キザ男と漂流者
着物を纏う傾国の美少女がいた。
長いまつげは儚げに震え、凛とした瞳は世界の行く末を憂い伏せられる。
だがそれでも尚、その美しさは損なわれることなどない。
この世の詩人文豪が募ろうと、その美貌を形容しきることなど不可能に違いない。
「やっべー、マジ美少女だわ私、ホント超美女だわ」
端的に言えば、自画自賛であった。
「むむっ、やっぱり固いなぁ。でも気になる気になる気になる~!」
彼女は少々ご立腹だった。この少女のマイブームはとある男性の観察だというのに、彼はここ最近家から出てこないのだ。
「でも忍び込むのも無理だし。あ、そうだ!」
いいこと思い付いた、とばかりに喜色を浮かべる美少女。
「出てこないなら、覗き見しちゃおうホトトギス、なんちゃって」
孤島での生活を初め、既に四ヶ月。
暇を持て余すのではと危惧していたが、蓋を開けてみれば案外仕事は多い。
家事や資料室を漁る以外にも白鋼と蛇剣姫の定期整備、新兵器の試作と実験、最近ではいつか発注しようと考えている飛宙船の設計などなどなど。
なんだかんだで、小さな島の中を動き回る忙しい生活。外への注意は最低限だけで構わないのが救いである。
というのも、住み着いてから知ったのだがこの島には大規模結界が張られているらしい。ゼェーレスト村のものより露骨で強力なそれは、ナスチヤのドヤ顔が見えてくるようなメモ書きによると「精霊や神であろうと干渉出来ないわ」とのこと。
物や生物は素通りする、魔法専門の防御結界のようだ。というか物理的に防御されたら出入り出来ない。
おおよそ問題ない島生活だが、若干寂しいこともある。食堂以外では仲間達と顔を会わせる機会が少ないのだ。
廊下ですれ違ったり雑談したり、脇腹を「デュクシ! デュクシ!」と突っつき合ったりとコミュニケーションは交わしているのだが、自分を含めふらふらと島で気侭に時間を過ごすので互いの生態は割と謎に包まれている。
旅中ではなくホームなのだし、四六時中一緒にいる方がおかしいのだけれど。
ま、別段ストレスを抱える様子もなく伸び伸びとしている様子なので問題なかろう。ソフィーなんて元々ヒッキーだし。
キョウコにしても既に四〇〇回も越冬を経験しているのだ、時間の潰し方など幾らでも心得ているのだろう。掃除洗濯などは一手に引き受けてくれているので、俺としても文句もない。
久々のミニスカメイドも見れるし。あれはいいものだ。
ただ、ソフィーは時間の使い道に少し困っているようだった。彼女なりに本を読んだり勉強したりと有意義に時間を活用しようとしているのだが、やはり限度がある。
最初こそ家事の一つでも覚えようと奮闘していたが、どうも食材を炭素結合させる才に秀でている(簡単に言えば黒こげになる)らしく備蓄がなくなる前に止めさせた。
いよいよ暇になった彼女に手伝うことはないかと訊かれたので、俺は『3以上の自然数nにおいてxn+yn=znを満たす自然数x、y、zは存在しないことを証明せよ』……という問題を出しておいた。
地球にいた頃にどこかで聞いた問題だが、なんか数式も単純で簡単そうだし、いい暇潰しになるだろう。
「うーん、船の設計は専門外だしな……欲しい機能や装備だけを設計して、纏めるのは専門業者に任せようかな」
アジトの出入り口である内海の入り江の浜辺を散歩しつつ、飛宙船のアイディアを膨らませる。
「主砲は欲しいよな。46センチ、じゃなかったサンチくらいの」
誘導装置のないセルファークにおいては主砲も現役の装備だ。
「変形はどうだろう、巨大人型戦艦! ……やめよ、これこそ投射面積が増えるだけだ」
小島の内海、数十メートルしかない三日月型の浜辺を行ったり来たり。
ぴゅう、と乾いた冷たい風が吹く。
「寒っ」
そろそろ体が冷えてきた。冬はまだ終わっていないのだ。
「晩ご飯はおでんにしよう、そうしよう」
世界観など知ったこっちゃない。今日はコタツで土鍋を囲む、そう決めた。
地球と食事に類似点の見られるこの世界、ひょっとしたらおでんもどこかに存在しそうだけど。
そうと決まれば、すぐにでも準備を始めなければ。大根の染み具合は時間に比例する。
「……ん、なんだ?」
浜辺の端っこに丸い物が引っかかっていた。
ここには時折、漂流物が流れ着く。珍しいことじゃない。
しかし放置するのは景観を損ねる。片付けようと近付き、それの正体に気付いた。
「……頭!?」
人型機の頭部だった。直径約一,五メートルとはいえ人間の頭が海辺に転がっているのは、ちょっとホラーだ。
「なんたって頭だけ流れ着くんだ……ああ、そっか。コックピットは脱出モジュールを兼ねているんだった」
人型機の頭部はいざという時は切り離し、中で救援を待つことが可能な設計なのだ。
魔物の真ん中で戦闘不能となってもしばし持ちこたえ、仲間が回収してくれるのを待つ。そんな設計思想である。その為にコックピットには保存食や簡易トイレまで備え付けられている。
「とはいえ中身は……あれ、生きてる」
どれだけ漂流していたかは判らないが、命が尽きる前にここに流れ着いたらしい。運がいいやつだ。
透視の結果、武装はしているも護身用レベル。このアジトを襲撃する目的で、漂流者を装っている訳ではなさそうだ。
そもそも気絶状態。芝居にしては凝っている。
「普通に漂流者、でいいんだよな?」
少し迷うも、人道的に助けないわけにはいかない。ハッチを開き、中にいた天士を引きずり出す。
まだ少年だ。俺よりは年上だが、成人までは達していない。
皆無ではないが、若い天士は珍しい。人型機だって高価なのだ。
「ってやばい、ここに大人はキョウコしかいないぞ。なんて誤魔化せばいいんだ?」
