地上船と国境の町 2
一日遅れながらも後半完成!
翌朝。
「ソフィー、ほら起きて」
「…………。」
起きようとしないソフィーの布団を引っ剥がし、なんとか自主的に着替えるように促す。
旅の間、不自然なほど聞き分けのよいソフィーだが朝だけは別だ。
布団から出てこようとせず、身を起こしてもなかなか着替えようとしない。
ソフィーは朝が弱いが、怠惰なわけではない。ほっといても定時に起きてしばらく後に行動を開始するような子だ。
きっと、朝に目を醒ましても母親がいない現実を見たくないのだろう。着替えをしないのも、それが母親の手を借りて行う習慣だったから。
着替えている途中で泣き出してしまうことも多々あった。
「櫛、クシ……ああ、あった」
短くなってしまった髪を梳きつつ、彼女の意識が覚醒してくるのを待つ。
「ほら、これを着て」
「……うん」
緩慢な動きで受け取る。
髪を切った件に関して、ガイルに尋ねられはしたものの怒られはしなかった。怒られたら怒られたで理不尽だが。
服はガイルが着替えさせてもいいのだが、これから否が応でも大人になる必要があるという判断で一人でやらせている。
なんで十一歳の子供に大人であることを求めなきゃいけないのかね、世の中ってやつは。
「レーカ、地上船は昼には出発する。今のうちに白鋼を積み込んでおけ」
「わかった。いってきます」
ギルドに停泊しておいたレンタルの小型級飛宙船に乗り込み、駅へと向かう。
エクラノプランの貨物室は広い。金さえ払えば人型機だって何機も運べるし、事実利用する自由天士もそれなりにいる、基本的なサービスの一つだ。
地上をゆく逃避行だった為、白鋼は飛行機形態となり小型級飛宙船の荷台に載せて運んできた。最近の戦闘機は大型化が進み小型級では運び難いが、自由天士の乗る機体はほとんどが一世代前、大戦時の小柄な機体なのでこうやって運ぶのは珍しくはないのだ。
ただ、可変翼機そのものは珍しいのでジョイントの隙間を隠し、後退翼に固定している。飛べることは飛べるのだが、性能はイマイチだ。
横からはみ出た白鋼の翼端をぶつけないように気を付けつつ、町の中心である駅に入る。
船の窓から身を乗り出し、ゲートの詰所に腕を伸ばして書類を係員に渡す。
「すいません、コンテナを借りた者ですが」
「子供?」
「親父の代理です」
ガイルとは親子設定。
「あぁはい、これでよしっと。誘導員の指示に従ってコンテナに入れてね」
「はーい」
白鋼をコンテナに移し、飛宙船はレンタル業者の支店に返却する。
やれやれ、エクラノプランなんて純粋に旅行で見れたなら、どれだけ楽しめたことか。
電車が動き出す瞬間とは、どうしてもワクワクしてしまうものだ。
こんな状況で不謹慎かつ危機感が足りないのは自覚しているが、こればかりは生来のものだ。仕方がない。
借りた客室の窓から外を眺め足をバタバタさせていると、ガイルに頭をひっぱたかれた。
「はしゃぐな、アホ」
俺を見るガイルも心なしか微笑ましげだ。帝国に入ってしまえば危険が激減する、彼も若干気が緩んでしまったのだろう。
「こんな風になっているんだな、旅客船の中って」
数席分並んだ椅子が対面式に配置され、個室として壁で区切られている。コンパートメント席、だっけ。
「大抵はこういう配置だぞ、船の中は。お前の世界では違うのか」
「席は全部前を向いていて、仕切りはなかったよ」
「ふぅん」
頬杖をついて外を眺めるガイル。
エクラノプランは地上を走る飛行機だ。その特性上、一度動いてしまえば止めにくい。
ここまでくれば検問は突破したようなもの。緊張も途切れるというものである。
「ところで、ソフィーは?」
「ここだ」
ガイルは大きな鞄を軽く叩く。モゴモゴと中身が動いた、なんだなんだ?
留め金を外すと、ソフィーの頭が飛び出した。
「ぷはっ」
「……無銭乗車?」
小柄な少女だから出来る芸当だな。まるで難民みたいだ……難民そのものか? いや、亡命の方がニュアンスは正しいだろうか。
もぞもぞと這い出てきたソフィーに手を貸しつつ問う。
「チェックがあったのか?」
「見た限りはなかったが、俺は気配を探るのは苦手だからな。注意するに越したことはない」
笛が鳴り響き、船が浮上する。
外に見えるプロペラが回転し、徐々に地上船は加速しだした。
「思ったより揺れないな」
「ほとんど浮いているんだ、当然だ」
みるみる加速する地上船。重い割に軽やかな発進だ、地上との抵抗が少ないからか?
