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銀翼の天使達  作者: 蛍蛍
最速の翼を作ろう編
25/85

長耳メイドとロリコンドラゴン 2


 ツヴェーに到着。


「あっさりね」


 マリアの拍子抜けした様子の呟きに、肩をすくめて返事をする。


「所詮隣町だ、行き来する度にトラブルが発生したら身が保たない」


 旅は順調に終わり、俺達は目的に着いた。


「どういう順番で回る?」


 三人が一斉に挙手した。


「レーカの働いていた場所、見たいわ」


「お買い物をしたいな」


「あの演劇の続きを見たいです」


 それ全部私用じゃねぇか。俺には手紙受け取りと資材買い出しが。


「分担するか?」


 三人に腕を掴まれた。


「レーカの、働いていた場所、見たいわっ」


「お買い物、を、したいなー」


「あの演劇の、続きを、見たいです!」


 なにこの人達怖い。


「それじゃあ……」


 三人の視線が集まる。


「宿を確保するか」


 腕に籠もる力が、ちょっと危険な域に強まった。








 フィアット工房は変わらず、怒号と喧噪に包まれた男達の戦場だった。


「うわぁ」


 秋も後半というのに、あまりの暑苦しさにマリアが若干引いている。


「飛行機っ!」


 ソフィーが飛行機に駆け寄ろうとしたので、脇から持ち上げて止める。

 不満そうな瞳が俺を射抜く。


「見たら駄目ってわけじゃなくて、危ないんだ。むやみに近付いたら駄目」


 ソフィーを肩車して安全な距離まで近付く。ちっこいソフィーだと、こうでもしないと全貌が見えないだろう。


「しかしこいつは……なんだ?」


 ずんぐりとした胴体の、見覚えのない機体だった。

 垂直尾翼は上だけではなく下にも伸び、機首と後部の双方にプロペラが付いている。

 随分とへんてこな形だ。空力的に優れた形状なのはなんとなく判るが。


「つか、プロペラ機自体珍しいな」


 セルファークでは、飛行機登場時には既にジェットエンジンが開発されていたので、小型プロペラ機はあまり見ない。中型級以上のサイズの飛宙船か、エアバイクのように町中で使う船か、あるいは亜音速以下で機敏な速度変更を行う必要性のある特殊な機体に採用される程度だ。

