抱くリデア。


「み、見損なったぞケダモノめ!」


「俺もオヒメサマってヤツに幻滅しそうです、はい」


 俗っぽい姫君だ。


「ほれ、座れ」


 ポンポンとベッドを叩く。椅子などないので、話し合うとすればここに腰掛けるしかない。

 おずおずと腰を下ろすリデア。


「同衾だな。既成事実成立だ」


「ファイアーボルトッ!」


 燃やされた。






「さて、例の探し人だが」


「それより簀巻きを解いて下さい真夏にこれは死んでしまいます」


 布団海苔巻きにされた俺。暑い。


「黙れ変態め」


 どしん、と簀巻きの上に座られる。


「女王様だ!」


「いや姫じゃから」


「かかとでグリグリして下さい!」


「えっ……」


 本気で憐れむような視線を向けられた。ゾクゾクしちゃう。


「それで! 例の! 探し人だが!」


 強引にでも本題に戻るらしい。


「レジスタンスのリーダーを見つけ出して欲しいのじゃあ!」


「叫ぶな、って抵抗活動組織(レジスタンス)?」


 レジスタンスとは、他国に占領された国家にて抵抗活動を行う民間団体である。

 第二次世界大戦当時ドイツに占領されたヨーロッパ諸国は、降伏後も民間レベルでは抵抗をし続けた。

 ナチス軍の目を逃れ、水面下で行われた歴史の表舞台にはほとんど登場しない戦争。

 正規軍でないことを利用しての破壊活動、情報収集、そして常に分の悪い戦闘行為。

 だがそれでも、彼らの戦いには意味があった。

 本来はこれら当時の反ナチス活動のみを指す言葉であったが、時代を経て意味が転じレジスタンスは他国の弾圧に抵抗する現地組織の総称となる。

 レジスタンスの行為は場合によっては国際的に正当性すら認められ、他国の支援を受けることすらあった。

 つまり、レジスタンスが敵兵を殺しても殺人罪に問われない。ゲリラにして準軍隊ともいえる、微妙な立場の存在なのだ。


「まさにそれじゃ。帝国は共和国内部のレジスタンスを支持し、支援しようと思う」


「それでお姫様が直接出向くのか?」


 使者を出せばいい話だろうに。


「父上には内密なのでな」


 ちょ、おい。


「今、信じられない言葉を聞いたぞ」


「正しくは全面的に任されておる、じゃな」


「ああそういうことか、後で報告するんだな」


「するわけなかろう。全面的に任されているのだから」


 それを人は独断と呼ぶ。


「よく考えたら、そんなのリデア自ら赴く理由になってねーじゃねーか」


「怒られるじゃろ、わしが自ら共和国に乗り込んだと知られれば」


「だから使者を使えばいいと何度も……自分で来なければならない理由だあるんだな?」


「乙女のヒミツじゃ」








 月のない、暗い夜空の城下町。

 未だ紅蓮や統一国家の闇を見ていないながらも、この町の夜は奇妙に黒色が深い。

 人どころか猫一匹いない町並みを、俺は簀巻きのまま窓からロープで吊されて眺めていた。


「なにやってんだろ、俺」


 てるてる坊主である。きっと明日はいい天気。


「そんなに同衾は嫌か。不潔か。変態か」


 ちょーっとからかっただけなのに。軽口には付き合ってくれるのだが、こういうのは駄目らしい。

 そういえば、昔もこんなことがあった。

 もう二年近くも前だ。初めての冒険にツヴェーに旅をした時、こうして簀巻きにされた。

 頭に血が上って大変だった(物理的に)記憶があるが、それでも俺はあの頃は守ってもらう立場であり、子供として振る舞えた。

 楽しかった。もう戻らない記憶の中は、いつだって黄金に輝いている。


「ふふっ。まあ、たまにはこういうのも悪くはない。フフッ」


 なんとなしに楽しくなって、身を捩って左右に揺れる。


「ママー、上から気持ち悪い笑い声が聞こえるよー?」


「しっ! 見ちゃいけません!」


 ……さっきまで猫一歩いなかったのに、なぜ親子が出歩いているんだよ。


「殺人事件か?」


「いや、性癖らしい」


「これはまた、変態だな」


「本人にとっての幸せなのだろうさ」


「やるじゃねぇか、ナイス変態」


 ぞろぞろと人が集まりだした。死にたい。


「変態だな」


「こいつは変態だ」


「ああ、間違いない。変態だ」


「変態と見て間違いない」


「変態頂きました」


