はじまりのおわり 1
「ハロハロやっほー、元気にしてた? 髪切った? 失恋した?」
「貴女は……」
白の世界。
砂丘のように、どこまでも続く白い地面。
果てはなく、地平線が真っ直ぐ見えるほどなにもない。
ただただ、白い平面の床。
空は蒼く、しかし先程までいた共和国首都の色とは違う。
キョウコは、そんな場所に転移していた。
親しげな声を無視して蛇剣姫に乗り込み、機体を動かそうとする。
「くっ、やはり動きませんか」
操縦桿を握るも、蛇剣姫は力無くうなだれるのみ。
クリスタルの残量魔力を示すメーターはゼロに固定され、機体は完全な行動不能に陥っていた。
「無駄だよ? ここ、どこか判るよね?」
「…………。」
観念して機体から抜け出し、慎重に装甲の凹凸に掴まって地上へ降りる。
身体強化魔法は使わない。いや、使えない。
「ひっさ。マジひっさ。あ、ひっさって久しぶりの略ね」
「なんの用ですか。私は今忙しいのです」
キョウコの前に立つのは着物姿の少女だった。
濡れ羽の如き艶やかな黒髪。ぱちくりと丸い目に整った柳眉。
歳は見た目一〇歳ほどか。
大和撫子と呼ぶには幼く、しかし人形のように美しい少女だ。
「ひっどいなぁ、久々の再会なのに」
朗らかに笑う少女。だが、そこに人間味はない。
キョウコは、『見慣れた』彼女にいつも以上の薄ら寒さを覚えていた。
「元いた場所に返して下さい」
「だ~め。あの女が死ぬまで、キョウコはここにいるの」
キョウコは再度周囲を見渡し、そして空を睨む。
青空。しかし、そこにはセルファークの空とは大きな違いがある。
果てがないのだ。三〇〇〇メートルで重力境界に達することも、六〇〇〇メートルで月面に衝突することもなく、どこまでも続く空。
それは、ここがセルファークではないことを示していた。
「神の領域、ですね」
「そっ。ここでは魔法は発動しないし、クリスタルで動く道具も当然使えない」
神の領域。ここに来るには三つ方法があるとされる。
一つは教国に存在するヘヴンズドアを通り抜けること。
一つは、自力で世界の境界を破ること。……可能かどうかはともかく。
一つは、神に招待されること。
キョウコの場合は、三つ目に該当する。
キョウコにはドアをくぐった覚えはない。となれば、目の前の存在がただの少女でないことなど明確だった。
否、それ以前にキョウコは彼女と面識がある。
「セルフ……セルフ・アーク。やはり貴女が暗躍していたのですね」
それは世界の名であり、この世界を統べる存在の名。
時代と共に変化しセルファークと名を変えたが、キョウコはその正式名称を覚えていた。
「あれ? バレてた?」
頷くキョウコ。
「あの演劇の作者名で、ずっと怪しいとは思っていました。セルフなんて珍しい名前ですから」
しかし可能性としては切り捨てていた。
まさか実名で演劇作家の真似事をしているとは、信じがたかったのだ。
「確信を持ったのはついこの前。レーカさんとマリアがデートしているのをストーカーした時です」
「さらっと何してんのハイエルフ」
キョウコはセルフに指をさし、堂々と言い切った。
「あれは、ぶっちゃけつまらない!」
あまりに大前提だった。
「そんなことないわよー! 才能溢れる私の原稿に、皆感涙していたじゃない!」
プンスカ腕を上下に振って、遺憾の意を露わにするセルフ。
「世界に影響を与え、人々の感覚を狂わせていた。そうでしょう?」
