時速五〇〇〇キロの決闘
注意 最初にエロスな描写があります。
荒野を飛行する白亜の巨大飛行機。
紙飛行機を連想させる三角翼の主翼を持ち、カナード翼を機体前方に備え、六発のエンジンが後部に並んでいるという異形の翼。
全長五六メートル。セルファークではありえない巨体は、その独創的なデザインから知らぬ者が見れば宇宙船と勘違いするかもしれない。
XBー70 ヴァルキリー。地球では一機のみが現存する、幻の爆撃機である。
音速の三倍で駆け抜け、誰よりも高く昇り、何よりも遠くまで飛べる。
ただ敵国に核弾頭を運ぶことだけに特化した飛行機。
殺戮の為に産まれながらも、そのシルエットは軍用機とは思えぬほど美しく。
戦乙女の名が与えられたのは、最早一種必然であったといえよう。
本来この爆撃機は大半が燃料タンクで占められており、コックピットも広くはない。
しかしエンジンを換装され燃料タンクを撤去したことで、大きな余剰スペースを得た同機は格納庫から個室までを備えた超音速飛行空母へと改造されていた。
超音速での巡航飛行を行うヴァルキリーの人員は全て、座席数を増加した艦橋へと集まっている。
ヴァルキリーの特徴の一つであるカプセルモジュール式脱出装置の喪失と引き替えに、内部での長期活動を想定した船のように広い艦橋を確保しているのだ。
座席の最後部、少し高い位置に固定された椅子。それはさならが艦長席。
まるで玉座のようなそこに、つまらなそうに目を細め頬杖を突くのはガイルその人。
虚空をぼんやりと見つめる彼の下半身からは、淫靡な水音が鳴っていた。
「ん、ん……はぁ、うん……ん」
彼の股に顔を埋め、懸命に奉仕するのはフィオ・マクダネル。荒鷹の設計者であり、ガイルの愛人である。
愛人といえど愛などない快楽の為だけの行為。ガイルにとってそれは時間潰しでしかない。
「もういい、やめろ」
「……はい」
ガイルのズボンを戻し、はだけた自身の胸元を正して一礼。フィオは余韻もなくファルネとギイハルトの脇を通りヴァルキリーの操縦席へと戻った。
このヴァルキリーは機体下部に輸送用ポッドを増設し飛行機を運用する能力を付加した空中空母……というだけではない。地球の技術を参考に新造した核エンジンを動力としガイルの心神とギイハルトの高機動型荒鷹、そして特殊な人型機を一機積載しつつも最高速度はマッハ3を維持している、オーバスペックマシンなのだ。
フィオの技術の粋を凝らした機体であり、彼女の愛機と呼んでいい。
彼女の技術力は、セルファークにおいて比類なき領域へと達していた。例え、比較対象が零夏であろうと、だ。
そんな母親の背中を冷たい視線で見つめるのは、彼女の娘であるファルネ。
彼女の中にフィオに対する親愛や敬意などもうない。惚れた男にみっともなく付きまとい、都合のいい女として満足している侮蔑の対象だ。
ファルネの隣の席に座るギイハルトは、目を閉じて無言を貫いている。
「……寝てるかしラ?」
「いや、起きてるよ」
フィオがギイハルトの裾を引っ張ると、微かに笑みを浮かべてフィオの頭を撫でた。
ぷい、と顔を背けるファルネ。
「子供扱いしないでよネ」
「……失敬」
再び沈黙。
その奇妙な空気が、彼ら四人の様変わりしてしまった関係を如実に現していた。
小さな電子音。レーダーに光点が現れる。
表示されているのはセルファーク全土の地図。
軍用機は複数の早期警戒管制機や船舶、地上レーダーなどとデータリンクすることで自己能力以上の索敵範囲を確保することが出来る。
この飛行機も例に漏れずデータリンクを行い、セルファーク全ての監視をしているのだ。
ただし、リンクの対象は神。世界を掌握する唯一神セルファークとリンクし、情報を得ている。
また、ヴァルキリー単独でも高性能レーダーによって半径一〇〇〇キロメートルを探索可能。共和国や帝国といった大国の軍事行動の完全掌握すら単機でやってのける。
魔法の神に加護を受けし、鋼鉄と炎の戦乙女。
地球において死の天使と呼ばれた爆撃機は、異世界においてもその在り方を変えてはいない。
「隊長、小型機が接近―――早いです、マッハ3を越えています」
艦橋に緊張が走る。セルファークにマッハ3以上で飛行可能な機体など数えるほどしかない。
「強行偵察か?」
「いえ、そもそも我々が目的とは考えにくいです。この機体を補足し追跡するのは事実上不可能です」
レーダー技術が存在しないセルファークでは目視以外にヴァルキリーを補足する手段はない。たとえ発見されても、追おうと機体に乗り込んだ時にはヴァルキリーは空の彼方。追跡しようがないのだ。
「イレギュラー? きな臭いわね」
言葉に反し、ファルネの口調は楽しげである。
ガイルは億劫そうに立ち上がり、窓から裸眼にて地平線の先から追いかけてくる機体を捉えた。
六キロ先まで接近した白い機体、ガイルはそれに見覚えがあった。
「―――面白い。フィオ、速度をマッハ2まで落とせ」
「了解」
数字が一つ減っただけとはいえ、一二〇〇キロ以上の減速である。自動車の急ブレーキの如く強い前のめりの慣性がしばし働き、ようやくヴァルキリーは指示された速度となった。
やがて、不明機はヴァルキリーに追い付き平行飛行へと移行する。
『……お父さん?』
『ソフィーか』
四発のロケットと巨大な翼を追加した白鋼。
その全長は本来の白鋼の倍である二〇メートルに迫り、かなりの巨大化を果たしている。
しかしその白鋼とてヴァルキリーの三分の一でしかない。その巨大な鉄鳥に、旅客機すら見たことのないソフィーは息を飲む。
『なんの用だ』
親子の再会に、変わらぬ声色で答える父。
『俺もいるぜ、ガイル。なあちょっと話をしないか?』
白鋼を強化したとはいえ、零夏も当然穏便に済ませたい。だからこそ残り時間の少ないロケット燃料を無駄にしてでも、通信を行ったのだ。
本心は「なんでマッハ3級の爆撃機に乗ってるんだよ、亜音速で飛べよ」と不満満々だったが。
しかし燃料がないことを悟られれば駆け引きの手札を大きく失うことになる。だからこそ、零夏は気楽な調子を崩さない。
『久々だな、元気してた?』
『どうやってここを調べた?』
聞いちゃいねぇよこいつ、と内心毒突く零夏。
『いや、リデア姫以外にありえないか』
『あー。まぁな』
零夏はリデアを信用出来る人間だと考えている。得体の知れない部分こそあるが、性格的には友人として好ましく、またただの子供だ、と。
だからこそ、なぜこの場所とタイミングでガイルと接触出来るのを知っていたか、それをリデアに問いただすつもりはない。必要ならきっと話してくれる、そう信じている。
