粉雪と白亜の翼
空中で吊され組まれたミスリルの骨組み。
3DのCGのように輪郭だけを浮かび上がらせるそれは、だが確かに俺の飛行機が一歩一歩完成に近付いているのを感じさせる。
ひんやりと凍る格納庫の静謐とした空気は、この未だ胎児たる機体が眠るには相応しい。
飛行機といえばモノコック構造が定番だが、コイツは動翼の稼働に無機収縮帯を採用している。
人型機は基本的に内骨格、つまり骨がある。その構造を流用していれば、当然この飛行機にも『骨』が必要となってくるのだ。
つまり、重い。
それ以上に、内部が複雑でややこしい。
もっとも、これはどんな可変翼機でも共通の悩みだろう。強度が必要な稼働部は重量増加の一因となりがちだ。
苦肉の策としてセミモノコック構造らしき構成となった。そもそも用途のある機械である以上、究極なモノコック構造なんて不可能なのだけど。
「ま、その辺はエンジンパワーで解決だな」
それにミスリルの強度であればモノコックのフレームも相当細くて済む。ミスリル様々である。
「一番の難所はクリア、か」
手をこすり息で温めつつ、自分の機体を見上げる。
あとは機器を順番通りに詰め込むだけだ。設計図面の段階で手順まで計算されている、あとは確実にこなすだけだ。
「もうすぐ完成?」
ソフィーが推力偏向ノズルの上で上半身を揺らし、重心を左右に移動させてぎっこんばっこんゆらゆらとシーソーのように遊んでいる。
「飛べるようになるのは、たぶんもうすぐだ。その後の調節が長いよ」
推力偏向装置はソフィーの反対を押し切って実装された装備だ。浮遊装置を載せないこの機体にどうしても求められる能力、それが短距離離着陸能力である。
この世界には滑走路など存在しない。全ての機体に浮遊装置が装備され、垂直離着陸が出来るから。
しかしこの機体はそうはいかない。ならば、なんとか重量を増さずに短距離離着陸する方法が必要だった。
その答えがベクタードノズルである。
実のところソフィーはこんな小細工なしで主翼をはためかせて短距離離陸してみせたのだが、着陸はそうもいかない。エアブレーキにも限度がある。
エンジンの排気を逆噴射し急激に減速する機能と、上下のエレベーターを行う能力。それだけの、簡素な推力偏向である。
左右のノズルを上下逆に偏向しロールを行う飛行機もあるが、この機体は主翼を丸ごと捻ることが可能なのでロール速度に不満はない。あと複雑だと整備が大変、なんて切実な事情もある。
「練習、しておいた方がいいわよね?」
「練習?」
「そう、練習」
ゆーらゆーらと揺れつつ、腕を左右に伸ばし上下に振って翼のアピール。
操縦桿二本はやはりソフィーにとっても難儀なのだろうか。
「荒鷹(笑)に乗りたいのなら事前に言ってくれれば準備するぞ?」
「それには及ばないわ」
? イメージトレーニングをしておく、ということか?
「そういえばお母さんがレーカを呼んでいたわ」
ぎこん、と傾いたノズルからずり落ちつつソフィーが告げた。
「アナスタシア様が? なんで?」
「さあ?」
そもそもお呼びがかかったのは何時間前だろう。ずっとフレーム制作を行っていたし、ソフィーもその様子を眺めていたのだが。
手遅れかもしれないが、まあ急用ではないと推測される。俺がここにいることは屋敷の住人全員が推測出来るはずだし。急ぎならあっちから来る。
「とはいえお待たせするわけにはいかないな」
機材を片付け格納庫の外へ出る。
外は白い世界へと変貌していた。
「雪? いつの間に……」
さらさらと舞い降りる粉雪。地面の色が透ける程度しか積もっておらず、ついさっきから降り始めたと思われる。
踏みしめただけで消える積雪。マリア曰くこの村の雪は積もるらしいが、うむむ。
「積もるべきか、積もらぬべきか。悩むな」
雪合戦とかしたい。
「どっちみちレーカが決めることじゃないでしょう、雪が積もるかどうかなんて」
俺の後を着いて外へ出たソフィーが、冷めた口調でぶったぎった。
「解らないぞ、この世界にはなんといっても神様がいるんだからな。祈れば届くかもしれない」
「届きませんよ、神は個人に介入しないと説明したでしょう」
メイド服のキョウコと出くわした。
「今日はミニスカじゃないんだな」
「寒いです」
ごもっとも。
解析するとパンストを履いている。防寒対策か。
……か、勘違いするな! 肉体を解析してもグロテスクなだけだ、おれが解析で視たのは衣服だけだ! ちなみにキョウコの下着は黒だ!
