白鋼
ナスチヤの死、それこそがテロリストの目的。
その言葉を理解するより先に、俺は拳をヨーゼフに向け放っていた。
身体強化を使わない、ただ武術経験者というだけの正拳突き。
鈍い打撃音が鳴る。
ヨーゼフの頬に拳が届いたのではない。直前で、空中に衝突したのだ。
透明な障壁。衝撃を受けた部分が波打ち視認出来て、初めて存在に気付いた。
なるほど、扉が開いていようと出入りが可能なわけではないらしい。
せめてもの意趣返しではないが、ヨーゼフの不意は突けたようで僅かに目を見開き身を引いた。
拳の皮が破け血が滲む。
鈍い痛みが、頭を若干冷ました。
「なぜ、ナスチヤを、殺す?」
「……紅蓮の騎士団の最終目的を知っているかね、レーカ君?」
「知るか」と切り捨てたいが、記憶の片隅に紅蓮の名は刻まれていた。
そう、確か……白鋼を組み上げる際にツヴェー渓谷へ買い出しへ行った時だ。
カストルディさん曰く……
「……二大強国を合わせた超大国を樹立しようっていう、統一主義者だったか」
「その通りだ。少なくとも一〇年前の大戦では、そういう名目だった」
今は違うのかよ。
「一〇年も経てば人は変わるさ。今の紅蓮の騎士団は幾つもの派閥が存在する」
そう、ヨーゼフは疲れた目で語った。
「紅蓮の内部事情はどうでもいい。なぜアナスタシア姫を殺すかだが、端的に言えば用済みだからだ」
「用済み?」
「そうだ。正当なる血族であるアナスタシア姫、だが既に子を産み存在意義が失われた」
「だからって、なぜ殺すことに繋がる?」
「統一国家の目的は世界の安泰だ。王族が複数居れば、それを乱しかねない」
それでは、まるで。
「ソフィーを王に据えよう、っていうのか……?」
「なに、玉座に座っていればいい楽な仕事だ。個人に国を託すなど、馬鹿げたことは計画に含まれていない」
完全なお飾りってことかよ。
そもそもソフィーって何者なんだ……って、今考えることではないな。
こんな狂った連中の事情なんて知らない。
「ソフィーはゼェーレストで平穏に暮らせばいいんだ」
「ソフィアージュ様の意志はどうなる? もしかしたら大いな責務を自覚し、我々に身を託すかもしれんぞ?」
「却下だ、ソフィーが望もうがお前達に渡すつもりなどない」
ナスチヤを殺すのならば、それは未来に同じことをするという意味だ。
「適当な男をあてがって子を産ませた後に結局殺すんだろ」
「種馬に君を推してもいいが?」
「クソ食らえ、だ」
「ははは、君はそう言うと思ったよ」
心底おかしそうに笑う。俺はちっとも面白くない。
「もっとも、この理論とて私の理屈でしかない。過激派の辺りは、姫を処刑することで世界に我々の復活を知らしめよう、という魂胆もあるのだろうな」
「はっ」
鼻で笑う。
「このラウンドベース級自体が過激にしか思えないが」
「このようなテロじみた行為、私個人としては反対なのだぞ?」
それを犠牲者の前で言ってみろ。
「……どうして?」
不意にヨーゼフに声をかけたのは、覚悟を決めた表情のソフィーだった。
いつもの弱々しい彼女ではなく、毅然とした面持ちで犯罪組織の構成員に真っ向から向かい合う。
「お母さんもお父さんも、所在が割れないように注意していた。どうして気付いたの?」
「……してたのか、注意?」
ずっと側で見ていたが、普通に暮らしていたと思うのだが。
「確かに入念にカモフラージュされ、真っ当な方法では見つけ出せない状況を作り上げられていた。現に一〇年間発見出来なかったのだからな」
律儀にヨーゼフは説明を始める。各地に流されたダミー情報や村の広場を中心とした認識阻害魔法を駆使し、普通に生活しつつも完全に姿を眩ませていたらしい。
そういえばガイルはギルドマスターから直接依頼を受けている、と聞いた気がする。あれも情報封鎖の一環だったのか。
「私が気付けたのは、アナスタシア姫が収穫祭で不用意に村へ降りたこと、そのタイミングで私が村へ着き、偶然結界を突破し違和感を覚えたことなど、幾つもの要素が重なった結果だ」
更に言えば我々が大戦にて絶滅したと思い込み油断していたのだろうな、とヨーゼフは続けた。
「……話し過ぎじゃないか? なぜ、そこまでペラペラと事情を明かす?」
「私は君を気に入っているのでな、つい話が弾んでしまった」
テロリストに気に入れられても困る。
「どうだろう、我々の同志とならないか?」
「先程も言ったが、クソ食らえ、だ」
「くく、割と本気なのだがな。フられたのなら仕方がない、そろそろ失礼しよう」
冷たい扉が閉じる。この牢屋は再び外との接触を絶たれ、俺とソフィーはベッドに力なく腰掛けた。
このままじゃ拉致られる。いや、奴らが必要とするのはソフィーだけだ。俺は処分される。
時間が解決したりなんかしない。救援は……難しい、だろうな。
解析の結果、ここはラウンドベースのほぼ中央。救助部隊が何らかの理由で編成・突入したとしても絶対に辿り着けない。
それにナスチヤの身も心配だ。ナスチヤは魔法の手練れだが、髭面ローブ……ソフィーの回想ではラスプーチンといったか。
アイツは危険だ。ひしひしとヤバい気配が滲み出ている。
ナスチヤが奴と戦闘に陥った場合……ああ、違う。ソフィーと俺が捕まっている以上、ナスチヤは断れないんだ。
時間の問題、か。
脱出しないと。脱出して、ナスチヤに俺達の無事を知らせないと。
解析魔法を発動。ラウンドベース級飛宙船の詳細な構造把握を試みる。
(でけぇ……)
大きい。大き過ぎる。
外から見るより遥かに大きい。いや大きさが変わったわけではないが、緻密に把握しようとすればその複雑さがよく理解出来るのだ。
大型級飛宙船ですら納められる巨大ドック。マンションのような移住区。ゲームセンター並の規模の娯楽室。病院と呼んで差し支えないほどのベッド数を誇る医務室。果てには、内部で食料を生産する為の畑や牧場まである。
まるで、というかまさに一つの町だ。
否、地球の航空母艦ですら町と称されるのだ。直径一〇キロメートル、それが何層にも重なったラウンドベースはもはや小国と呼んでいいかもしれない。
全体像などとても把握不可能。脱出ルートの選出に集中する。
イメージとして浮かび上がる3Dモデリングのような内部構造図。
巨体だけあって出入り出来る場所は多い。だが、それもラウンドベース外周に限られる。
ここ、中央ブロックから端まで移動する必要があるのだ。
魔法で穴を開けて底から抜けるのもアリだが、その場合は地上に降りられない。三〇〇〇メートルからダイブなどごめんなので、どっちみち乗り物は必要だ。
だがそもそも、格納庫に戦闘機はほとんどない。あったとしても、初音21式は一人乗りだし。
飛宙船は割とあるが、速度が遅く、とても逃げ切れない。
……そういえば、白鋼ってどうなったんだ?
ソフィーの回想には行方が出てこなかったが、回収されているのだろうか?
「なあ、ソフィー」
「ねえ、レーカ」
声が重なった。
「……ソフィーからどうぞ」
「……レーカからでいいわ」
これは終わらない予感。さっさと質問してしまおう。
「白鋼がどうなったか、知っているか?」
「私とレーカは白鋼に乗ったままここに運ばれたけれど、それ以降は判らないわ」
一応格納庫までは運び込まれたんだな。
「レーカ、私達、逃げない方が良かったんじゃないかな……」
「ここから脱出しない方がいい、ってことか?」
驚いてソフィーを見やるが、彼女は頭を横に振った。
「ここからは出た方がいいと思う。そうじゃなくて、あの飛行機達に追われた時」
舞鶴との追いかけっこか?