浮遊装置が停止し、完全に自らの浮力による飛行に移行する。
「新幹線より速いんだよな、これ」
「シンカンセン?」
「新幹線っていつまで『新』を名乗るんだろ」
「人がその名を忘れるまでだ。それより、船内に軍人がいないか確認しておけ」
解析魔法にて船に乗る全員の装備をチェックする。もし軍人が紛れていれば、必ず物騒な物を持っているはずだ。ボディーチェックすらかいくぐろうと、俺の解析は抜けられない。
「大丈夫、全員カタギだ」
「そうか、なら腹拵えとしようか」
昼ご飯に駅弁を腹に納め、俺だけ廊下に出る。
目的地は白鋼が収まった貨物室のコンテナである。
ラウンドベース内で改修した半人型戦闘機・白鋼は、あの時点では未完成品だった。
設計上問題があるという話ではなく、急拵えなので色々と雑なのだ。
具体的にいえば、機体下面のミスリルブレードを外すと中身が丸見えだったりする。
それはさすがにみっともない。というか、壊れる。
機械の外装に求められるのは装甲的な強度だけではない。粉塵・水といったトラブルの原因から中身を守るという大切な役割がある。
急ぎだったので剥き出しのまま戦闘を行ったが、あれはいつ機構に支障をきたしてもおかしくはない危険な行為だったのだ。
「外面の仕上げ、イメージリンクの実装、重心の調節……」
狭いコンテナ内にて作業を進める。
コックピット側面の『白鋼』の字は消した。あまりにも目立つ。
代わりにパーソナルマークでも描こうかな、暇な時に。
「戦闘機に改造するといってもな……余剰スペースないんだよ、コレ」
ガトリングとまではいわないが、機関砲くらいは欲しいものだ。
だが装備したとして、ソフィーに引き金を引かせるのか?
ソフィーはあくまで操縦担当、俺が撃つタイミングを……現実的ではないか。
「装備するとして、機体の外にガンポッドとして外付けするしかないな」
機首に載せるのが理想だが、機首には人型形態の腕が収まっている。空間なんてない。
ガンポッドとは爆弾や燃料タンクのように、胴体下部や主翼に搭載する後付け機関砲だ。
ついうっかり設計段階で装備し忘れた場合などに搭載することが多々あった、ベトナム戦争とかで。
「ミサイル万能で済めば苦労しないぞ、っと」
おおよそ改修を終え、半人型戦闘機・白鋼は一応の完成とする。
武装を追加していくとすればほとんど外付けになるだろう。大陸横断レース後は実験機として使う予定だったので、外部武装の拡張性は高いのだ。
「エンジン換装は後回しだ」
魔界ゾーンラムレーズンエンジンは低速時のパワーが弱い。レース機として妥協したが、人型機形態では踏み込みの加速に力不足を感じた。
どんな出力域でも高い性能を発揮出来るエンジンを開発しなくては。一番の難題となりそうだ。
客室に戻ると、ソフィーとガイルが微妙な空気だった。
「……なに、このジャック・ザ・リッパーがバック転に失敗したみたいな空気」
互いに視線を逸らしたまま、沈黙する両者。
ガイルの隣に座り、小声で訊く。
「どしたの?」
「話が続かない」
倦怠期か、お前等は。
「いっつも娘ラヴだったろ。その調子でやれよ」
「……勿論愛おしいさ、可愛いさ。でも、どうやってそれを表現していたか、解らなくなった」
思い返すと、ガイルの愛情表現はナスチヤありきだった気がする。
むぅぅ。不器用な男だ。
対面するソフィーの隣に移動する。
「ソフィー?」
「うん。……平気よ」
「平気平気言ってると、そのうち自分の限界が見えなくなってくるぞ」
平気なわけがない。
軽く抱き締めるも、ソフィーからの反応はない。
俺が頼りないのか、彼女が求めるのはそういうことじゃないのか。
なんにせよ、この離婚間際の夫婦みたいな空気は俺が耐えきれない。
「な、二人とも」
俺は提案した。
「展望室に行ってみないか?」
飛行機が地上スレスレを飛行するのには、優れた技術とクソ度胸が必要だ。
ソフィーやガイルならば容易くこなすそれも、一般人からすれば縁のない世界。
そんな希有な経験を疑似体験する為、展望室には多くの乗客が乗り込んでいた。
地上船の船首に展望室はある。ここからの光景は、全てが時速数百キロで後ろに流れていく圧巻なものだった。