「み、見たいなら履きますよ?」
ロングスカートの端を摘み揺らすキョウコ。
「いや、こんな寒い日に足を出すのは体に良くないだろう。女性に冷えは天敵と聞く」
雑念を振り払い彼女の健康を優先する。着飾る為に体調を崩しては本末転倒だ。
「そ、そうですね。嬉しいです、私の体を気遣って下さって。ところで子供は何人くらい―――」
思考が熱暴走を始めたキョウコを無視し、俺は屋敷へと向かった。
ソフィーはさっさと温かい屋敷へと駆け込んでいた。
アナスタシア様の書斎の前の廊下に立つと、中から話し声が聞こえてきた。
内容までは判らないが、声質はアナスタシア様とガイルのものだ。
「……よしっ」
扉に耳を沿わせる。
意味なんてない。ただの悪戯心である。
『……人間大の人影が空を高速で飛んでいたそうよ』
『人間大?』
『手紙にはそう書かれているわ』
『人型機じゃなくて?』
『知らないわよそんなの』
あ。今の言い方、ソフィーそっくりだった。
『飛行可能な人間サイズの……まさか、天師?』
『……魔法至上主義者の残党だというの?』
『なんだか最近きな臭いな。どこもかしこも、怪しい動きをして―――』
ガイルの声が途切れた。
と思いきや、バン! と扉が開く。
部屋の内側に転がり込む俺。俺を見下すガイル。
「……なにをしている?」
「あ、怪しい動き」
カバティカバティカバティ。
誤魔化そうとする俺にガイルは拳を落としたのだった。
「はい、これが異世界に関する資料よ」
アナスタシア様に封筒を渡される。それなりの紙量が入っているようだ。
開けてもいいかと確認すると、すでに開封したと返された。
「ごめんなさい、レーカ君の用事なのだから開けるべきではなかったかもしれないのだけれど……」
「けれど?」
「気になっちゃった」
ぺろりと舌を出してウインクするアナスタシア様。可愛いからオーケーです。
隣のガイルも真似してテヘペロ。うっぜぇ!
「長々と書かれていたけれど、つまり異世界に直接の関わりを示す資料はなかった、という結論よ」
「その割には厚いですが」
封筒の中身を抜き、机の上に広げる。
これは……スケッチ?
「異世界はあくまで物語の中や空論だけの存在だったわ。けれど、セルファークでは時折、この世界にそぐわない違和感のある物が発見されるの」
『存在しない量産車両』
これは……日本では珍しくもない、普遍的な乗用車だ。
糸で留められているもう一枚の紙は、具体的な検証・解析結果が纏められている。
『内燃式動力の車両。
モノコック構造であり部品も大量生産前提であるにも関わらず、これを生産している国家、商会は存在しない。
また異文明の工芸品に共通することであるが、魔力を使用しない科学燃料で動作する』
「こんな物が、実際にこの世界で見つかるんですか」
「技術転用されることもあるわ。次のスケッチの車両とかね」
自動車のスケッチ、その隣のイラストに目をやる。これは……
『平面車輪を搭載した隻腕人型機』
……つまりショベルカーだ。
『金属部品を連結した帯状の車輪により、優れた接地圧を実現。
土木作業に特化した、ショベル専用の腕を持つ。
人型機の方が遙かに効率的ではあるが、アームの設計を補助腕として流用可能。また、平面車輪も用途によっては有効と考えられる』
地面を走り回ることに関しては、人型機のあるセルファークには適わないな。
「その次の紙なんて、セルファークでは絶対に有り得ない機体よ。レーカ君の世界では本当にそんなものが運用されていたの?」
そこに描かれていたのは、形状は普通の飛行機であった。
『超巨大飛行機』
……旅客機かよ。どうやって異世界に紛れ込んだんだ。
『読んで字の如く、巨大な飛行機。
浮遊装置は搭載されておらず、そもそもこれを制作した文明では魔力装置が存在しないと推測される。
飛宙船より積載量が少ないものの、速度は圧倒的に勝る模様』
旅客機の最大の利点は速度だからな。物資を運ぶ分には地球でもコンテナ船を使うわけだし。
飛宙船だって巡航速度はそう速くもないので、船の分野では地球も負けてはいない。
ガイルが一枚の紙を手に取る。
「レーカ、この飛行機はなんだ? 随分思い切ったデザインだな」
示された紙を見つめ、思わず眉を顰める。
「なにそれ……?」
「お前の世界の飛行機だろ?」
こんな航空機、俺は知らない。