個人所有の島と言いくるめる? いや、孤島だと悟られることも避けたい。目隠しをした上で治療して、彼の指定した土地まで送り届けるか。ああ面倒臭い。
帝国軍の特殊部隊に保護されたとでも説明しておこう。見ざる言わざる聞かざるは厄介事に巻き込まれない為の世界を越えた共通認識だ、こいつもよっぽど馬鹿でない限りは深入りしようとは思うまい。
「でもなんだか、こいつよっぽどの馬鹿っぽいツラだよなぁ……あれ?」
少年の顔に見覚えがあった。
「こいつは、まさか―――なぜ、お前が!?」
整った顔立ちに軽薄そうなにやけ面。間違いない、こいつは―――
「キザ男!? ……マンフレート・リヒトフォーフェン!?」
言い直した。
「なんたってお前が……えっ? 俺視点これで終わり?」
さて、突然だが小説には幾つかのパターンがある。
主人公視点から物語を綴る一人称。
主人公が読者に語りかける二人称。
客観的な立場から表現する三人称。
そして三人称の亜種、神視点。
全てを―――文字通り登場人物の思考すら俯瞰し描写する視点。それが神視点。
そんな小説の話から変わるが、今回は諸事情により神視点にてお送りする。
救出されたキザ男は、とりあえず医務室へと放り込まれた。
レーカにとって知らない仲ではないが、熱心に介抱するほどの相手でもなかったようだ。様態が安定していることを確認するとすぐ夕食の準備へと戻るのであった。
キザ男……マンフレート・リヒトフォーフェンが目覚めるまで数時間。
この間、彼は旅立つ経緯を夢に見る。
―――時は遡り半年前。
ハダカーノ王より命を受け、フュンフ城へと登城したマンフレート……長いから以下キザ男。
彼に与えられた任務はソフィアージュ姫とレーカの護衛。とはいえ、常時見張っていたわけではない。
名分の上では両名の護衛だが、なにせソフィアージュ姫は年頃の女性。男児である彼が四六時中着いて回るわけにはいかないのだ。
故に、キザ男の主な任務は姫の婚約者であるレーカの護衛となるわけだが……
「あんまりだぁぁ、赤矢よぉぉぉぉっ!」
機首の三枚のブレードを奪われた愛機に、キザ男は慟哭の涙を流した。
ソフィアージュ姫を田舎娘呼ばわりしてしまったことで脅され屈服。赤矢は愛機のパーツを奪われたのである。
悔しさのあまり拳を握り締めるキザ男。
「覚えていろよ平民、お前などすぐに姫に愛想を尽かされて……代わりに僕が、姫の側に……」
ソフィーやその母親アナスタシアの白髪は、この世界において帝国の正当なる王族にのみ発現する。今となっては継ぐ者はソフィアージュ姫一人である。
元来男とは高貴な女に弱いものであり、それはキザ男も例外ではなかった。
彼女の浮き世離れした美貌は、キザ男のハートをも鷲掴みしたのだ。
「……げへへ、いやぁ僕くらいになるとお手を許されるのは日常っていうか? むしろ身分違いの禁断のなんて、ははは」
通りかかったメイドが避けて行くレベルの妄言を漏らしている時に、それは起こった。
「なっ、なんだ!?」
帝国城を揺らす轟音。見上げれば、白煙の柱を築き垂直上昇していく白亜の飛行機。
ほぼ同時刻にレーカとソフィー両名はリデア姫よりガイルの所在を聞きだし、緊急発進していた。
つまり、キザ男の護衛対象はその日に城から姿を消したのだ。
彼らが旅立つのは予定調和であった。その折にはキザ男も同行する手筈だったものが、完全に置いてきぼりを食らったのだ。
慌てて父に指示を仰ぐキザ男、その返答は手紙に一文のみ。
『追え』
彼の愉快な……じゃない、過酷な旅が始まった。
「うっ、うう……ここは?」
医務室にて目覚めたキザ男。包帯や聴診器などの見覚えのある道具から、そこが医療施設だとはすぐ解った。
しかしそれだけだ。
彼は、ここに至るまでの記憶を喪失していた。
「なぜ僕はここに……とにかく誰かを捜そう」
廊下を壁伝いに進むキザ男。迷路は片手を着いて歩くべしの教示である。
最初は単に窓のない部屋だと考えていたが、次第にそこが巨大施設だと気付く。
「ここはどこだ? 地下施設か?」
おおよそ正解である。孤島のアジト、その主要施設の大半は地下に埋没している。
長い廊下を前進し、やがて辿り着く巨大な空間。
そこに鎮座する機体にキザ男は驚愕した。
(赤矢だと!? なぜここに運び込まれているのだ!?)
あれ、なんでここにあるの? レーカがコピーしたのだろうか。
近未来的な設備の整ったドック。アナスタシアが揃えたのであろう工作機械は名門航空商会の極秘開発室にも劣らない。
その更に奥には、白鋼や蛇剣姫も格納されていた。それだけではない、レーカが制作したのであろう試作兵器や汎用の小型飛宙船など多くの機械が鎮座している。
前後に三枚ずつのプロペラブレードを装備した直線翼機、赤矢。その名の通り真っ赤に塗られたこの機体。
「美しい機体だ、葉巻型とでも呼ぼうぞ。独創的な設計を実現する為に様々な工夫が見て取れるよな、当時の技術者達の苦労が目に浮かぶぜ」
(誰かいる、アイツは……)
赤矢の周りを動き回るのは、半年ぶりに見る顔。
(姫を誑かした張本人―――レーガン!)
レーカである。
(おのれレーガン、なぜここに……!)
レーカである。
彼は赤矢に夢中なので、キザ男の視線を察せないようだ。
「プロペラの亜音速機からジェットの超音速機に改造される過程で、ストレーキを追加しているんだなー。これで気流が渦を巻いて空気が主翼から剥離しにくくなる、いい仕事だぜカストルディさんっ」
双発串型という珍しい飛行機はレーカの恰好の玩具のようだ。
「キャノピーも高精度の涙滴型に変更してやがるし、後方視界も広く改善しているんだな。ブルジョワめっ」
(なにをやっているのだ、赤矢を調べているのか?)