 推進式と牽引式、双方の特徴を備えた飛行機。エンジンを一列に並べたことで空気抵抗も小さく、レシプロ機の割にはトップスピードに優れた機体になりそう。


「整備性は悪そうだけど」


 こういう奇妙な機体は、総じて整備が難しいという特徴がある。

 可変前進翼機なんてゲテモノを作ろうとしている俺に言えることではないが、奇抜な機体は大抵は失敗作だ。

 そして極一部は後の標準となり、先進的という評価が与えられる。因果な話である。


「おっ、レーカじゃねーか! どうしたんだ?」


 技師の一人が俺に気付き、連鎖的にわらわらと男達が集まってくる。


「おいお前ら、レーカが来たぞー! しかも女連れだ!」


 これ以上呼ぶな、ムサい。

 ソフィーが慌てて降りて俺の背後に隠れる。


「ほら、皆の暑苦しい顔に怯えているから離れて離れて」


 お前が怖いんだろ、いやお前の方が、お前昨日風呂入ってなくて臭いんだろ、と責任転嫁しつつ数歩離れる技師達。


「久しぶり。遊びにきたぜ」


「おう、ついでに手伝ってくれてもいいぜ!」


「時間がないからまた今度な。カストルディさんいる?」


 のっしのっしとドワーフの男性が現れた。


「レーカか。元気だったか?」


「おかげさまで」


 相変わらずご立派な髭である。


「で、お前の後ろのチビは……ああ、ナスチヤの娘っ子か。確か、ソ、ソー……ソフィア?」


 彼女は驚くように目を見開いた後、妙にキツく親方を睨み「ソフィー」とだけ訂正した。


「おおそうだ、すまねえ。大きくなったなソフィー」


 そういえば彼女はソフィー嬢と呼ばれるのも嫌がった。呼ばれ方には強いこだわりがあるのかもしれない。

 アナスタシア様もナスチヤという呼び名は家族レベルの人にしか許さないし、似た者親子ということか。

 今の俺はナスチヤって呼ぶことを許されるのかな。

 きっと大丈夫だけれど、「アナスタシア様」に慣れてしまったからそのままでいいや。


「ところで、この飛行機はなんですか?」


「おう、こいつは大戦末期に帝国で試作された機体でな。むしろ実験機としての意味合いが強い、新しいエンジンレイアウトのテスト機だ」


 きっと「エンジン二つなら凄くね?」「横に並べたら空気抵抗が」「前後に並べようぜ!」「ならプロペラだな。どうせ空中戦闘は亜音速だし」って具合だろう。

 戦争が長引くと、どうも珍妙な発想が湧いて出るのはどうしてかね。


「帝国の貴族様に依頼されててな。レストアしている最中だ」


「道楽的な好事家かなんかですか?」


「いや、この情報はあんまり漏らしちゃいけないんだけどよ」


 カストルディさんは俺に耳打ちする。


「なんでも、この機体を改造して大陸横断レース未成年の部に出場するんだってよ」


 ……オフレコもなにも、俺が出場者の一人なのだが。






「大陸横断レース未成年部門に出るのか。まあお前なら遅かれ早かれ興味持つんじゃないかと思っていたが」


 ツヴェー滞在中に教えてくれれば良かったのに。知っていれば……


「仕事が手に付かなくなるだろ」


 ……そうかも。


「でも未成年部門は機体の自作、改造が条件でしょう?」


 出場チーム以外の手伝いを得た機体は失格のはずだ。


「改造機ありってルール上、改造する前のベース機をレストアするのは誰でもいいんだろ」


 まあ改造じゃなくて修復だしな。


「改修計画の図面をちらっと見たが、ありゃお前でも苦戦するかもしれねぇぜ。まさか理論段階の新技術を組み込むとはな」


「どんな技術?」


「言えるか、アホ」


 偵察ではなく、技術的好奇心からの質問なんだけどね。

 もう一度機体を見上げる。

 機体は一度塗装を落とされ、赤く塗り直されている途中だ。


「紅翼のパクリ?」


「赤は天士にも人気の色だからな。紅ならお前んトコの悪ガキ、赤なら帝国貴族の伯爵様、紅蓮なら統一主義者ども、ってな感じで少しの色合いの差で意味が全く異なるわけだ」


 違いがわからねぇよ。


「統一主義って?」


「共和国と帝国は一つの超大国であるべきだ、って主張する連中だよ。先の大戦の元凶っていわれるクソッタレだ」


 大国同士を合併って、無茶だろ。絶対どこかで無理が生じる。


「その無理のツケが大戦だったのさ。俺には政治家や思想家の考えることなんざ解らんがな」


 いやはや、物騒な話だ。


「とうの昔に全滅させられているからな。今更歴史の表舞台に出てはこないさ」


「そうだといいけど」


 つーか、なんで俺は工房まで来て世界情勢の話なんてしているんだ。


「それで、これだけ購入出来ますか?」


 購入リストを提示すると、カストルディさんはガリガリを頭を掻いて唸った。


「結構な量じゃねぇか。ある程度の量なら俺達を仲買しない方が安いぜ」


「仕入れ先なんて知りませんよ」


