地上船と国境の町 1
紅蓮の騎士団による共和国の崩壊、それから一週間後。
旧首都ドリットは多少治安が悪化しつつも、表向きは今まで通りの生活が営まれていた。
それは紅蓮の騎士団の目的が虐殺そのものではなかったこと、民間人が水面下の治安維持活動を行っていることなど多々の理由がある。
税が上がり法が変わったものの、思想教育が行われているわけでもなく。積極的な民衆への介入がなかったことも理由の一つだ。
一見為政者が変わっただけ。しかし、人々は忘れてなどいない。
積み上げられた死体。昨日までいたはずの知人、友人、家族の不在。
町近郊に浮遊するラウンドベースを睨み、そして目をそらす。住人達はそんな日々を送っているのであった。
「死者約五万人、か」
戦闘による犠牲としては戦後最大だな、と続けるイソロク。
ガイルの実家である雑貨店。キャサリンがお茶を煎れると、イソロクは読んでいた新聞を閉じた。
「どうじゃ、ここでの生活には慣れたかの?」
「はい。私達を匿って頂き、心から感謝しております」
背筋をシャンと伸ばし立つキャサリン。その乱れない姿は、本物の教養と経験を持ち合わせた真のメイドである。
静謐な彫刻のように美しい彼女に、イソロクは冷めた半目をやった。
「きしょい。昔の生意気さはどこに行ったのじゃ」
「あ゛ぁあ? ……私だって意気消沈することもあります」
一瞬素が出たが、それでもキャサリンは猫を被り直した。
多くの人が死んだ。身分の違いはあれど、家族・女友達と呼んで構わないほど親しい関係であった女性も。
あんなことの後に楽しんで仕事をする気にはなれない。業務として割り切ることで、滅入りそうな気を紛らわせているのだ。
「お前は大戦を経験しておるから耐性があるじゃろうが、な。娘さんはどうじゃ?」
「……ご存じの通りです」
雑貨屋の角には掃除をするマリアの姿。しかし、そこにゼェーレスト村で見せた溌剌さはなかった。
沈んだ瞳のまま、体の覚えているままに働くマリア。キャサリンの教育のたまものか心あらずでも仕事に抜かりはないが、その一角だけ夜が早く訪れて闇が纏っているかのようだ。
「一週間、ずっとあんな調子です」
「仕方があるまい、家族同然だった友人達と挨拶も出来ず離別させられてしまったのじゃ。子供には辛かろう」
いざという時の為、屋敷の大人達は非常事態用のマニュアルを用意していた。
それに則っているとすれば、ソフィーとレーカはガイルに導かれ他国へと脱出しているはず。キャサリンに出来るのは首尾が上手くいったことを信じて、この雑貨屋で待つことだけである。
キャサリンは娘に歩み寄り、そっと背中をひっぱたいた。
パシーン! といい音を鳴らすほど勢いある張り手であった。
「痛たああぁぁぁ!?」
跳ね上がるメイド少女。
「いつまでウジウジしてるんだい、この馬鹿娘がッ!」
「……いかん、不良メイドの忍耐が尽きおった!」
数センチまで目と目を近付けて、娘をコロス勢いで睨むキャサリン。
その眼光は、もはや獣である。
「ひぃ!?」
「いいかい、今一番大変なのはアイツら、いーや、アンタの妹分のあの子なんだよ!? 母親に死なれて慣れない逃走生活を余儀なくされて、それを耐えきれるほど達観した子だったかいあの子は!」
「ソ、ソフィー……」
マリアの瞳からぽろぽろと涙が零れる。
「泣くなぁ!」
「ひゃう!?」
容赦ない母親である。
「おいおい、もっと時間をかけて……」
「じゃかあしぃ!」
「……すまぬ」
イソロクを黙らせ、再びマリアに説く。
「私もあんたも非戦闘員だ! 政治も戦いも判らない、そんな女の戦いはなんだい!?」
マリアは思い出す。
『格納庫の掃除をしてくれたり、図面を引いている時にお茶を煎れてくれたりしてくれた。机 で寝てしまった時なんかも毛布をかけてくれた。あんな時間まで俺の様子を気にしてくれてい てくれたんだって、嬉しかったんだからな』
ぽっと、少女の顔に朱が差す。
「いや待て、なんでそこで女の顔になる?」
胡乱な目となるキャサリン。