無尾翼機からエンテ翼機に変形する可変機だ。コックピットのキャノピーが存在しない。
「無人機か? 形状からしてステルス機だし、無人ステルス機なんて作りそうな国といえば……」
またあの国はトンデモ兵器を試作していたのかと、スケッチイラストとペアとなったもう一枚の説明原稿を眺め、そして俺は呼吸を忘れた。
違う。この飛行機を作ったのは、あの国ではない。
スケッチに記された機体、その主翼に描かれた見慣れた赤い丸印。
『国産第八世代戦闘機 心神』
―――しらねぇよ、そんなの。
『我々の技術を超越した機体。不明な点が圧倒的に多く、下手に分解しても修復不能に陥るだけと判断。技術力の進歩を待ち保管する方針。
ただしコックピットの「動く絵」を操作することで、僅かながら情報は得られている。
判明している事柄は以下の通りである。
第八世代戦闘機、という種の機体。
大気圏外離脱・飛行能力(「大気圏」がなにを指し示す単語かは不明)。
「日本」なる国の所属。
ロールアウト 2112年。
無尾翼機とエンテ翼機を切り替える可変翼機。
エンジン形式は不明。吸気口は存在しない。
コックピットは外から内部が伺えない密閉空間だが、なぜか搭乗者には外が視認可能。
以上』
……出鱈目だ。
現在日本で運用されている戦闘機は第四世代だ。いつの間に世代を四つも飛び越えた?
可変翼は……まあいいさ。なにせ第八世代だ。変形くらいするだろう。
コックピットはあるんだな。無人機のようにのっぺりとした外見だが、まさか全てカメラで見ているのか?
いや、それら以上に明確な問題はここだ。
『ロールアウト 2112年』
「未来にもほどがあるだろ」
自動車もパワーショベルも、まあ旅客機もいいとして。
コイツは異質過ぎる。なぜ、俺の生きた時代より一〇〇年も後の機体がセルファークに紛れ込んでいるのだ。
「そりゃあ、あれだ、異世界とセルファークの時間の流れのスピードが違うんじゃないか?」
うらしま理論か。セルファークは地球より遙かに時間の進む速度が遅く、俺がこちらで半年過ごす間に地球は一〇〇年経過していた、という理屈だ。
「待って、この機体が帝国に発見されたのはレーカ君が異世界に来る前よ? その節は否定されるわ」
用紙には発見日時、状況も記されていた。うむむ。
「異世界を渡る際、時間は一定しないとか?」
「異世界転移なんて、正直、私にもよく判らないわ。現時点では答えを求めるのは無茶よ」
地球に戻りたい気はないのだが、この戦闘機―――心神が気にならないわけでもない。
「これって帝国にあるんですよね? 現物を見たりとかは出来ませんか?」
「私かこの人、あとソフィーのいずれかが同行していれば、たぶん許可は降りるはずよ。
ソフィーでもいいんだ。
いつか訪ねてみよう。帝国に眠る、日本製第八世代戦闘機を。
「それで、この手紙を渡すのが用件の一つ。そしてもう一つの用件なのだけれど」
アナスタシア様は一枚の書類を取り出した。
「大陸横断レース未成年の部の受付がそろそろ開始されるわ。それに際し、そろそろ確認しておきたいの」
細い人差し指が指すのは、機体名記入欄。
「レーカ君。貴方の翼の名は?」
―――そろそろ、来るとは思っていた。
名前。その機体を象徴する、真っ先に注目されるステータス。
勿論考えていたとも。時に夜通し、時に風呂に浸かりながら。
「セルファークの飛行機は基本、漢字二文字。あの機体は複座ですから、俺とソフィーそれぞれを象徴する文字を選びました」
「子供かよ。―――俺は認めないぞ!?」
なにやら連想して唐突に叫んだガイルを押し退け、アナスタシア様の続きを促す視線に頷き名を述べる。
「あの機体の名。それは―――……」
マリアの言はまこと真実であり。翌朝、村は銀世界へと変遷していた。
「外は寒そうだな」
『こちらは中でも寒いですが』
シャベルを握り人型機で雪かき。操縦は久々なのでいいリハビリだ。
「蛇剣姫には暖房がないんだっけ」
『動く以外の機能はありません。こんな日ばかりは、近代改修を考えてしまいます』
鉄兄貴を駆る俺と蛇剣姫を操るキョウコ。元々こういう用途の為に設計された鉄兄貴はともかく、最強最古が雑用をやっていると冒険者達が知れば卒倒するだろう。
ざっくざっくと重い雪を片付ける。最初は粉雪だったのに、いつの間にかボタ雪に変わっていたようだ。
足元では冒険者志望三人組が雪遊びに興じている。