「え、マジ?」
「……無自覚でしたか。客観的に見て、あれが感動作だと本気で思っていたとは」
この世界とセルフはイコールで結ばれる存在。彼女の気分一つで、なにかしらの影響があったっておかしくはない。
もっとも、もろに感化されていたキョウコが偉そうに指摘出来ることでもなかったが。
「なぜ作家などしているかはどうでもいいです」
「暇潰しよ~ん」
「どうでもいいです」
切り捨てるキョウコだった。
「なぜ神とあろうものが個人に介入するような真似を、アナスタシアの死を望むのですか」
『あの女』の死。あの状況とタイミング、それがアナスタシアなのは間違いなかった。
「あの女はここで死ぬ運命なの。そういう予定なのよ」
運命。迷信に等しいこの単語は、だが神が要いると意味合いが変わる。
「それは運命ではありません。予定というのです」
「ま、そだねぇ。でも私が決めたんだもの、いいじゃない」
「許容出来かねます」
「それってアナスタシアを守りたいが為じゃないっしょ?」
びくりとキョウコの肩が震える。
「意外だよ、キョウコが一人の男に執着するなんて」
長くを生き多くの生死を見てきたキョウコにとって、近しい者の死など日常だった。
アナスタシアが死のうと、キョウコは平静を崩さない。
キョウコが守りたいのはアナスタシアでも自身の心でもなく……
「私の話など今すべきことではないでしょう。私が知りたいのは、なぜセルフがアナスタシアの死を必要とするかです」
「必要なのは、お姫様じゃなくて騎士様だけどね」
「騎士様?」
「そうそう、騎士様がいないと困るのよ。だから殺していいよね、ね?」
ふざけたことを、とキョウコは苛立つ。
「運命の輪はもう回っているの。そりゃあもう、ギュンギュン音をたてて。その輪の内側に、アナスタシア姫の居場所はないのよ」
くるりとターンすると、セルフは霞のように消え失せる。
一方的に話を終えられたキョウコは、セルフが首都に再転移するまでとりあえず蛇剣姫のコックピットに戻った。
先程の会話で、キョウコは明かしていないことがある。
それは、なぜストーカーした際に演劇作家が神であると気付いたか、だ。
演劇「父を訪ねて三千里」のファンであったキョウコは、これを見る度に無条件で感動を覚えていた。
しかし、ストーカーにて長距離、時計台の上から望遠鏡で観察していた際にはまったくそのような感情が湧かなかったのだ。
この差が物理的な距離から来るものだと気付いたキョウコは、これが神の影響力だと確信する。
だが気になったのは、零夏が神の影響を常に受けていない様子だったこと。
どれだけ近付こうと、距離に関わりなく零夏は平常を保っていた。
そこからキョウコは一つの推論を立てる。
(もしや、レーカさんの存在は神の運命に含まれていない?)
零夏は地球から迷い込んだ異分子。なにがあったっておかしくはない。
だとすれば、神に抗うとすればここに勝機がある。
(レーカさん、貴方だけです。貴方だけが、このセルファークという世界で唯一神に抗う権利を持っている……!)
「ったぁ、なんだこの欠陥機は!?」
白鋼の後部座席にて、零夏は唸るように自機を酷評した。
「ピーキーなんてレベルじゃない、無茶苦茶だ!」
常に周辺環境ごと機体を解析、状況把握し続ける。そうでもしないと転倒しそうなのだ。
(イメージ通りに動かない! 何か計算されていないファクターがあるのか!?)