現に、このタイミングに関しては話してくれたから。
『なんの用だ。また落とされたいか?』
『おっと攻撃するなよ、そっちには子供もいるんだろ? 俺も撃ちたくないし、ガイルだってソフィーを撃ちたくあるまい?』
解析魔法にて零夏はヴァルキリーの乗員を全て把握している。その面子に一つの共通点があることも。
(ガイル、ギイハルト、フィオ、ファルネはおまけとして……大戦時のガイルの部隊員じゃないか。なにを企んでいるんだガイル)
『話し合いの割には随分と強化してきたな、殺し合う気があるとしか思えないぞ』
ガイルの視線は白鋼の主翼へと向かっている。
正しくは主翼に格納されたミサイルへと。
(解析魔法―――ガイル、やっぱりお前は……)
『帝都でいきなり襲ってきたのはガイルだろ。こちとら正当防衛の自衛手段をちょっぴり増設しただけだ』
『はっ、白々しい。フィオ、やれ』
『隊長!? 相手はソフィーちゃんとレーカ君ですよ!』
さすがにギイハルトが止めに入るが、ガイルの鋭い眼光の前に言葉を失う。
『ギイ、目的を忘れるな。これは世界解放の為に必要なことなんだ』
『ですが―――その為に娘を殺す気ですか!?』
『フェニックス、発射します』
ヴァルキリーのウェポンベイが開き、長さ四メートルほどの大型ミサイルが投下される。
『死なんさ、俺の娘だぞ』
コンソールに手を伸ばしたままのフィオが歯軋りをしたのは、誰にも悟られることはなかった。
フィオが憎む女、その生き写しであるソフィーはやはり憎悪の対象である。
空中に躍り出たミサイルが点火、白鋼へと向かう。
『XBー70だってそうだけど、フェニックスなんてどこから調達してくるんだ畜生ッ』
長距離空対空ミサイル・フェニックス。射程距離二〇〇キロを越え、マッハ4で飛翔する高性能ミサイルである。
だが零夏もミサイルの存在を危惧していなかったはずがない。ここひと月の仮想敵機は、地球製の心神なのだから。
『チャフ放出! ソフィー避けろ!』
アルミ泊をばらまきミサイルのレーダーを錯乱、誤作動によって逸れたフェニックスミサイルを回避する。
しかしフェニックスミサイルは推力偏向による強引な方向転換をし、白鋼正面から接近する。
『なんだ今の動き、オリジナルとは別物かよっ』
心神やヴァルキリー等の機体はともかく、消耗品であるミサイルはフィオ手製のコピー品だ。ドッグファイトにおける運用の為にアクティブ・レーダーだけではなくデータリンクによる補正を行い、燃料切れ以外では撃墜するか撃墜されるまで敵機を追い続ける。
『レーカ、私に任せて!』
すれ違う白鋼とフェニックスミサイル。
刹那、ミサイルは竹のように縦に裂けた。
爆散するミサイル。
『切った? ナイフでも仕込んでいるのか、その機体には』
『これがお前の答えか、ガイル! 遠慮なく撃ちやがって!』
『ソフィーなら避けられる、お前が余計なことをしなくてもな。無人兵器に殺されるようなら俺の娘ではない』
ヴァルキリー下部のハッチが開き、心神が滑り落ちるように発進する。
木の葉のようにくるくると舞い、空気抵抗から一気に減速。白鋼とヴァルキリーに一旦引き離されるも、強力な推力によってすぐに追い付く。
心神と白鋼が僅かに数瞬、静かに睨み合う。
『フィオ、空域を離脱しろ。俺は後から行く』
『了解しました』
加速するヴァルキリー。交渉は決裂と言っていい、零夏は小さく舌打ちした。
次の機会などあるかすら解らない。零夏はガイル以外の者達へと話しかける。
『ギイハルト、とりあえず教えとく。エカテリーナさんが探していたぞ』
『……そうか、今度会ったら俺のことは忘れてほしいと伝えてくれ』
『やなこった、自分で言えよ』
くすくすと笑うファルネの声が無線に混じる。
『ファルネちゃん? 君まで……フィオさん、親としてどうなんですかそれ』
ガイルが正直に打ち明けないあたりから、零夏は彼らの企みに後ろめたい部分があると確信している。そしてそれは正解だ。
そんな行動に我が子を付き合わせる、というのが零夏は信じられなかった。単に預ける人がいなかっただけかもしれないが、ならば初めからガイルの行為に参加すべきではない。
『部外者が口出しをするな』
『……フィオさん、性格変わってるぞ。あんまりピリピリしてると小皺が増えるぜ』
フィオのにべもない返答に軽く苛立ちを覚えた零夏は、年齢的に割と有効な嫌味をセレクトして返すのであった。
『…………。』
無言ながらも伝わる怒気。ファルネの笑い声が「くすくす」から「アハハッ」にランクアップし、零夏は見えもしないのに肩を竦めた。
『おお、怖い怖い。ところでギイハルト、イリアちゃんは?』
『ん、ああイリアかい? こんなことに付き合わせるわけにはいかないからね、ドリットに残したよ』
『エカテリーナさんはイリアちゃんも行方をくらましたって言ってたけど』
『……そうか、まああの子は強いからね。旅くらい平気だよ』
イリアが舞鶴相手に生身で戦ったことは零夏もソフィーから聞いている。拙い説明なので詳細まではよく解らなかったが、旅くらい平気とは事実なのだろう。
ヴァルキリーが遠のき、共振通信が途切れる。
『待たせたな。っていうかなんで待ってたんだ?』
『別れに割り込むほど無粋じゃない。部下のプライベートに口出しする権利は部隊長にはないさ』
『本当に、やるのか?』
無言でファイターモードへと変形し、レールガンを展開する心神。
「レーカ、もういいよ」
終始無言であったソフィーが、ふと言葉を発した。
「私の問題でもあるもの、私からも言わせて」
すぅ、と小さく息を吸う。
そして、彼女なりの大声で叫んだ。
『こぉのぉぉ、馬鹿おやじぃぃー!』
美少女にあるまじき叫びであった。
時速二五〇〇キロにての反抗期。うまく形に出来ない感情を、彼女は浮かぶままにぶつけることにしたのだ。
『私、怒っているんだから! お母さんが死んで、なんでお父さんまでいなくなるの? なんでそうなるの? お父さんだってショックだったのは解るわ、でも変じゃない? なんで私のことをほったらかすの? 私、娘なのよ? ちょっとくらい甘えさせなさい甲斐性なしの足くさおやじー!』
『言いたいことはそれだけか?』
『いいえ、まだよ、まだまだよ! 私は私自身になるって決めたんだから、我が儘だって言うしその為の努力もする! だから―――』
ソフィーは心神をしっかりと見据え宣戦布告する。
『すぐに捕まえるんだから、覚悟しなさい!』
『……くくく、ははははははは、愉快な成長を遂げたな』
その時、確かに零夏は幻視した。
