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今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご
第1部 再出発編

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28 空から墜ちた赤い光

ゴォ~(г ̄◇)<炎炎炎炎炎炎炎炎


 周囲を──特に、枝葉の間をさりげなく漂う細い糸を警戒しながら、あたしとリズは慎重に歩を進めた。

 ハザードエリアの主に、何の対策もなく正面から突っ込むほど無謀じゃない。

 リズの感知情報を頼りにゆっくり、でも止まらず進んでいく。


 同時に大蜘蛛についても、脳内で復習しておく。

 白の捕食者ことラグスパイダー亜種は深度6相当のハザードエリアを縄張りにする、白と黒のまだら模様の大蜘蛛である。

 図体の大きさや蜘蛛糸に目を付けがちだけど、実は本当に危険なのはその移動能力だ。


 そもそもラグスパイダーは普通の蜘蛛みたいに平面的な巣を張るんじゃなくて、森そのものを使って立体的な狩場を作る。

 枝から枝、幹から幹、見えにくい高さに何重もの糸を張り巡らせて、半球状の縄張りを作るらしい。

 だから地面に降りてこない。

 上下左右、どこからでも現れてどこへでも逃げるのだ。


 そして亜種と言われる最大の特徴こそが、魔力を吸収する糸を使うことなのだ。

 糸に触れた魔法の威力が落ちる上に、自身がその糸に絡め取られたら魔法を打つための魔力すら失われる。

 つまりハザードエリアそのものが相手の土俵とも言える。


 最悪としか言いようがないけど、こちらにも天才魔導具師の卵のリズがいる。

 魔導具の眼鏡による補助で、目に見えない情報でもある程度は拾える。

 目安があるかないかは大違いだ。


「……あと15。たぶん、もうこの辺」


 ささやき声に脳内の情報整理を止めて、全意識を前へ向ける。

 視認できてもいい距離なのに全く気配がない。

 情報と自分の感覚のズレこそが、浅深度との格の違いを実感させた。


 ──かさり。


 小さな音に反射的に足を止めた瞬間、ほぼ同時に頭上でしゅるり、と微かな音が連なった。

 ぞわりと背筋が粟立ち、考えるよりも先に杖を構えて魔力を紡いだ。


『燃え盛れ!』


 最低限の呪文と魔力で放たれた炎は頭上の枝を燃やし、正面を薄く照らすだけの照明魔導具では見えない周囲を、わずかながらも照らし出してくれた。

 見上げた先、背の高い木々の間は蜘蛛の糸が縦横に張り巡らされていた。

 燃え上がる枝葉の奥には、不気味に光るいくつもの赤い色。


「リズ、絶対に後ろから離れないで!」


 咄嗟に念押しした直後、そこから白い何かが勢いよく降ってきた。

 でもこっちだって、何の対策もせずにノコノコと相手の縄張りに入ってきたわけじゃない。

 前もって自分たちの周りに結界を張っておくのは、当然だよね。


 バチリ、と鋭い音を立てて見えない壁にぶつかった白い塊は、べちゃりと嫌な音を立てながら壁伝いに流れ落ちていく。

 ほんのわずかだけど結界が薄くなった気配がして、反射的に魔力を流して厚みを増やす。

 多分、これが魔力吸収の糸塊。


 粘ついてるし、そもそも一塊があたしたちの頭ぐらいの大きさくらいある。

 結界があるって言っても普通に嫌悪感が半端ない。

 しかもその塊は、当然ながら1つ投げただけでは終わらない。


 右。左上。真後ろ。と思えば正面。

 どこからでも飛んでくるし、その間隔も短い。

 木の葉の擦れる音や、枝を蹴って位置を変える気配が絶えず四方から聞こえてくる。

 速い。見えたと思った次の瞬間には、もう別の場所にいる。


「うわ、なにあれぇ……キモッ!」


 思わず本音が漏れた。

 いやだってこれは無理でしょ。

 キモいわ速いわ、さらに糸塊が邪魔して見えにくいわで、最悪の三拍子そろってんだけど?!