纏まった一〇機の人型機を切り捨て、いや一機は味方に切られていたが、ともかく白鋼はゲートを突破し外を目指す。
時折長距離ジャンプをするものの、基本的には走って移動する白鋼。
「っこの、真っ直ぐ走れ、ととと!」
フラフラと蛇行するが、勿論やりたくてやっているわけではない。
大半の、というより全ての人型機は操縦出来ることを前提に作られている。
当たり前過ぎる大前提だが、つまりは設計段階の随所に人と同じ動きをする為の配慮があるのだ。しかしそれは最初から人型機として制作された場合。
白鋼は所詮は人型機に改造した飛行機。足りない部分など沢山ある。
イメージリンクなしで人型機を動かすのに慣れている零夏だが、それでも設計自体が持つ安定性が欠けていると扱いにくいということだ。
足首にあたる間接がない為に、常時爪先立ちのようなバランス感覚を求められる。
胴体内部に集約された無機収縮帯が人型機と比べ少ない為に、負担の少ない操縦を強いられる。
翼端の接地圧が高過ぎる為に、地面に突き刺さらないような繊細な踏み込みをしなければならない。
それだけではない。背中のエンジンは水素ロケットとラムジェットのハイブリッド、だがラムジェットは時速一〇〇キロ以上でなくては起動しない為に、基本的に水素ロケットエンジンでの飛行を余儀なくされる。
理想は足への負担を減らす為にエンジンを起動し続けホバリングに近い状態でいることだが、水素ロケットは五分しか使えない以上、節約を心掛けた操縦をしなくてはならないのだ。
故に、不格好であってもちょこちょこと走っているのである。
「畜生、全部終わったら低速度域でも安定した出力のターボジェットエンジンに換装してやる、いやでもラムジェットの出力は惜しいしなぁ」
「レーカ、前!」
「おっと!」
前方の物陰に風の流れを感じ、ソフィーがレーカに警告する。
零夏は解析し敵人型機だと判断。先制攻撃を開始する。
足を屈伸させ、跳躍。
脚力によって加速し、ロケットエンジンからラムジェットエンジンに即座に切り替える。
白鋼は人型機にあるまじき水平飛行を行い、敵機に肉薄する。
『うおっ!?』
「遅い!」
視界に入る前から行動を開始していた白鋼に、対処する間もなく両断される人型機。
「人型機のコックピットが胴体内部じゃなくて良かったよ、ほんと!」
大半のロボットアニメのように、胸の辺りにコックピットがあれば殺さない自信はなかった。
床の鉄板を削りつつ、白鋼は着地する。
「ミスリル製じゃなければ、着地する度に翼端が擦り減ってたな」
「でも、軋んでいないかしら?」
「……まぁな」
ソフィーの言うとおり、白鋼は行動する度に悲鳴を上げていた。
「この重量で人型機を作ろうっていうのが無茶なんだ、機体間接への負担は設計した上の妥協点なんだよ」
そう、この機体は人型機として行動すれば、それだけで壊れる。
歩く度に無機収縮帯が焼き切れ、飛ぶ度にベアリングが軋み。
飛行機としての運動性を犠牲にしない為に、人型機としての部品や強度は根本的に足りていない。
この設計はミスではなく、意図したものだ。
零夏はキョウコから話を聞いた後、ずっと密かに半人型戦闘機の設計を考え続けてきた。
人型に変形する飛行機、半人型戦闘機。
矛盾するコンセプト、それに挑み続け半年。やがて図面まで漕ぎ着けたものの、問題点は幾つも残っている。
操縦性や耐久性など、その代表格だ。
この機体、一度人型機として作戦行動を行えば無機収縮帯の総点検をしなければならない。少量の収縮帯に過剰魔力を注ぎ込まれた結果、早々に焼き切れてしまうからだ。
その割に、パワーは鉄兄貴以下。戦闘用としては落第点である。
まさしく欠陥機であり、未完成品。数々の問題解決が成されないままの実践投入だったのだ。
「直線区画だ。一気に飛ぶぞ、サポート頼む」
「任せて」
白鋼は一気に長いトンネルを跳ぶ。
人型の機体が安定して水平飛行出来る秘密は、両肩と膝の四枚の翼だ。
人型機形態の際は操縦の大半を零夏が受け持つが、これらの補助翼のみはソフィーの制御が残っている。
彼女の技量を以てすれば、これだけあれば安定飛行させることは容易い。
「なるほど、半人型戦闘機だ」
可変人型戦闘機の方が意味合いとしては正しいとも思ったが、そうじゃない。
軽量な機体と航空力学に則った形状、そしてエンジン。人型機形態となろうと、この機体は飛行機であることを辞めてはいない。
これは接近戦すら可能な、ただの人型の飛行機なのだ。
「らくちんらくちん」
気の休まることがなかった操縦から解放され、冗談混じりにソフィーに指示する。
「このまま外まで飛んじゃってぇ」
「そう上手くいくかなぁ」
通路を抜けて巨大な格納庫へ侵入する。
機体はほとんどない。小型級飛宙船多数と中型飛宙船一隻があるのみ。
整備員がそれなりにいたが、白鋼を見ると蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
白鋼は大きな柱に背を預ける形で着地。操縦が零夏に戻る。
「もうだいぶ外に近いよね」
「あそこのゲートだ。あそこをくぐれば、あとはストレートで脱出出来る」
ゲートの正面に立つと、遙か遠くに小さな光が見えた。
自然と綻ぶ頬。ようやく、安全な場所へと戻れる。
再度跳躍しようと身を低く構えた時、ソフィーが叫んだ。
「―――来る!」
なにが、と問いかける間はなかった。
外の光とは別に、ストレートの途中にて爆炎が咲く。
(砲口炎!?)