 どいつもこいつも変態呼ばわりしやがって……隠密行動なのに目立っているとはどういうことだコラ。

 闇夜のせいで互いに顔は見えていないのだが、なんとかして誤魔化さないと。

 そう考えていると、宿の中からリデアの声が耳に届いた。


「のじゃー!」


「悲鳴!? ……悲鳴?」


 のじゃのじゃと喚いている以上ただ事ではない。布団を魔法で解き室内に飛び込む。


「レ、レーカッ! 助けてくれ、変態じゃ!」


 仮面を付けた男がリデアに迫っていた。


「貴様、何者だ!」


「むっ! 私は―――」


「黙れ変態!」


 彼女が助けを求めてきた以上、曲者には違いない。 

 ベッドの上で腰を抜かして後ずさりし、壁まで追い詰められたリデア。

 それに迫る大柄な男(仮面)。

 どう見ても変態である。

 魔法を放てばリデアまで傷付ける恐れがある。男に飛べ蹴りを放ち、距離を確保する。


「ぐはっ!? くっ、撤退である!」


 男は躊躇いなく窓から飛び降りる。

 素人ではないが格闘の専門家でもなさそうだ。脱出する動作には隙があり追撃も可能だった。

 今回は護衛対象がいるので自重する。ちょっとギリギリだったが、役目は果たせたようだ。


「変態だ! さっきまで窓から吊されていた変態が飛び降りたぞ!」


 窓から身を乗り出して周囲の住人に対して情報操作しておく。変態の汚名は仮面男に背負ってもらおう。


「変態仮面がそっちに行ったぞ!」


「変態がうつる! こっちくんな!」


「わ、私は変態では、くそっ覚えているのだぞ!」


 最後に捨て台詞を残し、仮面の男が夜の闇へと消えていった。

 宿の部屋は三階である。この高さから飛び降りるとは、なかなか度胸のある奴だ。


「大丈夫か?」


「あ、ああ。問題ないのじゃ」


「紅蓮って感じでもなかったが、明日は宿を変えるべきだな」


 胸に手を当て深呼吸するリデア。俺が吊されている間に着替えたらしい、可愛い寝間着である。


「まさか初日から場所を特定されるとは思わなんだ、ああ吃驚した」


「すまん、俺も少し油断してた。次は怖い思いはさせない」


 ベッドの上に胡座で腰を下ろす。


「ちゃんと見張っておくから、もう寝とけ。明日はきっと忙しいぞ」


「う……む」


 横になるリデア。部屋そのものが狭いので、彼女もすぐ側だ。

 互いに手が届く距離だなと考えていると、彼女もそう思ったのか俺の手を掴んできた。


「ん?」


「結界魔法を張る。見張りまではしなくていいぞ」


 少し長めの詠唱の後、魔力が広がるのを感じた。


「名高き魔導姫の結界なら安心だな。で、なんで手を掴んでいるんだ?」


「……ここは、敵陣のど真ん中なのじゃ」


 頷いて相槌をうつ。


「平気じゃと思っておったが、いざ襲撃されると怖かった。魔導姫が聞いて呆れるな、わしには覚悟が足りん」


「お前考え過ぎて同じ場所をグルグル回るタイプだろ?」


「な、なんじゃ失敬な。……だが言い得て妙かもしれん。だからこそ、イレギュラーは希望じゃったしな」


「そのイレギュラーっての、ルビふるとしたら?」


イレギュラー(乱入者)、かの。グルグル回って悩んでいるところに、無神経で乱入されてなんかどーでもよくなってしまう感じじゃ」


 誉めてんのかそれ。


「お主だけが今宵の頼りじゃ。……頼って、いいか?」


「美少女に頼られるとは冥利に尽きるな。頼れ頼れ」


「これは同衾ではないからな」


「寝ろっての」


 あやすように頭を撫でると、リデアは唇を尖らせる。


「子供扱いしおって」


 しばらくぶつぶつ言っていた彼女だが、やがて寝息が聞こえてきた。


「子供じゃねぇか。……いい夢を、お姫様」








 復興した共和国首都、だがここだけは空気が違った。

 一晩明けて宿を後にした俺達は、最初にここに立ち寄ることにした。

 どうしても見ておきたかったのだ。ある意味、全てが始まった場所を。


「ここで、彼女が亡くなった……殺されたのじゃな」


「ああ、そうだ」


 今でも鮮明に覚えている。異世界に戸惑う俺を優しく迎え入れてくれた憧れの女性が、目の前で物言わぬ物体となった瞬間を。

 中央広場。ナスチヤの公開処刑が行われた、あの日を象徴する場所。

 変身魔法の維持の為、リデアと繋いだままの片手がクイと引かれた。