レーカの興味はコックピットから主翼下のエンジンに移る。
「大陸横断レース指定のネ20エンジンからRD-33に変更しているんだっけ。モジュール式で整備もしやすい、いいエンジンだ」
辺境の未熟な整備士であってもメンテナンスが可能なように、RD-33は分解が容易な設計となっている。レーカにとっては知恵の輪を解くより容易い。
「とりあえずエンジン取っちまえ。前に試作したエンジンを代わりに積んで、あとは操縦系も弄らないとな」
あまりに簡単に外れる主翼下のエンジンポッド。レーカにとっては分解整備であっても、端から見れば別に映ってしまう。
(ぼ、僕の赤矢を破壊しているっ!?)
キザ男の足りない頭脳がフル回転する。
(まさか、僕は奴に誘拐されたのか……!? あれも赤矢を破壊してここから僕を脱出不可能にしようとしているのか。なんてことだ、奴はやはりなにかを企てている!)
戦慄を覚えたキザ男は、一時退却を決定。廊下へと戻る。
「僕はどうするべきなのか……」
ぶつぶつと呟きつつ探検を続行するキザ男。馬鹿なので右手の法則はもう忘れている。
「ソフィアージュ姫はご無事だろうか……よし、まずは彼女を見つけることとしよう。むっ、これはっ」
根拠もなく上を目指していた彼だが、結果的に外は近付いていた。
キザ男が発見したのは巨大なはめ込みガラス。耐水ガラスの向こうには色とりどりの魚が泳いでいる。
「なんてことだ、ここは海の下だったのか」
キザ男の低スペックな脳味噌が懸命に回転する。
「ハッ!? ま、まさかこの密閉空間で姫に……あんなことやそんなことを!? おのれ許すまじ平民めっ!」
彼の脳裏に助けを求める姫のビジョンが浮かぶ。
『真の騎士マンフレート様、どうか私をお助け下さい……』
「たたた、大変だ! すぐさま御身の側へと参りますぞぉ!」
「何かしら……?」
ソフィーが一室の扉からひょっこりと顔を覗かせた。
「…………!」
「誰かいるの?」
廊下から聞こえた男声による叫びを不審に思い、作業を中断して確認にきたソフィー。
咄嗟にキザ男が黙ったのには意味などない。びっくりしただけだ。
更に言えば、ソフィーの後ろを通過し彼女がいた部屋に忍び込んだことにも意味などない。
「気のせいかしら?」
首を傾げつつもソフィーは部屋へと戻り、作業へと戻った。
物陰に隠れたキザ男は、拘束された様子もなく自然に振る舞うソフィーに疑問を抱く。
(どういうことだ。軟禁されている姫に、憔悴している様子はない……まさか洗脳!)
馬鹿は置いといて、ソフィーはといえばクリスタル共振装置の受信機に耳を傾けていた。
閉鎖的な生活において、広域放送は唯一の情報収集手段。そして放送内容を最も正しく吟味出来るのは、英才教育を受けたソフィーに違いない。
『―――派の貴族は集会を頻繁に開催し、ハダカーノ王が統一国家に有効な反抗を行えていないことを―――』
放送内容から読み取れる情報をメモしていく。
鵜呑みにするのではなく、真偽を見抜き台本を書いた者の心理までを想像して、その放送の意図を探りつつ。
「……解ってやってる。とんだ売国奴ね」
頬杖をつき、半目でスピーカーの先にいるアナウンサーに溜め息を吐くソフィーであった。
『―――東方諸島では投票の過半数が独立を支持しており―――』
「元々移民の地域じゃない。当時から紅蓮の構成員が紛れ込んでいたのね、目的は海路の封鎖? 旅に戻ってもあの地域には寄らないようにしましょう」
『―――新たに発見された記録によれば、国境線の領土は本来は―――』
「はいはい捏造。でも数十年単位だと、これも厄介なのよ」
『―――第一秘書は先日の発言に対し、「記憶にない」との回答を繰り返し―――』
「あの無能が……器じゃないんだから、さっさと退任しなさいっての……!」
(うっわぁぁぁ……)
ソフィーはメインヒロインにあるまじき闇を纏っていた。
キザ男どん引きである。
(今の姫の目、やはり洗脳されている……!)
誤解を避ける為に訂正しておくが、ソフィーは正常である。
ただ、女の子には男には見せない裏があるのである。
本当である。賢明な男子には女の子の笑顔を盲信しないことをお勧めする。
「民営放送を統一国家に抑えられているのはやっぱり痛いわね……リデア姫が彼らをGと称した意味、よく判るわ」
ぐてーっと机に突っ伏し、「あ゛ー」と呻くソフィー。
レーカが見れば、千年の恋も冷める……とは言わずとも若干ショックは受ける、そんな光景であった。
人目のない場所での女の子とはこんなもんである。
本当である。賢明な男子には女の子の笑顔を盲信しないことをお勧めする。
民営放送局から国営放送に切り替わった。
『今週の天気は南西より低気圧が―――』
味気ない内容だが、この放送は軍部も噛んだ信頼の置けるものだ。
ソフィーは天気予報の中に紛れた軍事情報や暗号を記録していく。高度な専門の訓練を受けた軍人でなければ解読どころか、それが暗号であることすら知らされていない。
解読機を回し、ソフィーは母に教わった通りに解析していく。素人目には奇妙なタイプライターにしか見えないそれも、元々備え付けられていた備品の一つ。
「ここと、ここと、ここも……腐った葉は早めに切り捨てないと芯まで毒が回るわ」
帝国内部に侵入している裏切り者を羅列していく。
「リデア姫はどうなさるおつもりかしら。無策ということはないわよね、利発な方ですもの。だとしたら、……まさか、でもリデア姫の人気なら不可能ではない……」
ぶつぶつと呟くソフィーにキザ男は戦慄を覚えざるをえなかった。小声なので単語までは拾えず、まるで呪詛を唱えているように見えたのだ。
(ソフィアージュ姫は、やはり洗脳されている……!)