咄嗟にロケットを最大出力、横に転がる。
脇腹を巨大な砲弾が掠め、後ろに通過していく。
「うおぉ!」
「きゅうぅっ」
一回転、体勢を立て直して機体を後退させる。
ソフィーの呻き声は、零夏の操縦を邪魔しないように口を手で押さえていたものである。
砲が壁に着弾。轟音を撒き散らし大穴を穿つ威力に、零夏はぞっとする思いだった。
「最後の門番、ってか」
格納庫に迫る、いやに重圧を感じさせる敵機に身構える。
角度からどのような機体かは見えない。それが、更なる不安を覚えさせた。
解析魔法にて、情報を収集する。
(足がない……ガチターンの人型機のような、下半身が飛宙船のタイプか?)
このタイプは飛宙船の積載量を活かし、重装甲高火力と相場が決まっている。
「だが並大抵の装甲なら、ミスリルブレードで切り裂ける……」
零夏の呟きを遮ったのは、けたたましいエンジンの駆動音だった。
甲高くやがましいそれに紛れ、キュラキュラという金属の擦れ合う音。
久しく聞いていないその音に、零夏は一瞬思考を忘れた。
「……おいおい、キャタピラかよ」
セルファークには無限軌道なんてないんじゃなかったのか、と詳しい解析を試みようとして、すでに目前なので間合いを取ることを優先。
中型級飛宙船に後退で飛び乗り、ブレードを構える。
(なんなんだ、こいつ? キャタピラとジェットエンジン……いや、ガスタービンエンジンか? ガスタービンの高速回転に耐えられる変速機なんて、そうそう作れる物じゃないぞ)
未知の敵に警戒する零夏。
そして、その機体は遂に格納庫に到達した。
「は、な、なんでアレが!?」
意外過ぎる敵の姿に、目を剥く零夏。
箱のように平坦な装甲。
幅は三メートル半を越え、キャタピラはそれぞれ幅1メートルほど。かなり大きい。
上半分もまた同じく箱型。正面は丸みを帯びているが、全体的にシンプルな外見だ。
だいだい色の箱に同色の小さな箱が載っている。一言でいえば、そんな外見の戦車だった。
零夏はそれを知っている。あまりに有名で、あまりに馬鹿げた実在の兵器。
「なんだって、この世界にマウスがあるんだよ!?」
超重戦車マウス。第二次世界大戦にて二台だけ制作された、試作戦車。
最大の特徴は重量。超重の名は伊達ではなく、戦車の重量は大抵が四〇トンから六〇トンあたりなのに対し、マウスは実に一八八トン。通常の三倍である。
しかしその重量がもたらす装甲は、当時のありとあらゆる砲弾を跳ね返すとされた。
そんな超重戦車が致命的に失敗作なのは、機動性が劣悪極まりないのが理由である。重ければ遅い、当然だ。
「しかもなんだ、あの改造」
零夏の知識にあるマウスと目の前のマウスには差異がある。具体的に言えば、『腕』がある。
「どこの馬鹿だ、戦車に腕を付けようなんて考えた奴は!」
飛行機に手足を付けた奴が言う台詞ではない。
マウスに追加された腕は人型機の物よりずっと大きく、リーチは二倍ある。
太さも凄まじく、大量の無機収縮帯と油圧によって発揮される腕力は通常の機体とは比べ物にならないだろう。
腕の先はペンチのような形状となっており、保持以上の機能はないらしい。
それでなにを掴むかといえば、マウントされている二つの武器だ。
右手には肉厚の長剣。
左手には38口径170ミリ砲。
小さな頭らしき物が砲塔に乗っかっているのだが、センサー以上の役割はない。
人型機と呼ぶにはあまりに異質であり、獣型機と呼ぶには機械的過ぎる。