 隣を見ればお祈りをするリデア。

 追悼をする人物は他にも多数。

 今日は事件から丁度一年。今日という日を紅蓮の支配下のまま迎えたことに、誰もが陰鬱な思いを抱いているのは間違いない。

 俺も片合掌を行う。死者への祈り方なんて手を合わせるか線香くらいしか知らない。


「……さて、朝飯にするか」


「あっさりしておるの」


「いや、だって」


 首を傾げるリデア。しかしそれ以上の言葉は出てこなかった。


「……そこの屋台でいいか?」


「う、うむ」


 片手を繋いだままお金を扱うのは難しかった。


「リデア、ちょっと財布持ってて」


「こ、こうか?」


「小銭を出すから、あれ小さいのしかないな」


「ととと、あまり傾けるな」


「もうちょっと右、いや俺から見て」


「なんで君達、二人三脚で財布から金を出しているんだい……?」


 怪訝な顔をする屋台の店主にもたついたことを詫び、ドネルケバブに近い料理を片手にベンチを探す。

 ドネルケバブ。肉をスライスして重ね、バームクーヘンと同じ要領でくるくる回して火を通す。それを少しずつ削ぎ落として野菜と共にパンなどに挟む、日本ではあまり馴染みがないが地球世界的には割とポピュラーな軽食である。


「飲み物を買わんのか?」


「片手はもうドネルケバブで埋まってるし、後にするしか……おぉう」


 ドネルケバブがふわりと浮いた。魔法スゲェ。というかリデアが制御力がスゲェ。

 コーヒーを二つ購入し、手近なベンチに腰掛ける。


「こういう外での食事は初めてじゃ。雑な味じゃのう」


 文句を言いつつも、笑顔なので気分は良いようだ。


「おお、このコーヒーはまるで泥水じゃな。苦い苦い」


「作り置きだしな」


 俺もゼェーレストの生活で舌が肥えているはずだが、粗雑な味に慣れてしまった感がある。


「お隣、いいですか?」


「あ、はいどうぞ」


 ベンチはかなり埋まっている。座ろうと思えば相席は避けられない。

 俺の隣に座った女性。彼女もまた朝食なのか、手作りらしきサンドイッチを食べ始める。

 あまりじろじろ観察するのも失礼なのだが、なんだか気になって彼女を盗み見てしまう。

 マリアだった。


「ぶふぅ!?」


「のわぁ!」


「きゃっ!」


 コーヒーを吹いた。


「なんなのじゃ急に! 汚いのう!」


「す、すまない。咽せた」


 ハンカチが隣から差し出される。


「どうぞ、お使い下さい」


 くすくす笑いを堪えて刺繍の入ったハンカチを持つマリア。

 その笑いが「気にしていません」というアピールの演技だってことくらい、俺達の間柄なら解る。


「マ……」


 ―――そうか、変身魔法を使っているんだった。

 マリアは俺が零夏だと気付いていない。


「……豆が深煎りだったみたいです。ほら、子供だし苦いのは苦手で」


「は、はあ、そうなのですか?」


 困り顔になってしまった。いきなり豆の話をされれば当然だが。

 ハンカチを手の平を示し遠慮し、食事に戻る。

 気付かれないように、しかししっかりとマリアを観察する。

 以前と変わらずポニーテールだ。朝日に明るい茶髪が輝く。

 良かった、ひょこひょこと揺れる彼女の髪はお気に入りなのだ。マリアといえばポニー、ポニーといえばマリアと言っても過言ではない。

 幼さの残っていた面持ちは、今や大人の美貌へと昇華されている。

 身長も伸び、既に一七〇はあるだろうか。俺はまだ十二歳なので追い抜く可能性も高いが。

 見れば見るほど同一人物なのに、雰囲気の変わりように驚いてしまう。

 そこにいたのは、俺の知らない大人の女性であった。


(また、えらい美人になったなぁ)


 現在は一五才か。変化が大きな年頃とはいえ、この進化は予想外だった。

 容姿もそうだが、スタイルもまた変化している。元より発育のいい子だったが、今や誰もが羨む黄金比であろう。

 美しい、という言葉を形にしたような存在が目の前にはいた。


「あの……?」


 戸惑った瞳を俺に向けるマリア。いかん、ガン見していた。


「えっと、すいません。あまりの美しさに見とれてました」


 家族に何言ってんだ俺は。


「あら、いけませんよ? 女の子をエスコートしているのでしょう?」


 リデアが頬を膨らませていた。彼女とそういう関係だと思われたのか?