「……そうよね、私は私のやれることをやる、それだけよ」
マリアは拳を握り締める。
「私、立派なメイドに……いいえ、何でも出来るような人間になるわ!」
メイドの枠を越え、友人達を全般的にサポート出来る人員となる。
それが、マリアの答えだった。
「何でも出来るような人間……そんな野暮な言い方しちゃいけないよ」
ニカッと笑うキャサリン。
「そういう奴を、いい女っていうのさ!」
「お母さん! 私、いい女になる!」
「結論出たのかのう?」
急に熱血青春を始めた母娘に、マリアがキャサリンの娘だと再認識するイソロクであった。
「夕食の買い出しに行ってきます!」
「おう、行ってきな!」
カゴを掴んで外へ駆けていくマリア。しばし後に、外から声が聞こえてきた。
「姉御じゃないっすか、チューッス!」
「お出かけですか、姉御!」
「買い物っすね! お送りしやす!」
「あ、姉御って呼ぶなー!」
なぜかマリアを姉御と呼び慕う若者達―――ドリット最速連合。今や彼らが首都の治安を守る要、治安維持活動の中心戦力である。
「やれやれ、ソフィーの他にもう一人孫が出来たみたいで微笑ましいがの」
「甘やかさないで下さいね」
「善処しよう……お茶のおかわりを貰おうか」
恭しく一礼し炊事室へと移動するキャサリン。
彼女の背中を確認し、イソロクは新聞に挟まれていた報告書を読む。
「やれやれ、紅蓮の亡霊か。面倒なことになってしまったな」
国境の町、フィーア。
一大貿易拠点であるこの土地に、巨大な船が迫る。
地面スレスレを疾走する船。そのサイズは全長約一〇〇メートル、中型級飛宙船と変わらない大きさだ。
レールの上を走るそれは、つまりは地上ギリギリを飛行する航空機であった。
セルファークにおいて地球でイメージするような地上輸送手段、鉄道は存在していない。飛宙船の方が速く、大量かつ、安全に運べるからだ。
しかしそれでも、高速船というジャンルにはニーズがある。
飛宙船の最高速度は時速一〇〇キロ。だがこれは理論値であり、実際は海上船とそう変わらない速度で運行される。移動にはかなりの時間がかかるのだ。
物資や貨物はともかく人間が船内で長時間過ごし移動するのは、時に追われ生きる者にとって途方もなく非効率的。
それでは満足出来ない人々の為に開発されたのが、地上船である。
その日のうちに目的地へ。時速数百キロで爆走する、地上最速の交通手段。
「つまるところエクラノプランだな。レールの上を走るからエアロトレインか?」
速度が落ちたことで揚力を失い、浮遊装置にて浮力を補いつつ駅に滑り込む地上船を見つめ、俺はぽつりと呟いた。
外見は中型級飛宙船。両脇に小さな翼を付けた船、そんな乗り物である。
地面効果翼機。カスピ海の怪物と呼べば、聞いたことがあるかもしれない。
飛行機が極めて低空を飛ぶと、地表と翼の間に空気のクッションが出来て浮力が大きく増す。この前提で敢えて「極低空のみ」を飛ぶ設計で建造されたのが地面効果翼機だ。
飛行機は飛宙船とは違い浮遊装置を使用しないので、積載量が少ない。しかし地面効果翼機ならば積載量を維持したまま高速化が可能。
そういった理由で、セルファークでは地上船がそれなりに実用化されている。日本の鉄道ほど張り巡らされてはいないが、大都市同士は繋がっているのだ。
「おい、行くぞ」
冒険者風の装いをした変装ガイルに急かされ、彼の背中を追いかける。
「今日は宿に泊まるんだよな?」
「ああ、地上船に乗るにも準備が必要だ」
「良かった。ソ……ソニアの疲れが大きいからな、これ以上の野宿は無茶だ」
俺が手を引くフードを被った少女。咄嗟に誤魔化したが、無論ソフィーである。
「……平気」
そう強がるも、足元はおぼつかなく瞳には疲労の色が強い。
ここ一週間、彼女はこの調子だ。いや、それが当然なのだ。
母親を殺され、家族と引き離され、不慣れな逃走生活を強いられ。
そんな中で弱音一つ吐かないのは、強さを通り越して危うさすら覚える。
「ぐずぐずするな。早く」
急かすガイル。