 書類仕事はマキさんの管轄だ。


「そういえばマキさんは?」


「ガチターンと新婚生活を満喫しているだろうさ」


 お、結婚したのか。


「そうだ、あいつに買い出しに付き合ってもらえ。仕入れ先も把握しているし、ガンガン値切るぜ」


「愛の巣に乗り込めと?」


 流石に気が引ける。


「俺は行きたくねぇ。様子を見てきてくれ」


 げんなりした表情でしっしと手を振るカストルディさん。


「見に行けと言うなら行きますけれど」


 疑問符を浮かべつつ、「お邪魔しました」と頭を下げて俺達は工房を出る。


「ところでよレーカ、この機体、試し乗りしたらガクガク揺れるんだよ。シャフトが曲がっているわけでもなし、なにが原因なんだろうな?」


「巡航速度で翼が固有振動と同調してしまうんですよ。翼端に重量配分を移動させることで解決出来る可能性があります」


 前進翼の研究なんてやっていると、この辺は詳しくなるな。


「……ヘンテコ覗き魔法を使ったのか?」


「ぱっと見の勘です」


「そ、そうか。あんがとよ」


 奇妙にどもるカストルディさんに首を傾げつつ、俺達は今度こそフィアット工房後にした。


「物は試しのつもりで訊いてみたが……あいつ、しばらく見ないうちに更に腕上げてやがる。もう俺を抜いちまったか?」








 カストルディさんに教わった住所まで歩く。

 立体的なツヴェーの町は徒歩が不便だ。ソフィーが早々にバテて、俺の背中で眠っている。


「旅の疲れもあったのでしょう」


「目的地で寝るとか、旅の意味がないな」


「ソフィー的には目的は果たしたんじゃない?」


 工房見れたから、彼女の旅はもう終了か。

 ちょいちょいとマリアが露天商に目を奪われつつ、俺達は道を進む。


「買わないのか?」


 せっかくだし、ちょっとの無駄遣いくらいしてもいいのに。


「いいのよ。うぃんどうしょっぴんぐ、だから」


「ハッ」


 慣れない横文字とか田舎娘丸出しだろ。

 思わず鼻で笑い、肘鉄砲を脇腹にクリーンヒットされそうになり、ソフィーが俺の背中にいることに思い至り手を出せない。

 これはチャンスだ。


「いや失敬。遠慮なくうぃんどうしょっぴんぐに励みたまへ。俺はそこにすたばで待っているよ。なういぜ」


 真っ赤になり拳を振るわせるマリア。だがソフィーがいる限り俺に危害は加えられまい。万が一、ソフィーが怪我をしたら大変だ。

 マリアが俺の正面に回り込む。

 そして俺のほっぺたを正面から両方抓られる。


「……痛いです」


「それで?」


「くぅくぅ」


 寝息をたてるソフィーと、俺を半目で睨むマリア。

 両手に花ならぬ、前後に花である。






「レーカ君、ひっさしっぶり~!」


 再会早々抱きつかれた。

 まあ、予想していたので気にしない。


「こんにちは、マキさん」


 ゆったりとしたマタニティ服のマキさん。ネコミミのモフモフっぷりは、相変わらず触りたい欲求に駆られるな。

 ここはガチターンの家だった場所だ。一人暮らしの汚い男部屋だったらしいが、今は住人が二人に増えて『色々と』片付いている。


「すぐに三人に増えるよ!」


 ポンと狸のようにお腹を叩くマキさん。元が細いから判りにくいが、お腹にもう一つの命が宿っている。


『お~』


 なにやら感嘆の声を漏らしマキさんのお腹を撫でるソフィーとマリア。

 マリアはともかく、ソフィーはちゃんと解っているのだろうか?


「しっかし、また……」


 使用人休憩室もなかなかだったが、この部屋はそれ以上だ。


「よぉ、ガチターン」


 お人形のように椅子に座るガチターンに声をかける。


「み、見るな、汚されちまった俺を見ないでくれ!」


 必死に縮こまる巨体は大層キモいが、服装は尚キモい。

 親方がここに来たくない理由、よく解る。

 ピンクのレースカーテン。

 天蓋付きのベッド。

 大量のヌイグルミ。

 小綺麗な燕尾服に身を包む大男。

 そこは、女子の夢を詰め込み煮込みカラメル状となるまで放置した鍋の中身の惨劇を呈していた。


「イッツ、ソー、ファンシー!」


「oh……」


 呻き、机に突っ伏すガチターン。育ちの悪そうなコイツにはこれはキツい。


「マキさん、許して上げて。ガチターンが可哀想です!」


「かわいそう、じゃなくてかわいい、でしょう?」


 駄目だこの人、根本的に駄目だ。


「ガチターンみたいに粗暴でガサツでいい加減でルーズで残念フェイスで歩く粗大ゴミみたいな男は、ちょっとくらい汚い場所の方が安心するんです! ゴキブリなんです!」


「そうなの?」


 マキさんは夫に問うと、彼はカサカサと小刻みに何度も頷いた。


「それならそう言ってくれればいいのに。あとで物置掃除してあげる」


 新婚の夫を物置に押し込む気だー!?