 そりゃあ、手をがっちり握りあっていたら勘違いするのも無理はないか。


「ところでなぜこんな場所で朝食を? それ、手作りですよね?」


 俺がマリアの手料理を見間違えるはずがない。キャサリンさんとマリアの料理を見分けるのは困難そうだけど。

 ガイルの実家に住んでいるものだと考えていたのだが、だとすれば外で朝食を済ませる理由が判らない。


「夜勤だったので。私は航空ギルドの職員なのです」


 マリアがギルド職員? どうしてまた?

 疑問ではあるが、そこまで探れば流石に怪しまれる。真っ当な仕事をしているなら文句はない。


「それに、今日はここに寄りたかったんです」


 そう言って、彼女は空を見上げた。

 丁度、あの人を殺した処刑台のあった辺りを。


「貴女も、祈りにきたんですね」


「貴方も、ですか?」


「……はい。大切な人を、一年前に失いました」


 なんて白々しい。二つの意味で、だ。

 彼女を騙していることと、そして……


「祈ったって、あの人と話せるわけでもないのに」


 リデアに言い渋った、死者への祈りと真摯に向き合えない理由。

 つい吐露してしまうのは、相手が姉のような少女だったからか。

 初対面の女性では、ある程度交友があろうとこんな弱音を吐くことなんて有り得ない。


「こんなことをしたって、死者は死者だ。祈りなど生者の自己満足だ」


 リアリストな自分が、祈りなど無駄だ、と耳元で囁くのだ。


「……自己満足、というより―――自分の番に備えているんじゃないかしら」


 マリアは少し目を見開き、しばし黙考した後に言葉遣いを崩した。


「自分の番?」


「死者に祈るような人であれば、その人が亡くなっても誰かが祈ってくれるでしょ? たまには誰かに思い出してほしい、そんな願いがお祈りなのかもしれないわ」


 祈りは死者を思い出す為のもの、か。


「なんだか、そんな気もしてきた」


「ちゃんとその人を思い出してあげてね、もう記憶の中にしかいないんだから」


 家族なのに他人として会話する、不思議な距離感。

 どこかふわふわした気分に浸っていると、リデアに脇腹を抜き手された。


「ぐへっ!?」


「のう、少し訊いていいかの?」


 リデアは俺越しにマリアに質問をする。


「この国では、紅蓮の者達に対抗して活動する者はおるじゃろう? その者達は戦ったりはするのか?」


 直球勝負な探りだなおい。


「レジスタンス? 直接戦ったなんて話は聞いたことがないけれど」


「一切?」


「そうね、基本的にはコソコソと動いているみたい」


 なんだかマリア、変に詳しくないか?


「今度は私が質問していいかしら?」


「なんじゃ?」


「二人はどんな関係なの?」


 繋いだ手を凝視するマリア。


「切っても切れない関係じゃ」


 魔法効果的に?


「ふーん」


 マリアはランチセットを仕舞い、その場から立つ。


「もう行くわ。またご縁があれば一緒に朝食をしましょう」


「―――ん。また、な」


 途中から態度が変わったあたり、なにか感付かれていた気がする。








 レジスタンスのリーダー探しを開始したはいいが、隠れて活動しているからこそのレジスタンスであり。

 彼らの活動はマリアの情報から軍事行動の妨害や諜報活動、施設等の破壊活動に限定されると推測される。

 民間人と軍との戦闘行為は行われていない。まあ、設立から長くて一年では未だ雌伏の時なのが当然だ。

 そもそもレジスタンスが戦おうと思えば脆弱であろうと武器や兵器が必要だ。武器を揃えるには資金が必須であり、それこそリデアの今回の旅の目的なのだから戦闘が現時点で起こらないのは当然。