「あっ」
唐突に立ち上がるソフィー。
「そろそろレーカがお茶を煎れる時間。行かなくちゃ」
手鏡で身嗜みを整え、気分を入れ替えてルンルンと食堂へと向かうソフィー。
彼女がいなくなったことを入念に確認し、キザ男は移動を開始した。
「む、さすがに僕も空腹だな……」
腹の虫の鳴き声に、しばらく飲食をしていないことを思い出すキザ男。
「よし、次の目標は厨房である! 突撃だ!」
食堂と厨房は近いはずと予想し、ソフィーの向かった方向からある程度の目星をつける。
ソフィーが部屋に戻ったのを確認し、移動開始。厨房へとまんまと忍び込み、魔法の冷蔵庫から食料を漁る。
食品を防腐する魔法がかかった部屋がこの島での冷蔵庫だ。冷蔵庫は例えであり、魔法式なので冷たくもない。
「食えるだけ食っておかねば……物音っ!」
上半身を突っ込んでいたキザ男は背後からの音に、そのまま冷蔵庫へと転がり込むことで隠れる。
そっと戸を開けて外を観察すると、黒髪の美女が厨房へと入ってきた。
(見覚えがある、姫の専属護衛じゃないか!)
メイド姿のキョウコである。
(なんてけしからんスカート丈だ、みみみ、見えるではないか、下着が! なんてはしたな……ま、前屈み、だと!?)
膝上三〇センチに迫るマイクロミニスカート。ほぼ見せる為のメイド服である。
「うっかりカップを洗うのを忘れていました」
(もうちょっと、もうちょっとで見え、見え……!)
かちゃかちゃとティーカップ三つを手早く洗うキョウコ。
ものの数分で終わるも、立ち去りはせず厨房内の椅子に腰掛ける。
(ぬぬ、居座られると出れないのだが。なにをしているのだ?)
カップを取り出し、顔を綻ばせる。
「ふふっ、レーカさんの使用済みカップですっ」
これだけはまだ洗浄前である。
「んっ、ん……れろ、はぁ」
カップの縁を舐める。
「だ、駄目ですレーカさん、そんなっ」
顔を赤らめ、舌を淫靡に這わせる。
どう見ても欲情していた。
片手はカップを支持しているが、もう片手はテーブルの下に伸びており、なにをしているかよく判らない。
神視点とはいえ判らないものは判らないのである。
「いけません旦那様ああぁ、こんな時間からっ。あっ、ああぁっ」
(ななな、なんだか理解を越えた光景だ!? だがこれだけは解る、これはエロい!)
熱い息を漏らすキョウコ。知識不足により赤面するしかないキザ男。
「そんなレーカさんっ……! こんな場所では、みんな見ていますっ……!」
「どんなシチュエーションだ、アホメイド」
「はうわっ!?」
すぱーんとスリッパで頭を殴るレーカであった。
我に返ったキョウコが椅子から転げ落ちる。
「レレ、レーカさん!? いいいい、いつからそこに!?」
「今し方だが、そういうのは人目の届かないところでやってくれ。ソフィーが見たら情緒教育上良くない」
「違うのです、これはカップが汚れていただけで、そのっ」
あまりにも苦しい言い訳だった。
「あーあー、聞こえなーい。俺はなんにもミテナーイ」
キョウコほどでなくとも精神年齢が高いレーカにとって、女性の乱れた姿を見ても表面上平静を保つことは難しくはないらしい。脈拍や体温は上昇しているので間違いなく動揺はしている。
ただ、むしろ恋愛に関して初心でウブなのはキョウコの方だ。
「貴方に会ってから、私はおかしくなってしまいました……体を持て余すなど、四〇〇年生きていて初めてです」
恨めしげにレーカを睨むキョウコ。責任を取れ、とその目は言外に訴えている。
「……今すぐは無理だけど、ちゃんと考えているから」
キョウコの額に口付けするレーカ。らしくない行為にキョウコはポカンと惚ける。
「レーカ、さん?」
「あれだ、予約だ。唾を付けとく、ってやつだ」
さすがに頬を紅潮させるレーカ。
数瞬後、色々と得心しキョウコは彼に抱き付こうとする。
「いえご遠慮せず唾どころかマーキングぐらいしてって下さいな!」
「黙れ盛りのついたアホエルフめ、追いかけてくんな!」
ドタバタとテーブルの周りを追いかけっこする二人に、キザ男は確信する。
「よく解らんが、もげろ」
落ち着いた二人の雑談は続く。
「さて、もうしばらく時間を稼いでおくか」
「はい。ところで小耳に挟んだのですが」
「この缶詰め生活で、どこぞの隙間に小耳を挟むんだよ」
「広域放送のニュースで知ったのですが、最近の帝国軍では歩兵の訓練で剣術を重視していないそうです」 どこかしょんぼりと落ち込むキョウコ。
「ほう、そうなのか?」「はい。なんでも魔法か投擲スキルさえあれば基本的に充分だそうで。レーカさんはどう思いますか?」
「どうとも思わないな!」
キョウコ涙目。
「冗談だ……ま、そうだな。接近戦をするには身体強化魔法を使う魔法資質と剣を振るうセンスが共に優れている必要があるから、一定の成果を求められる軍隊としては不向きなのかもしれん。何かの拍子に勝敗がひっくり返るような場面に頼りたくないのは当然だ」
レーカは地球における近接武器の衰退を語る。
一〇〇年以上前は主力武器であった剣や槍も、銃の発達によって活躍の場を失った。
軍隊からナイフや銃剣が姿を消すことはいよいよなかったが、それらをメインに据えての戦闘はほぼ有り得ない。
それらは敵兵に引導を渡す時に、銃弾を節約する為の装備でしかないのだ。
だからこそ現代の軍隊では近接武器による戦闘訓練を重視していない。敵兵の心臓を突ければそれでいいのだから、馬鹿だって出来る。
某軍事大国の陸軍では、訓練項目からすら銃剣が除外されているほどである。
「でもっ。お芝居で『休息していた場所の壁一枚向こうに兵士がいた』って場面を見たことがあります! 突発的に接近戦をすることはあると思います!」