「大人しく捕まっていれば、橋の上の人は……」
……そうだった。あの時、誰かが死んだんだ。
「私達のせいで、余計な被害が出たんだよ」
「そんなの結果論だ。撃ったのは、あいつらだぞ」
俺だって弓矢で舞鶴を一機落とし、橋に被害を出しているが、それは忘れることにする。
そういえば、あれって俺の初めての人殺しだったのかな。巻き添えの犠牲者じゃなくて、舞鶴に乗っていた天士のことだ。
あの天士が死ぬと知っていて、俺は矢を放った。殺意は確かに彼に向いていたのだ。
「そもそも、あんな連中に大人しく投降するなんて、選択肢として有り得ない」
「あの時、海に逃げれば良かったんじゃない?」
うぐ、気付かれた。
子供っぽいようで実は敏いからな、この子は。
「……武装のない白鋼が助かるには、軍用機に保護されるしかない。海に逃げたって誰も助けてくれなかった、却下だ」
「そうだけれど、そうなんだけれど」
悔恨の念を抱き、納得出来ない様子のソフィー。
「なあ、これは俺の考えだけどさ」
「?」
仕方がない、屁理屈で納得させてみるか。
「世の中って残酷でさ、不条理な理由で殺される人っていっぱいいるんだと思う」
災害や人災、あるいは犯罪。あるいは病魔も含めたっていい。
一見平和に見える国だって、死は満ちている。
「本人の意志に関係なく、命を奪われる人はいる。生きる権利なんて法律の上でしか保証されない」
けど、ならば人間という生物に許される権利とはどこまでだろうか。
「俺はさ、万人に『生きようと足掻く権利』はあると思うんだ。それっぽっちだけれど、それでもそれは破っちゃいけない」
「生きようと、足掻く権利……」
「俺達はそれを行使しただけだ。誰に責められることを犯したわけでもない」
「でも、それで、遺された人は納得する?」
しないだろうな。恨みの連鎖なんて、語り尽くされた陳腐な喜劇だ。
「俺はソフィーに生きてほしい」
彼女の両肩を掴み、視線を交わす。
「生きてほしいんだ。だから、権利を行使した」
「……私も」
ソフィーは微かに笑みを浮かべる。
「私も、レーカに生きて欲しいわ」
「……お、おう!」
そう返ってくるとは思わなかった。
彼女の笑顔になんだか気恥ずかしくなり、視線を逸らして解析魔法を進める。
「あ……」
「どうしたの?」
あった。
中央ブロック実験室の倉庫に運び込まれた、白き鋼の翼。
意外と近い。これなら、あるいは。
この部屋を囲む結界は、物理・魔力障壁及び探知結界である。
障壁として物理・魔力防御を持っているが、これはなんとなく力業で破れる気もする。
それ以上に厄介なのは、結界がセンサーとしての役割を果たしていることだ。
壁の向こう側に展開する魔法陣、これのどこかを遮ると魔法使いが察知する。
なので、監視員の死角で壁を破るという手段がとれないのだ。
壁をぶち破って強行脱出するのは却下。その後が続かない。
「あーちくしょう、なんとかならないのか!」
室内の家具をひっくり返し、再度物色する。
小物はあるが尖った物はない。ついでに紐状の物もない。自殺防止の策だろう。
「あれはどうだ!」
シャンデリアに飛びかかり、よじ登って強引に天井から引き千切る。
落下するシャンデリアと俺。
地面に衝突したシャンデリアだが、砕け散ったりはしない。メッキを施した木製だ。
とりあえず壊しにかかる。
「なんでバラバラにしているの?」
「嫌がらせ!」
くけけ、この特注であろうシャンデリアを再度発注して破産してしまえ!
ひとしきりシャンデリアを解体すると、疲れてベッドに飛び込む。
「あー、もう、四面楚歌だ」
もしくは絶体絶命。
「ねえ、今は大人しくしていましょう? きっとお父さん達が助けてくれるわ」
「……ま、それに期待するしかないな。寝るか、体力温存の為にも」
ベッドの上で大の字となる。
「ね、ねえ、レーカ」
「うん?」
もじもじと照れた様子のソフィー。
「一緒に寝てくれる?」
ああ、いっつも両親と寝ているから、一人では寝られないのか。
「甘えん坊さんだなあソフィーは」
「あ、甘えん坊じゃないもん!」
いいつつも、ソフィーは俺が同じベッドに入ることを拒みはしない。
「それー!」
「きゃ、もう」
布団でソフィーを覆って、二人で暗闇の中で内緒話。
外から見れば丸くなった布団しか見えないだろう。これぞ、布団結界!
実はソフィーの髪が思いっきりはみ出ていたりするのだが。
以上、ここまでが茶番である。
「これで良かった?」
「名演技だ、ソフィー。主演女優賞は君のものだ」
打ち合わせ通りなのだが、照れ顔の演技など真に迫っていた。女は皆役者なのだろうか。
シャンデリアから千切った魔力導線ケーブル。これも首吊り防止か、一〇センチほどしかない。
だが充分。少なくとも、部屋周囲の結界の厚さよりは長い。
ベッドに魔法で穴を開け、下へ。
構造的にベッドは下に潜っても横から見えない。ソフィーは四つん這いになって、俺がいなくなった布団の体積を誤魔化している。
穴を開けたことで出た廃材を変形させ、支柱を作ってソフィーに手渡す。
ドームテントのように布団を固定し、彼女はやっと一息吐いた。
俺の仕事はこれからが本番だ。
「私は何もしなくていいの?」
「……応援しててくれ」
「頑張れー」
床に小さな穴を開ける。
結界は金網並の密度を持った魔法陣だ。隙間を人間が抜けることは不可能。
しかし、このケーブル程度なら隙間から下ろせる。
床下に監視の目がなくて良かった。これも、解析魔法があったからこそ判ったのだが。
魔法陣の光を避けて下層に伸ばされた導線。
魔力を注ぎ、その先で鋳造魔法を行使する。
魔力は導線の外部被膜によって封じられ、センサーは反応しない。
僅か一〇センチ下で俺が制作したのは、体長三〇センチほどの小さなロボットだ。
(イメージリンク魔法発動っ)
小さなロボット、ファンタジー的に言えばゴーレムが立ち上がる。
イメージリンクによって俺の無意識下の補正がフォードバックされ、動きはとても人間的になる。
解析魔法で下に存在する部屋を覗き、人がいないことを確認。ゴーレムは下の階へと降りた。
「よし、第一段階成功!」
小さくガッツポーズ。ゴーレムもガッツポーズ。
トテトテと歩き、廊下に出る。
なるべく遠くへ移動しなくてはならない。この牢屋付近で異変が見つかれば、俺の仕業だとばれてしまう。
船員のいない通路を選び、物陰に隠れ、時にゴミのフリをする。
解析魔法にて事前に人の移動を把握出来なければ詰んでいた。
やってきたのは研究棟。ゴーレム越しに半スクラップとなった白鋼を見上げ、強い怒りを覚える。
だがまだだ。今は、目的の物を手に入れることに集中しなくては。
白衣を着た研究者が近付いてくるのを察知、慌てて隠れる。
「……んで、この飛行機を調べろってことだよな」
「確かに面白そうな機体だ。色々出てきそうだぞ」
「でてこなければ粛正されるっての」
「ははは、木材の本数を数える仕事ってか?」
「笑い事じゃねぇよ」
……やり過ごしたか。
歩き去った男達を確認し、目的の物をかっぱらう。
魔力導線。どこにだって必ずある、基本中の基本在庫だ。
ゴーレムはケーブルを肩に担ぎ、着た道をひたすら逆走。
最初の部屋、牢屋の真下まで戻ると、次は部屋の天井を鋳造魔法でスロープに変形させる。
スロープをえっそらこっそらと登る。
「……やれば出来るもんだ。第二段階成功っ」
小さくVサイン。ゴーレムもVサイン。
さて、最終段階。
ケーブルをこそこそと結界に配置する。
結界は赤外線探知のようなものだ。漫画などで鏡を使い赤外線を迂回させセンサーを回避させるシーンがあるが、用は同じ理屈。
魔力のバイパスを作り、子供が通れるほどの隙間を作る。
説明すれば簡単だが、これは途方もなく神経をすり減らす作業だった。
解析魔法による手探りの作業。ゴーレムの小さな手で、繊細な魔法陣に介入するのだ。しかも、入力誤差の存在するイメージリンク制御で。
一挙一動の度に停止し、吟味して次の動作へ。
一カ所二カ所ではない。最低でも、二〇カ所以上。
失敗は許されない。しくじれば、終わる。
俺の命が。
(あああ、余計なこと考えるな、集中を乱すな!)