 何とか攻撃が当たらないかタイミングを見ながら魔法を打つも、かする気配すらない。


 白の捕食者が立体的に攻めてくるって話は聞いてたけど、実際にやられると想像以上に厄介だった。

 上下左右どこからくるのかわからない。

 この立体の空間そのものが、あいつの武器であり盾なんだろう。

 しかもこの糸塊、結界がなかったらリズごと捕まってる。

 危なっかしいどころの話じゃない。


 気付けば糸塊のぶつかる場所とは別の位置からも、ぱち、ぱち、と小さな反発音と結界から弾かれる感触が伝わってくる。

 ちらりと確認すると、細い糸が風にたなびいているのが見えた。

 こちらが攻撃に集中している間に、絡めとる隙がないか探しているのかもしれない。

 さすが蜘蛛、罠を張るのは十八番ってことだね。


 ダメだ、これは多分大きめの火魔法で雑に焼き払うだけじゃ足りない気がする。

 軽く燃えた程度じゃ逃げることの出来る場所が多すぎる。

 逃げた後に安全な場所に新しく糸を張り直されたら、最初からやり直しだ。

 その間も魔力吸収の糸塊を吐かれ続けたら、こっちがジリ貧になる可能性すらある。


 ────強い。


 でも、あたしならではの勝ち筋も見えた。

 白の捕食者の強みは、糸の空間を使って自在に動き回れること。

 だったら、その空間そのものを奪えばいい。


「ごめんリズ、少しだけしゃがんでて。今からあれ、落とすから!」

「う、うん……!」


 神聖魔法は、魔素と反発する性質を持っている。

 魔物は魔素を取り込んで変容した生物だ。

 だからこいつの吐きだす糸も、こいつの身体もあたしの結界ではじくことができる。

 普段は自分たちを守るために張るけど、今回はちょっと応用。

 狩場であるこの空間を覆うように展開して、あいつを足場から切り離す。


『──聖環よ巡れ 拒絶の檻を閉ざせ

 異なる魔を弾き 聖なる鎖牢となれ!』


 あたしにとって結界は得意技と言える。

 こちとら毎日、王都を覆えるサイズの結界を張っていたんだよね。

 この周辺の木を覆う程度なら、何枚重ねても余裕だ。

 素早い構築も展開サイズの調整すら、今のあたしには難しいことじゃない。


 だから──高い位置で音がしたタイミングを狙って、結界のサイズを収縮させた。


 イメージを強めるために丸く作った手のひらを合わせてパンと鳴らすと、その音と動きに合わせて薄く透明な膜が一瞬だけきらめいて、枝葉の内側まで一気に縮まった。

 同時にガサガサと大きな物が動く音が響いて、体勢を崩した大蜘蛛が木々の合間から弾き出される。


 無理やり空中に投げ出された巨体が、慌てたみたいに8本の足をわしゃわしゃと動かしている。

 次いで腹の先が跳ね、白い糸が何本も勢いよく吐き出された。


 でも新しく伸びた糸は結界に触れた瞬間、ぴん、と弾かれて宙で散る。

 別の方向。もう一度。さらにもう一度。

 必死に次々と糸を吐いているようだけど、その全部が届かない。


 さっきまでの不気味さが嘘みたいに無様な姿だった。

 縦横無尽に動き回り、空間を支配していた魔物は、今や自分の巣から締め出されてる。

 そしてついに支えを失った巨体が、赤い光の軌跡を引きながら真っ逆さまに落ちた。


 ズドンッ!! と腹に響くような音がして、地面がびりびりと震える。

 落ちた葉や小枝が舞い上がり、遅れて土煙が広がった。


 白と黒のまだら模様の巨体は、背中から地面へ叩きつけられたあと、懸命に脚を動かして起き上がろうともがいていた。

 とは言え、あの巨体ではさすがに落下の衝撃は大きかったらしい。

 微妙に脚の動きが噛み合ってなくて、空中で見せていた俊敏さは見る影もない。


 それでも白の捕食者の赤い目はぎらりと強い光を放っていて、ひっくり返ったまま上空へ糸を吐き出した。

 木に引っかけて体勢を立て直すつもりなんだろう。

 けれど勢いよく伸びた糸は、宙に残した結界へ触れると、ぱしっ、と乾いた音を立てて弾かれる。

 諦めずに何度も吐き出される糸は、どれも枝へ届く前に結界に拒絶されて、どこにも繋がれずに力なく持ち主の元へ帰っていく。


 起き上がれない。上にも戻れない。

 大蜘蛛に取れる手段はほとんど残されておらず、代わりにこちらは絶好の機会を手に入れた。

 今度はこっちの攻撃の番だ!