双腕戦車は砲塔を三六〇度回転させ、白鋼を発見し二つの武器を構えた。
『少々驚かせたな、レーカ君』
「ヨーゼフか、愉快な物に乗っているな」
マウスには本来あるべき砲塔の砲身がない。その部分がコックピットに改造されているのだ。
『君に勝つ為にはどうすべきか、私なりに考えた結果だ。君は高速戦が得意なのだろう? 私ではあの剣劇に反応仕切れない、故に防御に特化した機体を調達した』
特化どころではないだろう、との言葉を零夏は飲み込む。
『帯状に連なることで極めて広い接地面積を実現する技術。この世界には存在しない機体、『異文化の工芸品』と呼ばれる物だ』
異文化の工芸品。
ナスチヤが取り寄せてくれた資料にて、その言葉は知っている。
異世界セルファークに迷い込んだ地球の工業製品。
零夏にとっては懐かしく、そしてセルファークの技術よりは遠く思える存在。
地球の兵器など触ったことはない。こちらで関わった巨大人型ロボットの方が、まだ零夏にとってリアルに思えるのだ。
『それに愉快な物に乗っているのはお互い様だろう。まさか、半人型戦闘機をこの状況で形にするとは』
「……お前に構っている時間はない。ナスチヤ、アナスタシア様はどこだ」
本当はマウスを調べたくて仕方がないのだが、優先順位を間違えるほど愚かではない。
『答えたところで私の言葉を信じられるか? まあ、急いだ方がいいとだけ言っておこう』
マウスの巨腕が近くの小型級飛宙船を掴み、唯一の脱出通路であるゲートに叩き付けた。
スクラップとなった船が、簡素なバリケードとなる。
「なっ」
『さあ、殺し合うとしようか』
ヨーゼフは白鋼がミスリルブレードでゲートを裂き突破可能と判断。隙をついて逃げられないように、即席バリケードを作ったのだ。
この程度の障害は人型機にとって、短時間で取り除けるものだ。しかし、それは少なくとも一瞬ではない。
撤去作業をしたければ俺を倒せ。つまりは、そういうこと。
「付き合う義理は―――」
白鋼を飛翔させ、天井に着地。
逆噴射にて逆さまに張り付き、狙いを定める。
「―――ねぇよ!」
ジャンプし、急降下。
ミスリルブレードを真上から叩き付け、マウスを両断する。
……する、つもりだった。
「な、に!?」
『ああ、断っておくが』
ブレードが刺さったのは数十センチほど。今まで戦った機体が皆一撃で終わっていたことを考えれば、桁違いの防御力。
『この機体の装甲厚は倍に強化されている』
振り下ろされるマウスの巨剣。
薄く切り味を求めたミスリルブレードとは違い、肉厚で叩き切ることを目的とした剣。
ブレードで防ぐも、出力の違いから唾競り合いなど出来ない。受け流し距離を確保し、ようやく息を吐く。
「っ、内側からかさ増ししているのかよ……最大装甲厚約五〇センチとか、馬鹿じゃねぇの!?」
『油断するには早いぞ』
放たれる170ミリ砲。
慌てて退避し、柱の陰に隠れる。
マウスは白鋼に急接近。その速度は意外なほど速い。
鉄塊のような剣が柱ごと白鋼を斬り伏せようと鈍い風切り音を唸らせる。
飴細工のように破壊される鉄柱。咄嗟に身を逸らし切っ先から逃れ、白鋼はホバリングして中型級飛宙船の後ろに回り込む。
(地上にいたら駄目だ、あの機体が届かない場所―――)
中型級飛宙船の艦橋に飛び乗り、そっと下を覗く。
170ミリ砲弾が頭を掠め天井に突き刺さり、慌てて引っ込めた。
「キョウコは鉄でも切ってみせたわよね? どうして白鋼には出来ないの?」
村での人型機訓練を思い返し、ソフィーが問う。