精神の乱れが制御に反映されるのだ。イメージリンクは欠陥魔法だと、思わずこの魔法の発案者を呪いたい気分になった。
全工程が終了したのは、かなりの時間が経過した後だった。
「第三段階、成功……」
疲れた。二度とやりたくない。
「終わった?」
「ああ、ちょっと待ってて」
床を丸く切り取る。
ぱかっと持ち上げると、大穴の開いた魔法陣の一部が見えた。
「は、はは、俺頑張ったわ、ほんと」
スロープ出入り口の穴を拡張する。これで、脱出ルートの完成だ。
最後の仕上げに床の成れの果てを原料に、ハサミを制作。
ベッド上に登り、ソフィーの頭に触れる。
「んっ」
「動かないで……やっちゃうけど、いいな?」
「レーカがそう言うなら、いいわ」
卑猥な意味ではない。
これを実行すれば怒られる。ガイルは無茶苦茶怒る。ナスチヤもちょっと怒る。俺自身ご立腹である。
でもしゃーない。ぐっと、ハサミを持った指に力を込める。
ソフィーの髪は、ばっさりと切り落とされた。
彼女を抱えて下の階へと降りる。
「うわ」
「どうしたの?」
明るいところで見た彼女の髪は、俺の想定以上に短くなっていた。
肩よりほんの少し上程度。整えたらもっと短くなるだろう。
やりすぎた。髪を切ったのはソフィーが部屋の中にいると偽装する為だが……必須ではないのだし、もう少し加減してもよかったのだ。
いやいや、1パーセントでも成功確率を上げる努力を惜しむべきではないけれど。
天井の穴を見上げ、少し感慨に耽り、隠蔽工作に移る。
この部屋は物置らしく人が来る様子はなかったが、それでも脱出の痕跡は消すべきだ。
それを一通り終え、俺達は移動を開始する。
向かうは実験棟、白鋼である。
ラウンドベース級飛宙船は俯瞰図で説明すれば、中央の丸いブロックを基本にピザかケーキのように幾つものブロックが外周を囲んでいる。
それぞれは基本的に独立しているらしく、隣同士のブロックを行き来出来るのは一カ所のみ。小型級飛宙船ならば通過出来るほどの大きな門だ。
勿論そこは厳重に警備されている。生身でのソフィーを守りながらの突破は難しいし、脱走が知れ渡り行動しにくくなるだろう。
ならばいっそ壁をどこかぶち破るかとなれば、そうもいかない。
ラウンドベースは最悪の事態に備え、中心ブロックのみで飛行することを設計上考慮されているらしい。
そのため中心ブロックを包む装甲は厚く、多重構造となっている。
これを壊すとなれば、絶対気付かれる。
そこで白鋼だ。どうせバレるなら、白鋼を修復して門を強行突破、一気に外に出るしかない!
「でも、門を突破しても更に数キロ移動しなければならないのよね? 白鋼の車輪で走り抜ける気?」
「大丈夫、考えがある!」
研究棟に飛び込み、シャッターを下ろして人間用扉も閉じ、それらを溶接魔法で完全封鎖してしまう。
「な、なんだお前らは!」
「あ、やべ」
技術者が何人かいるので、当て身で手早く失神させ縛っておく。
さすがに設備が揃っている。工具に困ることはなさそうだ。
「鉄兄貴?」
ソフィーが人型機を見上げる。
「同型機だな、ベストセラー商品だからどこにあったっておかしくないよ」
大きめの資材やサンプルを運ぶ為の機体だろう。人型って便利。
だがよく知った人型機だ、こいつから部品取りをして修理しよう。
「一時間……いや、三〇分待ってくれ!」
作業速度に定評のある俺、一世一代の最速修理と洒落込むか!
一方、外では苛烈な戦闘が続いていた。
司令室が把握していない機体も含め、天士達はひたすらにテロリストの運用する初音21式を堕とし続ける。
「野良の銀翼も参戦しているようですな」
将軍が呟くと、リデア姫は空を見上げた。
「じゃが……間に合うのか?」
首都を覆うラウンドベース。
かなりの部分を町に侵入しており、城の上空に達するのは時間の問題だった。
「……リデア姫、貴女は退避して下さい」
「なんじゃ、怖じ気付いたのか? わしの命の責任はわし自身で背負うわ、余計な気を回すな」
「退避しなされ!」
声を荒げる将軍に、リデア姫は驚き飛び跳ねた。
「な、な、なんじゃ、びっくりするではないか!」
「ここは子供の来る場所ではない! 誰か、こいつを摘み出せ!」
「な、おい、やめんかこのオタンコナス!」
気を利かせた騎士が姫を肩に担ぎ、強制連行する。
「この阿呆が、上に立つ者の使命は責任を取ることだけではないぞ! 生き延び、のちの教訓とすることも大切な使命じゃ!」
扉の向こうに消える将軍の背中。
それが、リデア姫が見た彼の最後だった。
「……ええ、だからリデア姫は死んではなりません」
将軍の代わりなど幾らでもいる。だが、帝国姫の代わりなどいないのだ。
「皆、すまんが最期まで付き合ってもらうぞ」
騎士達の返答は、模範のように美しい敬礼だったという。
ギイハルトの駆る荒鷹は戦闘用ユニットの再装着ついでイリアを基地へ預け、補給が済むとすぐに空へと上がった。
堅実かつ無難な戦いを心掛け、決して無理はしない。
単機となるように誘導した敵機に二〇ミリガトリングを放ち、また一機撃墜する。
「ふう、二七機目か」
いい加減再度補給に降りなければと考える。効率を優先しているとはいえ、多いとはいえないガトリングの弾数ではいつまでも戦えない。
むしろ、二七機など本来一度の出撃で落とせる数ではないのだ。
『トリコロールの新型に気をつけろ!』
『ひ、化物め!』
戦場において派手な塗装を施した荒鷹・高機動試作機 戦闘用ユニット追加型はやたらと目立つ。その鮮烈な意匠は、当人の実力以上に敵を圧倒していた。
荒鷹を避け逃げる敵機に呆れつつ、ギイハルトは独白する。
「やれやれ、本物の化け物を知らないからこそそんなことを言える」
ギイハルトは知っている。才能で銀翼となった者は、こんなものではない。
数の戦術を圧倒し、軍の戦略すら左右する。それが戦時中に生きた銀翼だ。
所詮自分は元が凡人。ギイハルトはそう考えていた。
(残弾三発、気休めの御守りにもならんな)
当たったところで落ちるかも怪しい。どこかに強行着陸し補給しようと、大きくバンクする。
『誰かが落とさねば被害が増える! いくぞ!』
「ふん、テロリストにも仲間意識があるのか? 紅蓮は紅蓮らしく味方に銃口を向けていろ」
荒鷹の上を取る五機の初音21式。
戦闘機の格闘戦においてより高い高度・速い速度を先取するのは鉄則だ。
明らかに不利な状況に陥った荒鷹だが、これはギイハルトの失策ではない。
圧倒的に味方より敵機の多い空。どうやったって、不利な位置に敵がいるのは仕方がないのだ。
荒鷹の加速と速度であれば振り切れる。が、補給基地に敵を連れて行くわけにはいかない。
戦闘機は離着陸の最中が最も無防備なのだ。
補給しなければ落とせない、補給すると落とされる。
(やれやれ、覚悟を決めるか)
五機のうち右から四機、左から一機。
左が隊長とギイハルトは推測する。おとりを買って出て、右の四機で包囲する気だろう。
右を狙ったとしても、一機落としているうちに他の三機から攻撃を受ける。
(敵機はこちらが残弾がないことを知らない。どちらかに向かうと思うはず)
だがギイハルトにはどちらに向かう理由もない。そもそも弾がないのだから。
無関係の方向に逃げるとしても、残弾が少ない、という以外の理由が必要だ。弱みを見せたら数の暴力で落とされる。
二基、右メインエンジンと追加上エンジンをカットする。
速度が急激に落ちる。
死にかけの鷹を演じ、負け犬のように空域を離脱しようとする。
『あいつ、エンジンが不調なんだ! チャンスだぞ!』
(―――かかった)
低速故に運動性が低下した荒鷹、それを殺めようと五機が追う。
弱った獲物に怯える必要はないと慢心し、初音21式は荒鷹の後ろに着き機銃を撃つ。
紙一重でかわす荒鷹、追いかける五機。
(そうだ、俺は獲物だ。せいぜい狩りを楽しめ)
知らず知らずのうちに誘導され、僚機との距離が近くなっていく。
(もっとだ、もっと近付け……!)