「雪合戦か、混ざりたいな」
三人なのでどうしても一対二になる。チーム分けはニール&マイケルペアと、エドウィンぼっちチームだ。
意外にも善戦しているのは、普段大人しいエドウィンだった。
『彼は後方からの攻撃に適正があるようですね』
「だな。魔法が得意みたいだし、冒険者としてもそっち系を目指しているはずだ」
しかし所詮は前衛ありきで動く兵隊。
マイケルに距離を詰められ、雪を掴んだ手で殴られていた。それありか?
ずっと伺っていたからか、三人が俺の、というか鉄兄貴の視線に気付いた。
「レーカー! 何か作ってー!」
ニールが叫ぶ。何かってなんだよ。
キョウコに断りを入れ、雪を集めて山にする。
人型機と同程度の高さ、標高一〇メートルである。
「どーだ、ソリで滑るがいい!」
腰に手を当てて満足げに頷くも、子供達には不評だった。
「坂なら丘から滑ればいいじゃない」
「あ」
ここら辺の土地は平らじゃないからな、坂は幾らでもあるんだった。
「ならこれでどうだ!」
雪山を削り、盛り、形作ってゆく。
完成したのは、氷の滑り台。
ただの滑り台じゃない。くねくねと曲がりくねり、バンクやループといった面白要素も満載なスペシャル滑り台である。
つまり、傾斜の緩やかなボブスレーのコースだ。
満足してもらえたらしく、歓声を上げて嬉々とコースに入る子供達。
子供達の後に続々と続き、歓声を上げて嬉々とコースに入る大人達。
「おい」
なんで大人まで参加しているんだよ。
見渡してみれば、かなりの数の村人が集まっていた。
『農村は冬は退屈ですから。内職で貯金をするにしても、時間を持て余すことは多いのです』
家畜でも飼っていれば世話で忙しいのだろうけど、ここでの肉は狩りでの調達が基本だからな。
「ともかく、せっかく作ったんだ。俺も滑ってこよう」
鉄兄貴を駐機姿勢に下ろそうとして、蛇剣姫に手首を掴まれた。
『村の反対側の雪かきがまだです』
「……。」
『まだです』
「…………。」
『まだです』
「……うっす」
結局俺は遊べないのかよ、チクショー。
この村での銀景色が珍しいものでもなくなり、再び大人達が暇を持て余し始めた頃。
屋敷で小さな事件が起きた。
「そろそろ完成だな」
徐々にイメージへと近付いていく機体を見上げるのは、もはやこの格納庫での癖だ。
航空機は莫大な数の部品の集合体だ。分解状態では格納庫を圧迫していたパーツが、みるみるこの小さな機体に収まり消えていくのはなんだか面白い。
設計段階で組み立て手順まで考慮しているとはいえ、やはり新造機。予想外のトラブルや試行錯誤に制作はなかなか進まない。
荒鷹をコピーするのにも一週間かかったが、さてこいつの組み立てはどれだけかかるかな。
「そろそろ晩飯の時間か、よっしゃもう一踏ん張りだ!」
気合いを入れ直し、背中をググッと反らして伸び。
格納庫から屋敷の食堂へ向かうと、アナスタシア様と出くわした。
「あれ、どうしてここに?」
「レーカ君、ソフィー見なかった?」
「え―――見ていませんが」
最後に目撃したのは昼過ぎ、外でソフィーとマリアが雪だるまを作っていた。
「マリアに訊いてみては?」
「もう訊いたわ」
「……いないんですか?」
「ええ」
平静の中に微かに焦燥を孕むアナスタシア様の様子に、それが滅多にないことなのだと気付く。
「大丈夫よ、人見知りのあの子がこんな時間帯に外に出るとも考えにくいわ」
自身に言い聞かせるような言葉だが、俺はそれを否定しなければならなかった。
「……いえ、出ているようです」
解析魔法で屋敷全体をサーチする。
「いません。格納庫にも、地下にも、この屋敷の敷地内にソフィーはいません」
夕食給仕の準備を行っていたキャサリンさんも含め、キョウコ以外の屋敷に住まう全員がリビングへと集まる。
「むやみに大事にするのもあれだから、まず確認しておこう。誰か、ソフィーの居場所に心当たりはないか?」
ガイルが一同に問うも、返答はない。
「……レーカ。屋敷にいないのは確実なんだな?」
「ああ。建築物の中にはいないし、地下も屋根の上も反応ナシだった」
「地下? この家に地下なんて……」
「階段裏の小さな物置のことでしょう?」
アナスタシア様が割り込む。
「あそこは少し下るから、地下と言えなくもないわね」
「え、ええ。そこです」
困惑しつつも話を合わせる。地下室の存在を誤魔化した?