「速いなぁ」
「遅せぇよ」
「遅いね」
え、なにこの除け者感。そりゃ低空飛行で運河の中を飛ぶよりは遅いけれど。
普通の人はこんな速度で低空飛行を体験する機会はない。だからこそ、ここは乗客達に人気なのだろう。
遅いと評しつつも、なんだかんだでソフィーは気に入ったようだ。大きな窓に張り付き熱心に景色を眺めている。
「ちょっと、いいか?」
ガイルに手招きされて、ソフィーから少し離れた場所に移動する。
「ソフィー、どう思う?」
「可愛いな」
短髪もまたいいものだ。
「それは知っている。そうじゃなくて、なんだ、どうすればいいんだろうな?」
心底困った様子のガイル。子供に訊くなよ。
「親子だろ、娘の気持ちとか多少なりとも解らないのか?」
「親父にとって娘なんてびっくり箱みたいなもんだ。パンドラの箱と言い換えてもいい」
希望が残ってりゃいいんだけどな。
「悪いが、俺にも解らないよ。今のガイルは冷静に考えられる気分じゃないだろ? ほっとくしかないんじゃないか?」
「だが……俺は親だぞ」
「時間が解決する……情けないけど、そんな程度しか縋れそうなものがないんだ、俺だって」
俺に相談してくる時点で、ガイルは相当追い詰められている。人の心配を出来る状態ではないだろう。
「帝国に着いたらゆっくり考えよう。気晴らしになるようなことを、さ」
「……そうだな」
乗客達がざわめいた。
トラブルかと思いきや、それは小さな歓声。
「ああ、見えてきたんだな」
「なにが?」
「鉄橋だ」
レールの遙か先に、深い谷を跨ぐ巨大な鉄橋が見えた。
「あれが共和国と帝国の国境だ」
「そうか、あそこを超えれば安全なのか」
見れば乗客の多くから不安ながらも安堵した様子が窺える。共和国から逃げ出した人々だろう。
汽笛が鳴り響く。
途端、地上船は急激に減速しだした。
「なんだ、停まる気か?」
人々がよろけ転倒する中、ソフィーに一息に近付き体を支える。
「こんなの普通の停車じゃない、緊急停車だぞ」
「そのようだな、一度部屋に戻った方が良さそうだ」
転がってきたガイルと頷き合う。
もうちょっとで国境を越えるっていうのに、いやだからこそ、か。
「―――検問だ」
想定していなかったわけではない。だが、可能性は低いと考えていた。
「地上船は動かすのも停めるのも大変だから、発進してしまえば一直線だと思ったんだが」
「テロリストが利用客の都合を考慮するの?」
「経済的な問題さ、金の勘定が出来ない組織なら最初から破綻している」
解析魔法によれば検問している軍人は一八〇秒でここに到達するペースで移動している。
客室に戻った俺達がまず行ったのは、変装とソフィーを鞄に詰め込むこと。
「ソフィー、きつくない?」
もぞもぞと動く鞄。ガイルが慎重に椅子の下の収納スペースにソフィー入り鞄を仕舞う。
その間も俺は着替えを続ける。
「うふ、どうこの美少女?」
「黙れ」
女装である。
性別を偽るのは変装の基本だ。メイクを変える程度では見破られる可能性が残るが、性別から変えてしまえば第一印象で除外してしまうものだ。
子供の俺はまだ中性的なので、それらしい格好をすれば女の子にも見える。自分の美少女っぷりが恐ろしいぜ。
「問題はガイルだぞ、一番普通な変装なんだから」
付け髭にカツラ、いかにもな変装だ。
「判っている、設定は祖父と孫娘だ」
「はい、お爺様」
若干のゾクゾク感を覚えつつ、俺達は上流階級の旅行者に化けて順番を待った。
乱暴に扉が開かれる。
「おら、監督官様だぜー!」
「っ……!」
ガイルにすがりつく俺。入ってきたのは、なんと昨日のチンピラ監督官だった。
「静かにしてもらえんかの、孫が怯える」
「るせぇ爺!」
怒鳴り散らし監督官は壁を殴りつける。その様子を後に続く兵士はうんざりした目でみていた。
あれ、あの兵士は昨日助けてくれた人だ。
「ジジイとガキだけか!」
「見ての通りじゃ」
「ケッ! さっさと次行くぞ、あーめんどくせぇ!」
禄に確認もせず出て行こうとする監督官。よし、誤魔化しきった―――
「なんで俺がこんな雑用を、おっと!」
監督官が、足元の鞄―――椅子の下の鞄を蹴った。
僅かに鞄から呻き声が漏れる。
(―――!)