『チマチマ撃っても当たらない! 機銃を束ねるぞ!』
五機が集結し一斉射撃。
「忍耐力のない奴らだ、ドックファイトは戦術だぞ」
痺れを切らした敵に呆れつつ、ギイハルトは手元を操作する。
荒鷹のエンジンを再起動。一気にフルパワーまで回し、ひねり込みで後ろに滑り込む。
先頭の隊長機の直後に着く。その距離、僅か数メートル。
『な、後ろ!?』
感傷もなく引かれるトリガー。
若干ばらつきつつも、砲弾は吸い込まれるように隊長機のエンジン排気口に飛び込んだ。
ガトリングという種類の火器は始動時に回転が安定せず、弾道がブレる。だからこそ、ここまで接近したのだ。
一息に離脱する荒鷹。ここでようやくエンジン出力がまともに上昇を始める。ターボファンは加減速のレスポンスが遅いのだ。
たった三発といえど、エンジンの内部、繊細な魔導術式にダメージを受ければ大破は免れない。
爆散する隊長機。破片を吸い込んだ後ろの機体もエンジンを破損し、火を噴き急激に出力低下し墜落する。
それを見届け、ギイハルトは息を吐いた。
「残弾ゼロ、今度こそ降りるぞ」
ギイハルト・ハーツ
現スコア 戦闘機三二機撃墜
距離の遠さからか、少しくぐもった爆発音が巨大な船体の一区画に轟いた。
『こちら機関室、爆撃を受けています!』
その報告に、男は耳を疑う。
『馬鹿な、攻撃機は一機も通していないぞ! 詳細を伝えろ!』
ラウンドベース後部の推進装置。巨大なエンジンは爆弾一つでは支障もなく動き続ける。
多国籍軍の少数精鋭による航空戦力の壊滅が成されていない現状、足の遅い地上攻撃機がラウンドベース機関部まで辿り着くのは極めて困難なのだ。しかも、爆弾が落ちてくる瞬間まで気付けなかったとなれば尚更。
そこに爆撃。これは、彼らにとって想定外の事態だった。
『上です! 地上攻撃機が重力境界の中から急降下してきました!』
『馬鹿を、ラウンドベースの上を飛んできたというのか!?』
あまりに非常識な返答に怒鳴り返す。重力境界には障害物が多く、並大抵の天士では無事に抜けることすら出来ないのだ。
『銀翼クラスでなければ重力境界からの急降下など……地上攻撃機の銀翼? まさか!』
そんな会話が行われている中、ラウンドベース後部を飛行し高度を上げている機体が存在した。
「あまり効かないな」
帝国の銀翼、悪魔ことルーデルは不満そうに少し焦げただけの機関部を睨む。
「目標が大きいですからね。この雷神の兵装では何度往復したって無駄でしょう」
落ち着いた口調で返すのは、後部座席に収まったガーデルマンである。本来単座の雷神だが、ルーデル用に改造されたこの機体は火気管制が複雑化しているので副座となっているのだ。
雷神は直線翼を持つ、堅牢な構造が売りの地上攻撃機だ。
垂直尾翼が水平尾翼の左右端に二枚あること以外は、極めて標準的な設計。
エンジンは双発。胴体後部上方に、左右に飛び出すように外付けされている。
固定機銃は30ミリ機関砲。戦車砲とすら称されるほどの、人型機キラーだ。
最高速度を犠牲にし得た運動性と火力、そして積載能力。
こと地上攻撃に関しては一級品の性能を持つ機体だが、ルーデルがそれで満足するはずがない。
「そもそも命令は航空戦力の排除だったはずですが」
「性に合わん」
まったくこの人は、とガーデルマンは肩を竦める。
「私が来る前に空対空ロケット弾ではなく227キロ爆弾を搭載するよう指示したのはお前だろう、なぁガーデルマン」
「空対空ロケット弾積もうが対地攻撃するでしょアンタ」
コントをする間にも、ラウンドベース級の対空砲による何十もの射線が空を埋め尽くす。
まさしく弾幕と呼ぶに相応しいそれを、ルーデルは避けようとすらしなかった。
「フン、その程度か紅蓮の豚め」
それは、既に常識を越えた光景であった。
当たらない。何百もの弾頭に殺到され、それでも射線が避けるかのようにその機体には被弾しない。
ルーデルの雷神は過度の改造を施されており、極めて劣悪な運動性を持つ。
だがそんなことは、彼にとって問題ではない。
秘策でも技術でもなく、勘で戦う男なのだ。
上昇し、重力境界に消える雷神。
ラウンドベース後部の指揮官は雷神の性能から急降下のタイミングを計る。
『……そろそろ第二波くるぞ!』
「先程と同じと思うな」
再度の急降下爆撃。
しかし、今度は一発のみなどケチくさい考えは持たない。
翼下の三十カ所以上のハードポイント、そこに満載されていた227キロ爆弾が全て放たれる。
ルーデルの雷神が強化されている点は、ペイロードと火力である。
大量の爆弾を積むために浮遊装置を増設し、飛行中も常に起動しているのだ。
いわば飛行宙船と呼ぶべきか。飛行機の定義から逸脱した雷神は、通常の三倍のペイロードを得た代わりに機動性を失った。
水平飛行では飛宙船よりはマシ、という程度の最高速度。制空権を得ていようと危険な速度域でありながら、彼は敵に支配された空を舞う。
雨のように降り注ぐ爆弾。その着弾点は見事に集中し、幾つもの大型エンジンが見事沈黙するのであった。
「さて、また爆装してくるとするか」
ありったけ破壊したことでご満悦のルーデルだが、物足りないことには違いない。
出撃が趣味といっていい彼にとって、敵地と基地の往復は日課である。
手慰めに高射砲を30ミリ機関砲で粉砕し、雷神は帰宅の路に着く。
「ところで高射砲は破壊してもいいのか?」
「今やってから訊きましたよね」
本来機首に一門のみの30ミリ機関砲だが、この機体は火力向上の為に両翼下にそれぞれ一門、計三門に増設している。
ただでさえ機体が減速するとされるほどの反動を誇る30ミリ機関砲。
三門もあれば、数秒で機体は失速寸前にまで減速した。
「まあいいんじゃないですか? 破壊しておけば後が楽になります」
「もうやっとるが、な」
楽しげに対空砲を破壊していくルーデル。死をばらまくその様は、まさに破壊神。
『おのれ、いつまでも好き勝手させるか!』
それは意地か技量か。
高射砲が雷神のエンジンを射抜き、エンジンポッドが機体からもげ落ちた。
「ガーデルマン! エンジンが片方ないぞ!」
「そんなことはないでしょう。エンジンが吹っ飛んだら、飛んでなどいられるもんですか。そんなことより弾も限りがあります、補給着陸しましょう」
数機の戦闘機が雷神の後ろに接近する。動きが鈍った隙に落とそうという魂胆だ。
「ガーデルマン」
「はいはい」
ガーデルマンが後部座席のハンドルを回す。
機体上部の砲塔が操作に呼応して回転した。
105ミリライフリング砲。航空機に載せるにはあまりに重いそれが、後方に向けて炎を吹く。