紅と白の猛禽が、臨戦態勢で睨み合う様を。
『もう俺に抗う術を得たか、それでこそ俺の娘だ!』
家族だった者達の戦闘が開始される。
零夏が心神の能力において最も厄介と考えているのは、他でもないミニイージスによるレーザー迎撃システムだ。
有視界内であれば問答無用で撃墜される、強力な盾。心神が一〇〇年後の機体であることを考慮すれば、その力は計り知れない。
だから零夏は考えた。見えない鉄壁を破るのに必要は兵器は何なのか。どうすれば三六〇度をカバーする目から逃れ死角に潜り込めるか。
具体的な技術内容が判らない以上、彼は地球における対イージス艦戦術を参考にすることにした。
イージス艦を沈める手段は幾つかある。基本的なものとしてはレーダーに引っかからないように海面スレスレを飛行し、接近して対艦ミサイルを撃ち込むという方法だ。
しかし心神は航空機であり、レーダーに映りにくい遮蔽物など空にはない。故に零夏はもう一つの、原始的な手段を対策として選んだ。
ミサイルの飽和攻撃である。
イージス艦はデータリンクしたミサイル駆逐艦等との共同作戦を前提としており、単独でのミサイル迎撃には限界がある。
機械である以上当然だ。イージスシステムは極限まで効率化された迎撃であり、バリアやシールドではないのだから。
物理的な処理限界以上のミサイルを叩き込む。数こそ正義のソ連チックな作戦。
コックピット側面に退けてあったキーボードを引き出し、心神を睨みつつ高速でタイピング。
心神のスペックを推測。ガイルの性格からどのような選択肢を選ぶか先読みし、数値を入力していく。
『お返しだガイル。倍返し、その倍の倍の更に倍以上でな!』
心神の迎撃限界がどれほどか零夏には検討がつかなかった。だからこそ、出し惜しみはしない。
白鋼に後付けされた重火力強襲ユニットの主翼ウェポンベイが開き、格納されたスクラムジェットミサイルが発射される。
その数は実に数十発に及ぶ。ユニットに格納されていた全てである。
一本一本は二メートルにも満たない小型ミサイルとはいえ、数十本となれば体積も重量も馬鹿にならない。白鋼にわざわざ巨大な追加ユニットを搭載したのも、ロケットエンジンを追加したのもほぼこの為だけだ。
全弾発射した白鋼にとって、重火力強襲ユニットなど重石でしかない。内部に爆薬を充填した分離ボルトを起爆し、幾つかのパーツをばらまきつつユニットは分離される。
ここで初めて白鋼の新型エンジンが起動。
心神を追尾する数十発のスクラムジェットミサイル。燃料はほぼ積んでおらず、燃焼時間は僅か一〇秒ほど。しかしその速度、実にマッハ一〇。
スクラムジェットエンジンが可能とする極超音速、だがガイルはそれを鼻で笑った。
『ふん、子供騙しが。この機体の特性を忘れたか』
心神が再び変形し、平坦な形状―――サイレントモードとなる。
レーダー波どころかありとあらゆる波長を受け流し偽装する、完全なるステルス能力。それは光波すら例外ではない。
心神の機影が空に溶け、虚空をスクラムジェットミサイルが通過する。
光学迷彩によって姿を消した後に回避運動を行ったのだ。
『どこにいったの?』
『一〇時方向、ちょい上』
解析魔法によって零夏には見えている。しかし今の心神を機械が関知することは不可能。
行き場を失ったミサイルは大きく散開し―――
『な―――に……!?』
心神を、包囲した。
『馬鹿な、追尾したのか、見えない心神を』
機体をファイターモードに戻し、レーザー迎撃を開始する。しかし間に合わない、いかんせん距離は近く数は多すぎた。
『勘違いするな。厳密に言えば、これはミサイルではない』
タイマーが作動。ミサイルが分解し、内部の子弾が放出される。
心神に迫る数百の爆弾。一つ一つの威力などたかがしれている。
しかし一発でも触れれば、装甲のない航空機は戦闘不可能に追い込まれる。
『事前にデータを打ち込んだ。お前がどう逃げるか、それにどう対処して囲めばいいかを』
ミサイルとは自己判断で敵機を追いかける兵器だ。故に、これはミサイルではない。
『こいつはロケット弾だ』
『馬鹿げてる、こんなもの!』
これが地球のパイロットであれば、心神は撃墜されていただろう。それほど零夏の飽和攻撃は単純ながらも有効であった。
だがガイルは銀翼の天使、最強の英雄。
人間離れした胴体視力と勘によって、最適の回避ルートを算出する。
『うおおぉぉぉぉぉ!!』
雨降りの中、雨粒を避けて濡れずに歩ける者がいればそれはきっと人間ではない。
ならば、クラスター爆弾を回避するパイロットは人間か否か。
上下左右、縦横無尽。Gに振り回され機体は軋み、それでも機動は鋭さを増す。
レーザー迎撃による部分もあるだろう。しかし……
『舐める、なぁぁぁ!!!』
……単純に、彼は人間の域を越えていた。
子弾の雨の中、傷一つない心神が離脱する。
コックピットモジュールにて乱れた呼吸を繰り返すガイル。いかに彼といえど消耗は激しい。
そこに、隙が生まれた。
心神に影が指す。上を確認すれば、そこには白鋼の前進翼の機影。
『休んでいる暇はないぞ、ガイル!』
『……ッ、こちらが本命か!』
その通りであった。
ガイルがソフィーを『無人兵器に落とされる器ではない』と称したように、彼らとてガイルを『無人兵器だけで落とせるほど楽な相手ではない』と認識していたのだ。
だからこその二段構え、あれほど苦労して拵えたミサイルとて、ただの接近するまでの時間稼ぎでしかない。
爆弾回避に徹していた心神は速度を大きく落とし、亜音速にまで低下している。それに追い付くなど白鋼にとって容易い。
「さあソフィー、ここからはお前のショーだ!」
「うん、頑張るっ!」
あわや衝突、と危惧するほど接近する白鋼。
心神の進行方向へと先回りし、主翼を翻す。
『なるほど、先程ミサイルを切ったのはそれか』
白鋼を回避する心神。二機の距離は常に数十メートル以内に収まっている。
正確にいえば、白鋼が逃がさぬように立ち回っているのだ。
『全ての翼が刃物になっているとは……格闘戦装備の戦闘機など、珍しいものを』
ガイルといえど接近特化型の戦闘機などエカテリーナの雀蜂程度しか知らない。大戦中にいた気もするが、覚えていない。
主翼二枚、カナード翼二枚、垂直尾翼五枚、補助翼二枚、そして主兵装のミスリルブレード。
白鋼は合計一三枚もの刃物を装備した、全身武器と化している。
『そっちの間合いで戦ったって勝ち目は薄い、せいぜい白鋼の得意分野に持ち込ませてもらう』