 それでもどこか安堵した様子のガチターン。物置もいいもんだぜ。


「それはそうと、レーカ君はどうしてツヴェーにいるの? あ、出産祝い頂戴」


「まだ生まれていないでしょ。俺達がツヴェーにいる理由ですが―――」








「おじさん、そこをもう一声!」


「って言ってもなぁ、困ったなぁ、あはは」


 商会で年上の男性相手に一歩も引かず値切るマキさん。

 時に愛想を振りまき、時に陽気に、時に色香を放ち、様々な顔を見せつつ巧みに交渉する。

 その様は、まさに歴戦の商人だ。


「はぁ、せっかく可愛い弟が遊びに来たから、お土産一杯持って帰って貰おうとおもったのになぁ……」


「お土産? まあ他ならぬマキちゃんの頼みだ、これで手を打とう」


 請求書の金額に満足げに頷く。


「ありがとうおじさん! これからもよろしくねっ」


「ははは、あんまり頻繁には勘弁してくれよ?」


 こうして俺は、予定よりずっと低額で資材を購入したのだった。

 別にお金に困ってもいないし、無理して値切る必要もなかったんだけどな。


「お金を溜め込んだら、でふれーしょんになるわよ」


「ソフィーは頭がいいな」


 経済なんて俺一人の行動でどうこうなるわけでもないけど。


「そうとも言えないよ」


 商談を終えたマキさんが話に入ってきた。


「エアバイクの発注数は右肩上がり、専門の新工場まで世界各地に作られたんだから。フィアット工房で預かっているレーカ君の取り分、凄いことになってるよ」


「聞きたくなかった!」


 過ぎたるは及ばざるが如しだ。あっても困らない、なんてレベルを越えてしまうのは問題である。


「それにしてもレーカ君が大陸横断レースに出場するとは。気を付けてね」


 商会から出て、並んで歩く。


「解っています。危ないレースだってことは充分理解しています」


「それもあるけれど、飛行機制作のことも、ね」


 実験機、試作機の墜落事故は確かに珍しくない。が、マキさん曰くそれだけでもないようだ。


「未成年部門はネ20エンジン指定でしょ? 最近、このエンジンの音に反応して巨大なワイバーンが接近するって事件が多発しているの」


 こえー。


「ネ20エンジンだけ?」


「うん。噂では、自分を傷付けた飛行機を探して微かなエンジン音の違いを見極めているんじゃないかって言われている」


 誰だよそんな面倒臭そうな奴に中途半端に手を出した奴。


「音を確認すればすぐどこか行ってしまうらしいから、実害は出ていないのだけれど……」


 いつまでも放置ってわけにはいかないよな。


「とにかく、テスト飛行には注意してね」


「うっす」


 軽いノリで敬礼してみせる。


「これで用事は終わり? それじゃあデートいきましょう!」


「人妻がデートとか言っちゃダメです」


 マキさんは子供っぽいから人妻って気がしない。

 アナスタシア様の色気と美しさには適わないな。あの方は女性の完全体だ。

 マキさんに手を掴まれる。じゃなくて繋がれる。


「では私はこちらを」


 キョウコがもう片手を握った。

 両者とも俺より背が高いから、腕がちょっと苦しい。


「むしろ宇宙人?」


 昔、グレイタイプ宇宙人がこんな風に確保されている写真を見た覚えがある。


「私達は?」


「レーカは大人の女性に囲まれて喜んでいるし、子供同士で手を繋ぎましょっか」


 白けた表情のマリアが嫌味ったらしく提案した。

 左右から引っ張られて宙ぶらりんの俺の背後で、ソフィーとマリアが手を繋ぐ。

 と思いきや、ソフィーが俺に近付いた?


「これならどう?」


 ソフィーが俺の足首を持ち上げた。


「あら、いいわね」


 マリアも便乗し俺の片足を持ち上げる。

 四肢を掴まれ運搬される俺。

 その様は、まるで……なんだこれ。なんだこれ。

 形容しがたいポーズのまま、俺達は次の目的地へと向かった。








「やってきましたツヴェー劇場!」


「手紙じゃないの!?」


 先に用事すませてから遊びなさい。


「なに、ここ?」


「演劇?」


 子供二人の目にはこの劇がどう映るのか、ちょっと気になる。


「すっごく楽しい場所よ」


「きっとこの物語は、貴女方の人生にいい影響を与えるでしょう」


 やたら絶賛する大人二人に背中を押され、劇場に入場した。








 『父を訪ねて三千里』前回までのあらすじ。

 主人公の魔族は、勇者の少女に一目惚れした。

 しかし勇者は悪しき王国のお姫様に調教され、心身ともにメイドであった。

 魔族の青年もまた、従属の呪いをかけられお姫様の下僕となる。

 そして彼らの、世界征服……じゃなくて世界平和を目指す旅が始まったのだった。


(ああ、そんな内容だったな。初っ端から疲れてきた)