多数の初音21式をまとめて吹き飛ばす鉄鋼弾。ルーデルの名に隠れ気味であるが、彼も優れた砲手なのだ。
「おお、ちょっと加速したぞ。これなら基地まで辿り着けるかもしれん」
「残り時間の心配をするなら30ミリ機関砲を撃たないで下さい。減速します」
「よし、私は前に撃っているからお前は後ろに撃っていろ」
「聞けよ」
正面に30ミリ機関砲三門、後ろに105ミリライフリング砲を撃ち続ける雷神。
不条理なまでの火力が、そこにはあった。
ハンス・ウルリッヒ・ルーデル エルンスト・ガーデルマン
現スコア 戦闘機三機撃墜 ラウンドベース級機関部三〇基破壊 高射砲八八基破壊中(現在進行形)
高さ数十メートル。周辺の建物より高い鉄柱の上に、人型機が立っていた。
『狙撃手か?』
『あれ、帝国の巨勇兵だぞ。大戦初期のイロモノがなんで』
『軍ではもう運用していまい、自由天士じゃないか?』
場所は爆装した亡霊の上空待機する、最前線の境界。
そこに不自然に存在する人型機に、テロリストたる初音21式の天士達は首を傾げる。
かつて、量産型の人型機を152ミリ砲搭載機に改修した機体があった。それが巨勇兵だ。
極めて劣悪な機動性。少しの坂道ですら行動に支障をきたすパワー。絶望的な四肢のレスポンス。時代に不相応な152ミリ砲という兵器は、その機体から火力以外の全てを奪っていた。
しかし、それでも尚、当時の戦場において巨勇兵は驚異だったのだ。
あらゆる装甲を貫く移動砲。平坦な土地でしか使用出来ないことから「街道上の怪物」と呼ばれ恐れられた機体である。
鉄柱に立つ巨勇兵はほぼノーマルに見えたが、頭部コックピットモジュールだけは手が加えられている。左半分を白い面のような装甲で覆い、右半分の目には大きな望遠レンズがはめ込まれてる。
その左右非対称の容貌は、見る者に恐怖を抱かせた。
(だが所詮は過去の栄光。今や巨勇兵は時代遅れのポンコツでしかない)
隊長は考える。あれは、我々の障害にはならないと。
確かに巨勇兵は時代遅れの骨董品でしかない。そう、一般的には。
意外なほど機敏な動きで152ミリ砲を振るう巨勇兵。外が古くとも、中身は近代改修されているのだ。
無造作に向けられた砲口が火を噴く。
「うわっ、撃ってきやがった!」
「落ち着け、大砲なんか飛行機相手にそうそう当たるものじゃ―――」
そう言い、後ろを振り返る。
首がもげた初音21式が、死んだことに気付いていないかのように飛んでいた。
『なっ!?』
再び砲撃。
今度は隣の機体のコックピットが吹き飛ぶ。
再び。
次は下の機体が爆発する。
連射と呼んで差し支えないほどの速度で放たれる鉄鋼弾に、初音21式は秒ごとに墜ちていった。
『な、なんだコイツ! 総員、同時攻撃で奴を落とせ! 巨勇兵といえど背面装甲は薄いはずだ!』
隊長は犠牲が出ると知りつつ飽和攻撃を選んだ。人命を軽視した戦法だが、事実それ以外に手がなかったことも事実である。
だが、巨勇兵の天士はそれ以上の怪物であった。
自機に迫る一五機の初音21式。
それを一瞥し、操縦桿を振るう。
刹那、周囲の初音21式は全て爆散した。
弾倉全ての弾を一瞬で撃ち尽くし、その全てがコックピットを抉る。
一撃必殺―――ヘッドショットは彼の流儀だった。
真っ赤に熱した砲身を振るい、巨勇兵は視線を走らせる。
戦慄し恐慌に陥る紅蓮の騎士団。だが、天士の興味は別の物を見据えていた。
『隊長、あれを!』
天士が示したのは、増援として降下しようとする大型級揚陸艦。
あの中には多くの人型機が収められているのだろう。テロリスト達は安堵した。
地上での戦いは数の多い方が勝つ。化物であろうが怪物であろうが、数の暴力には勝てない。
『よしっ、すぐに増援をこちらに―――』
巨勇兵が、鉄柱から飛び降りた。
鉄柱途中のグリップを掴み、自らの重量で柱を跳ね上げる。
数メートル地中に突き刺さっていた柱が横になり、その全景を表した。
『―――なんだ、なんだあれはッ!?』
それは、鉄柱などではなかった。
人型機の五倍ほどの長さの円柱。様々な部品がそれに纏い、最後部には弾倉が備え付けられている。
それは砲だった。あまりに巨大で、あまりに重く、あまりに馬鹿げた砲。
その名を、80センチ砲と呼ぶ。
爆発のような音を発て着地する巨勇兵。数十メートルから飛び降りたことで足が突き刺さり、周囲に局地的な地震が発生する。
『まさか、こいつは』
彼らには覚えがあった。身の丈以上の大砲を振り回し、多くの人型機の頭部、コックピットを打ち抜いた天士。
大戦時最悪とされたエースオブエースの一人。
『シモ・ヘイヘだと……!?』
白い死神。そう称された男こそ、帝国軍に所属する姫が連れてきたもう一人の銀翼だった。
巨勇兵は億劫そうな動きで80センチ砲を揺らし、大型級揚陸艦に砲口を向ける。
自身より遙かに重い大砲を振り回す為、巨勇兵はひたすらパワー特化型のチューンをされている。
移動砲台。否、ここはやはりスナイパーと呼ぶのが正しいだろう。
どのような武器であろうと、彼が砲撃を外すなど有り得ないのだから。
「―――。」
シモ・ヘイヘは黙したまま引き金を引く。
物理衝撃すら伴う衝撃波が、一帯に伝播した。
80センチ砲の薬量は砲弾と正しく比例して莫大。それが燃焼し、七トン以上の弾頭を32,5メートルの砲身で加速させ撃つのだ。
重い轟音は首都の全域に響き、衝撃波は付近の建物のガラスを破る。
建物が幾つか崩壊し、地面に亀裂が走る。
足首まで地面に埋まっていたはずの巨勇兵は、それでも尚反動によって一〇メートル以上後退した。
成人男性ほどもある薬莢が飛び出し転がる。
ただ砲弾を撃つ、80センチ砲はそれだけで多大なる被害を齎す兵器であった。
唖然とした天士達であったが、後ろに響いた爆発音で我に返る。
真っ二つに折れ、轟沈する大型級揚陸艦。
船は自重と浮遊装置に引き裂かれ、断面からは人や人型機が零れ落ちる。
『馬鹿な、竜骨を狙ったというのか、そんな芸当どうやったら出来るようになるというのだ……?』
「決まっている」
突然の通信に驚き巨勇兵を見やる隊長。
彼が最期に見たのは、自機に迫る152ミリ砲弾だった。
爆散する初音21式を見上げ、シモ・ヘイヘは呟いた。
「……練習だ」
シモ・ヘイヘ
現スコア 戦闘機二十機撃墜 大型級揚陸艦一隻撃沈
「ねえお兄様、この依頼って頑張れば追加報酬あるのかしら?」
「さあね、でもご褒美なら僕からあげるよ。今晩はお前がお気に入りの店でディナーなんてどうだい、妹」
「あは、素敵」
人型機と戦闘機のエレメント。自由天士としては珍しくないバランスの取れた組み合わせだが、彼らの雰囲気は戦場の中において一線を画していた。
