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【第二部完】今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご
第2部 選択編

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38. 届かないものなど何もない

エ、エリオス視点です((((;゜Д゜))))


 緑が濃く、昼でも薄暗い樹海の中を駆けていく。

 前回の視察の際にも思ったが、森の中というものは本当に歩きにくい。

 足場の悪さと視界の悪さが重なるため咄嗟の判断が難しい。

 高速で移動しているならなおさらだ。


 身体強化を駆使して走る年若い2人に並走しながら、久しぶりの感覚に身体を馴染ませる。

 自分の魔力を身体の必要な部位に必要量だけ流す身体強化とは違い、支援魔法による強化は意識せずとも全身に及ぶ。


 同時に、身体強化のための魔力を確保する必要も、発動の為に意識を向ける必要もないということでもある。

 改めて考えるととんでもない術式だった。


 ぐっと手を握り、ほんの少し足に込める力を増やし、素早く周囲を見回す。

 いつもとは感じる気配も視野も全く違った。

 3年も使っていたものだ、感覚を取り戻すのに時間はかからなかった。


 そうか、これが王家秘蔵の支援魔法の効果なんだな。

 あのセシルが、嫌々ながら契約書を差し出してきた理由が今ならわかる。

 ──これならあの敵と渡り合える。


「──先に行く」


 短く告げると、セシルが息を切らせたまま頷いた。

 言葉を返す余裕もないのだろう。

 

 足に力を入れ全力で駆けると、景色が飛んだ。


 さっきまでの倍以上の速さで木々が後ろへ流れ、風が唸る。

 枝が迫る。避ける。根が来る。越える。

 考える前に体が反応していた。


 雑念が消えていく。

 視界は流れる風景と、魔素濃度を示す紫の濃淡だけになった。


 ──ああ。


 この感覚だ。


 届かないものなど何もない。

 間に合わないものなど何もない。


 3年間、私はこれを当たり前のものとして使っていた。



 魔素濃度が視認できるのは、出発直前にセシルから渡されたゴーグルのお陰だ。

 誘導部隊のために準備して配布された魔導ゴーグルと同系統だが、これは彼女の私物である。

 今作戦のためにフォルナの街の魔導具師に作ってもらったものの、期限的に最低限の数を用意するのが精一杯だった。

 誘導班ではない私の分は用意されていない。


「ルベルさんは試作品だし、強度確認のためにも壊していいって言ってくれたけど、あたしには貴重ですごく大事なものだから! ちゃんと返してよね!」


 動けない治癒師よりも盾になる人が使う方が役に立つから。

 そう言って貸してくれただけで感謝の念に堪えない。

 実際にこのゴーグルは、とんでもなく便利でありがたいものだった。


 これを使えば魔素の流れや、集まっている場所がわかる。

 たとえば敵が魔法を発動する兆候や、もしかしたら軌道すらも視認できる可能性があるということだ。


 現に──魔法と思しき地面から生えた土壁に向かって、とんでもない量の魔素が詰まった何かが飛来する様子が、木々の隙間越しにでもはっきりと分かった。


 瞬時に更に強く地を蹴り、腰から引き抜いた剣を全力で振り下ろした。

 同時に横から飛んできた何かを、地面に叩きつける。


 ベギンッ!! と硬質な音が樹海に響いた。


 威力は重量と速度に比例する。

 けれどそれは真正面から受けた場合の話だ──横からの衝撃には比較的弱い。


 振り下ろされた剣ごと地面にめり込んだソレは、パチパチと弱く電光を放ってから沈黙した。

 