 時刻は深夜。

 勇者一行の船旅は、突然の襲撃により歓喜に包まれた。

 襲ってきたのは近海に名を轟かす、海賊一味である。


「戦いだヒャッハー!」


「コロセコロセー!」


「背中を見せるのは敵だ! こっちに向かってくるのは訓練された敵だ!! 俺の隣に立つのも出世競争の敵だーッ!!!」


 武者震いする騎士達。


「やらなきゃやられる、やらなきゃやられる、やらなきゃやられる……!」


「田舎のカアチャンの薬代がどうしても必要なんだ、許してくれっ」


「正義の味方なんてこの世にいない。所詮は悪と悪がぶつかり合うだけだ。ならばせめて、俺は正義の悪でい続けようぞ―――」


 続々と乗り移ってくる海賊達。


(なぜ海賊の方を応援したくなるのだろう……)


 そして最後に飛び移ったのは、美しい海賊の女頭首だ。


「私らは義賊団! 悪名高きお姫様よ、有り金全部置いて行きな!」


 お姫様の返答は熱い拳だった。

 女頭首とお姫様の殴り合い。

 幾度となく繰り返される拳の応酬。

 二人の戦いは、どこか美しくもなく、どこか儚げでもなかった。

 盛り上がるギャラリー。彼等に最早、騎士や海賊といった境界はない。

 賭事が始まり、出店が船の上に並ぶ。大人しかいない状況でワタアメにどれほどの需要があるのか。

 どれほど戦いは続いたか。

 ラストは当然、クロスカウンターの相打ちで終わった。


「やりますわね」


「あんたもな」


 真っ赤な夕日の中、女頭首とお姫様は互いの健闘を讃え合う。


「友情が芽生えたようですね、良いことです」


 賢者の少女が優しげな瞳でワタアメ食いつつ頷いた。








 以前と変わらず酷い内容だった。

 主人公の魔族が登場しない。ヒロインのメイドも登場しない。

 深夜から始まったのに夕日で終わった。

 あああ、ツッコミきれない。


「誰もが正義であり、悪でもある。人という種族の真理を描いた、考えされるお話でした……」


 絶対考え過ぎである。


「どうだった、二人とも。今度はもっとマトモな演劇を見よう―――」


 困惑しているであると予想しソフィーとマリアに声をかけると、少女達はのぼせたようにうっとりした瞳で感慨に耽っていた。


「これが、演劇なのね」


「ええ、素晴らしかったわ。私、今日の思い出を絶対に忘れない」


「私もよ。文化って素晴らしいわ」


 頭痛が痛い。馬から落馬しそうなほどだ。

 恍惚とした様子の美女美少女を路上に放置し手紙を受け取りに向かう。

 商会から劇場へ戻ってきても尚、彼女達はあちらの世界から帰還を果たしていなかった。








 観光地を一通り巡り、宿で一晩過ごす。

 出発する前に工房とガチターン邸に挨拶に寄り、俺達はツヴェーを発った。

 ガチターンは狭く埃っぽい物置で腹を出して寝ていた。久々のプライベートスペースだ、そっとしておいてやろう。

 資材を満載した飛宙船をツヴェー渓谷の出入り口で受け取り、小さな冒険の再会。

 ソフィーが旅路の暇っぷりに早々にダウンしてしまったので、マリアの話し相手は俺が務める。

 エアバイクは俺自身の魔力で動いているが、シールドナイトのクリスタルを通信機にセットして懐に入れているのだ。


『近くでワイバーンが現れるのよね』


 無線越しの少しノイズ混じりのマリアの声。


「そうそう襲ってはこないさ」


 そんなフラグを立てたのがいけなかったのか、奴はシナリオ通りに現れた。

 ギャース、ってな感じの鳴き声が森に響く。


『ねぇ、なにか聞こえない?』


「聞こえない」


 フラグに負けるものか。


『ねえ、なにかいない?』


「いない」


 俺達の上空を影が過ぎったのはきっと気のせい。


『ねえ、私達襲われていない?』


「襲われていない」


 巨大なドラゴンがばっさばっさと羽ばたきホバリングして、飛宙船をしっぽでつついていた。

 背中から翼の生えているドラゴンではなく、腕が翼となっているのがワイバーンだ。なんでもドラゴンより飛行能力に優れているらしい。

 翼を広げているせいかもしれないが、目測で一五メートルはある。人型機として平均的なサイズの蛇剣姫より、一回りは大きい。


『……助けて』


「とりあえず様子見で」


 話ではワイバーンはしばらく飛宙船を調べた後、危害も加えず去ってしまうとのことだった。