どうやらガイルは、冷徹に務めることで平静を保っているようだ。
どこまでも理屈優先。甘えも妥協もなく、安全を求め移動している。
それは命を守る為には間違いではない。ソフィーの心情すら度外視しているが、命には代え難い。親としては嫌われるより死なれる方が辛いだろう。
妻に死なれたのは、彼とて同じなのだ。
全員焦燥していた。俺だってそうだ。
ガイルの負担とならない程度にソフィーを優先させる。俺に出来るのはそれくらいだった。
この一週間、ガイルが眠っているところを見ていない。
安宿の一室を借り、さり気なく壁の向こうを解析しつつソフィーを寝かしつける。
「盗聴の気配なし……あのエクラノプラン、じゃなかった地上船に乗るんだよな?」
「ああ、あれで国境を越える。白鋼の偽装は終わっているな?」
「終わってる、本当に外見だけだが」
「充分だ」
首都を発って一週間。俺達は遠回りで紅蓮の騎士団の目を欺きつつ、地を這うような逃走をしてきた。
白鋼の偽装と仕上げ。これらが旅の合間にガイルに指示されていた内容だ。
「白鋼、本当に必要なのか? 廃棄したって良かったのに」
楽に造れた機体ではないが、当然優先順位は命より下。「棄てていけ」と指示されれば素直に従うつもりだった。
だがガイルはこう主張する。
「あの機体は必要だ。もし俺がやられたら、お前達は帝国に紛れて自由天士として生きろ。それが一番安全だ」
紅蓮の連中はガイルのことはどう思っているのだろう?
「ゼェーレストには、戻れないよな」
「安全が保証されるまではやめておけ」
それって何時だよ、と返しそうになり、言葉を飲み込む。
「……マリア達に危険が及ぶ可能性は?」
「そりゃあるさ。だが俺が別れた後に無事に親父の店に入れたなら、まあ、大丈夫だろう、たぶん」
歯切れの悪い物言いだ。まあ、気休め程度に安心しておこう。
彼女達が困っていれば、何が何でも助け出す。それだけだ。
「だが、なんで地上船なんて使うんだ? 空から強行突破すればいいのに」
「……あのゴタゴタの後、すぐに首都を脱出したなら強行突破も可能だったろう。ドリットに戦力が集中していたはずだからな」
武装を整えるガイル。地上では弱っちいので気休めだが。
ナスチヤが死に……殺されて、唯一まともに動けたのはガイルだけだった。
俺もソフィーも混乱し、ガイルの足を引っ張りつつの逃走劇。結果初動が遅れ、捜索隊に国境へと回り込まれてしまった。
「もう遅い。国境の空には常に上空待機している敵がいる、見つからずに突破するのは不可能だ」
「出来そうなもんだが……っていうか、内部協力者とかいないのか? 包囲網の抜け穴教えてくれそうな」
現在の紅蓮の戦力の大半は、渋々従っている元共和国軍人だ。ガイルなら知り合いもいるだろうし融通してもらえば楽なのに。
「そういう裏切りそうな奴を、国境に派遣すると思うか? 仮に配備されていても、人員名簿を見ない限り接触して協力を取り付けることは無理だ」
それもそうか……いや、そもそも前提がそもそも謎だ。
「なんで見つかったらマズいんだ? いいじゃん、超音速で振り切れば」
さすがに帝国の領空にまで追跡してこないだろうし。
「紅蓮の連中に帝国に対する戦争の口実を与える気か? 例えバレバレだったとしても、俺達……ソフィーが帝国領地に入る瞬間を見られるわけにはいかない」
「見られるのがアウトなら、向こうで自由天士業なんて論外だろ。白鋼乗ってたらすぐ見つかる」
半人型戦闘機は世界に白鋼ただ一機なのだ。今のように輸送するだけならともかく、稼働させれば話は広がってしまう。
「帝国内では手は出せないさ。同姓同名他人の空似と言い張れば、政治的にはなにも言えない。問題はあくまで国境を越える瞬間を見られないことに集中する」
向こう側に行けば一息付けるってことか。
「まだ共和国内だからな、油断はするなよ」
「わかった」
大国の首都を陥落させた連中だ、やるつもりなら奇襲攻撃の後に宣戦布告くらいやりそうなものだが。
「そういえば、俺達を探しているのは軍人だけだよな」