心神は地球の飛行機であり、敵機との距離はむしろ遠くを想定している。ファイターモードというドッグファイトに特化した姿を持っていようと、わずか数十メートル範囲内で有効な火器などない。
風に乗り木の葉のように舞う白鋼が、心神主翼のレーザー砲身を切り落とす。
「よしっ、レーザーさえ使用不可能になれば!」
『やれやれ、直すのはフィオだぞ。……で、使用不可能になれば、なんだって?』
もっとも警戒していたイージスシステムの破壊。しかし、それは業火にガソリンを注ぐだけの行為だった。
『いいだろう、お望み通り接近戦を演じてやる』
帯電するレールガンの砲身。
甲高い鳴き声とともに発射された弾頭は、軌跡もよくわからないままに地表に着弾する。
瞬間―――爆発した。
溶けた土が空を舞い、大気を震わせ轟音をかき鳴らす。
土煙が晴れた後に残っていたのは、直径一〇メートルほどのクレーターのみ。
「おいおい、飛行機に載っけるレベルの威力じゃないぞ。運動エネルギーだけで炸裂しやがった」
あまりの威力に顔色を青くする零夏とソフィー。以前白鋼を撃ち抜かれた時は水平発射であり、機体を貫いた弾丸は水平線の先へ消えていった為に威力がイメージしにくかったのだ。
『お父さん、ちょっとは手加減して!』
『悪いが威力は固定だ、気が向いたら調節出来るよう改修しとこう』
一発のデモンストレーションでレールガンは絶対的な一撃必殺であるとガイルは理解させたのだ。彼としてもソフィーを殺す予定はない。
ソフィーの操縦に怯えが混ざる。無難な、安全な選択肢を選ぶ動きになったのだ。
対し興の乗ったガイルの操縦は切れを増す。
心神はカナード翼に四発の熱核融合水素ロケットエンジンを内蔵している。それが上下に自在に傾き、機体を力ずくで振り回す設計なのだ。
あまりに無茶な動きが可能の為、純正品は強力なリミッターが施されている。
ガイルはリミッターをいくらか解除し、肉体の限界を超えた動きすら再現可能。
(なんて、動きだ……! エンジンで強引に機体を振り回してやがる、航空力学もへったくれもねぇ!)
白鋼は風を活してクイックに回頭する設計思想だ。これはソフィーの趣味に合わせたものである。
しかし風を活かすということは、多少なり前進して風を受けなければならないということ。その場で戦車のようにターン出来る心神に、むしろ白鋼の方が振り回される有様だった。
白鋼とて飛行機としては出鱈目なほどに小回りが効く。軽量な構造材にカナード翼と前進翼の組み合わせ、更に二軸式推力偏向装置の追加。しかし、それでも心神が逃げ出さないように立ち回るのが精一杯。
(レーザー砲身を切った以降は近付けすらしない、もう少し小回りが効けば……)
零夏の手が操縦桿に伸びそうになる。
(駄目だ、人型形態になれば速度が出ない。一気に逃げられる……!)
白鋼があくまで飛行機のまま接近戦を行っているのは、それが理由だ。
スペック上の敗北。一〇〇年の差をそうそう埋められるとは知っていたが、それでも零夏は悔しかった。
「俺に技術がもっとあれば……」
「うんん、性能差が勝敗に直結するわけじゃない」
「……大佐ネタか?」
「えっ?」
きょとんとしつつも気を取り戻し、ソフィーはガーデルマンの教えを思い出す。
「小回りで負けてたって、やりようはあるわ!」
怯えを振り払い、白鋼の軌道が変わる。
単調な旋回を繰り返していたものが、一度高度を上げるようになったのだ。
(ハイ・ヨー・ヨー!)
上昇にて運動エネルギーを位置エネルギーに変え、滑り降りることで再び加速し鋭い旋回を行う空戦技能、ハイ・ヨー・ヨー。
ソフィーならば無意識に使うレベルの初歩戦術だが、ガーデルマンの教えから戦闘機対戦闘機の戦術論を習った彼女はそれを武器に転じることが出来た。
一つ一つの動きでは完璧なソフィーだったが、全体としてロスを減らし最終的な勝利を勝ち取る技能は別の話。アクロバットの達人とエースパイロットの違いだ。
設計者の想定しない操縦を行い、スペック以上の能力を引き出す。
それは、戦闘機乗りにとっての一つの到達点である。
あまりに鋭角で変則的なシザーズ運動を繰り広げる双方。
『素人臭さが抜けたな、だが』
ソフィーに出来てガイルに出来ないはずがない。双方の機動は絡み合う蝶のように交わり、互いに食らい付く。
速度は更に低下し、既に巴戦の体を成していた。
『舐められてるわ』
『くそっ、馬鹿にしやがって!』
機体性能は心神が上。技量もガイルが上。戦術論とて実戦経験豊富なガイルがやはり上。
白鋼に勝てる道理はなく、ペースは完全にガイルの流れである。
隙をついて離脱する心神。一度距離が空けば、長距離攻撃の手段がない白鋼にはどうしようもない。
「逃げられたッ!」
「ごめんなさい、偉そうなことを言ったのに」
「いいさ、まだ想定内! 『あれ』がそろそろだ、タイミングを指示するから誘導頼む!」
心神が白鋼の後ろに回り込む。放たれるレールガン。
「左に避けて!」
「きゃあぁ!?」
白鋼とニアミスした弾丸は大気をビリビリと震わせ、コックピットを揺さぶる。
弾速は彼らの想像以上に早い。火薬によって加速する弾頭なら発射後に避ける自信があったのだが、レールガンは発射する前から回避する必要があると判断。
「心神の砲身に注意しろ、レールガンは固定されているから正面にしか撃てない、射線上に入らなければ当たらない!」
「でもっ、見えない!」
ソフィーといえど敵機の姿勢にまで注意を払えない。ましてや視界の悪い後方となれば尚更。
「ガイルは白鋼を落とそうとはしていない、ぎりぎりを狙ってダメージを与えたいだけだ! ちゃんと見切って正しい方向に避ければ完全回避出来る!」
「もう、無茶ばっかり! 言葉で指示されたって間に合わないわよ!」
「それじゃタイムラグのない方法選ぶぞ、怒るなよ!」
零夏は前席のリクライニングシートを倒し、ソフィーを自身の太ももの上に倒れさせる。
「ふぇ?」
「いただきます」
目を丸くするソフィーに接吻。解析魔法をイメージリンクにて彼女に直接伝える。
ソフィーは若干抵抗するも零夏の意図に気付き、目を閉じて頭の中で自機と敵機の位置関係をイメージする。
間欠的に空を貫くレールガン。操縦桿を必死に動かし、ソフィーは心神から逃げ続ける。
よく避けるものだとガイルも関心して、キャノピー内の行為に気付いた。
『なにやってんだクソ餓鬼、殺す、ぶっ殺す』
『ぷはっ、今更だぞ親バカ!』
『レーカ、舌入れたでしょ!?』
レールガンはチャンパーにチャージする為に連射は出来ない。零夏はその充電時間をしっかりと計っていた。
(次の発射まで三秒、間に合う!)