『貴女方という護衛対象のいる現状、下手に手を出すのはかえって危険です』


 キョウコも蛇剣姫のフランベルジェに手をかけつつ、それを抜く様子はない。

 やがて興味を失ったかのようにバフンと鼻息を噴き(飛宙船が揺れた)、高度を上げようとする。

 しかし、その瞳がある人物を認識し、ひょいと口で拾い上げ拉致してしまった。


『……ソフィ―――!?!?』


 服をくわえられ宙ぶらりんとなっているのは、ソフィーその人である。

 大きく羽ばたき上昇。


「ソフィー待ってろ!」


 この高度で届くのはエアバイクの俺だけだ。

 アクセルを噴かし加速。

 ばしっと蠅のように尻尾で弾かれた。

 ワイバーンはぽーんとソフィーを放り投げ背中に乗せる。

 きゃっきゃと喜ぶソフィー。人間以外には人見知りしないのな。でも今はせめて慌ててくれ。

 キョウコが驚愕する。


『ま、まさか彼女にはドラゴンライダーとしての素質が!? そんな人間は何百年もの間、現れなかったというのに……!』


「年寄りエルフはだまらっしゃい!」


 膝から崩れ落ち『年寄り年寄り年寄り……』とうなだれる蛇剣姫。

 力を蓄えるように身震いするワイバーン。いかん、飛び去ろうとしている!

 エアバイクからガンブレードを抜き、カードリッジ装填。

 柄の中に仕込まれた鎖を掴み引く。

 重量を感じさせない急上昇を行うワイバーン。間に合えっ!

 ロケットを点火。飛翔するガンブレードがワイバーンに辛うじて追い付き、後ろ足に鎖が絡み付く。


「うぉお!?」


 ビン、と張った鎖で俺も引っ張られる。エアバイクが落ちるのを端目に俺とソフィーを連れてワイバーンは空高く昇っていった。






 呆然と二人を見送るマリアとキョウコ。

 意外な展開に思考停止していた両者は、はたと我に返り慌てふためく。


「た、大変っ! キョウコ、なんとかして!」


 最強最古の名に縋るマリア。


「届けっ、届けっ」


 混乱冷め止まぬまま、天井の蜘蛛の巣を払うようにフランベルジェを上空へ振るうキョウコ。


「あー、このバカ新入りはぁ!? 落ち着きなさい!」


「そ、そうですね。こういう時は完全数を数えるのです! 3,1415926536……」


「それ円周率! あと数えるのは素数!」






 セルファークの空はどこまで昇っても、寒さで凍えたり呼吸が苦しくなったりなどしない。

 地表より六〇〇〇メートルで月面に到達し、中間の高度三〇〇〇メートルには重力境界が存在する。

 地表と月面の重力が吊り合う重力境界。そこは大型飛行系魔物の巣窟であり、このワイバーンもその住人なのだろう。

 現に、こうして巣まで連れてこられたのだから。


「レーカ、急降下しているみたいね」


「ああ、まるで弾道飛行だなソフィー……ってそんな経験ないから」


 地上から夜に見える星々は、無重力地帯に浮かぶ岩だ。

 ロマンチックもクソもない。近くで見るそれは、まさにただの岩石である。


「そうかな。色々と浮かんでいるのって綺麗よ」


「神秘的といえば神秘的かもな」


 無数の岩が重力から解き放たれ、宙に浮かぶ光景。こんな絵画を好んで描いた芸術家が地球にもいたよな。

 そしてここは、一際大きな岩の上である。直径数十メートルはあるだろう、どうやらワイバーンのテリトリーのようだった。

 つまり俺達はお持ち帰りされたのである。


「鳥の巣みたいね。虫を捕まえて巣に持ち帰るじゃない?」


「そして子供につつかれて餌になるのか、勘弁してくれ」


 ガンブレードは失っていないが、あんな巨大な、それも飛行系モンスターと生身で戦うなんてぞっとしない。


「あの子は?」


「……ワイバーンのことか? どこか飛んでったけど」


 なんでワイバーンはソフィーを攫ったのだろうか。


「友達が欲しかったのよ」


「君、同類には心をあっさり開くよね」


 空を飛ぶのは皆友達か。ワイバーンも同じシンパシーを感じて拉致ったのだろうか。

 件のワイバーンが戻ってきた。

 頭に果物や果実を載せている。


「食べていいの?」


 頷くワイバーン。


「俺も食うぞ」


 やたら人間くさい、しかめっ面をするワイバーン。

 ふわふわ宙に浮くリンゴをかじる。でもなぜ貢ぎ物を?