「どういう意味だ?」
「いや、ギルドなんてものがあるのだから、指名手配すればいいのに」
「女王に据えようって人間を、一時的とはいえ指名手配犯に出来ると思うか?」
確かに。
「……結局、ガイルって何者なんだ?」
「さぁな」
「ナスチヤが帝国のお姫様だったってことは判った。でも、ガイルの伝手はむしろ共和国側に多いように見える」
城の騎士達の反応、ギイが共和国軍のテストパイロットであること、ガイルの父親がドリットに住んでいることなどなど。
「俺は、ただの騎士だ」
嘘吐け。
「……ああ、そうかもな。姫を守れなくて騎士なんて名乗れないか」
「そういう意味で言ったんじゃ……」
「主を守りきれなかった騎士ほど、惨めなものはないぜ」
自嘲するガイルに、俺はいたたまれなくなる。
「……すまない」
「なにが、だ」
「俺が大陸横断レースに出たいって言ったから……ナスチヤは」
俺は、彼女の死の一因だ。
「馬鹿なことを言うな。ヨーゼフという奴がナスチヤを見つけ出したんだろう? 状況的に、お前の有無に関わらずヨーゼフはゼェーレストを訪れていた。経過は変われど、結果は変わらん」
避けようはなかったっていうのか、ナスチヤが死ぬことは。
「あまり変なことを考えるな」
「うん……情報収集してくるわ」
「おう」
ガンブレードを背負い、部屋を出る。
扉の前で一度振り返った。
小さな部屋。みずほらしい部屋だ。
掃除は行き届いていないし、設備も粗末。
共和国首都でのホテルと比べ、あまりにも見劣りする部屋だ。
これが、こんなのが今の俺達の立ち位置なんだろうな。
いつかキョウコに教わった通り、情報収集といえば酒場だ。
子供の俺が酒場へ赴くのは少し無理があるので、少しキャラを作る。
「マスター、エクソシスト一つ」
「……エクスプレッソ、でいいのか?」
「ほう、この町ではそう呼ぶのか」
歴戦の冒険者、に憧れる子供風である。
入店した際は「なんだコイツ」みたいな視線を向けていた大人達も、俺の気取った仕草に興味を失った。
背中の巨大な剣も、子供が持てばハリボテにしか見えなくなる。実際は身体強化魔法を常時使用しているのだが。
「世界中どこでもそう呼ぶ。お前は別の世界から来たのか」
「あ、コーヒーは大盛りでね。……大盛りで頼もうか」
素直に大人のガイルが行けばいい、というわけでもないらしい。どこで顔がバレているか判らないとのことだ。
これらの理由で、情報収集は俺が担当することとなった。生身では俺の方が強いし。
「そんな注文をされたのは、店を開いて以来初めてだぜ……」
微妙に確信に迫っているマスターの言葉を聞き流しつつ、砂糖とミルクをガバガバ入れてチビチビ飲む。
「うわぁ、こいつ長居する気満々かよ」
「マスター、かつての約束、今果たしてもらうぞ―――」
「初対面だろお前。ガキの相手をしていられるほど暇じゃないんでな」
「ククク、闇の教団の手がそこまで迫っているようだ―――」
肩を竦め離れるマスター。思春期の子供のように妄想混じりの台詞を呟きつつ、魔法で客達の会話を盗み聞く。
「隣の家で犬が子供を産んでよ、小さくてまたラブリーでな」
「あの家って貧しいだろ? 育てるのは無理だろうし、ちゃんと引き取り手がいるのかな」
「飼い主探しを手伝うとしようか」
「なあに、いざとなれば俺達が育てればいいさ」
なるほど、子犬が八匹、と。
こっそりとメモる。
「今日の依頼はきつかったな」
「ああ、大きな庭の草むしりは冒険者雇うよな、そりゃ」
「腰いてぇ」
「俺達最近冒険してないよな、冒険者なのに」
郊外のお婆さんの家は草むしりしたて、と。メモメモ。
気になった情報を書き連ねつつ、カウンター席にて小一時間粘る。
「お前、なに描いてるんだ?」
「図面」
情報収集飽きた。
追加外装式人型形態強化パーツの図面を大まかに書く。そのうち製作しなければ。
「……さて、そろそろ行くか」
「やっとか。出てけ出てけ」
コーヒー一杯分の金を払い、店を出る。
―――背後より俺に接近する気配あり。
(何者?)