「ソフィー、ループだ! 二,四秒以内に天辺まで昇れ!」
アフターバーナー全開で空を昇る白鋼。心神もそれを追う。
凄まじいGが天士達を襲う。
「くきゅうぅ……!」
「あ、あと一秒、目を閉じろ……っ!」
『あれは―――』
ガイルもようやくそれを視認した。太陽の中から降下してくる、白鋼より巨大な機影。
『さっき切り離したロケット? 小賢しいッ!』
重火力強襲ユニットだ。白鋼からパージした後、墜落することなく自立飛行していたのだ。
分離前にキーボードで打ち込んだ通りのタイミングの再登場。二人は無闇に逃げていたのではない、この兵器の前に心神を誘い込んでいた。
『だがそんな自立兵器、レールガンで落とせばいい!』
心神の照準が強襲ユニットを狙う。
引き金を引く瞬間―――ユニットは爆発した。
『な―――自爆!?』
時限装置の仕込まれていたユニットは残りの燃料と爆薬に起爆し、心神の前で火球となった。
『そんな攻撃、そうそう食らうものか!』
『残念、そいつは攻撃用じゃない!』
火球は赤い炎から迸る閃光へと変化。
内部に仕込まれたアルミニウムやマグネシウム等が燃焼し、人工の太陽となって空を照らした。
『しまった、目くらまし!? いやそれ以上に―――!』
『―――この光の中では、センサーが役に立つまい!』
レーダー波、赤外線、可視光線、全てのセンサー類を一時的に使用不能にする妨害兵器。それこそ本当の目的。
光の中から現れるは、人型に変形した白鋼。
『とったぞ、接近戦!!』
ミスリルブレードが心神に迫る。
『くぅ、間に合わないだと……!』
絶対に回避不可能な距離と速度、確実に攻撃が当たる瞬間。
全てはこの時の為の布石。零夏が考え抜いた対第八世代戦闘機攻略法だった。
勝利の確信には充分な成果。しかし、ガイルは諦めるはずもない。
(やむを得まい、まだ未知数の装置だが……!)
新設された操縦桿に手を伸ばす。
その瞬間、心神が膨れ上がった。
「嘘、でしょう?」
「あれは、マジかよ!?」
『以前までの俺だったら落ちていたが……残念だったな!』
機体全体に増設されたロックが解除され、可変主翼の可働範囲が大きくなる。
心神のコックピットモジュールを含む機首が前方に九〇度倒れる。
翼端より展開される、折り畳まれた手首。機体背面より離脱したレールガンは電力供給ケーブルが繋がったまま右手へと移る。
機体後方のエンジン排気口も分離。カナード翼が後退しサイレントモード時の定位置である主翼中央へ移動。四発のロケットエンジンのうち二発は機体最後部、つまり脚部へと直結。残り二発はカナード翼に残り背面エンジンとなる。
太い足に飛行機機首の形のままの頭部、異様に長く薄っぺらい両腕。
人型と呼ぶのにはあまりに人間離れした姿であったが、それは確かに半人型戦闘機であった。
『ソード、ストライカー……!』
白鋼のミスリルブレードを、胴体を捻ることで回避する心神。
二機のソードストライカーが空にホバリングし、睨み合う。
『速度が犠牲になるが、この小回りの良さは魅力だな。さあ、試運転の相手をしてもらうぞ!』
事前に用意した策は尽きた。
ここに、世界初の半人型戦闘機同士の戦いが始まる。
紐で引き合うように、何度も交差してぶつかり合う白鋼と心神。
白鋼のミスリルブレードが左右に別れ、片刃剣の二刀流に。
「触れれば切れる」を目指し改修した部分だが、単に分離するだけではない。
ブレード先端のスリッドはラムジェットとなっており、振るった瞬間に空気を圧縮し燃焼、自己加速する。その速度は極超音速に達するほどだ。
それと対峙する心神は運動性能を最大限に発揮し、剣先を避けていく。時折ウェポンベイから安価なロケット弾を発射し牽制、レールガンは温存する。
『逃げんな!』
『お前が遅いだけだ』
白鋼もエンジンユニットを可動式に強化し、運動性能が飛躍的に増している。
しかし心神は両足と両脇四カ所にエンジンだ。一発の白鋼とは比べものにならない柔軟な動きを可能としていた。
「大きい割に早いわね」
白鋼が平均的な人型機のサイズである一〇メートルほどであるのに対し、心神は約二〇メートル。人型機としてはかなり大型だ。
「足首がない、ソードストライカーと言えど空中戦特化なんだろう」
当たらないと判りつつも零夏は剣舞を止めない。常人であれば一〇〇回はバラバラに解体されているであろう剣戟の中、心神は空を踊り無尽に飛ぶ。
『どうした、その程度か』
『どこまでも、上で威張りやがって!』
叫ぶ零夏に、ガイルも違和感を感じ始めた。
(一旦退けばいいものをなぜ無駄な攻撃を繰り返す?)
頭上を掠める剣を降下して回避、その瞬間理解した。
『地上戦に持ち込む気か……?』
『バレた!』
白鋼のハイキック、全身ブレードの白鋼は体術も攻撃となる。
判っていても降下せざるを得ない心神。
(降下し過ぎた、もう地上はすぐ側だ。これはまずいかもしれない―――)
(ここまできたからにはガイルも地上戦をせざるを得ない、持ち込める―――)
この場にいる全員が同じ見解を抱く。
((先に水平飛行に移行して逃げたら、加速する前にやられる!))