「それ俺も見た。徴兵された一人の兵士を連れ帰る為に部隊員がバンバン死んでいくやつだろ?」
「え、えと、たぶん違うお話かと?」
「っていうかあのシーンでも銃を使っていたし。手が届く距離での戦闘なんて、発生した時点で戦術的失敗なんだろ」「で、ですが室内戦では……」
食い下がるキョウコだが、レーカはばっさり切り捨てる。
「室内だと剣は使いにくい。それこそナイフか魔法だな」
この世界におけるナイフは地球のそれより凶悪である。身体強化を踏まえたナイフの投擲は拳銃より早く弾丸より速いので、個人携帯の火器が発達する余地がないのだ。
「では、剣はいつ使うべきだと?」
「キョウコみたいな達人以外には無用の長物だし、所謂オワコンじゃない?」
「おわこん……終わったコンテンツ……」 がっくりとうなだれたキョウコの肩を、レーカはポンポンと叩く。
「気にするな、時代は変わるものだ」
「ハイエルフとして生を受けた以上、時の流れに置いて行かれるのは仕方がないことです……」
「なに言ってんだ、お前だって変化しているんだろ? さっき自分でそう言ったじゃないか」
ハッと顔を上げるキョウコ。
「そ、そうですね。私とて生きて変化している。新兵器が生まれたなら、それに対応すればいいだけです」
答えは得た、とばかりに満足げに頷く。
「砲弾も魔法も切り捨ててしまえばいいのです!」
「その発想は一般的じゃない」
「やれやれ、居座られたせいで一時間も出られなかった」
厨房を後にしたキザ男は、幾つかの施設を経て書庫へとたどり着いた。
扉が開いてきたので気になって入ったのだが、一心不乱に紙にかじり付くソフィーを発見しそそくさと本棚に隠れる。
(大きな書庫だ……我が家の書庫もここまで膨大な蔵書を抱えてはいないぞ)
そこは既に図書館の域に達していた。
(それに静かだ。下手に物音を立てれないな)
「素数pについて数式が成り立つとき、x、y、zのどれかがpで割り切れなきゃいけないのだから……」 ペンを走らせるソフィー。紙は一枚ではなく、どれも小さな字が埋め尽くされている。
ソフィーは優秀だが、しかしその問題はあまりに難解過ぎていた。
(おや、誰か来たぞ?)
足音がよく響くので、来客はすぐ判る。
ソフィーは開いたままの扉に視線を向け、「あっ」と声を漏らした。
「扉が開けっ放しは駄目ですよ」
「ごめんなさい、キョウコ」
キョウコが後ろ手に扉を閉め、ソフィーの対面の椅子に座る。
本は光や湿度に弱い。空調によって湿度が管理されていようと、空気の出入り口があれば意味はない。それをキョウコは指摘したのだ。
(……しまった、また出られなくなったぞ)
扉を開ければ静かな書庫内では確実にばれる。二人が去るのを待つか、妙案を見いださなければ脱出手段はない。
読書を始めるキョウコ。彼女達は互いを気にせず目の前に集中する。
二人の表情は対照的だ。キョウコがリラックスしているのに対し、ソフィーは課題の経過が芳しくないのか眉を潜めている。
やがて、ソフィーは大きく息を吐き体をほぐしだした。
「……キョウコ、なにを読んでいるの?」
ふとソフィーがキョウコの読む本を覗き込む。
「どうやら紅翼とギイハルト・ハーツの物語のようですが……なんだか支離滅裂な内容でして」
「お父さん達の本? 伝記かしら、ジャンルは……同仁誌?」
「仁」とは
他者への親愛、優しさの意。儒教において最重要な「五常の徳」のひとつ。
転じて、男性同士の行き過ぎた思いを綴った本。
~Selfpediaより転載~
「なに、これ?」
ぱらぱらと本を読み進むにつれて、ソフィーは怪訝そうな顔に変化していった。
「倒錯的で意味不明ですね。興味深いです」
頼んでもいないのに朗読を開始するキョウコ。
その内容は、形容しがたいものであった。
「どうだっ、たまらないだろう俺の二〇ミリガトリング砲は! なあ、ギイハルト・ハーツ!」
「ガイル隊長ぉ、たいちょほぉぉぉ! お腹の中を地上掃射しちゃらめぇ、トップアタックらのぉ!」
格闘訓練を行うガイルとギイハルト。
ぶつかる体、弾ける筋肉、飛び散る汗。
二人の男は、接近戦を極めんとばかりにぶつかり合う。
「おらっ、毎分六〇〇〇発の弾頭がドビュドビュ発射されてるぜ!」
「そこは装甲が薄いのぉ、熱くて砲身が熱膨張しちゃうう!」
「……なにこれ」
「格闘訓練なのに何故兵器の名を叫ぶのでしょう?」
「誰よ、こんなの書いたの……」
著者名は空欄。ただ少なくとも、ガイルとギイハルト両名の知り合いであり腐った人である。
―――と、まあ二人が薄い本に熱中している間、集中力を切らしたキザ男は本を幾つか手に取り流し読みしていた。
「専門書が多いのだな……おや?」
本を棚に戻そうとして、本棚の奥に不審なスイッチを見つけた。
突然の余談だがアナスタシアは、大げさなカラクリを好む傾向がある。実用性を無視した大掛かりなギミックが好きだったのだ。
彼女が拵えたこのアジトに、それが反映されていないはずがない。
「なぜこんな場所にスイッチが……ハッ!?」
無意識に伸ばしていた人差し指に、キザ男は我に返る。
「落ち着け、こんな怪しいボタンを押して禄なことになるはずが、いやだが」
誰しも覚えがあるだろう。壁に赤いボタンがあれば、押したくもなる。
結局誘惑に勝てなかったキザ男は、恐る恐るスイッチを押す。
床がぱかっと開いた。
「―――あああああああぁぁぁぁぁぁ……」
「キョウコ、今断末魔が聞こえなかった?」
「ええ、確かに。見てきますね」
確認に本棚を探索するキョウコだが、既に床は閉じており疑問符を浮かべるのに終始するのであった。