あの巨大魔法陣の実験は、ガイルには無断で行っているのか?
「解析魔法は屋敷の外周も調べたの?」
「ええ、壁から一〇メートルほどまで探しました」
ドアがノックされ、「失礼します」との声と共にキョウコが入室してきた。
「エアバイクで屋敷周辺の見える範囲を確認しましたが、それらしい人影はありませんでした」
屋敷にも屋敷付近にもいないのか、これは本当におかしい。
「……自発的にどこかへ行ってしまったか、事故、怪我をして動けない、というあたりか」
最悪の結末に関しては誰も話さない。
マリアが小さく手を挙げる。
「人攫い、って可能性はどうですか?」
空気が一気に重くなった。
一転した部屋の雰囲気にマリアは困惑する。
マリアはきっと、人攫いが攫った人間をどのような用途に「使う」かを知らないのだろう。
「というか、セルファークにもいるのか?」
「……いるぜ。大戦が終わってからは両軍が積極的に討伐と摘発を行っているが、そういう輩はゴキブリのように生き残りやがる」
忌々しげに唸るガイル。そういう存在がすこぶる嫌いなのだろう。
「えっと、でも人攫いなら少なくとも無事でしょうし」
そういう考え方もあるか。
「ああ、少なくとも生きてはいるだろうな」
無事かは判らないが。
「俺は村に降りて、家を全て解析魔法で洗います。……誰かの家に遊びに行っているだけ、ってこともありますから」
「レーカ、コピー荒鷹は使えるか?」
「クリスタルを装着すれば」と返答すると、ガイルは「借りるぞ!」とだけ叫んで部屋を飛び出して行った。空から探すつもりだろう。
次に立ち上がったのはアナスタシア様だ。
「私はレーカ君と一緒に村に降りて、広範囲索敵魔法で探してみるわ」
索敵魔法を人探しに流用するのか。
「ならば私は街道を辿って探してみます。人型機ならば道を人が通過した痕跡を調べながら歩けますから」
「路面を観察するなら人型機よりエアバイクの方が……ああ、寒いか」
「それもありますが、賊との戦闘もあり得るので。フランベルジェを装備した鉄兄貴で出ます。鍵を」
俺の機体じゃないが、なぜか俺も合い鍵を持っているのでそれを投げ渡す。
一礼して廊下に消えた後、タタタタと駆け出すキョウコ。
「な、なら私は」
「私達は留守番だよ、マリア」
キャサリンさんが娘の肩を掴む。
「でもっお母さん!」
「残念だけれど、私達はどこまでいっても非戦闘員なんだ。こういう時に動くと返って周りに迷惑をかけちまう」
「そんな……こと」
私情を仕事中に持ち出さないキャサリンさんには珍しく、母親として娘にニカッと笑ってみせる。
「それに、屋敷に誰もいなけりゃソフィー様が自力で帰ってきた時に困っちまうだろ? 待つのも大切な役割さ」
「―――いない」
村の広場。ここが村の中心だ。
くるりと回転し村の全てを解析する。
他人の生活を覗くなんて実悪趣味だが、今回ばかりは勘弁願いたい。
「レーカ君、近くに来て。広域探査を使うから魔力は控えて欲しいの」
「わかりました」
アナスタシア様が案内板に触れると、空気が少し変わった。
「今のは?」
「……生活を守る為の結界を、いったん解除したの。索敵魔法の邪魔になるから」
続いてアナスタシア様が呪文を唱えると、うっすらと光る魔法陣が足元に浮かびあがった。
「『タクティカル・サーチ!』」
魔法陣の外周が弾け、光のラインが地を走り円が広がっていく。
暫しの間。
集中を乱さぬようにと彼女を視界から外し背を向けていたのだが、背中から聞こえた溜め息で俺は魔法の失敗を悟った。
視線を戻すと、からんからんと杖が俺に足元に転がってきた。
崩れるように広場のベンチに座るアナスタシア様。
杖を拾い上げ歩み寄るも、なんと言えばいいのか解らない。
「ソフィー」
アナスタシア様がぽつりと呟いた。
「あの子は私達にとって―――いえ、『我々』にとっての希望なのよ」
……『我々』? 我々って?