遂に着地する二機。背を見せられない状況に、ガイルも地上戦に応じざるを得ない。
地面を蹴って加速する白鋼、ホバリングしか出来ない心神は白鋼の速度に追従不可能。
『形勢逆転だな!』
『るせぇよ!』
軽業士の如く跳躍やバック転を駆使する白鋼。汎用性を求め人型機として使用することが重視された白鋼は、地上では飛行特化型の心神より遙かに身軽だった。
猛攻を受ける心神はやぶれかぶれのロケット弾を撃つも、それすら白鋼は容易に切り捨てる。
心神に迫るブレードの切っ先。
『っ、舐めるなぁ!』
『うおっ!?』
足を白鋼に向け、エンジンの排気で白鋼を吹き飛ばす。
僅かに後退した隙に岩影に隠れるも、零夏は解析魔法にて位置を把握しつつ剣を構える。
「あまり時間を与えると、飛行機に戻って逃げられるわよ」
「大丈夫、この場で切るっ」
心を研ぎ澄ませ、一閃。
人間にとっては岩山サイズの大岩を左右に真っ二つに切る。
『岩を!?』
『人型機の剣には魔刃の魔法がかかっている、このくらいなら腕さえあれば出来るさ』
キョウコであれば鉄であろうと切っていた。地上戦の経験が乏しいガイルには、岩が隠れるほどの強度がないと見抜けなかったのだ。
『これで終わりだ!』
『む、ぐうぅ!』
ミスリルブレードの切っ先が心神のコックピットに立てられる。
心神のレールガンもまた、白鋼のコックピットを狙う。
『…………。』
『…………。』
『…………。』
静止する戦場。
奇妙な膠着状態が生まれてしまった。
どちらも相手を殺せる状況。だが、その時は自分も道連れにされる。
剣を、砲口を退けば無防備な姿を晒すこととなる。互いに殺意はないので手加減されるかもしれないが、この戦いは敗北だ。
(どうする、どう動く……!)
誰もが冷や汗をかく。
集中力を切らせるまで睨み合いを続けるか。それは、あまりに不毛な無音の戦いだった。
どれほど時間が経ったか。
両機に割り込んだのは、クリスタル共振通信だった。
『―――商会所属、505便だ! 空賊の中型級二隻に挟まれている、誰か助けてくれぇ!』
彼らの決闘とはまったく無関係な救援要請。
通信手が伝える座標は、ここからそう遠くない。
付近にいた自由天士が返答する。
『中型級二隻持ってる空賊なんて個人で対処できねぇよ、軍を呼んでくるから耐えろ!』
だが旅客飛宙船の側に余裕は戻らない。
『もう乗り移られているんだ、軍じゃ間に合わない!』
通信の向こうから聞こえる爆発音や叫び声。それは、船が戦場になっていることを示していた。
「くっ」
零夏の脳裏に共和国の地獄が蘇る。
なんの意義もなく死にゆく人々、増え続ける犠牲者。
規模こそ違えど、結局は同じ。
「レーカ!」
「っ、ソフィー、ごめん!」
少年は決断した。
「ここで行かなきゃ俺は後悔する、だから―――」
「―――ええ、私も同じ。付き合うわ」
頷き合い、心神へと通信した。
『ガイル、これから俺達は救援要請に応える。合図で同時に離れよう』
ガイルが話に乗らなければ、救援には行けない。
『……いいだろう』
また、同意したところでそれが本心かは解らない。
のっぺりとした不気味な心神の頭部を見据え、双方はカウントダウンをする。
『『三、二、いちっ!』』
弾けるように距離を取る白鋼と心神。
二機はそのまま飛行機形態へと変形し、事件現場へと加速した。
「お父さん……」
自分達と同じ判断をした父に、どこか嬉しげなソフィー。
しかし耽る間もなく、超音速にて現場へと急行する。
僅か十数秒で、戦場から一〇キロメートル離れていた三隻の飛宙船が視認された。
三〇〇メートルの大型級旅客飛宙船と、それを挟みこんで動きを封じる一〇〇メートルの中型級飛宙船が二隻。
平行に並んだ三隻、その後ろから突撃する配置で二機は彼らと邂逅する。
『まるで捕鯨だ、ガイルは右を!』
『指示するな!』
船とすれ違いざまに、心神は向かって右の空賊船へとレールガンを叩き込む。
同時に白鋼は、機首から腕だけを広げ横薙ぎにミスリルブレードを構える。
白と紅の閃光が過ぎった瞬間、空賊船二隻の命運は決した。
大型級旅客飛宙船のブリッジにて。
横付けして攻撃してくる空賊船、その片方が爆ぜて燃え上がった。
「右舷空賊船、墜落しています!」
瓦解し落ちていく空賊船、客船の艦長はなにが起きたかすら理解出来ず部下に怒鳴る。
「なにがあった!? 報告しろ!」
「赤い影が過ぎったのを見ました、戦闘機かと!」
「中型級飛宙船を一撃で落とす戦闘機がいるかっ! ―――どうした、あちらの空賊船も傾いているぞ!?」
反対側に着いていた空賊船がバランスを崩していく。
「ふ、船が、『切れて』います!」
「切る、だと!? ふざけるな、そんなことありえるはず……」
艦長はそれ以上を続けられなかった。
目の前で船がずれていく。最後尾から船首までを横に切られた空賊船は、浮遊装置を含む下半分は浮かびつつ、主要な区画の揃った上は遂には空から落下していった。
既に客船に乗り移っていた空賊は命拾いしたものの、戦意喪失し降伏していく。
「艦長!」
呼ぶ声に我に返り、彼はとりあえず指示を出した。
「……通信手、救援はともかく軍は不要と伝えておけ」
速度のままチェイスを続ける白鋼と心神。
地上スレスレを飛ぶ中、隙を見て心神が谷に飛び込む。
『興が逸れた、退かせてもらうぞ』
『テキトーなこと言って逃げんな!』
『ハハッ』
否定しないガイル。適当な言い訳であるという自覚はあった。
白鋼も心神を追い渓谷へと侵入。
『勝負に乗ったか、それでこそだ』
険しい岩肌の露出した谷の内部。少しでも接触すればバランスを崩し、蓄積された運動エネルギーが衝撃へと転じ機体は破砕される。
恐怖はそれだけではない。目に見えない驚異が白鋼を襲った。
ソニックムーブ。音の衝撃波が渓谷内を反響し、白鋼を揺さぶる。
「どうしよう!?」
「マッハ2以上を維持しろ、少なくとも自分自身の衝撃波は当たらない!」
複数の戦闘機が谷底をマッハ2で飛ぶという異常事態。彼らの抜けた後は衝撃波にて全てが粉砕し、地形が崩壊していく。
狭い谷底を飛ぶこと事態が自殺行為なのだ。ましてや音速を維持出来るのは、それこそ銀翼クラスのみだろう。
『そういえば、さっきは世話になったな』
『なんのことだ?』
『ミサイルの弾幕のことだ、返礼しよう。受け取れ』