「ううっ、変なスイッチを押したばかりに……」 真っ暗な通路を半泣きで進むキザ男。落下した先は、細くどこまでも続くトンネルだった。
「三TDは歩いたか……もう疲れた、休みたい……なんてことは一切合切ありえないな! まだまだ行けるともさ!」
なけなしのプライドを振り絞り、自身を叱咤するキザ男。
どれだけへっぽこでも、彼は帝国貴族の長男坊なのだ。
貴族とは屈しない者。権利と引き換えに退路を捨てた誇り高き血脈―――それこそが貴族だと、キザ男は信じていた。
「前進あるのみっ! 倒れる時は前のめりに、それがリヒトフォーフェン家の家訓のわぁ!?」
壁に衝突した。
先程までのペースでゆっくり接触すればいいものを、直前で加速したせいで額を強打する羽目になっていた。馬鹿である。
「痛たたた、これは、また扉か」
いい加減に扉には飽き飽きしていたキザ男はぞんざいにドアノブを握り押す。
エロ本を読むレーカと対面した。
「…………。」
「…………。」
とりあえず、そっとエロ本を置くレーカ。
「なんだね、ここは?」
「第二書庫だが」
そこは小さな隠れ家スペースだった。
小部屋には本が溢れている。その全てがR18な大人の書庫だ。
匠の技で描かれた写実的な裸婦画のポスター。それを見れば、キザ男もそこにある本がどういう内容なのかおおよそ想像出来た。
「つまりなんだ、ここはお前の煩悩部屋か」
「だとしたらなんだ、ここは我々の最後の砦だぞ!」
強く言い返すレーカ。開き直りともいう。
「最後の砦?」
「その通りだ。貴様に解るものか、この島では男がどれだけ肩身が狭いか……!」
震える拳を握り締めるレーカ。
「お風呂は一番最後、トイレは指定された一カ所、重い荷物があればすぐ呼び出される……いや、それはいい。なにより苦痛なのは、不用意にエロ本も読めないことなのだ!」
まさにそれは力説だった。魂こもってた。力入ってた。
「だからこそこの空間を作り上げた! こっそりと町と島を往復して、巧みな連携行動で女性達を誤魔化して、衣類に本を忍ばせて少しずつ密輸した! そう、ここは女子禁制の花園だ!」
熱く語るレーカに、キザ男も思わず一歩引く。
キザ男には解った。それは確かに煩悩だ。だが、ピュアな煩悩なのだ、と。
(くっ、駄目だ屈してはならないぞマンフレート! ここで負ければ悲しむのは他ならぬ姫だ!)
びしりとレーカを指差し、叫ぶ。
「内心ではエ、エ、えっちナァ(声裏返り)こぉとを企んでいたのだな! まるで野獣のような男だ!」
声がうわずって、全然サマになってなかった。
シャイなウブっ子なのである。
「姫を洗脳し、メイドを連れ込み……不埒なことする気だったのだな!」
「洗脳!? 言いがかりにもほどがあるぞ! ここの合い言葉は『イエスエロス、ノータッチ』だ!」
「ならばこれはなんだ! この膨大なまでの、け、けしからん本の山は!」
両手を広げ部屋の中を示すキザ男。
「これは―――」
レーカが反論しようとしたその時、部屋に、いや島全体にサイレンの音が鳴った。
「来たかっ!」
立ち上がるレーカ、そこには大きな安堵が浮かんでいた。
「さあ行くぞマンフレート!」
「おっ、おいどこに行くというのだっ。話はまだ終わっていないぞ!」
キザ男の腕を引き連行していくレーカだった。
「格納庫?」
レーカが連れてきた先は、機体が保管されている巨大な格納庫だった。
「マンフレート、赤矢に搭乗するのだ」
びしっとキザ男を指差すレーカ。
「なぜだね」
「いいから」
レーカはキザ男の背を押す。
「なんの必要性が」
「いいから」
更に押す。
「どういうつもり」
「いいから! ああもう、人を誑かすのは苦手だというのに、面倒な役割を押しつけやがって!」
「誑かすと言ったな今!?」
尻を押し出し、強引にキザ男を赤矢に乗せる。
困惑しつつも、キザ男としては愛機に乗り込むこと自体は問題ではない。とりあえず指示通りにシートに腰を下ろす。
『赤矢、発進!』
通信越しに離陸の指示を出された。
「いや何故だね。まさかこのまま追い出す心算か?」
『いいから! さっさとしたまえ!』
外部からの操作で赤矢のエンジンに火が入る。
その聞き覚えのないエンジン音に、キザ男は怒鳴った。
「どういうことだ、エンジンを変えたのだな!? なんのつもりだ!」
『化学式のエンジンだ……ああそうだ、その新型エンジンのテストを依頼したい! その辺を軽く飛んできてくれ!』
「とってつけたな、今!?」
怪しいことこの上ない指示に到底従う気のないキザ男だったが、レーカの言葉に凍り付いた。
『……いいだろう、なら考えがある。弱味など幾らでもあるんだぞ』
「言っていたまえ。僕はそんな怪しい依頼など受け―――」
ハッタリだ、と切り捨てるも、レーカはそれを許さない。
『九歳の時。湯浴みしている時、ドサクサに紛れて女中の胸に触った』
「なっ!?」
絶句するキザ男。それは、彼が墓場まで隠し通す覚悟の秘密だった。
『一〇歳の時。メイドの下着欲しさに部屋に忍び込み、手にしたところで持ち主に発見される。三〇分に及ぶ土下座にて事件の表面化は回避』
「な、な、な……!」
『十一歳の時。貴族の子女に一目惚れしてアピールするも、逆に嫌われてショックのあまりお腹を壊す。貴族の女子グループ内で付けられた渾名は『ゲリオとロリエット』』
「やめろ! もう聞きたくない、なぜ僕の秘密を知っているのだ!?」
『知っているさ、なんでもな! こっちが惨めになる、さっさと行け! 最愛のお姫様にばらされたくなければな!』
シャッターが開き、空への道が確保される。
「ああくっそ、行けばいいんだろ行けば!」
浮遊装置を起動。スロットルを押し込むと、赤矢は静かに前進する。