「……失言だったわ。忘れて頂戴」
そういわれても。
「最低の母親ね、私」
「は、ぁ。意味が解りません」
なにやら落ち込んでいるが、なんと返せばいいものか。
「私はね、世界とあの子を天秤にかけようとしているの」
夜空を見上げ懺悔を始めたアナスタシア様。
「いつの日かその時がきたら、『お母さんのことを恨んでいい』って伝えて」
溢れんばかりの愛情を抱いていて、なにいってんだ、とちょっと頭に来る。
アナスタシア様がソフィーに対して何かを抱いているとしても、彼女がソフィーを全力で想っていることは疑いようがない。
だから、俺はこう応える。
「了解です、『お母さんは貴女を愛している』と伝えます」
「ふふっ、ありがと」
笑ってくれた。やっぱり美人は笑顔が一番だ。
「レーカ君はいい天士になるわ」
風が俺達の髪を揺らした。
初めは気にしなかったのだが、風は一定のリズムで空気をかき乱し、やがては「ばっさばっさ」という音まで聞こえてきた。
アナスタシア様と顔を見合わせ、同時に上を向く。
ワイバーンがここに降下してきていた。
ピンと来た。というか、来ない方がおかしい。
「ま た お ま え か」
「な、なに!?」
「ロリゴンです」
「ロリゴン?」
頷き、「はい」と肯定する。
「ロリコンドラゴン―――略してロリゴンです」
「ああ、以前ソフィーを攫った変態ワイバーンね」
あ、今、アナスタシア様の声で変態って単語を聞いて、ちょっとドキッとした。
終わってみれば、つまらない事件の真相だった。
ソフィーはロリゴンに翼での飛び方を習っていたらしい。
ソフィーが天才とはいえ、自由に動かせる翼での飛行経験が豊富なわけではない。
そこで、ワイバーンの背に乗って曲芸飛行をしてもらうことで翼での飛行を学ぼうとしたのだ。
「そ、そう、貴女って子は、まったく……」
俯いてぶつぶつ唸るアナスタシア様。いかん、逃げろ。
「ここに座りなさい、ソフィ――――――!!!!!」
溢れきった愛情が炸裂した。
普段の穏やかさをかなぐり捨ててガミガミとソフィーを叱るアナスタシア様。
カーチャンだ。今のアナスタシア様はお母様ではなくカーチャンだ!