解析魔法にて武器の有無を確認。女性だ、あれ、この身体データ見覚えがある。
「―――あ、あの!」
「フィオ、さん?」
振り返れば、そこにいたのはドリットのホテルで知り合った女性であった。
荒鷹の設計主任であり、……かつて、ガイルを騙した女。
あの時は純粋に設計者として尊敬の目を向けていたが、ナスチヤにあの話を聞いた後ではどんな風に見ればいいか判らない。
幻覚魔法にてナスチヤに姿を変え、実際にやっちまったんだよな。
目を反らしたい気分になりつつも、さすがに失礼なので堪える。
「お久しぶりです。フィオさんはなぜここに?」
「あんなことになって、共和国にいたら何を作らされるか判りませんから……帝国に避難しようかと」
それなりに貯金はあるだろうしな。賢明だろう。
事実、この町は帝国に逃げようとする人々で溢れている。俺達も安い部屋を探すのは大変だった。
「ところで、たいちょ……あの人は今どこにいるのでしょう?」
隊長、ガイルか。
「あっちの宿にいるけど」
「そうですか」
嬉しげに頬を染めるフィオ。
「……まさか、会いに行こうだなんて考えていませんよね?」
「え、駄目ですか?」
きょとんと首を傾げる彼女に、俺は頭痛がするような気分だった。
「やめてください、ソフィーもいるのに。っていうか会ってどうする気ですか」
互いの無事を確認しあう、というなら止めはしない。
けれど、今の彼女の顔はそんなのじゃなかった。
恋慕する女の顔。そんなのを見せる人を、ガイルの前に通すわけにはいかない。
「隊長も落ち込んでいるでしょうし、慰めてあげようかな、と」
頭痛を通り越して、脳の血管がぶちぎれそうだ。
「ナスチ、アナスタシア様の後釜に収まろうとか考えているんじゃないだろうな」
「えっ、いえ、そんな」
図星という顔をするフィオ。
「でもソフィーちゃんにはお母さんが必要でしょうし、それに……」
ナスチヤが彼女を嫌っていた理由がよく解った。
「絶対に来るな」
ドスの効いた声で、はっきりと告げる。
「俺達の中にお前の居場所なんてない。二度と関わるな」
美人に対してここまで強く言うあたり、俺もストレスが溜まっていたのだろう。
女性を苛立ちの捌け口にすることに自己嫌悪するも、考えは変わらない。
「そ、そんな、どうして」
「わかったな!?」
「ひっ」
恫喝すると、小さく飛び跳ねてフィオは頷いた。
これじゃあ俺が……まあ俺も悪い部分はあるが、くそっ。
やれやれと色々な方面に嘆息していると、背中になにかがぶつかった。
「お母さんを虐めるな!」
「ん?」
少女だった。
フィオの面影を持つ、俺と同じくらいの女の子。
彼女を母と呼ぶ、ということは。
「そうか、君が―――」
―――ソフィーの妹、か。
「お母さんに酷いこと言ったわね!」
「い、いや、」
「ファルネ、いいから……」
ファルネ・マクダネルが彼女の名か。
「お母さんは優しくて立派な人なの! それに凄い飛行機を作ったりしているんだから!」
「すまん、なんだ、ごめん」
子供に言われてはばつが悪い。親を否定されれば気分が悪いのは当然だ。
そういえば、ナスチヤにも娘には優しくしてあげてほしいと頼まれていたっけ。
「とにかく、訪ねてくるなよ」
最後に吐き捨て、踵を返す。
「はい……」
俺を睨む少女の視線をヒシヒシを感じる。こっちが悪者みたい。
「おいおい、餓鬼が女泣かせてるぜ、ハハッ」
軽薄そうな声が後ろから聞こえた。
どうやらチンピラか何かがちゃかしているようだ。今更振り返るのも癪なので、解析で最低限経緯を把握する。
「おかーさんをいじめるな~、だってよ!」
「なによ!」
「ファルネ、やめなさいっ」
穏やかじゃないな。
男がニヤニヤと笑いつつ、少女の頭をひっぱたいた。
……今、何をしたコイツ!? 云われなく暴力を振るったぞ!?