「そうとなれば、さっさと終わらせましょ?」
「そうだね、僕もお腹が空いてしまった」
「やだわ、もうお兄様ったら」
『くすくすくすくす』
周囲の機体に届く、気の抜けた会話と笑い声。
実力的には目立ったものはない。せいぜいがトップウイングスクラスだ。
しかし、彼らを睨むテロリスト達の目は鋭い。
『油断をするな、あれも銀翼だ! それも、特にタチの悪い類だぞ!』
「ひっどぉーい、私のお兄様を侮辱するなんて」
「聞き逃せないな、僕の妹を侮辱するとは」
人型機と戦闘機の挙動が止まる。
「ちょっと、タチが悪いのはお兄様でしょ?」
「待て待て、なぜそうなる。タチが悪いといえばお前だろう」
ぎゃあぎゃあと喧嘩を始める兄妹。
なんにせよチャンスだと、テロリストの戦闘機と人型機は有利な位置を確保する為に動く。
「だいたいお兄様はあれよ、昨日だって私の戦闘機の上でパンツ乾かしていたでしょ!」
「日に照らされた戦闘機の上はよく乾くんだ!」
遂には、両者は機体から降りて戦場のど真ん中で言い争う。
兄のアルーネ・ユーティライネンは貴公子のようにタキシードを着こなし、妹のエイノ・ユーティライネンはゴシックのドレスを纏っている。
成人年齢にも達していない美形兄妹。彼らの服装は、おおよそ戦闘用の機体に乗る格好ではなかった。
「お前だって、この前僕のワイシャツを寝間着に無断で持ち出しただろう!」
「だ、だって裸で寝るわけにはいかないじゃない!」
くだらない言い争い。ひょっとして今撃てば楽に勝てるんじゃないかと、テロリスト達は考えを過ぎらせる。
「ネグリジェ二枚ほど持っていたはずだ、スケスケの奴!」
「なんで知って……3」
「2」
『1。くすくすくすくす』
手にしたボタンを押す。
人型機のいる地面がピンポイントで爆発し、地上にいた二人を狙おうとアプローチしていた戦闘機は地帯空ロケット弾にて撃破される。
まるでそこに来ることが解っていたかのような罠の敷設。
否、彼らには解っていた。
「引っかかったわ、お馬鹿な人達」
「無能な連中だな、くくく」
『くすくすくすくす』
周囲では墜落した戦闘機が爆発し、人型機が燃え盛っている。
火の海に囲まれつつ、それでも兄妹は笑い続ける。
『くすくすくすくす』
未来予知に匹敵する戦術眼。
それこそ、ユーティライネン兄妹を銀翼たらしめているものだった。
予め定めた位置に敵を誘導する技能。それだけでは説明がつかないほどに辛辣なそれは、実は三つ子ではないかと噂されるほど。
「ところで、なんで私のネグリジェの枚数知っているの?」
「くすくすくすくす」
「答えてよ」
エイノ・ユーティライネン アルーネ・ユーティライネン
現スコア 戦闘機三四機撃墜 人型機三四機撃破
エカテリーナは不機嫌であった。
「なによもう、せっかくギイとイチャラブするチャンスだったのに!」
彼女の予定では大陸横断レース未成年の部を彼と観戦した後、ラブホテルへ行きズッコンバッコン。
その後ディナーを楽しみ夜景を眺めつつ、貸し切りのバルコニーでズッコンバッコン。
一休みしたら、二人で飛行機に乗り込む。そしてドリットの夜景を空から観賞しつつ、狭いコックピットの中でズッコンバッコン。
そんな予定を立てていたのに、突然の襲撃で台無しとなったのだ。
今は味気ない戦闘機のコックピットの中。エカテリーナは戦力として、城から出動を通達されていた。
「そうだ、ギイも上がっているのよね! 偶然遭遇した二人は愛の変態飛行、だなんてどうかしら?」
変態飛行が如何なる技術かはともかく、エカテリーナは後方からの機銃の雨に首を竦めた。
恨めしげにテロリストを半目で睨む。
(こいつらのせいで、愛する二人は引き裂かれたのよ!)
断っておくが、ギイハルトとエカテリーナはイチャラブするような関係ではない。
「ねえ、貴方もそう思うでしょ!?」
『え、あ、はい?』
不意打ちで話を振られ、困惑するテロリストの天士。
殺そうとした相手から平常心で語りかけられれば、誰だって驚く。
「いい? 私は恋する乙女なの!」
『そ、それが俺に何の関係が』
「だから!」
機体をひねらせ、背面姿勢で初音21式に急接近。
エカテリーナの愛機、雀蜂は二枚の垂直尾翼で初音21式の垂直尾翼を挟むように背面同士で飛行する。
互いのコックピットが向かい合う。
バック・トゥ・バック。曲芸飛行の一種だが、勿論敵機に対して行うものではない。
エカテリーナは初音21式の天士にウインクして手を振る。それだけで初音21式の天士はどきまきした。
絶世の美女、しかも胸元が開いたドレスを着ているので谷間が上から見える。これで下心を覚えない男はいない。
「こんなに愛しているのに酷いわ!」
『はぁ』
惚気である。
戦闘中、敵機相手に惚気である。
相思相愛でもないのに惚気である。
「この際、貴方でもいいわ。私の体の火照り、冷ますのを手伝って頂戴」
『え、マジ? はい喜んで!』
これは童貞卒業か、と息巻く天士。
エカテリーナの機体が一八〇度ロール。今度は腹を見せる。
(ん、なんだあの装備は?)
初音の天士にはそれがなんなのか、すぐには思い出せなかった。
「私はね、ぼーや」
やたら色っぽく挑発的な甘い声。
「太くて熱いもので貫かれるのも『貫く』のも好きなの」
機体下部の装備が展開する。
巨大な釘撃ち機。つまり……
『パイル、バンカー……?』
放たれる鉄柱。
それは機体を貫通し、瞬間、初音21式は白熱化した。
爆散する敵機。
「ああんっ」
嬌声を漏らすエカテリーナ。
エカテリーナの愛機、それは戦闘機に人型機用のパイルバンカーを装備した狂気の機体だった。
共和国軍最新鋭、雀蜂。機体構成は荒鷹に近いが、規模は小さく垂直尾翼が外側に傾いているのが特徴だ。
荒鷹以上に新しく、原型機しか完成していない機体である。
エカテリーナは色仕掛けでその原型機を持ち出し、自身の愛機としている。
ご存じの通り、エカテリーナは自由天士である。自由天士が国家機密である最新鋭機を乗り回すのは、異常事態としかいいようがなかった。
「あ、はぁ……」
彼女は潤んだ瞳で甘い吐息を漏らす。
「いいわ、素敵だったわよ、坊や」
ぴくぴくと痙攣しつつ、パイルバンカーの余韻を楽しむ。
ギイハルトが彼女に靡かない理由はこの辺にある。
変態だった。
どうしようもなく、ド変態だった。
「さあ、次の獲物はどこかなっと」
周辺を見渡し、遙か遠くにトリコロールの荒鷹を発見する。
「ギイハルトはっけーん! ギイ、私にガトリング撃ち込んでぇ!」
『うわっ、なんか来た!?』
「貫くのも好きだけど、やっぱり貴方の太いので貫いて頂戴!」