ソフィーが涙目で助けを求める視線を向けてくるが、皆に心配をかけたことは間違いないので気付かぬフリ。
ソフィーの隣で器用に正座してしょぼくれているワイバーンは正直、何事かと集まってきた村人達を怖がらせるだけなので帰ってほしい。
一通り叱り終えた後、気が抜けてへたり込んでしまったアナスタシア様を背負って屋敷へ戻る。
そこで玄関で寒い中待ち続けていたマリアを見て、ソフィーは泣き出してしまうのであった。
子供ってそんなもんである。
「そういえばガイルとキョウコに、解決したって連絡しないと」
「そうね。私はもう少しソフィーを叱っておくから、レーカ君お願い出来る?」
ガビーンとショックを受けるソフィーを尻目に、俺は再度村に降りて時計台に住むレオさんからクリスタル共振通信機を借りた。
借りた、が。
「キョウコには通じたのですが、ガイルには通じませんでした……」
「時計台の大出力通信機で届かないってことは、相当離れた場所まで飛んでいったようね」
連絡が付かなかった旨をアナスタシア様に報告する。
「そのうち帰ってくるでしょう。気にしなくていいわ」
「えっ」
結局、ガイルが帰宅したのは翌日の昼過ぎだった。
冬も深まり年の数字が変わる頃。
屋敷の住人が全員集結し、その白い翼を見上げていた。
「綺麗ね。初作品とは思えないわ」
今まで完成した時のお楽しみと称して格納庫に踏み入らなかったアナスタシア様。
にも関わらず格納庫にいるのは、つまりその時が来たからである。
「まだ完成じゃないのよね?」
マリアが首を傾げ、キャサリンが応える。
「飛行機作りでは最後に大事な行程があるのさ。船の初出航で船首に酒瓶をぶつけたりするのと同じだ」
カナード翼から登り、ソフィーを手招きする。
「ソフィー、おいで」
手を差し伸べて彼女をエスコート。
コックピット傍らに座り、彼女と共にクリスタルを持つ。
手の平サイズの石を二人で持つのはかえってやりにくいが、この作業は俺達でやらなければならないのだ。
この飛行機は、俺とソフィーの翼なのだから。
「いくよ」
「うん」
シールドナイトのクリスタルを共に台座に押し込む。
カチ、と音がして、クリスタルは機体の一部となった。
小さく感嘆の声が格納庫に上がる。
「おめでとう、レーカ君。これで貴方の飛行機は完成ね」
「ありがとうございます」
小さく拍手するアナスタシア様。
「大したもんだ。感じるぜ、こいつは常識とかそういうのを越えた機体だ」
「はい。真新しさに似合わぬ圧倒的なオーラです。こういう機体は珍しい」
銀翼二人も賞賛してくれる。見て解るのかよ敵のスペックが。
「ま、お前さんにしちゃあ上出来だと思うさ」
キャサリンさんも率直に……とは少し言い難いながらも褒めてくれた。
「私も間接的だけどサポートしたわ」
「ああ、よくやったよくやった」
「ありがとマリア。差し入れとか嬉しかったぞ?」
キャサリンさんと二人でぽんぽんとマリアの頭を撫でる。
本当に感謝しているからふてくされるなって。
もう一度機体を見つめる。
真っ白な前進翼機。機体後方から主翼が前方へ向かって伸び、風防の横の吸気口にはカナード翼が設置されている。
エンジンは単発。上下と逆噴射のみが可能な簡易推力偏向装置を装備。
垂直尾翼は機体後方と主翼左右中間のなんと三枚も。これはヨーイング……横スライド方向の動きが、強化された他の部分と比べて弱いというソフィーの要望から追加された。
こだわったのは無論、機体の軽量小型化だ。
機体の大きさ、太さを決めるのはエンジンとコックピットだ。魔界ゾーンラムジェットエンジンは幸い細長いエンジンだし、搭乗者が子供であることからコックピットをサイズダウンすることに成功した。
ジェット機としては極めて小さな機体にミスリルのフレーム。これらにより、機体重量は約3トン半に収まったのである。
「これが、私の翼」
カナード翼の上に立つソフィーが、そっと機体に寄り添う。
「これからよろしくね。私の―――」
俺の持つ技術の粋を集結した、この数ヶ月の努力の結晶。
胴体側面に描かれた二文字。
白亜の少女と鋼を愛する男。それぞれから一文字ずつ取り、この飛行機の名とした。
機体名をソフィーと一緒に読み上げる。
『―――白鋼』
機体重量 3525kg
機体全長 6,76m
機体幅 前進翼時 11,114m
エンジン出力 ハイブリッドAB時 約150kN
最高速度 M2,6
推力重量比 4,2:1
後に様々な偉業を成し遂げ、セルファークに知らぬ者のいないほどの勇名を轟かす純白の翼。
いつか伝説となる白き機体は国境の小さな村の片隅で、静かに世界に生まれ落ちたのだった。
推力重量比が変態的な数字になってしまいました。スペースシャトル越えてます。
まあ、レース機なのでペイロードが存在せず数字が跳ね上がった、ということでひとつ。
これだけ大出力なのに最高速度がM2,6止まりなのは、機体表面が耐えきれないからです。