思わず振り返り男を睨む。
(―――この制服は)
赤を基調とした騎士服。ラウンドベースの中で見た、紅蓮の騎士団だ。
「何するのよ!」
「あ? なんだ、俺に意見するのか?」
「すいません、すいません……」
必死に頭を下げるフィオ。
「お母さん、なんで謝るの!?」
「いいからっ」
「おお、よーく解っているじゃないか。そうだ、紅蓮の騎士団から派遣された俺に逆らえば、どうなるかわからんぜ?」
(……駄犬が)
これがお前達のやりたかったことか、ヨーゼフ。
「へえ、よく見ればいい女じゃないか。お前、今晩俺の部屋に来い」
「ひぅ、そ、その、」
「なあいいだろ? 最高の気分にしてやるぜ」
「い、いや、助け……」
怯えつつも頷かないフィオに、監督官の男は苛立ちを露わにした。
「てめぇ! 俺が「いい加減に―――」」
……しまった。
思わず、口を挟んでしまった。
ぎろりと俺を見やる男。こんなチンピラまがいに今更ビビりはしないが、争い事を起こすのはまずい。
「なんだ餓鬼、まだいたのか。そのチビはやる、失せろ」
苛立ちで目眩すら覚える。背中のガンブレードを抜き放ち、ショットガンで脳天打ち抜きたい。
「う……」
ナスチヤが魔法に射抜かれた光景が脳裏に蘇り、思わず頭を押さえた。……ショットガンはやめとこう。
俺から興味を失い、フィオの体に手を這わせるチンピラ。
「やめ、て」
ぎゅっと目を閉じるフィオ。
「…………!」
どうする。
暴力で黙らせることは容易い。だが、確実に大事になる。
なら―――いや、そもそも最善を尽くすのであれば、関わること自体が下策。
どうする、穏便に収める方法はなにかないのか―――
「お願いします」
―――これしかない。
頭を下げる。
「その人に、酷いことをしないで下さい」
深く、深く頭を下げる。
「知るか、なんでお前なんかに意見されんきゃいけないんだ」
「お願いします。『母』がぶつかった拍子に貴方に怪我をさせてしまったというのなら、『慰謝料』もお支払いします」
こんな奴に頭を下げるなんて。
悔しい。悔し過ぎる。
けれど、俺には守る人が、守れる人がいる。
一時の恥辱など、飲み込んでみせる。
これが、俺に出来る妥協点。精一杯の無力な抵抗だった。
「ほー、そういや確かに骨が折―――」
「監督官様!」
兵士が駆け寄ってきた。
「捜索の件ですが、それらしい人物がいたという証言が取れました!」
「なに、チッ……くそ、どっちだ!」
「あちらです!」
ガイルが見つかったのかと身を固くするも、兵士が指差した方向は見当違いのものだった。
駆け出す監督官。兵士は監督官の背中を確認し、そっと頭を下げる。
―――助けてもらった、らしい。
やはり元共和国軍人は紅蓮に対して好意的ではないのだな。
だからこそ、助かった人も沢山いるのだろう。今の俺のように。
この国を放置して逃げてもいいのだろうか、と考えが過ぎり、すぐに振り払う。これは最早傲慢だ。
共和国の為に何かアクションを起こすとしても、俺が一人になってから。ソフィーを巻き込めない。
「レーカさん、でいいでしょうか?」
「あ、あぁ、いいけど」
「レーカさん。ありがとうございました」
「俺は何もしてないだろ」
謙遜ではなく、本当になにもしていない。
「……さっきはすまなかった。でも、ガイルに会うのはやめてくれ」
「……はい」
怒鳴り、一方的に拒否するのは誉められた行為ではない。
「宿まで送るよ」
「いえ、大丈夫です」
手を繋いで去りゆく母娘を見送り、俺も宿へと戻った。
結局、フィオと出会ったことはガイルには話さなかった。
後半はまだ書き終えていません。しばしお待ちを。