 リデアはレジスタンスの支援をどのような形で行うつもりなのか。安価で扱いやすく優れた兵器を大量に容易しなければならないのだが、それが可能なら苦労しない。

 閑話休題。

 リデアとレジスタンスをどう探すか話し合った結果、この作戦を採用した。


「俺はレジスタンスだぞー! 悪い紅蓮の兵士を倒すのだー!」


「キャー、カッコイー」


 呆れ顔のリデアを引き連れて、路地裏にてレジスタンスごっこである。

 狭い裏道にはそれなりに人目があるが、皆俺達を避けて歩く。

 面道事に巻き込まれたくないのだろう、当然の判断だと思う。


「むむっ! あそこからテロリストの邪悪な気配が! 行くぞ部下二号」


「一号は誰じゃ」


 遊んでいる子供のフリなわけだが、時折「そういうことは大まっぴらに口にしてはいけないよ」と窘めてくる人がいる。それこそがこの作戦の目的だ。

 レジスタンスのリーダーを一息に探すのは難しい。ならば、先に構成員を見つけるべき。

 しかし構成員とて一般人に紛れているので簡単には見つからない。故に誘い出しているのだ。

 レジスタンスごっこをする子供に話かける大人は二パターン考えられる。

 危険分子として補導する軍人か、その危険性を憂慮し叱る一般人か。

 後者が現れ次第所持品を全力解析。武装していればレジスタンスの可能性アリ、という寸法だ。


「完璧な作戦だな」


「これ以上なく穴だらけじゃ」


「代案を思い付かないならだまらっしゃい」


 やっていることは見た目幼稚なので、幾らでも誤魔化す余地がある。

 可能性の前者、軍人と出くわせば蹴散らす気マンマンである。俺達は共に魔力に優れている身、手を繋いだままであろうと火力で勝てる。


「見つからないなぁ」


「見つからんのぉ」


 数時間後、リデアがちょっとぐったりしてきた。


「休憩せぬか?」


「そうだな、休憩せぬ方針でいこう」


「…………。」


「睨むな、冗談だ」


 裏道には店などあまりない。一度表通りに出て……


「……悲鳴」


「ん? なっ、どうしたのじゃ?」


 困惑するリデアの手を引き、俺は聴覚の信じるままに駆け出した。






「だからよー、ここは俺らのテリトリーなわけよ? ルールはちゃーんと守って、払うモン払ってくれないと困るなぁ」


「そんな! ただの恐喝じゃないですか!」


「ああ? なんだ、逆らうの? いけないお嬢さんだなあ、これは教育が必要か?」


 ヘラヘラと下卑た笑いを浮かべ女性を壁際まで追い詰める男達。


「お前達、何をしている!」


「ナパームロンド!」


「うっわ熱ちぃ!?」


 状況を理解したリデアは抜き打ちで男達に炎を放った。


「……どうだ俺の力は!」


「…………。」


 無言で手の平を俺へと向けるリデア。魔法怖いです。


「てめぇら、何しやがるっ!」


「お前達こそ何を―――な、お前ら!?」


 男達が着ている服に、俺は驚愕した。


「その軍服、お前ら共和国軍人か……!」


 紅蓮の構成員が偉ぶっているのは解る。だが……


「どうして、この国の軍人が女性を脅しているんだ!」


 共和国の安全と治安を守っていた共和国軍人、紅蓮に国を乗っ取られようとその在り方は普遍であると思っていた。

 それがどうだ。これではまるで、いやチンピラそのものではないか。


「チッ、うるせーな! おい、こいつらやっちまおうぜ!」


 怒る軍人達だが、俺はそれ以上に頭にきていた。


「一年で誇りもなくしたか、恥知らずめ!」


「んだと!?」


「紅蓮に生き殺しにされた挙げ句、愛玩動物に成り下がりやがって! 今の貴様らは駄犬にすら劣る!」


「なっ、うるせぇ……!」


「貴様らには奴隷の安泰がお似合いだ!」


 自分でも驚くほどの激昂であった。

 きっと俺は期待していた。俺が共和国を離れても、誰かが、共和国の軍人がこの町の人々を守ってくれるって。

 しかし現実には、共和国軍人とて腐ってしまった。

 全てがこうではないのだろう。未だ頑張っている軍人もいるはずだ。

 だが規律なくして軍は成り立たない。個々の良心に頼っていては治安は守れない。

 そんな曖昧なものに期待して、この地でも民間人には被害が及んでいないと思い込んでいた俺が愚かなのだ。

 ……いや、そもそも俺に彼らを責める願う資格はない。俺はこの町を見捨てて逃げ出したのだから。


「―――自分の脳天気っぷりにも腹が立つが、まずはお前らだ。お灸を据えてやる」


「ウダウダ言ってんじゃ―――」