付近の天士達は、敵味方区別なく前屈みになるのであった。
エカテリーナ・ブダノワ
現スコア 戦闘機二機撃墜 大型級揚陸艦五隻撃沈
首都の街道、その屋根の上を駆ける人型機がいた。
女性的なシルエットに古風な意匠。
あたかも巨大な鎧のようなそれは、キョウコの愛機・蛇剣姫である。
「どこを見ても敵敵敵、困ったものです」
屋根の端から跳躍、道の対岸の屋根へと飛び移る。
膝を存分に屈伸させ、衝撃を吸収して建物へのダメージを減らす。
本来であれば、重く接地圧の高い人型機は屋根の上を歩くことすら不可能。
キョウコは屋根が倒壊する限界を見極め、極めて繊細な機体制御を行うことでそれを可能としているのだ。
首都のあちらこちらで戦闘が行われバリケードが築かれる現状、これが移動には一番手っ取り早い。
もっとも、これを可能とするほどの制御技能を有する天士は世界的に見ても限りなく少ないが。
「む、あっちもですか」
テロリストの人型機がたむろする一帯を見つけ、進路を変える。
蛇剣姫に気付いたテロリストの機体は、様々な口径の砲口を屋根上に定めた。
『自由天士だ、落とせ!』
放たれる砲弾。
様々な方向、速度で飛来するそれをキョウコは全て認識していた。
かわし、切り捨て、蛇剣姫は封鎖されたラインを強行突破する。
「雑魚に構っているほど暇ではないので」
テロリストが円陣を組み守る対象、つまり時計台へと駆け寄る。
『突っ込んできた!?』
『単機でなにが出来る!』
キョウコはコンソールを操作し、クリスタルのリミッターを解除。
「出力三〇〇パーセント。さて、あと何太刀振るうまで無機収縮帯が保つやら」
機体に搭載された高純度クリスタル、神の涙が存分に魔力を四肢に供給する。
加速する蛇剣姫。機銃の射線を飛び越え、敵の剣を避け、身丈ほどもある蛇剣を振るう。
『ぐはぁ!?』
胴で断ち切られる人型機。
『こいつ、手練れだ!』
『囲め!数で押し切るんだ!』
蛇剣姫を取り囲もうとする敵機だが、蛇剣姫はそれを意に介した様子もなく踵を返す。
「いえ、もう終わっています」
『なにが終わ……え、あ?』
徐々に傾く機体。
次の瞬間、時計台を囲んでいた一〇機の人型機の上半身は下半身を残したまま地に倒れ伏した。
続いて時計台が斜めにスライドし、轟音と共に崩れ落ちる。
なんてことはない。キョウコは切ったのだ、一〇機の人型機と時計台をただ一太刀で。
『なんだよそれ、リーチが全然届いてなかったじゃねぇか!』
『くそ、重要な作戦目標を!』
敵の声を無視し、蛇剣姫は壁に向かって駆け出す。
助走を付けた後、大きめの建物の壁を駆け上る蛇剣姫。
垂直の壁を駆け上る様は、重力を感じさせない軽快なものだった。
屋根に着地し、機体を屈ませ下からの死角に隠れる。
「テロリストは紅蓮の騎士団でしたっけ、時代錯誤な者が現れたものです……しかし、時計台が重要な作戦目標?」
首を傾げ、すぐに得心した。
時計台を制圧するとなれば、目的は見えてくる。
この世界において時計台は時を知らせるだけではない。もう一つ、重要な役割がある。
「クリスタル共振通信の基点……通信ジャックをする気ですか」
ゼェーレスト村の時計台は受信専用だが、首都ドリットの時計台は中継所としての役割を持つ。
例えば今大会のように世界中に中継する場合、相当強い共振でなければ世界の隅々まで届かない。
その為に大都市ではメインの放送場所以外にも何カ所も基点を設置し、町そのものを魔法陣としているのだ。
それを乗っ取る。となれば、当然。
「もっとも重要な『催し物』は、メインの放送場所で行われると」
大会本部。実況者がいたであろう、城前の広場。
政治中枢である城を利用することは出来ないので、城内の設備を使える場所……城前広場に大会本部は敷設されていたのだ。
コックピットから一旦這い出て、肩の上に立ち城を双眼鏡で覗く。
遠方ばかりに気を取られ、蛇剣姫の足下に浮かんだ魔法陣には気付かない。
「まだ本部は制圧されていませんか」
小型級飛宙船が、キョウコの横をすれ違った。
避難する一般人の船かと無視しようとし、窓から一瞬見えた人物に視線を戻す。
「今のは―――」
双眼鏡を下ろし、その時点でようやく下方から伝播する魔力を認識する。
「強制転移魔法陣!? こんな場所で、蛇剣姫ごと持って行く気!?」
転移魔法。瞬間移動の一言で説明を終えられるこの魔法は、だが難易度の高さと使い勝手の悪さから使用タイミングが限られる。
離れた場所にいる他者を人型機ごと転移する。それがどれほど高度な技術であるかをキョウコは知っていた。
「逃げ切れ、ないっ」
苦渋の表情で転移に身構えるキョウコ。こうなれば、行き先が敵陣でないことを祈るしかなかった。
(知らせないといけないのに、あの人が、紅翼かレーカさんに伝えなければ……!)
光の中に消え去る蛇剣姫。
その場に残ったのは魔法陣の残滓と、陥没した屋根だけ。
カランカランと双眼鏡が屋根の窪みに落ちる。
その先に映るのは、先程の小型級飛宙船の後部座席。
何重にも魔力封印術式を施され、両手両足に太い鎖を嵌められ拘束されたアナスタシアだった。
キョウコ
現スコア 人型機一〇八機 この時点を以て戦線より強制離脱
不幸なことに。
アナスタシアが紅蓮の騎士団の手に落ちていると知らないガイルは、城前広場から遠く離れた空域を飛んでいた。
感情を殺し、ひたすら敵機を撃墜することに集中する。
『うわあぁ『嫌だ、なんだコ『死にた『誰か、助『なんだよぉ『これ以上殺さないで『もうい』』』』』』』
断続的に撃たれるガトリング、延々と続く断末魔。
最低限の瞬間のみ放たれる弾丸は、違わずガイルの殺気に沿って飛翔する。
即ち、コックピットへと。
弾を節約する為に、確実に殺める為に天士をピンポイントで狙い続ける。
初めて乗った亡霊の飛行特性など一分で慣熟した。
ガトリングの乱れ気味の弾道など、風を読めば誤差まで計算に入れられる。
ひたすらに、ひたすらに殺し続ける。
それこそが、家族を守ることに繋がると信じて。
ガイル・ファレット・ドレッドノート
現スコア 戦闘機二四七機撃墜
「限度、か」
眼前にまで迫ったラウンドベースを睨み、将軍は唸る。
司令室の存在するドリット城の目と鼻の先。最早、猶予はなかった。
墜ちた敵機はおおよそ三分の一。それも、大半を一機の所属不明な亡霊が落としている。
(銀翼といえど、物量に対抗するには限界があった。いや、足りなかったのは時間か)
損失した銀翼は皆無。せめてこの倍時間があれば、航空部隊を壊滅出来たろう。
(そも、銀翼達は好き勝手し過ぎだ! 誰が地上やラウンドベース本体を攻撃しろと言った!)