「剣っていうのは真っ直ぐ振り下ろさないと切れないんだよ、白鋼の操縦が上手くはまれば、あんな装甲の塊だって真っ二つに出来るのに!」
改造マウスの重量は、追加装甲と腕によって三〇〇トンを越えている。
対し白鋼は、人型機としての部品を組み込んだとはいえおよそ4,5トン。
ほぼ同スケールでありながら実に六七倍。圧倒的重量差の戦いの幕が、ここに切って落とされたのだった。
外では、遂に戦いが終結した。
城に覆い被さるラウンドベース級飛宙船。
こうなっては、多国籍軍側は抵抗を許されない。敵の逆鱗に触れれば、着陸という形で町が滅ぶ。
ここに、共和国の敗北が決したのだ。
『畜生おおぉぉっ!』
『お前ら、各地に退避するぞ! 生き恥を晒せ!』
『なんてこった、国が負けるなんて』
『アイツらはなんの為に死んだんだ、くそ!』
『これじゃあ、これじゃあプロポーズなんて出来ねぇよ……』
『ステーキ、まだ取ってあるかな?』
四散する戦闘機。
首都ドリットの奪還は最早不可能。今彼らに許されるのは、いつか反撃の時に備えて機体と命を温存することのみ。
屈辱と悔恨。言いようのない敗北感にかられ、共和国軍は他州へと向けて飛行する。
彼らにとって幸いなことに、追撃はなかった。
逃げ帰るのは他国の軍人も同じだ。帝国としてもこれ以上は手を出せず、小国の軍に至ってはラウンドベースを持つ組織と敵対することは存命に関わる。
銀翼達も彩光弾の指示に従い戦闘を終え、「今さっきで急に止められるか」と言い敵機を撃墜しつつ離脱する。
敗北しても傲慢不遜、それが銀翼である。
既に首都は紅蓮の騎士団の手に落ち、誰もが呆然と狭い空を見上げるしかなかった。
最強の銀翼の天使とその娘、そして彼女の婚約者以外は。
武力制圧されるドリット城。
「非戦闘員には手を出すな、それ以外は皆殺しにしろ!」
怯えるメイド達を誘導し、紳士的に城の外へ出していくテロリスト。
対して、将軍含む騎士達は悲惨な最期を遂げていた。だからこそメイドは怯えているのだが。
司令室の窓際には生かされた、共和国各地の要人が後ろ手に縛られ座っている。
そのうちの一人が、テロリストの指揮官を睨み付けた。
「それで、これからどうするつもりかね? 紅蓮の亡霊共が」
「口の減らない奴だ」
指揮官は男を蹴る。
「ぐっ、……ふん、ラウンドベース級を手に入れ有頂天になっているようだが……あれはまだ世界に七隻あることを忘れるなよ」
共和国に四隻、帝国に三隻。
首都を抑えたところで、紅蓮の戦力など世界的に見れば吹けば飛ぶ程度でしかない。
これは戦術的な敗北であっても、戦略的な敗北ではないのだ。
「この平和な時代、それを乱す者は世界全ての敵だ。長い天下だと思うな」
「解っているさ。だからこそ、貴様らは生かされている」
彼らは共和国各地の知事やその側近だ。選挙で選ばれた者達だが、王制が終わったのはたった一一年前。
まともな運営をしていた貴族はそのまま領地の管理を民に託されている場合も多い。故に、旧い知識を持つ者も多数いる。
「ラウンドベースなど、我々の力を民間人に知らしめる為のパフォーマンスでしかない。お前達に対するパフォーマンスは別にある」
指揮官は外に目をやり、つられて要人達も窓を覗く。
先に存在するのは、世界に点在する超巨大ダンジョン、巨塔。
それを人類が発見してしまったのは、果たして何時のことだったか。
世界の最果てで見つかった『異文化の工芸品』の制御ユニット。
異文化の工芸品、それは高速回転する巨大な建築物だった。