膨れ上がる、隣の殺気。
あまりに濃密なそれに、俺は思わずガイルの股間にエルボーを撃ち落とした。
「おほぉ!?」
「あ? どしたジジイ?」
「な、なんでもござらんぞ、おぉ」
冷や汗を流し平常をアピールするガイル。顔は真っ青だが。
「……そーかい、んじゃ次だ次」
手をヒラヒラ振って退室する監督官。
「ああ、そうだ。お前、こいつらの荷物検査しとけや。鞄から鳴き声が漏れた、希少な魔物なんかを密輸してんのかもしれねぇ」
なんで、そんなことだけ几帳面なんだよ!?
立ち去る監督官。残った兵士だけが鞄を開けるべく屈む。
「失礼、見せていただきます」
どうする―――口封じしかないか?
この人は昨日世話になった人だ。恩を仇で返したくはない。
兵士が鞄を開こうとする。
(くそ、なにか、状況を打開する方法はないか―――)
罪悪感は当然あるが、でも家族の命にはかえられ、ない……ッ!
椅子の下に隠しておいたガンブレードに手を伸ばそうとして、ガイルに止められた。
「が、お爺様?」
「待て」
兵士が鞄の中を見て驚いた表情となり、そして苦笑しつつ呟く。
「アナスタシア様譲りの、見事な銀髪ですね」
直立し、ガイルに敬礼する兵士。
「やはり貴方でしたか。お久しぶりです、隊長」
「久々だ、元気だったか?」
え、知り合い?
「お陰様で。ラウンドベースが無様に傾く様―――奴らに一矢報いるのを、自分もあの場で見ておりました」
兵士は一礼する。
「御武運を」
「感謝する」
返礼するガイル。
監督官達が下船し、地上船は再び動き出す。
国境の谷を越え、俺達はようやく帝国領へと到着した。
旅の舞台は、帝国へと移行する。
それからしばらく後、フィーアにて。
「畜生、無駄なことさせやがって、俺を誰だと思っているんだ……!」
酒瓶を握りふらふらと歩く監督官。見つかりもしない人探しに、彼の苛立ちは頂点に達していた。
大通りの中、昼間だというのに彼の周りだけは人がいない。面倒事に巻き込まれたくないので皆離れているのだ。
それが、更に彼を苛立たせた。
「くそっ、おいお前! そこの女二人だよ!」
言い掛かりでも付けて女を部屋に連れ込もうと考えた彼は、しかし二人が振り返ると絶句する。
「なんでしょうか? 私は忙しいのです」
「あら軟派かしらん? フフ、いい趣味ねぇ」
黒髪と金髪の、絶世の美女。二人とも耳が尖っている。
そう、ハイエルフのキョウコとエルフのエカテリーナである。
「あ、えっと、なんでしょうねヘヘヘ」
酔いなど一気に覚めた。美女とは全てに勝る美酒である。
「あ、こっちからレーカさんの残り香が!」
「いやん、ギイったら私を置いて何処に行ったの?」
なぜこの二人が合流し旅を共にしているかは割愛するが、両者共通の目的はつまり、意中の相手を捜すこと。
キョウコのハイエルフの域を超えた怨念じみた嗅覚により、ここまで追いかけてきたのだ。
「おい、あんたら無視するんじゃねぇよ!」
乱暴にキョウコの肩を掴む監督官。
刹那、彼女の怒気がマックスにまで上昇した。
「触れるな下郎、私の肌に触れていいのは彼だけなのです……!」
そこから先は、一方的な暴力ショーであった。
「お、俺に手を出したらどうなると……」
「やりますか? いいですよ? 一対一なら負けません、それを何万回も繰り返せばいいことです」
ボコボコにされた監督官、そのズボンをエカテリーナは躊躇いなく降ろす。
「いやぁ!」
「きゃ、女の子みたいな声出しちゃって、かわゆいっ」
念を押すが、ここは通行のど真ん中である。
「あら? 言葉は強気でも、お稲荷さんは未使用なのねぇ」
くすくすと笑いつついてくるエカテリーナ。既に男のプライドはズタズタだった。
「な、お、俺は百戦錬磨だ、抱いた女の数なんて覚えてねぇ!」
「嘘吐いちゃダァメ。臭いで判るのよ。なんなら、私が筆卸しの相手になりましょうか?」
「え、ほんと?」
キョウコが監督官に目隠しをする。
エカテリーナは喜々と鞄から棒状の何かを取り出す。
「昨日いいのを新調したのよ。ちょっと大きくてイボイボしてるけど」
「い、いぼいぼ?」
「これ、魔力でグニャグニャ動くのよ? さあ、初体験といきましょうか」
「ちょ、なにを、アッー!」
教訓
綺麗な薔薇にはイボイボがある。
こう、ビビッとなにかが舞い降りたのでタイトル変更です。ネタですが、評判が良ければ採用するかも。
もちろんあらすじは次回投稿時に戻します。ただのギャグです。詐欺です。