「マンフレート・リヒトフォーフェン、赤矢発進する!」
「―――そして回収、ってなわけねー。うんうん、おkおk」
海上を飛行する赤矢。その主翼に少女は腰を下ろしていた。
黒々とした髪を風にたなびかせ、満足げににんまりと頷く着物姿の少女。
人が彼女を見れば、魅了されるか畏怖するか。常人とは別次元の気配を纏う、違和感の塊のような存在だった。
そもそもが、ここは時速数百キロで飛行する飛行機の上。風防に守られるわけでもなく暢気に話すなど不可能に近い。
「いいアイディアだったねホント。天啓ってやつだね」
着物の裾で口を隠し、クスクスと笑う少女。
「って、天啓つーか私自身が神様だっちゅーの! だっちゅーの!」
……そう、彼女は神だ。
この世界『セルファーク』を支配・管理する唯一神。
世界と同じ名を持つ彼女は、義務として行う職務以外の部分では存分に己が愛し子の様子を観察して楽しんでいた。
しかし彼女の知識には人々の運命も刻まれている。彼女には世界の行方はある程度見えているのだ。
演劇などの創作活動に勤しんだりしてみるものの、退屈のあまり死にそうになっていた彼女。
そんな時、この世界にイレギュラーが発生した。
真山零夏。地球から来た彼ばかりは、神といえど運命が判らない。
彼女は狂喜乱舞した。運命に縛られず他者の運命をかき乱す異邦人は、まさに待ち望んだ変化であった。
彼はどのような未来に行き着くのか。誰の運命を変えてしまうのか。見ているだけでワクワクして、どうしようもなく楽しいのだ。
だが季節が冬となり、問題が発生した。
孤島のアジトではレーカの観察が出来ない。アナスタシア謹製の結界は神の介入すら阻み、一切の魔法による介入が不可能となった。
しばらくはブーブー文句を垂れていたが、しかし彼女は島の内部を観察する方法を思い付く。
それが今現在、キャノピーの開いたコックピットにて沈黙しているマンフレートである。
マンフレートは魂が抜け殻のように脱力して微動だにしない。
いや、それには元々、魂など入っていなかった。
「偽のキザ男を送り込んで内部情報を回収、キザ男そのものはスタンドアローンで独立して
動く生体機械だから魔法結界も関係ない。ついでにレーカの解析魔法も通じない。カンッペキ!」
人型機の頭部にて漂流し、島に流れ着いたマンフレートは偽物だったのだ。
肉体もそれっぽいだけ。人格は神様の能力をフル活用したシミュレートであり、記憶と知識を完全再生している。
神の名は伊達ではない。他者の擬似的な複製すら可能なのだ。
「完璧、か、さて化かされたのは、どちらかな、風が、髪型が崩れるっ!」
「ふぇ?」
声に振り返り、そして驚愕した。
「なな、なぜ貴方がここにっ!?」
彼女は本気で驚いていた。その人物はここにいるはずがない、あまりに想定外の顔だったから。
「僕の偽物を用意して悪巧みとは、神というのは……むっ!」
赤矢の機体にしがみつき風圧と戦うのは―――
「おおよく見るとなんと美しい、後でお茶でもどうでしょう!」
―――美人とあれば神でも口説く、我らがキザ男その人であった。
時は遡り、偽キザ男救出後。
「で、どうするよコイツ」
「どうすると言われてもだね……僕自身の完璧な複製か、なぜこんなものが」
「……そもそも、本当はどっちが本物なのかしら」
「そ、そんなご無体な、姫様ぁ」
医務室にて、救出された偽キザ男を囲む四人の人物。
レーカ、ソフィー、キョウコ、そしてキザ男である。
「おそらくこれは神の差し金でしょう」
「どういうことだキョウコ?」
キョウコは自分の推測を語った。ハイエルフであり神に近いキョウコは、神の考えそうなことを容易にトレースする。
「なるほど、結界突破の為の策か……どうする?」
「処分しましょう。人間に見えますが極めて精巧なただの機械です。躊躇う必要はありません」
「そ、その場合は僕のいないところで頼む。自分の姿をした人形が殺されるのは見たくない」
困り顔になるキザ男。
神の最大の誤算、それはキザ男が年越しの頃には既にレーカ達と合流していたことだ。
本来であれば今年の夏頃に合流するはずだった、そういう運命であったキザ男だが、レーカの存在が運命を変えたのか合流時期が彼女の想定より繰り上がっていた。
ちなみにきっかけはキザ男が島に赤矢で墜落したことである。悪運の強さはエースなキザ男であった。
「いや、待て」
レーカがキョウコを制止する。
「せっかくのチャンスだ。逆に、神とやらを騙してみないか?」
そうして計画が実行に移された。
キザ男は身を隠し、その他各自は普段通り振る舞いつつキザ男を誘導・監視する。
そしてレーカは、ばれないように留意しつつ二つの準備を行った。
一つは赤矢の改造。魔力なしで動く化学式エンジンに交換して、胴体内部に隠れるスペースを確保。
二つは魔法結合不可結界の準備。神にはこの結界が有効だとキョウコに聞いたのだ。
メンバーで一番魔法に長けているのはレーカだ。魔法結合不可結界を使える可能性があるのもレーカだけ。なのでお茶の時間の後は、ずっと術式の準備をしていた。
厨房でのキョウコとレーカも無意味に時間を潰していたわけではない。その間、キザ男はソフィーの手を借りて変身魔法を駆使しレーカに化けていたのである。
偽レーカとなったキザ男は本物のレーカに成り代わり生活し、その間にレーカは魔法結合不可結界を完成させる。
結界完成の報を受け、第二書庫の偽レーカは偽キザ男を現場へと送り込んだ。
「そう、即ちこの座標へとだっ!」
「な、なんだってー!?」
犯人を見つけた名探偵の如く神を指差すキザ男。
瞬間、海上に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