命令無視など彼らにとっては当然だ。無理に律したところで、戦果の増加を望めるわけでもない。
「彩煙弾を打ち上げろ! 後方部隊の出番だ!」
赤い花火が打ち上がる。即ち、進軍。
上空待機していた機体―――爆装した亡霊や雷神といった飛行機が、遂に行動を開始する。
『まだ敵戦闘機がいるようだが、もうタイムリミットか』
『南無三』
『畜生、俺はまだ死なないぞ!』
『俺、生き延びたらアイツにプロポーズするんだ』
『女か、そいつはいいや!』
自らを鼓舞しながらラウンドベース外周へと挑む軍用機達。この中で一体どれほどが生き残れるか。
多国籍軍最後の賭。彼らがラウンドベース級後部のエンジン破壊に失敗すれば、この国の歴史が終わることとなる。
「なあ、様子がおかしくないか?」
「ん?」
ラウンドベース中央ブロックの貴賓用軟禁室。零夏とソフィーが閉じ込められたこの牢屋を見張る二人の兵士うち一人が、覗き窓から見える光景に疑問を抱く。
「あいつら、ベッドの中で全く動かないぞ?」
膨らんだ布団、はみ出した白い髪。
それに、違和感を感じる。
「寝ているんじゃないか?」
「にしたって、多少は動くだろ」
疑問を抱いた兵に代わり、もう一人の兵士が覗き穴を見る。
確かに動かない。身じろぎすらしないのは、少し不自然だ。
「……おい! 起きろ、起きるんだ!」
「お、おい」
声をかける同僚に越権行為ではないかと焦るも、これしかないのも事実なので黙認する。
反応はなし。
「…………よし、入るぞ」
「さすがにまずいだろ!」
「俺が入ったらすぐ閉めろ、すぐにだぞ」
手早く牢屋に入り、ベッドに歩み寄る。
なにか企んでいるのではないかと警戒しつつ、そっと布団に触れる。
その軽い感触に、思わず兵士は布団をはぎ取った。
「な!?」
ベッドは無人。しかも穴が開いており、それは下の階層まで続いている。
「なんて、ことだ―――!」
あまりに致命的な失態に、『粛清』という単語が彼の脳裏に過ぎった。
『緊急事態発生! 要『保護』対象が脱走した! 繰り返す、保護対象が脱走した! 手の空いている者は、いや余裕のある者は捜索に参加しろ! 予備戦力の人型機は発進、艦内の主要箇所を固めるんだ! 絶対に捕まえろ、男の方は殺して構わん!』
館内放送にヨーゼフは苦笑を漏らした。
「クク、やはりな。やはり君はいい」
ヨーゼフはすでに愛機のコックピットで待機していた。二人の脱走など予想済みである。
脱走そのものに関してはなんとも思わない。捕まえたのは自分の功績だが、逃げたのは誰か見知らぬ兵士の責任である。
機体を起動させ、いち早く行動を開始する。
「ああ、本当に楽しみだ。君はなにを見せてくれる、レーカ君」
「レーカ、バレた!」
「らしいな、もう少し待ってくれてもいいのにっ」
白鋼の無機収縮帯周りを修正しつつ、ソフィーに呼びかける。
「もうほとんど仕上がっているからコックピットに乗り込んでくれ!」
「はい!」
ところでソフィーがドレス姿のままだが、操縦するなら着替えさせるべきだっただろうか。
まあ脱いだところで替えなんて技術者達の白衣ぐらいしかないが。
「はい出来あがりっと!」
バシンと蓋を閉める。
最後に解析して、自室で書き上げた設計図通りかを確認。
若干雑な仕事だが、おおよそ図面通りだ。いける。
「ソフィー、強行脱出するぞ! システムを立ち上げろ!」
船員が駆け回る艦内誘導路。
シャッターが不自然に堅く閉じられていることから、彼らは研究棟を怪しいと睨んだ。
数体の人型機が集まったところで事態は動く。
突然、シャッターが横一閃に『切り裂かれた』のだ。
『こちら中央ブロック研究棟、保護対象が、うわああぁぁ!』
『ひ、なんだよあれ! あんな化け物知らねぇよ!』
艦内通信からソフィーらが中央ブロックより脱出していないと断定した人型機部隊は、研究棟からブロック同士の繋ぎ目であるゲートの間に急行した。
「おい、返事をしろ!」
『助け、増援を』
「そんなことはどうでもいい! 敵、じゃない、保護対象は機体を奪ったんだな!?」
『あのレース機だ、自分の飛行機を奪還した!』
「自分の? 白鋼とかいう、あの機体か?」
意外そうな声なのは、奪われたのは戦闘用人型機だと考えていたからだ。
それが実はレース機。そんなもので、どうやって戦っているのかと天士達は思案する。
エンジン音が暗い通路の奥から反響する。
迫る『保護対象』に、考えるより見た方が早いと武器を構える人型機部隊。
身構えた彼らが見たのは、ギアにて滑走する白鋼だった。
「止まれ! この数の人型機をレース機で突破出来るとでも思うか!」
集まった人型機は一〇機。時間が経てば更に増えるだろう。
呼びかけられた白鋼が止まる様子はない。
これは仕方がないかと剣を向けた瞬間、異変は起こった。
白鋼が立ち上がったのだ。
機首を跳ね上げて腹を晒す白鋼。
ここまでなら運動性に特化した機体ならば不可能ではない光景だが、その後は正しく異常だった。
機体下面が分離し、各部を固定したシャーシ部分を失ったことでロックが外れ機体が変形を開始する。
エンジンと吸気口を含む胴体部分が上側にリフト。機体下面とエンジンに挟まれ納められていた『背骨』が露わとなる。
無機収縮帯によって有機的なまでのレスポンスによる動作が可能な主翼。その翼端が地面に突き刺さり、機体重量を支える。そう、『脚』として。
機首とコックピットモジュールが分離。機首部、ノーズコーンが左右に割れ、それぞれの内側から手首が飛び出す。
展開した『腕』が落下途中の機体下部面、ミスリル製の剣の柄を掴む。
最後にコックピットモジュールが九〇度前方に倒れ、各部がロックされた。
「な、なんだこいつ!?」
「人型機!? 飛行機が、人型機になったぞ!」
それは、異形の人型機だった。
線が細く、背中にジェットエンジンを背負う姿。
地球の者が見れば、あるいはバックパックを背負った宇宙飛行士に見えるかもしれない。
流線型のシルエットはそれが本来飛行機であったことを如実に表しており、しかし人型機部隊の天士達は現実を受け止めきれない。
未だかつて、セルファークの歴史に変形する機体など存在しなかった。部分的な可変機構や試作的な物はあったが、その機能の方向性そのものが完全に別物になってしまうなど前代未聞だ。
白鋼は呆然と立ち尽くす敵機に付き合い待つ気などない。
背中のエンジンが炎を吹くと、白鋼は非常識なまでの加速をした。
機体に不相応なほど強力なエンジンは、白鋼を瞬きの間に瞬間最高速度時速一〇〇〇キロにまで加速させる。
すれ違い様に剣、ミスリルブレードを横に構え敵機を両断する。
「はぁ!?」
「冗談だろ、なんだそのスピードは!」
人型機の速度はせいぜい一〇〇キロが限界。重い装甲と武器を持つ戦闘用人型機となれば更に鈍重だ。
一〇倍の速度差。彼らに白鋼を捉えることなど、操縦の技量云々以前に物理的に不可能だった。
何度も直線機動を繰り返し、辻斬りを敢行する白鋼。
瞬く間に五機を切り捨てられ、天士達は躊躇うのを止めた。
「機銃を使うぞ! 数撃ちゃ当たる、レース機なら装甲なんてないから防ぎようがない!」
保護対象を傷付けるかもしれないが、逃げられるよりはマシ。彼らはそう判断した。
口径の揃わない寄せ集めの火器達が発射される。
白亜の機体に殺到する弾丸。
しかし、それらは全てが白鋼に着弾することもなく空中にて停止した。
白鋼を包む光の幕が一瞬煌めく。
「しょ、障壁だと?」
「どれだけ魔力が有り余ってるんだよ、畜生!」
叫ぶ間にも三機切られ、既に残り二機。
「俺は報告してくる、お前は足止めしろ!」
「お、おい!?」
片方の機体が唯一の仲間の脚部を切り、動けないようにした。
「ふざけんな、くそぉ!」
「あばよ、ぉ?」
背中を向ける機体に迫る白鋼。
白鋼としては、行動不能となった敵に構う理由などなかった。
天士は猛スピードで接近する『死』に、ようやくあの機体の正体を思い出す。
(そうだ、あれは―――)
―――半人型戦闘機。
人型機と戦闘機双方の能力を併せ持ち、戦場を選ばぬ汎用性を目指した兵器カテゴリー。
必要な戦力を過酷な現場に急行させることが可能となり、開発成功すれば兵法が一から書き換わるとさえ称されたアイディアである。
しかし、その矛盾したコンセプトは結局は夢想の域を出なかった。
防御力と火力の人型機。
機動力と速度の戦闘機。
あまりに違い過ぎる両者は、合わせたところで互いの長所を潰し合うだけだったのだ。
世界各国、ありとあらゆる研究機関が挑み、そして頓挫した架空の兵器。
今更新規のプロジェクトを提示すれば、笑い飛ばされるか正気を疑われるような挑戦。
それを完成させたのは、こともあろうか国境の田舎に住む一人の少年。
世界初の実用半人型戦闘機・白鋼。
『空想上の産物』は、この時を以て『既存技術』へと成り下がる。
やっとこさ主人公機の本当の姿が登場しました。
万感の思いです。書きたいことは色々ありますが、それは別の場所で。
とりあえずこれだけは書かせて下さい。
天ぷらには天つゆじゃなくて塩だよね?(さっき家族と意見が別れた)
イヤダッテ、セッカクサクットシテイルノニ、ナンデヒタシチャウノ? ヘンダッテ、モッタイナイッテ。