 甲高いエンジン音が、狭い裏路地に反響した。

 続いてパラリラパラリラ、というラッパの音。


「やべぇあいつらだ!」


「くそ、逃げるぞ!」


 急に慌てだした共和国軍人。俺はこのプロペラの風切り音が混ざったガスタービンエンジンに覚えがあった。


「行くぜヒャッハー!」


『ィヤッハァー!!』


 道になだれ込んできたのは、世界最小の航空機。


「エアバイク!?」


 モヒカンやトゲトゲの個性豊かな連中が、エアバイクに跨がり押し寄せてきたのだ。


「野郎ども逝くぞオラァ!」


『応ッ!』


 俺は咄嗟にリデアを守るように立つが、彼らの目的は共和国軍人だったらしく。


「こっちに来いや餓鬼共!」


「あ、はい」


 むしろ、俺達と女性の三人は安全な場所まで誘導されるのであった。








「あ、ありがとうございましたっ」


 お礼をしつつも恐怖に引きつった顔で逃げ去る女性。恐喝してきた軍人以上に目の前のスキンヘッドにピアスだらけの顔に怯えていた。

 しょんぼりと傷付いた様子のスキンヘッド。純なのな。


「助けてくれて感謝なのじゃ」


「ありがとう」


 揃って頭を下げる。


「お? おお、いいってことよ! だがああいうの、長生きできないぜ! 嫌いじゃねぇがな!」


 親指を立てニカッと笑うスキンヘッド。


「して、お主らは一体?」


「変な喋り方だな、乳臭い嬢ちゃん!」


「乳臭……」


「俺たちゃドリット最速連合だぜ! 主にこの町の治安を守ってるんで夜露死苦!」


 ドリット最速連合、どこかで聞いた気がするが。


「ひょっとしてお主らがレジスタンスか?」


「いいえ、違いますよ?」


 急に丁寧語になった。


「なあ、あれって共和国の軍人……だよ、な?」


「そうだぜ。あんの恥知らずどもぁ、タガが外れて好き勝手やってやがる! まあやらせねーけど! ねーけど!」


 はっきりと肯定されて、改めてショックだった。


「国を守るはずの軍人が、あんなザマなんて」


「まともなのも沢山いるんだぜ? けど一年どっぷり腐った環境で暮らしてりゃ、なにが正しくてなにが外道なのか、よく解んなくなっちまうみたいだ」


 それは少し解るかもしれない。

 こんな話がある。とある大都市の地下鉄ではスプレーによる落書きが絶えなかった。そこでちまちま対処するのではなく一挙に落書きを消したところ、それ以降落書きは描かれなくなったのだ。

 つまり、周りがやっているから自分もやっていい。そう考えてしまうのが人間なのである。


「見ろよ、例えばあの女なんてなぁ」


 スキンヘッドは少し遠くの男女を指差す。

 男の方は……あの軍服は、紅蓮なのか。

 紅蓮の赤い制服を見ると、やはり怒りが沸き起こる。紅蓮の騎士団にだって色々いるんだろうけど、これは仕方がないと思う。

 紅蓮の男に腕を絡めて歩く女性。一目で彼らが親密な関係だと判る。

 その女性の顔を見て、俺は驚きのあまり呼吸が止まった。


「あの別嬪さん、一年前のテロで家族を殺されたって噂だぜ。それが今じゃ紅蓮の男に愛想を振り撒いてやがる、プライドねーのかよってな!」


 スキンヘッドのうるさい声も聞こえず、俺は女性を見続けていた。

 冷めたい汗が流れる。嘘だ、そんなはずがない。


「む、あの女性は……おい、どうしたレーカ? 顔色が悪いぞ?」


 背中をさすってくれるリデア。だが俺は彼女に礼をする余裕もなく、ただ弱々しく呟くことしか出来ない。


「……嘘だ、なんで」


「おい、レーカ!」


 俺はそのポニーテールに髪を纏めた女性を睨み、唸るように言い放つ。


「どうして、どうしてだ、マリア……?」



>おもしろかったです。


 ありがとうございます。


>B-1スピリットとありましたが、形状からしたらB-2スピリットじゃないでしょうか。B-1はランサーですし。

あと、冷蔵庫一時間は相当きついんじゃ…


 ご指摘ありがとうございます。型番を間違えるなんて恥ずかしい……

冷蔵庫は例えで、防腐魔法がかかっているだけで冷たくないので中でも平気という設定です。




 Q最初の戦闘のダンスリザード、魔物って生殖で増えないんじゃなかったの?

 A(; ̄з ̄) ~♪(どうしよう、深く考えてないなんて言えない……)


 リデアが歌っていたのは私が好きなアニメOPを改変したもの。イメージでなんとなーくばれるかも。

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