空中待機していた複数の飛宙船を基点に、直径数キロにも達する巨大結界を展開。
「うおぉお!?」
「おおっと」
重力が上下反転し、コックピットから抜け落ちた偽キザが空へと落下していく。
這々の体でキザ男はコックピットに入り、一八〇度ロール。頭上に海を見上げ機体を安定させる。
「なんで重力が逆になったんだ、聞いていないぞ!?」
『あー、忘れてた。魔法結合不可結界の副作用だな』
ノイズ混じりの通信。白鋼が赤矢上空から降りてくる。
『電波通信で失礼。お初にお目にかかる、神様さん』
「やっほー、話すのは初めてだねイレギュラー君」
こうして、レーカは神と対面した。
「まさか神を捕らえようなんて、むしろあっぱれだね」
彼女はあっぱれ扇子を開くも、風圧で吹っ飛んでいった。
『魔法なしでも活動出来るが、能力が制限されて転移が不可能となる。キョウコの言は正しかったんだな』
神の行動すら限定する魔法結合不可結界。世界の在り方すら否定するこの魔法は、神術級の最高難易度術式である。
「まあね。で、どうするの? 乱暴する気? 同仁誌みたいに!」
『しねーよ』
「赤矢のエンジンを魔力式から化学式に変えたのも、この魔法の使えない空域で滞空する為だね」
セルファークで主流の魔力式エンジンは、クリスタルが動力である以上この場では動かない。白鋼も水素ロケットにて飛行している。
「キョウコも聞いているんでしょ、どーゆーつもりなの。反逆?」
『レーカさんが聞きたいことがあるそうなので、手を貸しただけです』
キョウコは島の施設からの通信である。
『しかしよくできた人形だったな、キザ男と寸分の違いもない』
「そりゃ、キザ男の脳細胞の信号までエミュレートしているし」
独立して動いていた以上、処理は全て偽キザ本体で行っていたはず。
等身大の筐体でスパコン以上の処理能力なのかと、その出鱈目な技術力にレーカは内心震撼した。
『脳細胞のエミュレートなんて……魂の複製や死者蘇生だって可能じゃないか、そんな技術があれば』
「なんならアナスタシアを再生してみせよっか? あの女もしっかり記録しているわよ」
『やめろ……そうだ、あのテロはお前の仕業だったのか?』
レーカはようやく本題の質問に至った。これを訊く為に、わざわざ手の込んだ作戦を仕組んだのだ。
「テロ? 共和国の襲撃のこと?」
『そうだ』
首肯するレーカに、神は「んー?」と唸った。
「半分そうかも。イレギュラーの貴方が運命をねじ曲げるせいで、死ぬ運命だったアナスタシアが助かる可能性がでちゃった。だから正しい運命に戻したってわけ」
白鋼の前座席にソフィーはいない。彼女を置いてきて良かった、とレーカは自身の判断に安堵した。
『人間の間引きはしていない、と?』
「煽動はしてないよ」
『……例えば、俺が人を助けたりしても、お前が修正してその人を殺すのか?』
「うーんん。どうでもいい運命なら好きにすれば? アナスタシアって個人は世界に影響が大きいから、運命通りに死んでもらったのよ」
レーカには守りたい人がいる。
マリアはただのメイドだ、世界に影響を与える可能性は少ない。だがソフィーは? キョウコは?
あるいは、彼女の危機を救うことになっても、それが無慈悲に無効化されてしまうのではないか。そう考えレーカはぞっとした。
「それこそ『運命』だよ、どっちに転んだってね」
『……心を読むな』
「今の私には読心なんて出来ないしぃ。心外だしぃ。君が顔に出やすいだけだしぃ」
ひょい、と赤矢から飛び降りる。
『あ、おいセルファーク!』
追う白鋼。落下する彼女をエイのように平らな飛行機が受け止める。
彼女が着地した巨大な二等辺三角形の黒い飛行機に、レーカは目を見開いて驚いた。
『B-1スピリット!?』
「私のコレクションだよん、マウスやバルキリーも私が探して持ち込んだんだから」
兵器集めもまた、彼女の道楽の一つである。
「あ、そうだ」
遠ざかってゆくB-2。彼女から、最後に一言届く。
「私はセルフ。セルファークは俗称だから、正しくはセルフ・アークなの。これからは私のことはセルフって呼んでね」
騒動も終焉し、彼らは日常に戻る。
そろそろ旅立ちの時期だ。ぼちぼちと出発の準備が始まり、島が慌ただしくなる。
「赤矢に積み込むのはこれだけかね?」
「ああ、私物は最低限にしろよ」
「解っているさ」
「レーカ、レーカ」
ソフィーが悔しそうに紙の束を持ってきた。
「あの問題、結局解けなかった……」
曰く、n=3、4、5、7でのみ証明が完了したらしい。
「答えを教えて」
「えっ」
答えを求められても、俺だって正解は知らない。
エターナルクリスタル化によって高度な演算能力を得た俺は総当たり計算……エレファントな証明は得意なのだが、論理的な計算……エレガントな証明は苦手なのだ。
とりあえず「驚くべき証明方法を発見したが、余白が足りないのでまた今度な」と適当に誤魔化した。
「むー」
文句ありげなソフィーを窘めていると、レーカはふと思い出す。
「あ」
「どうしたの?」
しくじった、と頭を掻く。
「セルフに世界が本当に滅亡するのか、聞き忘れてた」
>崩れる事を知ってる幸せって、ただただ悲しいなって
あの展開は掲載前から決まっていたので、作者はずっと憂鬱なのを隠しながら執筆していました。別れはいつも突然といことを表現したかったのです。
>手術がうまくいくようお祈りしつつ次回を楽しみにしてます
ありがとうございます。成功しましたが、摘出箇所がお医者さんの想定より複雑だったようでいまだにズキズキします……
>おもしろかったです。
ありがとうございます。




