3話 最底辺からのスタート。
聖ラザロ修道会にたどり着いた俺とディアナは、身元調査もなく簡単に迎え入れられていた。
寄付金の有無だけはしつこく聞かれたが……。
ともあれ、1週間が過ぎた。
「ディアナ。やはり、あれを置いてきたのは失敗だったんじゃないか?」
馬車の荷台に残したきたのは、彼女の家が持たせてくれた金品に違いなかった。
「ふんっ」
と、彼女は鼻を鳴らして俺を蔑むように見た。
「あんなモノいらん。あれば面倒なことになる」
「いや、だがな──」
総勢150名程度の聖ラザロ修道会は、小規模ながら厳しい階級社会だった。
総長、聖騎士、白金騎士、騎士、従士、従士見習い──という序列になっている。
序列が一つでも違えば、上の命令には絶対服従なのだ。
「寄付金が無いと、従士どころか従士見習い──ようは奴隷スタート」
反対に多額の寄付金を収めた者は騎士からスタート出来る。
聖ラザロ修道会は、俺の想像以上に、地獄の沙汰も金次第状態になっていたのだ。
なお、フラン以外には教えていない財産が俺にはある。
義母とダニエルは気付いていない。
そこで、メイドのフランに手紙を送り、金を持ってこさせることにしていた。
「従士見習いじゃ、ずっと騎士に上がれないぞ」
騎士になるための訓練がまるで無く、朝から晩まで雑用に追われる最底辺だ。
「私は従士見習いで良い。騎士にされるよりマシだ」
と、じゃがいもの皮を剥きながらディアナが答えた。
お嬢様のはずだが、何でもソツなくこなすタイプらしい。
ディアナは綺麗に剥いたじゃがいもを、グツグツと煮立つ大鍋に放り込んだ。
「聖地奪還などという世迷い言に巻き込まれずに済むからな」
「ここで、一生こんな暮らしをするつもりか?」
男女関係なく地下の大部屋に雑魚寝状態で、風呂だって滅多に入れない。
「いや、そのつもりはない」
「逃げる──いや──違うな」
あてもなく逃げるなら、来る前にいくらでもチャンスはあった。
持参した金目のモノを持っていけば、当面は食べていけたはずだ。
ということは、彼女には目的があり、それを達成してから修道会を去ろうとしているんだろう。
だが、素直に教えるタイプじゃないことは、1週間の付き合いで分かっている。
「ま、いい。俺は俺で当面はやることがある」
「──ほう?」
「──」
と、2人の目と目が見合うと、ディアナはぷいっと横を向いてしまった。
「勝手にしろ」
「そう言うと思った──が、お前も協力しないか?」
何をするにしても、やはり協力者は必要だ。
ボルトンでもメイドのフランに助けられたことは何度かあった。
「協力?」
「つまりだな──」
俺は例の盗賊とグルになっている"旦那"を見つけるつもりだ。
やり口が気に入らないというのもあるが、手柄を立てておきたかった。
金の力と、実績の積み上げ、この2つで俺の修道会における立場は強化される。
安心できる環境下で速やかに最強を目指したい。
「盗賊どもと結託し悪利を貪る騎士か。確かに許せんな」
「新入りの情報が入ってくる立場の相手だ。おそらく白金騎士以上だろう」
「ううむ、そういえば例の盗賊も何か言いかけていたな」
「"旦那"の名前が、ヨで始まる」
大男の横槍さえ入らなければ、直ぐに犯人が分かったのだが……。
「候補は従士に2人、騎士に1人、白金騎士に1人、聖騎士は1人、そして──」
管理棟の騎士名簿を盗み見て、"ヨ"で始まる人物は既にリストアップしてある。
「総長のヨハン」
「ほう……、面白い。いつの間に調べたのかも含め、実に面白い話だな」
と、なぜかディアナの瞳が妖しく光り、じゃがいもの皮剥きをする手が止まった。
「面白いか? 俺としては困るんだが」
総長が犯人で、修道会を揺るがすほどの不祥事になるのは困る。
白金騎士あたりが犯人で、事件を隠蔽したい総長に力を貸す形が望ましい。
「協力する」
「ん?」
「協力する──と言ったのだ。その代わり──」
と、話がまとまりかけた時──、
「ごるああああっ!!! 貴様らっ!」
炊事場の見回りに訪れた従士長が、俺たち2人に怒鳴り声を上げた。
「無駄話なんぞしおって。この新入りども──ん──おやぁ?」
と、従士長の目が好色そうに光った。
「誰かと思えば、噂の生意気なカワイコちゃんじゃねぇか」
お約束が過ぎると思ったが、さっそくディアナは目をつけられていたらしい。
彼女は思いきり従士長を無視している。
「こら! 耳が聞こえんのか。どれどれ、ぐふふ、少しばかり可愛がってや──」
ふぅ──と、俺は小さく息を吐いた。
これがフランの言う「余計なこと」なんだろう。
「──危機回避」
◇
深夜──。
「しかし、アル」
誰もいない回廊を、俺とディアナは忍び足で歩いている。
壁の吊り下げ燭台の火は消されているので、窓から差し込む月明かりが頼りだ。
「ああも大鍋が都合良く倒れるなんてあり得るか?」
従士長のマントが熱々の大鍋を巻き込んでしまい、ディアナにちょっかいを出す直前にかなりの火傷を負ってしまった。
「さあな、ラッキーだったんだろ」
「ふむ……。あと、もう1つ気になることがある。お前、また緑の丸い──」
「しっ!」
俺は人差し指を唇に当てた。
色々と気になるのは分かるが、俺たちは従士見習いごときが入っちゃいけないエリアにいる。
しかも、真夜中に、だ。
誰かに見付かれば、言い訳のしようも無い。
「あそこの角を曲がった先に総長の執務室がある」
ディアナは俺に協力する代わり、最初に調べるのをヨハン総長にしろと言ったのだ。
犯人でなければ良いが、犯人だった場合は面倒なことになる。
先にはっきりさせておくのは、俺も良い考えだと思った。
とはいえ、忍び込む場合は、俺1人の方が都合が良かったが……。
「だから、静かに──ん──?」
コツコツコツ──。
目指す先の曲がり角の奥から、足音が響いてくる。
「やばい」
時間停止しても60秒の猶予では、ディアナを抱えて姿を消すのは難しい。
こうなったら──と、俺は隠し持っていたダガーを取り出した。
「後ろへ──」
「お前が後ろへ行け」
「いや、だから──」
「チビに守られるつもりはない」
「な、お前のほうがチビだろうが!」
なんて俺たちが間抜けな押し合いへし合いしていると──、
「──!?」
曲がり角の先から、ゴージャスな雰囲気の美女が登場した。
白い騎士服を来ているので白金騎士だ。
最底辺の従士見習いからすると超絶偉い人なのだが、
「ディ、ディアナ様!?」
と、なぜか敬語で話しかけてきた。
「どうして、ここにいらっしゃるのですか?」