サイレントモードへと可変し、クルビットをする心神。
「なっ!?」
後方を向いた瞬間、ありったけのロケット弾を白鋼へ向け発射する。
闇雲ではない。風を読み計算された狙いで放つガイルのロケット弾は、コストパフォーマンスが優れており大戦の頃から彼が好んで使用していた攻撃手段なのだ。
そのまま一回転、通常飛行へと戻る心神。
「マッハ2よ? 風圧で機体が壊れそうなものだけれどっ」
「タネがあるんだろ、俺は見たぜ」
しかし所詮は直線飛行しかしない無誘導兵器、ソフィーは紙一重のラインを飛び避けていく。
「タネって?」
「光ったんだ、心神が」
クルビットの瞬間に僅かに発光した心神の外装。零夏はその正体に覚えがある。
『まだ足りないか?』
『お腹いっぱいだよ義父様!』
心神のレールガンが谷壁を穿つ。
壁面が爆発し、渓谷内に無数の破片や岩が降り注ぐ。
「ソフィー任せたああぁぁぁっ!」
「―――っ!」
零夏の指示では間に合わない。ソフィーは自身の判断で機体を振り回し、岩々を回避していく。
落下する一際大きな岩。その下を潜り、白鋼は上昇する。
「谷が終わる―――」
二機は開けた荒野へと飛び出した。
これで全力飛行が出来る、そう考えるも、むしろ谷の中で窮屈な思いをしていたのは巨体の心神であり。
青い水素の炎を吹き出し、ガイルは猛加速する。
追いすがる白鋼、しかし心神の本気の加速は白鋼を引き離しつつあった。
白鋼は決して遅くない。むしろ、有人機としては狂気の域に達した加速力を有する。
単純に、心神はそれ以上の化け物だというのもある。
だがそれだけではない。心神のスピードの伸びを支えているのは、地球ではなくセルファーク独自の技術だ。
心神はサイレントモードとなり、平坦な機体となっている。
その表面に、紋章のように緻密な文字が光り浮かんでいた。
「あれは?」
「大気整流装置だ」
「大気……赤矢に装備されていた、機体表面の空気を受け流す技術?」
「そうだ、外装を熱や圧迫から守るのと同時に、能動的に風を逸らすことで空気抵抗を無効化する装置だな」
谷底での超音速クルビットを可能としたのもこれだ。風圧すら受け流してしまえば、例え太陽表面に飛び込もうがダメージを受けない。
「赤矢と形が違うのは?」
「あれが理想的な術式の刻み方なんだ。ブレードに集中させれば魔力で焼き切れるが、全体に分散させれば消耗も減る。稼働部がないのも利点だな」
「どうして赤矢はそうしなかったの?」
「機体形状の計算が難しい。ステルス機が術式を刻むのに都合がいいのだが、俺にはとても計算しきれなかった」
何の因果かレーダー技術のないセルファークと、空気を操る魔法のない地球。それぞれの技術には共通の解があった。
それが形状理論。セルファークもまた、時代が進めば同様のシルエットを持つ戦闘機へと至る運命にある。
「離されちゃうわっ」
「そろそろ使うぞ、赤矢からぶんどった大気整流装置!」
長時間使用出来ないので温存していたが、使う時は出し惜しみしない。
安全装置を兼任した蓋を開き、スイッチを押す。
白鋼の機首から三枚のブレードが開き、空気の層が機体前面を包んだ。
「後ろのブレードがないから抵抗は大きいが、エンジンパワーでなんとかなる。あとは任せた!」
「あら、任せちゃっていいの?」
許可が降りたと白鋼を更に加速させるソフィー。
実用機の限界速度を越えた速度。だがそれでも尚、機体は押し進んでいく。
「マッハ3,5……!」
不意に零夏は思い出す。
僅か半年前、ソフィーと共に音速を越えた時のことを。
(そうだ、あの時もこうしてガイルと飛んでいたんだ)
あの時もドラゴンに追われやむを得ずマッハ3を出したっけ、と思わず笑みが零れる。
「レーカ?」
「……なんでこんなことになっちまったんだろうな」
通信を繋ぐ。
『なんでだ、ガイル? どうしてこんなことをした?』
『…………。』
『よかったじゃないか、あの頃のままで。アナスタシア様はいないけど、それでも守れるものがあっただろう?』
『…………。』
返ってくるのは微かなノイズだけ。
『忘れたのか、一緒に馬鹿やったこと!』
それでも零夏は叫ぶ。かつての日々を嘘にしない為に。
『エンジン作ろうとして暴走して怒られたろ! ツヴェーで悩んでいた俺と語ってくれたろ!
白鋼作る為に相談したりしたろ!』
右も左も解らない異世界での生活、その中で少なからず心の支えであった「男友達」。
『全部大切な思い出だ、お前にとっては違うのか!?』
そこには、確かに友情があった。
速度はマッハ4に到達。全てが流れ置き去りにされる世界。
この速度で事故を起こせば、死んだことにすら気付かず終わる。
時速換算にて五〇〇〇キロメートル。誰も体感したことのない世界で、娘と少年はそれでも男を追いかけた。
『違うな。忘れた、そんなこと』
ガイルはだが、感慨もなく切り捨てる。
『怒られたことも、お前と語り合ったことも、プラチナを精製したこともない』
(…………?)
ガイルの言葉に、零夏は小さな違和感を感じた。
(しろがねの本来の意味は白銀、プラチナだ。だが……)
鼓膜が破けそうなエンジンの爆音も、ミュートしたかのように聞こえなくなる。
今のガイルにも家族への親愛はある。それは、言葉の節々から読み取れている。
だから、零夏は「二人に関する言葉には耳を傾けるかもしれない」と考えた。
『なぁ、ガイル』
だから、訊いてみた。
『なんだ、話すことなんてないぞ』
『白銀の『イヤリング』が欲しい、って頼んできたのは、ナスチヤとソフィーどっちだったっけ』
ソフィーも思わず振り返る。
零夏の質問は前提からおかしい。彼女には彼の意図が読めなかった。
しかし、ガイルの回答に理解する。
『……さあ、どっちだったかな』
「えっ?」
ソフィーの呟き。零夏は確信した。
(―――こいつ、ガイルじゃない)
声の震えを抑え、指摘する。
『その返答はおかしいだろ、白鋼は金属じゃない、この飛行機の名前だぞ』
違和感はあった。むしろ違和感しかなかった。
けれど、致命的な差異はなかったから考えたくなかった。
『お前は、誰だ?』
僅かに聞こえる舌打ちの音。
考えてはいた。ガイルは、ガイルではないのではないか、と。
(いつ入れ替わった? 機体側面の白鋼の字を消した後だから、帝国入りしてから?)