『燃え盛る鬼火よ 旋回する暴れ風よ

 灼炎の龍となりて彼の魔を灰と成せ!』


 杖の先に灯ったいくつもの鬼火が、烈風に巻き上げられて渦を描いた。

 赤々と燃える火の粉と唸りを上げる風が絡み合い、空中で長い胴を持つ龍の姿を形作っていく。

 炎の鱗をきらめかせた灼熱の龍は、大きく身をうねらせると、そのまま地に伏した白の捕食者めがけて一直線に食らいついた。

 轟音とともに叩きつけられた炎と暴風は、蜘蛛の巨体を呑み込んだ。


 ──けれど、それで勝って終わりとはいかなかった。


 炎の向こうで巨体がのたうつ気配がしたあと、燃えながらも吐き出されたらしい糸が、何本もこちらへ飛んできた。

 炎をまとった矢みたいに空気を裂いて飛んできた燃える糸は──直後、あたしたちを包む結界にぶつかって、またもばちりと鋭い音を立てて弾かれる。

 弾かれた糸は火の粉を散らしながら地面に落ち、枯葉の上でのたうつように燃えつきていく。


 まだ生きてる、というより、落ちてなお正確に反撃してこれる程度には元気みたいだ。

 しぶといにもほどがあるでしょ。


『赫灼の火槍よ 夜を貫け 灼けたる穂先にて彼の魔核を穿て』

『灼牙の炎狼よ 唸りて駆けろ 赫き牙にて彼の魔を噛み砕け』

『燃えよ踊れよ劫火の鎖 包んで閉ざして塵と成せ』


 どんな魔法が一番効果が高いかわからないから、あらゆるタイプの火魔法を片っ端から叩き込んでいく。 

 炎の槍が突き刺さり、炎の狼が噛みつき、劫火の鎖がまとめて焼き縛る。

 どう効いてるかなんて、もう細かく見わけることはできない。

 とにかく威力の高い魔法を、徹底的に、息の根が止まったと判断できるまで叩き込み続けた。


 あとに残ったのは、足を折り畳んだせいでやけに小さく見える、黒焦げでひしゃげた蜘蛛の死骸だけ。


 念のために強めの風魔法を一発叩き込むと、抵抗する気配もなくあっさりと両断された。

 間違いなく死んだ。

 そこまで確認してから、あたしはその場にへたり込む。


「……本気で、めちゃくちゃ、アホみたいに怖かった……」


 勝てる要素は高かった。

 でも勝てるだろう能力があるからって、怖くなくなるわけじゃない。


 あたしなら出来る、結界がある、魔力もある、やるんだ。

 そんな風に、悪い想像を考えないように自己暗示をかけて無理やり乗り切ったようなものだった。

 少しでもひるんだら負けるかも、じゃなくて、ひるまなければ勝てる相手だ、って考え方に持っていくのに、ものすごい気力を使った。


 ちらりと後ろを振り返ると、リズも放心した顔で座り込んでるけど、怪我はなさそうでほっとする。

 まだまだ力は入らないものの、大きく息をついたことで少しだけ怖さから気がそれて……そこでようやく、あたしは周囲の様子に気が付いた。


 木が燃えてる。

 めっちゃくちゃ燃えてる。

 延焼を警戒してなるべく森では使わないようにしてた火魔法は、想定通り、いや以上? に燃え盛ってるみたいだった。


「……そりゃよく見えるわけだ」


 リズの姿がよく見えた理由が判明して、他人事みたいに呟いてから、途方に暮れた。


 ──今ちょっと動けないんだけど、延焼対策どうすればいい?

 

最後まで読んでくれてありがとうございます(*'▽')

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