 剣を持ち上げた下にあったのは、あの楕円形の敵から分離して襲い来る金属片だった。

 ちょうど半ばで完全にひしゃげて薄く煙を上げている。

 大きく変形していても中身は見えない。

 だが時折小さくはぜる雷の雰囲気からして……もしかしてこれは魔導具なのでは、という仮説が浮かび上がった。


「ぐうっ……エリ、オス?」


 余計な推察に沈みかけていた思考回路が、苦しげなうめき声で急浮上する。

 今必要なのはアレの正体じゃない。


 周囲を警戒しつつ土壁の裏を確認する。

 そこにいたのは騎士団の誘導班の1人である青年と、力なく地面に伏した女性冒険者だった。


 青年騎士の方は頭と足から血を流している。

 状況から察するにこの女性冒険者が先ほど土壁を作り、そのまま魔力切れで昏倒したのだろう。


 ……団長以外の騎士がいるのなら、ここはもう誘導経路の最後にあたる騎士団担当エリアと見ていいだろう。

 予定より移動速度が速く、第2拠点で治療中の騎士たちが戻れないまま、冒険者と団長は待機していた騎士たちと合流。

 もしかしたらここも既に壊滅状態なのかもしれない。


「ゼストか、私は応援だ。他の者たちはどうした」

「応援……そうか、助かる。団長は怪我したヒューゴを抱えて、その辺りにいるはずだ。エストも魔力切れで、岩陰に。他の冒険者は、少し前に離れさせた」

「生きているな」

「当然だ。そのために、騎士(おれたち)がいるんだ」


 傷が痛むのだろう、つっかえながらも簡潔に説明できている冷静さがあるならまだ大丈夫だ。

 そう、生きてさえいれば何とかなる。

 治癒師セシルの魔法技能が突出して優秀であることは、疑いようがないのだから。 


「──殿下!」

「来たか、まずはこの2人を安全な場所へ」

「……ミレナ!? くそ、魔力切れか!」

「レオルはミレナさんを運んで! 私はこの人連れてくから!」

「他の冒険者は途中で離れたようだ。あとは近くに団長と騎士がもう1人、──っ!」


 駆け付けたセシルに怪我人を託している途中で、もう1つの金属片が飛来して咄嗟に弾き飛ばす。

 角度や威力を調整する暇がなかったため、完全に制止させることに失敗した。

 ゴーグル越しに見る限り、金属片は木々の合間を抜けて飛行を続けているようだ。


「……は? え、すげ……」

「アレがそうなんだね」


 失敗したと言っても弾き返すことには成功しているので、あの金属片の硬さと速さを身をもって知ってる冒険者の少年は驚いているようだ。

 逆にセシルはどこまでも冷静だ。


 そして抱え上げられようとしていた騎士ゼストは、こちらを見ながら難しい顔をしていた。

 ……さて、それは私の力に対してか、それともか弱い少女に抱えられることのどちらに対する顔だろうか。

 後者ならば諦めてくれ。

 彼女ならきっと、全員を助けようとするだろうから。


「ここは引き受ける。あちらから回って行け」

「……わかった」


 だから今の私の役割は、彼女が全員を助けるための時間と場所を確保することだ。

 私はそのために、彼女の魔力を奪っているのだから。


 ふっ、と鋭い呼気と共に、私は振り向きざまに剣を振るう。


 ギャリッ、と騒がしく刀身をこすりながらまた金属片が通り過ぎていく。

 過ぎ去ったあとを、怪我人を抱えた少年少女が走り抜けた。


 金属片は片割れを屠った私に思うことがあるのか、彼女たちを追うことはせずに私にのみ向かってくる。

 本当に相手に意思や感情があるかは分からないが。

 何にしても好都合だが、四方どこからでも飛んでくるのは面倒だな。

 何度か弾き返して、不意に気が付いた。

 木々の隙間を、蜘蛛の糸のような極々細い、魔素の『線』が漂っていることに。

 襲い来る金属片の動きとともにたゆたうその糸は、金属片の一部に繋がっていた。


 なるほど、この『糸』で動かしているということか?

 ……これだけ線が細ければ、もしかして切ることも出来るのではないだろうか。


 次に襲い掛かってきた金属片を、振りかぶっていた剣で再び地面に叩きつける。

 動きが止まった一瞬を狙い、限界まで魔力を込めて強化した左腕の拳を、金属片と糸の継ぎ目めがけて振り下ろした。


 ベキャッ! と何かが割れる音が響く。

 粉砕された地面から勢いよく粉塵が舞い上がり、目に映ったのは歪に変形した金属片と途切れた糸。

 先ほどまで纏っていた魔素の光はもう見えない。


 それから力なく宙にたゆたう糸の奥に目を凝らした。

 何十メルも離れた大木の陰、ゆらりと現れた丸い形。

 ついに現れた本体を目にした途端、背中を冷たい汗が伝った気がした。


 楕円形の身体からにじみ出る魔素の光は膨大で。

 何よりもその身体の中心に、ありえないほど大量の魔素が圧縮されているのが見えてしまったから。

 改めて『これ』は、普通の生物ではない、と感じた。


 思わず生唾を飲み込むと同時、目のようにも見える赤い光が自分を注視しているのが分かった。

 ならば──私のやることは決まっている。


 自分が囮になってアレを指定位置まで連れて行けばいい。


 あれだけの魔素を持つ本体を単独で破壊するのは難しいかもしれないが、誘導するくらいなら問題ない。


「──エリオス」


 聞きなれた声と同時に隣に人が立った。

 視線は本体から外せないが、それが誰かを間違えるほど混乱しているつもりはない。

 短い間ではあったものの、幼い頃に指導してくれていた相手なのだから。


「ロルフ団長……怪我は」

「私は大丈夫だ。動けなくなっていたヒューゴとエストもあのお嬢さんに預けることができたので問題ない」

「それは良かったです。ではお願いが」

「勿論だ。お前もへまをしないよう気を付けろよ」

「ええ、全力で逃げ回ってやりますよ」

「ははは、その意気だ──行くぞ!」


 頼もしい声に引っ張られるように、心強い大きな背中を追いかけて私も駆け出した。


 ──期間限定の婚約者となった、彼女の願いを叶えるために。


あと、もう少しで二部完結の予定です。お付き合いよろしくお願いします(*- -)(*_ _)

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