長年に渡り推進材を必要としないイオンエンジンにより、ひたすら加速された回転。
そのエネルギーを捻出するのは核融合炉。存分な核燃料を蓄えたそれは、人類の手を離れようと稼働し続ける。
半休眠状態だったシステムがコマンドを受信し、制御装置が起動した。
円柱のような砲弾がバレルに送り込まれ、照準が定められる。
幾つもの障害物を越えた先、目標は首都ドリットの海上。
全てのシークエンスがクリアされた瞬間、どこかのモニターに文字が表示された。
『|Wand of god《神の宝杖》 ―――FIRE』
建築物の回転が電力へと変換され、絶大なエネルギーとなり砲身に供給される。
そう、この全長数百メートルの建物自体がエネルギーを蓄える役割を持つ、フライホイール・バッテリーなのだ。
レールが帯電し、ローレンツ力が飛翔体を滑走させる。
数千万トンの物体が蓄えた運動エネルギーが、たった6,1メートルの杭へと注ぎ込まれる。
あまりの速度と高温に、砲口から放たれた瞬間から液化・プラズマ化する槍。
それは全てを貫き通し、そして着弾した。
海上の巨大建築物―――巨塔が発ぜた。
首都を悠久の間見守り続けてきた世界の柱が、白熱化し崩れ落ちていく。
遅れて轟音。全てを粉砕するかと錯覚するほどの、音の津波。
最後に訪れたのは振動だった。地面が揺れる程度の話ではない、船が倒れ、脆い建築物が倒壊するほどの大地震。
天変地異を思わせる異変に、誰もが唖然と壊れゆく巨塔を見ていた。
「……まさか、神の宝杖か?」
リデア姫もまたその一人。首都から離れる飛宙船より、その様子をある種、魅入られるように眺める。
神の宝杖。その詳細を知る者はこの世界にいない。
判っていることは、座標を定めればその地点に破壊をもたらすこと。
それに使用回数制限がないこと。
そして、防御方法はないこと。
あまりに一方的な攻撃手段であり、手にした者は世界を手中に入れるとされた最悪最強の『異文化の工芸品』である。
「なんてことだ、教国で管理されているのではなかったのか、あれは」
神の宝杖に射程範囲などという概念はない。セルファークの全てが攻撃可能だ。
リデア姫は理解した。これは「下手な真似はするな」と忠告しているのだ。帝国と、共和国各地に生まれるであろう反抗勢力達に。
神の宝杖は一般人には存在を知られていない。そんな恐ろしい物が世界にあり、しかも稼働しているなど不安を煽るだけだろう。
だからこそ教国にて複数国の管理の元、制御ユニットを封印しているのだが……いつの間にか盗まれていた、というわけだ。
破壊が不可能だったのは、その本体がどこにあるか判らなかったから。そもそもどのような攻撃手段かすらよく判らず、ユニットから『神の宝杖』なる名称が判明したのみ。
もっとも、零夏ならば名前からある程度察しが付いただろう。
神の宝杖―――それが某軍事大国が建造した、宇宙兵器の発展型であると。
「姫、ただいま戻りましたぞ」
船に着艦したルーデルがシャワーを浴びた後に姫の元へ帰還する。
「いや、先に報告に来んかアホウ」
「そんなことより奴らが世界に向けて放送を開始しましたぞ」
「犯行声明じゃな」
「勝てば官軍、もはや彼らの言は政府発表に等しいですな」
「馬鹿を言え、テロリストはテロリストじゃ。まあ笑い話くらいにはなるじゃろう、船内で聞くこととしようか」
飄々と涼しげな顔で歩むリデア姫。
しかし、その瞳には怒りが燃えたぎっていた。