別人だったとすれば、色々と辻褄があった。
豹変し態度。おかしな動言。
しかし、別人ならば逆に妙な部分もある。
なぜソフィーやアナスタシアに親愛を示すか。別人にしては、ガイルの身辺に関して知識があり過ぎる。
『お前はなんだ、ガイルはどうしたんだ!』
『おとーさんっ……!』
『―――うるさい』
終始冷静だったガイルが、初めて感情を露わにする。
『俺が、ガイル・フィアット・ドレッドノートだ!』
白鋼は少しずつ心神に追い付く。
一部のみを人型機に変形し、機首から腕の生えた飛行機といった歪な姿となる。
(関係ないっ! 予定通り、ふんじばって訊いてやる!)
腕が心神へと伸びる。
『とどけ―――!』
『ぼうっとするな、マヌケが! 前を見ろ!』
「は、はいっ!」
父の声で叱責されれば思わず反応してしまう。言葉通り前を確認し、ソフィーの人並み外れた視力はそれを確認した。
壁だ。巨大な、どこまでも続いている絶壁。
「きゃあああぁぁぁっ!!」
無我夢中で操縦桿を引くソフィー。
「うぎゃばはぁ!?」
突然の重圧に身構える間もなく潰れる零夏。直進していたので油断していたのだ。
音速の四倍、時速五〇〇〇キロもの運動エネルギーは簡単には方向転換出来ない。機首を振ろうと進路はなかなか変わらず、五,五トンの機体は壁へと進み続ける。
「とまら、ないっ!」
「ギア、ダウンッ……!」
零夏が辛うじて車輪を出す。
直後、衝撃が白鋼を襲った。
車輪支柱を壁面で削りつつ、強引に右に旋回する白鋼。
内部機構が歪み、砕け、それでも強力なエンジンは機体を押し進める。
やっとの思いで壁から離れる白鋼。
「……生きてる?」
「たぶん……」
人型変形機構の停止。一部コントロールの喪失。車輪の全損。
飛行自体は可能であったが、おおよそ戦闘は不可能だった。
横を流れる壁を見据え、その正体を思い出す。
「最果て山脈、か」
円盤の世界であるセルファークを囲む、丸い山脈。それが最果て山脈だ。
月面まで続くそれは、標高の低い場所は傾斜した山らしい様子だが、上に登るにつれ垂直の壁となる。
巨塔と同じく世界を支える神の柱。零夏も知識としては知っていたが、実物を見るのは初めてだった。
「そうだ、ガイルは!?」
いない。白鋼は右へ旋回したが、心神は左へ旋回した。もう数キロは離れてしまっているだろう。
通信を繋いでみる。どこにも繋がらない。
心神は空域を離脱した、と判った。
「逃げられたか」
大気整流装置も焼き切れており使用不可。追跡は断念せざるを得ない。
戦いの集結は、呆気ないものだった。
「ごめんなさい、私が左に曲がっていれば」
「いや、とっさに引けただけでも上出来さ」
「城に帰る?」
「っていうか、ここどこだろ?」
「さぁ?」
無我夢中で追いかけ、そして急旋回したのだ。現在位置などまったく把握していなかった。
「あれは本当にガイルだったと思うか?」
「……解らない」
動言は不自然だが、あの動きの癖は確かにガイルだった。それは間違いない。
敵か味方かも判らぬかつての家族。だが、互いにコックピットを狙い膠着状態に陥った時のことを彼らは思い出す。
民間人の救援をガイルは選んだ。あの時、俺がガイルを騙していれば心神は落とされていたというのに。
それが、ちょっとだけ救いだった。
「なあ、二人で出発しないか?」
「え?」
「勝手に着いてきそうな奴らがいるけど、ちょっとだけでも二人旅がしたい」
賑やかな旅もいいだろう。信頼出来る仲間は、この旅で何よりも心強いはずだ。
けれど、ちょっとだけ。
「せめて、笑顔で出発しよう。時間はあるさ、ガイルとだっていつか会える」
おそらく一年二年で終わる旅ではない。きっと、ガイルとまた出くわす。
スペック差のある白鋼であれだけ渡り合えたのだ。上出来といっていいだろう。
ソフィーはシートを再び倒し、上目遣いでニンマリとレーカに笑みを向けた。
「な、なんだよ?」
「ううん! いこっ、レーカ!」
白鋼は翼を翻す。
新たな長い旅の始まりだった。
銀翼の天士達 五章 完
ヴァルキリーと合流した心神。
「こ、これはっ!?」
レーザー砲身を切り落とされた機体を見て、フィオは目を剥いた。
「そこ以外にダメージはない。修理しておけ」
「隊長が、機体を傷付けられたとは」
驚愕するフィオ。否、言葉にせずともギイハルトやファルネも同じ思いだった。
「心神のリミッターを解除しろ。完全にだ」
艦橋に向かいつつ会話する。
「し、しかし」
「イレギュラーとソフィーは想像以上の成長速度だ。今回は前までとわけが違う。肉体の天師化を急ぐ」
途中、小さな部屋に立ち寄る。
ヴァルキリーの一室に設置された寝台。そこで全身を固定され眠る少女に、ガイルは笑みを浮かべた。
「次の目標は、カリバーンだ」
ガイルの背後から寝台の覗き込むギイハルトは、心の中で謝る。
(ごめん―――イリア)
茨の蔓ではなく革のベルトで固定される眠り姫。
それは、ギイハルトの妹のイリアだった。
キザ男・キョウコ「あれ、おいてかれた?」
〉飛ばねえ豚は、ただの豚だ!!
「かっこいいとは、こういうことさ」という当時のキャッチフレーズ。実際は「かっこいいなんて言葉は、いい年して無責任な生き方をしている男の我侭だ」という皮肉が含まれていると聞いてショックでした。実話かは不明ですが。
〉半人型戦闘機の実戦配備か。運用方法読む限りではグリペンやハリアーのような感じの運用になるな。
作者もドラケンをイメージしていました。サーブ一家の一員、グリペンのお兄さんで、似た設計コンセプトですね。
〉最近のメカファンタジーでオススメ「Knight's & Magic」
昔から愛読していますよ。書籍も発売してすぐ買いました。表紙絵の主人公とヒロインのツーショットがいい感じですよね。