 ワイバーンは必死に身振り手振りソフィーにアピールする。

 その顔は少し赤い。それでピンときた。

 こいつ、ソフィーに求愛行動してやがる。


「なにをしているのかしら?」


「ソフィー見るなっ、こら腰を振るな!」


 犬かこいつは。

 その醜悪かつコミカルな様子に、頭のどこかがキレる。


「ふふふ、いい度胸だトカゲ野郎。覚えておきな畜生が」


 ガンブレードの切っ先を奴に向け、挑発的に口角を吊り上げる。


「ソフィーは俺の嫁だ、手を出すんじゃねぇえぇぇぇぇぇ!!」






 俺とワイバーンの戦いは長く続いた。

 満身創痍なのは互いに同じだ。意外にワイバーンは手練れであり、ストーカチューシャ(100管のオルガン)も早々当たらず不毛な持久戦となり果てていた。


「く、くそっ、一旦休憩だっ」


「グァ、ギャアァァ、ガギャアッ」


 息も絶え絶えに浮かぶ俺とワイバーン。

 ソフィーはのんびり果物を食べていた。

 くそっ、なにかないか? コイツにギャフンと言わせる方法は!


「……認めよう。お前は強い、俺と同程度にはな」


 「お前もな、人間の割にはやるじゃないか」と俺を見据えるワイバーン。


「ここは一つ、勝負をしないか?」


「ギャァ?」


「人間は些細な勝負を行う時、こんな遊びをするんだ」


 ルールを説明し、同時に腕を差し出す。


「じゃーんけーんぽん!」


 俺はチョキ。

 ワイバーンはパー。


「グギャア!? ギャア、ギャア!」


「わはははは、その翼の腕でパー以外出せるか、ばーかばーか!」


 よし決着。帰るぞ。


『……きこえる? レーカ、応答して!』


「おっ?」


 クリスタルの共振無線に音声が入った。


「その声、マリアか?」


『レーカ? 良かった、無事だったのね!』


 だがはて、クリスタル通信はこの程度の出力では近距離しか通じないはずだけど。

 そこに鳴り響くネ20エンジンの排気音。

 岩の蔭、地表側を覗くとそこには飛宙船の姿が。


「なっ、どうやってこんな高度まで? 飛行系魔物が現れなかったのか?」


『新米メイドもちょっとは役に立つわ!』


 見れば、荷台には蛇剣姫がしがみついて剣を振り回していた。


『もう少し右に寄って下さい、いえそっちではなく私から見て右です!』


『荷台の蛇剣姫がどんな体勢かなんて判らないわよ!』


『上! 上に岩が!』


『回避するわ! よーそろー!』


『下方より小さな魔物が来ました! ひっくり返って下さい!』


『どっこいしょー!』


『回り過ぎですよぉぉ!?』


 ふらふらとふらつきつつ上昇してくる飛宙船。

 こんな調子で高度三〇〇〇メートルまで昇ってきたのか。

 思わずソフィーと顔を見合わせて笑い合う。

 ワイバーンも可笑しそうにフガフガ笑っていた。


「なんか仲良くなったな、二人とも」


 口調に堅さがなくなった。


『なってないわ!』


『なってません!』


 なってるじゃん。

 俺達は飛宙船の荷台に乗り移り、船は地表へと降りていった。


「じゃあね」


 手を振るソフィー。ワイバーンもだらしない顔で尻尾を揺らす。

 あいつまだソフィーを諦めてねぇ。








 ゼェーレスト村に戻り、ミスリルの翼を制作。

 一月かけてデータを取り、前進翼の研究を進める。

 ソフィーの意見も取り入れつつ、図面は完成度を増してゆく。

 エンジンは完成した。

 形も決まった。

 データも充分揃った。


「あとは、制作するだけだ」


 作者はなぜか円周率をキョウコと同じ単位まで暗唱出来ます。

 就職面接にてこんなことがありました。

「円周率は言えますか?」

「はい! 3,1415926536まで言えます」

「3,14まででいいです」

 落ちました♪(実話)


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